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文字書きさんに100のお題

[30] 068:蝉の死骸
クロネコ - 2003年03月16日 (日) 02時58分


 愛する者のもとへ行けますように―。

そう祈ったあの日もこんな暑い日だった。


「そういえば八戒、今日は悟浄見なかったけどまだ寝てんの?」
寺院へと続く石の階段を一段飛ばしで上りながら、悟空が八戒の方を振り返った。
無罪放免になってから八戒が三蔵の寺院を訪ねるのはこれが初めてである。
三蔵から使いとして遣された悟空はあちぃ、と言いながらも嬉しそうだった。

「ええ、悟浄なら今朝も明け方まで出かけてましたから」
八戒はゆっくりと、しかし遅れずに悟空の後ろをついていく。
「ふーん。こんなに天気いいのにもったいねぇの」
「悟浄も少しは悟空を見習って健康的な生活を送ってくれるといいんですけどねぇ」
残暑が厳しいとはいえ、寺院に続く山道は時折涼しい風が吹き抜けて気持ちが良い。

前を飛び跳ねるように歩いていた悟空が急に足を止めた。
「あ…」
「…悟空? どうかしたんですか?」
「セミが―」
石段の上に蝉が仰向けになっていた。動かなかった。
悟空は蝉をそっと持ち上げると脇の木の根元にしゃがみ込み、
小さな穴を掘り始めた。
八戒がゆっくりと悟空に近寄り後ろから覗き込むと、
下を向き八戒に背を向けて土を掘りながら、悟空は話し出した。
「前にさんぞーが言ってた。セミって何年もずーっと土の中で過ごすんだって。
ずーっと、ひとりで。で、外に出たらすぐ死んじゃうんだって」

なんか、かわいそうだよな。
はしゃいでいたさっきまでとは一転し、悟空はぽつりと呟いた。


 「何だか可哀想だなって思って」


ふいに、懐かしい声が八戒の脳裏を掠めた。
あの日もこんな暑い日だった。

大学がいつもより早く終わり、自宅への道を歩いていた時のことだった。
(あれは…)
八戒は前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。花喃だ。
道端にしゃがみ込んでいる。八戒は歩調を速めて近寄るとその背中に声を掛けた。

「…花喃?」
「あ、悟能。お帰り。今日は随分早いのね」
八戒の声にはっと振り返った花喃は、八戒を見てほっとした表情を見せた。
「こんな所にしゃがみこんでどうしたの? …具合でも悪い?」
彼女の顔を覗き込みながら尋ねるが、別に具合が悪いというわけではなさそうだ。
「ううん、違うの。これ…」

上手く拾えなくて、と花喃が指差した先にあったのは蝉の死骸だった。
コンクリートの上で仰向けになっていた。
手に持った細い木の枝でどうにか拾おうと悪戦苦闘していたらしい。
そこまで察してふと疑問が湧き上がった。花喃は昆虫が苦手のはずだ。
なのにどうしてわざわざ蝉の死骸を拾ったりしようと思ったのか。
八戒の考えている事が解ったのか、花喃は八戒が尋ねる前に答えた。

「蝉って土の中で何年も過ごす間、ずっと独りぼっちでしょ?
長い間ずっと独りで、やっと外に出られて素敵な恋人を見つけられたのに、
たった一週間でまた離れ離れになっちゃうなんて、何だか可哀想だなって思って」

だからせめて恋人の元へ行けるように、土へ還してあげたいの、と
彼女は微笑んだ。淋しそうな笑顔だった。

八戒はそうだね、と頷いて蝉の死骸を拾い上げ、木の根元にそっとおいてやった。
それから二人でそっと手を合わせて祈った。

 愛する者のもとへ行けますように。
 共に安らかに眠れますように。

長い間ずっと独りで、恋人にめぐり逢えて、でもすぐに離れ離れになって―。
まさか自分達が同じ運命を辿る事になるとは、あの時は夢にも思わなかった。


  助けに行くから 花喃。
  必ず行くから―。


約束は守れなかった。
彼女を助け出す事はおろか、亡骸を引き取る事さえもできなかった。

なのに自分は。

共に安らかに眠れますように。
あの日彼女と共にそう祈った自分は愛する彼女のもとへ行くこともなく。

―まだ、生きている。


「…八戒?」
怪訝そうな声にはっと顔を上げると悟空が心配そうに覗き込んでいた。
「どしたの? 具合悪い?」
「…いえ、ちょっと考え事をしていたので」
記憶の中と同じ問いかけに八戒は軽い眩暈を覚えた。

微かな心の痛みを隠してにっこり微笑むと、
心配そうな悟空を安心させるためにわざと明るく言った。
「さ、行きましょうか。あまり待たせると怒られちゃいますからね」
「げっ、そーだ、さんぞー最近いそがしくて、すっげぇ機嫌わりィんだよなぁ」
途端に慌てて階段を上っていく悟空の背中を見守りながら空を仰ぐ。


  いつかきっと迎えに行くから。
  もう少しだけ、待ってて欲しいんだ。花喃。


  今はただ。
  ―願わくば君が安らかに眠らんことを。



[31] あとがき。
クロネコ - 2003年03月16日 (日) 03時00分


初めてSSというものを書いてみました。
小説って難しい……。
表現とか、描写とか、もうちょっと上手く書けないものかと悩みましたが
今の私にはこれが限界です。

まだ出会ったばかりの頃の八戒さんのぐるぐる話。
八戒さんが無罪(?)放免になって以来初めての寺院訪問の時。
保護観察で三蔵との面会のため来院、季節は夏の終わり。
悟空が八戒を迎えにきています。
悟浄は朝帰りで爆睡中。三蔵は執務室で仕事中。
…2人とも出てきてませんけど(笑)。

この頃の八戒さんはまだ自分が生きる意味を見出せていません。
時々何かの拍子にテンションが降下して鬱々とします。
出会って間が無いので悟空が独りで岩牢に幽閉されていた事も知りません。
だからこの時の彼には蝉の孤独を語る悟空が
何故そんなにまで落ち込んでいるのかは解っていません。
私の中の時系列では、

「八戒」に改名→保護観察開始→寺院内の三蔵の立場を知る
→悟空の過去(幽閉)を知る→悟浄が兄を探している事を知る→旅に出る

という感じになっています(My設定入りまくり)。

できればどれかのテーマで続きを書きたいと思っています。
面会中のお話とか、帰り道とか。
しかし私は53派なのに何故に八戒。
ぐるぐる八戒さんは書きやすいみたいです。…似てるのかしら?

お目汚しで失礼しました。m(_ _)m

[33] My設定は愉し
kitori - 2003年03月17日 (月) 13時08分

クロネコさん、ありがとうございます。
四人が出会ってから旅に出るまでの三年間。
原作でも徐々に空白が埋められつつありますが、それでも妄想想像を掻き立てられる部分ですね。

人様のマイ設定聞くの好きー(笑)
是非是非また書いて下さいませ。

ところで、実はワタシ。
数日前に、『三年前、寺院から釈放されるまでの83』
というキリリクを脱稿したばかりなんです(笑)
いやー、危なかった(笑)。
読むとどうしても引き摺られるというか、重複部分を避けて書かなくちゃならないのがイヤで(どうしてもダブる部分ってあるし、それを無理に変えると話が不自然になるので)。読む前なら、「あら、ダブっちゃいましたね」で済みますから。
ワタシの方もマイ設定入りまくってます。
クロネコさんのお作より少し遡った時期の話ですが、読み比べてみるのも一興かも(くすくす)。

そんなわけで今回は二重に楽しませていただきました。
ありがとうございました♪



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