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[548] 小説 《Dream Makers U》 第一章
あきはばら博士 - 2008年05月24日 (土) 22時38分

ポケ書の掲示板で行われていたリレー小説「Dream Makers U」のスレッドの編集を致しましたので、こちらの場所をお借りして掲載いたします。
その人その人の作風をそのままに、ほとんどが原文そのままと言う手抜きになっていますが、
読者に満足できる終わらせ方になっていれば、嬉しいです。


  登場人物紹介 1

若菜(チコリータ♀)
輝(ラルトス♀)
PQR(イーブイ♂)
エルジア(ヒトカゲ♀)
あきお(サンド♂)
ラク(エアームド♂)
レツナ(ブースター♀*)
黒琉(ドーブル♂)
クラウド(ブラッキー♂*)
メイル(シャワーズ♀*)
セイラ(ヒトデマン♀)
銀月クラヴィス(アブソル♀*)
フリッカー(ガバイト♂)
如月紀乃(ピジョット♀)
アルズ(フシギダネ♀)
サギ(オーダイル♀)
霧崎刃(ゼニガメ♂)
ミツキ(ヒトカゲ♂*)
yuna(ニャース♀)
レオード(ニャース♂)
レニー(イーブイ♂)
ガルル(ポリゴンZ♂)
はやと(ナエトル♂)
メスフィ(イーブイ♀)

[549] 小説 《Dream Makers U》 第一章 (1)
あきはばら博士 - 2008年05月24日 (土) 22時42分


  来る、来ないはあなたの自由よ。でも、楽しいってことは絶対に保障するわ。
          ――由衣

   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 この物語を語るにあたって、簡単にこの世界のことを振り返る必要があるだろうと思う。
 正直ここから始まる物語には蛇足な説明になるだろうけれど、どんなものにも必ずその始まりはあるわけであり、源流あっての本流である。知っておけば話のどこかで役に立つかもしれない知識として知っておくと良いかもしれない。
 人間の世界の他にポケモンの世界があり、そこではポケモンのみが平和に暮らしていた。雨が降れば川になるように、暮らしていれば自然と社会ができそれを纏める存在も出てくる。このポケモンの世界では『ドリームメイカー』という集団が治めていた。
 あるとき、ポケモン世界を滅ぼそうとする謎の侵略者がやってくることを未来予知から知った『ドリームメイカー』リーダーのゴットフリートは異世界(つまりは人間世界・現実世界)からの助けを受けるべく、時空を越えてポケモンサイトの大御所『ポケ書』に打診をした。しかし、そのポケショの管理人と意見が全く合わずに襲来の日が刻々と近づき、しびれを切らしてほぼ強引に計画を進めることになった。
 そうして、ポケモンの姿となってその世界にやってきた、そのサイトの常連達は戦いと休息を繰り返しながらポケモン世界を冒険することになる、そしてその侵略者を倒すことに成功し当時ドリームメイカーのNO.2であったゼロの野望を阻止することにも成功した。
 リーダーのゴットフリートは亡くなってしまったが、サイトの常連の一人だった悠がその座を継ぐことで、元の平和なポケモン世界が戻ってきたのだった。


 ――これが前作のあらすじ。
 そしてここからが新たなる物語。
 さあ、物語は始まる。
 かつての夢の作り手達が、世界に残した夢の軌跡。
 そして、その上に、あなたのその手で、
 新たな歴史を刻んでいこう――。





 悠達と『ドリームメーカー』との壮絶な戦いが終結してから、5年の月日が流れた。
 その間に、皆が力を合わせ再建した『ドリームメーカー』のおかげで、ポケモンの世界は徐々に平和を取り戻しつつあった。
 ポケモンの世界の残留組は、新しい『ドリームメーカー』のリーダー・悠の指揮の下で平和のために尽力し、一度現実世界へ帰った者達は、たまにポケモンの世界へやって来ては、現実世界や『ポケ書』の状況などを報告していた。
 ――そう、二つの世界を、パソコンを介し自由に行き来できるようになったのだ。
 そして、ポケモンの世界がある程度平和になった現在。ポケモンの世界に人々を送り込んでも構わないと判断した現実世界へ帰った者達は、『ポケ書』というサイトを介してポケモンの世界に行ける事をネット上に広め始めた。沢山の人々に、あの、本当は平和で楽しい世界のことを知ってほしかったのだ。
 最初は半信半疑だった人々も、自分達がポケモンの姿になってポケモンの世界に行けることに驚き、喜んで、そして少々怯えつつも次第に慣れ始めた。
 いつでも好きなときに行き、好きなときに帰ってくることが出来る不思議な世界。
 この物語は、そんな平和な世界で起きた、ある事件から始まる――。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇



 がちゃん。

 突然届いたその聞き覚えのある音に、チコリータの若菜は驚いて辺りを見渡した。しかし、周囲の光景は先程と変わらない草原。遠くに見える他のポケモン達は、この世界のポケモンだろうか、自分と同じ元人間だろうか。
「(何だったんだろ、あの音……?)」
 すぐに若菜は、その音に聞き覚えがあった理由に気づいた。その音は、扉が閉じる音にひどく似ていたのだ。
 今から思ってみれば、その音は物理的に聞こえたというより、直接脳に届いたという感じがする。
 だから若菜は、さっきその音が『届いた』と咄嗟に思ったのだ。
 今まで、そんな音が聞こえたことなどなかった。一抹の不安を覚え、若菜は取り敢えず一旦戻ることを決める。
 『戻りたい』――そう願うこと、それが元の世界に戻る、簡単にして唯一の方法。それで、普段なら元の世界、自室のパソコンの前に戻っている……
「(戻りたい、なんかヤな予感がする……)」
 ……はず、だった。
「あれ??」
 しかし、いつまで経っても若菜は草原に立ち尽くしたまま。何の変化も起こらない。何度「戻りたい」と願っても、言葉を変えても、口に出してもだめだった。
 若菜は、認めざるを得なくなった。
 元の世界に、帰れなくなってしまったことを。
「嘘でしょ〜……? 何でよ〜……」
 すっかり弱りきってしまった若菜の言葉に答える者は、誰もいなかった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 それと同じ頃。
「参ったな……」
 言葉にしてみても、現状が変わるわけではない。ラルトスの輝は、重いため息をついた。
 ポケモン達がにぎやかに行きかう、町の中心部。輝はそこで、扉が閉じるような音を聞いた。そして、元の世界に帰れなくなってしまったことに気づく。
 立ち止まってしまった輝を、親子らしいプクリンとププリンが、楽しげな笑い声を立てて追い越していく。周囲のポケモン達は、普段どおりに過ごしている。
 ――誰も、あの音に気づかなかったのだろうか?
 そんなはずはない、と輝は思い直す。あの音はかなり大きく響いたはずだ、もしどこからかその音が届いたのなら、自分以外のポケモンが全員聞いていないなんてことはないだろう。
 ただ輝は、その音が物質的に聞こえたものではないであろうことに薄々気づいていた。
「(恐らく、俺が帰れなくなったことと、関係してるんだろうな……。あの音は)」
 ……一応断っておくが、『俺』という一人称を使っているが輝は女の子だ。
 まあそれはさておき、輝は立ち止まったまま、更に考える。
「(俺だけが帰れない……なんてことはないだろう。俺が帰れない、となると……他の元人間達も、帰れなくなってるんじゃなかろうか?)」
 ――よし、と自分に言い聞かせるように呟き、輝は歩き出した。
 とにかく他の元人間達を探すのが先決。帰れなくなった原因を探りに行くのはそれからにしよう。
 そう決めて、輝はざわめきに紛れながら歩いてゆく。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 薄暗い、あるアパートの一室。
 外はどんよりとした曇で、光源と呼べる光源はパソコンのディスプレイが放つ光くらいである。
 その部屋の中では、ニヤける顔を隠そうともせずに、二人の女がディスプレイを睨んでいた。睨むと言うと少し語弊があるかもしれない、見つめていたが妥当だろう。
 そのパソコンのディスプレイには『ポケ書』とタイトルバーに書かれたサイトが表示されている。
「んー これじゃねぇの?」
 パソコンの置かれた机の椅子に座った女が、ディスプレイのある一点を指し示して言った。
 そこには、『DreamMaker』と書かれている。
 彼女達は、この『DreamMaker』の噂を聞き付けて、2,3ヶ月前にこの掲示板にやって来たのだ。発言もまだ少なく、認知度も低い、所謂”新参者”だった。
「これで俺たちも、晴れてポケモン界デビューだな」
「ポケモンたちが住む素敵な世界へ更なる癒しを求めて……っ 自分がポケモンになるのなら、理想はミロカ……高望みはしないよ。なぁ、さ…」
「おい、二人でこの世界のために決めた名前、あんだろうが、サギ」
 ニヤッと笑って、女がもう一人の女を見た。
 それをまた、ニヤリと笑い返し、サギと呼ばれた女はスマンと小さく謝った。
「ってか今から呼び始めるのか? アルズって?」
「ふはは、当然」

 この名前は、彼女達が掲示板の発言ランクや書き込みを数週間入念にチェックし、誰とも被らないと言う事で決めたポケモン界専用の名前である。
 向こうの世界が良く分からない以上、もしも向こうで逸れた時、「こんな名前の奴は一人しか居ない」と言う事で、相手を探し易いと思ったのだ。
 アルズと呼ばれた小女は、今度は声を抑えずに笑った。
 楽しみで仕方無いのだ、ポケモンの世界に行く事が。
 非日常的な事に夢をはせる彼女達には、ポケモン界と言う夢の中のような世界を行き来が出来るなんて、素晴らしいことだと考えていた。
 アルズの、マウスを持つ手は微妙に震えていた、緊張している。隣のサギの顔を見れば、彼女も緊張した面持ちでディスプレイを見つめ続けている。
 後はこれをクリックするだけ、アルズは高鳴る胸を抑えながら、『DreamMaker』をクリックした。
 ディスプレイにダイアログが表示される。

『‘dreammaker.exe’を起動しますか?』

「「……勿論」」
 一つのキーの上に、二人分の人差し指が置かれた。
 彼女達は、相手がどのタイミングでキーを押すのか自分の事のように分かっている。
 その人差し指は、粗同時に同じキーを押した。
「「エンター」」

