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[784] DreamMakers【AFTER】
RXGHRAM改 - 2009年01月30日 (金) 23時33分

【前書き(であろうもの)】

 本作は所謂DreamMakersのスピンオフ作品です。作品としての内容は、DreamMakersU終了のその直後、という設定ですが、詳しい日付、即ちUの終了からどれだけ経ったか、等は設定しておりません。これは今後、またDreamMakerの話が末永く、愛され続いていく意を込めたもので、正確にはこの作品の世界観は、DreamMakerの『パラレルワールド』に設定されています。
 またそういった設定のため、DreamMakers及びDreamMakersUの正史、シナリオにそぐわぬ箇所(死んだはずの人物が生きている等)もありますが、ご了承ください。
 さて、長々と作品の概要を語る事も本項では可能でありますが、それを行ってしまえば作品としての面白みも失せるでしょう。とりあえず、前書きの段階で言っておきたい事は、一つだけです。
『直向きに自分の理想と目的にだけ走ったら、完走しきれるのだろうか』。作中の人々はみんな、そんな葛藤のただ中にある、と思ってもらえると幸いです。
 と、その一言だけに今はしておいて、また後書きで、色々作品についてはあれこれ言わせていただく事にします。
 では、不肖団長RX、ここ数年で磨いた冴え渡る筆で、お送りさせていただきます。

[785] 序【雨の中で】  1
RXGHRAM改 - 2009年01月30日 (金) 23時34分

「気に入らん――気に入らんよ」
 そう言って、黒衣の男は――否、黒衣のバクフーンは、その強靱な両腕で、一抱え程もあるような、分厚く、それでいてどこか哀しげな革の装丁が為された本を、引き千切った。
 凄まじい腕力である。
 その腕力に呼応してギギギ、と、彼の両腕が歪な音を奏でた。幾多にも千切られた本は、ふん、と、バクフーンが鼻であざ笑いながら、室内に吹き込んできた風の中に流してしまった。
 そして結末は、言葉通りである。バクフーンの言った一言『気に入らんよ』の言葉の通り、本は一人でに、火を帯び、発火して、塵となって風に流されていく――その行く先など、誰にも解らないに違いない。
 決して醒めない夢が無いと人は言うが、終わらない夢は確実に存在するのだ。
 今だって、誰かが心を痛めているかもしれない。今だって、誰かが不安に悩まされているかもしれない――あの本は、存在するべきじゃない。哀しみだけを称えた、嫌な本だ。燃えてしまえば良い。
 果たして、バクフーンのその意志通り、本は塵となり消えたのだが、消えたのは本だけで、その本に目を通したバクフーンの不快感は、払拭される事は無かった。
 バクフーンの名は、RX――かつて、先ほど燃えてしまった本に刻まれていたシナリオの中で活躍し、シナリオの中を駆け抜けた“はずの”男である。
 ロングコートに近い、長い膝丈の黒衣を――元から胴長であるため、その表現はいささか不適切だが――身に纏い、両手には白い手袋、毛並みも艶やかな、血のように赤い瞳を持った、怪異と呼んでも差し支えない様な男である。
 シナリオの中とは違う、ドス黒い雰囲気――あれから幾ばくかの時が流れたが、彼だけが、仲間とは違った道を歩んでいる。平和など、要りはしないと思っている。平和があるから、戦いが生まれるのだから。
 だからこそ。
 だからこそ、この男の目は赤い――血の様に赤い。そして手袋の下の手は、真っ赤に血で染まっているに違いなかった。もはや洗っても、流せる様なものではない。身体に染みついて、一生、墓の中、いや、地獄までも一緒に引きずっていくだろう血の痕だ。もう、汚れてしまった後なのだ。
 だからこそ。
 だからこそ、その瞳は真っ赤なのだ。その瞳の赤さは、異常な程である――或いは鳩の血、或いは熟成された赤ワイン、或いは――人の命の色か。
 どちらにせよ、何にせよ。
 もはやRXの考えは、誰にも曲げる事は出来ない。もはやRXの考えは、そこまでの域に達していた――『気に入らん』と蔑んだ革表紙の本は、前半の、ごく僅かな数十ページだけが、RXの右手の中に残っていた。
 ふん、と、彼は一度だけ、それを見て鼻で笑ってやった。存在価値もない本が、良くもこの手の中で、圧倒的な暴力に打ち勝ったものである。
 全力で引き千切ったつもりだった。引き千切れれば良いと思った。少なからず、あの思い出もこの手で引き千切れるならば、どれほど気が楽になるだろう――?
