「いくヨ、ノルゲオ!」
ミグッチェが本を構えると、全身ローブで包まれた男がすたすたと前に出る。
ティーナは相変わらず微笑を保ったまま言う。
「あら、このジェントルマンのお仲間ですの?」
ティーナは浩二をちらりと見た。
「そうネ!」
「そうですの……じゃあ、わたくしも仲間を呼ばなくては……出てきなさい」
ティーナが言うと、工場の中から一羽の小鳥が飛び出してきた。天使の様に真っ白な羽をはばたかせて飛んでくる。
ティーナが右手を伸ばすと、その上に乗った。
「この子はピット。わたくしのかわいいかわいいペットですわ」
浩二が倒れたまま聞く。
「それはもしかして……」
「そうです。この子は複製体ですのよ」
ティーナとエルノ以外、全員が顔をしかめた。
「複製体は……ちょっとうっとうしいネェ……でも、やるしかない! ノルゲオ、構えるネ!」
ノルゲオが頷いて、右手を上げる。
「リグロン!」
ノルゲオの手の平から金属音をたてながら鎖が飛び出した。
それは一直線にエルノに向かった。エルノはひるむことなく、呪文を唱える。
「アシルド!」
ティーナが両手をエルノのほうに向けると、水の盾が現れた。
鎖は水に一瞬食い込んだが、すぐに弾き飛ばされてしまった。
「ちぃ……」
「イズチノ!」
突然小鳥の甲高い声が、頭上から聞こえた。かと思ったら、直後稲妻が浩二に降り注いだ。
「ぐわぁっ!」
浩二は電撃の衝撃で、気絶してしまった。
「浩二……すまないネ……ノルゲオ、攻撃の手を緩めるナ! あの鳥に攻撃ネ! リグロン!」
ノルゲオが右手を左手で支えながら、上を向けて鎖を放った。それはピットに一直線に飛んでいく。
「ぴー!」
ピットは鎖をあっけなく交わす。だが、鎖は鳥を追尾しつづける。
「ぴぴぴー!」
そしてピットをもう少しで縛れそうになったとき、
「アゼル!」
前方からミグッチェに水が飛んでくる。
ノルゲオは全くあせることなく、鎖の進路を変えて、水に刺した。すると、水ははじけて消えた。
「ライライーノ!」
ピットは鎖が追いかけてこないのに気付いたと分かると、再びミグッチェに稲妻を放ってきた。さっきよりもでかい。
「リグノ・ガルガドン!」
ミグッチェが叫ぶ。そしてノルゲオは両手を頭上に掲げる。すると、ミグッチェの頭上辺りに鎌のついた鎖が何重にも重なって現れた。それは、ものすごいスピードで落下していく。
そして、ミグッチェの目の前に落ちて、ものすごい大きな音と共に地面のコンクリートが砕け散って視界が見えなくなった。だが、飛んできていた稲妻も同時に地面に叩きつけていた。
「ディオシルド・リグノオン!」
「アゼル!」
「ライライーノ!」
ノルゲオの前方に鎖を何重にも重ねた大きな盾が現れた。それは前方から飛んできていた二つの攻撃を防いで、消えた。
砂煙が晴れると、ピットはティーナの右手の上に止まっていた。
「なぜ防御呪文を出したのですか? わたくしたちが攻撃呪文を出す前に」
「視界が無くなったら攻撃を加える。普通そう考えるネ。相手は混乱してるし、外にいる敵がどこにいるかも見えない。攻撃がどこから飛んでくるかも分からない。だから盾をだしたのネ」
ミグッチェがにやりと笑った。
ティーナが少しうつむいてから、顔を上げて笑った。
「ジェントルマン。貴方とてもおもしろい。ここまで手応えがある敵と戦うのは久しぶりですわ。それではわたくしたちも……少々本気を出させていただきますよ」
ティーナは先ほどとはまるで違い、興奮して笑っていた。
そこでミグッチェはやっと気付いた。
(この女……全然強い呪文を使ってない!)
そう、最初防いだ魚の術。あれ以来、全く強い術を使ってきていないのだ。
だがミグッチェは自分を落ち着かせようとする。
(でも私らも同じネ……リグロン以外は、攻撃を防ぐときに使ったリグノ・ガルガドンとディオシルド・リグノオン……これだってまだ強い術じゃないヨ……よし、落ち着いたっ!)
