[759] FINAL SECTION VSホイヘンス! 力を合わせて! |
- フリッカー - 2008年12月11日 (木) 22時19分
船の後ろは黒い煙を立てながら、大きな炎を立てて燃えている。そしてその炎は、ドドーンという音がする度に爆発する。 そんないつ沈んでもおかしくない船をそっと見つめる、空中に浮いた黒いポケモンがいた事には、あたし達は気付いていなかった。
* * *
「ホイヘンス……!」 「ここであんた達に逃げられたら、こっちもいろいろと困るんでね。船はこんな状況だが、あんた達を止めない訳には行かないんだよ!」 ホイヘンスの叫び声に答えるように、オクタンが飛び出す。 「くそっ、こんな時に……!!」 サトシが唇を噛んだ。こんなとてもバトルなんてしている状況じゃないのに、ホイヘンスはあたし達を止めようとしてしかけてきた。無視して逃げようにも、相手はみずタイプのポケモン。追いかけてくるかもしれない。かと言って、ここでバトルしたら船と一緒に沈んじゃうかもしれない。 「どうする、サトシ……?」 「ヒカリは先に逃げるんだ」 あたしがサトシに聞くと、サトシはすぐにそう答えを返した。その答えに、当然あたしは驚いた。 「ええっ!? サトシは、どうするの!?」 「俺がホイヘンスと戦うから、その間に!」 サトシはそう言って、あたしの右手首を掴むと、あたしの右手の平に1個のモンスターボールを置いた。それは、ブイゼルが入っているものだという事に、あたしはすぐに気付いた。
FINAL SECTION VSホイヘンス! 力を合わせて!
「ちょ、ちょっと待ってサトシ!! 無茶よ!! それじゃ、サトシも……!!」 予想外のサトシの言葉に、あたしは驚いた。船に1人残って戦うという事は、サトシだけ船と一緒に沈んじゃう可能性が大きくなっちゃう。しかも、ただ1匹のみずポケモンのブイゼルをあたしに渡したら、逃げる方法もなくなっちゃう。自分からそうするって言うなんて、相変わらずの無茶ぶり。 「俺はヒカリを巻き込みたくないんだ。だからホイヘンスとは、俺1人で戦う! だからヒカリは先に逃げてくれ!」 あたしの両肩に、サトシの手が触れた。サトシがあたしを守ってくれるのは嬉しい。でも…… 「でも……!!」 「心配するなって! 俺は絶対に勝って、後を追いかけるから! 俺を信じてくれ!」 「……」 信じる。サトシがポケモン達によく使う言葉。それを言われると、食い下がろうとしていたあたしは、途端に反論できなくなった。 「ダイジョウブさ」 そして最後は、あたしがよく言う言葉を、少しだけ微笑んで口に出した。しばしの沈黙。そこまで言われたら、あたしはとうとう食い下がる事ができなくなって、そんな事を言うサトシを信じなきゃって思った。 「……ほほう、その少女を逃がして、お前が時間を稼ぐって言うのかい? 結構ジェントルマンなんだねえ、お前も。カッシーニがカップルって言うのもわかる」 そんなホイヘンスの言葉が耳に入って、あたしは現実に引き戻された。見ると、ホイヘンスがオクタンと一緒に、じりじりとこっちに近づいてくる。そんなホイヘンスの前に、サトシが立ちはだかって、両手を広げた。ピカチュウも、そんなサトシの前に飛び出して、身構えた。 「うるさい!! お前の相手は俺だ!! ヒカリを追いかけるのは、俺を倒してからにしろ!!」 「望む所だと言わせてもらおうか」 そんなサトシの姿を見て、ホイヘンスの口元が笑った。 「ピカチュウ、一旦戻っていてくれ」 最初に会った時のバトルの教訓からピカチュウを温存しようとしてるのか、サトシは一旦ピカチュウを呼び戻した。言われた通りに、後ろに下がるピカチュウ。 「ムクバード、君に決めたっ!!」 サトシはすぐにモンスターボールを取り出して、その場に力強く投げる。出てきて勢いよく空に舞ったのは、ムクバード。 「ムクバード、気を付けろ!! あのオクタンの狙いは正確だ!! それに何で攻撃してくるかもわからない!! スピードを活かしてかわしていくぞ!!」 「ムクバッ」 サトシが注意すると、ムクバードもはっきりと答えた。サトシはオクタンの特徴を、はっきりと掴んでいる。 「……ほほう、そんなポケモンで挑まれるなんてね、俺もなめられたもんだなあ」 それでも余裕そうに、サトシを挑発するように言うホイヘンス。 「ヒカリ、早く!!」 サトシの顔があたしに向く。 「……うん。でも、必ず戻ってきてね!」 あたしはサトシにそれだけ言って、体を海に向けて翻した。
