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[556] 小説 《Dream Makers U》 第三章
あきはばら博士 - 2008年05月28日 (水) 00時40分

この小説は以下のSSの設定を遵用しています。

・Dream Makers SS T 《最速と神速》
・Dream Makers SS U 《ゼロ一味の小さな内乱》
・Dream Makers SS X 《最速決戦》

もちろん、読んでなくとも問題ないです。一応世界観は共通しているということで……。


  登場人物紹介 2

ゼロ(レックウザ♂*)
アナスタシア(ビークイン♀)
キング(テッカニン♂*)
ブレイド(ロズレイド♀)
九音(ロコン♀)
聖(ラルトス♂)
サエル(サンダース♂)
ミサ(カゲボウズ♀)
ブロウ(ドータクン♂)
チサノ(チェリム♀)
Drルイージ(ルカリオ♂)
キリト(アブソル♂)
リュウセイ(ピカチュウ♂)
ツバサ(トゲチック♂)
トト(フワライド♂)
ラヒト(ムクホーク♂)
マツ(クチート♂)
クルーザ(フローゼル♂)
フィーレン(サーナイト♀)
サイコ(ゴースト♂)

[557] 小説 《Dream Makers U》 第三章 (1)
あきはばら博士 - 2008年05月28日 (水) 00時44分


   侠気の心を驚喜で破壊して
   強毅な者を競起して砕き散らし
   驕気の衆を恐悸させて
   経軌を捨てこれを教規とし
   世界を驚起させ狂喜乱舞して支配しろ
    懐には凶器を。
    心には狂気を……
       ――Genocide Crusaders

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 胸の鼓動が高まっていく。
 そして――。

 深い眠りに落ちた彼は、それを夢だと自覚していた。
 また夢か、等と思いつつも、その幻想に意識はとけ込んでいく。それだけで無く、夢だと語るように、四肢の力は落ちていった。
 鮮明に見えてくる絵。フラッシュバック。幾度か白や黒、青など、不可解な光景を通り抜け続け、彼は”そこ”にたどり着いていた。
 落ちていく、意識が、体が、全てが。
 これは記憶。これは夢。しかし、彼にしてみれば、それは悪夢だった。
 ただうなされ続けるだけの、連続した夢。
 今まで何度も何度も見続けた、夢。悪夢、連想、記憶、絶叫、叫び、震え、そして、それらをふまえた。

 昇華。

「おおおおおおおおおおおおおぉおっ!?」
 彼の体は捕縛され、既に逃げられなかった。
 誰に? そう、彼の体にしがみつく、ガム、そのブースターの炎に。
 いくら藻掻こうとも、いくら力を入れて体を動かそうとも、ガムは離れようとしなかった。
「くそがっ! 離れろ、俺から、はなれろぉおおおおおおっ!」
 絶叫。
 沈黙。
 声が出ない、それは覚悟? 違う、また、
「ああぁああああああああああっ!」
 絶叫。絶叫。ゼッキョウぜっきょう絶叫ぜっキョうぜっきょうぜっぎょうゼッきょうゼっキョうゼッキョウ絶叫絶叫絶叫絶叫ゼッキョウぜっきょう絶叫ぜっキョうぜっきょうぜっぎょうゼッきょうゼっキョうゼッキョウゼッキョウぜっきょう絶叫ぜっキョうぜっきょうぜっぎょうゼッきょうゼっキョうゼッキョウ絶叫絶叫絶叫絶叫 ――。
 確かにそうだ、これは絶叫。
 しかし、これを乗り越えて、夢を見ているゼロの目から見れば、それは、笑える様な光景であった。
 実に滑稽で、実に醜い。我ながらも、失笑に値する。
 だが、幾度みても、この夢には、不可解としか言い様の無い部分があった。
 それこそまさに、今、始まる現象なのだ。
「カァッ……ッ、クゥッウウウウウッ……解った、解ったぞガムッゥ! 解った、お前、俺の同士となれっ! そうすれば、共に世界をっ!?――ッァアア!?」
 火炎で捕縛されているのである。まさに地獄の業火、断罪の炎とでも言うべきか、とにかくその火炎は、ゼロの身を確かに焼いているのだ。
 ただでさえ鼻を刺激する肉の焼ける嫌な刺激臭が、自分のものであると考えれば、吐き気すら沸いてくる。
 しかし、それを堪えつつも、ゼロは更に言葉を紡いでいく。
「なぁああっ! ガムゥッ! 答えろぉぉおおよぉおおおっ!」
 絶叫と叫びが入り交じり、あらぬ声へと変貌を遂げる。既にゼロの声は、煙と火炎を吸ったせいかかすれて、とても低かった。
 いよいよ死が迫っているのがゼロの脳を揺さぶり、危険だと告げていて、ゼロの額には冷や汗がにじみ出てきていた。
「おい、嘘、だろぉおお!? そんな馬鹿なッ! ありえええええねぇええええええ!!!!」
 腹や四肢の焼かれた皮膚の下の肉は、黒くただれ、ガムに叩きおられた骨は解放骨折を引き起こし肉を突き破って、それに密着した数食の細い糸は、火によって融解を始め、溶け始めた部位から粘液とも血液とも、判別のつかない液体をにじみ出させている。
 声にならない叫び、それは呟きとなって、ゼロの口から放たれた。

「こいつ、死んでるのか!?」

 考えられない事だった。
 ガムはもう死んでいる。
 しかし、燃えさかる火炎はゼロの体を確かに焼いているのだ。この火炎を出している、ということは生きているという事のはずなのである。
 だが、ガムは死んでいる。うつろ、というより、光を失った目は左右違う方向を向いて、先ほどまで宿していた神々しいまでの輝きは失われている。
 そう、ガムは死んだのだ。
 いつ死んだのかは解らないが、つい数十秒前のゼロの絶叫の辺りであろう。それを証拠に、火炎が次第に弱まっていくが解った。
 だが、もう遅い。ほぼ全身重火傷、重度で言えば、それは、致命傷。
 もう助からない。ガムの最後の魂を燃やした火炎は、ゼロを確かに地獄へ誘ったのだ。
「ふざけるなぁ……! 俺は死なねぇ! 死なねぇぞぅ……ッ! カァアアアアックゥ、ギャアアアアア!?」
 火炎はついに消えた。しかし、ゼロの体に引火したそれは、ゼロの体を更に蝕んでいく。
 ガムは力を失ってゼロの体から離れ、重いゼロの方から先に落下していく。
 顔面すら燃やし、既に誰とも判別が着かなくなり始めた所で、ゼロは最後の力を振り絞り始めた。
 先ほどまではガムにつきまとわれていた、そのために完全固定されて、技が発せられなかったが、体に残った最後の力を使い切れば、落下のダメージを相殺して、もしくは生き残る事も――
 しかし、その望みすらも、ついえていた。
 ドラゴンダイブによる落下を試みようとしたが、体からエネルギーを放出させようとすると、そのエネルギー自体が体を崩壊に導いてしまい、エネルギーを吸った火炎は、更に勢いを増して、ゼロの体を焼き尽くすのだ。
 ついにあきらめたのか、自分でも可笑しい程に、目を彼はつぶった。
 その時、それを夢だと自覚していたゼロの意識は、この瞬間に集中していた。
 目をつぶった暗闇の中を紅い閃光が駆けていく。
 瞬間的にゼロは轟音と共に落下し、そこを中心に巨大なクレーターが完成していた。
 ゼロは苦痛を感じずにドラゴンダイブが発動して、何とか即死だけは免れた事を悟ったが、やはり、死ぬ事は免れそうになかった。
 だが、なぜか、彼は自分が今から死ぬのだという気がしなかった。

 ――意識がひきもどっていく……夢が、覚めるのか

  *  *  *  *  *

重いまぶたに力を込めて、まず、目を何とか半開きにして、まぶたを透過してきていた照明の光を見つめた。
 その内、意識がハッキリしてくると、ゼロは、渦を巻く様にして寝ていた体を少しだけ伸ばして、両腕を伸ばし、軽く伸びをした。
 そして、両手に力を入れて拳をつくると、力を入れて体を伸ばす。
 ふと、彼は窓を開け放して、そこから泳ぐように空へ駆けだしていた――。ボーマンダと呼ばれる種族、その竜族であった時の体を脱ぎ捨てた今の彼は、まるで東洋の絵巻の竜の様に、流れる様にシャープな体つきだった。数分、空中を自在に駆けると、彼はそこで制止し、横から殴りかかるかの様な風に気持ちよく晒された。
 太陽光に晒され、黒光りする、岩の様に硬い甲殻。
 爬虫類をイメージさせるぺたぺたとしているこれも黒い鱗。
 見られれば引き込まれる様に、強い意志を持ったこがね(黄金)色に輝く美しい瞳。それはまるでこの世の何もかもを砕いても残るかの様に、激しく、固い意志を持った、砕けぬ瞳。
 そう、今の彼はレックウザだった。砕けぬ野望を持った、黒い色違いの龍。
 そして、先ほどの夢を引き金に、そこで、ゼロは考え事と、記憶の映像に飲み込まれていった――。

  *  *  *  *  *

 あの時、ゼロは何があったのか解らなかった。 
 体が燃え続け、死んだと思った時には、彼は病院のベッドの上に居たのだ。しかも、人間の姿で、人間の世界に。
 唯一その後、記憶に戻った事は、何があったかは解らないが、人間界へのホールに飛び込んだ事だった。
 それによって人間界に帰還した彼は、ベッドの上で治療を受けていた。
 体に重度二の火傷、顔面にはなぜか火傷は見られず、何があったのかと聞かれれば、わからないと答えた。
 医者は彼をショックによる記憶喪失と見なし、まんまとゼロは生き仰せ、そうやって怪我を癒した。
 しかし、そこからが問題だったと言えよう。ポケモン世界に戻って来る時、今でも明確に覚えている、そう、この体になる時の事を。

  *  *  *  *  *

 ゼロはポケモン世界へと通じるホールへと飛び込んだ。
 刹那、体はまばゆい光と共に鱗を、甲殻を、鋭い瞳を得た、ボーマンダへと変貌していく。
 痛めつけられたあの時の姿と違って、今のゼロは神々しさをも感じさせる健康なボーマンダの姿である。
 唸ってから勢いをつけて、一気にホールの出口まで、加速する――はずだった。
 しかし、彼はどこからともなく現れた光に捕縛され、動けなくなっており、抗って抵抗する程に、光は力強くゼロを押さえつけた。
 そして、穴から次第に遠くなり、ついには――
 フラッシュバック。
 そうして、目覚めればシンオウの地に居たのだ。
 そう、ボーマンダでは無くレックウザの姿で。
 何があったのかは一生理解できないだろう。
 しかし、理解する必要もなかった。
 なぜなら、彼はその”絶大な力”を得れただけで十分なのだから。それ以上必要なものがあるだろうか?


