[800] FINAL SECTION 目を覚まして、ハルナ! |
- フリッカー - 2009年03月18日 (水) 23時57分
みんなの視線が、一斉に正面にいるハルナに向けられた。 「ちっ、何よ、みんなでぞろぞろと……こうなったら、みんなまとめて相手してやるんだから!!」 ハルナは唇を噛みながらそうつぶやくと、ハルナの3匹のポケモンが、あたし達に鋭い視線を向けながら身構えた。その視線から、みんなもハルナの様子がおかしい事に、すぐに気付いたみたい。 「どういう事だよハルナ!? なんでこんな事を……!?」 「いくら負けたからって、こんな事をする事ないじゃないか!!」 「うるさいわね!! あたしはね、ヒカリさんをバカにしたアイツを殺さないと気が済まないのよ!! あんな奴は、1人も生かしちゃおけない!! だから邪魔しないで!!」 サトシとタケシが説得しようとしても、ハルナはやっぱり聞く耳を持たない。あんな奴は、1人も生かしちゃおけないっていうハルナの言葉には、残酷さを覚えた。あんな言葉、あたしの知ってるハルナの言うセリフじゃない。あたしはハルナの背中に、何か悪魔でも取り付いているんじゃないかとまで思うほどに、ハルナから強い殺気が出ているのを感じた。 「邪魔しないでって……人を殺そうとする事が、どんな事か……」 「いい加減にして!! ルーナ、“スピードスター”!!」 サトシの言葉を途中で断ち切って、ハルナは思い切り叫んだ。ルーナはそれに答えて、こっちに容赦なく“スピードスター”を浴びせてきた! 「わああっ!!」 目の前で爆発が起きた。思わずみんなは後ずさりをする。 「待ってくれハルナ!! 俺達の話を聞いてくれ!!」 「もう、無駄よ……あいつ、もう完全に頭おかしくなってるから……」 必死に叫ぶサトシに、ウララが途切れ途切れにだけど口を挟んだ。それを聞いたサトシは、くっ、と唇を噛んだ。 「ウララの言う通り、ハルナは完全に我を忘れている状態だ……こうなったらポケモンバトルをして、ハルナの頭を冷やすしかないな」 「そうするしか、ないのか……!」 結局2人が出した結論も、あたしと同じ結論だった。 「ヒカリは、大丈夫なのか?」 サトシの視線が、あたしに向いた。あたしを気遣っているんだ。 「ダイジョウブ。あたしだって、ハルナがあんな事する人じゃないって、信じてるから」 あたしははっきりとそう答えた。 「……わかった。じゃ、行くぞ!!」 「ええ!!」 あたし達は、真っ直ぐハルナを見据えながら、モンスターボールを取り出した。 その一方で、あたし達の後ろにいるルビーさんは、ウララを気遣いながら、ハルナを真っ直ぐ見つめていた。
FINAL SECTION 目を覚まして、ハルナ!
「ムクホーク、君に決めたっ!!」 サトシが真っ先にモンスターボールを投げた。出てきたのは、大きなトサカが特徴的な、体の大きい鳥ポケモン、もうきんポケモン・ムクホーク。そう、サトシのムクバードが進化した姿。この前サトシが参加したポケリンガって競技で、進化したの。進化する前よりも大きくなった羽を羽ばたかせて、ムクホークは力強く空に舞い上がる。 「頼むぞ、ウソッキー!!」 続けてタケシがモンスターボールを投げる。タケシが繰り出したのは、ウソッキー。 「ポッチャマ、一旦戻ってくれる?」 「ポチャ」 ポッチャマはさっき3匹の攻撃を一気に受けて、さらに少しバトルを続けたせいで、結構疲れが溜まっている。これ以上はきつい。だからあたしは、交代させる事に決めた。ポッチャマはあたしの足元に下がる。それを確認してから、あたしは別のモンスターボールを取り出した。 「エテボース、お願い!!」 あたしが代わりとして出したのはエテボース。モンスターボールから飛び出した後、2本の尻尾に付いた手で、サッと着地してみせる。そんな3匹は、目の前にいるハルナやそのポケモン達の様子が違う事に、すぐに気付いた。少しだけだけど戸惑う様子は隠せない。 「ルーナ、“スピードスター”!!」 先にハルナが仕掛けてきた。あたし達が驚くくらいの強い気迫のこもった声で指示を出す。ルーナが“スピードスター”をばら撒く。“スピードスター”は、敵が多い時も相手にしやすいわざ。