[558] 小説 《Dream Makers U》 第三章 (2) |
- あきはばら博士 - 2008年05月29日 (木) 19時40分
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サイサリスで一夜を明かした元人間達は、朝食を済ませた後それぞれのチームに分かれて別々の方向に向けて歩み始めた。 さすがは食料品屋と言うべきなのか、全員分の夕食と朝食を用意してもサイサリスの食料は無くなりはしなかったが、半分以下になってしまったとか。 皆を送り出すアッシマーの片目には大きなクマを湛えていたとか、そういう話は関係ない話として……。
* * * * *
「さいっこーうーの〜 ボロボロぐつっさぁ〜!」 ハクタイの森の外れを、賑やかに歌いながら行くポケモンの影が三つ。 イーブイにヒトデマン、そしてアブソル。一見、全くつながりのないポケモン達である。 PQRとセイラ、それから銀月クラヴィスの三人だ。 叫んでようが喚いてようが即就寝できるセイラと、徹夜に慣れていて目覚めに強いPQRに対して、昨晩あまり眠れなかったクラヴィスは寝不足だった。
「いつの間にかっ!」 「「タイプワイルド!!」」 「少しづつだけどっ!」 「「タイプワイルド!!」」 主に歌っているのはPQR。……こだわりなのか、妙に声に力が入っている。 それから、勢いよくノリノリでサビを一緒に歌うセイラ。 少し恥ずかしそうに、同じく声をあげる銀月クラヴィス。
「もっともっとっ!」 「「タイプワイルド!!」」 「強くなるよぉ〜っ!」 「「タイプワ〜イルド!」」 ひとしきり歌い終わり、スッキリした顔のPQR。 「おお〜っ PQRさん、意外に歌上手いんだね!」 感心した様子で拍手(?)を送るセイラ。 「いやいや……そんな事ないですよ〜。 自分、人前で歌うの慣れてませんし……キンチョーし通しでした」 照れくさそうにポリポリと頬をかくPQR。 「私も…… ……歌ってて、ちょっと楽しかったけど」 と、クラヴィス。 「……そういえば。銀月さん、ちょっと声小さかったですよね?」 PQRがクラヴィスの方を向いて、そんな事を言う。 「え……そ、そんな事ないよ」 「いやいや〜 自分にはセイラさんの声のほうがよく聞こえましたよ?」 「そう?」 「……セイラさんは元気いっぱいに歌ってましたから。私にはそんなに――」 「ん。 ここは一つ、次は銀月さんメインで何か歌ってもらいましょうか!」 クラヴィスの言葉をかき消すように、PQRが言い出す。 「おお! 次はクラヴィスさんの番ですね!」 楽しみに待ってました、とばかりに中心のコアを瞬かせてセイラが反応する。 「ええっ!? そんな、私は別にいいですからっ!」 慌てて断りを入れようとするクラヴィス。 そこへ、諭すようにPQRがいやに笑顔で語りかける。 「いやいやいや、はじめはそんなに乗り気じゃなかった自分だって歌ってるうちにだんだんノリノリで歌えちゃったんですし、歌を通して自分やセイラさんに馴染んでいただけるなら嬉しい限りと言うか」 「は、はい……」 「まあぶっちゃけると、この流れで自分が歌ったのに銀月さんに流されるとなんと言うか癪だと言うか要するに自分が歌った意味合いが半減しちゃうんですよ。だから観念して歌ってください」 「はあ…… って、ええっ!?」
* * * * *
森の中。
「失礼致します。お楽しみの所、申し訳ございません」 ミツハニーの一匹がやって来、かしこまって言う。 「……定時か。 そろそろ来ると思って居ったわ。 苦しゅうない、楽にしてよいぞ」 蜜の注がれた器に口をつけつつ、報告を聞くために耳を傾ける。 「はっ ……偵察隊からの報告によりますと、対象三体は我らに気付く様子もなく予想地点へと移動を続けております」 「ふむ。 ……彼奴等は相変わらず喧しく騒いで居るのか?」 「そのようです。 ……如何致しますか、アナスタシア様」 その問いに、アナスタシアはもう一口、優雅に蜜を啜ったのちに事も無げに答える。 「早々に始末せよ。 喧しく騒がれては、折角のハニータイムが台無しじゃ」
* * * * *
「……!!」 アブソルの銀月クラヴィスがぞくりと何かに反応し、弾かれるように慌てて顔を上げる。 「? どうしたの?」 その突然の反応に驚き、セイラがクラヴィスに尋ねる。 「くる…… 何か……悪い事がくる……!」 「悪い事? ……まさか! アブソルの災いを知る能力ですか……!?」 急に青ざめた表情のクラヴィスに、PQRが様子を察して問いかける。 「何? それってもしかして敵? ……あっ! PQRさん、後ろ!」 セイラがPQRの後ろ側を指して声をあげる。慌てて振り向いたPQRの視界に写ったのは、高速で飛んでくる小さな何かと……。
べちゃっ
「んがっ!?」 直後に視界いっぱいに広がる蜜色。そしてとろける様な甘い香り。 「あぅあ……何ですかこりゃ。 ……甘い蜜?」 PQRは顔の正面からモロに甘い蜜を被ってしまった。……先程飛んできたのはミツハニーだったようだ。 すれ違いざまに手を滑らせたのか、持っていた甘い蜜をPQRに浴びせて飛び去って行ってしまった。 「あーあ……大丈夫?」 セイラが心配して声をかける。 ……ついでに蜜塗れのPQRからちょっと掬いとって味わいながら。 「はい、大丈夫ですよ〜。 ……あ〜、でも自慢のもふもふが甘い奴でベトベトです」 「あ! ひょっとして、これがクラヴィスさんの言ってた悪い事かな!?」 ひらめいた、とばかりにセイラはぽんと手(?)を打つ。 「や〜、こういう悪い事なら大歓迎ですが。自分、甘いのは好物ですし。 ぅは、甘い……」 自分の毛に付いた蜜を舐めとるPQRも、幸せ半分の表情だ。 「……、銀月さん?」 「ちがう…… まだ…もっと大きい、嫌なのが……っ!」 PQRが再びクラヴィスの顔を覗き込む。 依然として…… いや、むしろさっきよりも青ざめた顔をしてクラヴィスは言った。
ガサッ ガサガサッ