  *  *  *  *  *

「ちくしょー! ポケモン界ってすっげぇなぁ!!!!」
 ビョコビョコ跳ね回りながら、やたら高いテンションのフシギダネは叫んだ。
 吹き抜ける風、広い空、薄暗い部屋ではありえない事だ。
 その隣には、サギと呼ばれていたあの女が、ポケモンの姿となって……。
 居ない。
 何故だか居ないのだ。
 やはり同じPCからこっちに来ても、人によっては別の場所に飛ばされるのだろうか。
 早速、名前が役に立つ時が来てしまった。と、アルズは思った。
 だが、今の彼女には、自分の友人がどんなポケモンになって、自分とどれくらい離れているのか、見当もつかないのだ。正直役に立つかどうかも不安である。
「ったくあの女(あま)……何処に……んぁ?」
 素っ頓狂な声をあげたあと、アルズはきょろきょろと辺りを見渡した。
 何も無い、と、言えば嘘になるが、特に他のポケモンも見当たらない、ただのだだっ広い草原である。
 アルズは首を傾げた、可笑しい、確かに聞こえたはずだぞ。
「……ちょっと待てよ、一人の時に心霊現象とか、怖くて洒落になんないぞ……」
 ブルルッと、アルズは身震いした。
 彼女には確かに『届いた』のだ、まるで扉が閉まるような音が。
「……なんなんだ?」
 ぶつぶつ言いつつも、内心未だ興奮冷め遣らぬアルズは、「取り敢えず満喫」を信条に、ポケモン界での第一歩を踏み出して行く。

「まぁ、いっか。サギにだって、遊んでりゃあ きっと行き会えるだろ」
 親友、サギに対する基本姿勢、適当。
 これで良いのだ、これが彼女達のあり方なのだから。
 今はそれよりもしたい事が山ほどある。
 夢ではないこのポケモン界に、もっとワクワクするような、吃驚するような事を求めて。
 アルズは、思わず走り出していた。
 行く先など、まだ無い。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「――……ふあ〜ぁ」

 とある森の中。イーブイが一匹、大あくびをして昼寝から目を覚ました。
「……あー。どんぐらい寝てたんだ、俺?」
 そのイーブイ――PQRは誰に聞かせるでもなくつぶやくと、コリをほぐす様に首をまわして、それからもう一つ小さなあくびをする。
「ま、いいか。今はオイラってばイーブイなワケだし、テキトーにのんびりだ」
 彼、PQRがこの世界にやってきたのは3ヶ月ほど前。
 いつも通り気の向くままに『ポケ書』と言うサイトの掲示板を訪れた彼は、ある日そこで『変わったもの』を見つけた。
 率直に言えば。その日見つけた『変わったもの』、それこそが彼の今居る『この世界』である。

「しっかし、いつ来てもいいよなぁ…この世界。もう3ヶ月、いや半年早く。いやいや1年……2、3年早く来てれば、もっとイーブイ出来たのになぁ……」

 この世界では、自分はポケモンの姿になれる。
 彼はポケモンの中でもとりわけイーブイが大好きで、この世界で自分がイーブイの姿になっていることを知った時は狂喜乱舞したものだ。
 そしてそれから3ヶ月。暇を見つけ、時間を作ってはこの世界にやって来ていた。
 イーブイになった自分を楽しみ。時にはその他の、同じようにこの世界にやって来た人々と交流し。
 またある時は元々のこの世界の住人たちと会話をして、時にはバトルしてみたり。
 彼は精一杯、この世界を堪能していた。

「ん〜……そういやあの音、何だったんだ?」
 あの音とは、先程彼が寝ている時に聞いた音の事だ。……文字にするならば『がしゃん』だろうか。
 眠くなったのでうとうとしていた所、不意に聞き慣れないその音を聞いて目を覚ましたのだ。
「……ま、いいか。さて、もう一眠りしようかどうしようか……」
 と、PQRはあごに手(前足?)をあて、しばし考えて――。
「(…今日はもう帰るか。存分にイーブイしたし、この前買ったアレの続きもしたいし、何か腹減ったし)」
 そう決断し『戻る』事を意識する。
 …『戻る』事を意識するだけで、この世界から帰ることが出来る。便利だよな、などと彼は思いつつ――

「……ありゃ?」
 何も起こらない。…何かを間違えたか?
「(そんなワケないよな。帰ろうと思うだけなんだし)」
 念押しが足りなかったか?などと考えつつ、今一度『帰ろう』と願う。

 ……

「……ありゃりゃ?」
 やはり何も変わらない。まだ自分はイーブイだ。
 おかしい、と思い始める。もしや、帰れなくなったのか……?
「(……いや、無い無い。きっと通信障害か何か、そういった類の物だろ。うん)」
 一瞬よぎった嫌な考えを強引にねじ伏せ、三度この世界から『出よう』と心に思う。
 何度か試していればきっと帰れるはずだ、と思いながら。

 ……
 …………
 ………………

「……ダメか、どうなってるんだ?」
 4度5度、6、7度と試したが、やはり帰ることが出来ない。
 どうしたものか、と今一度あごに手を当てて思案する。

「……きっともう少し遊んで行け、って事だろ。そうに違いない…よな、うん」
 とりあえず、PQRは前向きに考える事にした。きっと時間がたてば元に戻るさ…などと自分に言い聞かせながら。
 ……募る不安は拭い去れないままに。

 それが大きな流れの入り口であることを知らないままに……。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ポケモンの世界の、ある街中で青い眼鏡を器用にかけたニャースの少女は暖かいお茶を買っていた。
 彼女の名前はyuna、読みは「ゆな」だが書きは「yuna」である、その名は現実世界にいる元人間のものだという事が良く分かる。
「……あー、鬼の角の生えた母上が見える見える」
 門限までに帰らないと説教があるのは確実、だが帰れないのだ。突然「がちゃん」という音が脳に響いてきて疑問を思いながらも帰ろうとしたら帰れなかった。何度も何度も試したけれど意味が無かった。
 彼女は考えて帰る事を諦めた途端、ふと寒い風を浴びて冷え込んだから暖まるためにお茶を買ったのだ。
 母親の怒りは逃れないだろうと予測しながらも自分の友人であるこの世界の住民の事を思い出しながら呟く。
「あいつがいたらこういう現象に詳しい奴教えてくれたかも……」
 ため息をついて独り言を口にするけれど生憎彼は別の場所にいるので少なくとも今は期待しても無駄だというのは分かっている。
 yunaはお茶を飲まずに持ったままその場から動かずに考えるけれど何にも良い方法は思いつかない。
 次第に考える事にイライラしてき、彼女はそのイライラを吹き飛ばすかのように声を上げた。
「あーもう、考えるのヤメッ!!」
 そう言って暖かいお茶を一気飲みする。
「ブフッ」
 ……が思ったより熱かったのと急いで飲もうとした為盛大に噴出してしまった。

  *  *  *  *  *

 数秒後、何とか落ち着くと今度はゆっくりとお茶を全て飲み干して口元を左腕でやや乱暴に拭くと歩き出した。
「出入り口ぐらいちゃんと点検しろっての」
 文句に帰ってくる返事は無いけれどyunaは帰る方法を探す為に歩いていく。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 夜とは、静かなものだ。
 都会の夜はいざ知らず、田舎の夜は不気味なまでに静かだ。
 空に浮かぶ満月が、柔らかな光を放つ……こんな光景も、田舎だからこそ映えるのかもしれない。
 しかしそんな静けさを吹っ飛ばす様に。獣の咆哮、とでも表現出来る排気音が、闇夜を切り裂く。
 音の主は――ダークメタリックカラーのスポーツ・カー。その車は、騒音の一歩手前の快音を撒き散らしながら、ある家の前の駐車場に停まった。おそらく、車の運転者の家なのだろう。
 ガチャリ、という金属音と共に車のドアが開くと、出て来た男は猛々しいサウンドの車とは違い…疲れた様子でエンジンを切り、ダラダラと車を降りた。
 その男は長身で、胴着に袴という格好だった。その上、手に持っているのは…木刀。だがそれは、この男が不審者である、と言う事とイコールではない。
 男――あきおは今、合気道の鍛練の帰りだったのだ。
「ふぁあ…」
 あきおは欠伸を噛み殺しながら、やはりダラダラと玄関へ足を進めた。

 現在大学生であるあきおは、もう合気道を始めてとっくに10年は経っていた。彼は今、初段。合気道は他の武道に比べ昇級・昇段が遅いので、初段になるのに10年は掛かる。別に彼が初段というのは、遅くもなく早くもないのだ。

「ふぁあ…」
 帰宅後、夕食、風呂というイベントを終えたあきおは、自室でまた欠伸を噛み殺した。しかし、彼はまだ少し起きていなければならない。ポケ書やその他HP、BBSをチェックしたかったからである。
 だがあきおは、パソコンを付けるのが面倒だった。そんな日は布団に潜り、携帯電話でインターネットに繋ぐ、これが‘あきお流’だ。
「……眠い」
 布団に潜ったあきおは、眠さのあまり何度も操作を間違いつつも、なんとかポケ書を見ることが出来た。
 今日の更新は……特に無い、か。
 と、これは言葉に出さず心の内で呟いた。
 そしてあきおはポケ書のBBSを見ようとしたところで一瞬、意識が飛び。変な所をクリックしてしまった。
「っ、やべ、一瞬寝てたわ……」
 あきおは言い訳がましくそう呟くと、携帯電話の画面へと視線を移し。異変に、気付いた。
「……何じゃこりゃ?」
 何とそこには、見た事の無い単語が並んでいたのである。携帯電話の画面には…。
「‘dreammaker.exe’を起動しますか?」
 と、表示されていた。
 訳がわからない。だがあきおは、睡魔に支配されつつある頭をフル回転させ、思い出した。

‘DreamMaker’という自由に行き来出来る、ポケモンの世界がある。

 ……と、あきおは何処かで聞いた事があった。だがあきおは大学生。そんな根も葉も無さそうな噂を信じる様な歳では、ない。ただの作り話と思い、学校の怪談なんかの方がよっぽど信じられる、とすら考えていた。
「手の込んだ悪戯だな…」
 あきおはそう呟くと、そのページを閉じようとするが……再び睡魔に襲われ、意識が飛んでしまう。
 それが幸か不幸か、彼の指は‘dreammaker.exe’をクリックしていた……。

