| [34] 086:肩越し |
- ありしか - 2003年03月30日 (日) 22時05分
まただ。 そこはそんなに気持ちがいいんですか。 訊いたらやっぱり返事がなくて。 紅孩児みたいに高い場所が好きだとか、そういうことはないらしいことだけは知ってる。かといってそこから一歩踏み出してみたいとかそんなことを思っているわけでもないらしい。 ただ風がとても気持ちいいのか目を細めて笑うときがあって、いっそ背中を押してやろうかなんて考えてもみたりする。そうして落ちそうになるのをそのままになんかしないけれど。 あ、つり橋理論。 口に出していたらしく三蔵がちらとこっちを見た。 何だ。 そっけない声なのに笑っていた。 なんとなく僕まで嬉しくなる。 目を閉じて三蔵を見ている世界を想像する。渇いた砂肌の崖の向こう側。そこには森が広がっている。数日掛けて僕らが通り抜けた場所は、鬱蒼としていて湿っていて夜なんてひどく気味の悪い場所だった。 僕のところへ届く風は既に砂埃をはらんでいる。 袂が揺れる。紫煙がかき消される。 僕は三蔵の後姿を目を細めて眺める。上向くと見えるのは流れる雲と空。雲を追って再び三蔵の背中を眺める。細い肩にかかる経文が飛ばないのが不思議で目を凝らす。 何やってるんだ? 貴方、背中に目が付いているんですか。 ねぇ、僕を気にしてくれてました? でも気にしてくれない方が嬉しいな。僕はいつも自然に傍にいるって思ってるのに。まだ修行が足りませんかね。 旗のように袂が揺れる。 風が強くなってきましたね。 今度は無視された。 日がきらきらと金糸に反射する。砂っぽくなって痛んでしまわなければいいな。関係ないことを考える。また次の、この腕の中に収めたときのことを考える。 オレンジに染まる白い法衣。――ああ。 吸殻、その辺に捨てましたね? お前な。 呆れ声が返る。この声が好きだ。 お前さっきから一体何が楽しいんだ? ふふ、内緒です。 こっち来い。 ヤです。 だって特等席ですよ、ここ。
貴方が見ているものが僕の目印。
何が見えますか。 森と空と、夕日だ。――沈むぞ。 ほんの少し、違う表情をして。 もうひとつですね。 あぁ? 僕は、 ふわりと煽った風が吹き戻らないことを祈る。
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