「わっ…… なになに!?」 突然セイラの近くの茂みが揺れた。 ……直後、コンパンが顔を覗かせる。
ガササッ
続くように、反対側から同じようにカイロスが現れる。 どうやら、この辺りに住む野生の者達のようだが…
ガサガサ ガサガサガサガサ
「これは……ひょっとして、囲まれてます?」 ミツハニー、ヘラクロス、ガーメイル、スピアー、ミツハニー、ストライク、モルフォン… 気が付けば、周り中から一様に虫ポケモンが顔を覗かせている。 「何だかピンチ? まさかこの人達、全部敵なの!?」 「いや…… 見た目は野生っぽいです。けど……」 そう。目が違う。普通じゃない。 通りがかりに顔を覗かせた、などというレベルではない。明らかに目をギラギラと輝かせ、一つの意思の下にこちらを狙っている……。 「……アレ? まさか、コレって……」 ふと気付く。 ……周りにいる者達は、全てPQRを見ている。すぐ側のセイラやクラヴィスには目もくれずに。 「……さっきの甘い蜜!?」
* * * * *
器の蜜を飲み干し、甘い溜息を一つ。…それから、独り言を口にする。 「さて……ゼロ様の言うニンゲンとやらがどれほどのモノか。わらわも高みの見物と行こう……」 アナスタシアはゆるりと背の羽を広げ、森の木々の上へと飛び上がっていった。
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ハクタイの森と呼ばれている深い迷いの森。 しかし迷いの森と言っても道順さえ覚えれば大丈夫なので慣れている人達にとっては普通に長い森の道なのだが。 その森の中に、背中にリュックを背負ったやや汚れた茶色のローブを身につけている二ャースとヨマワルがいた。 ニャースの名はレオードといって猫旅堂という行商人を行っている。ヨマワルの名はマヨといい、情報屋を行っている。今、この二人が対話しているのは森の中でマヨと偶然遭遇したレオードが無理矢理情報を売られていたからだ。 本来ならば情報を聞く前にさっさと帰るのだが、今回はとんでもない情報を聞かされてしまった。
「……元人間が帰れなくなった?」
レオードはマヨが語った「元人間がいきなり帰れなくなった」という情報を聞き「詳しく話せ」と目で強く睨みつけて説明を求める。その睨みに慣れているマヨは平然と情報源について説明する。 「そや。わいの友人からポケギアで聞いた目撃情報なんやけどな、何でも情報局で帰れないからって局員に八つ当たりしおったサンドがおるらしいんや。連れのイーブイはペコペコ必死で謝っておったのも目撃とのこと」 「おいおい、それは確かなのか?」 説明を聞いたレオードが一転して呆れたような表情になる。ポケギア越しに聞いた目撃情報についてはマジなのかどうか信じにくい情報源であり、尚且つその内容があまりにも馬鹿馬鹿しいものだからだ。 マヨの友人からの目撃情報は元人間のあきおとPQRによる情報局での一騒動であり実際にあった出来事なのだが、生憎とこの二人がそれを知る術は無い。 情報局での騒動を知らないので半信半疑なレオードの言葉を聞き、マヨは怒って声を荒げる。 「情報屋のマヨを信頼できないわけぇ!?」 「それだけでは証拠が足りないと言っているんだ。他に情報は無いのか?」 金はちゃんと払うぞ、と付け足すとマヨが「天変地異の前触れ?」と聞いてきたので即座に否定してやったレオード。 冗談だと笑いながらマヨは、もう一つの情報について話し始める。 「もう一個あるから心配せんでえぇ。まぁ、これも友人からのポケギア情報やけどな。あっ、さっきの奴とは別人やで?」 「どんなのだ?」 「無駄に叫びまくるチコリータ。片っ端から草原の道を通りかかる奴等に話しまくっていたらしいで」 「あぁ、それは俺もセンターで耳にした」 近くの席に座っていたら聞いただけなのだが、近くの草原で馬鹿みたいな大声で道を尋ねるチコリータがいる事については知っている。ちなみに読者は言わなくても分かるだろうがこのはた迷惑なチコリータとは若菜の事である。 普通に尋ねればいいだろ、とかポケモンなんだから自分で探せよ、とか見事なブーイングだったなとレオードが思い出していると、マヨが何処か真剣な表情で迫りながら尋ねてきた。 「あくまでも推測やけどな、こいつ……マドンナちゃんや情報局の漫才コンビと同じ元人間ちゃうん?」 「多分な。それにyunaとは違い、新たにやってきた新入りっていう可能性が高いだろう」 そうでなければ普通はしない行為だ、と辛口の意見を付け足すレオードにマヨはその手厳しさに苦笑しながらも内心同意していた。
レオードの口からこぼれた元人間のyunaという名前についてだが、この二人は彼女を知っていても無理は無い。何故ならばyunaが一番初めに出会ったポケモンはレオードであり、彼が行っている猫旅堂のお手伝いであるからだ。マヨは猫旅堂と親しい情報屋である為、結構面識がある。要約してしまえば二人ともyunaとは一年間の付き合いであるということだ。 ちなみに何故マヨがyunaの事をマドンナちゃんと呼ぶのかというと、理由は「一匹狼のレオードが女の子連れてるって事は嫁決まりや!」という凄まじく馬鹿げたものであった。勿論これを言った直後レオードとyunaの両者に殴られたのは言うまでもない。
上の説明ではちょっと可哀想なムードメイカーなマヨであるけれど、この状況下ではシリアスな面影で口を開く。 「……そうやったら、マドンナちゃんも帰れんのかねぇ?」 「お前の情報を信じるならば、そうなるな」 レオードの返答は何時もと同じクールな言葉。 少なくとも人間達にとっては大問題な事件だというのに、自分とは無関係といった感じの彼の様子にマヨは頭痛を感じてしまう。 完全に無関係ならばマヨも頭痛を感じないのだが、レオードはyunaという人間の少女をお手伝いとして同行させているのだ。それなのに当の本人がこんなにクールとは……本当に頭が痛くなってくる。 マヨの心境も知らずに、レオードはそろそろ町の方に行こうとマヨに別れを告げようとしたその時、草むらから騒がしい音が聞こえてきた。
ガサガサガサッ!!
