[808] PROLOGUE プラチナ・ベルリッツ |
- フリッカー - 2009年04月09日 (木) 22時16分
PROLOGUE プラチナ・ベルリッツ
ポケットモンスター。縮めてポケモン。 それは、この世界に生きる不思議な生き物。 世界のあらゆる所に住み、400種類以上も発見され、長い間人間と共に暮らしている生き物ですが、その生態は未だにわからない事が多い生き物です。 そう。ポケモンの事に限らず、この世界には知らない事が、たくさんあります。 旅をしていると、本を読むだけではわからない事が、いっぱい体験できます。世界はやはり、本を読むだけではわからないほど広いのです。本で読む事と実際に体験する事は違う。知識は体験によって、初めて本物になる。私は旅の中で、それを実感しました。 一歩外に出ると、知らない事がいっぱいです。困難な事もありましたが、私はそんな旅を毎日楽しんでいます。
私の名前は、プラチナ・ベルリッツ。200年以上続く学者の家系・ベルリッツ家出身の学究の徒です。 ベルリッツ家を継ぐ者は、家紋を刻んだアクセサリーを作るため、その材料をみずからテンガン山の山頂まで取りに行かねばならない。そんな私の一族に代々伝わる伝統に挑戦するため、私は旅をしています。 一族を継ぐにふさわしい者になるための修練の旅でもある、この旅のお伴は、3匹のポケモン達。 1匹目は、今私の足元にいる、ペンギンポケモン・ポッチャマ。成長の様子を観察して欲しいと頼まれて託されたポケモンであり、私の最初のポケモンです。 2匹目は、今私を乗せて歩いている、ひのうまポケモン・ポニータ。長旅には欠かせない、私の大切な足となっています。 3匹目は、うさぎポケモン・ミミロップ。今はモンスターボールに入っていますが、他の2匹と同じく、欠く事のできないポケモンです。
* * *
さて、そんな私達は、長い道のりを経て、1つの町にたどり着きました。 そびえ立つ山のふもとにある町。町の名前はロクショウシティ。ガイドブック『シンオウの歩き方』によれば、自然と伝統の町、と書かれています。 読んでみれば、古くから伝わる自然と調和した文化が、今でも残っているのだそうです。その代表として、ポケモンの体から金属を取って精錬する、『製鉄牧場』というものがあるんだそうです! その文化がどのようなものなのか。考えただけで心がわくわくしてきます。 顔を上げると、早速私の目に、あるものが止まりました。 柵で囲まれた広い荒野。草木はそんなに生えてなく、ほとんどの場所で茶色の地面がむき出しになり、少し荒れ果てた土地のような印象がありますが、その中にいる、たくさんの白くて小さなポケモン。てつヨロイポケモン・ココドラです。中にはその進化系のコドラや、ボスゴドラの姿もあるではありませんか! 「まあ!!」 これが、ガイドブックにも書いてあった『製鉄牧場』に間違いありません! 私はすぐにポニータから降りて、ポッチャマを抱えて柵の側へと向かいました。当然、もっと近くで『製鉄牧場』というものを見たかったからです。 ココドラの体を覆う鋼の鎧は、成長すると抜け落ち、鉄製品の材料になると本で読みましたが、その作業をこの『製鉄牧場』でやるのでしょう。私はますます、この牧場に興味が湧いてきました。 「お嬢ちゃん、この牧場に興味があるのかい?」 すると、そんな声が後ろから聞こえてきました。そこには、1人の男の人の姿が。どうやら、この牧場の関係者のようです。 