  *  *  *  *  *

 ……寒っ。何でこんなに寒い?布団を被っている筈なのにさ、何かまるで屋外で寝ている気分だな…
 あきおは疑問に思いつつ、寝返りをうつ。
「ん…?」
 おかしい、とあきおは思った。寒さだけでなく、ベッドの感触が変だ。まるで草むらに寝転がっている様な……。
 まさか……んなわけねーっしょ。
 異常への興味より、眠気が勝った。あきおは再び眠りに……。
 がちゃん。
「!?」
 突然聞こえた音に、あきおは身体を跳ね起こした。聞こえた――否、脳内に響いた音は、まるで扉が閉じる様なものだった。だがあきおは、まだ驚くのを止める事を許されなかった。
「……おぃおぃ。冗談だろ」
 あきおは驚きのあまり立ち尽くした。自分は今まで、草むらに寝ていたとわかったからだ。しかも異様に視点が低い事にも気付く。確かあきおは身長180センチの筈だったのだが……そこで彼は、自分の身体の異変を知った。
「オレ……サンドになってるぅ!?」
 朝日が降り注ぐ草むらの中で、露に濡れたサンド。あきおは、絶叫した。
「み、認めたくないものだな、若さ故の過ちってか もうなんつーかぶっちゃけ……あぁもう!?」
 まだ混乱しているあきおだが、彼は認めるしかないのだ。

‘DreamMaker’は実在し
 自分は今、そこにいる

 と。
「何とかして戻らないと…明日はバイトじゃねぇかよ!」
 あきおは、まだ多少混乱を引きずりつつも、歩き出した。
 ……元の世界に、帰るが為に。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 平和すぎる世界、何一つ濁りが無い 
 そんな中でブースターのレツナは暮らしていた。
 いや、厳密に言うと定住していると言った方がいいだろう。『この世界』で……。
「……ここに来てえーと、3ヶ月か」
 アバウトに日数を数え始めた。そうか、もう3ヶ月もここで暮らしているのか。
 何者にも追われることのなく寝転がって暮らす人生、うむ、これも中々かもしれないな。

 あの時、人間の世界から、このポケモンの世界にやってきた時。
 その時から元の世界に帰っていない、ただ元の世界が暇なすぎただけ。
 そんな世界とおさらば出来るんだ、何故それを喜ばないでいられるか。
「あたしは……自由だ……」
 クスッと笑うレツナ。

 さっき『がちゃん』という変な空耳がしたが、そんなこと気のせいだ。
 そんな風に、考えながら、うとうととレツナは眠り始めた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 彼女は、自称ポケモンマニアだった。
 ポケモンに関して知らない事は無い、と豪語していた。もちろん、そんなはずはない。
 でも、知らない事が一つだけあった。
 気まぐれに検索をかけてみた結果だった。「知らない事」を知ったのは。
 人気ゲーム「ポケットモンスター」の世界に似た場所‘DreamMaker’があり、そこには自由に行き来できる、と言った内容。
 そして、行く方法もご丁寧に書いてあった。しかも、非現実的な割に簡単に実行ができる。
 とあるHPの掲示板に入り、プログラムを起動すればいいだけだそうだ。
 プログラムをインストールする、と言うのは結構大仕事なのだが、あえて実行してみる。
 何故なら、そこに書かれたサイトのアドレスが。
 よく見知り、常連として通っている、『ポケ書』のものだったからだ――。

 いつもの通り、トップページを開く。すると、突然インストール確認の為のダイアログが開く。
 ソース元には「掲示板に入って」と書いてあったのに、これは違うのではあるまいか?
 それはともかく、表示されているプログラム名は‘dreammaker.exe’。全て小文字ではあるものの、‘DreamMaker’ と言う部分は同じだ。
 一呼吸置く。これがウィルスではないという保障は何処にもない。
 しかし、対策もしてあるから大丈夫だろう。そんな考えが勝ってしまった様子。

 「Enter」

 彼女がそのキーを押した途端、ディスプレイが強く発光した。
 光が止んだ時には、そこにはもう彼女の姿は無かった。

  *  *  *  *  *

 青い空、広がる美しい草原、遠くに見える町並み。
「ここは一体……? まさか‘DreamMaker’じゃ無いよね?」
 そんな事を呟きつつ、立ち上がろうとする。
 ……それが大きな間違いだった。

 ずどっ。ばたり。
 二本足で立とうとすると、間違いなくこける。それもその筈、今彼女は四足歩行の獣だから。では獣の何なのか。気になって自分の体を見回す。
 白く整った毛並み。黒い菱形の尾。そして、弓のような黒い角。
 ポケモン図鑑No.359。……つまり、アブソル。
「つまりこれは私が‘DreamMaker’とやらに来てしまったと解釈してしまって良さそうですね?」

 がちゃん。

 扉の閉まるような音。けして聞こえた訳ではない、でもその「音」は認識できた。
 しかし、彼女……『銀月クラヴィス』は、大して気にも留めなかった。
 とりあえず、この世界を楽しもうとしている様だ……


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ただいま!」
 一人の少女、セイラは家のドアを開け、靴をぬぎ捨て、バタン! と音を立ててドアを閉める。
「おかえり」
 セイラの姉であるミサがリンゴの皮をむきながら言った。
「あれ?お姉ちゃん、今日高校じゃなかったっけ?」
 ミサはそれを聞いてリンゴの皮をむく手を一瞬止める。しかしすぐに微笑み、皮むきを再開した。
「今日は気分が悪いから早引きしてきたの……」
 セイラは一瞬それに違和感を覚えたが、気のせいだと割り切って考えないでおいた。
「お帰り! 姉ちゃん!」
 階段から凄い音を立てて弟のミツキが降りてきた。
「五月蠅いエイパム。お前は王冠かぶって抜けなくなってブリーの実食べて引っこ抜いてもらえ。」
 常人には意味不明なことを言いながらミツキを睨み付けるセイラ。
「エイパムじゃねぇ!オレは人間だ!」
 真っ赤になって反論するミツキ。
「ついでにダブルアタック覚えて進化して利口になれ。そんでもってコンテストに出てニャルマーに負けろ。」
 流石『自称ポケオタ』ね……と、奥で感心するミサ。
 どこの家でも見られる普通の光景。だが、次のミサの一言が3人の運命を大きく変えることになる……!

「ねぇ、‘DreamMaker’って知ってる?」

「「どりーむめいかーず?」」
 口喧嘩中だった2人はピタッとミサの方を向く。ミサは皮をむき終わったリンゴと果物ナイフを置き、2人の方へ近づいてきた。いつもと違う真剣な目だ。
「高校の友達から聞いたんだけどそう言う名称の、自由に行き来できるポケモンの世界があるんだって。」
 ミサが静かに話し出すとセイラの目が輝いた。
「ポケモンの世界!? 行きたい!」
「そう言うと思ったわ。あなたはどう?」
「言わなくても分かるだろ? もちろん、オレも行く。」
 ミサは軽く頷くとノートパソコンを持ってきて起動する。そしてバーに素早く打ち込んだ。ポケ書と。
 3秒後、出てきた結果の中で一番上の文字をクリックし、進んでいく。
 そして……。

「‘dreammaker.exe’を起動しますか?」

 セイラとミツキは息をのむ。ミサは何故か妖しげに笑い、クリックした。
 パソコンの画面が光り……。光が収まった時には3人は消えていた。

  *  *  *  *  *

「……ここは?」
 目が覚めるとセイラは、野原のような所に仰向けで倒れていた。

  ギギィ…………がちゃん。

 すぐにセイラはそんな音を聞いた。聞こえたと言うより、脳内に伝わった。
「何……? 今の……」
 とりあえず体を起こそうと地面に手をつこうとしたが、何故だか手をつくことができない。仕方なく体をねじる様にして起き上がり、自分の手を見る。
「!?」
 その瞬間、ショック死をしそうな感覚に陥った。
「何? この全く指がないヒトデマンのような手は!……え?ヒトデマン?」
 自分の体を見回すと……本当にヒトデマンになっていた。
「ええええええ!!! なにこれぇっ! ……いや、待てよ? ポケモンになれた。これはすなわちポケオタの喜び! ヤッホォイ!」
 急に喜び出すセイラ。立ち直りが早い。
「だいじょーぶ! だいじょーぶ!!」
 セイラは「とっておきーふくーつのーこーこーろもってー」と大声で歌いながら草原を歩いていった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「あ〜……ただいま〜」
 一人の少女が、疲れきった表情で帰宅をした。
 玄関の傍に立ててあった柵を退かし、犬たちのちょっと大袈裟な歓迎を毎回受けて少女は呆れた表情をする。
 自分の部屋で鞄を床に降ろした後、母親に携帯で帰宅連絡をし、犬の散歩・世話をし、学校の準備、着替えを済ませた後の時間が。少女にとっての至福の時間だ。
 「はぁ〜……やっぱ、パソコンはリリンが生み出した文化の極みだよ……」
 無意識から、某銀髪赤目少年が言うセリフを少し改造してつぶやく。そして、その隣には、首を傾げている犬二匹。
「さて、最初は何しようかな?」
 お気に入りリストを開き、音楽を聴いたり、アニメを観たり、サイトに行って小説を見たり、犬たちに向かってモノマネを披露したり……。なんだかやっている事が暇人っぽいが彼女はそんなことは気にしない。
「さて、そろそろポケ書に行くかな……」
 ポケ書……、それは、少女が1年前に発見したポケモン関係を扱った大御所サイトである。
 そこに展示されている作品は、「ポケモン関係のスタッフがやっているのではないか?」と疑ってしまうほど上手なのである。実際に最初に見たときはそう信じていた。
 そのポケ書の掲示板に行く事が、少女の楽しみであった。
 だが最近、少女はいろいろと都合があって掲示板に来られなくなっていた。
 しかし、今回はある真実を知りたかったからこうしている。

「……ドリームメイカー?」
 学校の教室で女友達と絵を描いていた時、ポケモン友達の男子達から、その噂は聞いていた。
「あぁ知ってる。確かポケモンの世界に自由に行き来出来るアレでしょ?パソコンとかでしか行けないっていう……」
 床に膝立ちで立っているボーイッシュな女友達が言う。
「んで、お前パソコン持ってんだろ?さっきの噂、本当かどうか確かめに行って来いよ」
「何で私が?」
「行かなきゃ、ぶっ飛ばすぞ?」
「分かったよ、行きゃあ良いんだろ! 行きゃあ!」
「お前ならポケモンの世界へ行って、ポケモンになっても、せいぜいゴンベがルージュラ辺り……」
「何か言いましたか? このスカポンタン」
「何も言ってねえよ、と言うかもし行けたとしても帰ってこれるのか?」
「帰ってこれるんじゃね? なにしろあのサイトだしさ」
「いや、分からないぞ、何しろお前はトロいからな、あっちの世界でのたれ死するんじゃね?」
「そんなことするわけねーよ」
 ポケモン仲間の友達との会話は、それが日常茶飯事だった。
 『ぶっ飛ばすよ?』というポケモン仲間の脅しは、もう慣れているのだが、『彼ならやりかねない』と本能がそう告げているので逆らえない。
 しかし、やはりその『Dream Maker』という噂は、いくら噂に興味がない私でも気になる。
 ポケモン仲間に行けと言われた、というより脅された以上、行くしかあるまい。
 私はそう決意して、ポケ書に行ったのであった。

「これがDream Maker……」
 初めて見た、という視線で少女は噂のアレ……Dream Makerを見ていた。
 その掲示板の名前欄には、少女のHNである「メイル」という名がクッキーで残っている。
 少女が目上に対して、敬語を上手に使えるようになったのは、ポケ書の掲示板に通い始めてからだった。
 相手の姿も見えない、声も聞こえない、全く知らない赤の他人と掲示板上で話すのは、とても楽しかった。
 最近は都合で来れなかったが、1年前からポケ書に通っていたのに、ポケ書の掲示板でやっている「Dream Maker」の事を知らなかったメイルは、自分に嫌気が指していたが、自分の頬を両手でパン!と叩いた。
「ここで落ち込んでいる場合じゃない、早くDream Makerとやらに行って、噂を確かめるぞ!」
 と、意気込みをした。
 その後、「女は度胸よっ!」という声が聞こえたとか・・・。

  ‘dreammaker.exe’を起動しますか?

