| ■
真実を報道した一行の記事もなかったことは、恥ずかしいことである |
■
まるまる
(487)投稿日:2005年08月06日 (土) 08時36分
|
 |
東京裁判で南京大虐殺が明るみに出たとき朝日新聞は「真実を報道した一行の記事もなかったことは、恥ずかしいことである」(「1946年7月27日『天声人語』」)と述べました。 安倍、中川両代議士による政治的圧力によってNHKの「従軍慰安婦」番組の改変問題について、真実の報道がなされているのでしょうか。NHKは一番肝心なところは、隠蔽したままです。 「日の丸・君が代」の学校への「強制」問題は、教育の徹底した国家による管理にあります。小泉首相が「靖国参拝」にたいして近隣のアジア諸国の猛反発は、外交の問題だけの問題ではないのです。「政教分離」を定めた憲法に違反しています。「憲法問題」として報道がほとんどなされていません。小泉首相がイラクに自衛隊の「海外派兵」が憲法違反の問題です。小泉首相が「改憲論者」であることと、「憲法違反」を続けることとは本質的に違う問題です。「新しい歴史」教科書問題は、歪曲された歴史を教えることになり、「日の丸」「君が代」の強制と根っこは同じです。「歴史認識の違い」と報道することによって問題を矮小化している新聞報道の責任は重いです。数え切れない人々が先の戦争で犠牲になりました。 原水爆禁止運動の出発点となり、戦後民主主義の力強い運動の原動力となった杉並区が、扶桑社の歪曲された教科書を採用しようとしている。 自国を絶対視する狭小な愛国心、考えない人間の教育の徹底は戦争は遠くないだろう。町田市の小中学生が、町田市教委会主催により靖国神社に出かけた。 敗戦直後「南京事件」を戦後初めて知ったとき民衆は下記の様な歌を詠んだ。 なまなまと日本軍残虐のあと映る不意に鋭しああという声 南京にマニラに暴虐無慚なりし日本兵の罪は償わな 子の前に母を犯しつ夫(つま)が妻(め)をうばいたりけるすめらぎ軍か 吉見義明「占領期日本の民衆意識―戦争責任論をめぐって」(「『思想』1992年1月号」) 天皇の軍隊(すめらぎ軍)が直接手を下し、繰り返し惨劇、虐殺が行われた事実をすべて隠蔽した日本の報道機関は、今再び沈黙してしはじめた。
|
| |
|
| |
□/通りすがり
(488)投稿日 : 2005年08月10日 (水) 13時01分
|
| |
 |
>小泉首相が「靖国参拝」にたいして近隣のアジア諸国の猛反発は、 >外交の問題だけの問題ではないのです。「政教分離」を定めた憲法 >に違反しています。「憲法問題」として報道がほとんどなされて >いません。 政治家であろうと閣僚であろうと首相であろうとも、日本国民である以上、如何なる宗教活動も保障されるべきと思いますが、どうでしょう? もちろん為政者が、特定の宗教や宗派を援助・推薦するようなことは「政教分離」に反すると思いますが、小泉首相の靖国神社に対するそれは認められないようにおもいます。 定期的に教会へ通うキリスト者やムスリムは、為政者になれないとお考えでしょうか? |