三原葉子と昭和のグラマー女優達ファンクラブ
男は初めて出会ったセックスシンボルを一生忘れないものだ。
あなたも、物心ついた頃にそんな経験はありませんか。
つまり彼女が心が美しいとか、知的で魅力的だとかで理性的に好きになるというのでなく、
彼女のセクシーな姿を映画や本で初めて見てオチンチンの方がなんだかたまらなくなって、
その夜は彼女の姿が目に浮かんで寝付けなかったような。
セックスシンボルはまず世代によって違うようです。
例えば、京マチコさん、淡路恵子さん世代とか。
前田通子さん、三原葉子さん世代とか。
松井康子さと、内田高子さん世代とか。
つぎに好みによって、松永てるほさんのような太めがスキとか、
加賀まりこのようなコケッティッシュなのに感じるとか。
初めて出会ったセックス・シンボルを思い出しながらこの掲示板に書きなぐってください
◎1962年 |
◎『石井輝男映画魂』ワイズ出版。 |
「親族の方」、「三原葉子さんの同級生の方」。 |
女優・三原葉子を語る会が、去年の12月に、盛岡の三原葉子さんの生家で、発会したそうです。親族の肩の了解を得て、また、見原葉子さんの同窓生の方も、出席されたそうです。 |
三原葉子ファンのために朗報!!
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『文芸春○』1980年9月号「戦後35年ーわれらの英雄35人」(並○路子、松下○之助、湯川○樹、力○山、加賀○○子他)に選ばれる。川○三○氏のレポート。(全文2ページ)。新東宝時代の活躍を戦後日本の時代背景(性の解放)と共に紹介してました。○子様の発言を抜粋してみました。~川○~今回、この原稿の取材で三○葉○に会うことができたが(今年47歳になる彼女は六年前の東○映画「従○慰○婦」以後、映画の仕事がなく、開店閉業中だという)、彼女によれば、当時の映画では下半身はもとより、乳房をあらわにしたこともただの一度もないという。~葉○~「当時はビキニの水着姿になるときも上にタオルをしたほど。おへそを見せるというだけで恥しくて足がガタガタふるえてしまった」~川○~当時まだ性風俗がいまのように開放的でない時代にグラマー女優のレッテルを張られることに抵抗はないかという野暮な質問に、彼女は~葉○~「恥しいというよりもともかくは映画を撮ることだけに夢中だったから他のことは考えている余裕はなかった。一年に十本もの映画に出ていたんですから。あれが私の青春だったのでしょう」と答えた。~以上が葉○様の発言のすべてです。なお、取材当時の葉○様の様子などは不明です。 |
『泣いてたまるか』全54話中、着物姿での出演シーンを見つけることは出きませんでした。第11話「先輩、後輩」(昭和41年8月28日放送)でネグリジェ姿で出演されてました。私は夢を見ていたのでしょうか? |
前田通子さん主演「女真珠王の復讐」も全編がユーチューブで見られます。
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前田通子さん主演「海女の戦慄」の全編がユーチューブで見られます。
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「宮川一郎さんが三原さんに何年か前に会ったと言ってました。~ 」(「大俳優 丹○哲○」ワイズ出版 2004年5月15日発行。 |