投稿日:2012年08月16日 (木) 05時54分
 |
デス族
「デス族の氾濫」(『NHK 放送研究と調査』2012年8月号 p.87 田中伊式)という記事を読んだ。デス族の特徴のひとつは、丁寧に否定するとき、マス族が「ありません」と言うところを「ないです」という形式で表現することである。この現象については、1980年代後半に気付いた。当時は違和感を覚えたものだが、聞き慣れた。自分でも使っている。非存在だけでなく、「知りません」「分かりません」のような否定も「知らないです」「分からないです」のようにデスを使う。ただし、過去形については「なかったです」と「ありませんでした」、「知らなかったです」と「知りませんでした」、「分からなかったです」と「分かりませんでした」などについて、デス形の方がデシタ形より優勢であるとは、まだ断言はできない。 記事によると、「本来であれば、動詞を使って表現すべきところを、『名詞+です』の形にするというのも、デス族の特徴だ」と言う。「両親に感謝しています」の代わりに「両親に感謝です」という表現を聞いて、記事の筆者は「のけぞるくらい驚いた」と述懐している。 デス派が台頭してくると、当初は限定的な用法だったのが、広範囲の現象として現れることになる。非存在の「ないです」から、動作の否定の「〜ないです」に拡大し、さらには「名詞+です」に至る。「了解です」「納得です」「オーケーです」は至極一般的に使われているだろう。駅のホームの生のアナウンスでは「急行○○行きの到着です」と言っているそうだ。これには気がつかなかった。これから耳を澄まして聞き取りたい。 (2012年8月16日) |
|