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連載小説『ディアーナの罠』

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名前 MUTUMI
題名 18
内容  何時になく厳しいリックの声に、一矢とボブが表情を引き締める。
「生誕式典か」
「恐らく」
 一矢の呟きにリックが頷く。ディアーナ星で行われる総代が出席する式典と言えば、星間連合生誕10周年記念式典しかない。今年は後にも先にもこれだけだ。
「どこが狙うんだ?」
「犯行予告はまだどこからも出ていません。ただ……」
「ただ?」
「ギルガッソーが動き出したという情報が、入って来ています」
 その言葉に、一矢もボブも暫く考え込んだ。リックの持って来た書類を交互に見、記載されている情報や報告を丹念に読んでいく。ややして、
「確定……かな?」
 ふぅと溜め息を漏らしながら一矢が呟いた。
「ええ、確定ですね」
 バサリと手にしていた電子書類をテーブルの上に戻し、ボブも重々しく頷く。
[38] 2005/08/11/(Thu) 09:41:12

名前 MUTUMI
題名 17
内容  昔と今では体制に大きな違いがあるとはいえ、表看板はずっと同じだった。一矢の複雑な心境をかんがみ、ボブは心の内で深い溜め息を吐き出す。
 自分で折り合いをつけると言った以上、一矢は他者の助言も手助けも受け入れないであろう。ボブに出来る事は側にいて、ただ見ている事だけだ。
(時々、総代やアシャー上院議員の気持ちが痛い程わかるな。一矢に近い人々が、一矢を心配し続ける訳だ。一矢の心はまだ不安定なんだ。……恐らく吹っ切る切っ掛けが必要なのだろう)
 そんな事を考えつつ、電子書類に目を通す一矢をボブは見ていた。気まずい気配が隊長室に落ち始めた頃、ひょっこりとリックが顔を覗かせる。
「お二方、もういいですか?」
 口ではそんな事を言いつつも、遠慮なく隊長室に入って来るとドカッとボブの横に座った。
「急ぎか?」
 ボブがリックに尋ねる。
「特急でお願いします。微妙な空気の所悪いんですが、仕事して下さい。気まずい思いをしている暇なんてありませんよ」
 ヘラヘラした言葉とは裏腹に、リックは二人の態度に構わず、さっさとテーブルの上に持って来た書類を広げた。
「裏がとれました」
 示された書類はテロ情報を記載したものだった。一矢とボブがハッとしてそれを覗き込む。
「ディアーナ星でテロが起きる可能性が高まりました。標的は……イクサー・ランダム。うちの総代です」 
[37] 2005/08/08/(Mon) 21:05:40

名前 MUTUMI
題名 16
内容  呟き顔を上げる。現れた一矢の表情は、何時ものものだった。
「美味しかったよ。リィンに負けてないね」
「そうですか?」
 答え返しつつも、一矢を見る目には探るような気配が漂っている。それを見とがめ、一矢がそっと肩を竦めた。
「心配しなくても、この感情の折り合いは自分でつけるよ。少しづつ忘れていくから。恋情も愛情も……憎悪も悲しみも」
 ボブは無言で一矢を見つめる。その瞳の中には微かな同情と憐憫の色が宿っていた。そんな副官の様子を見て、一矢は苦笑を深くする。
「一々気にするな。……そんなに僕は弱くない」
「……はい」
 ボブは頷き、視線を床に落とす。淡いクリーム色の絨毯が視界一杯に入って来た。何故か物凄くズシンと胃が重く、胸の辺りが詰まった感じがした。
(息が詰まりそうだ……)
 視線を上げると何時もの表情に戻った一矢が、ソファーの上でゴロゴロしている。その手には何時取ったのか書類があり、多分自分の力で引き寄せたのだろう。靴のまま膝を抱えて、変な姿勢で書類を読んでいた。切り替えの早い一矢に、ボブは少し面喰らう。
(……どう見たらいいんだろうな。仕事とプライベートを切り分けれる程大人なのか、それとも……そうしなければならない程傷が深いのか)
 ボブはなんとなく後者のような気がした。単なる予想だが確信があった。
(彼女が生きていたら……一矢はきっと違う人生を送っていたのだろうな)
 そう思って、なんだかやりきれなくなった。彼女を殺したのは星間軍、一矢が属しているのも星間軍。どちらも星間軍だ。
[36] 2005/08/08/(Mon) 11:44:37

