彼は「流星の貴公子」と呼ばれた。脚部は元から強くはなかったのだろう。栗東トレセンがある滋賀県の条例により火葬できず、その亡骸は北海道の土に眠る。「あの日」、彼を早く眠らせてくれていたら。
　私は時々、人外の声を聞く。笑い声や愚痴や、嘆き、怒り。近くの声も聞くし、遠くから届く声もある。本業は市立病院の心臓外科医で、けれど一日の大半はこれから手術を行う患者への説明でつぶれている。伝えられる色々に耳を傾け、苦しみを和らげようとする。可能な場合もある。不可能な場合はもっとある。それが遠くからのものだった時は特に。
　短い夏休みの二日目。私は安平町に居た。お盆ということで観光客も多いらしく、どの墓にも花が供えてあった。人は居ない。声を辿る。彼が居た。美しかった栗毛も流星も見事に風化し後足はグチャっとなった、彼が、居た。彼の呻きを聞く。宥める。呻く。説く。呻く。労う。泣く。
　泣き声から幻はほどけてゆき、そこに彼の碑があった。
「ゆっくりおやすみ」
　買った牛乳を供え、立ち去ることにする。泣き疲れた彼が、深く、眠れるといい。