 それが解らないから、RXは結局、その本の残骸を、黒衣のポケットの中に押し込んで、自らの行動に苦笑した。
「何だ」と、思わず口に出て、高笑いに発展する――何だ、まだ、人間味が、残ってるじゃあないか。
 心の中に、もう一人、自分が居る様な感覚。
 日当たりも良く、窓から入ってくる風と光の心地よい、ある場所の一室にて。
 RXは高笑いを存分に発してから、ふん、と、もはや癖となっている鼻での笑いをして、笑いによって鼻先まで落ちてしまった、銀縁のか細いフレームの眼鏡を中指で押し上げる。
 それから、乱雑に窓を閉じ、カーテンも閉めて、光も風も、届かない様にした。完全な密室にしたのだ。
 そうすると、男は一瞬だけ、思いに耽った。
 ――だがそれも、やはり一瞬だけの事であり、次の瞬間には、考えていた事柄など、全て消え去っていた。
 ――やってやろう。
 黒衣のバクフーンは、身を翻す。それに連動して、長い黒衣の裾が翻り、舞う。
 後方に黒い花を咲かせる様にしてRXは踵を返すと、部屋の外へと、歩いていく。
「ああ、やってやるとも」
 そうとだけ、呟いて――ギギギギギ、と、指を動かすと、その指は奇怪な音を立てた。
 この奇怪な音こそ、僅か数日の間に起こる、悪夢の始まりであったのを、この時知る者は、誰一人として、居なかった。

[786] 序【雨の中で】 2
RXGHRAM改 - 2009年01月30日 (金) 23時41分

 雨の日は、あんまり、好きじゃない――目前の雨をガラス越しに見ながら、彼は思う。
「何で好きじゃないの?」なんて聞かれると、好きじゃないものに、特に理由は無い。
 好きなものを好きっていうのに、理由はあるのだろうか? 例えば食べ物だって、美味しいと思うものは人それぞれで、違うはずだ。その人々全員に「何でじゃあ、それが好きなの?」と聞いたら、納得するまで説明してくれる人は、そう、滅多には居ないはずなのだ。
 だから、雨の日は、あんまり好きじゃない――雨の日は、憂鬱になる。
 それはきっと、言葉に出来ないものではあったが、記憶の断片、極端の方にある、一人のバクフーンとの会話が、彼の――まだ幼いイーブイのフィの脳内では思い返されるからで、彼自身は、それに、気付いてもいなかった。
 いや、理解していなかった、という方が正しいに違いない。
 理解していない。即ちおぼろげには解る。
 この雨の日の、バクフーンの事が思い出せれば、雨の日が、好きではない理由が言える気がする。
 でも、思い出せない――だから仕方なく、子供の頭脳を最大限に利用して「好きだとか嫌いだとかに、理由は無いんだ」という理由をこじつける事で、無理矢理、自分を抑えつけている。
 目前の雨が、少し、強くなった――雨の日は、あんまり、好きじゃない。
 ただ、哀しくなる。
 雨の日は、憂鬱になる。
「何で、雨の日はいつもの様な元気が無いの?」などと聞かれても、言葉に出来ないのは、記憶が無いからなのだ。
 記憶がないといっても、記憶喪失という訳ではない。
 ただ、昔の事であるだけだ――そう、その雨の日は、彼がまだ、生後数ヶ月、という日にあった。
 思い出そうとすれば、思い出せる気がする。手を伸ばせば届く位置にある気がする。それでも、思い出せない事。ただ、
 ――何だ、捨て子かよ?