「もしかして、この牧場の方ですか?」 「ああ、そうだよ」 男の人はうなずきました。それなら話は早いですね。 「それならば、よければこの牧場を見学したいと思っているのですが……」 「見学か。ああ、もちろんだよ。ここは結構観光スポットしても人気でね、お客さんもたくさん来るからね。そういう人は大歓迎だよ」 「本当ですか!?」 見学を許してもらった。それだけで、私の心が躍りました。 「やあ、こんな所にいたんだ、ピカリ」 見学となれば、ココドラの抜け落ちた鎧に触れたり、鎧から作られた鉄製品を見る事ができるかもしれません! 「なあ、ピカリ? ピカリってば!」 この『製鉄牧場』での体験を、しっかりとこの身に刻み込みまなくては……! 私のテンションはもう最高潮でした。 「ピカリ!!」 その時、いきなり私の肩を誰かに叩かれました。はっと我に帰って振り向くと、そこには私の知らない人が立っていました。緑色の服を着た男の人。見るからに、私と同世代。 「なんで無視するんだよ〜。いくら『ピカリ』って呼ばれるのが嫌だからって、無視する事ないじゃないか〜」 彼は、初めて会う人の前だというのに、まるで私と親しい間柄であるかのように、馴れ馴れしい態度で私に話しかけてきました。彼は私にとって全然身に覚えのない人。見知らぬ人にいきなりそんな事をされるのは、当然不自然に思いました。この人は、何者なのでしょう? 「あの……誰ですか?」 「え!?」 私が聞いてみると、彼は急に目を丸くして、声を裏返しました。そしてなぜか動揺した表情を見せて、一瞬言葉に詰まった様子を見せましたが、すぐに苦笑いを浮かべて答えました。 「じょ、冗談言うなよピカリ……幼馴染のボクに対して『誰ですか?』なんて、どんな冗談なんだよ〜」 幼馴染。ピカリ。私の身に覚えのない単語を、彼は普通に言う。ますます不思議に思いました。 「冗談なんて言ってません。あなたは誰なのですか?」 「だ、誰って……なんでボケるんだよヒカリ? 普通にわかるだろ?」 「ボケてません」 「だからなんで……」 「ボケてません。しつこいですよ。聞いているのはこちらなのです。質問に答えてください」 普通にわからないから聞いているのですが、彼はなかなか名前を喋ろうとしません。彼はなぜか困った表情を見せました。 「ボクはケンゴだよ! わからないのかヒカリ?」 彼は溜息を1つついた後、やっと名乗りました。 「ケンゴ……」 そんな名前の人の知り合いなんて、私の記憶にはありません。そして気になるのは、さっきから出てくる『ピカリ』『ヒカリ』という単語。このケンゴという人は、私の事をなぜかそう呼んでいるようです。 「お嬢ちゃん、その人は知り合いなのかい?」 牧場の男の人が、私にそう質問しました。私は首を横に振って、すぐに答えました。 「いいえ、知りません」 「し、知りませんじゃないだろ!? だってボクは……」 「知りません。そもそも『ピカリ』とか『ヒカリ』とは何なのですか? 私はそういう名前ではありません」 言葉を挟もうとするケンゴを無視して、私ははっきりとそう否定しました。 「そ、そういう名前じゃないって……な、何か企んでるなヒカリ? さっきからやけに言葉使いが丁寧だし……」 ケンゴの発言は、どんどん意味がわからなくなってきました。どういう理由か私の事を知っているようなケンゴ。でも私は彼と会った事は一度もありません。彼は本当に、何者なのでしょうか?
