| [28] 011:柔らかい殻 |
- 花無枝 - 2003年03月12日 (水) 02時42分
宿に着いて、八戒たちがジープから荷物を降ろしていた時、珍しくフロントで何やら話をしていた三蔵。 じゃれる様に悟浄に食って掛る悟空は、気付いてはいない様子で。 でもきっと、ああして悟空をからかう悟浄は気付いている。 三蔵がいつもと違う事に。 フロントでの話を切り上げると、三蔵は待っていた3人の方ではなく、階段へ向かった。 「あっ、三蔵!ナニナニ、部屋、上?」 「おいおい。声くらい掛けてもバチ当たんねぇっての。ったく、無愛想な奴」 駆け寄って行く悟空と、ゆっくりと後に続く悟浄。
---振り返ってくれませんか…三蔵。
背筋を伸ばし、一顧だにせず上って行く三蔵を見つめたまま、八戒は思った。 その瞳で自分を呼んで欲しいと。 しかし、それは叶えられず、悟空に腕を取られ、悟浄に肩を抱かれ、そしてそれを振り払いながら、三蔵は階上に消えてしまった。 だから溜息を一つ吐いて、八戒も後を追った。
個室が4つ。 後を追って部屋の前へ来た八戒に、ドアの前に立っていた三蔵が言った。 「連泊だ。2〜3日荒れるらしい。必要なものがあるなら揃えておけ」 「はい…」 そうした事を人に聞き、手配するのはいつだって八戒の役目で、その違和感が闇雲な不安を連れて来る。 口篭ってしまい、ただ見つめるだけの八戒に、片眉を上げた三蔵が溜息交じりに言った。 「連泊しなきゃならないのに、相部屋なんざごめんだ」 「…はい」 やはり、はいとしか言えなかった八戒を残して、三蔵は自分の部屋に入って行った。 それがほんの10分程前の事で…。
「個室だなんて…贅沢ですよね。連泊するって言うのに」
漠然とした不安を抑えたまま八戒は荷物を片付け、いつものように三蔵の部屋のドアをノックする。
「三蔵…?」
返事がないのもいつもの事で、八戒はドアを開け、視線を彷徨わせた。 部屋の奥、一つだけ置かれた椅子に座って、三蔵は煙草を吸っている。 「入りますよ、三蔵」 ちらりと、瞳を上げるだけの三蔵の意思表示。 「買出ししてきますが、三蔵は何かあります?」 「…煙草」 これもいつもの事だ。 「もうなくなったんですか?ちょっと吸い過ぎじゃありません?」 言いながら三蔵に近付く。 そっと、脅かさないように…。 「とっとと行って来い。もう降るぞ」 苛ついたような声が、八戒の足を止めた。 「何をビクついてやがる」 「…貴方が…」 「俺が?」 「貴方が、いつものようでなくて、だから…」 「だからどうした」 「だから…でも」
ガタリと、わざとそうしたのだろう、大きな音を立てて三蔵が立ち上がる。 ビクリと、肩を震わせた八戒に、呆れたような舌打ちをしながら。
「言ってみろ」 「貴方の一挙手一投足に囚われていないのに、悟空は自然に貴方に寄り添っている…。貴方の様子が違う事に気付いていても、そんな空気ごと悟浄は受け止めている。…なのに僕は、僕一人が、貴方に隔たりを感じているんです。何か薄い膜のような、柔らかい、でも確かに僕を隔てるものを…」 「八戒…」 「…はい」 「そんなものはない」 「三蔵」 「俺も、お前も、あいつらも、ただここにいる。目を開けてりゃ見える。声を出しゃ聞こえる。判らなけりゃ聞け。判りもしねえ癖に『はい』なんぞと返事をするな」 「さんぞう…」
薄くて柔らかい、生まれたての卵のそれよりも柔らかく彼を包むもの。 それを感じているのが自分だけで、それに隔てられていると思って…。
「勝手に訳の判らないものを俺に被せるな。うぜぇんだよ」
盛大な溜息と共に吐き出された言葉は、八戒の焦燥を解かす。 三蔵に殻を被せていたのは自分で…。 その薄い膜越しに焦れていただけの事。 彼はそう言っているのだ。
「ったく!面倒な奴だな。俺は疲れてんだよ。とっとと買出しでも何でも行って来い」
吐き捨てられた言葉に、だが今度は笑顔で応える事ができた。
「はい」

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