明らかに何かがこちらへと接近している音にレオードが身構える。マヨは体をビクッと震わせると急いでUターンさせる。 「わ、わいは……戦闘嫌いやから先に帰っておくわー! 情報量はツケねー!!」 後始末をレオードに押し付け、逃げ出したマヨ。レオードはマヨの逃亡に呆れ長柄らも、ローブの下に身につけた道具に手をつける。それと同時に草むらから二匹のムックルが飛び出してきた。 「旅猫堂だっけ? お命頂戴するー!」 「恨みは無いけど、金の為じゃー!」 何とも分かりやすい。誰かに雇われた刺客なのを自分からアピールしている。 「電撃波!」 レオードは飛び出してきたムックルの内の一体に対し、先手必勝と言わんばかりのスピードで電撃波で攻撃する。 「ピギャアア――!?」 飛行タイプに電気タイプの攻撃は効果バツグンなので、あっさりと攻撃を喰らったムックルは地面に落ちる。 弱そうに思えたがこれは想像以上に弱いな、と思いながらもレオードはもう一体のムックルに目を向ける。 「あ、兄者の仇! 許さ」 「言ってる暇があるなら攻撃しろ」 もう一体のムックルが言い終わる前にレオードはローブの下に持っていたゴローンの石を投げた。
ゴンッ!!
見事にもう一体のムックルの顔面直撃。 明らかに不意打ち(というかずる打ち?)の攻撃に痛みの悲鳴を上げながら文句を言う。 「いぃっでぇぇぇぇぇ! 何しやがる!」 「隙だらけだ、ボケ」 しかし相手のレオードはそれを聞かずに、再びゴローンの石を投げた。
ガゴッ!
非常にいい音が響いた。今度は腹に直撃した。 「は、はらひろへ〜……」 さすがに石を二個分喰らったのがきつかったのか、兄者らしきムックル同様気絶して地面に落ちたもう一体のムックル。口から汚物が出されているのはこの際無視しよう。 刺客にしては弱すぎないか、と思いながらもレオードは先に戦闘不能になり、尚且つ気絶してしまっている兄者ムックルに軽いチョップを与えて起こす。 「あいでっ! ちょ、麻痺してるんですけど……」 「レベル差も考えずに勝負を挑んだからだ。お前等、いくら何でも弱すぎるだろ」 「いや、だって前払いされたお金がすっげー額だったし。それに勝てなくてもお金くれるって言ってたんで……」 ターゲットであるレオードのかなり呆れた様子に対し、兄者ムックルは冷や汗を流しながらもブツブツと言い訳を口にする。その動機理由に大馬鹿だと思いながらも、依頼主の真意を探るべく尋ねる。 「誰だ?」 「え?」 「誰がお前等にヤレと依頼したんだ? 答えろ」 「……えと、言わなかったら?」 「電撃波をもう一発食らわす」 「言います! 言いますからやめてー!!」 レベル差が違う相手に二発も喰らうのは凄まじくきついので兄者ムックルは顔色を真っ青にして声を上げる。よく見ると半泣き状態だ。 レオードはそれを聞き、兄者ムックルと向かい合って話を聞く体制になる。兄者ムックルは途切れ途切れながらも、依頼の内容や依頼者について怯えながらも話し始めた。
「え、えと俺たちは無名の傭兵やってんだ。……見てのとおり弱いけど。でも、情報とかをし、知るには、ポケギアとかでコミュニケーションしなきゃ、い、いけない、から、これでも結構ポケギアを通しての知り合いは多いん……です」 「……その中に依頼主がいたのか?」 「えーと、いませんっす。……に、睨まないで! 多分依頼主が勝手に俺らと登録しているポケギアを使ったみたいなんですよ!!」 必死になって説明する兄者ムックルの言葉にレオードは割り出すのは難しい相手のようだな、と理解する。 「えと、話戻しますね? 今日いきなりポケギアの通信が入ってきて、それが今回の依頼主だったん……です。えと、内容は、“旅猫堂という行商人ニャースに不幸を届けてあげて”っていうの……」
“不幸を届けてあげて” その言葉を聞いたレオードの表情が険しくなる。それを見た兄者ムックルは怒っていると勘違いし、真っ青な顔色で慌てて言い訳する。
「お、俺らはちょっとボコボコにすればいいかなーと思って受けただけですよ!? い、命をとろうとは本気で考えてませんから!!」 「いいから続けろ!」 言い訳なんかどうでもいいレオードの怒りが篭った言葉に、兄者ムックルは裏返った声で返事をするとどもりながらも説明を再会する。 「はいぃ! えと、えと、そしたらですね、いきなり[テレポート]で鞄を持ったキルリアが現れたんすよ! いや、うん、アレは素でマジでびびりました」 「鞄を……? ってことはつまり、そいつが依頼主か?」 「俺らもそー思ったんですけど、キルリアはただのお金を渡す相手だったんです。前払いっていうのは事前に聞いてたんで、そこは特に驚かなかったんだけど、その、中身が……半端じゃない、額、でした。言葉じゃ言い表せる事が、できないほどの」 兄者ムックルは鞄の中にギッシリ詰め込まれたお金でも思い出したのか、顔色が少々良くない感じだ。 どのぐらいだと聞いてみても「だから言い表せないほど」と言われて、明確な量は分からなかったのだが、だいたいの予測をレオードは立てておいた。 とりあえず話が少し脱線している為、レオードは兄者ムックルに話を戻すように言葉を口にする。 「早く続きを言ってくれ」 「あっ、はい。俺らは、ターゲット……ってか貴方様の写真を貰ったら、その、キルリアの[テレポート]でここまで来て、というか連れてこられて『ここからはあなた方に任せます。どうか不幸を不幸から逃げ出したニャースに届けてください』って言って、いなくなって……。えーと、こっから先は今の状況です、はい」 「なるほど。大体の事情は分かった」
レオードは兄者ムックルの話した内容を聞き、腕を組んで推理を始める。 度々現れる“不幸を届ける”という単語、自分を狙う者の存在、得体の知れない金。 キルリアのテレポートについては、場所ではなくモノもしくは人の事を考えれば飛べるという方法を取ったものだろう。そこら辺は特に驚くところはない。 ただ、己の推理が間違っていなければ“不幸を届ける”者の正体は間違いなく「アイツ」以外にいない。 けれども、何故そんなに自分に執着するのだろうか? あの時からずっと会っていないし、それに何故今頃なのだろうか? まさか、徹底的に“不幸”を与える為に今の今まで機会を待っていたというのか?
