[753] FINAL SECTION ゲンガーの真実! シンジの目! |
- フリッカー - 2008年11月20日 (木) 18時25分
その夜。 あたし達は野宿場所に戻って、シナと話をしていた。 「どういう事なんだよ? ゲンガーはシンジのせいで怒ってたって、シナも言ってたじゃないか!」 サトシがシナを問いただす。 「……確かにそうだけど、ゲンガーにも悪い所があるの! シンジは、それに気付いてゲンガーに……」 「だからってあんな言い方ないじゃないか!! 悪い所があるなら、ゲットしてから直す事だってできるじゃないか!! それをどうしてしようとしないんだ!! だから、シンジは謝らなきゃダメなんだ!!」 「……」 サトシの主張に、シナも少し引いた。言葉を探しているけど、なかなか出てこない。 「サトシ、いくら自分と考えが違うからって、そう決めつけるのはよくないんじゃない? 少しは相手の考え方も認めたらどうなの?」 「でも……!!」 そんなサトシを、ミライさんがなだめる。それでもサトシは熱くなりっぱなし。まあ、こんなくらいで冷めたりしないのは当然だと思うけど。 (どうする、シナ?) シェイミの視線がシナに向いた。するとシナは、すぐに立ち上がった。 「私は、事件の本当の事が知りたい……そうすれば、事件の解決に役に立つ事ができるから……! 実際に聞いて確かめてくる! 来て、シェイミ!」 (わかった!) シナはそう言うと、いきなり森の中へと走り出した。シェイミもそれに続く。 「ああっ、ちょっと! シナ!」 いくら本当の事が知りたいからって、こんな夜中でなくたって……! そう思ったあたしは、慌てて後を追いかけた。
FINAL SECTION ゲンガーの真実! シンジの目!
暗い森の中で、シナの後ろ姿を追いかけるあたし達。そんなあたしの後ろからは、サトシもついて来る。 でも途中で、シナを見失っちゃった。こんな真っ暗な森の中を、シナより少し遅れて走ってたんだから、無理もないか。 「あ〜あ、もうどこ行っちゃったのよシナったら……」 「でもシナは、シンジを探しに行ったんだろ? シナは波導でシンジの場所を突き止めてるはずだ」 「じゃあ、シナを見つけたら、シンジも見つかるって事?」 あたしが聞くと、サトシはうなずいた。 「……ピカ!!」 すると、サトシの足元を走っていたピカチュウが、急に耳を立てて足を止めた。 「どうしたピカチュウ?」 サトシが聞くと、ピカチュウはしきりに何かを訴えている。 「……シナを見つけたのね!」 あたしが聞くと、ピカチュウははっきりとうなずいた。 「よし、場所を教えてくれ!」 サトシが言うと、ピカチュウはサッと森の茂みの中に飛び込んだ。あたし達も、そんなピカチュウの後を追いかけていった。
* * *
「……あのゲンガーの事は、どんなポケモンだと思っているの?」 ピカチュウが足を止めた。近くにいたみたい。あたし達も足を止めると、そんなシナの話し声が聞こえてきた。 「そんな事聞いてどうする?」 すると、今度はシンジの声が。やっぱりサトシの言った通り、シナと話しているのはシンジ。見ると、シナに対して背中を向けている。 「シンジは、あのゲンガーは自分のポケモンにするにはふさわしくないと思った。それだけの力がなかったから。そうなんでしょ? そんな波導を感じたの」 シナの説明を聞いて、シンジはしばらく黙っていたけど、シナに横目を見せて、口を開いた。 「……だから何だって言うんだ? あいつみたいに、俺に謝れとでも言うのか?」 「そ、そんな事は言わないよ。ただ、本当の事が知りたかっただけ。