ばら撒かれた星型弾は、3匹に降り注ぐ! 「エテボース、こっちも“スピードスター”よ!!」 「エェェェイポッ!!」 とっさにあたしはそう指示していた。それに答えてエテボースは、“スピードスター”を前に向けてばら撒いた。ルーナが放った“スピードスター”に正面からぶつかって、いくつもの爆発が次々と起こった。だから当然、煙で視界も遮られる。 「今だムクホーク、突っ込め!!」 「ムクホーッ!!」 そこでサトシが指示を出すと、ムクホークは煙の中を自ら突っ込んでいった。煙で周りが見えない状態の時は、相手がどう動くのかは当然わからない。だから、普通は煙が晴れるまでは下手に動かない方がいいんだけど、ここで思い切って突っ込ませるなんて、いかにもサトシらしい。ムクホークが飛んでいった衝撃で煙が晴れると、いきなりムクホークが目の前に飛び出してきたのを見て、驚くハルナのポケモン達が見えた。 「“つばめがえし”だ!!」 その瞬間、ムクホークはスピードを上げて一気に飛び込んだ。エクリプスに直撃! エクリプスはたちまちボールのように跳ね飛ばされた。他の2匹も怯んで、3匹のフォーメーションが崩れる。今がチャンス! 「エテボース、“きあいパンチ”!!」 「ウソッキー、“すてみタックル”だ!!」 あたしとタケシは、揃って指示を出していた。 「エイッ、ポオオオオオッ!!」 エテボースはアルテミスに向かって尻尾の拳を叩きこんだ! 直撃! 効果は抜群! かくとうわざ最強のわざを受ければ、あくタイプのブラッキーはひとたまりもないはず。たちまちアルテミスはエクリプスと同じように跳ね飛ばされた。 「ウソッキィィィィッ!!」 そしてウソッキーも残ったルーナに突撃! 体を張ったタックルの一撃で、ルーナはたちまち弾き飛ばされた。 「くっ、まだよっ!!」 それでもハルナは怯まない。その叫びに答えるように、3匹のポケモン達もすぐに体勢を立て直した。 「ルーナ、“シャドーボール”!! エクリプス、“みずのはどう”!!」 ハルナの指示で、ルーナが“シャドーボール”を、エクリプスが“みずのはどう”をそれぞれ一斉に発射! 「かわせ!!」 「かわして!!」 あたし達の声が揃った。それに答えて、エテボース、ムクホーク、ウソッキーは2匹の攻撃をひらりと動いてかわしてみせる。“シャドーボール”と“みずのはどう”が空を切った。でもそれを見た時、ハルナの口元が笑った。まるで考えていた事がうまく行ったかのように。 「“ねんりき”!!」 ハルナの自信に満ちたその指示を聞いて、あたしははっとした。まさか、これって……! その予想は的中した。空を切った“シャドーボール”と“みずのはどう”が、“ねんりき”に引き寄せられて戻ってくる! これは、間違いなくハルナスペシャル『変幻自在スーパーシャドーボール』! 「みんな、後ろ!!」 あたしがとっさに叫んだ時にはもう手遅れ、引き寄せられた“シャドーボール”と“みずのはどう”が、もう3匹のすぐ後ろにまで迫っていた。 「ウソォォォォッ!!」 ウソッキーに“みずのはどう”が直撃! 効果は抜群! もう1つの“シャドーボール”はムクホークに飛んで行ったけど、ゴーストタイプのわざの“シャドーボール”は、ノーマルタイプには全く効かないから、ムクホークは何とか羽で受け止める事ができた。 「今よ!! エクリプス、“ころがる”!! アルテミス、“アイアンテール”!!」 でもそのせいで、みんなの目が後ろに向いちゃっていた。その隙をハルナは見逃さなかった。エクリプスとアルテミスが、サッと飛び出した。エクリプスがその丸い体で転がり始めたのに続いて、アルテミスは尻尾を振り上げて飛びかかってくる! 「エテボース、後ろに“きあいパンチ”!!」 「エイッ、ポオオオオオッ!!」 とっさのあたしの指示で向かってくる2匹に気付いたエテボースは、体の向きを変えないまま、尻尾の拳を後ろに向かって振った。尻尾に手があるエテボースだからこそできる方法。今まさにエテボースに体当たりしようとしたエクリプスにクリーンヒット! 効果は抜群! エクリプスはたちまち弾き飛ばされて木に思い切り叩きつけられると、空気が抜けた風船のようにしぼんで地面に落ちた。 