| [7] 098:墓碑銘 |
- 森沢 果梨 - 2003年02月27日 (木) 11時35分
命の危機が迫っていた。 知らず口の端から流れる透明な液体が、そのまま乾いた草と地面に吸い込まれる。 見上げた空は抜けるように青く、切り貼ったように浮かんだ雲から目が離せなかった。
「あの雲おにぎりみてぇで、旨そう〜」 「おー、猿にしては目の付け所がいいねえ。あの色といい艶とい い、超色っぽいオネーチャンが握ったもんに違えねえな」 「最高級のコシヒカリとかだよなー。で、中身は豚角煮!」 「おめえ、そりゃ粽だろうがよ?美人の握った中身っていやあ、 梅干、たらこ、鮭も捨てがたいし・・・」
口から止め処なく流れる液体を拭う訳でもなく 伸ばした両腕を草むらに力なく投げ出して空を仰ぐ、一見平和を絵に描いたような風景の中 三蔵一行には確かに命の危機が迫っていた。
「何かもう、今敵が来たら俺、敵食っちまうかも」 「おーい、八戒サ−ン。人食い猿が変なもん食って腹壊す前に帰って来てくんない−?」 「腹壊れても良いからなんか食いてえーーーーッ」 「ナニ見てンのよ?っていうかお前、俺は食っても旨くねえぞ?」 「誰が悟浄なんか食うかよッ!それならさんぞーの方がよっぽど旨そうだもん!」 「おー三ちゃんね。白いご飯と三蔵サマ」 「焚きたてご飯に三蔵入れてでっかく握ったら旨そう〜」
心地よい風が草をさわさわと鳴らせて駆け上がり、大樹の枝と葉を揺らした。 葉の間からこぼれる光が、幹に凭れ掛かっている同じ光の色の髪を照らした。 うつむき加減で身体を幹に預けて、ピクリとも動かなかった身体の左手が ゆっくりと地面から持ち上がっていった。
彼らの、命の危機がすぐそこまで迫っていた。
遠くで銃声が聞こえたので、八戒はジープのスピードを殊更速めた。 大樹に凭れる光の髪の持ち主を視野に捕らえた時、求める人が気だるそうに振り向いた事に安堵した。 「すいません、遅くなっちゃって。なかなか街がなくって、・・・それ、何ですか?」 そこには草原に不似合いな、無造作に積まれた土の山があり、 山のてっぺんに文字の書かれた板切れが、斜めに突き刺さっていた。 「只の墓だ。関係ねぇ。」 「達筆ですね」 「生前の希望を書いといてやった」
そうですか、幸せな方達ですね。と、シートを草の上に広げ、買出し袋の中身を出しながら、 お天気も良いですから、今日はここでピクニックですね。と八戒は柔らかい微笑を浮かべて言った。 三蔵一行、平和を絵に描いたような風景であった。
墓碑銘「握り飯てんこ盛り」

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