名前 MUTUMI
題名 15
内容  自分ぐらいかと、自嘲しながらボブは思った。
「……本当にボブが副官で良かった」
 何故かそこで一矢は微笑を浮かべる。ざらついた所のない純粋な安堵の表情だった。
「は? 自分で申告するのもなんですが、俺は上官を叱り飛ばす扱い辛い部下ですよ」
「そうだけど……、でも僕はイエスマンが欲しかった訳じゃないから」
 微笑を苦笑にかえて、一矢はテーブルから紅茶の入ったカップを取った。口に運んで、ほうと一息つく。
「美味しい」
 独特の渋みと甘味が、昂っていた神経を徐々に鎮めてゆく。ささくれ立った一矢の心が少しだけ平静を取り戻した。
 ユラユラと脳裏に蠢く面影を、瞳を閉じてゆっくりと追い出す。忘れたいのに忘れられない、忘れる訳にはいかないと感情が心の中で暴れたが、それにもそっと蓋をする。鍵という鍵を自分の心にかけて、一矢は紅茶を飲み干した。
「……ごちそう様」
 
[35] 2005/08/07/(Sun) 20:31:58

名前 MUTUMI
題名 14
内容  小声で呟き、ほんの少し恥ずかしそうに続ける。
「……ちゃんと叱ってくれてありがとうな」
「一矢?」
 吃驚してボブが一矢を凝視した。上官に楯突いて、あげく怒鳴り散らして礼を言われたのは、流石にボブも初めてだ。
「だってさ、普通の人間はフォースマスター相手にそんな事をしようとは思わないだろ?」
「それは……」
 まあ確かにそうだなと、ボブは思う。
(一矢を怒らせるのが恐くて、誰もそんな馬鹿な真似はしないだろう)
[34] 2005/08/07/(Sun) 11:16:43

名前 MUTUMI
題名 訂正
内容 13加筆修正。
(中頃のあたりをちょびっと)
[33] 2005/08/06/(Sat) 22:52:30

名前 MUTUMI
題名 13
内容 「……当たりだなんて言ってないけど」
 ポツリと一矢が呟く。
「行動でばれてますよ」
 ボブは苦笑を浮かべながらそう応じ、姿勢を糺して一矢を見つめた。
「過去を忘れろとは言いませんが……、頼みますから心臓が凍るような事をするのはやめて下さい」
「……」
「今回だって一矢にしたら、大した事のない行動なのかも知れませんが、俺には……」
 言葉を濁し、ボブが一瞬押し黙る。
「俺には物凄く恐かったんです」
「……陸軍部隊にいたお前がか?」
 何をふざけた事を言ってるんだと、一矢がせせら笑う。
「ワットタイガーなんて、少しも恐がっていなかった癖に」
 あの巨大な肉食獣が襲って来た時、ボブは誰よりも早く、誰よりも的確に行動していた。恐怖を感じていたとは到底思えない。
 そんな一矢の捻くれた言葉に、ボブが軽く溜め息を吐き出す。
「俺が恐れたのはワットタイガーじゃありません。一矢の方です」
「は?」
「あなたあの時、物凄く虚ろな目をしていたんですよ。そりゃもう絶望的な程どっかにいってました」
「……何それ」
「トリップした麻薬中毒者の方が、まだましな目をしていました」
 物凄い言われように、流石に機嫌の悪い一矢も目を丸くする。
「そんなに僕、可笑しかったのか?」
「ええ、物凄く」
 どきっぱりとボブは肯定し、再度深く溜め息を吐き出した。
「だから俺は恐かったんです。一矢の心が壊れて行くのかと……」
 馬鹿馬鹿しい杞憂だったが、真剣にボブは恐れたのだ。ギリギリの琴線で保たれていた一矢が、とうとう可笑しくなったのかと。
 人間はそう簡単には狂わない。そんな事ボブだって知っている。だが一矢の場合、狂ってしまった方が楽な過去を持っている為、ひょっとするとと思ったのだ。ナイロンザイルの神経を持つ一矢だって、急所を衝かれれば案外脆いのだから。
「ああ、だからお前はあんなに怒っていたのか」
 ボブが烈火のごとく怒ったのが、ただ単に可笑しな行動をしたからというだけではない事に、一矢はようやく気付いた。
「心配してくれたの?」
「ええ。ですが……。その、済みません」
 ボブが唐突に、その場で勢い良く頭を下げる。
「え?」
「反省します。言い過ぎた点もありました。済みません」
「え、あの?」
 急にどうしたんだと、一矢がオロオロと視線を彷徨わせる。
「先程の説教の件です。頭ごなしに一矢を叱り飛ばしましたから」
「いや、だってあの怒りは正当だったし……」
「それでも上官に向かってする行動ではありません。それに……」
 恐らく無意識に一矢の傷を抉っていたのだと、ボブは考えた。彼女とどんな過去があり、どんないきさつがあったのかボブは知らないが、一矢が泣く程だ。その傷は相当深い。彼女に関する事は、一切合切が一矢にとってのタブーなのだ。
「……済みませんでした」
「あ、あのさ」
 物凄く困った顔をして、一矢がボブに向き直った。
「謝るのは僕の方だと思うけど……。勝手な行動をして、星間特使にも迷惑をかけたし、ボブを血まみれにしちゃったし。僕が全部悪い」
「……」
「あの時さ、物凄く変な事を思い出しちゃって。それで馬鹿やって……」
 一矢は全身から力を抜いて、ソファーに凭れ掛かった。
「もうしない。……心配かけてごめん」
[32] 2005/08/05/(Fri) 21:05:21