 力。戦い。ひたすらそれだけに渇望し求め、抗い、そして駆けてきた。
 彼に必要なのは戦い、戦い、戦い戦い戦い戦い戦い戦い! 戦って戦い抜いて戦って戦って戦って混乱を生ませ、闘い、そして――


「ふんっ!」
 息も荒く、ハッとしたゼロは気を引き締めるとそこで部屋に戻った。
 すると、電話の子機を持った部下の一匹が部屋に訪れ、
「アニー様からです」
 と言って子機を渡すと、一礼して部屋を去っていった。
 どうやら先ほど空を舞っていた間、アニーを待たせていた様だった。
「待たせたアニー。何だ?」
『ご機嫌麗しゅうゼロ様。ご連絡にございます』
「! ついに見つけた、か?」
 ゼロでかすかに眉をふるわせ、少し興奮した声で聞くと、落ち着ききったアニーの声が聞こえてきていた。
『はい、奴(きゃつ)等を捉えましてにございます、ゼロ様。私の《下僕》達は、良い働きをしてくださいましたわ』
「解った、奴らの位置と、種族、出来れば写真を用意してくれ。よくやってくれた、アニー」
『いえ……ゼロ様のためでしたら……』
 アニーの報告を受け終わると、その途端にゼロは直属の信頼の置ける部下を十数名招集した。
 そして、それからすぐ後。
 ゼロの根城である施設の一見では聖堂にも見える装飾の施された講堂には、戦闘員から非戦闘員、直属の部下等、アニーを除いた全ゼロ私兵が、そこに集まっていたのだ。

  *  *  *  *  *

そんな中で、全私兵に向かって、彼は呼びかける。
『諸君ッッ! 我々の夢がついに成就される刻がやって来たッ! それは何か!? 答えてくれ、諸君ッ!」
 ゼロの激しい呼びかけと共に、全員が右腕を空中に突き出し、叫び、雄叫ぶ。
「ウォォオオッズッ!」
 満足した様にゼロはにありと口元をにやつかせると、声を張り上げて続けた。
『そうだッ! 闘いだ! 戦争だッ! 殺し合いだッッ! それによる混乱ッ! 我々は長き刻を待ち続け、ついにこの瞬間を迎えたのだッッッ!!! つい先ほどアニーの報告により、人間から訪れた人間達が集結したとの事が解ったッ! だがしかしッ! これはピンチなのだろうか? これは、我々にとって焦るべき事態なのであろうかッッ!? 否ッ! これは始まりであるッ! 人間界から訪れた人間どもを手始めに引き裂き、我らが力を我々の観測者を気取る、偽善たる、ドリームメイカーズに見せつけよッッ! それから待っているのは諸君の待ち望んだウォーズだッ! もはやドリームメイカーズとの闘いは避けられぬだろうッ! しかし、諸君等の力によってそれは殲滅されるッ! 五年前奴らが起こした狂気の戦争を我々の手で再現するのだァァアアッ! 今度は国などと、その程度で収まるレベルでは無くッ! 世界、そう、この世界をも、戦争という本能で満たし、戦ってッ! 戦って! 闘ってェエエエエッ!』
 そして……
 ゼロが次の言葉を叫ぶ瞬間に、再び全員は右手を突き出し、そして、叫ぶ。
『「殺せッ! 殺せッ! 殺せェエエエッ!」』
 更に興奮しきった状態の会場に、ゼロはまだ叫び続ける。
『諸君ッ! 私は戦いが好きだッ! この世は弱肉強食、一握りの強者だけが、弱者を支配し、頂点に立つべきなのだッ! そう、支配だッ! 負けた者の気持ち等察する事無く、弱者に対する欲望のままに行動するッ! 犯したければ犯し、はべらせ、欲が満たされるまで続ければ良いッ! 殺したければ納得のいくまで引き裂いてやれば良いッッ! 全てを奪いたいなら何もかもを奪い、全てをもぎ取ってやれば良いッ! 諸君ッ! 私は戦いが好きだッ! 弱者が苦痛によがり、トドメを刺す時を想像したまえ、それは絶頂すら覚える最高の瞬間なのだッッッ! 諸君、今一度問う、諸君等の求める物は何かァアアアアァアッ!?』
「ウォオオズッ! ウォオオオオズッッ! ウォオオオオオオオオオオズゥウウウウウッ!」
『よぉおおおおっしッッ! よしよしよしよしよしよしよしッッッッッ!!!!!! 作戦は第一段階を迎えるッ! 我が有能な部下十数は人間界から来た人間共を血祭りに上げる。総員、全面的に彼らを支援し、必要とあれば加勢せよッッ! ジェノサイド・クルセイダーズッ! 作戦開始だッッッ!!!!」
「オォオオオオオオッ!!!!!!!!!!!」




 ――これは、サイサリスに集結した元・人間達をアニーの部下であるミツハニー達が監視し、
 ――それをアニーが報告した事によって発動された、一連のゼロの野望である。
 ――第一段階で元人間達を殲滅し、それをドリームメイカーズが知れば、必ずゼロと組織を潰しにかかるだろう。
 ――それによって恐らくドリームメイカーズとジェノサイドクルセイダーズは総力戦を迎えるだろう。
 ――しかし、それによって再び悪夢がよみがえるのだ。
 ――五年前の戦争が。しかも、今度は指導者がゼロである事から、混乱は更に規模を大きくして、世界にもたらされるだろう。
 ――残された道は一つしか無かった。
 ――ゼロの率いるジェノサイドクルセイダーズの作戦を、第一段階で崩壊させる。
 ――それはつまり、刺客達を倒し、最後にはゼロまでをも倒すという事である。
 ――望みは一つだった。
 ――元・人間達。
 ――この作戦の裏に隠された、ゼロの元人間達への恐怖を、誰も知ることは無いだろう。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 戦うことが苦手だった、というより、嫌いだった。
 まだ幼くてレベルも低かった頃、不良ポケモンの戦いに運悪く巻き込まれ、瀕死の重傷を負ったことがある。それ以来、あのような怪我をもう一度負うのも、負わせるのも、怖くなってしまった。
 当然、バトルをしなければ経験値は貯まらない。強くなることなど叶いはしない。
 それでも、構わなかった。自分は、強靭な体も、最強の技も欲しいとは思わない。ただ、平和に暮らせていればそれでいい。

 ――当時は、そんな風に思っていた。今から思うと、あり得ない話だが。

 そんな折、食べ物を探しに住処である山を降りて、近くにある森に出かけ、そのまま道に迷ってしまったことがあった。
 勿論、山に食べ物がなかったわけではない。だが、弱い者は僅かなおこぼれに与れたら良い方であり、自分はそれにすら与れないほどの弱者だったのだ。
 その森にはこれまで何度か来ていたが、どこで道を間違えたのか、気付いたら帰れなくなっていた。
 夕暮れ時であたりは薄暗く、木々に遮られるので既に闇が広がるところも出始めていた。
 非常にマズい。もし他のポケモンに襲われでもしたら……。
 幼い頃の恐怖が、頭の中を駆け巡る。
 必死になって進んでいくと、右の方から、がさがさという音がした。
 思わず振り向くと、そこから小さなポケモンが出てきた。
 コラッタ、だった。元々大きさがない種族ではあるが、そのコラッタは普通よりも更に小さかった。恐らく、子供だったのだろう。彼も道に迷ったのか?
 お世辞にも鋭いとはいえない可愛らしい前歯で、コラッタは精一杯こちらを威嚇してきた。こちらに戦う意思がないのは明白なのだが、その判断もつかなかったらしい。
 経験のなさ故の浅はかな考えだったのか、単純に怖かったのか。
 こちらが何かをするより早く、そのコラッタは飛び掛ってきたのだ。

 ただの子供。相性的にも全く怖くない、小さなコラッタたった1匹。

 だが、そのたった1匹が飛び掛ってきた瞬間、頭の中が真っ白になった。
 その空白を一瞬で埋め尽くしたのは、恐怖、恐怖、恐怖。
 ひたすら恐れる感情だけ、だった。
 ――脳裏によみがえる、過去の光景。
 狂ったような笑い声と、自分のものとも他のポケモンのものともつかない悲鳴。
 体中に激痛が走る。逃げたくても逃げられない。
 目の前が真っ暗になる。体を支える力すら、残っていない。

 ……自分は、死んでしまうのか?


 気が付いたら、目の前が真っ赤になっていた。
 それは自分の血であるはずなどなかった。
 だが、目の前の草が、小石が、木の幹が、全て真っ赤に染まっていた。
 そんな大量の血が、あの小さな体から流れ出たなんて信じられない。
 ――けれど、自分の血であることはもっとあり得ない。この体に、血など流れていないのだから。
 そう、認めざるを得なかった。
 血溜まりの中心に、人形のように力なく横たわっている小さな体――その体から、自分が血を流させたのだと。

 自分が、殺したのだと。
 本能的に発動させた『技』で、自分はいとも簡単に、小さな命を奪ってしまったのだと。

「はは……」
 知らず、口から乾いた笑いが漏れていた。
 頭の中を、ある思いが満たす。
 ――そうか、生きているものというのは、こんなに簡単に死んでしまうんだ。
 だからあの時、自分も死にかけたんだ。自分の命は、簡単に消えてしまうものだったから。

「違う……」
 何が違うんだ、正しい考えだろう? 特に自分は弱いんだ。戦わず生きるのは楽だけれど、その分死ぬのも楽なのだ――
「違う!」
 口に出して、叫んでいた。
「弱くなどない! 絶対に、死ぬはずなどないのだ! でなければ……っ」
 ここに来て、やっと気付いた。
 他人を傷つけるのも、傷つけられるのも怖かった。
 けれど一番怖かったのは、自分が『死』に関わることだったのだ。


 コラッタの側まで行って、その亡骸を見下ろした。
 動かないその体は、先程よりも更に小さく見える。
 簡単に消えた、小さな命。
 消したのは――自分、だ。
 戦いからひたすら逃れようとしていた自分が、皮肉にもあっさりと消してしまった。
 それだけのことが出来る力は、戦うことを身に着けた種族・ポケモンである自分に、生まれた瞬間から備わっていたもの。
 生まれつきの力で、ポケモンはポケモンの命を簡単に奪える。