と、考えていた時。 突然何か重いものが落ちたような音と共に、地面が激しく揺れました。私達の体も揺さぶられ、危うく倒れそうになりました。地震でしょうか? いいえ、地震ならこのようにいきなり激しく揺れるはずはありません。 ふと牧場に目をやると、大きな砂ぼこりが舞い上がっていて、ココドラ達が驚いたように逃げ惑っています。砂ぼこりの中には、何か大きい影が。あれは何でしょう? 砂ぼこりが晴れると、その姿が露わになりました。それは、ココドラでした。でも、ココドラにしてはあまりにも大き過ぎます。その高さは、2階建ての建物ぐらいにあります。こんなに大きなココドラはいません。しかも見るからに、明らかに体は人の手で作られたもの。ココドラの姿を象った、ロボットのようです。 『わーっはっはっは!!』 すると、どこかにスピーカーが付いているのか、高らかな笑い声が巨大ココドラから響きました。 「何者なのですか!?」 私が聞くと、それに答えるように、巨大ココドラの頭のてっぺんが開き、中から人の姿がせり上がってきました。 「『何者なのですか!?』の声を聞き!!」 「光の速さでやって来た!!」 「風よ!!」 「大地よ!!」 「大空よ!!」 そこにいるのは、三日月のように長く曲がった赤い髪の女の人、青いショートヘアーの男の人の2人組。その2人の服装は、白くそして胸の部分に『R』と書かれた服に統一されていました。そしてその2人の間に、ばけねこポケモン・ニャースが。 その2人と1匹は、ポーズを取っていきなり前口上みたいな事を言い始めましたが、なぜか急に止めてしまいました。 「……ってちょっと待て? なんか違わないか?」 「ジャリガール、あんな言葉使い丁寧じゃなかったわよね? 声も少し違うし」 「でも間違いなくジャリガールなのニャ」 2人と1匹は、そんなやり取りをした後、改めて私に視線を向けました。そして、「うん、確かにどこからどう見てもジャリガールだ」とつぶやいていました。『ピカリ』『ヒカリ』の次は『ジャリガール』。どんどん私の知らない単語が、ここに来てから出てきます。 「またお前達か、ロケット団!!」 すると、ケンゴが前に出て2人と1匹に叫びました。ケンゴはどうやら彼らの事を知っているようです。しかし、聞いた事がない名前。 「ろけっとだん?」 私は首を傾げました。 「いつまでボケてるんだよ!? ヒカリをいつも追いかけ回してる奴らじゃないか!」 すかさずケンゴが説明を入れました。私をいつも追いかけ回している? でも私は、今までそんなストーキングのような事をされた覚えはありません。 「何を言っているのですか? 私は怪しい人物に今まで狙われた事も、襲われた事もありません」 「おいジャリガール!! いっつも追いかけてるのに、ニャー達の事知らないように言うんじゃないニャ!!」 私が答えた途端、いきなり怒鳴りつけられました。でも、声のした方を見て驚きました。喋っているのはニャースです。あのニャースが、しっかりと口を動かして喋っているではありませんか! 言葉を話せるポケモンなんて、聞いた事がありません。 「あのニャース、人の言葉が話せるのですか!?」 思わずそう言ってしまいました。その瞬間、ロケット団というらしい2人組と1匹は、いきなりその場に崩れ落ちました。 「なんでニャーの事も知らないように言うのニャーッ!!」 ニャースはすぐに立ち上がって怒鳴っていましたが、私はそれで、確かにニャースが口を動かして喋っている事を確かめる事ができました。世界には、こんな人の言葉を普通に話すポケモンもいるんですね! 私はあのニャースの事が、無性に知りたくなりました。 「どうやって人の言葉を話せるようになったのですか?」 「話せるようになった訳? そうだニャ。それは全て、あのマドンニャちゃんとの出会いが始まりだったのニャ……ってなんでそんな事聞くのニャーッ!!」 ニャースは途中まで説明してくれましたが、なぜか途中で止めてしまい、私に怒鳴りつけました。ただ人の言葉を話せるようになった理由を聞きたかっただけなのですが、何か気に障るような事だったのでしょうか。 「いえ、私はただ……」 「いつまでボケてるんだよヒカリ!! 相手は悪者なんだぞ!!」 私は続きを聞こうとしましたが、ケンゴに止められてしまいました。悪者!? 私は耳を疑いました。 