私は、ポケモントレーナーやってる訳じゃないから、サトシ達が言ってるように、あのやり方が間違ってるのかどうかはわからないけど、シンジは悪くないって思ってる。だって、強がってたゲンガーに、本当の事を教えたんだから」 本当の事……? それって、どういう事なんだろ……? シンジもその言葉に少し驚いたのか、少しだけ表情を変えた。 「ゲンガーはそれを……はっ!!」 シナがそう言いかけた時、急に何かに気付いた様子を見せたシナ。まさか、あたし達に気付いたの!? ドキッとしたけど、シナはあたし達が見ている左じゃなくて、後ろを振り向いた。シンジも、そんなシナの様子に気付いた。 (どうしたのシナ?) 「ゲンガーが……!!」 シナがシェイミにそう答えた時、暗い森の中で赤い目がギョロリと光ったと思うと、そこからゲンガーが急に飛び出してきた! 「きゃっ!!」 シナに向けていきなり“シャドークロー”を振りかざすゲンガー。慌てて逃げるシナ。間一髪。“シャドークロー”がシナのいた地面に突き刺さる。 (やめろーっ!!) シェイミが真っ先に飛び出して、ゲンガーに向けて“タネマシンガン”を発射! でも、ゲンガーはそれをサッとかわして、シェイミに向けてヘドロの塊を口から吐いた! “ヘドロばくだん”だ! シェイミはシナの指示を受けなかったせいか、よけられない! 「ミィィィッ!!」 直撃! 効果は抜群! 「シェイミ!!」 シナが叫ぶと、またゲンガーの狙いがシナに向いた。そして発射していた“ヘドロばくだん”をシナに向けた! シェイミに気を取られて波導を感じ取れなかったのか、シナは気付くのが遅れた! 間に合わない! その時、黄色い影がシナの前に立ちはだかって、飛んで来た“ヘドロばくだん”を正面から受け止めた。“ヘドロばくだん”は、黄色い影の目の前に張られたバリアーに完全に防がれた。見るとそれは、“まもる”を使っているシンジのエレブーだった。 「……!?」 「お前は邪魔だ。下がれ!!」 驚くシナに、シンジがそう言って前に出た。そう言われたシナは、きょとんとした表情を見せながら、言われた通りに後ろに下がった。口は相変わらず悪いけど、シナを助けた……? するとゲンガーの視線がシンジに向いた。ずっと探し続けていた因縁の相手を見つけたゲンガーの表情が鋭くなる。そして、ゲンガーはすぐに“シャドークロー”を振りかざして、シンジに飛び掛かっていく! 「エレブー、“かみなり”だ!!」 シンジが指示を出すと、エレブーは近づいてくるゲンガーに向けて強い電撃を発射! ゲンガーはそれをサッとかわす。ちょっと待って! ここでバトルしても、何も解決にはならない! あたし達はすぐにその場から飛び出した。 「やめろシンジ!!」 サトシが叫ぶ。その声に驚いて、ゲンガーとエレブーは動きを止めた。シンジとシナの視線も、あたし達に向いた。 「今すぐゲンガーに謝るんだ! ゲンガーとバトルしたって、何も解決にならないじゃないか!」 「そうよ! 原因を作ったのはあんただって、まだわかってないの?」 「……」 あたし達がそんな事を言っても、シンジは黙り続けていた。そんなあたし達の間に、シナが割って入る。 「違う! 違うの! シンジはゲンガーに……!」 (来た!!) シナが言いかけた時、シェイミのテレパシーが聞こえた。すると、ゲンガーがいきなりあたし達に向けて“シャドーボール”を撃ってきた! 「きゃあっ!!」 目の前で爆発が起きた。爆風が、あたし達の体を飲み込む。そして爆風が消えると、“シャドークロー”を振りかざしてゲンガーが襲い掛かってくるのが見えた! 「チュウウウウウッ、ピッカアッ!!」 とっさにピカチュウが“アイアンテール”で応戦! “シャドークロー”を正面から受け止めて、弾き返した。