「あ、あの……? いきなり黙り込んでどうしました?」 恐る恐る話しかけてきた兄者ムックルの言葉が耳に入り、ハッと我が戻るレオード。 なんでもない、と答えてから兄者ムックルと自分が気絶させた多分弟に位置するだろうもう一体のムックルに目を向ける。 今の話の内容からして、恐らくこれは“大きな不幸の前触れ”を意味させているのだろう。 こんな事をやる意味がよく分からないけど、レオードはその“大きな不幸”が必ず起こされるのを知っている。 だから、ここで喋ってる暇は無い。 そう考えたレオードはリュックを背負い直すとムックル二体に向かって別れを告げる。 「すまんが俺はここで失礼する。それから、この依頼に対しては必要以上に踏み込むな。……お前らにも不幸が届けられるからなっ!」 レオードはそう言うと体を方向転換させて、出口に向かって走っていく。 置いていった兄者ムックルの「治療無しっすかぁぁ!?」という叫びも無視。そこまで行商人は慈悲深くないようです。 森の出口に向かって走りながらも、レオードの脳裏に思い出されるのはあの時のあの光景。
『――これが君の望んだ結果さ! さぁ、どうだい? 君は今、“幸せ”? それとも“不幸せ”?』
辺り一面を血の海にし、己の体を赤に染めながらも笑う狂ったトゲチックの“ツバサ”と、その手に持つボロボロとなったニャースの死体。 あまりにも残酷な不幸を作り出す彼奴の笑みを思い出し、虫唾が走る。 あの時の過ちを繰り返してたまるか、とレオードは強く強く思いながら走っている中、口から相棒の少女の名前がこぼれた。 「yuna……!」 己と相棒、そしてその周りにいる者達が“不幸宅急便”によって最悪の不幸に陥れられない事になる前に、せめて彼女には再会しなければいけない。 レオードは何処にいるか分からないyunaと再会する為に、走っていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そういえば、刃さんはなぜ自分を変えたいと思っていたのですか?」 サイサリスを出発して、再び二人の道中になったことで、歩きながらふとした疑問をアルズは刃に投げかける。 「いや……僕は、人と接するのが苦手で押しが弱くて、いつもいつも周りの人に流されてしまう人間で、日頃からそんな自分が嫌いでいつも変わりたいと思っていても、そこに踏み出す勇気さえも出ず、結局何もできずに日々をすごしていました。だから、そんな自分もここに来れば何か変われるものなのかなぁと。つまり、もっと人と話せるように成りたいのです」 それを聞いたアルズは笑いながら。 「う〜ん……大丈夫ですって! 刃さんなら出来ます!」 「ほ、本当ですか?」 「ええ!絶対! だって、刃さんって発声法やセリフ回しが良いですからっ!」 「発声法、ですか」 「あとは、雄弁に感情豊かに語る方法さえ身につければ鬼に金棒です」 「雄弁……感情豊か……そ、そうでしょうか……」 「はい、惚れ惚れします」 「………………」 頬を紅くして照れる刃に、アルズは提案する。 「そうだ! せっかくですから、よりカッコ良く英語で言って見ましょうよ」 「おねがいします!」 「エロキューション」 「嫌なチョイスだっ!!」 刃は叫んだ。 「または ユー ニード ビー エロクエスト ですね。ううむ、やはりそっちの方面への冒険は必要ですか」 「(くっ……! ここで強く怒ったら、また泣かれそうな気が……くそっ、何も言えない ん? あれ?)」 刃は頭を抱えて悩み込んだ後、 ふと、あることに気付いた。 「あれ? ちょっと待ってください。その英文間違っていませんか? 正しくは【You need be eloquent(君は雄弁になる必要がある)】で、クエストではなくクエントですよね?」 「………………え? 違う……? ………………って、ままま、マジですか!? しまったぁああああっっっ!!! もう、首を吊るしかない!!」 結局泣かれたっ?! と、元々青い顔を真っ青な顔にして慌ててアルズに言う。 「いやっ! 早まらないで下さいって! なんで死ぬ必要があるんですか!」 「大丈夫、まだ大丈夫……知られたのは一人だけだ、証拠隠滅もすぐに終わる……」 「ん? そのニュアンスって…… ちょっと待て! もしかして、首を吊るって僕のことですか?」 「当然ですよ、この失敗を知ってしまったのは貴方の他に誰がいるのですか?」 「い、いや! 待って下さい! 失敗くらい誰だってあるでしょう、だから大丈夫ですって!」 「いや、私はこの10年間失敗をしたことがないことが取り柄だったのに……」 「まさか!」 「ええ、墜落と堕落と没落しかしたことがありません」 「(おちてばかりの人生ってわけですか……)」 「では、聞きますが、私はさっきなんと言った?」 「『雄弁に感情豊かに語る方法さえ身につければ鬼に金棒です』と言いましたが、その先の言葉は全く覚えていません、なんでしたっけ?」 「よしっ!」 「(ふう……)」 とりあえず、一安心だ…… と刃は安堵する。 「すみませんねぇ……私は勉強に関してはおなざりな奴なので」 「おざなりとなおざり以外で間違える人を初めて見た!」 「ん? なにを言っているのですか? 【おなざり】とは【御名ぞあり】という語の短縮形で、【そのことに関して有名である】って意味ですけど(←大嘘)」 「そうだったんですか!? 知らなかった!」 「まあ、ざなおりってことで」 「上手いこと言った!」 それぞれ、意味を簡単に説明すると―― ※御座なり…おざなり:その場しのぎをすること、いい加減なこと。 ※等閑………なおざり:始めからやる気が無いこと、いい加減なこと。 ※座直り……ざなおり:シラけた場が再び盛り上がること。 「どうやらこの勝負、私の勝利でしたね」 「過去形で言った! しかも断定形っ!」 「『そもそも勝負をしていないじゃん!』と突っ込まないとは、刃さんもなかなかやりますね。ではそんな貴方に一問一答。エロスに名詞語尾のionをつけるとどんな単語になるかご存知ですか?」 「え〜と…………【浸食(erosion)】?」 「フッフッ(妖笑)」 「…………(怖)」 刃は頭に手のひらをついて悩み込み、何でこんな人を乗せてしまったのか、何でまたこの人とチームを組むことになったのか、自分の運命を少し呪っていた。
