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連載小説『ディアーナの罠』

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名前 MUTUMI
題名 9
内容  覆われた腕の下からポロリと涙が零れた。
「……マイ」
(間に合わなくてごめんな。側にいるって誓ったのに、腑甲斐無くてごめんな。アイリス、ルア……僕のせいで死なせてしまって……、想像出来た事なのに。戦争が終わったら、勝者の間で勢力争いが起こるってわかっていたのに……、僕はそれを甘く見過ぎた。マイが……処刑される可能性も理解していたのに。僕は……)
 唇を噛み締め、一矢は嗚咽を無理矢理呑み込む。
(何も……出来なかった)
 胸の中に沸き起こるのは果てのない絶望、そして後悔。それが誰に向けられたものなのか、最早一矢にも釈然としない。マイになのか、アイリスやルアになのか、それとも自分になのか。
 ただ押しつぶされそうな程の心の闇と、傷を何時も新たに自覚する。傷口に自分で塩を塗るような不毛な行為である事を、常に思い知る。
(……もういい加減に吹っ切ろう。過去を変える事なんて誰にも出来ない……。マイはもういない。この世界のどこにも……居ないんだから)
 それは何時もの暗示だった。一矢が底なしの闇から意識を切り離す為に行う、自己暗示にも似た思考の連続。深く息を吐き出し、滲んだ涙をゴシゴシと腕で擦る。灰色の服の袖が水に濡れて黒く変色した。少しだけ赤くなった目で、一矢はぼんやりと天井を眺める。その目はどことなく虚ろだった。
[28] 2005/08/01/(Mon) 00:58:56

名前 MUTUMI
題名 8
内容 (思えば突拍子もない事を言い出すのは、僕じゃなくて彼女の方が多かったよな。ワットタイガーのお手が見たいなんて言い出したのも、彼女の方だったし。……あの頃の僕は、何時も彼女に引っ掻き回されていた)
 星間戦争当時を思い出し、一矢は唇を噛み締めた。
(……辛かったけれど、それでもまだ幸せだった。いつ死んでも可笑しくない状況だったのに、未来があると信じて疑わなかった。この戦争が終わったら一緒に住もうと約束もしてた。なのに……)
「マイ……」
 懐かしい彼女の名前を呟いて、一矢は両腕を目の上で交差させた。視界が闇に閉ざされる。
(何を間違えたのだろう……。僕は……)
「……どうして間に合わなかった? どうして……」
(彼女が殺される前に助け出せなかったんだ!)
 深く一矢の心に刻まれた後悔と慟哭。一矢が自分を責めるいわれは、本来はない。マイ・トロイヤ・イミル、一矢が唯一愛した少女は戦犯として星間連合に処刑された。一矢が意識不明の重体で生死の境を彷徨っている隙に……。
 だからどう頑張っても間に合うはずがないのだ。理性では、それは理解している。けれど心が、理解する事を拒否していた。
(……あの時僕がまともな状態だったら、そうしたらきっと奴等の動きを察知出来ただろうし、マイを攫って逃げだせただろう。僕がまともだったら……)
「多くの人間がマイを庇って死ぬ事もなかった……。アイリスやルアが死ぬ必要も……」
 呟いて、自分のいたらなさに胸が痛む。
(痛い……な。何時まで経ってもこの痛みは消えない。きっとずっと消えないんだ)
 結ばれた唇から小さな嗚咽が漏れ出る。
[27] 2005/07/31/(Sun) 21:13:34