「起動」
 という言葉とともに、メイルはクリックをした。

 ――視界が暗転。
 ギィィ……ガチャン

 メイルの脳内には、扉の閉まる音が聞こえた。
「人間って不思議なものね……」
 目を瞑りながら、メイルはそう言った。
「頭の中に、扉の閉まる音が聞こえただけなのに、恐怖と孤独を感じるなんて・・・」
 そしてメイルは・・・そっと、目を開ける。
 映ったのは、町の入り口。
 町にはポケモン達が溢れ返っていた。噂は本当だったらしい。
「私は今、何のポケモンになっているのかしら?」
 メイルは自分がどんなポケモンになっているか分かってなかったが。
 とりあえずポケモンになっている人を捜そう、と紫色の色違いシャワーズのメイルは町へと入っていった。

 この時の彼女には、不幸にもその友人の予想が当たってしまうことになるとは、露にも思いもしなかったのだった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 よし、ポケ書開こか……
 ……お? 初めてみる文字やん
 “『dreammaker.exe』を起動しますか?”
 『ドリームメイカー・エグゼ』? 何のことやら分からん……
 とにかく起動や!

 そんなことを言いながら画面をクリックした関西弁の少年、レニーはパソコンの前から姿を消した。

「……ん……お?」
 身体を起こすと、やけに軽い。耳も大きい。
 しかも手ではなく前足になっている。
 何と『イーブイ』に身体が変化してしまっているのだ。
「えええ!? 待て、コレどうなってんねん!?」

  ガチャン!
 突然、何かが閉まる音がした。

「ほんで今の音は何なんや・・?」
 これのせいでますます状況がつかめなくなっているレニーだったが、せっかくイーブイになっていたので、試しに走ってみる。  ダダダダダッ!!
 二足ではなく四足走行であるにも関わらず、走り方を体が覚えているのか、景色が信じられない速度で後ろに飛び去り、風を切る毛並みの流れが非常に心地よい。
「お、思ったより速く走れるやん。  ……でもこっからどうしたらええねん」
 そのまま、悩み顔で寝転がった。見渡す限りに草原が続いており、変わった物も見当たらない。
「はぁぁ〜……ん? あれは何や?」
 うっすらと霧がかかっているところがある。気になったのでそこに向かって走り出していった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 『ポケ書』というサイトからポケモンの世界へいける。

 そんなうわさを信じてパソコンの前に座っている少年がいた。
 人と接するのが苦手で押しが弱い、いつも周りの人に流されているそんな人間である。
 そしてそんな自分が嫌いでいつも変わりたいと思っていた。
 だが結局何もできずに日々をすごしていた。
 そんなある日うわさを聞いたのである。
 最初は半信半疑だった、しかしいろいろと調べていくうちに試すだけの価値は有る、そう思ったのである。
 今、目の前の画面には『‘dreammaker.exe’を起動しますか?』と出ている。
 目を閉じゆっくりと息を吐く。ポケモンの世界に行ったとしても、そう簡単にこの性格が変わるとは思っていない。しかし何かのきっかけになれば、そう思っている。
「名前……どうしようかな……」
 この世界と違う世界、そこに行くのだから違う名を名乗ろうと思った。少し考えると『霧崎 刃』そういう名が浮かんでくる。
 『目の前の霧を裂き他者を導く刃』
 今の自分とあまりにかけ離れた名前、だがこの名にふさわしいだけの人間になる、そんな願いが込められている。
「名前も決まった…行こうか、こことは違う世界へ。」
 
 エンター
 
 それと同時に画面が光り、すぐ後には少年の姿は消えていた。
 
   *  *  *  *  *

 部屋の中からは見ることのできない青い空。
「ほんとに来ちゃったよ……」
 広い草原に仰向けに寝転がり空を眺めながらそんなことをつぶやく。
 
 ガチャン!
 いきなり何かが閉じるような音が聞こえた。
「? なんだろう……今の音。頭に直接響いた気がするけど……」
 少し考え込むが答えは出ない。
「考えても始まらないか、そろそろ行こうか」
 そう言い立ち上がろうとする……が、できない。
 おどろいて自分の体を見てみる。
 ゼニガメである。
 甲羅を持ったゼニガメが仰向け。
 起き上がろうとじたばたしてみるがなかなかできない。
 ためいきと苦笑い一つ。
「な、なんだか……慣れるまで、大変そうだな……」
 前途多難なようである。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

[550] 小説 《Dream Maker U》 第一章 (2)
あきはばら博士 - 2008年05月24日 (土) 22時58分

   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


  ――話は若菜や輝達が元の世界へ戻れなくなった数日前までさかのぼる――

 ここはどこにでも見かけ、どこにでもある、ごく普通のポケモンの家の風景。
「ふわぁぁ……きょうもいいてんきなのだ〜♪」
 朝日と共に起き、日没と共に休む。
 このイーブイの日常はいつもここから始まる。
「あら? メスフィちゃん、今日も早いわね」
 表を出るとガルーラのおばちゃんが通りかかった
「おばさんおはようなのだ〜♪」
 そのイーブイの名前は【メスフィ】という。
 首に掛けた『かわらずのいし』のアクセサリーが揺れる。
 丁度5歳ぐらいの、遊びたい盛りのイーブイだ。
 【メスフィ】という名前の一匹のイーブイは、そのままウキウキしながら広場の真ん中へ駆けていった
「あ、メスフィちゃん!」
 そこには友達のコラッタやオタチにスバメが集まっていた
「みんな今日はなにしてあそぼうか?……なのだ!」
「そうだね、それじゃあ今日はかけっこしてあそぼうか!」
「さんせい〜!」
 小さな子供達はみんなで楽しそうに[でんこうせっか]をして速さ比べを始めた。
「え〜い!」
「まけるか〜!」
「はうぅ……」
 しかし、メスフィだけは疲れたみたいでそこへ座り込んでしまった……。
「メスフィちゃん、かけっこおそ〜い!」
「練習とかしてないの? ダメだよぉ! そんな[でんこうせっか]じゃ!」
「ええ〜・・・だって練習とかつかれるだけなのだ〜・・・」
 その言葉とは裏腹にメスフィの顔はニコニコしている。
 メスフィは努力する事、とりわけ技の訓練が嫌いだが、遊ぶことは好きなようで正直である。
「それじゃあ、次はなにをしようか?」
「きのみとりなんてどう?……なのだ♪」
「それじゃあ、近くの森へいこう!」
「さんせい〜!」
 メスフィの提案によりみんなは近くの森へ木の実を取りに行こう、と仲良く出発した。

  *  *  *  *  *

「今日は[モモンのみ]がたべたいのだ♪」
「うんとねぇ……なら僕は[オレンのみ]!」
 メスフィとコラッタはワクワクしながら森の近くまで進んでいった
 今日はなにを食べようか、それともどんなお友達が待っているのか、
 メスフィは楽しみだった。
「どうしよう……」
「うん……」
 しかし、メスフィとコラッタが森へ到着すると
 先に来ていたオタチとスバメが困った顔をしていた。
「どうしたの?」
「なにかあったの?……なのだ?」
 メスフィとコラッタは心配して2匹に聞いてみる
「うん、実は」
 
 スバメとオタチが話すには、
 どうやらこの先によそ者のオコリザルが住みついていて、その森のきのみを全部独り占めしているのらしい
 
「どうしよう……あんな乱暴者がいたら僕達遊べないよ……」
「仕方ないなぁ、遊び場所を変えよう」
「待つのだ!」
 みんなが引き返そうとした時、メスフィが呼び止めた。
「ど、どうしたの? メスフィちゃん?」
「私がそのオコリザルさんに言って仲良くするのだ!」
「え……えぇ!?」
 当然みんなはそんな危険をかえりみない……というより、「それが危険な事」という自覚がないメスフィをとめようとする。
 相手は年上の、しかも格闘タイプだ。メスフィのようなノーマルタイプが説得に失敗して攻撃されようものならたまったものではない!
「だ、ダメだよ!! メスフィちゃん!相手はずっと年上なんだよ!」
「そうだよ! 痛い思いをするだけだからやめなよ!」
「ううん、きっと大丈夫なのだ♪ だからみんなはここで待っているのだ!」
 なんだかこの『ダイジョウブじゃないダイジョウブ』はどこかのアニメの主人公も言っていたような気がするが……それでもメスフィは単身で森の中へと入っていった