さらに攻撃を続けようとするピカチュウ。 「待て、ピカチュウ! ゲンガーを攻撃しちゃダメだ!」 「ピカ!?」 そんなピカチュウを、サトシが止めた。そしてサトシは、改めてシンジに顔を向けた。サトシの判断は正しい。ここでシンジがゲンガーに謝れば、必ずこの騒動は解決する。無駄なバトルをしないで済む。 「シンジ、ゲンガーに謝るんだ! 今謝れば、ゲンガーだって許してくれる!」 「……俺は謝るつもりなんてない。悪いのは奴の方だ」 それでもシンジは冷たい目線をゲンガーに向ける。そんなひどい事を言われたゲンガーは、当然怒って顔を歪めた。 「弱い方が悪いって言うの!? そんな言い方ないでしょ!! ゲンガーは自分の強さに自信があったって、シナも言ってたじゃない!!」 あたしはカッとなってそう言った後、シナに顔を向けた。 「た、確かにそうだけど、それは……危ない!!」 シナがそう言いかけた時、いきなり声を上げた。見ると、またゲンガーが動き出していた。あたしとサトシの方に向けて、“ヘドロばくだん”を撃ってくる! 「わああっ!!」 慌ててよけるあたしとサトシ。さっきまでいた場所に、ヘドロがバケツをひっくり返したように広がる。 「待て、ゲンガー!! シンジが謝るからおとなしくしていてくれ!!」 サトシがそう言って説得しようとするけど、ゲンガーは聞く耳を持たない。ゲンガーは赤い目でサトシをにらみつけた。 「ぐっ……!?」 すると、サトシが急に胸を押さえて苦しみ始めた。そのまま崩れ落ちるサトシの体。 「サトシッ!?」 あたしは慌ててサトシの体を起こしてあげた。これって、前にあたしにもかけられた“のろい”!? 「完全にサトシ達を自分の邪魔をしに来たって思ってる!!」 シナが叫んだ。そんな、それじゃ説得しても無駄って事!? それもこれも、シンジが謝ろうとしないせいで……! 「シンジ!! ゲンガーに謝りなさいよ!! シンジが謝らないから、サトシが……!!」 あたしがそんな事言っても、シンジは全然聞いてくれない。そんな事している間に、ゲンガーが“シャドークロー”を振りかざしてこっちに躍りかかる! 「くっ……ピカチュウ、“アイアンテール”!!」 「チュウウウウウッ、ピッカアッ!!」 それでもサトシは、苦しそうだったけどピカチュウに指示を出した。ピカチュウはそれに答えて“アイアンテール”でゲンガーを迎え撃つ! また“シャドークロー”を正面から受け止めて、弾き返したピカチュウ。 「サトシ、ダイジョウブなの?」 「あ、ああ、平気さ、このくらい……ぐっ!!」 サトシはあたしに何ともないって感じの笑みを見せたけど、すぐにその表情が歪んだ。やっぱり苦しいんだ……このままじゃ、サトシが……! 「シンジ、早くゲンガーに謝りなさいよ!! サトシがどうなってもいいの!?」 あたしが叫んでも、シンジは黙ってゲンガーを見ているだけだった。まるっきり無視!? 「ねえ、聞いてるの!!」 「ピィィィィカ、チュウウウウウッ!!」 あたしのそんな叫び声は、“10まんボルト”を放ったピカチュウの叫び声にかき消された。ピカチュウの放った電撃が、ゲンガーをかすめる。当たらなかったんじゃない。わざと狙いを外している。サトシの指示通り、ピカチュウはゲンガーを直接攻撃しようとしていないんだ! でも、相手のゲンガーは明らかに本気。これじゃ、『手加減』しているのと何ら変わりない。完全にこっちが不利。ゲンガーは“シャドークロー”を、容赦なく振りかざしてくる。ピカチュウもステップを使って必死でよけるけど、とうとう“シャドークロー”がピカチュウに当たっちゃった! 「ピカアアッ!!」 弾き飛ばされるピカチュウ。