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周り中を虫ポケモンに囲まれ、今にも飛び掛られそうなPQRたち。
「狙われてるのって、PQRさんだけだよね? だったら、PQRさんを置いてクラヴィスさんと私は――」 「おお! ナイスアイディア! 確かにそうすれば助かりますね! ……じゃなくって! それじゃ自分取り残されておしまいじゃないですか!! 見捨てないで下さい!」 至極当然の案を出すセイラに、PQRはノリツッコミ。……とか何とかやっている場合ではない! 周りを囲むヘラクロスの内の一体が じり、と距離を詰める。それに呼応するかのように、徐々にその他の者達も詰め寄り… そしてその中の気の早い一体が飛び掛り、それを合図にするように一斉に襲い掛かってくる! 「……っあー、くっそ! 仕方ない!! セイラさん! 波乗り一発、手助け付けます!!」 「りょーかいっ! デカいの一発! 行っちゃうよ!!」 「銀月さん、可能なら防御して!キッツイですよ!」 「あっ……はい!」 PQRが[手助け]をし、セイラがそれを受けて威勢良く大波を発生させる。クラヴィスは被害を受けないように[守り]の体勢だ。
「「いっけええええええええええええええ!!!!」」 手助け掛けの[波乗り]が、あたり一面のポケモンたちを飲み込む!
「ふうっ 全部やっつけたかな?」 大波のおさまった辺りを見回しつつ、セイラが言った。 防御姿勢を解いたクラヴィスが、至近距離で波乗りを浴びたPQRに駆け寄る。 「PQRさん……平気?まともに食らってたけど……」 「けほけほ…… いやいや、平気へいき……。 それより、あれだけでは倒れない連中がまだいるはず――」 フラフラとしながらも、強がる言葉を吐くPQR。水を少し飲んでしまったのか、時折むせている。 PQRの言うとおり、虫ポケモンたちにはまだ立ち上がる者が何体もいる。 だが……先程までと違って、襲い掛かってくる気配がない。むしろ、散り散りになって離れて行く者もいる。 「あれ……? さっきまであんなにいきり立っていたのに、一体――」 「……あ、PQRさん! 甘い蜜……無くなってる!」 「え?」 言われて慌てて確かめるPQR。 濡れた毛皮には、確かに先程までのベタベタとした蜜の感触はほぼ無くなっていた。 「そっか! 今の波乗りで洗い流されたんだね! 一石二鳥!」 「あはは……確かに。 食らった甲斐があったってモンですね…… けほっ」 セイラの言にあわせる様にPQRは笑う。……が、やはりダメージは大きいようだ。 「さて、ひとまず、ハクタイまで急ぎましょう。 ……早いとこ休みたいです」 「そうですね。 PQRさん、ちゃんと歩けま――」
「行かせはせぬぞえ。 そなた等の技、しかと見せてもらったわ」
上空から声。PQR、セイラ、そしてクラヴィスの三人は、はっと顔を上げた。 そこに居たのはビークイン。そして、無数のミツハニー達がその周りを護るように飛び回っている。 「誰? 会った事無いよね?」 セイラが言う。もちろんPQRもクラヴィスも、面識は無い。……と、
ゾクッ
「……っ!!」 クラヴィスの背筋に、嫌なモノが走る。アブソル特有の白い鬣(たてがみ)が、毛穴からひっくり返るような嫌な感覚。 「(クラヴィスさん? ……まさか、まだ何か来るんですか……!?)」 ボソボソとPQRが話し掛ける。それに言葉を返さずに、クラヴィスは小さく頷いた。 「ホホ、わらわとてそなた等に面を露にするのは初めてのこと……。臆するのも無理はなかろうぞ」 優雅に口許に掌を当て、軽く微笑みながら続けるビークイン。 「スミマセン。 ちょっと自分ら急いでるので、話は今度会った時にゆっくりとさせてください。……っつーか、自分ボロボロなんで」 と、無理矢理にPQRは話を切り上げようとし、セイラとクラヴィスと一緒に足早に道を行こうとする。
……だが。
「行かせはせぬ、と申したじゃろう」 PQRたちの行く手を、ざっとミツハニーの群れが塞ぐ。 振り返ると、来た道もミツハニー達が固まって塞いでいた。……というより、大量のミツハニーに囲まれている。 「そなた等の先程の戦いで、わらわの下僕が多少なりとも数を削られたのでな。……痛手ではないが、捨て置く事は出来ぬ」 「しもべ? ……ひょっとして私が波乗りに巻き込んだ奴とか、さっきPQRさんに蜜を浴びせたミツハニーも!?」 セイラが思い返すように口走る。 確かに集まってきた虫ポケモンの中にも、幾つもミツハニーの姿があった。 「合点が行った様子じゃな。 ならば、そなた等の辿るべき末路も自ずと見えるじゃろう?」 微笑みに、僅かに歪んだ笑みが混ざる。併せてミツハニー達からも、攻撃的な気配が漂ってくる。 ……否。攻撃的な気配どころでは無い。明らかな、殺気。 「……えーと。 ……代わりに下僕になって、身を粉にして働けと?」 PQRがおそるおそる尋ねる。この答えは間違っていると、薄々わかっていながら。 「ふむ……成る程、その手もあったか。 ホホホ……わらわとしても、下僕は多いに越した事は無いからのう……」 目を細め、彼女はさも愉快そうに笑う。 「じゃが、そなた等ニンゲンを生かしておくのはゼロ様の意思にそぐわぬ事。 残念じゃがそなた等の命、このアナスタシアが刈り取らせてもらおうぞ」 「え、命って…マジで!?今度こそホントのピンチ!?」 セイラが相変わらず素っ頓狂な声をあげる。 楽天的な彼女も、流石に冗談では済まない状況に驚きを隠せない。 「者共、"かかれ"!!」 アナスタシアが、ミツハニーたちに[攻撃指令]を出す。
