[553] 小説 《Dream Makers U》 第二章 (1) |
- あきはばら博士 - 2008年05月25日 (日) 18時59分
フッフッフ……良くぞ聞いて下さいました! 何を隠そう、私はここに恋人探しに来たのです! ――アルズ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サンドとイーブイ。ここホウエン地方では、非常に珍しい二匹が共に歩いていた。 珍し過ぎる組合せ――つまりこの二匹は[ニ匹]でなく[ニ人]…こちらの世界にやって来た[元・人間]を意味する……。
インターネット上に存在する、ポケモンの世界[DreamMaker] ただの都市伝説と言われたこの噂は……真実だった。 一時期、この世界にも争いが起きた。 だが、それは既に過去の話。今は平和だ。 それを知った人々はパソコンを通じ、この世界にやって来た。そう、ポケモンとなって……。 今まで[DreamMaker]は、簡単に行き来が出来た。来るには少々手順が必要だったが、帰る時は「帰りたい」と念じるだけだった。だが…… 突如聞こえた、扉が閉まる様な音。 その音が「誰にでも出来る」を「誰にも出来ない」に変えた。ある日、突然と。 帰れなくなった。 帰る手段は、全くわからない。 沢山いる[元・人間]の内のニ人、サンドのあきおと、イーブイのPQRは、元の世界に帰還する方法を探して行動を共にしていた……。
* * * * *
『むこうの方にある、サイサリスとかいう店の店主は、そういった話に詳しいらしい』 今の所、あきおとPQRが手に入れた情報はこれだけだった。改めて考えるまでもなく、酷く頼りない情報だ。 『むこうの方』と言ういい加減な方角は、精確なのか? 方角はともかく、距離はどの程度か? 『サイサリス』とは、何の店なのだろうか? 『そういった話』の、『そういった』の範囲は? 『らしい』って時点で、全部間違ってる可能性は? ……そんな感じに、疑問は多々ある。いくら推測しようが、それは無意味だ。行くまではわからない。しかしあきおは、その無意味な行為を続けながら歩いていて、何度もぬかるみにはまった。その度にPQRが苦笑いをしつつ、あきおを引っ張り上げる。
と、まただ。あきおはくぐもった音と共に、ぬかるみにはまる。 「一体何度はまったら気が済むんですか…」 かれこれ十一回目。流石にPQRは溜息を付くが… 「なに、心配無用!」 「うわっ!?」 あきおを中心とし、泥が派手に舞い上がる! そしてあきおは……ぬかるみから脱出していた。今の技は[高速スピン]だ! 「よっしゃ、成功!」 新たな技を会得し、喜ぶあきおだが…… 「あーきーおー さーん……」 ……近くにいたPQRは、全身泥まみれ。 「いやその、不可抗力で……」 「言い訳しないで下さい!」 旅は、あまり順調でなかった……色んな意味で。
* * * * *
「いらっしゃい、そこのお二匹(ふたり)さん!まぁウチの商品見て行きなよ!」 昼を少々過ぎた頃、二人は突然カクレオンからこんな声を掛けられた。しかしそこは、ウチと言っても……質素な大きい机に商品が並べてあるだけの、屋根すら無い店だった。恐らく、行商の類いなのだろう。 「店かぁ……イイ情報ねーかなぁ?」 「聞いてみますね」 軽い相談の後、PQRは店主のカクレオンに話し掛けると…… 「そうだの……心当たりが無いこともないが」 「え、本当ですか!? 良かったら教えてください!」 「慌てるな、まぁなんだ……何か買って行かんか?」 ……なかなかどうして。商売の上手い店主である。
幸い、あきおとPQRはそれなりのお金は持っていた。この前、倒したポッポ達からカツア……ではなく貰ったのだ。それに何か役に立つアイテムを買っておいても、これからの冒険で損にならない。そうと決まれば話は早い、二人は商品を物色し始めるのだった。 「毎度ありぃ♪ ところでさっきの話だが……」 あきおとPQRが幾つかの商品を買うと、店主はニコニコ顔で話を始める。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……もう、大丈夫かな?」 ラクは再び前へと首をめぐらせる。 深緑の影落ちる林を抜け燃え立つ黄金色の草原へ、下を流れる小さな小川も輝く金に染め上げられている。 ――この世界の夕焼け、都会では見られない澄んだ空気の夕暮れだった。 ゆっくりと、へこんだ鎧で動かしにくい翼を羽ばたつかせサラサラと音立てる金に降り立つ。 鎧のおかげで散々やられた割にダメージは少なかったし、衝撃による息苦しさ“は”なくなった。 問題は……―― 「覚悟を決めろ、僕っ!」 ハシっと頬をたたき、一息で空気を吸い込む。ひやりとした晩秋の風がラクの喉を通り――
ベコッ!!
…………。
風に波打つ金色は美しい、後方にそびえる深緑の影を伸ばす様子も美しい、光色の小川は美しかったはずだ――普段なら。 痛みに転げまわる鎧鳥、しかも葉っぱと泥だらけになったのが水を跳ね上げてにごらしていなかったのなら。 「っうゥ……痛かったぁ;」 先ほどの戦闘で背中がへこんだ鎧を治す(直す?)ため、大きく息を吸い込んだのが……覚悟していたものの相当痛かったらしい。 外れた肩を戻すような感じというのか、治す瞬間が非常に痛い作業である。 「あぁ……鋼タイプってこういうときに不便だよ」 近くにいた道祖神らしき物にグチりながら静まってきた水をすくい、軽く泥を洗い流した。 鎧がへこんだのはショックで受身も取れずまともに攻撃を受けた自分のせいだが、今のラクとしてはムシ! 兎に角無視! な心境である。 冷たく澄んだ空気と水にしみる傷が何故か心地よかった。
* * * * *
「さてと、夕日が沈まないうちに行かないと……多分、僕鳥目だし」 しばらく休んだ後、ラクは立ち上がった。試しにバサバサッと二回翼を振るうと痛みも無く動かしづらさも無い。 元からたいした事無かった傷はほぼ塞がってしまった。葉も泥もあらかた落としたのでサイサリスを訪問するのにも失礼は無いはず。 全ての準備が整いいざ風脈をつかもうとした瞬間――。 「ヘっ……それは出来ねぇぜ」 「うぁっ……」
ラク は イヤなヤツ に であった! ▼
脳内にRPG風の文字がよぎった。 フリーズしかけるのも無理は無い。 なぜなら……そのギンギン光る目、逆立てた髪、説明するまでも無い。先ほどのポッポ軍団――の一匹だ。 よく見るとあちこち羽がほつれていたりする。 「(普通に引くっ、執念深すぎだよ……!)」 空からつけられないよう森に入り、さらに追うのが面倒くさくなるよう[巻きびし]を巻きまくったそこを突破して目の前に現れた。 これはかなり執念深い。