  *  *  *  *  *

「えっと、おサルさん……なのだ」
「ムキーッッ!! なんだ、お前は!!」
「(うう・・・怖いのだ)」
 『オコリザル』……いつも猛烈に怒っており、逃げてもどこまでも追いかけてくるポケモンだ。
 メスフィは自分よりも大きなオコリザルを前にちょっと怖くなった……。
「(でもオコリザルさんだってきっと悪い人じゃないのだ、ちゃんと話せば仲良くなれるのだ)」
 メスフィはニコニコしながらオコリザルに明るく語りかける。
「おサルさん、おサルさん、森をみんなで使わせて欲しいのだ!仲良くしようなのだ!」
 しかし、
「うるせぇ!! せっかく見つけたこの場所をお前みたいなガキに渡すかよ!!」
 オコリザルは自分よりもメスフィに対して容赦なく[けたぐり]をかけた!!
「キャァッ!!」
 メスフィの小さな体はその勢いで吹っ飛ばされてしまった。
「うう……痛いのだ〜」
 メスフィはヨロヨロと立ち上がった。
「おらっ! わかったろう? ここはもう俺の縄張りなんだよ! さっさと帰れ!!」
「ううん、まだまだなのだ!」
 メスフィはそれでも諦めずオコリザルを説得にかかった。
「みんなで遊んだほうが楽しいのだ!」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!」
「キャアァッ!!」
 今度はオコリザルの[メガトンキック]がメスフィを軽く一蹴する!
「あうぅ……いたいよぉ……」
 それでもメスフィは立ち上がってきた……。
「あきらめないのだ!」
「う……うるせぇってんだよぉ!!」
「キャアアッ!!」
 オコリザルの[クロスチョップ]がメスフィを打つ!!
「う……うう……」
 メスフィはまだ立ち上がる……。
「ね? オコリザルさん……」
 血まじりで、それでもニコニコして話しかけてくるメスフィに、
「ひっ」
 次第にオコリザルも薄気味が悪くなってきた。
「キリキリしたら……楽しくない……のだ」
「う……うわあぁっ!!」
 今度はオコリザルの問答無用の[インファイト]がメスフィの体を打ちのめす!!
「キャアァァ――――ッ!!!!」
 流石に格闘タイプ捨て身の技を受けもなお……。
「おこったら……よくない……のだ」
 メスフィは最後まで説得をやめようとせず……そのまま気絶してしまった。
「……なんなんだよ、ちくしょう」
 オコリザルは複雑な心境でメスフィを見ていた……。

  *  *  *  *  *

「…… ちゃん、メスフィちゃん、メスフィちゃん!」
 ここは先ほどの近くの森の手前の場所……。
「う、ん……あれ?」
 メスフィは目をさました。
「大丈夫? ……だからいったんだよ! 相手が悪いって」
 コラッタとオタチとスバメは心配そうに傷だらけのメスフィを見ていた。
「うう……」
[クロスチョップ]のダメージが残っているのか、メスフィはフラフラ立ち上がった……が
「ふうっ! おこったらすっきりしたのだ♪」
 驚くほどメスフィはケロっとしていた。

 やりたいことをやると何事もなかったかのようにすっきりしてしまうタイプの子。
 メスフィはそんな子なのだ
 しかし、なぜあそこまで相性最悪のオコリザルにサンドバックにされても平気だったのか?
 それはメスフィが技をうける度に[こらえる]を続けて発動させていたため、瀕死の重傷をまぬがれることができたからだったのかもしれない。

「みんな、帰ろうなのだ♪ そろそろおひさまがしずむのだ♪」
「う……うん」
「そうだね」
「メスフィちゃん、またあそぼうね!」
 その日もメスフィと仲良しメンバー達はさよならを言い、それぞれの家に帰って行く……。

  *  *  *  *  *

 ここはメスフィの家。
「スースー……」
 今日1日の楽しかったこと、大変だったことを思い出しながらメスフィはぐっすり眠りについていた……。
「ただいまー!あれ?」
 ♀のブースターが仕事から帰ってきた。
「メスフィちゃん、お休みだったんだね……」
  すやすや……
 可愛い寝息をたてているメスフィに♀のブースターは語りかける
「メスフィちゃん、今日も大冒険だったね……えへっ☆」
 えへっ☆というこの特徴的な口癖は、ブイズの『モエる朱色』こと、アカリンだ。
 ということは……そう、この子こそ、あのブースターのガムとブースターのアカリンの間に生まれた
 Bガムの忘れ形見、イーブイのメスフィだったのだ!
「メスフィちゃん、近くの森で頑張ったんだってね……大丈夫だよ、あのオコリザルくんはあの後反省してみんなに木の実を取ってきてくれたんだって……」
 アカリンはメスフィに優しくキスをしていっしょの布団の中に入って眠りについた……。
 よく寝・よく食べ・よく遊び・よく学ぶ。
 メスフィは毎日を単調ながらもとてもハッピーに暮らしていた

 ――しかし、その単調な日常も若菜達との出会いがきっかけで少しだけ変わることを……この頃のメスフィはまだ知るよしもなかった――


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 半年前、姉さんはひょっこり家に帰ってきた。


 五年前のある日、何の前触れもなく突然行方不明になってしまった姉さん。
 それが、本当に唐突に帰って来た。
 電源の入ったパソコンの前で立ち尽くす姉さんを、最初に見つけたのは僕だった。
 僕は、とっくに姉さんの身長を追い越していた。だから、最初は姉さんの周りだけ五年間の時間が止まっていたんじゃないかと思ったほどだ。
 でも、姉さんの瞳からは、どこか五年前には見られなかったもの――そのときの記憶が、定かにあるわけでもないけれど――が窺えた。
 姉さんは、変わった。この五年間で。


 そして、たった一日家にいただけで、姉さんはすぐに帰ってしまった。
 帰った。そう――今までいた世界へ。
 その時に教えてもらった、今まで姉さんがいた世界のことは、最初は全く信じられなかった。実は、『カミカクシ』の類なんじゃないかと疑いもした。
 そのすぐ後から、ネット上にある噂が流れ始めるまでは。

『私が今までいたのは、ヒトがポケモンになることの出来る、不思議な世界よ』

 姉さんが『お気に入り』に入れたままだった、『ポケ書』というサイト。
 ようやくインターネットが使いこなせるようになった僕は、初めてそのサイトへのアドレスをクリックした。

『五年前に偶然迷い込んで、仲間達と共に戦いながら色々な体験をした。その中で、私はあの世界にとどまって、平和な世界の再建に協力していこうって、そう思ったの』

 『ポケ書』の掲示板、『ポケモンファンの掲示板』。
 そこへのリンクをクリックすると、画面にボックスウィンドウが表示された。

 ――『dreammaker.exeを起動しますか?』

『そろそろ、ネット上にある噂が流れ始めると思うわ。……“ポケ書というサイトの掲示板は、自由に行き来の出来るポケモンの世界に繋がっている”、そういう噂が。他の人をポケモンの世界に招待しても大丈夫だって、私達がそう判断したからね』

 僕は、思わずつばを飲み込んだ。
 これを起動すれば……僕は、あの世界に行くことが出来る。

『来る、来ないはあなたの自由よ。でも、楽しいってことは絶対に保障するわ』

 ためらいが、恐れが、なかったわけではない。
 それでも、僕は、その世界に行ってみたかった。
 この世界のことを知ってから、ずいぶんと悩んだ……けれど。やっぱり、好奇心が最後には勝った。
 姉さんが平和への手伝いをしたという、その世界を見てみようじゃないか。
 僕は、まだ若干慣れないキーボードに指を這わせ、自分のHN『黒琉』を入力すると、『Enter』キーをクリック……した。

  *  *  *  *  *

「う……う〜ん……? ここ、は……?」
 僕はぼんやりする頭を何とか回転させる。
 そう、ここはポケモンの世界。僕は、遂にこの世界に来たんだ。
「よっと……うわっ!?」
 立ち上がろうとするが、上手くバランスが取れずにふらついて、また仰向けに倒れこんでしまった。
 バランスの取れない原因は、どうやら後ろについている、このふさふさしたもの――尻尾のせいらしい。
「…………って、尻尾ぉ!?」
 僕は両手を空にかざして見てみた。白い小さめの手にはご丁寧に肉球まである。その手で尻尾を持ち上げると、長い尻尾の先には緑色のインクみたいなのが付いていた。
 僕の知っているポケモンの中で、こんな形状なのは1匹だけ。そう、ドーブルだ。僕は、ドーブルになってしまったんだ。
 注意深くそろそろと身を起こし、僕は立ち上がろうとしてみる。ふらつく度に座りなおし、何度か挑戦しているうちに、尻尾を使ったバランスの取り方がようやく分かってきた。
 何とか歩けるようになると、辺りを見渡す余裕が出てくる。僕がいるのは、小さな森のはずれらしいところだ。すぐ先に森の終わりが見える。
 この森を出てみよう。これからのことは、それから考えよう。
 大丈夫、戻り方なら知っているし。
 そう思った瞬間 『がちゃん』 という扉の閉じるような音を聞いた。
「わっ!? な、何だ……!?」
 突然のことなので思わず驚いてしまってから、僕は不安になった。やっぱり、怖いものは怖い。姉さんの言っていたことは、噂は、本当だって分かったから、今日はこれで帰ることにしようかな。

 ……でも、戻れなかった。

 流石に戻り方のことで、姉さんが嘘をつくとは思えない。噂でも、『戻りたいと願えば戻れる』筈、だった。
 なのに、戻れない。
 どうして……?
 僕は深呼吸をした。そして、気分を落ち着かせるために取り敢えずこの森を抜けるまで歩いてみることにした。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ただいまぁ……」
 一人の少年が眠そうな顔をして玄関から入ってきた。しかし、返事は無い。
「まだ誰も帰ってきてないのか……珍しいな」
 誰もいない家で少年はそう呟くと自分の部屋へ入っていった。

 そして、荷物を置くとパソコンの電源を入れ、いつものようにポケ書の掲示板へアクセスした。
 そこのリンクをクリックすると、一つのメッセージが表示された。

  『DreamMaker.exe』を起動しますか?

 少年は学校でDreamMakerの噂は聞いていた。
 ゲーム「ポケットモンスター」の世界とよく似た世界『DreamMaker』に行く事が出来る。と……。
 しかし、今まで起動させる事は一度も無かったが、幸いなことに家には誰もいない。今がチャンスだと思った。
   カチッ
 Enterボタンを押す音が部屋に響いた。
 そして部屋からは少年の姿は消え、パソコンの画面には「クラウド」と入力されたパソコンの画面が映っていた……。

  *  *  *  *  *


   がちゃん

 何かが閉まる音がして、クラウドは目覚めた。
「こ、ここは」
 目が覚めた時に見た風景はまだ夢を見ているのかと思えるものだった。
 周りには草原が広がり、遠くに町が見える。
「……ここはもしかしてDreamMakerの世界なのかな・・?」
 そう思いながらふと気付く。視線が低くなっている事に、そして何よりも普通に歩けない。
 視線を自分の体に向けると、黒に青が掛かったような体毛に覆われていた。
「これはもしかしてブラッキーになってる!? しかも、この色は。色違い?!」
 クラウドはかなり興奮していた。
「とりあえずこの世界を探検にでも・・」
 そんな事を呟き、慣れない体でややフラフラになりながらも、町の見える方向へ歩いていった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……参ったな、本当に戻れないのか?」

 見通しのいい草地。
 そこをうなだれるように歩くイーブイ――PQRは呟いた。
 先程からある程度時間を置きつつ、十数分毎にこの世界から帰ろうとしているのだが、うまくいかない。
「(3ヶ月やっててこんなの初めてだよ……)」
 ため息をつき、空を見上げる。
 ……いつもと変わらない、この世界の澄んだ青空がそこにあった。
「帰れない……となると、俺はどうなるんだ?」
 PQRはあごに手を当て――考え事の多い彼のクセのようだ――考え込む。
 このまま戻れないと、自分はこっちで一生暮らす事になる。だがまあそれはそれで楽しいかもしれないし、いいとして。

 まず、親が心配する。
 兄弟も心配する。
 学校は休んだ事になるか?
 学校での友人にも心配されるな。ほぼ皆勤賞の俺だから――

「……と、そうだ。他の人たちは帰れるのかな?」
 自分はどうやら帰ることが出来ないようだ。だが、自分と同じようにこの世界にやってきた人たちはどうだろうか?
「……もし来てたら、俺と同じように出られなくなってたりして?」
 まあ……ありえない話ではない。
「……いやいや! きっと出られないのは俺だけだって! ……ぅ、それはそれで悲しい……」
 言ってから気付き、またガックリとうなだれるPQR。
 ……もし帰れなくなっているのが自分だけでないとしたら、その規模と傾向が気になる。

 どの範囲で?
 どれだけの人が?
 どんな人が?
 いつまで帰れないのか?