その後も、バトルの様子が聞こえてくる。 「ムクバードのスピードで、オクタンの攻撃をかわして勝ってやる!! ムクバード、“ブレイブバード”だ!!」 「ムクゥゥゥゥッ!!」 サトシの力強い指示に答えるように、ムクバードは一番の大技“ブレイブバード”を使っている。そのままオクタンに真っ直ぐ突っ込んでいるはず。 「“れいとうビーム”!!」 すぐにホイヘンスも応戦する。“れいとうビーム”が飛ぶ音がした。 「かわすんだムクバード!!」 すぐにサトシは指示を出す。でも、その後聞こえたのは、ムクバードの悲鳴だった。 「ムクゥゥゥゥッ!!」
「あっ!?」 そんなムクバードの悲鳴を聞いて、今まさに海にブイゼルを出そうとしていたあたしは、思わず振り向いた。そこにいたのは、左の羽が凍りついて床に落ちたムクバードの姿だった! 「ムクバード!!」 「言っただろう、俺のオクタンの狙いからは逃げられないってな!! “チャージビーム”!!」 オクタンは床に落ちたムクバードに、さらに“チャージビーム”を発射! 羽が凍って飛べないムクバードは、それをかわす事なんてできる訳ない! 「ムクゥゥゥゥッ!!」 直撃! 効果は抜群! 「ムクバード!!」 サトシの叫び声も空しく、そのままムクバードは、その場に倒れて動かなくなった。もう戦闘不能!? 「サトシ……」 あたしは不安になった。これじゃ、最初の時と完全に同じ展開。このままだと、サトシが負けちゃいそうな気がしてきた。あたしのために、戦ってくれているのに…… 「その程度のポケモンなど、俺のオクタンの敵じゃない。さあ、次は何を出すんだい?」 「くっ……!!」 サトシは唇を噛んでモンスターボールにムクバードを戻す。そして、別のモンスターボールを取り出した。 「ハヤシガメ、君に決めたっ!!」 次にサトシが繰り出したのは、ハヤシガメだった。みずタイプのオクタンには、相性では有利。でも、あたしの不安は晴れなかった。今までオクタンは、くさタイプに有利なわざ“かえんほうしゃ”と“れいとうビーム”を使っている。それよりハヤシガメ自身は、ナエトルの時のスピード重視の戦法から、別のバトルスタイルに変えている最中。100%の力を出せるかどうかもまだわからない状態で、戦う事になっちゃう。 「ハヤシガメ、特訓通りオクタンの攻撃をがっちり受け止めるんだ!!」 「ハヤッ」 サトシの言葉に、うなずくハヤシガメ。 「ほう、よけきれないと判断してディフェンス重視のポケモンを出したか……しかしそれはどうかな? “かえんほうしゃ”!!」 ホイヘンスが指示を出したのは、やっぱり有利なわざ“かえんほうしゃ”だった。オクタンは容赦なくハヤシガメに炎を浴びせた! 「ハァァァァァァ……ッ!!」 たちまち炎に包まれるハヤシガメ。効果は抜群! それでも、ハヤシガメは歯を食いしばって必死で耐えている。 「がんばれハヤシガメ!! 耐えてチャンスを待つんだ!!」 サトシも精一杯応援している。ようやくオクタンの吐く炎が治まる。ハヤシガメは“かえんほうしゃ”を耐えきってみせた。でも、体中は『やけど』だらけで、ハヤシガメの息も荒い。かろうじて耐えきったって感じ。 「よし、反撃だハヤシガメ!! “はっぱカッター”!!」 「ハヤッ、ガァァァァッ!!」 サトシの指示で、オクタンに反撃するハヤシガメ。“はっぱカッター”を、オクタン目掛けて発射! 直撃! 効果は抜群……のはずだけど、オクタンは平気な顔をして立っていた。 「そんな!? 効いてない!?」 