 ――なんて面白いことだと、そう思わないか。
 純粋に、そう考える自分がいた。
 自分が死ぬのは怖いのに、他人の死は面白いのか?
 すぐにそこに思い至り、慌てて今の考えを消去しようとする。
 だが、その考えはすぐに脳内に広がった。
 そうだ、他人の死を左右できるほどになれば、自分の死が怖いなんてことはなくなる。
 どうしてそんな単純なことに、気付かなかったのだろう。
 ――いや、気付いてはいたんだ。ただ、他人の死にも関わるのが怖くて、考えないようにしていただけで。
 けれど、自分の力で他の命を奪えること――その愉(たの)しさを、知ってしまった。
 もう、強くなる以外に、自分が生きる道はないように思えた。

  *  *  *  *  *

「(それで……もう住処には、帰らなかったのだったな。レベルが低いせいで最初は苦労したが、戦いを重ねれば重ねるほど強くなれた。破壊と殺戮を繰り返せば繰り返すほど、更なる戦いへの渇望も増していった――まぁ、それは今でも変わらぬがな)」
 そうしているうちに『あの方』に会い、期が熟した後の戦いを確約することを条件に殺戮をやめてから、もうすぐ5年が経とうとしている。
「(早いものだ――)」
「あ、ブロウ見つけた!」
「…………む、小娘か」
 可愛らしい高い声で、彼の物思いは中断される。
 とてとてと走ってきて、彼の目の前にたったチェリムは、不思議そうな顔で小首を傾げた。
「なんか、いつもより反応遅かったよ? Are you okay?(大丈夫?)」
「いや、昔のことを思い出していただけだ。して、何の用だ?」
「あ、そうそう! ゼロ様から召集かかってるよ! チサノ達『ジェノサイドクルセイダーズ』全員にね」
 そうか、いよいよか……。
 自然と、胸が逸(はや)った。ずっと我慢していた戦いを、殺戮を、思う存分に行える時がいよいよやってくる。
 彼――ドータクンのブロウは、ふわりと地面から浮き上がった。
「じゃあ、チサノ他の人達も呼んでくるから、先行ってて!」
「言われなくてもお前など待たん、小娘」
「うわっ、ひどいよぉ。You're mean!(意地悪!)」
 チサノの言葉を無視し、彼は『あの方』の元へと向かうことにした。

 彼に殺戮と戦いを約束した、ゼロの元へ。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ――ある時の夢の話をしよう。
 ――折れた翼。折れた剣。折れた使命。そして、堕ちていく僕。
 ――何もなく、最後にたどり着いた花園で、誰かが話しかけるんだ。
 ――Who are you?
 ――僕は……僕は……

 何かに、名前にたどり着かない結末。居場所すらない孤独。
 いつの間にか、僕はあそこを飛び出していた。
 自分自身を捜すために。
 そして、僕は出逢ったんだ。彼と。
 そして、そして、そして


「サエル?」
 サエル。そう呼ばれたサンダースは、淡い眠りから一気に現実へと引き戻された。
 先ほどまで見ていた不思議な光景。そして、記憶の事が、頭から抜け出て、不思議な夢だった程度にしか記憶していなかった。
「えっと……何だっけ?」
 眠い目をこすりながら、周りを見渡した。
 聖堂と言えそうな広い講堂の中には、もはや彼と同僚のマグマッグしか居なかった。
「お前、やっと起きたな」
「やっと?」
 そこでサエルは眠い目をステンドガラスへと向けた。
 光を浴びて虹色に輝くそれは、彼を潤し、肌の乾きをさらっていく。徐々に徐々に、頭がやっと起きてきていた。
「ああ、そうか……ゼロの演説だっけか」
「だな。でも、お前最初の最初でねちまってたけどな。あんなうるさい中で」
「寝ればどこでも同じなのさ。でも、起こさなくても良かったのに」
 言って、やっとサエルは同僚に目を戻した。
「そうはいかねぇ。俺はお前に伝令しなきゃいけねーのさ」
「伝令?」
 また任務か……と、憂鬱そうに小さくため息をついて、サエルは目線を同僚からかすかに逸らした。
 同僚は気づいた様だったが、疲れが溜まってるのだろうと解釈したのか、あえて続けてくれた。
『作戦通りに開始せよ』
「やっと始まるのか……約束の時が」
「約束の時? は?」
「いや、こっちの話。伝令ありがとう、じゃ、僕はもう」
「ああ。一暴れしてこい!」
 そう言われがらも、サエルは複雑な思いで講堂を出、一度自分に与えられた一部幹部や要員用の個室へ走った。
 サエルが入りやすい様に押せば開く仕様のドアを突き破る如く開けて入り、設置された電話まで急ぐ。
 やはり、伝言が一件残っていた。
 この時代に入って急速に発達した通信技術によって一部衰退を見せているファクシミリ付き備え付け型の少々大きめな電話。これは、最後の足掻きとして儲けを出すために様々な追加機能を用意していたが、その一つである逆探知機能と傍受通報機能は作動していなかった。これは、逆探知によってこちらの居場所を探られていないか、またはこの電話を傍受されていないか、というのを探れる機能で、未だに警察が備え付け型電話を利用しているのもこの機能があるからなのであるが――ともかくそれに安心しながらも、サエルはリダイアルする。
『私だ。待っていたぞ』
「団長……」
『既に組織は解体されただろう? 私はもう、団長では無い』
「いえ、それでも僕にとってはいつまでも」
『……まぁいい。ともかく、提示報告を開始しろ』
「はい。ついにゼロが、動き出す様です」
『……約束の時か』
「ええ、全世界が支配される時。支配でしか、平和は産めない……その理想は、ついに実現するかと」
『うむ。全面的にゼロを支持しろ。しかし、最悪の場合は――』
「解っています。ゼロの野望が失敗した時、その時は、僕もあちら側に加わって、ゼロを始末します」
『確認は終わった。……サエル、では、後を任せるぞ』
「了解です団長」
『私はしばらく姿を隠すが、野望が失敗に終わった時、または成功した時、その時はまた、この番号に連絡を』
「YES, My Lord……我が永遠のRX団長」
『……ふん』
 電話を切ると、サエルはこの電話自体の存在を悟られぬために電話のデータをリセットして、部屋を出た。 
 始まる、始まる、始まる始まる始まる……!
 それは何か? 悪徳。そう、悪徳悪徳悪徳悪徳! 悪徳の世界である。

 サエルは一枚の写真を持ってそこを出た。それは、エルジアというヒトカゲの少女の写真。
 サエルは、彼女と、その仲間の襲撃を試みる事にしていた。
 平和。それは支配から産まれるものだ。
 支配されれば、人が戦争を起こす事は無い。
 それが、自分に、かつての、五年前の戦争で孤児院を飛び出した自分に唯一の使命をくれた人、RXの教えなのだから。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 これは元人間達が帰れなくなった時から2日ほど遡る話になるのだが、
「お前、何なんだよ!」
 またこれか……と思っている男子がいた。
 名前はDrルイージ。……と言っても本当の名前ではなく、ネットで使っているハンドルネームだ。
 彼は学校で所謂「いじめ」と言うものを受けている。最近「いじめ」が問題になって自殺する事件が相次いでいるが彼はそんな事はしない。何故なら死ぬのがアホらしかったのだ。というよりこの現実と言う世界に未練があった。
 今日もまた彼は言葉による非難を浴びる。そのうち
「はぁー、奴らの考えを修正してやりてぇなぁ……」
 どこかのキャラのようなことをつぶやくようになった。

 そんなある日、学校から帰った彼は学校のクラスの話を思い出していた。
「なぁー、最近、ポケモンの姿になってポケモンの世界に行けるっていうの知ってるか?」
「今更ポケモンの話って……。俺達中2だぞ? ポケモンは金銀だけでいいんだよ」
「まぁ、落ち着けって。その世界はすげぇよかったんだよ。名前を入れればすぐだし。お前ん家パソコンあるんだろ?アドレスを教えてやるよ」
「生憎パソコンはあってもネットなんかできねーよ!」
「あ、俺行った事あるよ。よかったぜー、今度俺ん家来いよ。やらせてやるよ」
 こんな会話。チラっとは気になったがデマに決まっていると思っていた彼はその話を軽く受け流した。
「ポケモンの世界に行ける? ヘッ、アホらし。ポケモンはゲームやら何かでしかないんだよ。あいつ、なんかの夢でも見てたのか?」

 だが内心は気にしていた。今彼が部活で書いている小説は二次創作ではあるが現実とパソコンがゲートのカントー地方が繋がっていると言うものだ。まさしく、その逆パターンである。
 そして彼はパソコンを立ち上げ、非公式ポケモンサイト「ポケ書」へと向かった。
コミュニティに着いた途端、1つの警告らしきものが。

 『dreammaker.exeを起動しますか?』

「なんじゃこりゃ? ドリームメーカー? 非公式サイトもウイルスを配る時代になったのか?アホらし……。そんな単純な罠にかかるとでも思ってるのか?」
 と、『いいえ』をクリック。
 その後数日間、ポケ書にアクセスするたび、警告が出ていた。正直『いいえ』を押すのが面倒くさくなってきた……。そう感じた彼はいっそのこと騙されたと思って、『はい』を押す。
 一瞬の光とともにパソコンの前にいた人影は消えた。「Drルイージ」と言う名前だけ残って……。

「……静かだなぁ……。てか、えぇ?! ……ルカリオ!?」
 Drルイージは景色を楽しむまもなく、自分が今なっている姿で我に帰る。彼はルカリオになっていた。
「正直エルレイドのほうがよかったなぁー……」


 しばらく辺りを見回し、ポケモンになった事を実感する。
「奴が言っていた事は本当なんか……。てか、どうやって戻るんだ? ま、戻ってもアホらしいことばかりでつまんねーからしばらく要るかなぁー」
「なら、ボク達の所に来ませんか?」
「! 誰だ! ……ハッ!」
 何処からかエナジーボールらしき攻撃がDrルイージめがけて飛んでくる。が、Drルイージは何かのセンスでその攻撃を回避した。
「フフフフフフ。なかなかですね」
「!? ロズレイド!? ……ポケモンだけの世界ってことは。まあ、他のポケモンもいるってわけだからな……」
 ロズレイドは妖しく微笑んだ後、話を続ける。
「キミは、名前をなんと言う?」
「……Drルイージ」
「Drルイージさん、貴方はさっき現実がつまらないと言いましたが」
「えぇ、言いましたよ。どこに行っても非難の嵐。もうこりごり」
「さっきも言ったようにボク達の所に来ませんか」
「……は?」
「つまらない、今の世界を壊し、新たなる世界を築く。それができます」
「……アホらし」
 そうは言ったものの、Drルイージは悩んでいた。彼は差別さえなくなればそれでいい。差別があるからこそ現実はつまらない。そんな考えを持っていた。だが、確実にそれは実行されない。差別する奴はアホばかりで殺してやりたい。ならば今の世界を壊してしまおうか。

