| [42] 078:鬼ごっこ |
- 綺羅 - 2003年05月27日 (火) 00時25分
鬼さん、こちら。手の鳴る方へ。 鬼さん、こちら。手の鳴る方へ・・・・・・
冬の日は気が付くとすぐに傾いている。 西向きの部屋に差すオレンジ色の陽光にすべての物が染め上げられていた。 買出しの荷物を一つずつ確認するように取り出す八戒も、所在なげにベッドに座り込み煙草を吸う悟浄も、そしていつものように少し不機嫌そうに眉を顰めたまま新聞を読む三蔵も。 悟空は幾分広めの4人部屋についていた椅子にだらしなく座り込んで、ただその様子を見ていた。 退屈だなぁ、とは思わなかった。 飽きることなくその映像を瞳の中に映し出す。 めずらしい光景ではないはずなのに、どこか幻想的な、日常を超越した雰囲気を感じる。 奇麗・・・・・・。 オレンジは時とともにその色を濃くする。 更に強く刺した西日に悟空は少し目を細めた。 耳の奥で宿の前の通りを楽しげに笑いながら歌う幾人かの子供たちの声を聞く。
鬼さん、こちら。手の鳴る方へ。 鬼さん、こちら。手の鳴る方へ・・・・・・
そのまま、気が付いたときには少しずつまどろんでいた。 ずるり、と夢の中の世界に頭ごと引きずり込まれそうな感覚を覚える。いや、夢から抜け出そうとする感覚か。 このまま寝てしまおうか――― 一瞬そんな考えが悟空の頭をよぎった。だけど、もうすぐ夕食だ。 悟空はなんとか眠い目を無理やりこじ開けて顔を上げた。
? あれ? 違和感。 確認するように何度かまばたきをする。
西日が差す、窓。4つのベッド。そしてテーブル。そしてかすかに聞こえる子供たちの歌。 何も目を閉じる前と変わっていない。 ―――いや。 悟空は目を見開いた。 おかしい。 だって―――
ひとが、かげが、4人分見える。
いるはずがない。 悟空は唾を飲み込んだ。 自分を加えて、ではないのだ。 加えずに、4人。 陽光が橙に染めているのは、4つの影。 変だ! 悟空は呆然とその光景を見ていた。 いつの間に妖怪が入り込んだのか。それともこれはただの幻覚なのか。 わからなかった。 しかし、悟空はその場から動かなかったのはそのせいではなかった。 悟空には、わからなかったのだ。
・・・ どれがマギレコンダものなのか
「っ!」 わからないはずはない。一人ずつ確認していけば絶対にわかる、はずだ。 何度も心の中でそう言い聞かせて一人ひとりおぼろげな輪郭をトレースする。 しかし、どう考えても ・・・・ けしてあまっていないのだ。 ありえないはずの事態にわけもわからずにただ生唾だけを嚥下する。
鬼さん、こちら。手の鳴る方へ。 鬼さん、こちら。手の鳴る方へ・・・・・・
動き出せばよかったのかもしれない。 金縛りのように動かない体になぜかぼんやりと悟空はそう思った。 焦っているはずなのに、なぜか心は遠くへ馳せている。 なぜだかこれもわからない。 ただいつしか心は断続的に聞こえる子供たちのわらべ歌に向かっていた。
鬼さん、こちら。手の鳴る方へ。 鬼さん、こちら。手の鳴る方へ・・・・・・
警鐘のように木霊する、フレーズ。 ・・・確か、あれは『目隠し鬼』のときに歌う歌だ。 不意にそのルールが思い出される。 あれは、鬼が目隠しして、で他の人は逃げて・・・でも手を打って鬼に居場所を教えて。 んで、鬼がそれを捕まえる。 簡単で、単純なルール。けれど。 どうして、手を打つのだろう。捕まってしまうのに。 昔から感じていた疑問。 何かがおかしい。というよりも何かが欠けてる・・・? そうだ。 名前、だ。
目隠しをして、一人ずつ確認するように、名前を呼ぶ。 では、捕まらない―――名前を呼ばれないあなたはだぁれ? 悟空はかみ締めるように目を閉じた。 そしてゆっくりと手を確認するように前に差し出して―――
