と半年後にもてはやされることになる電車男のスレが２ちゃんねるで立ち上がった頃、それほど人々の耳目は引かないが、しかし、日本経済と社会にとっては比較にならないほどの重要性を持つ活動が別の掲示板でクライマックスを迎えつつあった−−。

2001年4月に成立した小泉内閣と、その3年前に就任した速水日銀総裁。構造改革路線で共鳴する両者は、一部の経済学者や自称専門家の後押しもあり、日本経済にとって危険な道を走りつつあった。それは経済学の常識に反するものであり、日本を再び金融危機に突き落としかねない施策だったが、それを憂える欧米の一流の経済学者の声は彼らの耳に届かず、国内のまともな経済学者の意見も、他のエキセントリックな意見に掻き消され勝ちになっていた。そんな時、とある掲示板に、経済学について一定の識見を持つものが自然発生的に集結しはじめていた。その掲示板では、従来からかなり高度な経済学に関する論議が交わされていたが、構造改革路線の暴走を見て、本来あるべき経済政策についても強い論陣が張られるようになった。そこでは、構造改革派のあらゆる誤謬が指摘され、うっかり迷い込んだいい加減な構造改革派の論客は完膚なきまでに論破されていった。こうして、その板を発信源にして、経済に興味のある一般の人々にも、何が正しくて何が間違っているかが明らかになっていったのである。そして迎えた2003年3月。速水優の後任として日銀総裁にも就任したのは、しかし、構造改革論者の福井俊彦だった。だが、掲示板の論客の失望をよそに、福井総裁が打ち出したのは、意外にも彼らの主張する通りの金融緩和路線だった。また、5月にはりそな銀行が救済され、小泉構造改革路線が変質したことが誰の目にも明らかになった。正しい経済学が人口に広く膾炙した今、政府・日銀といえどもそれに反する行動は取れなくなったのである。こうして、名も無き経済学徒がその知性を結集した結果、日本の経済危機は遂に回避された。
・・・翌2004年2月発売のエコノミスト誌。世界的に有名な経済誌が世界で最も優れた中央銀行総裁に選んだのは、ＦＲＢのグリーンスパンでもＥＣＢのトリシェでもなく、自らの従来の考えを放棄して正しい経済学に基づく金融政策を実施した福井日銀総裁だった。
（後日談）エキセントリックな構造改革路線を唱えていた某自称専門家は、その勢いを駆って銀行を立ち上げたところまでは良かったものの、内紛劇にまみれた挙句、融資の公私混同を指弾されて苦境に陥りましたとさ。