 差別ヲ無クスヨリ世界ノ破滅ヲ最優先トスル……

「いや、一つ聞きたい、簡単に世界を壊せるのか?」
「はい。 さぁ、どうしますか?」
「……わかりました。その誘いに乗りましょう」


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ――馬鹿な!
 ――あるはずがない……こんなこと
 ――ありえんのだ私が早さで負けるなど……
 ――あってはならん
 ――私は『最速』スピードキンg
「起きてください!!」
「ぬぉう!」

 シンオウ地方のある森の中、夢を見ていた金色に輝く色違いのテッカニン、本当の名は誰にも語らず自ら名乗るは『最速の男・スピードキング』
 彼が昼寝をしていたところ、耳元でのハイパーボイス級の大声によってたたき起こされることとなった。
 起こした張本人を探してみると1匹のペラップが立っていた。
「む、何者だ?」
「伝令係です。というか何回か会っているんですけど」
 呆れたようにペラップがつぶやく。
「ふむ、覚えていないな、全く。フハハハハ まぁいい何の用だ」
「ゼロ様から招集に応じなかった者全員に伝令です。 『時は来た、暴れだせ』……以上です。」
「……それだけで伝令を出す意味があるとは思えんが……それより招集とは何だ?わたしは聞いていないぞ」
「あなたが通信機持ち歩くか一か所にとどまってくれればいいんですよ! あなたを呼びに行った伝令が見つけ出ないまま最後には過労で倒れました、僕が捜せ出せたのも奇跡に近いです!」
「そうか、まぁ細かいことは気にするなフハハハハ、まぁたとえ聞いていたとしても行かなかっただろうな」
 肩を落とし胃を押さえるペラップ。
「いつか胃に穴があく……たまにあなたがなぜゼロ様の下にいる、というか組織という枠組みにいるのか気になるんですが」
「奴との馴れ初めか、聞きたいか?」
「たぶん疲れるだけで本当のことは言わないでしょうからいいです。では僕はもう帰りますから」
「待て」
 キングは飛び立とうとするペラップを留める
「何か言いたいことが?」
「少し動くな、巻き込まれたくないのならばな」
 そう言うと羽を広げはばたかせ始める。
 強い風が起こり周りの木々が揺れ……
 と、次の瞬間キングの姿が消える
「! まさか、消え」
 た、とそう言い切る前に元の位置に現れるキング
 そして木や葉の陰に隠れていたポケモンたちが崩れ落ちる
 その数は約10
「こいつらは一体……?」
「大方私に恨みのある輩が送り込んだ刺客であろう…運のない奴らだな夢見のせいで私はいま気分が悪い」
「心当たりは?」
「ありすぎて見当もつかん、弁当でも盗んだかなフハハハハ」
 ペラップは誰かが言っていたセリフを思い出す
『あいつが敵でなくて本当によかった』
 心の中で同意する
「ところで、どんな悪夢を?」
 ふと気になったことを聞いてみる
「最速として追われるものの恐怖が呼んだものというべきか……早さで私が敗れる夢だった」
 キングは遠い眼をして言う。

「カビゴンに早食いで負ける夢だ……」

 一瞬動きが止まる。
 が、次の瞬間なんとも言えない感情がペラップを動かした。
「か、勝てるわけがないでしょうが!」
「いや勝てるなぜなら私は最速だからだ! フハハハハハ! ということで勝負を挑んでくる、ゼロには『勝手にやっている』と伝えておけフハハハハハ!」
 そう言い残しあっという間にキングはその場を離れていく。
 残されたペラップは誰かが言っていたセリフを思い出す。
『あいつが味方で良かったと思ったことは一度もねぇ!』
 胃を押さえつつ大きくうなずいた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

[558] 小説 《Dream Makers U》 第三章 (2)
あきはばら博士 - 2008年05月29日 (木) 19時40分

   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 サイサリスで一夜を明かした元人間達は、朝食を済ませた後それぞれのチームに分かれて別々の方向に向けて歩み始めた。
 さすがは食料品屋と言うべきなのか、全員分の夕食と朝食を用意してもサイサリスの食料は無くなりはしなかったが、半分以下になってしまったとか。
 皆を送り出すアッシマーの片目には大きなクマを湛えていたとか、そういう話は関係ない話として……。

  *  *  *  *  *

「さいっこーうーの〜 ボロボロぐつっさぁ〜!」
 ハクタイの森の外れを、賑やかに歌いながら行くポケモンの影が三つ。
 イーブイにヒトデマン、そしてアブソル。一見、全くつながりのないポケモン達である。
 PQRとセイラ、それから銀月クラヴィスの三人だ。
 叫んでようが喚いてようが即就寝できるセイラと、徹夜に慣れていて目覚めに強いPQRに対して、昨晩あまり眠れなかったクラヴィスは寝不足だった。

「いつの間にかっ!」
「「タイプワイルド!!」」
「少しづつだけどっ!」
「「タイプワイルド!!」」
 主に歌っているのはPQR。……こだわりなのか、妙に声に力が入っている。
 それから、勢いよくノリノリでサビを一緒に歌うセイラ。
 少し恥ずかしそうに、同じく声をあげる銀月クラヴィス。

「もっともっとっ!」
「「タイプワイルド!!」」
「強くなるよぉ〜っ!」
「「タイプワ〜イルド!」」
 ひとしきり歌い終わり、スッキリした顔のPQR。
「おお〜っ PQRさん、意外に歌上手いんだね!」
 感心した様子で拍手(?)を送るセイラ。
「いやいや……そんな事ないですよ〜。 自分、人前で歌うの慣れてませんし……キンチョーし通しでした」
 照れくさそうにポリポリと頬をかくPQR。
「私も…… ……歌ってて、ちょっと楽しかったけど」
 と、クラヴィス。
「……そういえば。銀月さん、ちょっと声小さかったですよね?」
 PQRがクラヴィスの方を向いて、そんな事を言う。
「え……そ、そんな事ないよ」
「いやいや〜 自分にはセイラさんの声のほうがよく聞こえましたよ?」
「そう?」
「……セイラさんは元気いっぱいに歌ってましたから。私にはそんなに――」
「ん。 ここは一つ、次は銀月さんメインで何か歌ってもらいましょうか!」
 クラヴィスの言葉をかき消すように、PQRが言い出す。
「おお! 次はクラヴィスさんの番ですね!」
 楽しみに待ってました、とばかりに中心のコアを瞬かせてセイラが反応する。
「ええっ!? そんな、私は別にいいですからっ!」
 慌てて断りを入れようとするクラヴィス。
 そこへ、諭すようにPQRがいやに笑顔で語りかける。
「いやいやいや、はじめはそんなに乗り気じゃなかった自分だって歌ってるうちにだんだんノリノリで歌えちゃったんですし、歌を通して自分やセイラさんに馴染んでいただけるなら嬉しい限りと言うか」
「は、はい……」
「まあぶっちゃけると、この流れで自分が歌ったのに銀月さんに流されるとなんと言うか癪だと言うか要するに自分が歌った意味合いが半減しちゃうんですよ。だから観念して歌ってください」
「はあ…… って、ええっ!?」

  *  *  *  *  *

 森の中。

「失礼致します。お楽しみの所、申し訳ございません」
 ミツハニーの一匹がやって来、かしこまって言う。
「……定時か。 そろそろ来ると思って居ったわ。 苦しゅうない、楽にしてよいぞ」
 蜜の注がれた器に口をつけつつ、報告を聞くために耳を傾ける。
「はっ ……偵察隊からの報告によりますと、対象三体は我らに気付く様子もなく予想地点へと移動を続けております」
「ふむ。 ……彼奴等は相変わらず喧しく騒いで居るのか?」
「そのようです。 ……如何致しますか、アナスタシア様」
 その問いに、アナスタシアはもう一口、優雅に蜜を啜ったのちに事も無げに答える。
「早々に始末せよ。 喧しく騒がれては、折角のハニータイムが台無しじゃ」

  *  *  *  *  *

「……!!」
 アブソルの銀月クラヴィスがぞくりと何かに反応し、弾かれるように慌てて顔を上げる。
「? どうしたの?」
 その突然の反応に驚き、セイラがクラヴィスに尋ねる。
「くる…… 何か……悪い事がくる……!」
「悪い事? ……まさか! アブソルの災いを知る能力ですか……!?」
 急に青ざめた表情のクラヴィスに、PQRが様子を察して問いかける。
「何? それってもしかして敵? ……あっ! PQRさん、後ろ!」
 セイラがPQRの後ろ側を指して声をあげる。慌てて振り向いたPQRの視界に写ったのは、高速で飛んでくる小さな何かと……。

  べちゃっ

「んがっ!?」
 直後に視界いっぱいに広がる蜜色。そしてとろける様な甘い香り。
「あぅあ……何ですかこりゃ。 ……甘い蜜?」
 PQRは顔の正面からモロに甘い蜜を被ってしまった。……先程飛んできたのはミツハニーだったようだ。
 すれ違いざまに手を滑らせたのか、持っていた甘い蜜をPQRに浴びせて飛び去って行ってしまった。
「あーあ……大丈夫?」
 セイラが心配して声をかける。 ……ついでに蜜塗れのPQRからちょっと掬いとって味わいながら。
「はい、大丈夫ですよ〜。 ……あ〜、でも自慢のもふもふが甘い奴でベトベトです」
「あ! ひょっとして、これがクラヴィスさんの言ってた悪い事かな!?」
 ひらめいた、とばかりにセイラはぽんと手(?)を打つ。
「や〜、こういう悪い事なら大歓迎ですが。自分、甘いのは好物ですし。  ぅは、甘い……」
 自分の毛に付いた蜜を舐めとるPQRも、幸せ半分の表情だ。
「……、銀月さん?」
「ちがう……  まだ…もっと大きい、嫌なのが……っ!」
 PQRが再びクラヴィスの顔を覗き込む。
 依然として…… いや、むしろさっきよりも青ざめた顔をしてクラヴィスは言った。