「ハハハ、“かえんほうしゃ”を耐えきったのは見事だ。だが、『やけど』を負ったせいでパワーが落ちてしまったようだね」 ポケモンが『やけど』しちゃうと、攻撃力が落ちちゃう。耐えきって反撃したはいいけど、“かえんほうしゃ”を受けた事が完全に仇になっちゃったんだ! 「それに……だ。“れいとうビーム”!!」 今度はオクタンが攻撃する。オクタンが発射した“れいとうビーム”が、ハヤシガメに直撃! さっきとは逆のわざを受けて、ハヤシガメの体が凍り始める。 「負けるなハヤシガメ!! 耐えるんだ!!」 そう叫ぶサトシの目の前で、とうとうハヤシガメは氷漬けになっちゃった! 「ハヤシガメ!! ハヤシガメ!!」 サトシがどんなに叫んでも、ハヤシガメは氷漬けになったまま動かない。完全に戦闘不能。 「急所に当たってしまえば、防御力など関係ない。ディフェンス重視のポケモンで攻めようが、焼け石に水さ」 「くそっ……!!」 余裕綽々に話すホイヘンスを前にして、サトシは唇を噛んでモンスターボールにハヤシガメを戻した。今残っている手持ちは、ピカチュウを除けばヒコザルとグライオンしかない。どっちもみずタイプには不利。「相性なんてひっくり返してやる!!」って言うかもしれないけど、有利な相手でも簡単に勝っちゃったオクタン相手には、それも通用する気がしない。それでもサトシはモンスターボールを取り出した。 「こうなったら……!!」 「おっと」 その時、ホイヘンスがつぶやいたと思うと、オクタンが急に“エナジーボール”を発射! それは、サトシが投げようとしていたモンスターボールに命中して、モンスターボールを弾き飛ばしちゃった! 「なっ!?」 「もう1発だ」 ホイヘンスの表情は笑っていた。何かを企んでいるかのように。そしてまた1発発射された“エナジーボール”は、今度はサトシの体に直撃! 「ぐわっ!!」 「サトシッ!!」 もろに直撃を受けて倒れたサトシを見て、あたしは叫ばずにはいられなかった。やっぱりあたしの不安は本当になっちゃった。このままじゃ、サトシが……! 「ピカアアッ!!」 そんなサトシを守ろうとして、ピカチュウが飛び出した。 「来たか! “エナジーボール”!!」 ピカチュウに気付いたホイヘンスは、すぐにオクタンに指示する。オクタンはすぐにピカチュウに顔を向けて、“エナジーボール”を発射! 「ピカアアアアッ!!」 直撃! あっけなくサトシの横まで弾き飛ばされるピカチュウ。 「ヒカリ……!? 何やってるんだ!? 俺の事はいいから……逃げろ!! 早く!!」 「……」 サトシがまだあたしがいる事に気付いて、あたしにそう促す。でも、あたしは動ける訳がなかった。サトシ自身まで攻撃を受けちゃってる状況で、黙って逃げるなんてできる訳なかった。サトシがあたしを助けようとしてやられちゃう事は、あたしにとってただ負けるよりもずっと嫌な事だから。 「ぐあっ!!」 その時、サトシの体にまた“エナジーボール”が直撃! サトシが悲鳴を上げた。あたしの恐れていた事が、どんどん本当になろうとしている。体の中から、抑えきれない強い力が湧いてきて、両手に自然と力が入って拳になる。やっぱり、あたしはできない……ピンチになってるサトシを見捨てて、黙って逃げるなんてできない……! 「俺の勝ちだな。とどめを刺せ、オクタン!!」 オクタンが一気にジャンプして、サトシに狙いを定める。サトシが危ない! 気が付くとあたしは、自然とサトシの前へと飛び出していた。