「つか、お前、実はちょっとアホだろ」 「へ?」 「……道筋全部に[巻きびし]巻いたら誰だって追ってこれるっつの」 「う゛……」 「それに執念深いとか思っているかもしんねぇがなぁ、下っ端は命令されたらどんなとこでも行かなきゃなんねぇんだよ」 訂正。相手も執念深いけど自分自身も甘かった。 「――だいたいなぁ、お前みたいに下手……」 「は、はぁ…」 とそのポッポはさらに延々と愚痴を並べ続ける。どうやらかなりストレスが溜まっているらしい。 チャンスとばかりにソロソロとラクは後ずさるが……。 「オイッ! 止まれ」 三歩も歩かないうちに気がつかれた。そのうえ―― 「この期に及んでまだ逃げようとか思ってんのか? 暴風滑空団(ストームグライダー)をバカにしといてそれはないンじゃね」 ポッポが今まで後ろ手に隠していた物を目の前に突き出した。モクモクと煙を上げるそれは―― 「はっ……燃えている!?」 「アホかッ!? これは『煙玉』だ『煙玉』!!」 お前にはまともな回答ができないのか! とさらに突っ込まれる。 そして、うっかりこんな話をしている間にもポッポ軍団は―― 「おっ、どうやら御到着のようだぜ…」
悪夢の再来。 ついさっき猛攻をかけてきたあの茶色が橙の上にポツンと。 その点は見る見る大きくなっていく。
「ふっ[吹き飛ば……」 「二度目が効くかよっ[霧払い]!」 慌てて十分にエネルギーを練れないまま放った未熟な[吹き飛ばし]があっけなく掻き消される。 「うっ……」 逃げ切れないかもと思いつつもラクは体をひねり脱兎のごとく駆け出す。 「逃がすかっ!」 怒鳴り声をすぐ後ろに聞きながら飛のエネルギーを練り、翼をはためかせ……追手の翼がラクの翼をかすめたその瞬間。 「…熱っ! 何だコレは!?」 突然、熱い大気がラクの周りに現れ、凄いスピードで空に押し上げてくれた。下を見れば紅い光。 だが、その光に見とれる暇も無く立ち直った追手が舞い上がる――その後ろにいち速く来た二羽を従えて。 茶色の点はもう丸だ。沢山の点が隊列を組んで集まっていると分かるところまで来ている。
――まだ、三羽。すぐに、十数羽。
とりあえず沢山に囲まれたらまず勝てない。そして、奴らも多分それを狙って足止めしてくる。 頭の良さそうなポッポを行かせて時間稼ぎをしたところからもそれは明白である。 とにかく全速力で逃げながら攻撃してけん制……命中に気を使ったり、さっきみたいに時間がかかるのはダメだ。 「(やっぱりコレ……芸が無いなぁ……(涙))」 一瞬でそこまで考えて[高速移動]を使いながら声を上げる。 「[スピードスター]ァ!!」 きっと大丈夫。どっちも低レベルで覚える基本中の基本。慣れてきた体が技をささやいてくれる。 一度使ったことのある技ならなおさらそうだ。 だからこそ、初めて使ったときと違う状況を考えずに目の前に発光体を出してしまった。
『油断大敵』
「ってうわぁっ! 羽にはさまってる!?」 強い衝撃、ラクは慌てて両翼を見た。沢山の星型がそれはもう見事に羽にはさまって後ろ――ポッポ軍団の方に引っ張っている。 嗚呼、このままだと間違いなくぶつかって……自爆。 油断大敵火がぼーぼー――って、冗談じゃない!! 「わぁぁちょっとストッ……いや止まっちゃ駄目じゃん! 違っ…… えぇい目的地変更! 『サイサリス』っ!!」 最後にヤケクソで叫んだ言葉が効いた。 予想外の行動に身をすくめ目を点にしている三匹の手前でラクは止まり、サイサリスのある方向へまた強制転換。 翼が引きちぎられそうなほどの痛みとともに三匹があっという間に遠くなる。 空気と言う塊を次々とぶち破っていく。轟々と耳元で風が渦巻き、ヒュウヒュウと翼の合間で風が歌う。 ののしる声もぼやっとしているが追いついているところを見ると音速は超えてないらしい。けれど―― 「(引き離してる? 僕が――?)」 ぶっちぎる速さ、怖いけれどジェットコースターに乗っているようでラクは少しイイ気になった。 翼に引っ張られたままではちょっと痛いので抵抗が少ない形(無意識的だが[燕返し]の型だった)を取るとさらにスピードが上がる。
――景色が風になる。
[スピードスター]を翼に引っ掛け[燕返し]の要領で飛ぶ。そのすごいスピードで相手にぶつかり、爆発してダメージを与える、鋼の翼を持つエアームドだからこそ出来るムチャなこのワザは後々『スカイドライブ』という名前で使われることになるのだが…… 「(スゴイ! エアームドってこんなに速く飛べるんだ……)」 ……新幹線並みかそれ以上の速さでめまぐるしく変わる景色に違和感を見つけたのはすぐだった。 “斜めっている”。要するに何故かは知らないが落ちていっているわけで……。 「ストップストップ!! ……何で聞かなっキャーーー!?」
ガシャ! パリパリパリーン! ドガーン! 派手な音と小さな爆発が起こって暗転。次に気がついたら焦点の合わないまま空を見上げていた。 慌てて背を起こすとシャラシャラと音がする。目の前の大窓が割れているのを見るとどうやらガラスの雨が降り注いだようだ。 気を失うほどの衝撃に爆発にガラスの雨、そして一応無事な自分。鋼タイプに感謝しなくてはなるまい。
「大丈夫ですか? エアームドさん。」 いきなり声をかけられたのに驚いて首を向けると背を向けた緑の人影……いや、ポケモンの影が居た。 わけ分からないながらにも「えぇ、一応……」と返事するとその影は柔らかな笑みを浮かべる。 「良かった、その様子なら大丈夫ですね。」 その台詞を言うや否や、温和な雰囲気が一変した。 その影――ジュカインは無駄の無い動きでバッと刀のある腕を突き出し『種マシンガン』の種だろうか? 緑の小さな粒を沢山浮かばせる。 その強い視線の先にはラクを追いかけて来たポッポ軍団、総勢十七羽。
「食い逃げ、万引き、嫌がらせさんはお引取り願いますよ!」
その言葉にキレたのかポッポ軍団が雪崩を打って突っ込んでくる。 一方のジュカインは浮かべた粒を『リーフブレード』の面で一払い。打たれた粒が銃弾のように下から軍団に降り注いだ。
* * * * *
「すぐ手当てできなくてスミマセン。」 十数秒後、ポッポ軍団は一人残らず気絶して地に伏していた。 勿論ジュカインのほうは無傷だ。 さっき見たときは気づかなかったが左に眼帯をしているそのヒトは、戸惑っているラクを見て慌てて言い添えた。 「自己紹介が遅れましたね。僕はサイサリスの店主、アッシマーMkU量産型です! あっ呼ぶときはアッシマーでいいですよ」
その場所こそが、『ポロック・ポフィン・ポケまんまの店 サイサリス』だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バシュン!