  ガサッ  ガサガサッ

「わっ…… なになに!?」
 突然セイラの近くの茂みが揺れた。
 ……直後、コンパンが顔を覗かせる。

  ガササッ

 続くように、反対側から同じようにカイロスが現れる。
 どうやら、この辺りに住む野生の者達のようだが…

  ガサガサ ガサガサガサガサ

「これは……ひょっとして、囲まれてます?」
 ミツハニー、ヘラクロス、ガーメイル、スピアー、ミツハニー、ストライク、モルフォン…
 気が付けば、周り中から一様に虫ポケモンが顔を覗かせている。
「何だかピンチ? まさかこの人達、全部敵なの!?」
「いや…… 見た目は野生っぽいです。けど……」
 そう。目が違う。普通じゃない。
 通りがかりに顔を覗かせた、などというレベルではない。明らかに目をギラギラと輝かせ、一つの意思の下にこちらを狙っている……。
「……アレ? まさか、コレって……」
 ふと気付く。 ……周りにいる者達は、全てPQRを見ている。すぐ側のセイラやクラヴィスには目もくれずに。
「……さっきの甘い蜜!?」

  *  *  *  *  *

 器の蜜を飲み干し、甘い溜息を一つ。…それから、独り言を口にする。
「さて……ゼロ様の言うニンゲンとやらがどれほどのモノか。わらわも高みの見物と行こう……」
 アナスタシアはゆるりと背の羽を広げ、森の木々の上へと飛び上がっていった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ハクタイの森と呼ばれている深い迷いの森。
 しかし迷いの森と言っても道順さえ覚えれば大丈夫なので慣れている人達にとっては普通に長い森の道なのだが。
 その森の中に、背中にリュックを背負ったやや汚れた茶色のローブを身につけている二ャースとヨマワルがいた。
 ニャースの名はレオードといって猫旅堂という行商人を行っている。ヨマワルの名はマヨといい、情報屋を行っている。今、この二人が対話しているのは森の中でマヨと偶然遭遇したレオードが無理矢理情報を売られていたからだ。
 本来ならば情報を聞く前にさっさと帰るのだが、今回はとんでもない情報を聞かされてしまった。

「……元人間が帰れなくなった?」

 レオードはマヨが語った「元人間がいきなり帰れなくなった」という情報を聞き「詳しく話せ」と目で強く睨みつけて説明を求める。その睨みに慣れているマヨは平然と情報源について説明する。
「そや。わいの友人からポケギアで聞いた目撃情報なんやけどな、何でも情報局で帰れないからって局員に八つ当たりしおったサンドがおるらしいんや。連れのイーブイはペコペコ必死で謝っておったのも目撃とのこと」
「おいおい、それは確かなのか?」
 説明を聞いたレオードが一転して呆れたような表情になる。ポケギア越しに聞いた目撃情報についてはマジなのかどうか信じにくい情報源であり、尚且つその内容があまりにも馬鹿馬鹿しいものだからだ。
 マヨの友人からの目撃情報は元人間のあきおとPQRによる情報局での一騒動であり実際にあった出来事なのだが、生憎とこの二人がそれを知る術は無い。
 情報局での騒動を知らないので半信半疑なレオードの言葉を聞き、マヨは怒って声を荒げる。
「情報屋のマヨを信頼できないわけぇ!?」
「それだけでは証拠が足りないと言っているんだ。他に情報は無いのか?」
 金はちゃんと払うぞ、と付け足すとマヨが「天変地異の前触れ?」と聞いてきたので即座に否定してやったレオード。
 冗談だと笑いながらマヨは、もう一つの情報について話し始める。
「もう一個あるから心配せんでえぇ。まぁ、これも友人からのポケギア情報やけどな。あっ、さっきの奴とは別人やで?」
「どんなのだ?」
「無駄に叫びまくるチコリータ。片っ端から草原の道を通りかかる奴等に話しまくっていたらしいで」
「あぁ、それは俺もセンターで耳にした」
 近くの席に座っていたら聞いただけなのだが、近くの草原で馬鹿みたいな大声で道を尋ねるチコリータがいる事については知っている。ちなみに読者は言わなくても分かるだろうがこのはた迷惑なチコリータとは若菜の事である。
 普通に尋ねればいいだろ、とかポケモンなんだから自分で探せよ、とか見事なブーイングだったなとレオードが思い出していると、マヨが何処か真剣な表情で迫りながら尋ねてきた。
「あくまでも推測やけどな、こいつ……マドンナちゃんや情報局の漫才コンビと同じ元人間ちゃうん?」
「多分な。それにyunaとは違い、新たにやってきた新入りっていう可能性が高いだろう」
 そうでなければ普通はしない行為だ、と辛口の意見を付け足すレオードにマヨはその手厳しさに苦笑しながらも内心同意していた。

 レオードの口からこぼれた元人間のyunaという名前についてだが、この二人は彼女を知っていても無理は無い。何故ならばyunaが一番初めに出会ったポケモンはレオードであり、彼が行っている猫旅堂のお手伝いであるからだ。マヨは猫旅堂と親しい情報屋である為、結構面識がある。要約してしまえば二人ともyunaとは一年間の付き合いであるということだ。
 ちなみに何故マヨがyunaの事をマドンナちゃんと呼ぶのかというと、理由は「一匹狼のレオードが女の子連れてるって事は嫁決まりや!」という凄まじく馬鹿げたものであった。勿論これを言った直後レオードとyunaの両者に殴られたのは言うまでもない。

 上の説明ではちょっと可哀想なムードメイカーなマヨであるけれど、この状況下ではシリアスな面影で口を開く。
「……そうやったら、マドンナちゃんも帰れんのかねぇ?」
「お前の情報を信じるならば、そうなるな」
 レオードの返答は何時もと同じクールな言葉。
 少なくとも人間達にとっては大問題な事件だというのに、自分とは無関係といった感じの彼の様子にマヨは頭痛を感じてしまう。
 完全に無関係ならばマヨも頭痛を感じないのだが、レオードはyunaという人間の少女をお手伝いとして同行させているのだ。それなのに当の本人がこんなにクールとは……本当に頭が痛くなってくる。
 マヨの心境も知らずに、レオードはそろそろ町の方に行こうとマヨに別れを告げようとしたその時、草むらから騒がしい音が聞こえてきた。

  ガサガサガサッ!!

 明らかに何かがこちらへと接近している音にレオードが身構える。マヨは体をビクッと震わせると急いでUターンさせる。
「わ、わいは……戦闘嫌いやから先に帰っておくわー! 情報量はツケねー!!」
 後始末をレオードに押し付け、逃げ出したマヨ。レオードはマヨの逃亡に呆れ長柄らも、ローブの下に身につけた道具に手をつける。それと同時に草むらから二匹のムックルが飛び出してきた。
「旅猫堂だっけ? お命頂戴するー!」
「恨みは無いけど、金の為じゃー!」
 何とも分かりやすい。誰かに雇われた刺客なのを自分からアピールしている。
「電撃波!」
 レオードは飛び出してきたムックルの内の一体に対し、先手必勝と言わんばかりのスピードで電撃波で攻撃する。
「ピギャアア――!?」
 飛行タイプに電気タイプの攻撃は効果バツグンなので、あっさりと攻撃を喰らったムックルは地面に落ちる。
 弱そうに思えたがこれは想像以上に弱いな、と思いながらもレオードはもう一体のムックルに目を向ける。
「あ、兄者の仇! 許さ」
「言ってる暇があるなら攻撃しろ」
 もう一体のムックルが言い終わる前にレオードはローブの下に持っていたゴローンの石を投げた。

  ゴンッ!!

 見事にもう一体のムックルの顔面直撃。
 明らかに不意打ち(というかずる打ち?)の攻撃に痛みの悲鳴を上げながら文句を言う。
「いぃっでぇぇぇぇぇ! 何しやがる!」
「隙だらけだ、ボケ」
 しかし相手のレオードはそれを聞かずに、再びゴローンの石を投げた。

  ガゴッ!

 非常にいい音が響いた。今度は腹に直撃した。
「は、はらひろへ〜……」
 さすがに石を二個分喰らったのがきつかったのか、兄者らしきムックル同様気絶して地面に落ちたもう一体のムックル。口から汚物が出されているのはこの際無視しよう。
 刺客にしては弱すぎないか、と思いながらもレオードは先に戦闘不能になり、尚且つ気絶してしまっている兄者ムックルに軽いチョップを与えて起こす。
「あいでっ! ちょ、麻痺してるんですけど……」
「レベル差も考えずに勝負を挑んだからだ。お前等、いくら何でも弱すぎるだろ」
「いや、だって前払いされたお金がすっげー額だったし。それに勝てなくてもお金くれるって言ってたんで……」
 ターゲットであるレオードのかなり呆れた様子に対し、兄者ムックルは冷や汗を流しながらもブツブツと言い訳を口にする。その動機理由に大馬鹿だと思いながらも、依頼主の真意を探るべく尋ねる。
「誰だ?」
「え?」
「誰がお前等にヤレと依頼したんだ? 答えろ」
「……えと、言わなかったら?」
「電撃波をもう一発食らわす」
「言います! 言いますからやめてー!!」
 レベル差が違う相手に二発も喰らうのは凄まじくきついので兄者ムックルは顔色を真っ青にして声を上げる。よく見ると半泣き状態だ。
 レオードはそれを聞き、兄者ムックルと向かい合って話を聞く体制になる。兄者ムックルは途切れ途切れながらも、依頼の内容や依頼者について怯えながらも話し始めた。

「え、えと俺たちは無名の傭兵やってんだ。……見てのとおり弱いけど。でも、情報とかをし、知るには、ポケギアとかでコミュニケーションしなきゃ、い、いけない、から、これでも結構ポケギアを通しての知り合いは多いん……です」
「……その中に依頼主がいたのか?」
「えーと、いませんっす。……に、睨まないで! 多分依頼主が勝手に俺らと登録しているポケギアを使ったみたいなんですよ!!」
 必死になって説明する兄者ムックルの言葉にレオードは割り出すのは難しい相手のようだな、と理解する。
「えと、話戻しますね? 今日いきなりポケギアの通信が入ってきて、それが今回の依頼主だったん……です。えと、内容は、“旅猫堂という行商人ニャースに不幸を届けてあげて”っていうの……」