そんな一言だけは、確実に脳内に記憶されている。
 思い出そうと思えば、その声が、どんな声だったかも、思い出せる。だがその続きは浮かんでこない。
 ただ暖かい何かに包まれて――バクフーンの胸に抱かれたのかもしれないが、良く解らない――どこかへ連れて行かれて、その後、また色々あって、結局、今居る場所にたどり着いた、という、おぼろげな事しか、解らないのである。
 しかしフィを一番困惑させるのは、それではない。バクフーンの顔が思い出せない事だった。
 だから、憂鬱になるのだろうか――? 雨を見て、ぼんやりと思い出して、それで全力で思い出そうとするから――だから、雨の日は、あんまり、好きじゃない。
雨の日は、好きではない。その理由は答えられない――いや、解る気がするけど、解らない。
 ただ雨を見ているとぼんやり、涙が目に浮かんでくる。そうして、目の前にある光景が滲んでいく。だから、雨の降っている日は、――“外を敢えて見続ける”。
 そうすれば何時かきっと「何で、雨が嫌いなの?」と聞かれた時、明確な答えが出せる気がしたからだ。そうしていれば何時かきっと、涙が目に浮かんで来るのが、無くなるはずだと思う。
 何故、雨が嫌いなのか?
 何故、あのバクフーンの顔が思い出せないのか?
 どんな表情をしていただろう、あのバクフーンは?
そもそも誰だか解らないのに、逢った事のないバクフーンの顔を想像するなんて、少し馬鹿げている事だ。
 だが子供心に、一身に考え続ける――あのバクフーンが、笑っていたのか、泣いていたのか、怒っていたのか。自分に向けて、フィという、雨に濡れているらしきイーブイを、どんな目で見つめたのだろう。
 解らない――暖かい室内は、フィに思い出させるという事を、許してくれないのだ。
 ここは、暖かすぎる――いつも、雨の日、外に出る時は、レインコートを着る。だからほとんど濡れない――雨に打たれた事なんて、ここ数年、本当に全く無かったのを、フィは思い出した。
 磨かれて拭かれて、透明度は高く、落ちる雨のしずく一滴すら見える様なこの場所でも、あのバクフーンの顔は思い出せない。
 だったら、雨に打たれてみようか――そう思って、フィはすぐさま行動に出た。
 これは幼さである。やりたい事があれば、やる――それだけに過ぎない。
 幼児とは、こういった点で、あらゆる生物を凌駕する決断力を誇る。逡巡。迷いというものが無く、自らの後先すら考えずに、行動できるのだ。
 ――そうしよう。
 そう決めたら、もう、揺るがない。
 ダダダッ、と走り出すと、そのまま加速して、家の外へ突っ走って行く。
 直ぐに一度は遠く離れた雨の音がまた近付いて来て、やがては、冷たい感覚と共に、フィの耳どころか、身体一杯に、ざーっ、という音が当たってきた――毛の濡れる感触。
 毛と毛が水でお互い絡み合って、直ぐにべたついて、気持ち悪い感触だけが、フィを支配した。
 それでも、フィは歩く。雨の中を一人歩く。
 そうすれば、一途に信じていたのだ。あのバクフーンがどんな顔をしていたか、思い出せると――風邪だって、何だって、ひいたって構わない。実際、そう思っていた。
 雨の中は冷たかった。
 もう何年も感じていなかった感触が、身体を突き抜けていく。
 雨の一滴一滴が、それこそ氷で出来た矢のように、フィに上から、一斉に向かってくるのだ。実際、まだ出て数分と経っていないのに、足が震えていた。
 ――それでも、歩き続けた。
 新鮮だった、というのもある。
 いつも住んでいるはずの、小さな街の、小さな路地。目の前がなまじ、雨というカーテンで遮られているという事もある――今日は豪雨で、涼しげな風が肌に触れてくる。
 その豪雨の中を歩く幼児、フィは、本当に周りが新鮮に見えていた。室内から見ている雨とは、全然違っている。
 冷たさも、思っていたより、酷くない――身体を包む水が、次第に心地よく思えてくる。
 何故だろうか。
 実際、外に出るまでは、本当にほとほと、雨は嫌いだったのに――今ではもっと奥まで、もっと遠くまで、雨の中を歩いていきたい気分になっている。
 雨の向こう、何があるだろう?
 雨の奥には、何があるんだろう?