アルズの絶叫を無視するかのようにレニーが飛び出した。 「フフ、ノーマルタイプの君がゴーストタイプの私にどうする気なのかなー?」 「ったく、能無しのアホゲンガー!」 突っ込みに加えてゲンガーに[シャドーボール]を撃った! レニーの攻撃はゲンガーに見事に命中した。 「っ……痛いじゃないの……もう許さない!」 と言い出してアルズに[サイコキネシス]を繰り出した! 「う、う、うわぁぁぁぁ!!」 毒タイプも併合しているフシギダネでは威力が倍増する。 「効果は抜群だぁぁ…… もうダメ、レニーさん、後は頼みました……。 バタリ」 アルズは(非常にワザとらしかったが)たった1回の攻撃で倒れてしまった。 「お前何やっとんじゃボケェ!!」 仲間を巻き込むゲンガーに怒り立つレニー。 「言ったでしょ? 『許さない』と」 「俺の存在も忘れているんじゃあないだろうな?」
ボッ……
「ハッ!」 気が付けばレニーの周りにはサマヨールの[鬼火]が発動していた。 「やれ!」 「そうはいかへん!」 大きくジャンプしてサマヨールに向けて[シャドーボール]を撃った! 「ふん!」 が、サマヨールの[シャドーパンチ]と相殺された。 「やれやれ、チョロチョロとすばしっこいものですね……」 そのレニーは今、空中で[アイアンテール]の構えをしていた。 「おいおい、俺たちに届いてないぜ」 それもそうだ。何故ならレニーの攻撃対象は…… 「起きんか―――――い!!!!」 「痛――――――!!!!」 レニーの一撃で刃の目を覚ました。 「あ、レニーさん……」 「のん気に寝とる暇ないやろ! お前も戦わんか!」 「ええぇっ!?」 「他所見なんてしてる暇なんてありませんよ」 とっさにレニーが後ろを振り向いた時、レニーが吹き飛ばされてしまった。ゲンガーの『瓦割り』だ。 「フフ……さあ、大人しく捕まってもらうわよ」 「観念しな!」 「あ、あ……」 倒れたアルズとレニーを見てもうダメだと諦めた刃。 「(い、一対二…… ああ、こんなことなら寝ていたままの方が良かったかも)」 だが…… 「……まだ、や」 レニーは立ち上がった。 「こいつ、まだやる気なのか」 「でも構わない。次で決めてやるわ」 「ふ、ほな……やってみい、ホンマに決められんのかをなぁぁぁぁ!!!」
ゴオオオオオ!!
「な……」 レニーの身体からもの凄い威圧感を感じた。 「レニー……さん!?」 刃はこの威圧感に身体が震えている。 「だ、だがお前の身体は傷だらけだ! 何分持つか試してやるぜ!!」 サマヨールが飛び出した。が、レニーの[シャドーボール]が降り注ぐ。 「ぐは……ばかな、このガキの何処にこんな力が……!」 『シャドーボール』の連打攻撃でサマヨールの体力はじわりじわりと削られていく…… 「こ、この俺がこれでぶっ倒れると思うな!」 サマヨールは『鬼火』を発した! 「うっ!」 攻撃のキャンセルができずに直に受け、レニーは火傷を負ってしまった。 「(レニーさんが……頑張ってるんだ……僕もやらなきゃ!) おりゃ―――!!」 「え!?」 「ぐおっ!」 水を斬るようなスピードで刃が突進した。『アクアジェット』だ。 ニューラに習った技が早くも……いや、この場合はいまさら、役に立つときが来たのだ。 「ば、ばかな……こんなガキごときに俺が」 この威力に耐え切れずサマヨールは瀕死状態となった。 「お、覚えておきなさい!」 ゲンガーは慌てて走り去った。 「どこの捨て台詞や……また来る時はもう忘れとるって……」 さりげないツッコミをすると……レニーは体から力が抜けてしまった。 「あっ、レニーさん!?」 刃が駆け寄ったが 「すー……すー……」 「寝るの早っ……」 既に熟睡していた。
* * * * *
「う……ん……」 しばらくすると、アルズが目を覚ました。 「あ、アルズさん、怪我の具合は大丈夫ですか?」 「あれ……? さっきのゲンガー達は? ああっ! なるほど、さっき放った私の快心の一撃がクロスカウンターで決まって悪い奴らをまとめて倒したのですねっ! しかし、私もまだまだ修行不足のようです。すれ違い様に受けた一発で意識を失ってしまうなんて」 「記憶を改竄しないでください」 「ウソです。 で、本当のところはどうなのですか?」 「寝ている間にレニーさんと僕で追い払っちゃいましたよ。 ……レニーさんはもう寝てるけど」 「寝ている間にレニーさんと僕でおそっちゃいましたよ、ですってぇぇ?!」 「違いますっ!!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
町に墜落したセイラは、上半身がアスファルトにめり込み非常に情けない格好になっていた。
「うーん……ハッ、出たなバルタン星人! 食らえ! スペシウム光線ビビビビビ……ってここは?」 気づけば…… セイラが居たのは真っ白な空間だった。 「何? ココ。亜空切断のパルキア様ですか? それともひきこもりのデオキッちゃんのお部屋ですか?」 すると目の前に体が横に成長した上にお世辞にもキレイとは言えない女子高生が居た。 「ウェッ……不細工。」 女子高生は黙ったままだ。すると別の顔の女子高生が1人2人と増えてきて、合計で15人くらいに増えた。 ふと、自分の姿を見るとヒトデマンではない。人間の姿だ。 しかし、人間の姿ではあるが、セイラ自身の姿では……ない。 段々周りの風景もハッキリしてくる。……そこは人気のないビルの裏だった。すると最初の不細工女が口を開いた。 「アンタ生意気なのよ。何が「掃除は真面目にやりましょうよ。」だよ!この幽霊女!」
ドゴッ!