そこにゲンガーはさらに追い打ちをかけるように、“シャドーボール”を左手で作り出した! 「じゅ、“10まんボルト”で受け止めろ!!」 サトシは“のろい”に苦しみながらも大きな声で指示を出した。その指示を聞いたピカチュウは、すかさず電撃を放った! 「ピィィィィカ、チュウウウウウッ!!」 ピカチュウが電撃を発射したのと同時に、ゲンガーが“シャドーボール”を投げた! 電撃は“シャドーボール”に当たって、そのまま爆発! お互いに爆風に巻き込まれて、吹き飛ぶピカチュウとゲンガー。でもゲンガーは『ふゆう』を活かして反転すると、すぐに“ヘドロばくだん”を発射! 吹っ飛ばされて態勢を崩していたピカチュウは、それをかわす事ができなかった。 「ピカアアッ!!」 容赦なくヘドロの雨にさらされるピカチュウ。すぐに体にまとわりついたヘドロを振り払うピカチュウ。でもそこに、ゲンガーがまた“シャドークロー”で切りかかろうとする! 「か、かわすんだ!!」 「ピ……ピカッ……!!」 ピカチュウはサトシの指示を聞いてかわそうとしたけど、急に苦しそうな表情を浮かべて、かがみこんだ。そこに、ゲンガーの“シャドークロー”が直撃! 「……『どく』を浴びてる!?」 弾き飛ばされても、ピカチュウが表情を歪めたままでいるのを見て、あたしは確信した。“ヘドロばくだん”の追加効果で、『どく』を浴びちゃったんだ! これじゃ、なおさら不利。動きを止めたピカチュウに、“シャドークロー”を振り下ろそうとするゲンガー。このままじゃ、ピカチュウがやられちゃう! 「ポッチャマ!! ピカチュウを助けて!!」 「ポチャマッ!!」 あたしはいてもたってもいられなくなって、ポッチャマに指示を出した。すかさずポッチャマがピカチュウとゲンガーの間に割って入ろうとした。でもゲンガーはポッチャマに気付いて、ピカチュウに振ろうとした“シャドークロー”を、ポッチャマに振った! 「ポチャアアッ!!」 直撃! 弾き飛ばされるポッチャマ。ゲンガーの視線が、ポッチャマに向く。するとポッチャマも負けじと立ち上がって、ゲンガーに主張し始めた。ゲンガーを宣徳しようとしてるみたい。でもゲンガーはそれを全然聞こうとしないで、ポッチャマに“シャドークロー”を振った! ポッチャマは慌ててよける。続けてゲンガーは“ヘドロばくだん”を発射! 「ポッチャマ、“がまん”!!」 あたしの指示で、ポッチャマは攻撃を我慢する態勢になる。生身で“ヘドロばくだん”を受け止めて、じっと耐える。でもゲンガーは効かないと判断したのか、わざを“シャドークロー”に変更してポッチャマを切り裂く! 「ポチャアアッ!!」 その一撃は、ポッチャマも我慢できないものだった。倍返しできないまま、弾き飛ばされるポッチャマ。 「……シンジ、どうするの? いくら何でも、このままじゃ……」 シナが、シンジにそう呼び掛けていた。それでもシンジは、黙ってゲンガーを見つめていた。 「“バブルこうせん”!!」 「ポッチャマアアアアッ!!」 ポッチャマは“バブルこうせん”で応戦! でも、直接当てる訳にはいかない。ポッチャマもそれを理解している。でも相手は本気だから、ピカチュウの時と同じように、『手加減』しているのと変わりはない。ゲンガーはポッチャマを本気で狙って“シャドーボール”を撃つ! 慌ててかわすポッチャマ。このままじゃ、ピカチュウと同じになっちゃう……! 「うぐっ……!」 サトシは、相変わらず苦しそうな表情を見せている。でも、何だかそろそろやばそう…… 「シンジ!! 黙ってないでゲンガーに謝ったらどうなの!!」 あたしは顔をシンジに向けて言った。でも、シンジは相変わらず黙ったまま。全然謝る気がないの? 「シンジ……!!」 