 歩いていきたい。
 早足にして、歩く。歩く。雨の中を、どこまでも、歩く――新鮮だった。楽しかった。雨の中を歩くのが、とても、楽しかった。
 何でこんなに、楽しいんだろうか。何でこんなに、歩きたいんだろうか――その一端を、おぼろげにフィは思いだしつつあった。

[787] 序【雨の中で】 3
RXGHRAM改 - 2009年01月31日 (土) 19時31分

 ――強い風の中だった。“誰か”がフィを、抱えて、歩いている。
 正確な顔や体付きは、強風に煽られて横殴りに襲い来る雨のおかげで解らない。ただ――鋭角的なシルエット。人型である事だけはわかる。
 逆三角形の胴体に、自分が抱えられている事も。とても力強い体つきで、厳つい。男だろうか? 体格からして、そうに違いなかった。
 その両腕はまた、力強い――しっかりとフィを抱きしめてはいるものの、腕の形を感じさせない。細長いのだ。鎌のような腕である。
 シルエットだけは見える。シルエットだけなら解る。
 そこから察するに(鎌の様な腕もふまえて)そのポケモンはストライクだろう。本来なら力強く、戦闘力の高いタイプのポケモンだ――しかし、記憶の中のその身体に力はない。
 ぐったりとした身体は今にも倒れそうで、強風にゆらり、と身体が揺らぐ。だがフィだけはしっかりそのストライクは支えており、一歩一歩をゆっくりと踏み出していく。
 そこは、どうやら街のようだったが――人影は見えない。
 雷の音がした。ほとんど嵐といってもいい。強風。雨。その中でやっと、フィは身体を濡らしているものが、雨だけではない事に気付く。
 血だ――もちろん、ストライクの。どこに傷があるかは解らない。だが大量の血が、フィの身体を包み込むように流れている。
 致命傷――どんな生物でも、一定以上の血液を失えば、死に至る。ストライクの出血は、その致命傷に達していると判断できるだろう。恐らく、動脈でも切り裂かれたのか。
 ――いや。
 何でだろう、とフィは思った――雨の中、彼は今、過去の記憶を思い出している。
 だがこの冷たい雨の中で、思い出している映像は、まるで本物だ。今まさに目の前で起きている様に思える。今まさに、フィは血で濡れている様な感覚を覚える。
 いや――そもそも何で、致命傷だとか、そういう事が解るのだろう。自分でもおかしい、と思う。
 普段は全然、そういう事が解らないのに。
 余りにも出血量が多すぎたから、何となく、そう解ったんだろう――深く考えない事にして、フィは思い出される映像の中に今一度、身を落とす。
 ストライクは雨の中、一度ぶるっ、と身を震わせた。
 血の流れが一瞬、激しくなる――フィの身体に、強い勢いで血が掛けられた。ストライクの口からこぼれたものだ――つまり、吐血しているのである。息絶えるのも近い様に見える。
 ストライクは小刻みに身を震わせながらも、目線をフィに向けてきた。
 ごほごほと咳き込む度に、フィの顔に、身体に、血の飛沫が掛かる。
 ぶるっと一度、大きく身体を震わせると、ストライクは咳き込むのを無理矢理抑えた。辛そうに身もだえする。
 目が、見えた――固い意志の光を帯びたその瞳は、そのまま道ばたに、フィを落とす様に降ろすと、翻り、踵を返し、離れていく――何で、追いかけなかったのか。
 それは解らなかったが、直ぐ後、直ぐ向こうの角でストライクが道を曲がっていってしまうと、その辺りで、ストライクは倒れたらしかった。
 恐らく、死んだのだろう――そう思って、フィはぶるっ、と、雨の中で身体を震わせた。記憶の映像が途絶え、目前の現実が視界を支配する。雨がざあざあと強く降っていた。
 だが、雨のせいではない。
 冷たいからではない。
 風邪を引いたからでもない。
 自分に畏怖した――幼年期にして、初めてこの時、自分が何の気なしに人が「ああ、死んだんだ」と、さりげなく思った事に恐怖した。
 まるで「明日の天気は晴れだと思う」とでも言うかの様に、とても、とても――気軽な気持ちで、ああ、死んだんだな、と判断したからだ。
 今でも、そうなのだろうか?