名前 MUTUMI
題名 12
内容  それを知りつつ、ボブが続ける。
「関係していたんですか?」
「……何?」
 ピクリと一矢の眉が跳ね上がった。何を言い出すんだと、目の前のソファーに座った男を凝視する。
「今日のとち狂った行動の件です」
 ボブが血まみれになった原因、ワットタイガーお手事件を示唆し、静かに一矢の返事を待った。重苦しい沈黙が隊長室に満ちる。
 だが結局、一矢は何も言わず何も返さず、苛立たし気な視線を向けるだけだった。それを見てとり、
「図星ですか」
 ボブが呆れたような声を漏らす。
[31] 2005/08/03/(Wed) 12:45:14

名前 MUTUMI
題名 11
内容  そっと手が伸び、右頬を無骨な指が柔らかくなぞった。
「この辺、涙の痕が残ってますよ」
「げ!?」
 ボブの指摘に奇声を発し、一矢が背後に上半身を反らす。手に持った紅茶をテーブルの上に置くと、すかさず両手でゴシゴシと顔を乱雑に擦った。ボブは黙ってそんな一矢の様子を見ている。
「俺の説教を喰らって泣く程やわじゃないですよね。何を考えていたんですか?」
「それはその……」
 濁す様に呟いて一矢は視線を反らす。ボブは短く溜め息をつくと、言い難そうにその横顔に尋ねた。
「彼女の事ですか」
 瞬間、殺気にも似た感情が一矢から放たれ、ボブは真正面からそれを受け止める。
「一矢が泣くのは、彼女が関係する時だけでしょう?」
「……」
 ボブの問いかけに無言で返し、一矢は一切言葉を発しなかった。触れて欲しくないと、全身が物語っている。 
[30] 2005/08/03/(Wed) 10:16:58

名前 MUTUMI
題名 10
内容  ソファーに寝転がったまま、全身から力を抜きぼんやりしていると、
「一矢」
 何時もの口調で名前を呼ばれ、一矢は反射的に声のした方向に顔を向けた。副隊長室へと続く扉が開いており、ボブが半身を覗かせていた。全身に浴びた血は落とされ、服も着替えており、シャワーを浴びた直後なのか髪が若干濡れていた。
「な、何!?」
 ぼんやりしていた所を見られた事に気付いて、慌てて起き上がると、目の前にカップに入ったオレンジ色の紅茶が差し出された。
「……?」
 じっと見ていると、カップごと手渡される。
「とりあえず、飲む」
 断言口調で言われ、恐る恐る口をつけた。
「シズカのカーゴ土産が残ってましたから、入れてみました。リィン程上手くはないですが……」
「……ありがとう」
「いえ」
 短い言葉が返り、沈黙が落ちる。ボブは普段通りの態度で一矢の向かいに座った。互いの視線が探る様に交わる。先に口を開いたのはボブだった。
「目が赤いようですが?」
「っ!? べ、別に何でもない。……お前の説教とは関係ないし」
 動揺も露に一矢が言い募る。
「あ、いや。でも反省はしたから。うん、ちゃんとした」
 じっと一矢を見ていたボブの視線が、ふいに柔らかくなる。
[29] 2005/08/01/(Mon) 12:22:23






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