 “不幸を届けてあげて”
 その言葉を聞いたレオードの表情が険しくなる。それを見た兄者ムックルは怒っていると勘違いし、真っ青な顔色で慌てて言い訳する。

「お、俺らはちょっとボコボコにすればいいかなーと思って受けただけですよ!? い、命をとろうとは本気で考えてませんから!!」
「いいから続けろ!」
 言い訳なんかどうでもいいレオードの怒りが篭った言葉に、兄者ムックルは裏返った声で返事をするとどもりながらも説明を再会する。
「はいぃ! えと、えと、そしたらですね、いきなり[テレポート]で鞄を持ったキルリアが現れたんすよ! いや、うん、アレは素でマジでびびりました」
「鞄を……? ってことはつまり、そいつが依頼主か?」
「俺らもそー思ったんですけど、キルリアはただのお金を渡す相手だったんです。前払いっていうのは事前に聞いてたんで、そこは特に驚かなかったんだけど、その、中身が……半端じゃない、額、でした。言葉じゃ言い表せる事が、できないほどの」
 兄者ムックルは鞄の中にギッシリ詰め込まれたお金でも思い出したのか、顔色が少々良くない感じだ。
 どのぐらいだと聞いてみても「だから言い表せないほど」と言われて、明確な量は分からなかったのだが、だいたいの予測をレオードは立てておいた。
 とりあえず話が少し脱線している為、レオードは兄者ムックルに話を戻すように言葉を口にする。
「早く続きを言ってくれ」
「あっ、はい。俺らは、ターゲット……ってか貴方様の写真を貰ったら、その、キルリアの[テレポート]でここまで来て、というか連れてこられて『ここからはあなた方に任せます。どうか不幸を不幸から逃げ出したニャースに届けてください』って言って、いなくなって……。えーと、こっから先は今の状況です、はい」
「なるほど。大体の事情は分かった」

 レオードは兄者ムックルの話した内容を聞き、腕を組んで推理を始める。
 度々現れる“不幸を届ける”という単語、自分を狙う者の存在、得体の知れない金。
 キルリアのテレポートについては、場所ではなくモノもしくは人の事を考えれば飛べるという方法を取ったものだろう。そこら辺は特に驚くところはない。
 ただ、己の推理が間違っていなければ“不幸を届ける”者の正体は間違いなく「アイツ」以外にいない。
 けれども、何故そんなに自分に執着するのだろうか?
 あの時からずっと会っていないし、それに何故今頃なのだろうか?
 まさか、徹底的に“不幸”を与える為に今の今まで機会を待っていたというのか?

「あ、あの……? いきなり黙り込んでどうしました?」
 恐る恐る話しかけてきた兄者ムックルの言葉が耳に入り、ハッと我が戻るレオード。
 なんでもない、と答えてから兄者ムックルと自分が気絶させた多分弟に位置するだろうもう一体のムックルに目を向ける。
 今の話の内容からして、恐らくこれは“大きな不幸の前触れ”を意味させているのだろう。
 こんな事をやる意味がよく分からないけど、レオードはその“大きな不幸”が必ず起こされるのを知っている。
 だから、ここで喋ってる暇は無い。
 そう考えたレオードはリュックを背負い直すとムックル二体に向かって別れを告げる。
「すまんが俺はここで失礼する。それから、この依頼に対しては必要以上に踏み込むな。……お前らにも不幸が届けられるからなっ!」
 レオードはそう言うと体を方向転換させて、出口に向かって走っていく。
 置いていった兄者ムックルの「治療無しっすかぁぁ!?」という叫びも無視。そこまで行商人は慈悲深くないようです。
 森の出口に向かって走りながらも、レオードの脳裏に思い出されるのはあの時のあの光景。

『――これが君の望んだ結果さ! さぁ、どうだい? 君は今、“幸せ”? それとも“不幸せ”?』

 辺り一面を血の海にし、己の体を赤に染めながらも笑う狂ったトゲチックの“ツバサ”と、その手に持つボロボロとなったニャースの死体。
 あまりにも残酷な不幸を作り出す彼奴の笑みを思い出し、虫唾が走る。
 あの時の過ちを繰り返してたまるか、とレオードは強く強く思いながら走っている中、口から相棒の少女の名前がこぼれた。
「yuna……!」
 己と相棒、そしてその周りにいる者達が“不幸宅急便”によって最悪の不幸に陥れられない事になる前に、せめて彼女には再会しなければいけない。
 レオードは何処にいるか分からないyunaと再会する為に、走っていく。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「そういえば、刃さんはなぜ自分を変えたいと思っていたのですか?」
 サイサリスを出発して、再び二人の道中になったことで、歩きながらふとした疑問をアルズは刃に投げかける。
「いや……僕は、人と接するのが苦手で押しが弱くて、いつもいつも周りの人に流されてしまう人間で、日頃からそんな自分が嫌いでいつも変わりたいと思っていても、そこに踏み出す勇気さえも出ず、結局何もできずに日々をすごしていました。だから、そんな自分もここに来れば何か変われるものなのかなぁと。つまり、もっと人と話せるように成りたいのです」
 それを聞いたアルズは笑いながら。
「う〜ん……大丈夫ですって! 刃さんなら出来ます!」
「ほ、本当ですか?」
「ええ!絶対! だって、刃さんって発声法やセリフ回しが良いですからっ!」
「発声法、ですか」
「あとは、雄弁に感情豊かに語る方法さえ身につければ鬼に金棒です」
「雄弁……感情豊か……そ、そうでしょうか……」
「はい、惚れ惚れします」
「………………」
 頬を紅くして照れる刃に、アルズは提案する。
「そうだ! せっかくですから、よりカッコ良く英語で言って見ましょうよ」
「おねがいします!」
「エロキューション」
「嫌なチョイスだっ!!」
 刃は叫んだ。
「または ユー ニード ビー エロクエスト ですね。ううむ、やはりそっちの方面への冒険は必要ですか」
「(くっ……! ここで強く怒ったら、また泣かれそうな気が……くそっ、何も言えない   ん? あれ?)」
 刃は頭を抱えて悩み込んだ後、 ふと、あることに気付いた。
「あれ? ちょっと待ってください。その英文間違っていませんか? 正しくは【You need be eloquent(君は雄弁になる必要がある)】で、クエストではなくクエントですよね?」
「………………え? 違う……? ………………って、ままま、マジですか!? しまったぁああああっっっ!!! もう、首を吊るしかない!!」
 結局泣かれたっ?! と、元々青い顔を真っ青な顔にして慌ててアルズに言う。
「いやっ! 早まらないで下さいって! なんで死ぬ必要があるんですか!」
「大丈夫、まだ大丈夫……知られたのは一人だけだ、証拠隠滅もすぐに終わる……」
「ん? そのニュアンスって…… ちょっと待て! もしかして、首を吊るって僕のことですか?」
「当然ですよ、この失敗を知ってしまったのは貴方の他に誰がいるのですか?」
「い、いや! 待って下さい! 失敗くらい誰だってあるでしょう、だから大丈夫ですって!」
「いや、私はこの10年間失敗をしたことがないことが取り柄だったのに……」
「まさか!」
「ええ、墜落と堕落と没落しかしたことがありません」
「(おちてばかりの人生ってわけですか……)」
「では、聞きますが、私はさっきなんと言った?」
「『雄弁に感情豊かに語る方法さえ身につければ鬼に金棒です』と言いましたが、その先の言葉は全く覚えていません、なんでしたっけ?」
「よしっ!」
「(ふう……)」
 とりあえず、一安心だ…… と刃は安堵する。
「すみませんねぇ……私は勉強に関してはおなざりな奴なので」
「おざなりとなおざり以外で間違える人を初めて見た!」
「ん? なにを言っているのですか? 【おなざり】とは【御名ぞあり】という語の短縮形で、【そのことに関して有名である】って意味ですけど(←大嘘)」
「そうだったんですか!? 知らなかった!」
「まあ、ざなおりってことで」
「上手いこと言った!」
 それぞれ、意味を簡単に説明すると――
 ※御座なり…おざなり:その場しのぎをすること、いい加減なこと。
 ※等閑………なおざり:始めからやる気が無いこと、いい加減なこと。
 ※座直り……ざなおり:シラけた場が再び盛り上がること。
「どうやらこの勝負、私の勝利でしたね」
「過去形で言った! しかも断定形っ!」
「『そもそも勝負をしていないじゃん!』と突っ込まないとは、刃さんもなかなかやりますね。ではそんな貴方に一問一答。エロスに名詞語尾のionをつけるとどんな単語になるかご存知ですか?」
「え〜と…………【浸食(erosion)】?」
「フッフッ(妖笑)」
「…………(怖)」
 刃は頭に手のひらをついて悩み込み、何でこんな人を乗せてしまったのか、何でまたこの人とチームを組むことになったのか、自分の運命を少し呪っていた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 周り中を虫ポケモンに囲まれ、今にも飛び掛られそうなPQRたち。

「狙われてるのって、PQRさんだけだよね? だったら、PQRさんを置いてクラヴィスさんと私は――」
「おお! ナイスアイディア! 確かにそうすれば助かりますね!  ……じゃなくって! それじゃ自分取り残されておしまいじゃないですか!! 見捨てないで下さい!」
 至極当然の案を出すセイラに、PQRはノリツッコミ。……とか何とかやっている場合ではない!
 周りを囲むヘラクロスの内の一体が じり、と距離を詰める。それに呼応するかのように、徐々にその他の者達も詰め寄り…
 そしてその中の気の早い一体が飛び掛り、それを合図にするように一斉に襲い掛かってくる!
「……っあー、くっそ! 仕方ない!! セイラさん! 波乗り一発、手助け付けます!!」
「りょーかいっ! デカいの一発! 行っちゃうよ!!」
「銀月さん、可能なら防御して!キッツイですよ!」
「あっ……はい!」
 PQRが[手助け]をし、セイラがそれを受けて威勢良く大波を発生させる。クラヴィスは被害を受けないように[守り]の体勢だ。

「「いっけええええええええええええええ!!!!」」
 手助け掛けの[波乗り]が、あたり一面のポケモンたちを飲み込む!