シナもシンジに呼びかける。でもシンジは黙り続けている。 「ポチャアアッ!!」 ゲンガーの“シャドークロー”が、ポッチャマを切り裂いた! そのまま弾き飛ばされるポッチャマ。そしてゲンガーは、追い打ちをかけようと、倒れたポッチャマに躍りかかる! 「……待て」 その時、ようやくシンジが口を開いた。それを聞いたゲンガーが、動きを止めた。 「お前、自分が強いと思ってるんだな?」 そんな事を言いながら、シンジはゲンガーの前に出る。シンジ、やっと謝る気になったのね……! 「……なら、その考えが甘い事を教えてやる! エレブー!!」 でも、あたしの思いは簡単に打ち砕かれた。シンジの指示で、エレブーが前に出る。完全に戦うつもり!? 「ま、待て、シンジ……うぐっ……!!」 サトシが止めようとするけど、“のろい”の苦しさに阻まれる。 そんなあたし達の不安をよそに、ゲンガーが望む所だと言わんばかりに、エレブーに“シャドークロー”を振りかざして飛びかかっていく! 「エレブー、“かみなりパンチ”!!」 シンジは迷う事なく指示を出す。エレブーの拳に電気が流れて、その拳をゲンガーに向けて振った! それは、リーチの差で“シャドークロー”が当たる前にゲンガーのお腹に直撃した! そのままあっけなく弾き飛ばされるゲンガー。地面に倒れたゲンガーは立ち上がろうとするけど、かなりダメージを受けてるみたいで、立ち上がれない。 「“のろい”で体力を減らした事が仇になったな。仮に体力があったとしても、お前の体力はなさすぎる」 挑発するように言うシンジ。そういえば、“のろい”は相手に呪いをかける代わりに自分の体力を大きく減らすわざだったっけ。それに、最後のシンジの言葉にも一理ある。実際、あたし達がゲンガーと戦った時も、攻撃が当たった時にはほとんど1発でゲンガーは致命傷になっていた。 それでもゲンガーは負けじと、自分の体にむち打って立とうとする。 「まだ認めないのか? それなら教えてやる。お前は自分で思っているほど、強いポケモンなんかじゃない」 するとシンジは、ゲンガーを指差して、はっきりとそう言い放った。 「つ、強いポケモンじゃない!?」 あたし達は、その言葉に驚いた。 「強いと思っている割には、わざは使えないものばかり、それにほとんど1発で致命傷になるその体力のなさ。お前はただ、うぬぼれているだけだ」 そんなシンジの話を聞いて、カッとなったのか、ゲンガーは歯を食いしばって立ち上がって、力を振り絞って“シャドークロー”で切りかかろうとした! 「“かみなり”だ!!」 でも、エレブーは“かみなり”ですかさず応戦。強力な電撃が、ゲンガーに直撃! またゲンガーはあっけなく弾き飛ばされた。倒れたゲンガーの体からは煙が出ていて、“かみなり”の威力がどれほどすさまじかったのかを物語っている。 「弱いポケモンも使えない奴だが、本当に使えないのは、自分の能力を把握していない奴だ」 「!!」 ゲンガーに言い放ったその言葉に、あたし達は衝撃を受けた。そしてシンジの横目が、サトシの方を向いた。 サトシは少し前に、シンジとバトルした。その時、ナエトルがハヤシガメに進化した。でも、持ち前のスピードを増えた体重のせいで失っちゃった事が仇になって、結局負けちゃった。サトシもハヤシガメもスピードを失った事がショックだったみたいで、ハヤシガメは夜中こっそり抜け出してスピードを取り戻そうとしていた。でも、それは間違っていた事には気付かなかった。シンジのドダイトスが勝手にやってきて、スピードよりもその体格と体重を活かした防御力を活かして戦う方が大事なんだってハヤシガメに教えてくれるまでは。 そんな事があったばかりだから、シンジの言葉には、凄く説得力があった。 