不細工女に蹴られた。ムカツク。 「ふざけんな!掃除は真面目にやるのが常識だろ!」 と叫んでやりたいが口が動かない。 「ウザイからやっちまえ!」 不細工女の一声を合図に他の女子高生共が一斉にセイラを暴行し始めた。 「痛いッ! 止めろよ!」 言いたいが口が動かない。セイラはとうとう倒れてコンクリートに頭を打ち付けてしまった。 「今度何か言ったら酷いからね!」 不細工女子高生が吐き捨てると他の女子高生を連れてどこかへ行った。 「何コレ……夢だよね……。 うちはポケモンなんだから……。でも変な……あれ? 意識が遠く……。」 またも言葉に出来ない声。薄れゆく意識の中でセイラの口が勝手に動いた。
「Dream……Maker……。」
その一言を最後にセイラの意識は失われた。
* * * * *
「…………あり?」 次にセイラが目を覚ましたところは真っ暗な空間。 「ココは? また不細工女子か?」 手を動かそうとしたが……動かない。 「あれれ? おかしいぞー?」 某少年探偵のノリで突っ込んでみる。足はなんとか動いた。 すると「おおっ!動いた!」とか「生きてるわ!」とか聞こえた。 「助けてくださーい!!!」 某恋愛映画のノリで叫ぶといきなり足から引っこ抜かれた。 「のわぁ!?」 思わずそう叫ぶと目の前には天地のひっくり返ったポケ、ポケ、ポケ。一瞬夢の中の女子高生とデジャヴしたが、それは所詮夢の中での話。 女子高生が増えるなんてあり得ないのだ。ブンブンと頭を振って夢のことを振り払う。 「ココは誰?うちはどこ?」 おきまりのボケをかましつつ混乱して辺りを見回すと上からオバサンっぽい声がした。 「何寝ぼけてんだい! いきなり空から落ちてきて……一体何が遭ったんだい?」 無理やり首を曲げると上には大きなガルーラおばちゃんが。セイラの片足を持ってセイラを見ていた。 「ポケダン? 道具? ゴローンの石? っていうか夢オチかよ。ま、良かったけど。」 セイラの言葉を聞いたガルーラおばちゃんはため息を一つ着くとセイラを放して地に立たせた。
「…………。」
冷静に周りを見渡すと多くのやじ馬ポケや新聞記者などが居た。 写真をとろうとしていたが、大々的に報道されたくないのでガンを飛ばして追い返してやった。 「まぁ、ここで話すのも何だ。アタシの家に来な!」 「はぁ……。」 おばちゃんの勢いに押されてうなずいてしまったセイラ。おばちゃんがやじ馬を追い払いながら進んでくれたので、その間を通りぬけつつおばちゃんの家に向かうのであった。 「(ん〜 そう言えばあの女子高生ってミサ姉と同じぐらいだったような……)」 歩きながらあのやけにリアルな夢のことを考えているセイラ。 (「セイラ……。」) か細いがハッキリ聞こえたミサの声。 「!?」 驚いて辺りを見回すが、ミサの姿は何処にもない。 「どうしたんだい?行くよ。」 おばちゃんに促され、 「(何だったんだろう……)」 と思いつつもおばちゃんに着いていくセイラなのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広場の中。そこには、何体かのポケモンがあちこちを歩き回っている。 「ねぇ、そのエルジアって人、本当にここにいるの?」 若菜はメスフィに尋ねる。 「それは〜……」 「それは?」 若菜はツバを飲んでその答えを待つ。 「わっかんないのだ♪」 「え〜っ!?」 思いもよらない答えに、若菜は驚きを隠せなかった。 「だって、エルジアは外に出る時はどこに行くか全然わからないのだ。だから、あっちこっちを探してみるしかないのだ♪」 相変わらずの明るい声で、メスフィはさくっと言ってのけた。 「……本当に、大丈夫?」 「大丈夫なのだ。しばらく歩いてたら、きっと見つかるのだ♪」 「なんだか……大丈夫じゃなさそうなんだけどなぁ……」 ダイジョウブじゃないダイジョウブ。見つからないのでは? と、そんな少々の不安を抱えながら、若菜とメスフィは歩いて行く。
* * * * *
そんなこんなで、小一時間ほどがあっという間に過ぎた。 「なかなか見つからないのだ……」 さすがのメスフィも多少肩を落としている。 「……ここにはいないんじゃないの?」 「そうかもなのだ……」 「じゃあ、別な所を探してみよう。ほら、あの森の中とか」 若菜は頭の葉っぱで、西の方向にある大きな森を指した。 「ハクタイのもり……そういえば、エルジアの家はソノオタウンにあるのだ。確かにいるかもしれないのだ♪」 再びメスフィの声が明るくなった。 「じゃあ、行ってみる?」 「うんうん、そうするのだ♪」 メスフィは二つ返事で答え、多少駆け足気味に森の中へと入っていく。 「あ……ちょっと待ってよ!」 若菜はその後を追っていった。
* * * * *
さらに小一時間ほどに過ぎる。 「やっぱり見つからないのだ……」 再びがっくりと肩を落とすメスフィ。 「なにか……手掛かりとかないの?」 「だから……本当にどこにいるかわからないのだ……」 嫌な予感が当たってしまった、と若菜。 2人は大きなため息をついた。 「こんな所でいつまでもため息ついてたって仕方ないよ……せっかくだから、ちょっと一休みしよう。……ほら、あそこの建物とか。あの様子だと……誰も住んでないみたいだし」 若菜は頭の葉っぱで、近くにあった建物を指す。 そこには多少古くなり、屋根に穴が開いていたりしている、大きな建物があった。 「……それもそうなのだ。そうするのだ♪」 2人はその建物の中へと入っていく。 ここが、ある意味でシンオウ一の名所になっているとも知らず……。
* * * * *
「おじゃまします……」 若菜は小声でそう言いながら中へと入る。メスフィもその後に続いた。 「やっぱり誰もいないのだ」 メスフィは辺りを見回し、そうつぶやいた。 「……ねぇ、メスフィちゃん」 「どうしたのだ?」 「なんだか寒気がするんだけど……気のせいかな?」 「……き、気のせいなのだ。うん、そうなのだ!」 そんな会話を交わしながら、奥へと入ろうとする2人。 その寒気は、実は気のせいではない。 「……い……」 突然、若菜の耳にそんな声が入ってきた。よく聞こえないが、確かに聞こえたのだ。 「ねぇメスフィ、何か言った?」 若菜はメスフィに尋ねてみる。 「ううん、何も言ってないのだ」 「えっ……じゃあ、さっきの声は何?」 背筋に寒気が走るのが、若菜にもはっきりとわかった。
「……そこの君達?」
2人の後ろから、いきなり太い声が聞こえた。 「……!!」 2人はようやく理解できた。『どうやらやばい場所に入ってしまったらしい』と……。 2人は恐る恐る後ろを振り向く。 「困るなぁ。勝手に人の家に上がってくるなんて……」 彼女の目の前には、黒いガス状の物体が!