名前 MUTUMI
題名 7
内容  50分後、漸くボブの説教から解放された一矢は、ヨロヨロとした足取りで隊長室へと向かい、横長の3人掛けのソファーに寝転ぶ様に突っ伏した。全身からは完全に力が抜けており、脱力状態なのは一目瞭然だった。
(耳が……)
 両手で耳を押さえ、寝転んだままぎゅっと目を閉じる。
(痛い)
 頭の中にボブの罵声がエコーとなって残っていた。
(久しぶりに本気で怒られたな)
 ガンガンと鳴り響く耳鳴りをやり過ごそうと身じろぎもせずにいると、余計に考えまいとしていた事が次々と脳裏に浮かんで来た。
(……ワットタイガーか。……はは、そうだよな野生の獣がお手なんてする訳ないか)
 仕事中に馬鹿な真似をしたという自覚は、かなりある。けれど……。
(それでも僕は見てみたかった。……いや違う、彼女の代わりに見たかったんだ)
 突っ伏したまま一矢は耳から手を放すと、背もたれに手をつき、ゴロンと仰向けにひっくり返った。高い天井と照明器具が視界に入って来る。眩しい光に目を細めて、一矢は自嘲気味な笑みを浮かべた。
(馬鹿だよな、意味ないのに)
 そう考えて、久しぶりに胸が痛くなった。普段心の奥底に閉じ込めている物が溢れそうになる。懐かしくて切なくて悲しい、愛しい少女の面影が……。
[26] 2005/07/29/(Fri) 23:24:17

名前 MUTUMI
題名 6
内容 「……馬鹿って言ってましたね、副官」
 取り残された廊下で、閉ざされた扉を見ながらリィンが呟く。
「そうだな。……あれはどう見ても本気で怒ってるぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。とても30分では終わらないだろうな」
 ボブによる説教タイムが思ったよりも長くなりそうな気配に、リックはヤレヤレと首を左右に振る。
「リィン、とりあえず掃除ロボを呼んでくれ。廊下の血だけでも落とそう」
「はい」
 建設的なリックの意見にリィンが頷く。中の様子を気にしながらも、リィンは延々とこべりついた血を落とすべく、館内を清掃している掃除ロボットに召集をかけた。それを横目にリックが堅く閉ざされた扉を睨む。
「急ぎの用件があったんだが……」
 呟く声に応じる者は生憎と誰も居なかった。一矢もボブも副隊長室の中であり、怒りまくっているボブと叱られる一矢という状態では、とてもじゃないがリックの報告は聞けない。
「はぁ……」
 小さく溜め息を零し、リックはどこからともなく集合して来たロボット達が、機械的に清掃作業を開始する様子を見守った。クルクルと円筒形の掃除用ロボット達が廊下を動き回る。
 リィンは特に汚れの酷い箇所を重点的に掃除する様に命令ルーチンを変更した後、やっぱり気になるのか自分もモップを手にし、掃除用ロボット達に混じって働き出した。腰丈程のロボット達を従え一生懸命掃除をする姿が、なんだか微笑ましくて、リックはつい笑ってしまう。
(なんだか知らんが、この光景和むな……)
 血の痕と格闘するリィンに対しかなり失礼な感想を抱きつつ、リックはその場に背を向けた。
「出直すか……」
 こうなった以上、大人しくボブの説教時間が過ぎるのを待つ方が得策だろう。あの怒りの矢面に立ちたいとは、流石のリックも思わない。
(一体何分かかるんだろうな? 副官、……せめて40分で終わらせて下さいよ)
 切実にリックはそう思った。それ以上かかるようなら、物凄く嫌だが、絶対やりたくなかったが、副隊長室に乱入するしかないとも考える。
(最大譲歩で50分。それ以上は待ちませんよ)
 腕時計を見て時刻を確認しつつ、リックはその間にやれる事をやってしまおうと思う。
(情報の確認に二、三心当たりを当たっておくか)
 隊長と副官のコンビがドタバタしている間にも、有能なナンバー3は着々と己の職務を遂行するのであった。
[25] 2005/07/29/(Fri) 00:31:05