「どうなってるのニャ、ジャリガールは!?」 「わかったぞ。きっと俺達の事知らないフリして、嫌がらせする作戦なんだ!」 「そんな事はいいから、早く本題に入りましょうよ!」 「おお、そうだった」 2人と1匹はそんなやり取りをした後、すぐに巨大ココドラの頭に潜り込みました。すると、巨大ココドラが金属音を立てて動き出しました。 『前置きが長くなっちゃったけど、本業開始よ!』 『このメカココドラで、この牧場のココドラをぜ〜んぶいただいてやるのだ!』 『ほいニャ!!』 すると、メカココドラというらしい巨大ココドラの背中に穴が開いたと思うと、そこから2本の腕が伸びてきました。その腕は素早く牧場のココドラを捕まえたと思うと、どんどんメカココドラの背中に投げ込んでいくではありませんか! ケンゴが言っていた事は、本当だったのですね……! 「ああっ、うちの牧場のココドラ達が!!」 『いい感じ、いい感じーっ!!』 『このココドラ達をボスにプレゼントすれば……!』 『シンオウ征服、スピード出世でいい感じーっ!!』 牧場の男の人が叫ぶのを裏腹に、メカココドラはどんどんココドラ達を捕えていきます。挙句の果てにはコドラやボスゴドラまでも。 「そんな事させるか!! ポッタイシ、“バブルこうせん”だ!!」 ケンゴが真っ先にモンスターボールを取り出し、投げ付けました。中から出てきたのは、ポッチャマの進化形であるペンギンポケモン・ポッタイシ。 ポッタイシは、ケンゴの指示に答えて“バブルこうせん”をメカココドラに向けて発射しました。“バブルこうせん”はメカココドラの体を直撃しましたが、メカココドラは微動だにしません。 「私達も行きましょう! ポッチャマ、“ふぶき”!!」 私も黙っている訳にはいきません。すぐにポッチャマに指示を出しました。ポッチャマはすぐに私の腕の中から飛び出すと、メカココドラに対して“ふぶき”を発射しました。“ふぶき”メカココドラに当たりはしましたが、当たった部分をほんの少し凍らせただけでした。 『わーっはっはっは!! 無駄無駄!!』 『このメカココドラは、ココドラと同じく頑丈にできているのニャ!!』 ロケット団の高笑いがスピーカーに響きました。 『ついでに知らないフリされた仕返しニャ!! ジャリガールのポッチャマもゲットするのニャ!!』 すると、メカココドラがこちらに顔を向けたと思うと、腕の1つがポッチャマに伸びてきたではありませんか! 「ポッチャマ!!」 私が叫んだ頃には手遅れでした。ポッチャマは腕に捕らえられ、そのままメカココドラの背中へと吸い込まれていってしまいました。 「くそ!! ポッタイシ、“ドリルくちばし”!!」 ケンゴのポッタイシが、すぐにメカココドラの体に“ドリルくちばし”を打ち込みましたが、やはりメカココドラの頑丈なボディに弾かれてしまいました。 『なんか今回、いい感じじゃない?』 『そうだな、コンテストボーイがいてもジャリボーイはいないからな』 『まさに鬼の居ぬ間に洗濯なのニャ!!』 勝ち誇ったように叫ぶロケット団。 「くそ、何か方法はないのか……!?」 ケンゴが唇を噛みました。確かに、普通に攻撃してもあの頑丈なボディは破れそうにありません。どこかにある弱点を見抜けなければ、牧場のココドラ達も、私のポッチャマも奪われてしまいます。 弱点は……弱点は………
その時、私の頭にメカココドラが現れた時の様子が浮かび上がりました。
「メカココドラの弱点……あります!!」 「え?」 私がつぶやくと、ケンゴが声を裏返しました。私はすぐに、もう1つのモンスターボールを取り出しました。 「ミミロップ!!」 モンスターボールを開けると、中からミミロップが飛び出しました。 「メカココドラの足を狙って、“きあいだま”!!」 私が指示すると、ミミロップは両手にパワーを集め、“きあいだま”を作り出すと、それを思い切り投げ付けました。“きあいだま”は私が指示した通り、メカココドラの足に命中しました。しかしこれだけでは、まだ充分なダメージは与えられません。 「もう一度です!!」 私の指示で、ミミロップは再び“きあいだま”を発射しました。再び足に命中。それでもまだ足りません。ダメージが通じるまで、何度でも! 私は指示を出し続け、ミミロップは“きあいだま”を撃ち続けます。 