「きゃあああああっ!!」 オクタンから放たれた“かえんほうしゃ”が、あたしの体を飲み込んだ。体中に焼けるようなってレベルじゃない熱さが駆け巡る。それでもあたしは必死に耐えて立ち続けた。サトシを守りたかったから……! 「あ、ああ……」 ようやく炎が治まると、あたしの体はゆっくりとその場に崩れ落ちた。体中をビリビリとやけどの強い痛みが走る。とても苦しくて、その場から立つ事ができない。 「ヒ、ヒカリ……!?」 サトシはあたしがかばったのを見て、目を丸くしていた。 「……おやおや。お前みたいなか弱い女の子が攻撃をかばうなんて、どういう風の吹きまわしかな?」 ホイヘンスも目を丸くしていたけど、それでもその喋り方に余裕さは消えていなかった。 「やらせ、ない……!」 苦しんでなんかいられない。あたしはやけどでビリビリと痛む体に出せるだけの力を出して、ゆっくりと立ち上がった。そして、思いきり両手を広げて、ホイヘンスを強くにらむと、お腹の底から思い切り叫んだ。 「サトシは絶対にやらせない!! ここから先は、一歩も通さないんだからっ!!」 「ヒカリ……」 あたしの後ろにいるサトシは、それだけしか声が出なかった。 「エテボース!!」 あたしはすぐにモンスターボールを取り出して、エテボースを出した。エテボースはオクタンの前に飛び出して、サッと身構える。 「エテボース、“スピードスター”!!」 「エェェェイポッ!!」 あたしの思いが伝わるように思いきり指示すると、エテボースはすぐに“スピードスター”をオクタンに向めてばら撒いた! 直撃! たちまち弾き飛ばされるオクタン。 「やった!!」 あたしはすぐにそう思った。でも、オクタンはまだやられていなかった。弾き飛ばされて倒れても、また立ち上がった。 「!?」 「“かえんほうしゃ”!!」 すぐに反撃するオクタン。オクタンの口から炎が見えた。やばい! 「エテボース、“かげぶんしん”!!」 「エポッ!!」 とっさにあたしは指示を出した。エテボースの姿が、次々と分裂していく。たくさん現れたエテボースの姿に、オクタンも驚いている。これならいくら百発百中の攻撃でも……! でも、それはすぐに裏切られた。オクタンは鋭い目線で落ち着いて狙いをつけると、口に溜めていた炎を発射! 分身に当たった……と思ったら、周りの分身があっという間に消える。当たったのは本物のエテボース!? 「エポォォォォッ!!」 炎の直撃を受けて、悲鳴を上げるエテボース。そのままあたしの前までエテボースは弾き飛ばされた。 「エテボース!!」 あたしが呼びかけても、エテボースは答えてくれない。完全に戦闘不能。そんな……“かげぶんしん”も通用しないで、あっさりやられちゃうなんて……! あたしはすぐにエテボースを戻した。それなら、次はパチリスで……! でも、その時だった。 「次はあいつに“エナジーボール”!!」 「っ!?」 オクタンはあたしに向けて“エナジーボール”を発射! ホイヘンスがこっちを狙ってくるなんて、予想外の事だった。 「きゃあああああっ!!」 もろに直撃だった。体に強い痛みが走った。爆発で体が後ろに弾き飛ばされた。そのまま倒れるあたしの体。「ヒカリッ!!」とサトシの声が一瞬聞こえた。 「う、ぐ……」 体中が痛い……痛くて、体に力が入らない……! あたしは倒れたまま動けなかった。 「女の子なのにいい度胸だね。だけど俺は、お前みたいなかわいい女の子をいたぶるのは嫌いじゃない! “チャージビーム”!!」 ホイヘンスは余裕を見せながら指示を出した。今度は“チャージビーム”をあたしに向けて撃ってきた! 「きゃああああああああっ!!」 強い電撃があたしの体に流れ続ける。もう完全にあたしは悲鳴を上げるしかなかった。こんなボロボロの体で電撃なんて耐えられる訳がない。どんどん体の力が電撃に奪われていく。ああ、このままあたしは…… 「やめろおおおっ!!」 すると、そんなサトシの叫び声が聞こえたと思うと、ピカチュウがオクタンに向かって飛び出した! 「ピィィィィカ、チュウウウウウッ!!」 ピカチュウの電撃が、オクタンに向かって飛んでいく! それに気付いたオクタンは、“チャージビーム”を止めて、素早く電撃をかわした。やっと電撃から解放されたけど、あたしの体は重くて力が入らないから、大きく動かす事はできない。 「ヒカリ!! 大丈夫か!! しっかりしろ!!」 サトシがあたしの所に駆け寄ってきた。そして、あたしの動けない体を起こしてくれた。 