「ムクホーク、“インファイト”だ!!」 その次に向かってきたアルテミスを、ムクホークが迎え撃つ。ムクホークは攻撃を仕掛けようとしたアルテミスとの間合いを一気に詰めると、羽と足を使ってパンチを浴びせるように連続格闘攻撃を浴びせた! 嵐のように繰り出される羽と足の連続攻撃を前にアルテミスは、完全になす術なし。最後にムクホークが羽の一撃をお見舞いすると、アルテミスは簡単に弾き飛ばされて、倒れこむ。 「くっ、調子に乗らないでっ!! ルーナ、“シャドーボール”!!」 それでもハルナは怯まない。残ったルーナが、こっちに向けて“シャドーボール”を発射! 「ウソッキー、かわして“ものまね”だ!!」 そこでタケシが指示を出した。まずウソッキーは、飛んでくる“シャドーボール”をサッとかわしてみせる。 「ウソォォォォッ、キィィィィッ!!」 そしてウソッキーは“ものまね”して両手で“シャドーボール”を作り出すと、それをルーナに向かって勢いよく投げ付けた! 予想外の攻撃だったのか、ルーナは驚いて一瞬動きを止めた。そこに命中! 効果は抜群! ルーナもまた、やっぱり大きく弾き飛ばされて、地面に落ちた。 「な、何なのよ、これ……!!」 ハルナは動揺しているのか、そんな震えた声を出した。これで、ハルナのポケモンはみんな、かなりのダメージを受けた。ハルナもこれで気持ちを落ち着かせてくれたかもしれない。 「ハルナ!! もうやめて!! これで気が済んだでしょ!!」 「……まだよ、まだ終わってなんかない!!」 あたしはハルナを説得しようとしたけど、ハルナはまだ目を覚ましていなかった。ハルナの目にまた殺気が宿ったのがわかった。そして、ハルナのポケモン達も、また立ちあがって、こっちを強くにらみつけた。 「そんな……まだやる気なの……!?」 あたしの口から思わず、そんな言葉がこぼれた。そこまでしてまで、ハルナは人殺しをしたいって事なの……!? 「ハルナ、もうやめるんだ!!」 「やめないわよ……!! ハルナはヒカリさんのために、アイツを殺さないと気が済まないのよ!!」 「ヒカリがそんな事、望んでいると本気で思っているのか!?」 「うるさいわね!! 誰が何て言っても、ハルナはアイツを殺すんだからっ!!」 サトシとタケシの言葉も、やっぱり聞こうとしないハルナ。あたしは何だか、今のハルナを止める事はあたし達の力じゃ無理なような気がしてきた。もうハルナの心は、完全な悪者の心になっちゃったの……? あたしの知っているハルナには、もう戻らないの……? どうして……どうして……!? ハルナはそんな事する人じゃないはずなのに……胸が苦しくなってくる。 「ヒカリさんのために、ハルナはアイツを絶対に殺す!! ルーナ……」 その時、右手を突き出して叫んだハルナの言葉が、急に途切れた。 ハルナの目から急に鋭さが消えたかと思ったら、そのまま眠るようにゆっくりと目を閉じて、その場に崩れ落ちた。ハルナのポケモン達も、ハルナと同じようにいきなりその場に崩れ落ちていった。そこにいたみんなが、予想外の状況に目を疑った。 「ハルナ!?」 あたし達の声が合わさった。あたしはすぐにその場に駆け寄ろうとしたけど、その時、何か光る玉があたしの横を通り過ぎていった。それは、“きあいだま”だった。その“きあいだま”は、倒れたハルナの後ろ側に落ちて、爆発! 誰、今攻撃したの!? 「さあ、そこに隠れているんでしょう!! 姿を見せなさい!!」 ルビーさんの声が後ろから聞こえた。振り向くと、そこには鋭い眼差しを向けて立っているルビーさんと、カイロスの姿があった。ルビーさんの見つめる先。そこには、さっき“きあいだま”が爆発した場所があった。その煙の中から、何やら小さい影が慌てた様子で飛び出してきた。それは空中に浮いた、黒いてるてる坊主のようなポケモンだった。 「あれは、カゲボウズじゃないか!」 タケシが叫んだ。 「やはりいたのね、カゲボウズ」 ルビーさんがそのポケモンの名前をつぶやいた。カゲボウズ? あたしはポケモン図鑑を取り出した。 「カゲボウズ、にんぎょうポケモン。恨みや妬みの感情が大好物。