ミグッチェはティーナに言い返す。
「君たちがあまり強い術を使ってないのには気付いてるけど、こっちだってまだ低級呪文しか使ってないネ!」
「えぇ、分かってます。だから……だから、興奮するのですよ」
ティーナの顔に、妖しい笑みが広がる。その言葉を聞いて、ミグッチェが驚く。
(この女……かなりやばいね……)
「エルノ様……第八の術を」
ティーナが左手を持ち上げる。
「うん……ディオル・アゼルドス!」
左手から巨大な水の塊が飛び出した。それは一直線に、ミグッチェたちに突っ込んできた。
「ちぃっ……ディオシルド・リグノオン!」
ノルゲオの前方に、再び鎖が絡み合った盾が出現した。
(よし、なんとか防いだネ)
水は巨大だが、たいして威力は無さそうだった。盾で防ぎきれる。
「甘いですわ」
ティーナが左手を横に振ると、巨大な水の進路が突然変わって盾を交わした。
「な、何!?」
そして、再びノルゲオたちに突っ込む。だが、ノルゲオも横に腕を振る。すると、盾が移動して、再び水の前に立ちふさがる。ティーナは手を再び振るが、間に合わず盾にぶつかって相殺した。
それをみて、ティーナがさらに笑いを大きくする。
「あぁ……あなた方、なんて強いのです……興奮して、興奮して……あぁぁ。もう止められない!」
ティーナが狂喜の声を上げる。それを見て、ミグッチェが顔をゆがめる。これは本当にイカれてる。
「エルノ様、もっと! もっと!」
エルノの本が輝きを増す。
「ディオル・アゼルドス!」
「ノルゲオ、こっちも攻撃ね!」
ミグッチェが集中する。すると、本の輝きが増した。
「リガノ・ガルガドン!」
ノルゲオが巨大な水に向けて、鎌のついた鎖を落とす。
「交わすだけですわ!」
ティーナが左手を振る。すると、水の軌道が変わった。
「今ネ!」
ノルゲオとミグッチェが走り出す。
「それも追いかけるまでですわ!」
ティーナが更に手を振る。
二人はそれでも走りつづける。エルノに向かって。
「無駄ですわよ!」
二人のすぐ後ろまで巨大な水が迫る。それでも何故か二人は何事もないように走りつづける。
その答えが、直後わかった。鎌のついた絡みつきあう鎖が落ちてきて、巨大な水を地面に叩きつけた。
ミグッチェがにやりと笑う。
そこでティーナは平常心を取り戻した。
(そういうことですか……水をあの鎖攻撃で一度軌道を変えさせてから、その一瞬開いた隙を使って前方へ向かう。そしてあの鎖が落ちてくる前に走りぬけて、追いかけてきたわたくしの水をも落ちてきた鎖で無効化する……お見事ですわ)
「エルノ様!」
ティーナがエルノに合図を送った。エルノは頷くと、二人のほうを向いた。
「オブラ・アゼル!」
ティーナの左手から大きな正方形の水が飛び出した。それはミグッチェたちを包み込んだ。
「うぐぅ……!」
二人は水の中でもがいて、なんとか抜け出した。
だがそのときには、もうティーナたちも、ピットもどこにもいなかった。
ミグッチェは安心して息をつくと、浩二たちに歩み寄っていく。
そして地面に両膝をつけて、浩二の肩を揺らす。
「う……うぅぅん……」
「起きるネ」
浩二が目を覚ました。そのとたん、ばっと上半身を上げて、目を右に左にと走らせた。
「ティーナは!」
「追い払ったネ」
「そうか……ありがとう、助けてくれて」
ミグッチェが微笑む。
「なんてことないネ。これからは一人でも勝てる様に、ネ?」
それを聞いて少し浩二の顔がゆがむ。
「俺……負けてたよ。ミグッチェが来てくれなかったら。それに、死んでた……これからは、一人でも絶対に勝てる様にするよ……レインのためにも」
浩二は、横で気絶しているレインを見て、固く決意した。
その直後、浩二の本が強烈な光を放ち始めた。
驚いて、浩二が輝いているページを開くと、新しい呪文が出ていた。
(第六の術……ウィスガ!)
浩二の顔がほころんだ。浩二は急いでレインを起こした。
「うぅん……あれ! あの魔物は!?」
浩二が説明すると、レインはミグッチェにお礼を言った。
「それよりもレイン! 新しい呪文が出たぞ!」
「えぇ! 本当ですか!」
二人は無邪気に喜びながら、たちあがった。だが、浩二が脇腹を抑えて唸りながら、地面に倒れた。
「こ、浩二さん!?」
「ご、ゴメン……やっぱりろっ骨折れたみたい……」
「骨折れたのカ!? じゃあ、病院連れていくヨ! ノルゲオ!」
ノルゲオは頷くと、浩二を背負った。
「ありがとう、ノルゲオ」
浩二が例を言うと、ノルゲオは頷いた。少し首をかしげる浩二にミグッチェが言う。
「ノルゲオは喋れないネ。でも陽気な奴だから、勘違いしないでほしいネ」
「そうなんだ。分かった。これからはよろしくな、ノルゲオ」
ノルゲオは三回も頷いた。そんな微妙に可愛い姿に皆が笑いながら、浩二たちは病院へ向かった。