「自分の能力を、把握していない……」 サトシがシンジの言葉を繰り返す。 「そうだよ、私が言いたかったのは、ゲンガーは自分が強いって『思い込んでた』って事。それでもゲンガーは、シンジに実力を認められなくても自分の本当の実力を受け入れないまま逆ギレして、暴れてたって事なのよ。シンジは、ゲンガーの本当の実力に気付いてあげさせたのよ」 シナがあたし達に説明した。そっか、シンジはゲンガーの能力を調べた時にそれを見抜いて、ゲンガーを「使えないな」って言ったんだ。だからシナはシンジをかばってたんだ。とは言っても、あんな変な言い方のせいで、ゲンガーがキレたって事もあると思うんだけど。 「……そんな奴を、俺は手持ちに入れるつもりはない。そんなに強さを認めて欲しいなら、まずは自分の本当の実力を自覚するんだな」 シンジはエレブーをモンスターボールに戻して、ゲンガーに背中を向けた。そして、そのままシナの横を通り過ぎようとした時、シンジは足を止めた。 「……確か、シナとか言ったな。感謝する」 「!!」 シンジはシナにそう一言言って、その場を後にしていった。シンジが目上の人以外の人に、お礼を言ったのは初めて見た。言われたシナは、ドキッとしたのか少しだけ頬を赤くして、きょとんと立ち尽くしていた。 その一方で、シンジの背中を追いかけようとして、震える手を伸ばすゲンガー。でもとうとうゲンガーは力尽きて、そのままバタリと倒れた。同時に、サトシの息が荒くなった。やっと“のろい”が解けて、痛みから解放されたサトシは、必死で息を吸おうとしている。 「サトシ、ダイジョウブ?」 「あ、ああ、何とか……」 あたしが聞くと、サトシはそう言って自力で立ち上がってみせた。 そして、シナは倒れたゲンガーの側にそっと歩いて行った。そして、その赤と水色の瞳で倒れたゲンガーをしばらく見つめたと思うと、懐から何かを取り出した。それは、モンスターボール。でも、ただのモンスターボールじゃない。全体がピンク色で、水色のボタンの周りを、4つに分けられた太い線の黄色い丸のような模様が囲んでいる。シナはそんなピンク色のモンスターボールをゲンガーの体に当てると、ピンク色のモンスターボールが開いて、ゲンガーを吸い込んだ。ピンク色のモンスターボールが閉じて、スイッチの赤いランプを点滅させながら、シナの手の中でモゾモゾと動き始めるけど、すぐにスイッチの赤いランプが消えて、動かなくなった。 「これでもう大丈夫だからね」 シナはゲンガーを入れたピンク色のモンスターボールに向かって、優しくそう言った。 「……シナ?」 シンジに見捨てられたゲンガーを、ゲットした……? 一体どうして……? ゲンガーが悪いって言ってたのに……? 「ゲンガーを助けてあげたの。このヒールボールに入れれば、ポケモンセンターに行かなくても、元気になってくれるから」 「でも、どうして助けたんだ?」 「ゲンガーは、まだ変わる事ができるから」 シナはそう答えて、ピンク色のモンスターボール――もとい、ヒールボールを優しい眼差しで見つめていた。
* * *
次の日。 あたしとサトシは、タケシとミライさんに、夕べあった事を話した。 「やっぱりシナの言った通りだったんだな」 「だから言ったでしょ、いくら考え方が違うからって、悪いって決めつけるのはよくないって」 タケシとミライさんにそう言われたサトシは、「ああ、ごめん」と一言謝った。あたしも、自分の事ばかり考えてるように見えるシンジでも、たまにはあんないい事言う時もあるんだな、って思っていた。実際シナも、「シンジは悪い人なんかじゃないよ」とどういう訳か頬を少しだけ赤くして言っていたし。