ピンと立ったツノが人間の感情をキャッチする」 図鑑の音声が流れた。 そのポケモン――カゲボウズは、あたし達を見ると、さっきの攻撃で驚いたせいなのか、怯えた表情を見せて、そのまま森の奥へと逃げて行った。何だったの、あのカゲボウズ? そうだ、それよりも! あたしはすぐに、倒れたハルナの所に駆け寄った。 「ハルナ!! ハルナ!!」 あたしはうつぶせに倒れたハルナの体を起こしてハルナの体をゆすりながら呼びかける。すると、ハルナの目がゆっくりと開いた。 「ヒカリ、さん……? あれ……ハルナ、なんでここに……?」 ハルナは体を起こして辺りをゆっくりと見回した後、そうつぶやいた。その黄色い瞳は、あたしの知っているハルナそのものだった。さっきまでの殺気はまるでウソのように消えている。 「ハルナ……? さっきまでの事、何も覚えてないの?」 「さっきまでの事? 何の事ですか?」 あたしが聞いても、ハルナの頭には「?」が浮かぶだけ。ウソをついているようには見えない。覚えてないのは本当みたい。すると、周りで倒れていたハルナのポケモン達も、ゆっくりとその場で起き上がった。そしてやっぱり、ハルナと同じように辺りを見回している。ハルナのポケモン達も状況は同じ? 「覚えてなくて当然よ。ハルナちゃんは、さっきまで我を忘れて暴走していたのよ。さっきのカゲボウズのせいでね」 ハルナの質問に答えたのはルビーさんだった。 「暴走していた?」 カゲボウズのせいで我を忘れて暴走していた? あたしはその言葉の意味がわからなかった。 「ルビーさん、どうしてハルナの背中側にカゲボウズがいるとわかったんですか?」 タケシが質問する。 「カゲボウズは、人の恨みや妬みの感情を食べて生きているポケモンなの。だから人の恨む心が強くなると、そこにカゲボウズが集まってくる」 うん、それはポケモン図鑑も言ってたけど…… 「じゃあ、あのカゲボウズは、ハルナの恨みの感情に引かれて……」 あたしはそう言いかけたけど、ルビーさんは首を横に振った。 「まあそうなんだけど、厳密にいえばそうじゃないわ。確かにカゲボウズは、恨みの感情を見つけて、それを食べるわ。でも、たまにだけどいるのよ」 「何が、ですか?」 「その恨みの感情だけじゃ物足りないから、その恨みの感情を増幅させてから食べようとする、頭のいいカゲボウズが」 「ええっ!?」 そのルビーさんの言葉に、あたし達は驚いた。 「自らの力で恨みの心を増幅させて、それが充分に育ってから食べる。でもそれをされた人は、恨みの感情を爆発させて、我を忘れて暴走してしまうの。だからよく言われるのよ、『カゲボウズが住んでいる場所では、犯罪が増える』ってね。それに、この看板」 ルビーさんがそう言うと、顔を横に向けた。あたしも目で追って見てみると、そこには1つの看板が立っていた。「カゲボウズ出没注意!」と書かれている。今までこんな看板がある事に、あたしは全然気付かなかった。ルビーさんの言ってる事は、ウソじゃないんだ。 「ハルナちゃんはポケモンセンターの前でヒカリちゃんを見た時、この看板が立っていた森の中に入っていった。だから私は思ったの。ハルナちゃんはカゲボウズに、憎しみを増幅させられて暴走しているんじゃないかって。ポケモン達と一緒に」 「なるほど……」 みんなの口からそんな言葉がこぼれる。ルビーさんの推理は凄い。まるで探偵みたい、と一瞬考えちゃった。でも、1つだけ気になる事が。クレセントの事。 「でも、クレセントは普通でしたよ」 「きっとそれは、たまたまカゲボウズの力の影響を受けなかったんだと思うわ。たまたまカゲボウズの近くにいなかったとか、モンスターボールに入っていたとか」 なるほど、よく考えてみたらそうか。 「それはともかく……」 ルビーさんの視線が、ハルナに向けられた。ハルナもそれに気付く。 「ハルナちゃんはこうやって恨みの感情を増幅させられた結果として、ウララちゃんを自分の手で殺そうとした」 「えっ……!?」 ハルナは声を裏返した。 「ハルナが……人殺しを……!?」 ハルナは震える両手の平を見つめながら、震える声でつぶやく。自分が知らない内に人殺しをしようとしてたなんて、信じられないに決まってる。 