「わあああああああああああああああああああッ!!」 さすがの若菜も、いきなり目の前に現れた謎の物体を見て驚かないはずがなかった。 若菜は怪我の痛みも忘れ、一目散に建物を抜け出した。 「あ、お姉ちゃん、ちょっと待ってなのだあああああああッ!!」 その後に続いて、メスフィも一目散にかけていった。
「……悪気はなかったんだがな」 疾風のごとく逃げていった2人を見ていたのは、この建物を住処としているポケモン、ゴースの姿だった。 そう、2人が一休みしようと入った建物、それは、シンオウ一のミステリースポット『もりのようかん』だったのだ。
* * * * *
「はぁはぁ……」 若菜とメスフィは、森のはずれで息を切らしていた。 無理に走ったせいか、若菜は怪我がさっきより痛くなっているような気がした。 「ごめん……ちょっと休ませて……」 「言われなくたって休みたいのだ……」 若菜の言葉に、メスフィが答える。 だが、この2人に休む暇などなかったのだった……。
「あぁ? 人の住処に勝手に乗り込んどいてぬかしてんじゃねぇぞゴルァ!」 突然、後ろから怒号が聞こえた。 「え……えぇ?」 すっとんきょうな声をあげ、若菜は後ろを振り向いた。 そこにいたのは、頭から湯気が上がりそうなほどに怒りを爆発させたアゲハントの姿が……、 「あ……アゲハントって、確か――」 若菜は不意に思い出した。 「――見かけに似合わず気性は荒い……んだよね?」 「た、確かそうだったのだ……」 少々震えた声で2人は会話する。だが、それがいけなかった。 「ゴチャゴチャうるせえんだよおっ!!」 気が短いのか痺れを切らしたアゲハントは、2人に[ぎんいろのかぜ]で猛攻撃をかけた! 「わあああああっ!!」 2人はまた森の中を逃げる羽目になった。
* * * * *
2人は逃げに逃げ、遂には森の中を抜け出してしまった。 しかし、アゲハントは執拗に2人を追いかけてくる。疲れきった2人との間は、次第に詰まっていった。 「もうダメなのだ、逃げられないのだ〜っ!!」 悲鳴を上げるメスフィ。 「観念しな! もう逃げられ……」 アゲハントがそう言った、その瞬間だった。
「ぐはっ!!」 アゲハントの間の抜けた声が聞こえた。 「え……?」 一瞬何が起きたのかわからず、後ろを振り向く若菜。 そこには、『ゴローンのいし』の直撃を受けて倒れたアゲハントの姿が。 「大丈夫? メスフィ、そしてそこのチコリータさん?」 何処かから声が聞こえる。 「だ、誰だ、てめぇは……」 「知りたいのなら教えてあげる。私はエルジア。弱いものイジメは黙って見てられない性分なの」 アゲハントの視線の先には、視線を真っ直ぐにこちらに向け、雄々しく立つヒトカゲの姿があった。 「てっ……てめええええっ!」 逆上して怒りが頂上を越え、大気圏をも突破せん勢いで上昇していたアゲハントは、よく考えもせずにエルジアに踊りかかった。 そう、こちらが不利だという事を全く考えずに……。
「たあああああああっ!」 アゲハントの目の前から、エルジアの姿が消えた。 エルジアの姿は、彼の上空、それもかなり高い場所にあった。 「なにっ!?」 動揺したアゲハントは、飛び上がって彼女を追おうとする。しかし、エルジアはそれを見てすぐさま攻撃態勢に入っていた。 「はああああっ!!」 彼女の体が炎に包まれる。とその時、彼女の手から、巨大な火柱が上がった。いや、火柱というよりは、炎の剣といった方がふさわしいかも知れない。 『きのえだ』を持った状態でフレアドライブを発動させ、炎をきのえだに集中させて炎の剣を作り出し、その状態からのドラゴンダイブで、上から剣を敵に叩きつける。 ドラゴンダイブを掛け合わせて威力の上がったフレアドライブを、体が直接ぶつからないため反動を受けずに放つ事ができるが、木の枝はすぐに燃え尽きてしまうので、連発する事はできない、エルジアが開発した必殺技である。 そして、エルジアは叫んだ。 「いけぇっ!! 奥義、『火焔破砕剣』!!」
「なにっ!!」 「チェストオオオオオオオオオッ!!」 炎の剣を携え、まっさかさまに急降下するエルジアを、アゲハントはよける事ができなかった。 炎の剣はアゲハントを飲み込み、そのままエルジアもろともに地面に叩きつけられた。
「ふぅ…… ちょっとやりすぎちゃったかな?」 のんきに言うエルジア。その足元には、全身がススにおおわれたままに気絶している、哀れなアゲハントの姿があった。 「エルジア〜ッ!」 と、そこにメスフィの声が響く。 「ありがとうなのだ……それに、丁度エルジアを探していたところなのだ♪」 「え……私を?」 「あの……すみません……」 申し訳なさそうな顔をしながら、2人の会話に若菜が割って入った。 「あなたが……エルジアさんですか?」 いまさら野暮な質問かもしれないが、念を押して問うてみる若菜。 「……そうだけど?」 いきなりの質問に、エルジアは怪訝そうな顔をして答える。 「いきなりでごめんなのだ! でも……お願いがあるのだ」 「お願い?」 「この若菜って言うお姉ちゃんを、エルジアの家に連れてってほしいのだ♪」 「え、どうして?」 「お姉ちゃん、なんだか困ったことがあったみたいなのだ……。でも私はちょっと用事があるから、もう連れていられないのだ……。 だから、エルジアにお願いしようと思って、探してたのだ♪」 「……そう……」 エルジアは腕を組んで、考え込むしぐさをした。だが、1秒もしないうちに彼女は組んでいた腕をほどく。 「わかった! お父さん達にもちゃんと話を付けてみる!」 困った人を助けずにはいられない。それが彼女の性分なのである。 「ありがとうなのだ! 助かったのだ……」 エルジアの言葉に、メスフィはホッと胸を撫で下ろした。
* * * * *
一同は205番道路を抜け、ソノオタウンの入り口にまで差し掛かっていた。 「じゃあ、私はこの辺で帰るのだ♪」 「うん、じゃあ、またね!」 メスフィは満点の笑顔で、元来た道を戻っていく。エルジアもまた笑顔で、彼女の姿を見送った。 そして、エルジアは若菜のほうを向き直る。 「私の家はここに在るの。これから案内するね」 エルジアはそう言うと、若菜の前を歩き始める。若菜もまた、遅れないように続いて歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一通りの話を終え、ニ人はカクレオンの店を後にした。