 この記憶が何時の物か解らない。でも、その頃はそう思った。少なからず、今はその現場に出逢った事もないから、実感した事はなかった。
 しかし記憶の中とはいえ、今この瞬間、目の前で人が死んだのを確かにフィは”感じた”。そして、思ったのだ。
「ああ、死んだんだ」と――今は? 今人が死んだら、自分はそれを「ああ、死んだんだ」程度に、思うのだろうか?
 その程度で済ませてしまうのか? ――少年とも言えぬ様なフィは、自らの思考に気がつかない。
 僅か数歳、生まれてから五年とたっていないのに、彼はそんな、行きすぎた思考を巡らせている。それをフィは、自覚していない。
 ともかく、それは畏怖である。身体が震え始めた――雨じゃない。雨のせいじゃない。雨。アメ。あめ――そうだ、続きを見なくちゃいけない。
 もとより、それが目的だったのである。あのバクフーンは、一体、どんな顔をして、どんな表情で、自分を胸に抱きしめたのか。
 それを思い出したかったんだ――「雨の日は余り好きじゃない」理由を、出すために。
 だからフィは、身を震わせながら、記憶の底に身を落とす――雨の中、震えもおさまらない。だがフィは、しっかり見た。丁度その光景は、今のフィの状況と同じだった。
 震えているイーブイ。自分に向かって、人が近付いてくる――「え」と、思わずフィは口にした。
 記憶の映像が、それで途切れる。目前に人影が――フィとほとんど同じシルエット。イーブイの姿に似たポケモンが、目前に姿を見せたからである。
 それがブースターだと解るまで、時間はそこまで必要なかった。イーブイの進化系統の一つ。炎タイプの力強い、攻撃力に長けたポケモンである。
 遠くにいた時は雨で解らなかったが、近くに寄ってきて、そのブースターの男が、声を掛けてきたからだった。
「うわ、フィ、大分ぬれてるじゃないか」
 その声は、印象的な声だった――優しく、気丈な声。とても強い何かを感じさせる、男性の、低い声である。それは聞き慣れた、ブースターこと、B・ガムの声であった。
 ――あれ、と、フィは何か、声を聞いた途端に、思う。
 つい先ほどまで見ていた記憶が、またフラッシュバックする――その記憶の底で、一つの、おかしな情景が広がっていたからだ。
 あり得ない事。
 今目の前にガムが居るのだから、それはおかしい事だったが――知らないボーマンダともみ合いながら、落下していき、息絶えるガムの姿である。
 一体、それは何か?
  考えるまもなく、その思考はフィの頭から叩き出された。
 そんなものだ。フィの頭脳はそれを「大した事のない、単なる空想だ」と判断したのである。
 確かに、あり得ない話なのだ。目の前にガムが居るのだから――あり得ない、話なのだ。この場所では。
 フィは思わず、顔をしかめていた。あり得ないし、あって欲しくない。そう思ったからフィは、記憶を、映像を、頭から叩き出したのだが、だとしても、気味の悪い映像だったからである。顔つきも悪くなる。
 それに(もちろん記憶は差し引いて)気付いたのか、ガムは心配げな表情で「大丈夫?」と優しく聞いてくる。
 フィはそれに首を縦に振りながら「うん」と答えたのだが、いかんせん、気力のようなものが足りなかったらしい。
 しかめ面で、ガムは「駄目じゃないか」と諭してくる。
「こんな雨の日に、一人で外に出ちゃ。あのレインコートは?」
「フィ……うん。ごめんなさい」とだけ、フィは答えておく。
 答えになっていなかったが、ガムは溜息を吐いた。何かに納得したらしい――自身はブースターなので、水を極端に嫌う。
 そのためガムは今もレインコートを着ていた。だが彼は、「今更だけど」と即座にそれを脱いで、フィに被せてくる。
 水が一切、とは言わないがほとんどシャットアウトされるので、フィは少し、残念な気分になった。
 まだ、何故雨の日が嫌いなのか、という答えは見つからない――いや、正確には「あのバクフーンがどんな顔をしていたか」に変わっていたが、どちらにしろ同じ事だ――。
