投稿日:2014年09月25日 (木) 04時59分
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第391回 すられん
徳島県の方言で禁止の「してはいけない」の意を表す表現に「せられん」というのがあることを知った。(『日本語学』2014年9月号「列島縦断!日本全国イチオシ方言」徳島県、村田真実)品詞に分解すると、サ変動詞「す」の未然形、助動詞「られる」の未然形、打消の助動詞「ん」となる。金沢治著『阿波言葉の語法』(1961年)に、「せられん」が敬意を含む語だという見解が示されているそうだ。(前掲の記事)敬意を含むという点に少し疑問を持った。 鳥取県倉吉市の方言で「してはいけない」と同様の意味を表す「すられん」という形があることを思い出した。父方の祖母が「しられん」という形を使っていたような記憶があるが、筆者自身は「すられん」の形で理解している。これを品詞分解してみると、動詞「する」の未然形「すら」と助動詞「れる」の未然形「れ」と打消の助動詞「ん」になる。徳島方言の「せられん」とよく似ている。倉吉の方言ではサ変動詞が五段活用化しているように見える。 ここで問題となるのは助動詞「れる」の文法的な意味である。最も可能性が高いのは可能ないしは自発である。徳島の方言で敬意を含むという観察は「られる」に尊敬の意を理解したものだろう。しかし、尊敬の否定形が禁止を表すというのは理解しにくい。不可能の表現が禁止を表すことは共通語において一般的に見られる現象である。熊本方言で不可能の表現「でけん」が「してはいけない」の意でも使われるのも同様の現象だろう。 鳥取県倉吉市の方言では「すられん」だけでなく「走られん」(走ってはいけない)、「出られん」(出てはいけない)、「たべられん」(食べてはいけない)のように、不可能の表現を禁止の意で用いることが普通に行われている。もっとも、文字通り不可能の意を表すのは「できん」「走れん」「出れん」「食べれん」の形である。 禁止という言語行為は、主に上位者から下位者に対して行われるものであり、そこに敬意が介在する理由は乏しい。客観的に不可能であることを示して禁止の意を含ませると考えたほうが一般的な説明原理としてはなじみやすいと思われる。 (2014年9月25日) |
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