「それはカゲボウズに恨みを増幅されたせいだと私は言ったけど、ハルナちゃんは悪くないと言った訳じゃないわ」 ルビーさんはハルナに鋭い視線を向けた。 「そうよ!! いくらカゲボウズのせいだからって、殺人未遂した事には変わりないで……」 ウララがその隙を待っていたかのようにハルナに言葉を浴びせる。でもルビーさんが無言でウララの前に右手をかざすと、ウララは黙り込んだ。 「カゲボウズに恨みを増幅させられたのは、ハルナちゃんが強い心を持っていなかったからよ。それがあったから、ほんの僅かでも恨みの感情が生まれてしまう。そこをカゲボウズに付け入られてしまったのよ」 「強い、心……」 ルビーさんが、あたしにも言った言葉。あたしは自然と、その言葉を繰り返していた。 ハルナの顔が曇り始める。ハルナはルビーさんの言葉に、何も反論はしなかった。 「つまり、こうなったのは身から出たさび。逆境に抗える強い心がなかったから、ハルナちゃんは自分を暴走させてしまったっていう事よ。あなたの心が弱かったから、あわや大惨事になりかけたのよ」 「……」 ハルナは顔を落として黙り込んだままだった。地面に着いた両手は、わなわなと握られていた。
* * *
夜。 事件が無事に解決して、あたし達はポケモンセンターで夜を過ごしていた。 これでほっと一息、と行きたい所だけど、あたしはハルナの事が気になって仕方がなかった。一応ハルナは自分からウララを殺そうとした訳じゃなくて、ポケモンの力のせいで暴走しちゃったからって理由で、警察に捕まるような事にはならなかった。それでも、ハルナのショックは大きいものだったに違いない。現に事件が無事に解決しても、ハルナに笑顔は戻らなかった。 あたしは散歩をする、とみんなに言っておいて、ポケモンセンターから出て、ハルナを探していた。ひょっとしたらこの辺りで、1人で落ち込んでいるかもしれない。あたしも落ち込んだ時は、こうやって1人になりたかったからね。 そうやって探していると、ポッチャマがあたしに呼びかけた。見ると、ポッチャマが指差す、森の中の開けた場所にハルナが座っている。あたしはハルナを脅かさないように、そっとハルナに近づく。そして、そっと声をかけた。 「ハルナ」 すると、ハルナが少しだけ驚いた顔をこっちに向けた。 「ヒカリさん……なんで来たんですか?」 ハルナらしくない質問が来た。暗い表情を見ても、やっぱり弱気になっている事がわかる。 「ハルナが心配で来たのよ。それ以外に何があるっていうの?」 「いえ……でも、ハルナはもう、ヒカリさんの弟子なんかじゃありません……だから、もう関係ありませんよ」 ハルナはそう言って立ち上がろうとした。1人になろうとしているんだ。ウララにあたしの一番弟子だって名乗ってた事をからかわれたんなら、そうしたいのも無理はない。でも……! 「待って!」 あたしはハルナの腕を捕まえて、呼び止める。 「確かにハルナはあたしの弟子じゃないけど、それでもあたしは心配なのよ! ハルナは、あたしの『友達』なんだから」 「友達……」 ハルナはそうつぶやいて、あたしがつかんでいた手をゆっくりと下ろした。 「そう。だから、弟子にこだわる必要なんてないじゃない。友達なら、それでいいでしょ?」 「友達……そうですか……」 ハルナはそうつぶやいて、また座り込んだ。そして、話し始めた。 「ハルナは、ヒカリさんにずっと憧れてました……でも、ずっとハルナは、ヒカリさんに頼ってばかりでした……だからハルナは、1人じゃ何もできないんじゃないかって……」 「そんな事ないよ!」 あたしはハルナの言葉を途中で切ってまでそう言った。そうしてまで、その事を言いたかった。 「あたしだって、落ち込んだ時にはいっぱい人に助けられたよ。サトシ達はもちろんだけど、他にもいっぱいいる。もちろんハルナにもあたしは勇気をもらったんだから。頼ってばかりいるのはダメだってルビーさんも言ってたけど、いっぱい人に助けてもらうのは、恥ずかしい事じゃないって、あたしは思うよ」 あたしは側にいるポッチャマに顔を向けると、ポッチャマもうなずいた。 「それに、自分が強くないなら、これから強くなる事ができるって事じゃない! 