| [17] 015:ニューロン その1 |
- 幸村透子 - 2003年03月01日 (土) 19時12分
「大きな街ですねぇ」 はしゃぎまわる悟空と、それに付き合う悟浄の大声とは正反対の調子で八戒は言った。 確かに大きな街だった。 暫く野宿が続いていたせいか、身体的にというよりも、むしろ精神的に疲労していた彼らは、多少の休息と情報収集を兼ねて二日間宿泊する事にしていた。 勿論、一行のマネジメントを一手に負う八戒の提案であり、それに対して唯一拒否権を行使できる三蔵が頷いたのだから誰も文句を言う筈もなく。 「なぁなぁ! 俺あれ食いたい!」 「お前は食う事しか考えてねぇのかよ!」 「キレイなねーちゃん引っかける事しか頭にないヤツに言われたくねーよ!」 「何だと!」 「煩い! 黙れ!」 疲れていても、いつものやり取りを続ける3人に、八戒は苦笑する。 「元気ですねぇ」 肩に乗ったジープも、呆れたように力なく首を振る。 宿を探す彼の視線に、大きな建物が触れた。
白壁の、夕日に映えそうな家や建物が並ぶこの街の中に浮かぶ、赤茶けた煉瓦造りの建物。街の景観を損なってはいないし、むしろ引き立てていると言っても良い。 しかし何の建物なのだろうか。 「街の有力者の屋敷、ですかね……」 「違うな」 いつの間にか、隣に立っていた三蔵が間髪いれずに言う。 「三蔵。二人はどうしたんですか?」 「あ? お前がボケてる間に宿を決めて、小金を持たせて追い払った」 「悟空もですか?」 多少非難めいた口調になった。 悟浄はともかく。 「悟空だって子どもじゃねぇんだよ。金の使い方くらい知ってるだろうが」 「それはそうですが……」 三蔵と一緒に行きたがる悟空のが姿が、目に浮かぶようだ。 そしてそれを素気無くあしらう三蔵の姿も。 大方、悟浄あたりが気をきかせて連れて行ったのだろう。 「行くぞ」 「え?」 「宿が決まったと、言わなかったか?」 「え、ええ……」 二人になりたかった、というような甘いものではなく。 ただただ、煩いのを追い払い静かにしていたいだけ、という三蔵の態度だった。 (疲れているんでしょうかね…)
「あの建物な」 「え?」 「お前が見ていたアレだ」 「あ、はい」 突然話を振られ、思わず畏まってしまった八戒に内心苦笑しながら三蔵は続けた。 (相当疲れているな、コイツ) 「数十年前、この街の酔狂な商人がとある街であの建物を見つけたんだ。そして何を思ったかそれを買い取り、この街へ移築したそうだ。当時はどうか知らないが、6年ほど前からは街の図書館として使われているらしい。街の規模に合わせてかは知らないが…蔵書数も半端じゃないんで、あちこちからここにしかない本を求めて人が行き来していると、街の人間が言っていた」 ほとんど一気に言い終えると、三蔵は残り少なくなった珈琲を飲み干した。 冷めたそれは、舌先に渋みを与える。 「図書館ですか…」 意外といえば意外な使途ではあったが、あの建物に相応しい使われ方とも思えた。 煙草を吸う三蔵の端正な横顔を見て、更に窓の外に見える煉瓦造りの街の図書館へ深緑を向ける。 「ねぇ三蔵」 「何だ」 「行ってみましょうか」 「どこへだ」 「図書館ですよ」 「面倒くせぇ…」 そう言い捨てると、煙草を口元へ運ぶ。 運ぼうとしたがその手は八戒に取られ、ゆっくりと口唇を塞がれた。 「何すんだてめぇ」 「どうせ悟空も悟浄もまだ帰ってこないでしょう?」 「疲れてんだよ。俺は」 「まだそんなトシでもないと思いますけど?」 ジープお留守番していてくださいね。 そう視線で合図して、八戒は三蔵の手を引きながら部屋を出て行った。
続く

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