[109] 恩師の言葉…忘年会「恩師・同窓生との焼き鳥屋の集い」 |
- やすみせりう - 2007年12月02日 (日) 13時07分
2007年12月1日
いよいよ、今年最後の月になりました。 早いねー、一年。ヤダヤダ。 今月は全土曜日の予定が全部埋まっています。 ただし、最後の29日の予定は出勤ですが(泣) (イヤ、夜はまだ空いてる!いざ梅ケンかボニーラか!?)
1日は、小学校と中学校の同窓生との忘年会が、 焼き鳥屋さんでありました。総勢多分15人くらい。 幹事さん、どうもありがとうです。 大変、楽しかったです♪現バンド活動をしている同窓生に バンド話も聞けたし、有意義でした。 (もうちょい突っ込んで聞きたかったんだけど☆次回持ち越し)
同窓会以来の懐かしい顔ぶれもありましたが、特筆すべきは、 今回、中学1年の時の担任、M岡先生を、忘年会に呼ぶ采配をしてくれて、 当日なんと途中から来て下さったことです! 大変懐かしく、嬉しかったです。 二年前?の中学同窓会に、先生は不参加だったので、 とても残念に思っていたのです。
先生は、その前に他の教え子の同窓会もあったそうなのですが、 終了後に、こちらにも寄って下さったのでした。感激。 先生は音楽教師で、こちらへ来る前の同窓会での余興?で ピアニカを持参されていたので、 そこで昔、音楽の時間に習った懐かしい「ポランの広場」を 弾いてくださいました。それに合わせて歌って、や〜盛り上がったなー。 そして二次会では、「マイウェイ」を歌って下さいまして、 さすが、音楽の先生、ええ声〜!でした。 あれから約30年ぶりの歌声。本当に懐かしかったな。
先生は、席に座って、私の顔を見て少しだけ考えてから すぐに名前(旧姓)を言い当てて下さいまして… (これは多分予め、来るメンバーを聞いてたんだと思うんだけど) それでも目立たなかった私のことを、覚えて下さってたのは、 びっくりだし、やはり嬉しかったです。 しかも、しきりに 「○○(私の旧姓)は、根暗だったけど (呟き:先生、根暗ってそんなはっきりと…( ̄ー ̄;)) 今もそうだけど、 (呟き:今再会して、見たけでその評価…さすが教師。恐るべし!) でも、昔から、頑固だった!」 と、確信してるように、おっさり… へー?そうっすか?頑固でしたか? みたいな。 「芯があって、揺ぎ無かった」と いうような意味のことを、何度も言って下さったように思う。 (まぁ、半酔っ払ってたので自分に良いように聞いてたかもネ☆私)
頑固って、中学の時からそうだった…??と思うのと、 案外、心の中身って変わらないのかなと。 (前の会社でも上司にあんたは頑固だとよく言われた記憶が…) そういう風に見られてたのか、と考えると、少し 今の自分の状況に対する励みにもなったりして、 先生にとっては、別に何かを思って発した言葉ではなくても、 なかなか貴重なお言葉を頂いたと思えました。
案外、あの中途半端な年齢の頃がいちばん、自身の本質というものを、 固く持ってた時期だったのかも知れない。…なんてね。
Aと言われりゃ、Aかなー?、Bと言われりゃ、Bかなー?の 柔軟性ある優柔不断で関心の低さが定評?の現在の私は、 心中で、まぁ本当はCだけどね、とか、どっちでもいいよそんなことは、 と思ってることを、先生は読みとっていたのかも知れない。 ま、信念がないと、モノは創れないものだし。 とかなんとか。
当時は、子供だから先生が頑固って言うからには『絶対Cです!!』 とか主張してたのかもしれないけど… いやきっと主張せずに『…でもCだもん…』と、顔が言ってたのかもしれない。 なんせ根暗だし。(←いや、根にもってるわけでは…)
とにかく私は学校時代では、中学1年生のM岡先生が一番好きだった。 M岡先生は、熱血なハートの熱い、音楽教師だった。 よく問題を提言し、話し合い、ホームルームの多かったクラス。(…多分) 先生、本当に来てくださって、ありがとうございました。 根暗だけど、ちゃんと育ちましたから!
そして。 先生が当時クラスを受け持って下さってた時の年齢が、 今の私たちの年齢だったと聞いて、また少し、感慨深くなりました。 そんな教え子に会うのって、どんな気分だったのでしょうね?
しかし、先生っちゅーのは、外見ほとんど変わらないですよねー。 (白髪にはなってらしたけど、黒く染めたら当時のままですよきっと)
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