「ふうっ 全部やっつけたかな?」
 大波のおさまった辺りを見回しつつ、セイラが言った。
 防御姿勢を解いたクラヴィスが、至近距離で波乗りを浴びたPQRに駆け寄る。
「PQRさん……平気?まともに食らってたけど……」
「けほけほ…… いやいや、平気へいき……。 それより、あれだけでは倒れない連中がまだいるはず――」
 フラフラとしながらも、強がる言葉を吐くPQR。水を少し飲んでしまったのか、時折むせている。
 PQRの言うとおり、虫ポケモンたちにはまだ立ち上がる者が何体もいる。
 だが……先程までと違って、襲い掛かってくる気配がない。むしろ、散り散りになって離れて行く者もいる。
「あれ……? さっきまであんなにいきり立っていたのに、一体――」
「……あ、PQRさん! 甘い蜜……無くなってる!」
「え?」
 言われて慌てて確かめるPQR。 濡れた毛皮には、確かに先程までのベタベタとした蜜の感触はほぼ無くなっていた。
「そっか! 今の波乗りで洗い流されたんだね! 一石二鳥!」
「あはは……確かに。 食らった甲斐があったってモンですね……  けほっ」
 セイラの言にあわせる様にPQRは笑う。……が、やはりダメージは大きいようだ。
「さて、ひとまず、ハクタイまで急ぎましょう。 ……早いとこ休みたいです」
「そうですね。 PQRさん、ちゃんと歩けま――」

「行かせはせぬぞえ。 そなた等の技、しかと見せてもらったわ」

 上空から声。PQR、セイラ、そしてクラヴィスの三人は、はっと顔を上げた。
 そこに居たのはビークイン。そして、無数のミツハニー達がその周りを護るように飛び回っている。
「誰? 会った事無いよね?」
 セイラが言う。もちろんPQRもクラヴィスも、面識は無い。……と、

  ゾクッ

「……っ!!」
 クラヴィスの背筋に、嫌なモノが走る。アブソル特有の白い鬣(たてがみ)が、毛穴からひっくり返るような嫌な感覚。
「(クラヴィスさん? ……まさか、まだ何か来るんですか……!?)」
 ボソボソとPQRが話し掛ける。それに言葉を返さずに、クラヴィスは小さく頷いた。
「ホホ、わらわとてそなた等に面を露にするのは初めてのこと……。臆するのも無理はなかろうぞ」
 優雅に口許に掌を当て、軽く微笑みながら続けるビークイン。
「スミマセン。 ちょっと自分ら急いでるので、話は今度会った時にゆっくりとさせてください。……っつーか、自分ボロボロなんで」
 と、無理矢理にPQRは話を切り上げようとし、セイラとクラヴィスと一緒に足早に道を行こうとする。

 ……だが。

「行かせはせぬ、と申したじゃろう」
 PQRたちの行く手を、ざっとミツハニーの群れが塞ぐ。
 振り返ると、来た道もミツハニー達が固まって塞いでいた。……というより、大量のミツハニーに囲まれている。
「そなた等の先程の戦いで、わらわの下僕が多少なりとも数を削られたのでな。……痛手ではないが、捨て置く事は出来ぬ」
「しもべ? ……ひょっとして私が波乗りに巻き込んだ奴とか、さっきPQRさんに蜜を浴びせたミツハニーも!?」
 セイラが思い返すように口走る。 確かに集まってきた虫ポケモンの中にも、幾つもミツハニーの姿があった。
「合点が行った様子じゃな。 ならば、そなた等の辿るべき末路も自ずと見えるじゃろう?」
 微笑みに、僅かに歪んだ笑みが混ざる。併せてミツハニー達からも、攻撃的な気配が漂ってくる。
 ……否。攻撃的な気配どころでは無い。明らかな、殺気。
「……えーと。 ……代わりに下僕になって、身を粉にして働けと?」
 PQRがおそるおそる尋ねる。この答えは間違っていると、薄々わかっていながら。
「ふむ……成る程、その手もあったか。 ホホホ……わらわとしても、下僕は多いに越した事は無いからのう……」
 目を細め、彼女はさも愉快そうに笑う。
「じゃが、そなた等ニンゲンを生かしておくのはゼロ様の意思にそぐわぬ事。 残念じゃがそなた等の命、このアナスタシアが刈り取らせてもらおうぞ」
「え、命って…マジで!?今度こそホントのピンチ!?」
 セイラが相変わらず素っ頓狂な声をあげる。
 楽天的な彼女も、流石に冗談では済まない状況に驚きを隠せない。
「者共、"かかれ"!!」
 アナスタシアが、ミツハニーたちに[攻撃指令]を出す。

『『『『『『はっ!!』』』』』』

「って、ちょちょ…その数じゃホントにヤバイですって!!」
 PQR達を取り囲むミツハニー達が命を受け、その"三分の一が"一斉に八方から突撃する。その数は……一目では数え切れないほどに多い。
「どっどうしよう!? もっかい[波乗り]!?」
「俺が持ちません!! それに、この数じゃ第一波ぐらいにしか有効打が出ない!!」
 突っ込んできているミツハニーは、全体の三分の一。これは、第二波と第三波がある事を仄めかしている。
「じゃあ、皆で[守る]を使って凌ぐしか……!」
「で、でもクラヴィスさん! さっき[守る]使ってたから、失敗したら……!」
 そう。先程セイラが波乗りを撃った際に、クラヴィスは[守る]を使って回避していた。……連続で成功する保証は無い。
「……そうだ!セイラさん、銀月さん、出来る限り俺に寄って!」
 PQRに言われるままに、セイラとクラヴィスはPQRに密着する。
 そしてその直後―― 一斉にミツハニーが襲い掛かる!


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 さわぁぁぁぁぁ……
 風の声が聞こえる。
 さわぁぁぁぁぁ……
 ココはドコだろう……。


「ん……」
 金色のヒトカゲ、ミツキはゆっくりと目を覚ました。
「ここは……」
 起きあがると、そこは一面の花畑。ミツキはゆっくりと立ち上がり、取りあえず道も分からないまま適当な場所へ歩いてみた。
「確かミサ姉貴がセイラ姉とオレをポケモンの世界に連れていってくれるって……」
 ぼんやりと考えながら歩いていると、ミツキはいつの間にか花畑を抜けて川に出た。
「金色の……ヒトカゲ?」
 川に写っていたのは何時かセイラがパソコンで見せた色違いの金色ヒトカゲ。
「ホントに……ポケモンに……」
 ミツキは感激しつつ、川を飛びこえた。目の前に製鉄所のような建物があったが、ミツキの目には川に映った自分の姿しか見えていなかった。
 目の前の川は奥に繋がっているようなので、ミツキは早速ヒトカゲ持ち前の爪で木を切りたおし、勢いで不格好な木船をこしらえた。
「レッツ、ゴー!」
 ミツキはプカプカと川に浮かぶ木船を必死で押しながら飛び乗り、また必死で木の棒で船をこぎ、ようやく橋に辿り着いた。
「ゼェ……ココは?」
 何とか歩き出し、ミツキは身近にあった看板を呼んでみた。
「ここは……205ばんどうろ。……ソノオタウン!?」
 走り出そうとしたミツキ、しかし、橋の向こうにある地を眺め、決意した。
「あっちの方が面白そうだ!」


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 『ジェノサイド・クルセイダーズ』に入ったのは、別に戦いが目的ではなかった。

 ゼロの演説を聞く限りでは、頭領であるゼロ自身が戦いを求めている。純粋に殺戮を楽しみたい、が理由の者は確かに少ないが、それでも『ジェノサイド・クルセイダーズ』のほぼ全員が、何かしらの理由で『戦い』を求めている。気弱な奴や平和主義者もなかにはいるが、彼らだってこれからは戦わねばならないとは思っているはずだ。
 だから、別に戦わなくてもいいと思っている自分は、この集団の中ではかなり外れた存在なのだろう。
 だって、自分が戦わなくても、他の皆がそれを埋め合わせて有り余る以上に戦ってくれるから。
 自分はその横で、のんびりと『愉しみ』なことを見ていればいい。
 ――なんていう自分の思惑を知っているものは、誰もいない。いや、もしかしたら、人の心が読めそうな奴とか、誰よりゼロは気付いているかもしれないけれど。
 それでも構わない。むしろ、大歓迎だ。そういう反応を見るのも愉しいのだから。

 そう、自分がこの集団に入ったのは、それが理由だ。
 自分が本心を隠し、誤魔化して振舞っていると、周囲の人はどういう反応をするのか。

 いつからだったか、気付いたらそれを見る愉しさを、そうやって遊ぶ快感を知ってしまっていた。
 自分の本心に全く踏み込もうとせず、安易に自分を信じる者。半信半疑ながら、徐々に信じていく者。かたくなに心を開こうとしない者。信用するに値しないと判断し、すぐに攻撃してくる者。相手によって、実に様々な反応を返してくれる。
 そうやって周囲の皆の動きを観察する。本当に面白いことだ。
 ただ、同じ相手だとどうしてもその反応のパターンが限られてくる。そうすると徐々に詰まらなくなるので、飽きたらすぐにその相手から離れ、次の『遊び相手』を探すことにする。
 戦いは、本当に必要最低限に抑えてきた。自分を『信用するに足らない』と判断して攻撃してきた者を、返り討ちにしただけだ。
 勿論、これから先、自分の愉しみを邪魔できないように、二度と目を覚まさなくなるまで叩きのめして。
 そうして、今まで存分に遊んできた。

 そしたら、ゼロに逢ったのだ。


 お前が、神出鬼没というチェリムか? ――そう言いながら、彼は近付いてきた。どうして自分の居場所を彼が知りえたのか、それは未だに分からない。
『Who are you?(誰なの?)』……そう尋ねてみると、さも愉快そうにゼロは笑った。噂どおり、誰であろうと恐れることはないな、と言って。
『チサノの質問に答えてくれないの?』
『その前に、お前に問いたいことがある。一度ならず、ある日突然、一緒に行動していたはずの者を滅多打ちにするチェリムというのは貴様だな?』
 その台詞は、半分は正しいけれど、半分は間違っている。一緒に行動していた者を倒したのは、前述の通りほんの数回だ。それに、『ある日突然』も間違っている。相手の自分に対する反応を見ていれば、そろそろマズいなというのは何となく分かるのだ。それに、先に攻撃してくるのは常に向こうなわけだし。
 けれど、反論する気は起きなかった。何か面白いことが起きるかもしれない……経験が、そう耳打ちしてきた。
『それが、どうかしたの?』
『貴様、我らに与(くみ)する気はないか?』
 ゼロは、そこで彼の軍の話をしてくれた。
 立派な『敵』の存在する殺戮集団。味方を騙すことも、敵を騙すことも出来る。それは、自分の愉しみを満たしてくれる場所のように思えた。
 それに、どうやら自分に拒否権はないらしいことにも気付いていた。そんな集団の頭領が相手だ、断れば殺されるに決まっている。
 拒否する理由は、どこにもなかった。

  *  *  *  *  *

「(――って、なーんか結局チサノ流されてるだけみたいだなー。まっ、いいんだけどね)」
 チサノはくすりと笑う。それから、床の上に広げた人形を小分けして、独り言を言い始めた。人形の数は、全部で16。良く見ると、それぞれポケモンの形をしているようだ。
「九音ちゃんがあっちに行って、女王陛下がこっちで、サエルとツバサがここで、聖はここがいいって言ってて……そういえば、ミサちゃんも因縁があるとかないとか……」
 チームメイトの動向から、自分が誰を相手にすればいいのかを考える。
 すぐに、誰もそちらへ向かわなかった敵の一陣に思い至った。
「よしっ、じゃあここのチームにしよう! 決ーめたっ♪」
 チサノは、人形のうち2つ――サンドとイーブイのそれを持ち上げて、にっこりしてから床に落とした。
 と、言っても、彼女は戦いに行くわけではない。
 彼女の『愉しみ』を、彼らの中に見つけに行くのだ。

 ――すなわち、彼らの味方の振りをして近付き、行動を共にする。
 彼らがどういった反応をしてくれるのかが、今からワクワクしてしまう。

 Now,let's begin a funny,funny playing,shall we?(さあ、愉しい愉しい遊びを始めよう?)