「う、うん……何とか……」 「どうして……どうしてこんなに……」 「ご、ごめん……サトシが、ピンチになってるのに……1人で逃げるなんて、できなかったから……」 あたしは途切れ途切れに弱くだけど、サトシの声に答えた。 「く……っ!!」 サトシが唇を噛んだ。背中を支えている腕が震えている。顔は伏せていてその目付きを見る事はできないけど、サトシが怒っている事はすぐにわかった。その鋭い視線は、真っ直ぐホイヘンスに向けた。 「許さない……許さないぞホイヘンス!!」 サトシはグッと右手で拳を作って、その怒りを強い叫び声にしてホイヘンスにぶつけた。 「ピカチュウ、“10まんボルト”だ!!」 「ピィィィィカ、チュウウウウウッ!!」 サトシの怒りが、ピカチュウの“10まんボルト”になってオクタン目掛けて飛んで行った! でも、オクタンはすかさずかわす。 「ポッチャマ……あなたも行って!!」 あたしもじっとしてなんかいられなかった。すぐにモンスターボールを取り出して、スイッチを押して開けた。中から出てくるポッチャマ。その目はしっかりと開いている。 「ポッチャマ……目は、もうダイジョウブ?」 「ポチャマ!」 あたしの声に、ポッチャマははっきりと答えた。もう目が開けられるようになったかなって判断して出したんだけど、当たっててよかった。 「“バブルこうせん”……!!」 「ポッチャマアアアアッ!!」 体は自由に動かせなくても、あたしはポッチャマにはっきりと聞こえる声を精一杯出して、指示を出した。それに答えて、ポッチャマも力いっぱいの“バブルこうせん”を発射! 当たった! でも、効果は今ひとつ。オクタンには致命傷にはならない。少しだけ怯んだけど、すぐに態勢を立て直すオクタン。そんなオクタンの前で身構える、ポッチャマとピカチュウ。 「2対1か……だが、俺のオクタンなら手応え充分だ。どこからでもかかって来な!!」 2対1っていう不利な状況なのに、ホイヘンスは余裕の表情を崩さない。 「ヒカリ、あのオクタンには普通のバトルじゃ勝てない。またヒカリだって、巻き込まれるかもしれないんだ。だから……」 サトシはあたしの側にかがみこんで、あたしにそう言う。 「だからって……あたし、逃げない。このままサトシを置いて行くなんて、できないもん……あたしも一緒に戦う!」 サトシはあたしに逃げてって言おうとしたのかもしれない。でも、あたしは逃げるつもりなんてなかった。体はボロボロでも、1人じゃ無理でも、2人なら…… 「でも、その体じゃ……」 「体は、ボロボロだけど、あたしにはポケモン達がいるから……ポケモン達の力で、サトシに力を貸してあげたいの……!」 「ヒカリ……」 あたしは自分の思っている事を、そのままサトシに伝えた。すると、サトシの表情も変わった。 「……わかった。でも、無理はするなよ。何かあったら、俺が何とかするから」 サトシがそう言ってくれた事が、あたしは嬉しかった。あたしはすぐに、「うん……!」とうなずいた。 「さて、最後の挨拶は済んだかい? そろそろ始めようじゃないか」 そんなホイヘンスの声を聞いて、あたし達は改めてホイヘンスの方に顔を向けた。 「だけど……どうする? オクタンの攻撃はよけられない、かといって防ぐ事もできない……」 サトシが珍しくそんな弱気な事をつぶやく。オクタンの狙いの正確さは、『回転』や“かげぶんしん”も通用しないほど。かといって防ごうとしても、急所に当たっちゃえば、防御力なんて無意味。実際、そうやろうとしたハヤシガメはやられちゃった。よける事もダメ、防ぐ事もダメ……かといってあたし達のポケモンには、“まもる”や“みきり”を使えるポケモンはいない。これじゃ攻撃をよける事なんてできない。サトシの言う通り、何か対策を考えないと、また同じ展開になっちゃう。どうしたら……どうしたら……! 「先に仕掛けないならこっちから行かせてもらう! “かえんほうしゃ”!!」 そうこうしている内に、オクタンが口から炎を吹こうとしている! やばい! 早く何か手を打たないと……!