「ポニータもお願いします! “かえんほうしゃ”!!」 ここはポニータの力も借りましょう。そう判断して、私はポニータを呼びました。ポニータはミミロップの横に並び、ミミロップに合わせて“かえんほうしゃ”をメカココドラの足を狙って放ちます。 『ニャハハハハ!! 無駄ニャ!! メカココドラのボディはそんなものでは壊れないのニャ!!』 自信たっぷりに叫ぶニャース。でもその時、手応えがありました。攻撃を当て続けたメカココドラの足に、火花が走り始めました。ダメージが通り始めている証拠です。 「今です!!」 私の一声で、ミミロップはさらに“きあいだま”に込めるパワーを強め、パワーの高まった“きあいだま”を発射しました。それがメカココドラの足に直撃した途端、メカココドラの足が小さな爆発を起こしました。すると、メカココドラはバランスを崩し、ゆっくりと横に倒れ始めました。ロケット団の悲鳴と共に、メカココドラは重い音を立てて横転し、横向きになった背中から、ココドラ達が倒れたコップからこぼれた水のように、次々と飛び出してきました。もちろん、私のポッチャマも。 「そうか!! あのメカの弱点は足だったのか!!」 「そうです。あれだけ重い体なのですから、足が1本でももろくなれば、重量を支えきれなくなって立つ事もままならなくなるはず、と考えたのです」 重い体を支えるには、足が肝心です。足がもろければ、重い体を支える事は当然できなくなります。だから自然と、がっしりとした足が必要になります。逆に言えば、そんな足が1つでも欠けてしまえば、体の重さを支える事ができなくなります。私はメカココドラが現れた時の様子を思い浮かべて、メカココドラは相当な重さがあるはず、と考え、足に攻撃を集中させたのです。 「それにしてもヒカリ、いつの間にミミロップやポニータなんて……」 ケンゴがそう言いかけた時、ロケット団がメカココドラの頭から姿を現しました。 「もーっ!! あと少しって所だったのにーっ!!」 「ロケット団の強さって奴は、こんなものじゃないぞ!!」 2人組はさっと立ち上がり、モンスターボールを取り出して叫びました。 「行くのよメガヤンマ!!」 赤い髪の女が、真っ先にモンスターボールを投げました。出てきたのは、オニトンボポケモン・メガヤンマ。 「行け、ポッタイシ!!」 すぐにケンゴが応戦します。ケンゴのポッタイシが前の飛び出し、メガヤンマと向かい合いました。そしてすぐに、メガヤンマとポッタイシのわざのぶつかり合いが始まりました。 私はちょうどポッチャマを抱き上げた所で、すぐにケンゴに加勢しようとしましたが、その時、空からいきなり黒い塊が私の周りに降り注ぎました。周りで起こる小さな爆発。新手でしょうか!? 見上げるとそこには、しのびポケモン・テッカニンの大群が、一斉にこっちに向かってきているではありませんか! きっとロケット団が送り込んだポケモンなのでしょう。 ロケット団の強さは、こんなものじゃない。さっき言われた言葉を思い出しました。テッカニンをこれだけ大量に送りこまれたら、相手にする事はできません。多勢に無勢です。ここは無理に戦わず、この場から逃げた方がよさそうです。 私はすぐにポニータを呼び、ポニータの背中に乗り、メカココドラとの戦いで疲れているミミロップをモンスターボールに戻しました。 「おい、どうしたんだヒカリ!?」 「ここは逃げましょう。多勢に無勢です」 「え!? でも、ちょっと……!」 事態は一刻を争います。ケンゴの言葉を聞く前に、ポニータは走り始めていました。その後を、テッカニン達は容赦なく追いかけて来ました。
走るポニータの後を、テッカニン達はしっかりと追いかけて来ています。横を通り過ぎていくいくつもの“シャドーボール”。私の背中では、ポッチャマが“みずのはどう”でテッカニン達に応戦しています。 このような状態では、町の中に逃げ込む訳にはいきません。そうしたら、流れ弾などで町に大きな迷惑がかかってしまうでしょう。私はポニータを町の郊外に向かわせました。せっかく見学しようと思っていた『製鉄牧場』からは遠ざかってしまいますが、そんな事は気にしていられません。 向かう先には森があります。ポニータは真っ直ぐその中に飛び込みました。入り組んだ森の中なら、スピードの速さが自慢のテッカニン達もスピードを出しづらくなり、追いかけにくくなるはずです。