今がダメなら、変わる事ができるって事じゃない!」 あたしがそう言うと、ハルナははっとした表情を見せて、あたしに顔を向けた。 「今がダメなら、ダメな所を直せばいいのよ。それだけ! だからハルナだって自分でその気になれば、絶対変われるよ!」 「ダメな所は直せばいい……そうは言いますけど、難しい事ですよね……でも、ハルナは変われるでしょうか……?」 「やってみなきゃ、何も始まらないでしょ? 自分を信じなきゃ! ダイジョウブ、ダイジョウブ!」 「ポチャポ〜チャ!」 あたしのダイジョウブ! に続けて、ポッチャマも真似して声を出した。 「そうですね……そう考えないと何も始まりませんよね……!」 ハルナの表情に、次第に明るさが戻ってくる。そして、ハルナはいきなりザッと立ち上がると、こう叫んだ。 「よし、決めました! ハルナ、今日からヒカリさんの一番弟子をやめます! ハルナはハルナの力で、強くなります!」 叫び終わると、ハルナはこっちに顔を向けた。 「ヒカリさん、今までハルナは、ヒカリさんの事をずっと追いかけて旅していたんです。だからこれからそれをやめて、ヒカリさんが行く所とは違う所に行って、1人で修行します!」 ハルナのその表情には、いつもの明るさが戻っている。そしてその瞳には、強い決意が宿っているのがあたしにはわかった。 「そして、次にコンテストでヒカリさんと会った時には、必ずいいコンテストバトルができるようになります!」 「ハルナ……!」 あたしはそれが嬉しかった。やっとハルナは、いつものハルナに戻ってくれた。これなら絶対ダイジョウブなはず。そういう時に限ってダイジョバない時があるのはしょっちゅうだけど、今はそう確信できる。
ハルナは変われるよ。間違いなく。
* * *
そして次の日。 あたし達は、ポケモンセンターを出発する時が来た。荷物をまとめて、いざ出発しようとしたその時になって、ハルナはあたし達に声をかけてきた。 「……そうですか、キッサキシティに向かうんですね」 「ああ。そこでジム戦に挑戦するんだ」 「それなら、ハルナは逆に南に行かなきゃ!」 ハルナのそんな言葉に、サトシとタケシは少し驚いていた。 「それなら南に行くって……どういう事だよ?」 「あんたには関係ないの! これはハルナ自身の事なんだから!」 サトシの質問も、ハルナは余裕があるように笑みを見せて受け流してみせる。 「一体ハルナはどうしたんだ?」 タケシがあたしに聞く。 「ハルナはがんばろうとしてるだけよ。自分なりに強くなるために」 あたしは単純明快にそう答えた。それでもタケシは、首を傾げたままだったけど。夕べの話はあまり詳しくしてないから、まあ当然なのかもしれないけどね。 あたしは改めて、ハルナに顔を向けた。 「じゃあ、もう前のようにあまり会えなくなっちゃうわね。ちゃんと1人でもがんばってよ!」 「もちろんです! 今のハルナは前向きですから! じゃ、失礼します!」 ハルナは元気よくそう答えると、あたし達に背中を向けて、そのままその元気さを表すように、その場を走っていく。 「じゃあな〜!」 「コンテストで会ったら、負けないからね〜!」 あたし達は手を振って、ハルナの背中を見送る。すると、ハルナも走りながら手を振って答えてくれたのが見えた。 「ハルナちゃん、随分張り切ってたわね」 すると、あたしのすぐ後ろでルビーさんの声がした。振り向くとそこには、あたし達と同じようにハルナの背中を見送るルビーさんの姿があった。 「はい。ハルナはもうダイジョウブです。自分でがんばろうって決めましたから」 「そう、それならよかったわ。ようやくその気になったのね」 あたしの答えを聞いて、ルビーさんはほっとした様子の表情を見せた。そしてまた、すっかり小さくなったハルナの背中を見つめた。 そんなハルナの後ろ姿を、あたし達から少し離れた場所で見ていたウララがいた事には、気付かなかったけど。
* * *
こうしてあたし達の旅は、まだまだ続く。続くったら、続く……
STORY28:THE END
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