『『『『『『はっ!!』』』』』』
「って、ちょちょ…その数じゃホントにヤバイですって!!」 PQR達を取り囲むミツハニー達が命を受け、その"三分の一が"一斉に八方から突撃する。その数は……一目では数え切れないほどに多い。 「どっどうしよう!? もっかい[波乗り]!?」 「俺が持ちません!! それに、この数じゃ第一波ぐらいにしか有効打が出ない!!」 突っ込んできているミツハニーは、全体の三分の一。これは、第二波と第三波がある事を仄めかしている。 「じゃあ、皆で[守る]を使って凌ぐしか……!」 「で、でもクラヴィスさん! さっき[守る]使ってたから、失敗したら……!」 そう。先程セイラが波乗りを撃った際に、クラヴィスは[守る]を使って回避していた。……連続で成功する保証は無い。 「……そうだ!セイラさん、銀月さん、出来る限り俺に寄って!」 PQRに言われるままに、セイラとクラヴィスはPQRに密着する。 そしてその直後―― 一斉にミツハニーが襲い掛かる!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さわぁぁぁぁぁ…… 風の声が聞こえる。 さわぁぁぁぁぁ…… ココはドコだろう……。
「ん……」 金色のヒトカゲ、ミツキはゆっくりと目を覚ました。 「ここは……」 起きあがると、そこは一面の花畑。ミツキはゆっくりと立ち上がり、取りあえず道も分からないまま適当な場所へ歩いてみた。 「確かミサ姉貴がセイラ姉とオレをポケモンの世界に連れていってくれるって……」 ぼんやりと考えながら歩いていると、ミツキはいつの間にか花畑を抜けて川に出た。 「金色の……ヒトカゲ?」 川に写っていたのは何時かセイラがパソコンで見せた色違いの金色ヒトカゲ。 「ホントに……ポケモンに……」 ミツキは感激しつつ、川を飛びこえた。目の前に製鉄所のような建物があったが、ミツキの目には川に映った自分の姿しか見えていなかった。 目の前の川は奥に繋がっているようなので、ミツキは早速ヒトカゲ持ち前の爪で木を切りたおし、勢いで不格好な木船をこしらえた。 「レッツ、ゴー!」 ミツキはプカプカと川に浮かぶ木船を必死で押しながら飛び乗り、また必死で木の棒で船をこぎ、ようやく橋に辿り着いた。 「ゼェ……ココは?」 何とか歩き出し、ミツキは身近にあった看板を呼んでみた。 「ここは……205ばんどうろ。……ソノオタウン!?」 走り出そうとしたミツキ、しかし、橋の向こうにある地を眺め、決意した。 「あっちの方が面白そうだ!」
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『ジェノサイド・クルセイダーズ』に入ったのは、別に戦いが目的ではなかった。
ゼロの演説を聞く限りでは、頭領であるゼロ自身が戦いを求めている。純粋に殺戮を楽しみたい、が理由の者は確かに少ないが、それでも『ジェノサイド・クルセイダーズ』のほぼ全員が、何かしらの理由で『戦い』を求めている。気弱な奴や平和主義者もなかにはいるが、彼らだってこれからは戦わねばならないとは思っているはずだ。 だから、別に戦わなくてもいいと思っている自分は、この集団の中ではかなり外れた存在なのだろう。 だって、自分が戦わなくても、他の皆がそれを埋め合わせて有り余る以上に戦ってくれるから。 自分はその横で、のんびりと『愉しみ』なことを見ていればいい。 ――なんていう自分の思惑を知っているものは、誰もいない。いや、もしかしたら、人の心が読めそうな奴とか、誰よりゼロは気付いているかもしれないけれど。 それでも構わない。むしろ、大歓迎だ。そういう反応を見るのも愉しいのだから。
そう、自分がこの集団に入ったのは、それが理由だ。 自分が本心を隠し、誤魔化して振舞っていると、周囲の人はどういう反応をするのか。
いつからだったか、気付いたらそれを見る愉しさを、そうやって遊ぶ快感を知ってしまっていた。 自分の本心に全く踏み込もうとせず、安易に自分を信じる者。半信半疑ながら、徐々に信じていく者。かたくなに心を開こうとしない者。信用するに値しないと判断し、すぐに攻撃してくる者。相手によって、実に様々な反応を返してくれる。 そうやって周囲の皆の動きを観察する。本当に面白いことだ。 ただ、同じ相手だとどうしてもその反応のパターンが限られてくる。そうすると徐々に詰まらなくなるので、飽きたらすぐにその相手から離れ、次の『遊び相手』を探すことにする。 戦いは、本当に必要最低限に抑えてきた。自分を『信用するに足らない』と判断して攻撃してきた者を、返り討ちにしただけだ。 勿論、これから先、自分の愉しみを邪魔できないように、二度と目を覚まさなくなるまで叩きのめして。 そうして、今まで存分に遊んできた。
そしたら、ゼロに逢ったのだ。
お前が、神出鬼没というチェリムか? ――そう言いながら、彼は近付いてきた。どうして自分の居場所を彼が知りえたのか、それは未だに分からない。 『Who are you?(誰なの?)』……そう尋ねてみると、さも愉快そうにゼロは笑った。噂どおり、誰であろうと恐れることはないな、と言って。 『チサノの質問に答えてくれないの?』 『その前に、お前に問いたいことがある。一度ならず、ある日突然、一緒に行動していたはずの者を滅多打ちにするチェリムというのは貴様だな?』 その台詞は、半分は正しいけれど、半分は間違っている。一緒に行動していた者を倒したのは、前述の通りほんの数回だ。それに、『ある日突然』も間違っている。相手の自分に対する反応を見ていれば、そろそろマズいなというのは何となく分かるのだ。それに、先に攻撃してくるのは常に向こうなわけだし。 けれど、反論する気は起きなかった。何か面白いことが起きるかもしれない……経験が、そう耳打ちしてきた。 『それが、どうかしたの?』 『貴様、我らに与(くみ)する気はないか?』 ゼロは、そこで彼の軍の話をしてくれた。 立派な『敵』の存在する殺戮集団。味方を騙すことも、敵を騙すことも出来る。それは、自分の愉しみを満たしてくれる場所のように思えた。 それに、どうやら自分に拒否権はないらしいことにも気付いていた。そんな集団の頭領が相手だ、断れば殺されるに決まっている。 拒否する理由は、どこにもなかった。