それに対して、ポニータは小回りが利きます。地形ではポニータの方が有利。郊外へ出たのには、こういう理由もあるのです。 その効果があってか、追いかけてくるテッカニン達の数も次第に減っていき、やがて追いかけてくるテッカニンの姿は見えなくなりました。 「これで、逃げられた……でしょうか?」 私は後ろを確かめました。追いかけてくるテッカニンの姿は見当たりません。 どうやら逃げられたようです、と思ったその時、突然目の前の地面が割れて、巨大な岩が地面から姿を現しました。ポニータはそれに驚き、慌てて向きを変えてよけようとしました。でもその時、ポニータの体は何かにつまづいたかのように急に前に倒れました。 「きゃあっ!!」 私の体は、たちまち前へ投げ出されてしまいました。体が地面に叩きつけられ、体に強い衝撃が走りました。 「ポニータ……」 私はかろうじて立つ事ができたので、すぐにポニータの様子を確かめました。でも、そのポニータの姿を見て驚きました。ポニータの体は、地面から突き出た岩に体を封じ込まれ、身動きが取れなくなっていたのです。 「これは……“がんせきふうじ”!?」 私は確信しました。しかし“がんせきふうじ”は、テッカニンは覚えられないはずです。という事は、他のポケモンがいる……!? その時、空から甲高い鳴き声が聞こえてきました。見ると、1つの大きな影が、私の方に空からスピードを上げて近づいてきています。テッカニンより大きい影。シルエットも明らかに違います。 その影が私の真上を滑るように通り過ぎました。灰色の体に、大きな翼と細長い顔を持つ、テッカニンとは似ても似つかない姿。その姿を見て、私は驚きました。 かせきポケモン・プテラ。コハクに残された遺伝子から復元された、古代のポケモン。そうそういるはずのないポケモンが、私の目の前に立ちはだかっているのです。 その背中には、何やら人が乗っています。その影は、私の目の前でサッと地面に降り立ちました。 「さあ、鬼ごっこはもう終わりだぜ、ベルリッツ家のお嬢さんよお!!」 その人は、全身黒ずくめの服装をした、男の人でした。黒い帽子の下に見えたその鋭い瞳は、獲物を見つけたポケモンのように、真っ直ぐこちらを捕えていました。 私の出自を言い当てられて、私は驚きました。なぜ私の出自を知っているのでしょうか? もしかして、私を狙っているのでしょうか? 「あなたも、ロケット団なのですか?」 「ロケット団? あんなへんてこな奴らと一緒にするんじゃねえっての! 俺達はあいつらの行動のドサクサに紛れて、あんたをターゲットにしただけさ!!」 黒ずくめの男は私を指差して、はっきりとそう言い放ちました。 やはり彼は私を狙っていた。このような経験は今までなかっただけに、私の体が一瞬震えました。 『一歩外へ出れば、危険がいっぱいなのですぞ!』 旅立つ前に聞いた、そんなじいの言葉が頭によみがえりました。今までは野生ポケモンに襲われた時には、ポケモン達が助けてくれたので、この事は心配しすぎなじいの杞憂だったと思っていたのですが……じいは、この事も危惧してあのような事を言っていたのでしょうか……? 「わかったら、さっさとお縄になってもらうぜ!! プラチナ・ベルリッツ!!」 黒ずくめの男の言葉に合わせるように、プテラが前に飛び出しました。私のフルネームまで言い当てられて、私は驚きと怖さで一瞬、体が動かなくなっていました。 目の前にプテラが迫った時、ポッチャマが飛び出しました。ポッチャマは“みずのはどう”を発射してプテラに応戦しました。しかし、プテラは素早く反転してそれをかわして見せました。ポッチャマが続けて攻撃しても、わざを“ふぶき”に切り替えても、プテラは素早い動きでかわして見せます。何という速さ。その動きに、ポッチャマは翻弄され始めていました。 「ポッチャマ、ここは逃げましょう!!」 私は反射的にそんな結論を出していました。このような人物とは、関わりにならない方がいいでしょう。そう判断したのです。 とはいっても、ポニータは“がんせきふうじ”で身動きが取れず、抜け出したとしてもダメージが溜まっています。私はポニータを素早くモンスターボールに戻し、ポッチャマと共に走ってその場を逃げ出しました。 「へへ、逃げようったってそうはいかないぜ!! サンダース!!」 