「・・・くう?悟空?」 「ふぇへ?」 呼ばれた声に目を開けた。 そこには優しげな八戒の顔。 部屋にともされた白色灯に照らされてその顔はいつも通りの色を映している。 慌てて見上げた窓にはすでに太陽の光は見受けられず、漆黒の闇だけが見て取れた。 「あれ?!なんで・・・・・・」 一瞬にして切り替わった場面についていけず悟空は驚いたようにまだ回りを見渡した。 何、こいつ寝ぼけてんの?、と悟浄が茶々を入れるのも気にせず一人一人確認する。 八戒、悟浄、そして三蔵。 間違いようもない数に悟空はほっと胸をなでおろす。 そろそろ食堂に行きましょうか、という言葉に悟浄がベッドから体を起こし出口に向かう。 八戒はそれに続こうとしたがいまだに椅子にぼんやりと腰掛けたままの悟空を見て足を止めた。 「どうかしたんですか?」 心配そうに八戒が尋ねる。 うん・・・・・・と中途半端に返事を返してから悟空は椅子から立ち上がった。 なんなく体は動く。 さっきのは夢だったのか、と思いながらも念のためもう1度悟空は部屋中を見渡した。 八戒も、悟浄も外に出て、残るのは三蔵一人。 見渡した時に一瞬、目があった。 「・・・なんだ」 「さんぞーは『目隠し鬼』って知ってる?」 「目隠し鬼?」 三蔵は急な問いに一瞬眉を顰めるが大抵悟空の問いは唐突である。 特に気にした風もなく手にもった新聞を畳ながら反復した。 「うん」 「鬼ごっこの一種だろ。やったことはねぇが、ルールの知識くらいならある」 その様子を見ながら悟空は壁に背を預けた。 「あれってどんな意味があるんだろ・・・。」 「意味なんざねーだろ、ガキの遊びに」 呟く悟空に呆れたような声が返ってくる。 三蔵らしい答えにそうかな・・・とだけ返事する。 その様子にはぁと大きくため息をついて三蔵は悟空の前を横切ってドアに向かった。 「病原菌」 「え?」 「鬼は病原菌で他人に触れることでそれをうつすって話を聞いたことがある」 三蔵の簡潔な説明に悟空は中途半端に頷く。それはなぜ逃げるのか、の答えにはなっていたが、なぜ手を叩くのか、
の答えにはなっていなかった。 「でも、それでいうなら『影響』も同じだろうな」 「へ?」 「他人に『関わる』ことで『影響を与える』。それが『触れて』また『鬼になる』ということじゃねーか」 そしてその人物がまた誰かに『関わって』『影響を与える』。 延々と続く連鎖。 『関わる』ことで、存在を認め、そして初めて『影響』される。 「昔は新しい考えを持つ者は『病原菌』と同視される傾向があった。 鬼とは妖怪じゃねぇ。新しい者受け入れられない者全部だろう」 たとえ今、受け入れられなくても。心のどこかでは、『関わる』ことを望んでいる。 だから、呼ぶ、のだ。
鬼さん、こちら。手の鳴る方へ。 鬼さん、こちら。手の鳴る方へ・・・・・・
そして、ひとは進化していく。 動きを止めたままの悟空に正しい説なんか知らねぇがな、とだけ言い残して三蔵も扉から出て行った。 慌てて追いすがろうとしてドアまで行き、ふと後を振り返った。 もう、そこにはだれもいない。 『鬼』とは、自分であった。 みな、それぞれが鬼であり、逃げ回るひとだから。 では残された、捕まらなかった誰か、は? 一瞬そこに何かの影がよぎった気がした。 何かは、わからない。 それは遠く過ぎ去った過去の幻影だったのかもしれないし、全く別の何でもないものだったのかもしれない。 悟空は目を閉じて忘れ去った記憶に思いを馳せた。 けれど、それもほんの一瞬。 悟空は目を開きもう一度薄暗い室内に目をやってから、三蔵たちの後を追うためそのままパタンと扉を閉めた。
鬼さん、こちら。手の鳴る方へ。 鬼さん、こちら。手の鳴る方へ・・・・・・
―――呼ぶあなたは、捕まるのを待つあなたは、だぁれ?

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