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「(――って、なーんか結局チサノ流されてるだけみたいだなー。まっ、いいんだけどね)」 チサノはくすりと笑う。それから、床の上に広げた人形を小分けして、独り言を言い始めた。人形の数は、全部で16。良く見ると、それぞれポケモンの形をしているようだ。 「九音ちゃんがあっちに行って、女王陛下がこっちで、サエルとツバサがここで、聖はここがいいって言ってて……そういえば、ミサちゃんも因縁があるとかないとか……」 チームメイトの動向から、自分が誰を相手にすればいいのかを考える。 すぐに、誰もそちらへ向かわなかった敵の一陣に思い至った。 「よしっ、じゃあここのチームにしよう! 決ーめたっ♪」 チサノは、人形のうち2つ――サンドとイーブイのそれを持ち上げて、にっこりしてから床に落とした。 と、言っても、彼女は戦いに行くわけではない。 彼女の『愉しみ』を、彼らの中に見つけに行くのだ。
――すなわち、彼らの味方の振りをして近付き、行動を共にする。 彼らがどういった反応をしてくれるのかが、今からワクワクしてしまう。
Now,let's begin a funny,funny playing,shall we?(さあ、愉しい愉しい遊びを始めよう?)
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「……ほう。 なんとも、味な真似をする輩じゃのう」 ミツハニー達の攻撃は、全て外れた。 直前までそこにいたはずの三人は、跡形もなく消えていた。……ぽっかりと、地面に穴を一つ残して。 「わらわの手出しの利かない地中に身を潜めたか。 ……じゃが、直に顔を出す。その時何処に居ようと、この軍勢からは逃れられぬわ」 また目を細めて黒い微笑を浮かべるアナスタシア。 「皆の者、彼奴等に逃れる隙を与えるでないぞ。 近隣の市街に及ぶまで、警戒範囲を拡大するのじゃ」
* * * * *
その地中で。
「せ、せまいっ……」 「そりゃ仕方ないです。 本来一人で潜る[穴を掘る]で、無理矢理三人入ってるんですから… ぐぇ」 狭い穴に三人、ぎゅうぎゅうに詰まったままざくざく掘り進んで行く。 ざく ざく ざく。 「………それで、ここからどうするんですか? このまま掘り進んで、近くの町まで逃げ込むとか…」 「……いえ、そりゃ多分無理です。 恐らく、あの数を利用して町の方まで警戒範囲を伸ばしてるんじゃないかと…」 「え? って事は、外にでたら見つかっちゃう?」 「……見つかった瞬間にフルボッコ確定です。ただでさえ[穴を掘る]の直後の動きは読まれやすいですし」 ざく ざく ざく。 「えーと、じゃあこのまま相手が諦めるまでこの中で待つとか!」 「やー…… 土の中って、空気少ないんですよ。……酸欠でアウトです」 ざく ざく…… 「……やっぱり、打つ手無しなんですね」 悲観してうなだれるクラヴィス。 「う〜ん 一つだけ。上手くいくかどうかわからない戦術が、たった今浮かびました」 「え? どんな戦術!?」 PQRの言に、期待の目を向けるセイラ。 「やー……上手くいったらラッキーってレベルですけど。 いいですか――」
* * * * *
地上。
「……彼奴等はまだ出てこぬのか。 ふぁ…… わらわは退屈じゃ」 待つだけの現状に飽きてきたアナスタシアは、小さな欠伸を一つ零す。 ……と。 『『ア、アナスタシア様ッ!!』』 ミツハニーの何体かが、慌てた声をあげる。 「騒々しい…… 彼奴等を討ち取ったのか?」 『此処は危険です! 何卒お引き下さい!』『奴ら、下から……!』 口々に騒ぎ立てるミツハニー達。アナスタシアは異常を察し―― 「何事じゃ、何が――」
ぼこっ
「ぃよいしょっと! ……今です銀月さん! セイラさん!!」 PQR達が、アナスタシアの"真下"から顔を出した! 「行きます……!!」 「ジュワ!!れいとうっビィィーーーームッ!!」 クラヴィスが勢いよくアナスタシアに向けて飛び上がり、セイラが併せて独特の形に手(?)を組んで[冷凍ビーム]を真上のアナスタシア目掛けて撃ち上げる。
PQRが考えたのは三つ。 広範囲を警戒しているなら、中央は手薄になっている。 大軍は、指揮官が崩れれば混乱に陥りやすい。 そして護衛とは、護衛対象に敵が密着していると意外に手を出しづらい。
これらを踏まえて、PQRが出した戦術は… 「逃げずに突っ込み、至近距離でボスにダメージを与えて逃げる。もしくは倒す」 PQRが穴を開けて地上に出た瞬間、セイラとクラヴィスでアナスタシアに攻撃を加える。 ……仮定の上に成り立つ選択だったが、なかなかどうして。的を得ていた。
『『『『アナスタシア様を御護りしろ!!』』』』
多数のミツハニーが、セイラの冷凍ビームの直線状に素早く寄り固まる。 二重三重のミツハニーの壁が、冷凍ビームの直撃を受けて凍り付き、落ちていく。 冷凍ビームはアナスタシアに届かず、4枚目のミツハニーウォールを破った所で消えた。 「このチャンス……失敗しない!」 しかしその期を逃さず、跳躍したクラヴィスがとうとうアナスタシアの眼前に迫る! 「だっ……誰か! わらわを護ってたも――」 「私の渾身の……一撃!!」 クラヴィスの放った[辻斬り]が、アナスタシアの胴を真一文字に切り裂く!