「有益な情報……は無しか」 あきおは溜息を付きつつ、先ほど購入した迷彩柄のバンダナを被る。ちなみにこのバンダナ、[気合いのハチマキ]と同じ効果がある……らしい。他に、木刀も購入していた。 「うーん…けど全くの無益って事もないと思いますけど」 PQRが買ったのは首に巻いた、黄色いスカーフ。こちらも[シルクのスカーフ]と同じ効果があるとか。これにより、PQRの必殺[とっておき]の威力は…130×1.5×1.1=214.5となる(ハズ)。 因みに、今回彼等が手に入れた情報は…… 「行商仲間で元人間っぽいのがいた気がするかもしれない」 ……まただ。また出た「かもしれない」というフレーズが、何とも頼りない。しかも今回は「っぽい」ときた、明らかに胡散臭い。 「しかし種族がわからないですね」 「まぁ、確かにな……」 その元人間かもしれないポケモンの、種族まではカクレオンも知らないらしい。あくまで行商仲間から聞いただけの話らしいから仕方ないが……。 「行商繋がりで……カクレオンとかですかね?」 「さぁな。ま、運良くそいつに会えるかも不明だし」 手掛かりは、無いに等しい。 「ま、そうですね……」 二人はそこで会話を止め、歩調を早めた。次の町――ヨスガシティに着くのは何時になるのだろうかわからないが、直ぐに着く距離ではないだろう。
昼過ぎになって太陽がそろそろ下がり始めた頃、PQRとあきおは空腹を覚えた。 「とりあえず、この辺りで昼飯とするか」 「そうですね……」 二人は適当な場所に腰を降し、取り敢えず昼飯、とばかりに木の実を幾つか取り出した。
* * * * *
「ふぅ……ご馳走様」 「ごちそーさん」 昼飯を終えたあきおとPQRは、さっそく歩き出そうとするが。 「……ちょっと寒いな」 さすがにあんなにぬかるみに嵌っていれば、体もすっかり濡れてしまうわけであきおは寒さを覚えていた。動けば体も温まるが、一旦何かで体を温めてから進みたいと思った。 「焚火でもしますか?」 辺りを見回すが、ここは湿地帯だけあって乾いた木切れを手に入れるのは難しそうだ。 「じゃあ……火、火か。 PQRさんは[火炎放射]は使えますかな?」 「イーブイは炎技を覚えません。あ、[にほんばれ]なら覚えますね。でもここでそれを使ってもすぐに暖まりませんよ」 「ふむ、じゃあさ、サンドはどうだろうか? 俺が使えればいいんだよな」 「や、……サンドが火を噴いている絵をあきおさんは想像できるのですか?」 「む………………ダメだな。そんなサンド俺が許さん」 「です」 「せめてライターがあったら……な」 「けど無いですよ……」 無い物ねだりをしても仕方ない。あきおとPQRは、さっきカクレオンからライターを買わなかった事を心底後悔する様に溜息を付き、重い腰を上げ、乾いた木切れを探そうとするが… 草むらを掻き分け、二人の前にポケモンが姿を現した。 「ライターを御所望? なら買っていかないかしらん」 現れたポケモン……ニャルマーはそう言った。言動から察するに、♀ではないだろうか。目立った特徴は赤いモノクル(片眼鏡)と、背中のリュックだ。 「えぇと、もしかして行商の方ですか?」 「えぇ、そうよ」 PQRの問いに答えると、ニャルマーは営業スマイルを崩さぬまま背負っていたリュックを降ろした。 「わたしはシーラ、よろしくね☆」 言いつつリュックを開こうとする。 何たる幸運。これで寒さがしのげると思いきや……。
「待ちなさい!」 「この泥棒猫、逃がさない!」 怒声と共に……殺気を纏った水流と小銭が飛び来、ニャルマーのシーラを襲う!
「チェッ、あと一歩だったのにぃ……」 攻撃は、当たらなかった。シーラは尻尾をバネにした素早い跳躍で、その攻撃をかわしたからである。今の技は恐らく[水鉄砲]と[猫に小判]だろう。 草むらの、先ほど攻撃が来た方から姿を現したのは……黒の眼鏡を掛けた色違いのシャワーズと、青い眼鏡を掛けた普通のニャースだった! 「観念しなさい、シーラ!」 「先日うちから盗った商品と、慰謝料、耳を揃えて払ってもらうぞ!」 突如乱入して来た二匹のポケモン。このいきなり過ぎる事態に対応仕切れず、PQRとあきおは混乱していたが…… 「そこのサンドさんとイーブイさん、そのニャルマーに騙されてはいけません! そいつは盗っ人なんです!」 「マジかよ?! 中々予想外な展開だなオィ」 「そ、そんな……」 「気付くの遅いわ!」 ニャースのツッコミはともかく、シャワーズの説明であきおとPQRは状況を理解した。その説明が正しいとすれば、つまりシーラの職業は……泥棒! 先程の台詞から察するに、ニャースもシーラの被害者なのだろう。 「様々な手段で相手の隙を作り[催眠術]で眠らせ、荷物を奪う……それがアンタのやり口だったね、シーラ!」 一呼吸でそう言うと、ニャースはビシッ!とシーラを指差した。 「ホホホ……だからなに? もしかしてぇ、わたしを成敗しようとでも言うのかしらん?」 四対一。圧倒的不利なハズの状況にも関わらず、シーラは余裕の態度だ。その余裕が意味するのは……揺るぎない自信か。 「そこのサンドとイーブイ!あのムカツク雌猫をブッ倒すの手伝ってくれるよな?」 「勿論だ、こっちもアイツを見逃す予定は無い」 「僕だって同じです!」 闘志満々な二人の返事に、ニャースは満足気に頷き、 「自己紹介がまだだったね。うちはyuna(ゆな)。宜しく」 「私はメイルっていいます、宜しく!」 二匹の……否、二人の自己紹介を聞き、あきおとPQRは驚きを隠し切れない。 「あ、オレ、あきお……」 「えと、PQRです」 二人の自己紹介に、やはりメイルとyunaの眼鏡っ娘コンビは驚いた。どうやら彼女達も、あきお達が元人間ではないかという疑問を持ったのだろう。だが今は、その疑問を解決している場合ではない。まずは敵……シーラを倒さなければならないからだ。
* * * * *
「さぁ何処からでもかかってきなさいな……オコチャマ達」 「言われなくともな!」 あきおは言うや否や、弾丸の如く飛び出す! 「先手必勝! 一撃必殺ぅ!」 あきおは木刀(先程購入した)を構え……。 「でやぁぁあ!」 避ける暇は与えない、あきおの[居合斬り]はまともにシーラを捉らえ……なかった。 「なっ……!?」 手応えが、無い。あきおが切り裂いたのは[影分身]の影だ、つまり相手は、目の前にいない! 「あきおさん、後ろ!」 あきおはPQRの声を聞き、反射的に身体を捻る。すると……そのすぐ横を[水の波動]が通り過ぎた。 「間一ぱ……っ!?」 なんとかシーラの攻撃を回避したあきおだが……足を滑らせ、転んでしまう! 「ぐっ……」 鈍い音がし……あきおは気絶した。運悪く、転んだ拍子に岩で頭を打った様である。 「あぁ、なに自滅してんだあのサンドは!この……(以下、余りにもアレなため省略)……バカ!」 「yunaさん、落ち着いて〜!」 まだ何か言いたそうにするyunaを、メイルは何とか止める。そしてシーラは…… 「あらあら。自滅なんてツマラナイ」 と決め台詞を言ってみる。だがyunaのせいで台詞を言う若干タイミングがズレ、場の空気は微妙だ。 もはや戦闘不能なあきおは無視。