でも、やっぱりあの振る舞いは気に入らない。 「強いポケモンしか連れて行かないとか、ポケモンにスパルタ教育させるとか言うけど、それがシンジ君流の育て方なのよ。それが正しいと思うなら、とことんやれって事よ」 ミライさんは感心するようにそうつぶやいた。そんな時、シナがやってきた。手に持っているのは、ゲンガーが入っているヒールボール。 「出ておいで」 シナはそう言って、ヒールボールのスイッチを押す。ヒールボールが開いて、中からゲンガーが姿を現す。でもゲンガーはあの時と違って、しょぼんとした表情で、肩を落としていた。「自分で思っているほど、強いポケモンじゃない」って言われて、ショックだったのがあたしにもわかった。ブイゼルだってゲットしたばかりの頃に、四天王のゴヨウさんとバトルした時に負けちゃって、あんな風に落ち込んでいた時があったから。 「……大丈夫だよ」 シナは、笑みを見せてゲンガーにそう言った。ゲンガーの落ち込んでる心を波導で読み取ったのかもしれない。ゲンガーが、そんなシナの表情を見て目を丸くした。 「自分が強くないってわかっても、あなたはまだ変わる事ができるよ。私だって、最初は波導の事でいじめられてばかりだったの。それが嫌で、何度も死のうって思ったけど、あの人達が私にもできる事があるって教えてくれたの」 シナの顔があたし達に向いた。そして、シナは顔を戻して話を続ける。 「だから私は、波導を使って、人の役に立ちたいって思ったの。だから、強くないって言われたあなたにも、できる事が必ずあるはずだよ。元気出して」 シナは、ゲンガーの頭を優しくなでて、笑みを浮かべた。シナの話を黙って聞くゲンガーは、何か感じ取っていたようだった。ゲンガーの赤い目が、少しだけうるんでいるのが見える。 「じゃ、ロストタワーに帰ろう」 シナがそう言って、ゲンガーを連れてその場を動きだした。向かう先はロストタワー。あたし達も、自然とシナの後をついて行った。
* * *
そびえたつロストタワーの前で、シナはゲンガーと向かい合う。ゲンガーがロストタワーに帰る時が来た。 「じゃあね、ゲンガー。また暴れたりしたらダメだよ」 シナはそう言って、ゲンガーから離れる。ゲンガーはロストタワーに入ろうとして、シナに背中を向けた。でも、なぜかそのまま動かない。そして、そっとシナの方に振り向いた。そんな表情を見たシナは、何かに気付いた様子を見せた。そして、その表情に笑みが浮かんだ。 「いいよ。私と一緒に行きたいんでしょ?」 シナはゲンガーに笑みを見せて、ヒールボールを取り出した。するとゲンガーは、嬉しそうにシナの所に戻っていく。シナがヒールボールを開けると、ゲンガーはその中へと吸い込まれていった。 「フフ、初めてポケモンをゲットしちゃった!」 シナはヒールボールを見つめながら、嬉しそうにつぶやいた。 「よかったわね、シナ!」 「うん!」 あたしに対しても、笑顔を見せるシナ。それは、今まで見たシナの表情で、一番嬉しそうな表情だった。 (シナ……) シェイミもそんなシナの姿を見て、感心したようにつぶやいた。 「これにて一件落着、なんてね!」 そんな状況を見たミライさんが、そんな事をつぶやいた。
* * *
ゲンガーは心を入れ替えて、シナと一緒に旅をする事を決めた。それも、シンジのお陰、なのかな……? でも、やっぱりあたしはシンジのあの態度は嫌い。サトシには、あんな奴に絶対負けて欲しくない。今は勝てなくても、いつかは……!
こうしてあたし達の旅は、まだまだ続く。続くったら、続く……
STORY23:THE END
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