『『『『『『『『『『アナスタシア様ッ!!』』』』』』』』』』
「……ぁ、かはっ……! お、お……のれっ!!」 辻斬りの入りが浅かったのか、致命には至っていないがかなりのダメージを与えたようだ。 アナスタシアは傷口を庇いながらまだ飛んでおり、跳躍から自由落下に移ったクラヴィスを忌々しげに睨む。 「只では……済まさぬぞ! 思い知れ……っ!!」 アナスタシアの額の宝石が輝き、[妖しい光]を放つ。 「っ……!?」 「しまった、銀月さんっ!!」 着地を待たずして、クラヴィスは妖しい光に包まれて混乱してしまう。 「あ……っれ…… っきゃ!?」 「クラヴィスさん! 大丈夫!?」 空中で混乱した所為で、着地に失敗して地面にぶつかるクラヴィス。慌ててセイラがクラヴィスに駆け寄り、抱き起こした。 「セイラさん、銀月さん! 退きましょう!」 「ぐっ……させぬ! 者ども、彼奴等を仕留めよ!」 アナスタシアが再び指令を出す。と、何匹かのミツハニーが目立つ位置に躍り出る。
『全隊!構え!!』
「! [攻撃指令]じゃない……!? 二人とも――」 嫌な予感を感じ、PQRはセイラとクラヴィスに駆け寄ろうとした……その刹那。
『放て!!』
その声と共に、ミツハニー達が一斉に[風おこし]を放つ! 「これはっ……! ただの[風おこし]だけど…!?」 そう、ただの[風おこし]。 だが、おびただしい数のミツハニーが同時に風おこしを放ったため、相乗効果により恐ろしいまでの暴風と化している。 PQRは反射的に[守る]を発動させて、暴風のような[風おこし]から身を守ったが… 「きゃあああああああああっ!?」 「うああああああああああっ!!」 混乱しているクラヴィス、そしてそのクラヴィスを助け起こしていたセイラは身を守ることが出来ず、暴風に飲み込まれてしまう。 「せ、セイラさん! 銀月さんっ!!」 恐るべき暴風はすぐに途切れ、巻き上げられた二人がそれぞれ落下し、地に叩きつけられる。 「しっかり! ……セイラさん!!」 PQRは目の前に落ちてきたセイラを助け起こし、声を限りに名を呼ぶ。 「ぅ…… うぅっ……」 反応。まだ息がある。瀕死のようだが、まだセイラが生きている事にPQRは安堵する。 見れば向こうで倒れているクラヴィスも、息をしている様だ。 「まだ永らえるか……! しぶとい輩じゃ ぁ、ぐ…っ!」 『アナスタシア様!!』『無理をされては、お命に関わります!』『すぐに後方にて治療を…!!』 傷を抑えて苦しむアナスタシアに、心配をするミツハニーが口々に言う。 「じゃが…!彼奴らの…首一つ取れぬとあれば、ゼロ様に顔向けできぬわ…!!」
「(指揮系統が乱れてる……今しか!)」 統率の乱れたミツハニー達を見、PQRは逃げることの出来るチャンスを悟る。 ……だが。同時にPQRは、非常にまずい状況であることを理解する。 「(! マズイ、二人とも動けない!)」 先程穴に潜った時は二人とも万全の状態だった。だが今はセイラもクラヴィスも瀕死のダメージを負って、意識も無い。 身体の小さなイーブイであるPQRには、そんな二人をいっぺんに引っ張って逃げることなど到底無理な話。 PQRも万全ではない。せいぜい、どちらか片方を担いで穴を掘るのが限界……。 「(どちらか…… 片方!?)」 つまりそれは……
片方を、見捨てる。
「彼奴等は、もう、風前の灯じゃ! ……者ども、"かかれ"!!」 気力を振り絞るように、アナスタシアが再度[攻撃指令]を出す。 「!! ……く、くっそ……! クソッ!!」 迷う暇など、相手は与えてくれなかった。 PQRはすぐ側のセイラを捕まえ、全力で穴を掘って地中に潜った。
* * * * *
PQRの逃げた穴と、意識の無いまま取り残されたクラヴィスを目下に、アナスタシアが呟く。 「……二匹、逃してしもうたか…。 わらわとした事が ぅぐッ…!?」 アナスタシアはみたび、受けた傷を抑えて苦しむ。 『『『『アナスタシア様!!』』』』 「喚くでない……。 心配せずとももう戻るわ」 そう言い、横たわるクラヴィスを忌々しげに見据える。 「……あの憎きアブソルは拘束せよ。 虜(とりこ)にして、わらわが直々に……この傷をつけた報い、その命を以って償わせてやろうぞ」 『『『はっ!』』』 気を失ったままのクラヴィスを抱えさせ、アナスタシアと沢山のミツハニー達は何処かへと飛び去っていった……。
* * * * *
205番道路。 ハクタイの森から南へと幾らか下った辺りで、ボコンとPQRが穴から顔を出した。 「ここは…… ……そっか、戻ってたのか……」 そう言えば掘る時に方角を考えていなかったな、と今更気付く。妙な方角に掘っていなくて助かった。 「………………」 ……動く気がしない。一先ず穴からセイラを引き上げ、近くの岩にもたれかかるPQR。 そう言えばハクタイに向かっていたような、とか 一度ソノオに戻って出遭った敵の事について知らせた方がいいだろうか、とか。
そんな考えよりも、疲労と…… クラヴィスを見捨てて逃げたという事実がのしかかって、動く気がしなかった。
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