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……ほう。 なんとも、味な真似をする輩じゃのう」
 ミツハニー達の攻撃は、全て外れた。
 直前までそこにいたはずの三人は、跡形もなく消えていた。……ぽっかりと、地面に穴を一つ残して。 
「わらわの手出しの利かない地中に身を潜めたか。 ……じゃが、直に顔を出す。その時何処に居ようと、この軍勢からは逃れられぬわ」
 また目を細めて黒い微笑を浮かべるアナスタシア。
「皆の者、彼奴等に逃れる隙を与えるでないぞ。 近隣の市街に及ぶまで、警戒範囲を拡大するのじゃ」

  *  *  *  *  *

 その地中で。

「せ、せまいっ……」
「そりゃ仕方ないです。 本来一人で潜る[穴を掘る]で、無理矢理三人入ってるんですから… ぐぇ」
 狭い穴に三人、ぎゅうぎゅうに詰まったままざくざく掘り進んで行く。
  ざく ざく ざく。
「………それで、ここからどうするんですか? このまま掘り進んで、近くの町まで逃げ込むとか…」
「……いえ、そりゃ多分無理です。 恐らく、あの数を利用して町の方まで警戒範囲を伸ばしてるんじゃないかと…」
「え? って事は、外にでたら見つかっちゃう?」
「……見つかった瞬間にフルボッコ確定です。ただでさえ[穴を掘る]の直後の動きは読まれやすいですし」
  ざく ざく ざく。
「えーと、じゃあこのまま相手が諦めるまでこの中で待つとか!」
「やー…… 土の中って、空気少ないんですよ。……酸欠でアウトです」
  ざく ざく……
「……やっぱり、打つ手無しなんですね」
 悲観してうなだれるクラヴィス。
「う〜ん 一つだけ。上手くいくかどうかわからない戦術が、たった今浮かびました」
「え? どんな戦術!?」
 PQRの言に、期待の目を向けるセイラ。
「やー……上手くいったらラッキーってレベルですけど。 いいですか――」

  *  *  *  *  *

 地上。

「……彼奴等はまだ出てこぬのか。 ふぁ…… わらわは退屈じゃ」
 待つだけの現状に飽きてきたアナスタシアは、小さな欠伸を一つ零す。
 ……と。
『『ア、アナスタシア様ッ!!』』
 ミツハニーの何体かが、慌てた声をあげる。
「騒々しい…… 彼奴等を討ち取ったのか?」
『此処は危険です! 何卒お引き下さい!』『奴ら、下から……!』
 口々に騒ぎ立てるミツハニー達。アナスタシアは異常を察し――
「何事じゃ、何が――」

  ぼこっ

「ぃよいしょっと! ……今です銀月さん! セイラさん!!」
 PQR達が、アナスタシアの"真下"から顔を出した!
「行きます……!!」
「ジュワ!!れいとうっビィィーーーームッ!!」
 クラヴィスが勢いよくアナスタシアに向けて飛び上がり、セイラが併せて独特の形に手(?)を組んで[冷凍ビーム]を真上のアナスタシア目掛けて撃ち上げる。

 PQRが考えたのは三つ。
 広範囲を警戒しているなら、中央は手薄になっている。
 大軍は、指揮官が崩れれば混乱に陥りやすい。
 そして護衛とは、護衛対象に敵が密着していると意外に手を出しづらい。

 これらを踏まえて、PQRが出した戦術は…
「逃げずに突っ込み、至近距離でボスにダメージを与えて逃げる。もしくは倒す」
 PQRが穴を開けて地上に出た瞬間、セイラとクラヴィスでアナスタシアに攻撃を加える。
 ……仮定の上に成り立つ選択だったが、なかなかどうして。的を得ていた。

『『『『アナスタシア様を御護りしろ!!』』』』

 多数のミツハニーが、セイラの冷凍ビームの直線状に素早く寄り固まる。
 二重三重のミツハニーの壁が、冷凍ビームの直撃を受けて凍り付き、落ちていく。
 冷凍ビームはアナスタシアに届かず、4枚目のミツハニーウォールを破った所で消えた。
「このチャンス……失敗しない!」
 しかしその期を逃さず、跳躍したクラヴィスがとうとうアナスタシアの眼前に迫る!
「だっ……誰か! わらわを護ってたも――」
「私の渾身の……一撃!!」
 クラヴィスの放った[辻斬り]が、アナスタシアの胴を真一文字に切り裂く!

『『『『『『『『『『アナスタシア様ッ!!』』』』』』』』』』


「……ぁ、かはっ……! お、お……のれっ!!」
 辻斬りの入りが浅かったのか、致命には至っていないがかなりのダメージを与えたようだ。
 アナスタシアは傷口を庇いながらまだ飛んでおり、跳躍から自由落下に移ったクラヴィスを忌々しげに睨む。
「只では……済まさぬぞ! 思い知れ……っ!!」
 アナスタシアの額の宝石が輝き、[妖しい光]を放つ。
「っ……!?」
「しまった、銀月さんっ!!」
 着地を待たずして、クラヴィスは妖しい光に包まれて混乱してしまう。
「あ……っれ……  っきゃ!?」
「クラヴィスさん! 大丈夫!?」
 空中で混乱した所為で、着地に失敗して地面にぶつかるクラヴィス。慌ててセイラがクラヴィスに駆け寄り、抱き起こした。
「セイラさん、銀月さん! 退きましょう!」
「ぐっ……させぬ! 者ども、彼奴等を仕留めよ!」
 アナスタシアが再び指令を出す。と、何匹かのミツハニーが目立つ位置に躍り出る。

『全隊!構え!!』

「! [攻撃指令]じゃない……!? 二人とも――」
 嫌な予感を感じ、PQRはセイラとクラヴィスに駆け寄ろうとした……その刹那。

『放て!!』

 その声と共に、ミツハニー達が一斉に[風おこし]を放つ!
「これはっ……! ただの[風おこし]だけど…!?」
 そう、ただの[風おこし]。
 だが、おびただしい数のミツハニーが同時に風おこしを放ったため、相乗効果により恐ろしいまでの暴風と化している。
 PQRは反射的に[守る]を発動させて、暴風のような[風おこし]から身を守ったが…
「きゃあああああああああっ!?」
「うああああああああああっ!!」
 混乱しているクラヴィス、そしてそのクラヴィスを助け起こしていたセイラは身を守ることが出来ず、暴風に飲み込まれてしまう。
「せ、セイラさん! 銀月さんっ!!」
 恐るべき暴風はすぐに途切れ、巻き上げられた二人がそれぞれ落下し、地に叩きつけられる。
「しっかり! ……セイラさん!!」
 PQRは目の前に落ちてきたセイラを助け起こし、声を限りに名を呼ぶ。
「ぅ……   うぅっ……」
 反応。まだ息がある。瀕死のようだが、まだセイラが生きている事にPQRは安堵する。
 見れば向こうで倒れているクラヴィスも、息をしている様だ。
「まだ永らえるか……! しぶとい輩じゃ ぁ、ぐ…っ!」
『アナスタシア様!!』『無理をされては、お命に関わります!』『すぐに後方にて治療を…!!』
 傷を抑えて苦しむアナスタシアに、心配をするミツハニーが口々に言う。
「じゃが…!彼奴らの…首一つ取れぬとあれば、ゼロ様に顔向けできぬわ…!!」

「(指揮系統が乱れてる……今しか!)」
 統率の乱れたミツハニー達を見、PQRは逃げることの出来るチャンスを悟る。
 ……だが。同時にPQRは、非常にまずい状況であることを理解する。
「(! マズイ、二人とも動けない!)」
 先程穴に潜った時は二人とも万全の状態だった。だが今はセイラもクラヴィスも瀕死のダメージを負って、意識も無い。
 身体の小さなイーブイであるPQRには、そんな二人をいっぺんに引っ張って逃げることなど到底無理な話。
 PQRも万全ではない。せいぜい、どちらか片方を担いで穴を掘るのが限界……。
「(どちらか…… 片方!?)」
 つまりそれは……

 片方を、見捨てる。

「彼奴等は、もう、風前の灯じゃ! ……者ども、"かかれ"!!」
 気力を振り絞るように、アナスタシアが再度[攻撃指令]を出す。
「!!  ……く、くっそ……! クソッ!!」
 迷う暇など、相手は与えてくれなかった。
 PQRはすぐ側のセイラを捕まえ、全力で穴を掘って地中に潜った。

  *  *  *  *  *

 PQRの逃げた穴と、意識の無いまま取り残されたクラヴィスを目下に、アナスタシアが呟く。
「……二匹、逃してしもうたか…。 わらわとした事が ぅぐッ…!?」
 アナスタシアはみたび、受けた傷を抑えて苦しむ。
『『『『アナスタシア様!!』』』』
「喚くでない……。 心配せずとももう戻るわ」
 そう言い、横たわるクラヴィスを忌々しげに見据える。
「……あの憎きアブソルは拘束せよ。 虜(とりこ)にして、わらわが直々に……この傷をつけた報い、その命を以って償わせてやろうぞ」
『『『はっ!』』』
 気を失ったままのクラヴィスを抱えさせ、アナスタシアと沢山のミツハニー達は何処かへと飛び去っていった……。


  *  *  *  *  *


 205番道路。
 ハクタイの森から南へと幾らか下った辺りで、ボコンとPQRが穴から顔を出した。
「ここは……  ……そっか、戻ってたのか……」
 そう言えば掘る時に方角を考えていなかったな、と今更気付く。妙な方角に掘っていなくて助かった。
「………………」
 ……動く気がしない。一先ず穴からセイラを引き上げ、近くの岩にもたれかかるPQR。
 そう言えばハクタイに向かっていたような、とか 一度ソノオに戻って出遭った敵の事について知らせた方がいいだろうか、とか。

 そんな考えよりも、疲労と…… クラヴィスを見捨てて逃げたという事実がのしかかって、動く気がしなかった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



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