――――――!!
その時、あたしの頭の中で名案がひらめいた。 「ポッチャマ、回りながら“バブルこうせん”!!」 あたしはすぐに思い付いた事を指示した。そして、あたしが指示を出したのと同時に、オクタンが口から炎を吹いた! オクタンの炎が、真っ直ぐこっちに向かってくる! 「ポッチャマアアアアアアッ!!」 ポッチャマは指示通り、『回転』の要領で体を回転させながら、“バブルこうせん”を発射! “バブルこうせん”がカーテンのように辺りに降り注ぐ。炎はそれにぶつかって、ポッチャマには当たらないまま押し返されていく! 「な!? 攻撃で攻撃を受け止めただと!?」 ホイヘンスが初めて動揺した。そして“バブルこうせん”はそのままオクタンの周りに降り注いだ! 次々と降り注ぐ“バブルこうせん”の雨に、玉突きのように何回も弾かれ続けて身動きが取れないオクタン。 「あ、あれは……!!」 「そうよサトシ、『カウンターシールド』よ!!」 カウンターシールド。それは、サトシが前のヨスガジム戦に備えて編み出した戦法。あたしの考えた『回転』を活かして、攻撃を弾いちゃって、そのまま攻撃もしちゃおうというもの。『カウンターシールド』って名前は、ヨスガジムのジムリーダー、メリッサさんが付けたもの。これを本番でもうまく使いこなして、サトシはバッジをゲットした。攻撃をよける事ができない。防ぐ事もできない。それなら、攻撃を受け止めるしかない。それで、あたしはこの戦法を使う事をひらめいたって訳。あたしの『回転』をサトシが進化させた戦法をまさかあたしが使う事になるなんて思ってもいなかったけどね。 「そうか、それがあったか!!」 「サトシ、今がチャンスよ!! 思いっきりやっちゃって!!」 攻撃する事も思うように動く事も『カウンターシールド』のせいでできない状態のオクタンなんて、もう怖くない! あたしはそこにピカチュウの電撃をお見舞いさせてもらおうと、サトシに呼びかけた。 「ああ!! ピカチュウ、“10まんボルト”だ!!」 「ピィィィィカ、チュウウウウウッ!!」 ピカチュウが力を込めて、自慢の電撃を発射! ちょうど“バブルこうせん”の『カウンターシールド』が止んだ所に、電撃は真っ直ぐ飛び込んで行った! 直撃! 効果は抜群! 手応えもある! そして大爆発! 「オクタン!?」 ホイヘンスが叫んだのも空しく、オクタンはホイヘンスの前に弾き飛ばされる。そのまま動かなくなったオクタン。勝った! 「やったぜ!!」 「勝った!! 力を合わせたら勝てた!!」 あたし達は、一緒になって歓声を上げた。 「バ、バカな……あんなポケモン2匹に、俺のオクタンが……!!」 ホイヘンスがよっぽど自身があったせいか、完全に動揺していた。 でも喜んでいたのもつかの間、急にドドーンとホイヘンスの後ろで大きな爆発が起きた。 「きゃあああっ!!」 当然、あたし達は爆風で強く弾き飛ばされた。あたしの体が、激しく床に叩きつけられた。 「……ちっ、もう船が持たないか……!」 ホイヘンスはすぐに立ち上がってそうつぶやくと、懐から別のモンスターボールを取り出して、投げ上げた。出てきたのは、大きなトサカをもった大きなとりポケモンだった。ピジョットだ。 「どうやら勝負はここまでのようだ。だが、お前達はその体ではここから逃げられまい! 船と一緒に海の底に沈むんだな!」 ホイヘンスはそう言って、ピジョットの足にぶら下がって、そのまま夜空へと飛んで行った。 「きゃああっ!!」 すると、床が急に傾き始めた。倒れているあたしの体が、傾いたせいで床を滑り始めた。 「ヒカリッ!!」 すぐにサトシも、傾いた床を滑り台のように滑って追いかけてくる。