 次々湧く疑問。しかし、その答えはどれも自分は持っていないものだ。
「……考えるだけじゃダメか。よっし!まずは聞き込みから、ってか?」
 彼は顔を上げると、歩き出した。

 その先に待つ、新たな出会いに向けて。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「いってきまーす!」
 元気のよい、甲高い少女の声が、朝の街に響く。
 まだ準備中と書かれた札がかかっている、『ポロック・ポフィン・ポケまんまの店 サイサリス』と書かれた看板のある店の出入り口から、1匹のヒトカゲが躍り出た。
 彼女の名前はエルジア。
 5年前のあの激闘を戦い抜いた男、アッシマーMkU量産型の義理の娘だ。

 彼女は週に1度は、こうやって好物の赤いポロックと辛いポフィン、鉛筆やスケッチブック、お気に入りの本といったいろいろなものを持ち、こうやって外に出ている。
 目的は特に無い。街の公園で昼寝をしてみたり、町を飛び出して自然の中に入ったり、気分次第であちこちを回ると言う気ままなもの。
 そんな行為を彼女は『小さな旅』と呼んで、日々の小さな楽しみの一つにしていた。

 しばらく歩いてから、彼女はやっと立ち止まる。
 そして、肩からぶら下げた箱から、1本の木の枝を出した。
「さてと、今日は町の外に出るつもりだったけど……どっちへ行こうかな。神様の言うとおり……っと!」
 彼女は木の枝を空高く放り投げる。
 その枝は華麗に宙を舞い、そして彼女の目の前に落ちた。
「今日の方向は……あっちか。 じゃあ、行こうかな!」
 彼女はスキップしながら、道を進んでいく。
 この小さな旅立ちが、彼女の大冒険の始まりを告げる旅立ちになる事を、彼女はまだ知らない……。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 草原を1匹のゼニガメが歩いている。
 仰向けで起き上がれないという情けない状態だったが、尻尾を使って何とか起き上がれた刃である。
 行く当てもないのでとりあえず歩いているが、周りに町らしき物も見えてこない。
「誰もいないな……」
 『変わりたい』と決意してこっちにきた刃であるが、もともと1人でいるのは得意ではなく弱音を吐きそうになる。誰もいないと思いつつも周りを見渡してみる。
「(やっぱり誰も…ん?)」
 よくみてみると遠くのほうに黒い塊が動いている。
 違う、こちらに向かってくる。
「な、なに?」
 近くまで来てそれが何か分かった。
 ポチエナとグラエナの群れである。
「止まれ」
 目の前に来て先頭にいたリーダーらしきグラエナが後ろに声をかける。
「(縄張りに……入ったんだよね、この場合)」
「われらの縄張りで何をしている」
「(やっぱり……)」
 予想通りの問いかけである。
 あいては10匹以上、戦っても勝ち目はなく、逃げることもできそうもない。
「(どうしよう……)」
「ここで何をしているかと聞いてる」
 返事がないのでもう一度たずねてくる。
「道に……迷ってます……」
 事実なのでこれ以上は言いようがない。
「おまえ……人間か?」
 少しの間刃をみた後グラエナはそうたずねる。
「? そうですけど……」
 何を知りたいか分からないが、正直に答える。
「そうか……お前たち、先に行け。」
 後ろにいる仲間を行かせると突然後ろを向く。
「乗れ、近くの町まで送ってやる。」
「え?」
 予想外の展開にどうしていいか分からない刃。
「早くしろ、置いてくぞ」
 声に敵意がないのでおとなしく乗ることにする。
「なんでこんな事を?」
 乗った後に聞いてみる。
「理由は…… いや、そんなものなどない。ただ、お人よしでおせっかいなだけだ」
 目をそらしながらぶっきらぼうに答えるグラエナ。
「やさしいのですね」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
 グラエナはそう言いつつ走りだす。
「(こっちでも…何とかやっていけるかな)」
 振り落とされないようにしっかりつかまりながら、刃はそんなことを考えていた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 南に走っているが、一向に体が疲れることがない、人間の時に走ったならばきっと今頃へばっているだろうと思う。
 しかしどこからそんな力が沸いているのかは分からない。ポケモンだから? それはそうだが。
「……ん? 何やあれ? 街?」
 うっすらと街が視界に写し出された。と、

  ゴン!

「いてっ! ……ごめん、前見てへんかったわ」
「テメー! 俺にぶつかっておいて『前を見ていなかった』だけだと? 何様だぁ、テメー!!」
 レニーが顔を上げるといかにも顔つきが悪いゴーリキーが、レニーに[睨みつける]を放っている。
「(あの目……えらいワルみたいやな)」
 すると突然問答無用に[メガトンキック]を繰り出してきた!
「うっ!」
 耐えるレニー。だがさらに[クロスチョップ]まで打ってきた!
「この……!(まだこの身体で技をかけた事もあらへんのに……どうやったらええねん!) くそっ!」
 レニーは苛立って、足を地面に叩き付ける。

   ビュン!

「うおっ!」
 すると一瞬すごい速さで体がゴーリキーに向けて突進した。
「い……今の……そうか、[電光石火]やな!」
 技が出たことに戸惑っているレニーに、ゴーリキーは[けたぐり]をかけてきた!
「うおぅ」
「まだまだぁ!!」
 今度はとどめと言わんばかりに[インファイト]を繰り出した!
 激しい攻撃がレニーの体力を奪っていく・・
「うう……」
 もうクラクラで傷だらけのレニーにゴーリキーは。
「へっ、ただのガキが俺に勝てると思うなよ!」
「……ただのガキやて? そう思っとんのか?」
 レニーの目は死んでいなかった。
「せやったら……試してみい!!」

   ゴオオオ・・!!

 するとレニーの身体から激しい威圧感を感じた。
「なっ……!」
「調子のんなよボケが!!」
 そして『電光石火』を連発した。
「くそっ! 何だコイツ……もうボロボロのはずだぜ!? お……お前は一体!」
「だから「調子のんな」と言うたやろが!」
 尻尾に力を込める。すると尻尾が光り、硬くなりだした。紛れもなく[アイアンテール]だ。
「ヤロォ……!」
「おォりゃあーー!!」

   ドガアン!!

 ゴーリキーは吹き飛ばされた。
「今日はこれで勘弁してやらぁ!!」
 遠くでそんな負けセリフが響いていた。
「全然勘弁になってへんやん……」
 言われてみれば既にレニーの身体は傷だらけだ。
 そしてレニーの身体から発する威圧感はなくなった。
「あー疲れた……寝よ」 
 そこで治療しないまま寝た。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「さて……これからどうするか」
 とは言ったものの、輝が着いたこの町は輝の知らない初めての場所だ、とりあえずは話しやすい元人間に尋ねてみたいと思うが、彼女を知っている元人間なんてこの辺りにはいないと考えるのが普通だろう。
「……さっきのプクリンの親子に何か聞いてみるか」
 いや、『がちゃん』と鳴った音はさっきも感じた通り、俺にしか聞こえなかったはずだ、きっとあの親子に尋ねてみても「解らない」と答えられるだろう。
 輝はまた周囲を見回してみた。
 『がちゃん』と何かが閉まるような大きな音が鳴ったはずなのに、何かが壊れたようなそれらしい破損箇所もどこにも見当たらない。
「…………」
 しかし、この世界の住人も外からやってきた元人間も、みんなお互いにポケモンの姿をしている。元々の住人のポケモンと人間が変身したポケモン、どうやって見分けがつくものなのか……。

 幸いここは町の中心部、初対面でも、必ず俺以外の元人間がどこかにいるはずだ。
「くよくよしたって仕方ないな……」
 輝は不器用ながらも歩き始めた。
「(ラルトスの手足にはやっぱりなんだか慣れないところがあるな、特にこの地までつく丈の長いスカートみたいなのはどうにかならないものだろうか)」
 そんなことをぶつぶつ考えながら歩いていると、
「あ、ラルトス!」
「……何だ?」
 丁度、輝の目の前からやってくるポケモンがいた。
「お前は?」
 出てきたのは青いリング模様をした色違いのブラッキーだった
「あ、すみません……初めまして、僕クラウドっていいます。『DreamMaker』ってヤツで、ここに……来たのですけど……」
 輝はその一言で、
「よかった……俺もやっと人間に会えた」
「?」
「俺もお前と同じく、人間世界からやってきた元人間だ」
 話の内容からして少なくとも純粋なポケモンではない、その色違いブラッキーのクラウドが、元人間だということがすぐにわかった。
「こっちの自己紹介がまだだったな……俺の名前は、ちょっと難しい字なんだが」
 と、輝は地面に指で字を書き、クラウドに名前を説明した
「俺はラルトスの『輝』って書くんだ。よろしく」
「えっと……『てる』くん、ですか?」
「あ、いいや」
 輝は少し目をそらして訂正した
「読みは『ひかる』だ。それに間違えやすいかもしれないが、俺は一応……女、なんだ」
「ええっ!」
 クラウドは少し驚いたが
「そうですか……間違えてしまってごめんなさい」
「ううん、気にしなくていいぜ」
「はい……『ひかる』さん!」
「うん、それでいい」
「フフ……」
「アハハ……」
 どうやら輝とクラウドはすぐに打ち解けることができたようだ。
「ところでクラウド、この世界に来て何か扉が閉まるような音が聞こえなかったか?」
「あ、それなら僕も聞きました『がちゃん』って……なんの音だったんでしょうね?」
「(やっぱりそうか……)実は……」
 輝はクラウドが混乱しないように、できる限りの優しい口調でこれまでの輝自身に起こった出来事を話した……。

