こんな時は誰にも会いたくないと思う

不完全燃焼の試合は性質が悪い。
体の中で燃え尽きる事の出来なかった炎が駆け巡りじっとしていられない。
欲求不満の盛のついた雌犬のようで滑稽だ。
振り払うようにランニングをしても気休め程度にしかならない。
いくら走るスピードを上げようとも体の中の欲求がズクリと疼くだけ。
「あっれー？海堂じゃん」
トイレに行っていたのか両手をプラプラ振りながら菊丸が声を上げた。
舌打ちをしたくなった。
今この状態でこの先輩と話たくはない。
自分とは全く違う能天気な声と口調が起爆剤になり何をしてしまうかわからないからだ。
「今試合終わったばっかなのにー・・あ」
「っス」
案の定話かけてきた菊丸に小さく礼をしギアをチェンジするかのようにスピードを上げる。
試合後の体は軽く、ぐんぐんスピードが上がる。
だが比例して体を駆け巡る欲求も、また、


「捕まえた♪」


「っ！？」
突然腕を掴まれ全力で走っていた勢いが空回りをし思った以上に反動がきた。
同時に一気に疲れも押し寄せ酸素を欲し呼吸を激しく行う。
「ホラ〜無理するから」
一方腕を捕まえた先程の能天気な人物はケロリとそんな事を言う。
ぎりっと歯を食いしばり本能のままに上げそうになる手を必死で抑える。
今の自分はいつも以上に理性が薄く出会い頭の人間にでさえ手を上げてしまいそうになると言うのに。
呼吸を整えてまたランニングに戻ろうとする海堂に菊丸が肩を掴む。
「何スか・・・」
静かに地を這うような声を出し振り向いた。
だがそこには予想以上に落ち着いた瞳を向ける菊丸がいた。
「我慢しなくていいのに・・・」
身長がほとんどかわらないため見詰めあう互いの顔は近い。
それよりもこの人は、何て、言った
いつもよりどこか静かな口調で、低い声で、笑みを消して
それだけで人間はこうも変わってしまうものなのかと思う暇もなく
「！？」
頭の後ろの髪の毛を掴まれて顔を突き出す格好にされ、


唇に強く噛みつかれた。



*



「いや〜なんとなく？」
「・・・・」
「海堂煮詰まってるなぁ〜と思って」
先程の別人だった菊丸はもうどこにもいない。
今は隣でアハハと笑っている。
「・・・だからって・・・・」
あれはないだろう。なんなのだ、あれは。
「だって海堂欲求不満な顔してたし」
関係ない。
それで後輩に、男にあんな事はしない。
腑には落ちないもののいつの間にか体の中を駆け巡る欲求は拡散しており今はこうして菊丸の横を自然に歩いてる。
「落ち着いたっしょ」
あっけらかんと言うその姿も今はなんとも思わない。
つかみ所のない性格は不二や乾と同じで苦手だ、と思う。
「・・・でも・・もうあんな事しなくていいっス」
あんなことってどんなこと〜？と覗き込んでくる顔を見て先程の姿は幻影だったかと溜息を吐いた瞬間に唇を何かが掠った。
「っだ、」
「海堂の唇ってなんかいいよね」
「だ、だからこーゆ事っス！！！」

あんな時は誰にも会いたくないけれど
特にこの人には絶対会いたくないと思う。