そして右手を思い切り伸ばして、あたしの右手をがっしりと掴んだ。同時に、あたしの体がガクンと止まる。見ると、サトシが左手で船のフェンスにつかまっている。そして後ろを見ると、そこには普通は見えないはずの海原が、船の後ろ側を飲み込んでいるのが見えた。船の後ろ側が、もう沈み始めている! こうしている間にも、どんどん傾きは急になっていく。とうとう海に対して垂直に近くなるまで傾いた。 「ヒカリ……手を離すな……!! 今、助けるからな……!!」 「ダメ!! あたしの事はいいから……逃げて!!」 サトシはさっきのバトルで攻撃を受けたから、体力が少ない。そのせいか、フェンスを掴んでいる左手が震えているのが見えた。サトシの表情もどこか苦しそう。ピカチュウとポッチャマがサトシの手を必死で掴んでいるけど、いつ手が離れてもおかしくない状態。このままじゃ助かる所か、サトシも巻き添えになっちゃう! それだけは、あたしが一番嫌な事だった。 「何言ってるんだ……!! ヒカリを置いて逃げるなんて、できるもんか……!!」 「ダメよ!! サトシまで巻き添えになっちゃう!!」 あたしがそう言った時、あたし達の近くで爆発が起きた。 「きゃあああああっ!!」 爆風であたし達は海へと簡単に投げ出された。あたしの手を掴んでいたサトシの手が離れた。そして、ドボンと海の中に落ちた。体を動かせないあたしは、当然泳げる訳なんてない。そのまま、体は暗い海の底へと沈んでいく。でも、誰かの手があたしの体を受け止めて、すぐに体を水面に浮かび上がらせた。それがサトシだったという事に、あたしはすぐに気付いた。 「大丈夫か、ヒカリ!!」 「う……ダイ、ジョバ……ない………」 水面に浮かび上がると、サトシがあたしに呼びかける。でも、あたしの体力はもう限界だった。そのままあたしの目の前は、どんどん真っ暗になっていく。あたし……もう、ダメかも…… 最後に、サトシの後ろに、何か赤い目をもった黒い影が見えたような気がした。
* * *
「う……う〜ん……」 あたしの目が、ゆっくりと開いた。すると、目の前にサトシとピカチュウ、ポッチャマの顔が映った。 「……ヒカリ!! よかった……!!」 サトシが嬉しそうな顔を見せた。側にいるピカチュウとポッチャマも、同じ表情を見せている。 「……サトシ? あたし、いったい……うぐっ!!」 周りを見ると、あたし達がいるのはどこかの岸。そう遠くない場所に、ミオシティの街明かりが見えた。あたしは自然と体を起こそうとした。でも、すぐに体に強い痛みが走って、体を動かせなかった。 「ああっ、ダメだよヒカリ! ヒカリはボロボロなんだから、変に体を動かしちゃダメだ」 そう言って、サトシはピカチュウ、ポッチャマと一緒にあたしの体をすぐに寝かせた。そして、さっきのあたしの質問に答えた。 「海に落ちた時、あいつがここの岸まで案内してくれたんだ。そうじゃなかったら、俺達もどこかに流されちゃってたかもしれない」 そう言うサトシが顔を向けた方向に、あたしも顔を向けた。そこには、こっちに笑みを浮かべながら立っている、シャドーポケモン・ゲンガーの姿があった。 「ゲンガー……?」 あのゲンガーが、あたし達を助けてくれたんだ……でも、どうして助けてくれたんだろう? 逆にあの世とかに連れて行かれそうな気がするけど……それよりあのゲンガー、どこかで見た事があるような……? するとゲンガーは、体を横に向けて、こっちに手招きをした。「ついて来い」って言ってるみたいに。 「町まで案内してくれるんだな? わかった」 サトシはゲンガーとやけに親しく話している。どうしてそんな事がわかるの? そう考えていると、あたしの体が、急にひょいと持ち上げられた。 「あっ……!?」 