  *  *  *  *  *

「嘘……ですよね?」
「本当だ、でも、そうなったのは俺やクラウドだけじゃないと思うから、これから俺やクラウドみたいな人達を探しに行こうと思うんだ」
「クラウド、良かったら俺といっしょに来てくれないか? 俺1人だけじゃちょっと……」
「え……?」
 輝が先程の男言葉とは打って変わって今度はモジモジしだすと、こう言った。
「俺は、その、バトルとか、そういうのが、大の苦手なんだ」
「ええっ!?」
「いつもは悪いポケモンに絡まれても若菜がかわりに戦ってくれたんだが、でも俺1人だけだと[テレポート]ぐらいしかまともにつかえないから……ダメかな?」

  …………。

 2人の間がしばらく静かになったが、
「ブッ!」
 強気で冷静な男言葉とのギャップが可笑しかったのか、クラウドは少し含み笑いをうかべながら、でも快く答えた。
「いいですよ、僕なら大丈夫です。こんな僕で良ければ36時間は寝ずの番ができますよ!」
「……ありがとう」
 輝がクラウドにペコリとお礼を言うと、そのまま2人はその場所をもう少し探索しようとさらに町の奥へと入っていった……。

「(そういえば若菜……そうだ、若菜は)」
 先程の話の最中、輝はハッと思い出していた
 実は輝にはこの世界ですでに知り合った親友がいて、『若菜』という名前のチコリータがいたのだ。
「(若菜はどこにいるんだろうか……)」
 輝は多少の不安を胸に隠ししつつも、護ってもらえるようクラウドとはぐれないためにくっつきながら移動していた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 寂れた通りに突如出現した光の輪、その中に一匹の鎧鳥が居た――HNはラク。
 しばらくの間そのラクは困惑したように周りを見渡し考え込んで、やがてざわめきの聞こえるところへ目を向ける。
「万に一つのはずじゃあ……」
 ラクは美しい街の騒々しい雑踏にくちばしを突っ込んだ。
 いきなり視力が良くなったのと体に慣れないせいで足下はおぼつかない。
 なぜならラクはこのとき初めてドリームメイカーの世界――ポケモン同士が話し、行き来するこの世界に来たからだ。
 もちろん、人間ではなくポケモンの姿で。

 頭がぐらぐらと酔っているようなのは、まだココに来れたことに戸惑って頭がスパークしているからかもしれない。
 ラクは自分自身と姉の記憶にケリをつけるためにココに来た。五年前、現実世界で行方不明になった姉をいつまでも引きずったままではいけないと。
 だから行ければ探し出す、行けなければきっぱりと諦める。と自分自身に賭けてこの世界に来る方法、『dreammaker.exe』を起動した。
 殆ど諦めるしかないだろうとラクは思っていた。――諦めて、変わった自分と現実世界で生きていくはずだった。
 でも、結果はこの通り。ラクはココにいる。
 その先を考えていなかったからどうして良いか分からない。

 探す方法はおろか、ほんの少しの手がかりしか無い姉の事を喜んで良いのかも分からない。

 何をするにもとりあえずは体を使えないと意味がないのでプラプラと散策をしていた。
 歩くたびに体がキシキシと軋む、人間ではなく違う体だからだろうか。
「情報屋みたいなものがあれば良いんだけど……」
 つぶやく声は少し甲高い。姉ばかりに囲まれて育ったせいか口調も少女のそれに近いが一応♂だ。
 種族は銀と紅の翼がシンボルのエアームド。
 そんなラクに街の喧騒は五月蝿かった。
 この世界に戸惑っているせいか普段聞きなれているような音でさえ耳につく。
 それなのに……

  キイイィィ〜〜〜

 どこかで誰かが『金属音』でも鳴らしているのか小さいが不愉快な音まで混ざり始めるものだからたまらない。
「……ったく何だろ、この音」
 なんとなく空――その音が頭から降って来るような気がしたのだ――を眺めて……。

  ガチャン!

 急に大きな音が降ってきた。
 ガンと頭に直接来る一撃、細い脚が慣れない体を支えきれずたたらを踏む。
 ラクはそのままフラフラと硬い何かにぶつかってしまった。
「ハウアッ!?……って、あっごめっ、いや、すっスミマセン!!」
 ラクは必死に頭を下げるが、肝心の被害者が見えない。
 ……ただ暗い緑が広がっているだけだ。
「え、あれ……?」
 ゆっくり目線を上げていくと金のわっか。
 被害者が見えない――それもそのはず、ラクがぶつかったのは扉だった。
 ふわふわと下を止められていない指名手配のチラシが揺れている。
「ふ〜ん、**(確認後掲載)者ランクE 暴走ポッポ軍団? 空を飛ぶときは注意しましょう。」
 妙なチラシだ。一体ココは何をしているのだろうか?
 だが、疑問に思って見上げても看板が高すぎて全く見えない。
 ……補足だが、ポケモンは大きなのから小さいのまで多種多様だ。
 だから公共施設の扉はやたら大きく作られていたりして近くでは看板が見えないと言うこともあったりする。
 大抵の場合、小サイズ用が別にあったりするのだがそんな事も知らないラクは上までわざわざ飛んでいって――
 やっと『公営情報局支部――……小型中型入り口→』の文字を見つけた。
「えっ! ……うそ、情報局!?」
 ――お姉ちゃんの情報が……もしかしたら……!?
 怪我の功名アリガトッ! とかどこか意味不明で楽天的なことをつぶやきながら中型のラクは右に駆け込んだ。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ドキドキしながら走り出したアルズ。
 だが、目的地も定まらず、その上ここは如何言った場所だか分からないと来ている。
 しかも……
「手足のリーチが短ぇっ!」
 どうやら、このせいであまり進めてはいないようだ。
「ううっ、くっそぉ……なんだよ、ポケダンのフシギダネでももっと早く走れたじゃねぇかよー!」
 アルズは天に向かって吠えた。が、その間にもちゃんと手足は動かしている訳で。この後起こる事は何となく想像がついた。
「あべしっ!」
 盛大に扱ける、まさに、予想通りの展開である。
前にのめって2,3回転、背中のタネが地面に引っ掛ったりして、体がガクガク揺れた。目の前がぐらぐらする。
「は、はらほろひれはら…… ハッ」
 やっと正気に戻ったかのように、アルズは辺りを見回した。そして気が付く、今、自分はどの方向に向かっていたのだろう。
 辛うじて遠くにポケモンが見えるが、結局は目印が何も無い草原。下手をしたら、また同じ方向に走って行ってしまうかもしれない。
「うそぉっ! うそぉおっ!? ちょっ まっ…何だよ、立て札くらいしとけよ! じゃないと俺、凄ぇ迷うタイプなんだぞ!」
 怒鳴り散らして如何にもならない事を叫びながら、アルズは地面を叩く。
 体中が痛い。
 あの扱け方は無いよ、と、アルズは思った。何せ、彼女は痛い事は大嫌いなのだ。
 ポケモンの姿になっても、戦闘する気は更々無い。
「(あーあ、誰か一緒に居たら、アレでもネタになって笑ってくれただろうに……)」
 ふと、逸れた親友を思い出した。あんな事言っても、やはり寂しかったりするのだ、何時だって一緒だったから。
 しかし、こんな事考えていたって仕方が無い。
 寂しい気持ちを振り払うかのように、彼女は再び走り出そうと立ちあがる。
 が、直後に何かを感じた、誰か走って来る。
「ふぉぉおおっっ! ポチエナとグラエナの群だぁあっ! すげぇぇっ!」
 初めて、この世界で別のポケモンと出会った、素直に感動した。
 そして、この世界が更に現実味を帯びてくる。やはり自分は、ポケモンの世界に来たのだ。
 が、何か違和感がした。それが、グラエナの背中に茶色と水色の何かが乗っかっているからなのだと気が付いたのは、群がもっとアルズに接近してきてからだった。
「……あのーっ、スミマセンッ!!」
 まだ少し遠い群に向かって、アルズが話しかけた。
 どうやらそれは聞えたらしく、群がこちらに向かって、更に加速しながら走って来る。結構迫力があった。
 やがて、目の前で群は止まる。
 “何か”をまじまじと見つめると、それがゼニガメである事がやっと分かった。
 ご存知の通り、このゼニガメは刃のことである。
「(へ……なんで、この群の中にゼニガメ?)」
「……おい」
「ハッ は、はい、何でしょう!」
 びしっと背筋を伸ばし(しかしあまり変わってはいないが)、挙動不審気味にアルズが反応する。この一言に、呆れた様に刃を乗せたグラエナが呟く。
「『何でしょう』…って、お前が呼びとめるから来てやったんだろうが。何だ、お前も道に迷ったのか」
「えっ ちょっ なんで分かったんですか! 読心術!? グラエナってエスパータイプありませんでしたよね!?」
 まさか亜種!? と、慌てるアルズに、刃が苦笑いを向けた。
「いや、僕も実は迷っていたから、こうして乗せて貰っているので……」
 苦笑いを浮かべる刃の言葉に はぁ、成る程、と納得した様にアルズが頷いた。
「じゃあ、初代同士って事もあって、ナカーマですね!」
「は? 初代……?」
 訳が分からないと言った顔で、グラエナが言った。
 それにアルズは「お気になさらず」と返すと、言葉を続ける。
「なら……もし宜しければ私も同行させて下さいませんか? あ、大丈夫、自分で走りますから!」
 遅いですけど、と、今度はアルズが苦笑いをこぼす。
 暫く考える様にして、グラエナが背中の刃に向かって問う。
「コイツも乗っけて行って構わないな?」
「え、僕は……構いませんが」
 アルズが大袈裟に噴いた。
「で、でも、いくら私達が小さいからって重くありませんか!? 良いですよ、自分で走ります!」
「遅いんだったら同行する以前に置いてきぼりだぞ、良いのか?」
「…………良くないです」
 大人しく、アルズは言葉に従った。
 先に乗っていた刃の背中にしがみ付く……つもりでいたが、甲羅で手が滑るので断念。
 代わりに二人の位置を入れ替えて、刃に背中のタネに掴まってもらう事とした。
 その間、アルズが「ゴメンナサイ、スミマセン」とぶつぶつ繰り返していたのを知るのは刃のみである。