咳払いをして気を取り直し、シーラはクルリとyuna達の方に向かい…… 「さあさ、かかって来なさいな、三匹同時でも良いわよ…?」 と、妖艶な笑みを浮かべ、挑発する。 「なら……僕とyunaさんが仕掛けますから、メイルさんは援護頼みます!」 「わかった! ……ん、ちょい待て、なに仕切ってるんだよ!」 「yunaさん、突っ込んでいる場合じゃないですよ!」 PQRは冷静に指示を出し、yunaとメイルは(素直に、とは形容出来ないが)それに従う。数の差を生かしたこの作戦なら……勝てる!PQRはそう確信していた。 「てや!」 「くらえ!」 PQRは[体当たり]、yunaは[乱れ引っ掻き]でシーラを襲うが… 「遅いわ……フフフ」 シーラは舞う様に、華麗なステップで二人の攻撃をかわしてみせる。当たりそうで当たらない…攻撃する側にとって、かなりもどかしい手応えだ。 「は、早い」 遠距離支援をするはずのメイルも、シーラのスピードに惑わされていた。必死に[水鉄砲]を乱射するが、掠る気配すらない。 「おバカさんネ、そんな作戦わたしに通用すると……?」 必死に攻撃を続けるPQRとyuna。だがシーラは、それをあっさりかわし続ける。暖簾に腕押し、という言葉がピッタリだ。 必死と言えば聞こえは良いが、焦りからか……yunaとPQRの攻撃は、単調な物になっていた。そんな彼等の動きを読むのは、意外にたやすい。 「うわっ!?」 「あいたっ!」 シーラに避けられた拍子に、PQRとyunaはお互いの技がお互いにヒット!幸い、当たりは浅いが…… 「あっ!?ごめんなさい!」 「冷たっ!?」 しかもメイルの[水鉄砲]も、見事に二人へ。どうやらシーラも、ただ単に避けている訳ではないらしい。 そして生じた、PQRとyunaの……大きな隙! 「ウフフ、おバカさん……」 シーラの尾が、まばゆい光を放ち、二人を襲う。[アイアンテール]だ! 「がばっ!?」 「危っ!」 ギリギリで回避出来たyunaはともかく、PQRにはクリーンヒット。その小柄な身体は、錐揉み回転しながら宙を舞い……轟音と共に、頭から墜落した。 「PQRさん!?」 「ぐ…ぅ……」 立ち上る砂煙が晴れると、何とか立っているPQRの姿があった。だが……その足は、遠目から見てもわかる程に震えていた。 「あら、根性はあるみたいだけど……それ以上でも,それ以下でもないわネ」 シーラの台詞が終わる頃には……PQRは糸が切れた操り人形の様に、その場に崩れた。 「これであとは、二匹ね」 シーラは楽しそうに呟く。そう、彼女はこの一方的な戦いを楽しんでいた……。 恐らく、[アイアンテール]はPQRの『急所』に命中したのだろう。それも偶然ではない、シーラは先にPQRを狙っていた。そしてこれも推測だが……彼女のモノクルは急所への命中率を上げる[ピントレンズ]ではないだろうか。 だが理屈はどうにせよ……シーラは、強い。 「くっ……うちを舐めるな!」 負ける訳にはいかない。yunaは渾身の[猫に小判]で反撃を試みるが……。 「残念ネェ、パワー不足よ」 シーラは尻尾、[アイアンテール]ですらなく[尻尾を振る]で迎撃して見せた。 「嘘だろ……ちくしょう!」 yunaは愕然とした。レベルが……違い過ぎる、勝てない。だが、今更気付いてももう手遅れだ。 「さてと……もう、終わりかしらん?」 月明かりによって出来ていたシーラの影。それが突然に異形へと変わり、yunaを切り裂きに掛かる! 「当たるか!」 yunaは割と余裕で[シャドークロー]をかわしてみせる。だが…yunaの影が同様に姿を変え、yuna自身に襲い掛かる! 「ちょっと待ったギャァァア!?」 yunaは何とか意識を保ったが、ダメージで身体が動かない。仰向けに倒れた彼女の視界には、ただ空があった。そして、徐々に意識が遠退いて行く… 「気を抜いちゃだめぢゃない……ウフフ」 攻撃の直撃、及びyunaの戦闘不能を確認したシーラは溜息をつく。そして…… 「最後は……貴女よ? せっかくならもう少し楽しませてくれるかしらん」 ゆっくりと、メイルの方を向く。 「ふ、ふ……ふざけんなぁぁぁぁぁあ!」 プレッシャーからか、メイルの理性はぶっ飛ぶ――早い話は、キレた! もはや躊躇は無い、必殺の[滝上り]を繰り出すが……。 「さようなら……ま、暇潰しくらいにはなったヮ」 シーラは易々とメイルの渾身の一撃を回避、同時に電撃を放つ! 「がぁっ!?」 [十万ボルト]の直撃を受けたメイルは、数度身体を痙攣させると、その場に倒れ伏した。 「貴方達の根性だけは認めてあげるワ。さて……じゃあ荷物、頂きましょうか♪」 メイルを倒したシーラは、手近にいたyunaに手を伸ばす、だが! 「まだ…… オレを忘れてもらっちゃ困るぜ!」 「っ!?」 シーラが振り向くと、あきおが立っていた。そう、彼は気絶こそしていたが、大したダメージは受けていないのである! 「でやぁぁぁぁあ!」 「しまっ……」 最後にして最大、逆転のチャンス。一刀入魂、あきおは一気にシーラの懐に飛び込んだ。回避は――間に合わない! あきおの[居合斬り]が、今度こそシーラを捉らえた……様に見えた。 「ふぅ、やってくれるぢゃない。けど……」 だが木刀は、シーラの僅かに手前で停まっていた。先に、シーラの[アイアンテール]が、カウンターになる形であきおの腹部に減り込んでいたから…… 「残念。だけど良い攻撃だったヮ」 「がっ……は」 パーティ最後の一人……あきおは倒れた。
先程まであった陽の明かりは失われ……暗雲が、急激な広がりを見せていた。雨が振り出すのも時間の問題だろう。
* * * * *
シーラの完全勝利。yuna達は戦闘不能な上、気を失っていた。 「さて、もう抵抗は無いわよネ……」 シーラは今度こそ、とばかりにyunaの荷物に手を伸ばすが…… 「止めてくれませんか? そういうことは」 シーラを制止する様に――凜とした声が、辺りに響いた。 「誰よ……こんなタイミングで現れる無粋なヤツは?」 振り向くシーラの視線の先に……ライチュウが一匹。 「無粋なのは貴女ではないですかね……シーラさん?」 ライチュウは何気ない足取りでシーラへ近付く。一見すると、お互い何の構えも無く見えるが……それは違う。張り詰めた空気が、そこに隠された臨戦態勢を物語っていた。 「煩いわネ……誰よアンタ?」 「さぁ……当ててみてください」 ライチュウはざっと、黄色いコートを翻す。そのコートは雨に濡れているにも関わらず、軽々と翻った。 「? そのコート……」 シーラは、その容姿にでピンと来た。五年前の戦いを生き延び、この世界を救った英雄の元人間の一人――秋葉。 雨が……降り始めた。 「引いてもらえませんか? でなければ、私は貴女を倒しますが……」 また一歩、さらに一歩とライチュウ……秋葉はシーラへ近付く。