サトシがあたしの腰と両足を支えた状態で、あたしの体を持ち上げている。いきなり持ち上げられたから、あたしはびっくりしたけど。 「ヒカリ、これから町まで運んでやるからな」 サトシはあたしにそう言って、ゲンガーの後を歩いてついて行った。そっか、町まで動けないあたしを運んでくれるんだ。少しだけ揺れるから、念のため落ちないようにあたしも両手をそっとサトシの首に回す。 「……サトシ、ダイジョウブなの? 重たくないの?」 あたしは気になって、そんな事を聞いてみる。 「ダイジョウブ、ダイジョウブ! これくらいへっちゃらさ。気にすんなって」 サトシはあたしに笑みを見せて、そう答えた。もし重いって言われてたら、それはそれでショックだったけど。そんなサトシの優しさが、あたしは嬉しかった。 「ありがとう、サトシ」 「あっ、いや、俺を言わなきゃいけないのはこっちだよ。ヒカリが『カウンターシールド』を思い出してくれなかったら、あいつにも勝てなかった。サンキュ、ヒカリ」 「えっ、そんな……あたしは、ただ……」 お礼を言ったあたしだけど、逆にお礼を返された。こうされると、こっちが恥ずかしくなって、顔が思わず赤くなっちゃう。 「でも、もう『あたしの事はいいから』なんて言うなよ」 「えっ?」 突然切り出したそんな言葉の意味が、あたしにはわからなかった。 「前にヒカリは言ってたじゃないか、俺はあたしの大切な人なんだってさ。俺にとっても、ヒカリはとても大切な人なんだ。だから、何かあったら、俺が必ずヒカリを助けるから。あんな事はもう言わないでくれ」 「サトシ……」 そう言われると、あたしは嬉しくなった。やっぱりサトシは、普段はちょっぴり頼りないけど、こういう時にはとても頼りになる。そう、何かあったら、サトシは必ずあたしを守ってくれる…… 「うん!」 あたしははっきりそう答えた。サトシの顔に笑みが浮かんだ。それを見たあたしも、自然と顔に笑みが浮かんだ。 「サトシーッ! ヒカリーッ!」 すると、サトシが歩いている先から聞き覚えのある女の子の声が聞こえてきた。そして、すぐにその姿が見えた。右目が赤で、左目が水色と、左右違う色の目。縛ってポニーテールにした長い緑色の髪には、グラシデアの花が一輪刺さっている。そして何も飾りがついてない、青紫色一色の半袖、ひざ丈くらいの長さのスカートの地味でシンプルなワンピース姿の、物静かそうな顔立ちをした女の子。腕にはかんしゃポケモン、シェイミを抱いている。 「シナ!」 そう間違いなく波導が使える女の子、シナだった。そっか、あのゲンガーはシナのポケモンだったんだ! きっと波導の力を使って、あたし達を助けに来てくれたんだ。 「2人共、無事だった……あっ」 でもシナは、あたし達の姿を見た途端、急に顔を赤らめて、急に背中を向けた。 「ご、ごめん……いい所邪魔しちゃって」 「えっ? 何を邪魔したってんだ、シナ?」 「あたし達、何もシナの邪魔になる事してないよ?」 シナの言った言葉の意味が、あたし達には全然わからなかった。いい所って何の事? そのまましばしの沈黙。
「ねえ、2人共……すっごく変な事聞いちゃうけど……いいかな?」 「えっ、何?」 「ひょっとして2人って……その……恋人、同士……?」 「!!!」 シナのそんな言葉を聞いた途端、あたしの顔もサトシの顔も真っ赤になった。そして、あたしとサトシは揃ってすぐに言い返した。 「ち〜が〜い〜ま〜す〜っ!!!」 「……やっぱり」
* * *
こうしてあたし達の旅は、まだまだ続く。続くったら、続く……
STORY24:THE END
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