 もう少しだけ、雨の中に居たかった。
 だがそれを、ガムは快く思っていないらしい。それもそうだろう。一時的、とは聞いていたが、ガムはフィの身を保護する役目――フィの父親から、フィを預かっているのである。
 もう何年も一緒に居るが、父親として威厳と優しさを備えた人だ。子供を風邪にひかせる事を、好んだりしない。それを望まない。だからその好意を、フィは裏切らなかった。
 ――あくまで、フィは、である。
 ガムの表情が、レインコートをフィに被せたその次の瞬間、強ばった。硬直して、固まる。凍り付いた、といってもいい。
 表情は驚愕。それこそあり得ない、と言うような顔をしていた。
 フィは振り返ろうとした。背後に誰か立っているらしい。気配を感じる。しかし、フィが振り返るまえに、一瞬、冷たい感触を感じて、フィは身を強ばらせた――雨だ。
 誰かがレインコートを取り上げたらしい。証拠に、レインコートはガムに渡された。雨がフィを打つ。
 だが、また雨はフィの身体に直ぐ、掛からなくなる。どうやら、誰かが傘を差していてくれているらしかったが――振り返るより早く、声が耳に響いてきた。凛とした、女性の声である。
「お久しぶりです、ガムさん――しかし、レインコートを脱ぐのは義父としての愛を感じますが、ブースターがそんな事をするのは、お奨めしません。いえ、炎タイプと言うべきですか風邪、じゃ済まなくなりますよ」
「貴方は……だって――秋葉さん?」
 聞き覚えのある名前である。誰だったか、と聞かれれば思い出せないが――フィが振り返ると、そこには頭に緑のバンダナを巻き、鼻にちょこんと丸めがねを乗せた、コートを着込んだライチュウが一匹、傘を持って立っていた。
 やけに大きな傘である。フィを含めても、まだ一匹は中に入れそうだった。
 その傘の中にありながら、フィはその顔を凝視した。それに気付いたのか、ガムが秋葉、と呼んだライチュウは、鋭く、やや冷ややかと感じさせる様なその視線を、フィに向けてきた。
「……おねーちゃん、だれ?」
 フィは迷わずそう聞いた。その姿には見覚えもあるし、聞き覚えもある名前だったが、思い出せないのだから仕方ない。 すると秋葉は、少し考えてから、独り合点した様に頷いた。
「なるほど、あの時はまだ小さかったから、覚えてないかもしれませんね――どうも、あきはばら博士です」
「……い、いや」と、名前を聞いた瞬間に、ガムの顔がパッ、と華やいだ。
「秋葉さん、生きてたんですか!?」
 などと、大声で騒ぎ立てる。するとややその喧騒に呆れた感じで、秋葉は肩をすくめた――生きてたんですか!? というその言葉にフィが反応したのは、大分遅れてからだったが、意味もわからないので、成り行きを見つめておく事にする。何せ、大人の話はいつも難しい。
「まあ、そういう事に――いえ、どちらかというと、死んでいたかもしれません」
 難しい言葉――フィにはそう思えた――を並べ立てる秋葉。自らの言葉に自嘲気味に、彼女は肩をすくめた。
「死んでいたの方が正しいでしょうね――そう、死んでいたんです。死んでいましたとも。暗くて寒くて狭い棺桶の中で、ずっと横たわって、色々考えていました。ですが、ぼーっ、と、棺桶の中で思考を巡らせるのにも飽きまして。今一度、こうして舞い戻ってきた訳です」
 そう言うと、彼女は間を置かず、続けた。
「――そんな事より、家に御邪魔して良いでしょうか。ここだと寒いのと、何より、話がありますので」
 そう聞いた秋葉に対して、フィが見たガムの答えはイエス。
 ガムは首を縦にふると、レインコートを着直した――フィはそれにも、違和感を覚えた。
 だがその違和感が何だったのか――そう思う前に、ガムに連れられて、フィは家に帰らなくてはならなくなってしまった。
 いつの間にか、違和感と共に――思い出したはずの記憶も、消えていた。



以下、連載..........



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