名前 MUTUMI
題名 5
内容 「あの、副官……シャワーに……」
 点々と続く赤い足跡を気にしながらリィンが声をかけると、
「後でな」
 視線を前方に向けたまま、ボブが素っ気なく答えた。思わず後をつけていた二人は、互いに顔を見合わせる。一矢を引き摺り血まみれのまま歩くボブの横顔は、どうみても怒り心頭、全身からムンムンと怒気を発している。
「……」
「……」
 様子を伺う無言の視線が絡み合い、二人は同時にふぅと溜め息を零した。ここまで怒っているボブを見るのは、二人にしても初めてだ。滅多にない珍事というより、ボブの怒りのボルテージが高過ぎて、どうにもこうにも恐ろしい。
「ボブ……」
 困ったような顔で、引き摺られたままの一矢がボブを見上げる。
「あのさ……本当に悪かったと……」
 宥める声への回答はなく、一行は副隊長室へと行き着いた。ボブが一矢を問答無用で廊下から部屋の中へと放り込む。心配そうなリィンと困ったような顔のリックを残し、ボブも部屋に入った。
「30分程、ここを封鎖しておけ」
「でも……」
 困りますと続けようとしたリィンの前で、自動扉が閉まって行く。閉まりきる直前、副隊長室からボブの怒声が聞こえた。
「いい加減にしろ、この馬鹿が!」
 一矢を前に仁王立ちのボブの後ろ姿が、閉まる扉の向こうへと消える。扉が完全に閉まり、途端に廊下はシンと静かになった。
[24] 2005/07/27/(Wed) 22:32:56

名前 MUTUMI
題名 4
内容  まったくもって不本意ながらと、その顔は語っている。スマートな戦いを基本にしているボブにとって、こういう泥臭い方法は嫌いなのだ。
「それで、視察はどうなったんですか?」
「……星間特使に押し付けてきた」
 憮然とした顔でボブが答える。
「一緒に行った中にダーク・ピットがいたからな」
「あらま」
 リックが呟き、リィンが「それはラッキーですね」と顔を綻ばす。一矢繋がりでダークと親しい関係上、星間特使としての彼の優秀さを、二人とも良く知っている。だからボブの思いきった判断にも納得がいった。
「じゃあ、アルゼ星からここまで、彼に転移させて貰ったんですか?」
「ああ。何しろ一矢は帰りたくなかったらしいし」
「?」
 リィンが怪訝な顔をする。
「お手が見たいとか、しつこく言ってましたよね?」
 尋ねるボブの顔が恐ろしく恐かった。
「……だって可愛いじゃないか」
 怒られているという自覚はあるのか、一矢の囁きにも似た反論を、ピシャリとボブが遮る。
「言い訳は結構です」
 そしてそのままノシノシと歩き出した。無論その手は一矢の襟首を掴んだままだ。つられてリックとリィンも後を追う。
[23] 2005/07/24/(Sun) 14:39:46

名前 MUTUMI
題名 3
内容 「いや、つい」
 リックとリィンにまで責められ、一矢の視線が微妙に泳いだ。それに反比例してボブの表情が険しくなる。
「おまけに牙を剥いて襲いかかる寸前のワットタイガーに向かって、お手まで強要して! 俺は本気で背筋が凍りましたよ!」
 リィンの動きが止まった。
「お手……?」
 犬や猫相手ではないというのに、体長10メートルを超える肉食獣にお手を迫る一矢。脳裏にその光景がくっきりと浮かび、リィンは体をよろめかせた。
「隊長ぉ。何を考えてるんですかぁ〜」
「いや、だって可愛かったし。円らな瞳がキラキラって……」
 ワットタイガーを語るとは到底思えない形容詞に、リックが額を押さえる。ボブの機嫌が更に悪くなった。
「そのお陰で、俺は闘争本能バリバリのワットタイガーの群れと、戦う羽目になったじゃないですか!!」
「戦ったんですか? 副官……」
「ああ」
 「うわぁ」とリックの顔が盛大に歪む。
「飛びかかって来たワットタイガーの喉笛を、片っ端からかっ切った」
 どうりで血まみれな筈だと、クラクラしながらリィンは思った。
「だから全身血まみれなんですね」
「ああ」
[22] 2005/07/22/(Fri) 14:56:21

