投稿日:2013年05月29日 (水) 05時03分
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引用
論語の学而の中に「子曰く、学びて時にこれを習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり、遠方より来たる。亦楽しからずや。」という一節がある。これは多くの人の記憶にあると思われる。同じ学而の中に、「過則勿憚改」という一節があり、政治家がときどき引用することがある。漢文の厄介な点は書き下し文が必ずしも一定していないことである。この部分も複数の書き下し文があるようだ。 例えば、「過(あやま)てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」(『論語』金谷治訳注 岩波文庫2010年1月25日改訳第20刷(1999年11月16日改訳第1刷))という書き下し文がある。しかし、これに限らないようだ。 政治家がどのテキストを使用したかによって、引用部分が異なることになる。 国会会議録検索システムを使って「はばかることなかれ」を検索してみた。期間は平成元年1月8日から平成25年4月25日までとした。合計106件ヒットした。これを整理してみると、次のようになる。 「過てば」の部分が「過ちを」の形になっているものが最多の45例、「過ちは」と「過ちては」がともに13例、「過ちてはすなわち」が3例などである。「過てば」の形はなかった。 「改むるに」の部分は、「改むるに」が最多で78例、ついで、口語化した「改めるに」が12例、「正す(こと)に」が7例などといった結果である 「改むるに」の形式は約74%で、比較的きちんと引用されていると考えられる。問題は古語性が強い「過てば」(四段動詞已然形+バ)の部分で、「過ち」(連用形が名詞化したもの)の形だけでまとめると、58例(約54%)あって、古語性を薄めている。 例えば具体的な使用例に、「論語に、過ちてはすなわち改むるにはばかることなかれという言葉があります」とか「過ちを改むるにはばかることなかれという言葉がございます。」といったものがある。元の形式を知らない人には、きちんとした引用のように聞こえるかもしれない。しかし、発言者が独自に覚えている形式を使ったとも考えられる。「誤りを認めるにはばかることなかれ、であります」のような表現になるともはや引用とは呼べない、自分の言葉としてそしゃくされているといってもよいだろう。 漢籍の知識をひけらかすといった意図はないだろうが、引用するのであれば、典拠に基づいて行うのがよいだろうと思う。 (2013年5月29日) |
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