そんな黒ずくめの男の声が聞こえたと思うと、背後でドンという音がして、私の横を何かが通り過ぎました。私の逃げようとしていた方向に落ちたのは、1個のモンスターボール。それが開くと、全身がトゲで覆われた黄色のポケモン、かみなりポケモン・サンダースが姿を現し、たちまち逃げ道を塞いでしまいました。 「“でんじは”!!」 私達が驚いて止まった瞬間、サンダースはこちらに向けて電撃を放ちました。その電撃は、私の体を一瞬で通り抜けました。 「ああっ……!!」 たちまち体がしびれて、体の自由が利かなくなってしまいました。足の力が抜けて、自然と膝が地面に着きました。後ろを見てみると、そこには1丁の太い銀色の銃を構えたあの黒ずくめの男の姿が。あれは、モンスターボールを発射するエアーガン、ボールシューター。本来は空のモンスターボールを発射して、ポケモンに正確に当てて捕獲しやすくするためのアイテムなのですが、あれを利用して、投げるよりも遠くの場所にポケモンを繰り出したのでしょうか……? 彼の側にはプテラ。私達は完全に、はさみ打ちの状態になってしまいました。 それでもポッチャマは、プテラに真っ直ぐ向かっていきました。“みずのはどう”を発射しますが、やはりかわされてしまいます。 「まだ抵抗するか!! サンダース、“10まんボルト”!!」 すかさず黒ずくめの男が指示を出しました。ポッチャマの背後から、サンダースは電撃を発射しました。ポッチャマ、と私が叫んだ時にはもう手遅れでした。ポッチャマは背後から電撃の直撃を受けてしまい、その場に倒れてしまいました。効果抜群の攻撃を受けてしまったのですから、ひとたまりもありません。 「ハハッ、学者の家計ベルリッツ家の娘も、大した事はないな。さあ、観念してもらおうか!」 黒ずくめの男は勝利を確信したように、私の方にゆっくりと近づいてきました。このままでは、この黒ずくめの男に何をされるのかわかりません。とはいえ、ミミロップはさっきのロケット団との戦闘で消耗しています。何とかして、ここから逃げる方法は……ありました! 「ポッチャマ、“しろいきり”!!」 私が指示すると、ポッチャマは残った体力を振り絞り、口から白い煙を噴き出しました。辺り一面の視界が、白く染まりあがりました。
* * *
私は“しろいきり”で視界を遮った隙に、ポッチャマと共にしびれた体で何とか近くの森の茂みの中に隠れる事ができました。私はそのまま息を殺し、音と立てないようにその場でじっと身を屈めました。後はこのまま、あの黒ずくめの男があきらめて去ってくれればいいのですが…… 「ちっ、どこへ消えやがった……? “でんじは”を浴びたからには、遠くには行けないはずだが……」 黒ずくめの男の声が聞こえます。そして辺りを歩く音。私は外の様子を窺おうとは思わず、ただ見つからない事を祈る事しかできませんでした。 その時、足音がすぐ近くにまで近づいてきました。そして足音は、私のいる茂みの近くで止まりました。まさか、見つかってしまったのでしょうか!? 私の胸が大きく高鳴りました。黒ずくめの男の気配は、茂みの前で止まったまま動きませんでした。調べているのでしょうか? 見つかってしまう。そう思った時、何やら機械のスイッチを押す音が聞こえました。 「……俺だ。奴をあと一歩の所まで追いつめたんだが、うまい事やられて逃げられちまった。ああ……ああ。だが、奴はまだこの辺りにいるはずだ。『まひ』しているから遠くには行けないはずだからな。俺ももう一度、この辺りを空から探してみる。奴の姿を見つけたらすぐに知らせろ。どんな手段を使ってでも捕える!」 そう言って、またスイッチを押す音が聞こえました。どうやら電話をしていたようです。 茂みから離れる足音。そしてそのすぐ後に、プテラがその場から飛び去る音が聞こえました。どうやらこちらには気付かなかったようです。 私はほっとしました。しかしそれでも、怖さがなくなる事がありませんでした。私が得体の知れない何者かに狙われている、という怖さが。 私はこれから、どうすればいいのでしょうか? 小さな体の震えが、まだ止まっていない事に気付きました。
TO BE CONTINUED……
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