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[1485]新・ことばの路地裏 第289回「俺がだいてやる」 投稿者:むささびとびのしん

投稿日:2012年10月11日 (木) 04時30分

第289回 俺がだいてやる

 文字面からすると「抱いてやる」の意味に取れ、場合によってはセクハラ発言になりかねない。しかし、これは富山県の方言では有名で、方言番付で東の小結の地位にある。「奢(おご)ってやる」という意味だ。
 「おごってやる」と「だいてやる」との間に、どんな関連があるのか、共通語のルールでは分かりにくいだろう。実は「だいて」は「出いて」と書き、「お金を出してやる」「お金を払ってやる」という意味である。ここに、サ行五段活用動詞のイ音便という共通語にはないルールが関係しているのである。
 鳥取県倉吉市では子どもの遊びに「蜂がさいた」というのがある。二人が向かい合って、手の甲を出し、順番に甲をつまみながら、イチがさいた、ニがさいた、サンがさいた、と続け、ハチがさいたのところでブンブンブンブンと言いながら蜂が襲うマネをするのである。「さいた」というのは「刺した」のことであり、ここにもサ行五段活用動詞のイ音便が現れている。
 このようなイ音便の現象は、調べてみると先の富山県、そして倉吉市のほかに、出雲、長崎、佐賀、石川、岐阜、愛知、南信州、遠州などの記録があるようだ。よく例に出てくるのは「出いた」「さいた」である。
 これまでこのタイプのイ音便は地方における進化形だと思っていた。五段活用動詞は語末の音によって9種類(9行)に分かれるが、サ行だけ音便がない。このことから地方でそれが使われ、すべての行で音便が成立するのだと見なしていた。しかし、事実はそうではなく、かつて存在したサ行五段活用動詞のイ音便は廃れたのだということを論文で知った。
 依田恵美(2005)「中央語におけるサ行四段動詞イ音便の衰退時期をめぐって」(注)(『待兼山論叢 文学篇』39)という論文である。これによると、「中央語においてサ行四段動詞イ音便は『さす』を除き17世紀半ば頃に衰退したと考えられる」とのことである。この論文で中央語というのは京阪地方を指す。ここで使われていたものが九州や中国、東海に伝播し、現在、方言として残っているということである。ただし、若年層では廃れていて、高年層に残っているということのようだ。
(2012年10月11日)
(注)http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/8955/1/KJ00005352939.pdf



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