名前 MUTUMI
題名 2
内容  空いていた片手でタオルを押さえ、ボブが無言で髪を拭く。
「何があったんです? アルゼ星の停戦ラインの視察じゃなかったんですか?」
 矢継ぎ早の質問に、ボブが肩を竦ませた。
「確かに視察だったが……な」
「?」
 歯切れの悪い言葉に、リックの視線が隣の一矢に注がれる。
「何をしたんです? 隊長?」
「何もしてないよ」
 フルフルと誤解だと首を振ると、頭にタオルをかけたままのボブが爆発した。
「そこ、嘘をつかない! 一矢があんな事をするから、俺がこの状態になるはめになったんでしょうが!」
「……?」
 リックとリィンが共に首を傾げる。一矢が気まずそうに視線を反らした。襟首を掴んだ手に力を込めて、ボブが凄む。
「停戦ラインの視察の時に、ワットカノン平原で獣の群れに襲われた。あそこは原野だから猛獣が出る事は覚悟していたし、今更っだったが……」
 ボブの眉間に怒りの皺が寄る。
「ワットタイガーの群れを見て、嬉しそうに笑わないで下さい!」
「……え?」
「ワットタイガーの群れって……」
 狙われた者は90パーセント以上の確率で餌になるという、有名な逸話のある獣だった。大型の肉食獣で、その体長は10メートルを軽く超える。星間史上もっとも獰猛で有名な、ほ乳類系遺伝子の肉食獣だ。外観は恐ろしい事にとても愛らしい。
「可愛いからって、……あれを撫でようとしますか!?」
「は? 撫でる?」
「なでなで?」
 リックとリィンは呟き、その意味を理解し一気に青ざめた。
「何をしているんですか、隊長!」
「そうですよ〜! あんなの撫でて可愛がる生き物じゃありませんよ!」
[21] 2005/07/22/(Fri) 11:42:31

名前 MUTUMI
題名 1
内容  ポタポタと流れ落ちる液体に、擦れ違う者達が皆青ざめた表情を浮かべた。自分より年下の少年の襟首を掴み、男は血まみれの姿のまま廊下を歩く。
 頭から被った赤い液体、どう好意的に判断しても血でしかない物が、ダラダラと頬や腕から流れ落ちていた。男が歩く度に、廊下にはくっきりと赤い靴底が残る。ワークブーツの斑紋と流れ落ちた血の雫が、点々と廊下に続いた。
 たまたま彼等に出会った者は、全員があんぐりと口を開け、突然降って沸いたスプラッタな状況に、意識を飛ばしてしまう。辺り一面に静かな悲鳴が広がっていた。
「ボブ……」
 男に襟首を掴まれていた少年が、小声で呼び掛ける。いい加減離して欲しいと男の横顔を見上げれば、剣呑な瞳とかち合った。
「何か言いましたか? 一矢?」
 丁寧な口調で威嚇をしながらも、ボブの手は一矢を離さない。全身に血を浴びているボブとは違い、一矢はどこも汚れてはいなかった。灰色のワークシャツとズボンは、今朝桜花部隊を出ていった時のままだ。
「……何も言ってない。……えと、そのさ……」
 自分達が通った後の廊下の汚れと、すれ違う部下達の引き攣った顔を思い出し、困った様にボブを見る。
「迷惑だと思うんだけど……」
「左様ですか」
 口調はどこまでも素っ気なかった。困り果てていた一矢の耳に、バタバタと駆け寄って来る二人分の足音が聞こえる。廊下の向こうから、大量のタオルを抱えたリックとリィンが登場した。一矢は密かに安堵の息を吐き出す。
「やだっ、副官! 真っ赤ですよ! 怪我をしてるんですか?」
 背伸びをしたリィンが、ボブの顔にタオルを当てゴシゴシと擦る。白かったタオルは途端に赤くなり、リィンの手をも赤く染めた。
「怪我はない。全て返り血だ」
 ボブの短い返答に目を見張りながら、リックもボブの頭にタオルをかける。それで髪を拭けという意味らしい。
[20] 2005/07/21/(Thu) 23:03:57

名前 MUTUMI
題名 お待たせしました
内容 大幅改定で再登場です。
出だしからして、別物。というか、悪気なくスプラッタ。
ワイルド比率倍増してます。
メイファ登場までかなりかかります。
ズミマセン( ̄▽ ̄;A
[19] 2005/07/21/(Thu) 23:03:17






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