[667] さよなら、さよなら |
- D.K - 2009年01月24日 (土) 02時17分
別に特別な事を望んでいたわけじゃない
ただ、『普通』に過ごしたかった
本当に、それだけだったんだ
ヒカル達の視界には、何一つ描かれていないキャンパスのように真っ白で、広大な空間が広がっていた。 ここが一体どんな場所であり、何故自分達がここに集められたのか。それを知る者は誰もいない……と、こう繋ぐのが普通だが、今回は異例である。 この場に居る全員が全てを知り、理解し、その上でここに集合したのだ。無言で佇む皆の表情は暗く、重い。 無理からぬ話であると頭で理解していても、心がそれを受け付けず、感情が昂ぶってしまう。それが今ここにいる者達ほぼ全員、共通の心境だ。
重苦しい沈黙の空気の中、最初に動きを見せたのはダイスケだった。 右手の中の刀――既に開放状態である草和を逆手に持ち替え、自らの足元と思しき場所へ思い切り突き立てた。 真剣な眼差しで見守るその他大勢を後ろに、ダイスケはすぅ…と深呼吸し、目を瞑った。
「――――華 散り去りて 風に舞え 草茎鋭く 宙を衝け――!」
かつて無いほど静かで、穏やかなはっきりとした詠唱の言葉。 口上を終えると同時に、ダイスケは突き刺さった刀の柄を握り、力一杯引き抜いた。
「天、解」
瞬間白の世界に淡き桃白色が満ち溢れた。 誰もが思わず目を奪われざるを得ないほど可憐で、華麗な無数の花弁が旋風を巻いたかと思うと、それらはただ一人のいる場所に収束していく。 そのただ一人の手に握られるは、一振りの木刀。
「――『花散草和』」
厳かに、そして小さくダイスケは呟いた。その表情に動きは見られず、これから動く気配も無い。 それは見方によっては、何よりも冷たく、悲しい顔つき。 ダイスケのこのような表情を見た事があるのは、この場に居る者では現時点でヒカルのみである。 そのヒカルはというと、神妙な面持ちで親友を見つめていたが、やがて重い口を開いた。
「……ダイスケ君。準備は、いいかい?」
親友の確認の言に、ダイスケは軽く校是した。 過去に一度だけ見た、とてつもない悲痛な思いを秘め、それでもなおけして表に出す事は叶わない、仏僧面。 ヒカルは思わず何か言いかけたが、ぐっと堪え、飲み込んだ。代わりに告げるのは、さらなる確認の言葉。 ……そして、最終通達。
「…本当に。本当に、いいんだね? 君は、本当に、この選択をしてくれるんだね?」
しばしの無言の後、ダイスケはまた校是する。 そしてヒカルから目を逸らし、背を向け仁王立ちになった。
「………。わかった。もう僕は何も言わないよ。ありがとう。………そして、ごめん」
今度は、ダイスケの反応は無かった。 しかし問題は無い。 最早二人の想いは、十分過ぎるほど通じ合っていたのだから。
「――――君にお礼を言われる状況じゃない。ましてや謝られるなんて論外だ。……だけど、うん、別にいいか」
ダイスケの最後の呟きは、誰の耳にも聞こえなかった。 唯一人の少女を除いて。
目を閉じ、意識を集中する。 うっすらと瞼を持ち上げると、目の前に鎖が伸びていた。 銀色に鈍く輝くその鎖は、一見とても貧相で頼りなく、しかし何物より強固で、頼もしい。 今から自分はこれを斬る。 この鎖は、平行世界を繋ぐ『絆』の一つ。 これが斬られた時、繋がっていた二つの世界は完全に独立し、全ての干渉が閉ざされる。 繋がりによって生じていた一切の事象は全て『なかったこと』になり、文字通り跡形も無く消滅する。
……そう、今自分は、二つの世界―――EOEMの世界と学園世界との繋がりを、斬る。
イレギュラーが発生したのは、誰の意思でもない。ただ起こるべくしておきただけの事。 しかしそれは看過できるほど小さなものではなく、また対処できる代物でもなかった。 一つの世界の理が乱れ、狂い始めた。その影響は、主に世界観の崩壊という形で現れ始めた。 誰かが、どうにか出来たのかもしれない。だが、誰もそうしなかった。否、出来なかった。 変化が常に起こり、常に訪れる以上、それは全て必然であり、必然を否定しなかったことにするなど不可能だ。 出来るのは、起こった変化に対応するさらなる変化の選択。
一癖も二癖もあるEOEM世界の連中全員が、まったく同じ問題に取り組み、同じ結論に到ったのは一つの奇跡といえるだろう。 しかしそれを奇跡と称するなら、その先にあるのは無限暗路へと続く悲観と悲嘆、絶望のみ。 そんなものを好き好んで受け入れるような奴がいるだろうか、いや、いない。 全員が苦悩し、神経をすり減らし、その上でたどり着いた一つの結論は、苦渋の決断。
『EOEM世界と他世界の繋がりを断ち切り、自分達は消える』
未練がある者もいる。この選択が間違いであると気付いている者もいる。 実力で他の者を捻じ伏せ、選択をリセットできる者もいる。 しかし誰一人として異を唱える者は無く、反骨心を行動に示す者もいなかった。
諦観の念に飲まれたか、と言われれば、返す言葉は無い。紛れもない事実の一つだからだ。 しかし、けしてそれだけではない。 彼らは、『彼らが選択できる』という選択をした。 けしてただ与えられた答えに飛びついたわけではないし、やけを起こしたわけでもない。
これは誇りなのだ。 EOEMという世界に生まれ、存在し、今まで過ごしてきた『キャラ』としての誇りが、『自分達の選択』という結論を導き出したのだ。 これもまた、一つの真実。これを否定したければすればいいが、そうした所でなんら意味を成さないのは語るに落ちないだろう。
―――前置きが、長くなりすぎてしまった。…では、終わらせてもらうとしようか。
『斬れ、ダイスケ』
「―――草脚奥義、『萌芽尖茎(ほうがせんけい)』」
世界は回天する
何が起ころうと回天する
私はその中の一つに過ぎない
斬り捨てるのは過程にすぎない
私は進む
私である為に
EOEM世界、消滅。
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