それに同調するかの様に、雨は強さを増して行く。 「倒す……? ハッ、やれるものならやってみなさいよ!」 シーラは秋葉に勝てる、そう判断した。五年前の戦いでは戦うことを拒否し続けていた相手だ、強いという証拠など無い。 「死になさいよ!」 シーラは[切り裂く]で秋葉に仕掛けるが、秋葉は[高速移動]で距離を取る。 「逃げる気!?」 「いえ…… 倒す気ですが」 微笑を浮かべた秋葉の頬袋から、電流がほとばしる。これは……[雷]! 「そんな技……はっ!?」 シーラは気付いた。今の天気は、雨。[雷]の命中率は……。 「らいらいら〜い!」 掛け声と共に、極大の電撃が叩き落とされ……、 「ギャァァァァァァア!!!」 [雷]の光が、シーラを包み込む! 今思えば、この降り頻る雨も秋葉の[あまごい]だったのだろう。 シーラはブスブスと黒煙を上げ……倒れた。 秋葉は倒したニャルマーには目もくれず、yuna達の方に近付くが… 「さて、と……ん?」 振り返ると、黒焦げになったシーラが……立っていた! 「わたしは……わたしはまだっ! 負けてないわ!」 「……懲りない方ですね……。あっ」 そこで秋葉は何かを思い出した。 「聞くのを忘れていました。貴女はジェノサイドクルセイダーズを知っていますか?」 「はぁっ?」 「なるほど」 聞いたことも無い単語に首を傾げるシーラの言葉に、秋葉は一人で納得した。 それが癇に障ったのか、シーラは殺意を露わにし、秋葉に迫る! 秋葉はシーラに向かってダッシュをかける。これは[電光石火]でシーラと真っ正面からぶつかる気なのだろうか?いや…… 「死んじまえやぁぁぁぁぁ!」 「正直不本意ではありますが、仕方無いですね……」 ちょっと申し訳なさそうな顔を浮かべた秋葉は、凄まじい勢いで増速する。溢れ出す膨大な電気エネルギーが、自身の体にまとわり……まばゆいばかりの輝きを放つ。これは[電光石火]ではない、ありえない。この技は……! 秋葉とシーラの身体が衝突し……吹っ飛んだのは、シーラ! 「がぁぁぁぁぁあ!?」 シーラの身体は数十メートルほど宙を行き……轟音と共に、木に激突した。もはやシーラに動きは、無い。 「やっぱり、私的には多用したい技じゃないですね……」 秋葉が今使った技――[ボルテッカー]は、攻撃の反動で、自らもダメージを受けてしまう。だがシーラは弱っていたし、レベル差があったので、ダメージは微々たるものだった。 「さて……では行きますか」 秋葉は傷薬をいくつかyuna達の所へ置くと、シーラを背負って……その場を去った。シーラは多分、警察にでも突き出すのだろう。 秋葉がいなくなると、暗雲は消え。……陽が、再び顔を出した。
* * * * *
「……ぅ…………」 メイルは眩しさで目を覚まし、手で顔を覆いながらゆっくりと目を開いた。眩しさの原因は、西の山から顔を覗かせる、夕日か。もう夕方になっていた。 メイルは意識がはっきりするや否や、慌てて荷物を確認するが、荒らされた形跡は無く、無事だった。 「何でかな……痛っ……!」 疑問はともかく、まだ身体は痛む。一晩寝たとは言え、HPは回復しきってないようだ。するとどうだろうか、都合良く目の前に傷薬があるのだ。 「傷薬が……? どうしてだろう……」 更に重なる疑問。だがメイルは、取り敢えずその傷薬に手を伸ばす。 身体に傷薬を吹き掛けながら辺りを見回すと……メイル以外の三人は、まだ寝ている様だった。皆もメイル同様、荷物は荒らされてない様に見えた。 「確かなのは、私達は生き延びられた……それだけですね」 疑問は重なり続けるが、取り敢えずメイルはそう呟く。 三人が起きたら、あきおとPQRに元人間なのか話を聞いて。それから共にヨスガシティを目指そう。メイルはそう決めた。 「不安だらけだけど……何とかなるよ、きっと!」 メイルが見上げた空には、雲一つ無い。
……明日もきっと、イイ天気だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゲンガーとサマヨールを90%近くレニーの力によって追い払った三人であったが、その張本人はぐっすりと眠ってしまい動けないでいた。したがって、今起きているのは刃とアルズである。 「どうしましょうか?」 刃が尋ねる。 「1・起きるのを待つ、2・叩き起こす、3・置いていく、4・引きずっていく。どれがいいですか?」 しばらく静寂に包まれる二人 「……1番と2番はともかく3番4番は冗談ですよね?」 「冗談じゃないですよ」 「…………」 「私たちの取れる選択肢がこれ以外にありますか?」 「確かにほかには考え付かないですけど、人道的並びに道徳的観点からするとちょっと……」 「……ですかね、やっぱり」 はぁとため息をついた後、刃は辺りをぐるりと見回す。 「どうされたのですか?」 「いえ、もしもここがポケモンの世界……ダンジョンではなく、本編の世界だとすれば、アレがこの世界にはあるはずです」 首をかしげるアルズに、刃は続ける。 「ポケモンセンターですよ」 よく見れば、レニーの体にはたくさんの傷が残っている、多分かなり体に負担を掛けて戦っていたのだろう。そうなると寝ていたりきのみを食べるだけでは、体の回復はできない、つまり本格的な体力の回復が必要になってくる。 それに刃としても、せっかくポケモンになったのだから、一度くらいあの回復を受けてみたいと思っていた。 「ほほう、ポケセンですか〜! 刃さんはカシコイですね〜!」 「はい、 とりあえず、町の中に戻らないといけませんね」 「じゃあ、善は急げってことで、さっそく行きましょう!」 うきうきとしながらさっそく歩き出そうとするアルズに 「あ…… あの…… アルズさん、そっちではなく、町はあっちですが……」 「はぅ! スミマセンスミマセン!」 刃が突っ込みをいれるのだった。 「あと、どうやって寝ているレニーさんを運ぶかを考えないといけませんね」 「それは、刃さんにお願いいたします。私は橋よりも重いものを持たない主義なので」 「すごく怪力なんですね」 「力仕事は男の仕事です。刃さん、任せました!」 「はぁ…… 分かりました」 そう答えたものの、刃はこの前のグラエナの上での件で、ゼニガメが何か背負うのは無理だと知っていたので……。
ずるずる ずるずるずる
結果。レニーを引きずることになってしまうのだった。4番が正解。 「なんか罪悪感がひしひしとするのですが…… それにしても、なぜレニーさんは起きないんでしょうか」 「細かいところを気にしたら負けですよ。とっても疲れているから、ということにしましょう」 フシギダネとゼニガメに引きずられるイーブイが往く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
|
|