投稿日:2013年08月08日 (木) 04時50分
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ぼっち席
先日、新聞を見ていて「ぼっち席」の文字が目に飛び込んできた。(『朝日新聞』2013年7月27日夕刊1面) 見出しはこうだ。 「ぼっち席」気楽にランチ(縦書き3段) 京大学食に1人席(縦書き1段) ついたてで周囲気にせず(横書き27行) 学生の心を反映(縦書き1段) 神戸大でも導入(縦書き1段)
「ひとりぼっちへの周囲の目線を気にせず食事できることから『ぼっち席』と呼ばれ、定着」しているのだそうだ。独りぼっちでする食事を「ひとり飯」とか「ぼっち飯」と呼ぶらしい。一人でする食事と独りぼっちでする食事との間には、本人の気持ちのなかでは大きな違いがあるのだろう。 「ぼっち」という語もある。集団の中で、一人、中に入れない状態、また、その人のこと。中に入りたいのに入れないというのが「ぼっち」の悩みである。 そもそも「ぼっち」は「独りぼっち」から「独り」を省いた語である。では、「ぼっち」は何かと、国語辞典を見て驚いた。『デジタル大辞泉』に、「『ひとりぼうし』」の音変化。『ひとりぽっち』とも」と注記してある。「独り法師」。ダイダラボッチ(大太法師)の「ボッチ」と同源だったのだ。 (2013年8月8日) |
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