  *  *  *  *  *

 グラエナが、他のポチエナやグラエナと共に走り出した。
 その背中には、フシギダネとゼニガメ、しかも二段重ね。何とも、不思議な光景だった。
「ねぇ、名前! なんて言うんですか?」
 アルズが、上の刃に問う。
「僕は……」
 一瞬、刃は口を噤んだが、その後の言葉ははっきりとした声だった。
「僕は、霧崎 刃です」
 アルズが、にんまりして言う。
「カッコイイじゃないですか!」
「……貴方は?」
「えっ? ああ、私ですか? アルズ! 苗字も何も無い、ただのアルズです!」
 ならば、彼女はポケモンなのかなと、刃と言う名のゼニガメは思う。
 しかし、先程の”初代”と言うのが気になる。恐らくあれは、初代のポケモンゲームカセット「赤」「緑」「青」の事を指すのだろう。
「(やっぱり、この人も僕と同じ……人間、なのかな?)」
「お前ら舌噛むぞ! 黙ってろって言っただろうが!」
 少し、グラエナの声が怒ったような風だったので、二人はそこでお喋りを止めた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 少年だったポケモンが浅葱色の空に舞い上がった。
 無機質な輝きを放つ鋼翼を振るうと、僅かに風が乱されて群青の尾を引きながら更に高度を上げる。
 行く先には大平原、後方には美しい街が広がっている。
 もう一度後ろに軽く会釈して、鎧鳥ポケモンは喜色満面に飛び立った。
 足先の鋭い鉤爪には『サイサリス』と書かれた小さなメモが握られていた。

 ――結局、情報局でも姉については何も分からなかった。
   五年前は大きな戦乱があったとか何とかで資料が殆ど無いのだとか……。
   だが、親切な係りのヒトのおかげもあっていい情報が手に入りそうな場所は分かった。
   それこそがあのメモに書かれていたサイサリス、正式名称『ポロック・ポフィン・ポケまんまの店 サイサリス』。
   なんでも、店主が姉と同じ五年前に来た元人間だとかなんとか。
   こっちでの名前に当たるHNも種族も分からない、本当に手探りの状態なのに一本でも道が開けたのである。

 あまりに浮き立ってしまって係員にお礼もそこそこに――したのかどうかさえ分からない。
 気がつけばラクは燦然と輝く翼を広げていた。
 爪先に引っ掛けた紙が煽られてバサバサと心地よい音を立てる。
 眼下には大平原。ここを抜ければすぐ『サイサリス』があるとか無いとか。
 まさかこんな短時間で、姉の情報を手に入れられるとは思わなかっただけに風を切る翼は軽い。
 時間もまだ帰るには早いくらいのでラクはゆっくりと初めての飛行を楽しみながら目的地へ向かっていた。
 ――勿論、そんな簡単にいくわけがないのだが……

  *  *  *  *  *

 途中、近くの雑木林に何となく目を向けたときだった。
 旋回する影が飛び立ちどこか――いや、間違いなくラクのほうに向かってきている。
 一体何だろうとその場で止まったか止まってないか、ラクはわけ分からん集団に囲まれてしまっていた。
 それは、茶色の風と言ってもいいだろう。種族は全員ポッポ、それも異様に大きい集団だったりする。
 ギンギラに光る目、流行なのか逆立たせてある髪(?)とりあえずどう見ても友好的じゃなさそうなのは確かだ。
 そのうちの特に大きな一匹がガンを飛ばす。
「おい、テメー! 誰の通り道さえぎっとんじゃ、アァ?」
「あっ、御免なさい」
 チンピラとかいう奴だ。姉の事がかかっているなら別だが無駄に争うつもりは無い。
 ささっと通り道を空けようとしたその瞬間、別の一匹が素っ頓狂な声を上げた。
「あ〜〜っ!アニキ! こいつ俺達のチラシ持ってるッスよ!」
「(へっ、チラシ……?)」


 思考が三秒間フリーズしてやっと情報局で貰ったチラシを思い出す。
「おい、お前まさか俺達の隠れ家がバレそうだから移っている最中だとかそんな事を調べに来たのか!?」
「バカ! 目的を大声で言うんじゃねぇよ!!」
「コイツ新米の探偵とか保安官か? それにしちゃ無用心すぎるが……」
「おい、聞いてんのかよ**(確認後掲載)!? 俺らが誰だか分かってんのヵ、あァ?」
 何か上から叫んでいるのがいるが考え中のラクは全く気づかず。
「(あ、係員のヒトに貰ったんだっけ。別れ際にもなんか気をつけるように行ってたような……
 ってことは、あれ?こいつらって……)」

「……弱小暴走族の暴走ポッポ軍団!?」


 ………………。

 相当、不味い事を不味いタイミングで言ってしまった事に後で気づくのだが……。
 その時は周りの温度が一気に十度くらい上下したのを感じるのが精一杯だった。
「じゃっ……弱小? 暴走ポッポ軍団?」
「俺らにはなぁ〜“暴風滑空団(ストームグライダー)”っつう格好いい名前があんだよ!!」
「(どっちにしてもダサいじゃ……ってわわっ!?)」
 ブゥンと一唸り[エアカッター]が頭の上を通り抜けて初めてラクは青くなった。
 同時に怒りで湯気をぽっぽと吹いているポッポが言葉の端々に殺気を忍ばせて近づいて来た。
「てめぇ……たっぷりいたぶってやる、覚悟しろぉ!」

「[エアァ〜カッタァー]!!」

「えっ、いや誤解…ちょっまって話せばって……いや〜〜!!」
 切れ味の鋭い風の刃がラクのすぐ脇を通り抜ける。
 話せば分かるの有名フレーズも“殺る気”の相手には通用するわけが無い。
「(ネットに元人間は少し強めとか書いてあったけど……この数は不味めかも)」
 一度逃げよう、ラクはすぐに決断した。
 最初から上手くいくはずは無いと思っていたのもある。……情報は手に入れたから何日か様子を見た方がいい、と。
 この世界からの戻り方はプログラムを起動させないといけない行きに比べてかなりシンプルだ。
  『戻りたい』――と強く願えばいい。

「(念じてる途中に邪魔されたくないから……)」
 三度目の[エアカッター]を受け流すふりをして体を大きく揺らす。
   キイイィィ〜〜〜
 すると一瞬でガラスにつめを引っ立てたような嫌な音波がラクの周りに現れ散った――『金属音』である。
 反撃が来るとまったく予想していなかった(だからこそ弱小)暴走族が一瞬ひるむ。
「(この音、何か前にも……いや今はこの一瞬で!)」
 そう、一瞬ひるめばそれでいい。

「帰りたい!!」

 目をしっかりつぶって自分“達”の部屋を思い浮かべる。
 コォォと一瞬舞い上がるような感じはただの幻想だった。実際はガンと意思を阻まれたのだ。
 思い浮かぶは――扉のイメージ。
「何で……帰れ……ない?」
 キィンと[金属音]の余韻がむなしく去ってゆく。
 このままじっとしていたら駄目だ!と体が叫ぶが頭が受け付けない、考えの洪水に押し流されていく。
「(何で…? 締め出された? ――扉?)」
 イメージがどこかで聞いた音と重なっていく。

  ――そういえば、町の喧騒にまぎれてガチャンと言う音が響きはしなかっただろうか?
  ――そういえば、情報局を見つけた嬉しさに忘れてしまっていたけど普通頭に直接響く音なんて有るのだろうか?
  ――そういえば、町を歩いていた他の誰もそんな音なんて聞いていた様子はなかったような?
  ――そういえば、そういえば、そういえバ、ソウイエバ……


 ふと、ゴォンと鈍い音がした。
 頭の芯がしびれたようになって、危険だと思っているのにどうも力が入らない。
 さらに背に数発衝撃が来る。それは鋼の鎧をへこませ切り裂こうと――
 そこまで考えて痛みが戻ってきた。
「がッ……!」
 慌てて体勢を立て直したときには二十メートルも下に落ちてしまっていた。
 無防備なまま胸と背中に攻撃された所為で肺が苦しく飛び辛い――いや、飛べない。力尽きて近くの木に体をもたせかけた。
「うぅっ、向こうと繋がって、繋ごうとするだけで無防備になるのか……」
 痛い。話せばばまた空気が漏れるけれど話さずにいられないほど痛い。
 意思をそらして――安全なところまで逃げるか、戦うか。
「なんとかっ……[スピードスタァー]!」
 木に背を預けたままどうにか叫ぶと周りに無数の発光体が出現した。
 それは、星型の追尾弾になって近づく敵に当たっては小爆発を起こす。
「効くかよッ!!」
 数匹が爆発をかいくぐり翼に銀色の光を宿す。
 本来なら抜けてきた戦闘員を攻撃するのがセオリーだろう。
 だが、ラクは不器用なせいでコントロールが苦手だ。まだ試した事は無いが攻撃が当たらなかったら悲惨なことになる。
 だからといって絶対必中の[燕返し]をするには排気量が足りず[スピードスター]では威力がない。
 コヒュゥ〜と肺がむなしい音を立てる。今は飛ぶ事さえキツイ。せめて羽ばたけるようになるだけの時間があればもっと安全な方法もあっただろう。
 でも、“今”奴らに捕まりたくない――となれば、とる方法は一つ。
 ラクは静かに風のエネルギーを練った。

「終わりだっ……!」
 ポッポ軍団が勝利を確信したとき、突風が吹いた。それもある一点から周囲に広がっていく突風。
 ポッポ軍団には遥か天空まで一気に飛ばすほどの強風、ラクが全力でこしらえた『吹き飛ばし』である。
 ラク自身はその反動で斜め下に――今は丁度滑空するような格好で逃げていた。
 滑空ならば息を荒立てずにすむからだ。
 それに[吹き飛ばし]が追い風になってさらに負担を減らしてくれる。
「後いくらかか逃げきれれば……」
 つぶやきながら道々で薄い刃のような羽を割って[撒きびし]にしていく。
 少しでも追っ手を困らせるように木々に引っ掛けて。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「何で帰れなくなったか……」
 yunaは街の中を歩きながら考える。様々なポケモンが通り過ぎてゆき、ぶつかりそうになっても何とか避けていく。
 だがしかし、こうやって見ていると誰が元人間なのか分からず、ついため息を漏らしてしまう。
「考えるの苦手なんだよなぁ、うち」
 そんな事を呟いても、ただ歩いているだけでは意味が無い。だから考えながら歩いている。何故、現実世界に帰れなくなったのか。自分なりに思いつく限り案を言ってみる事にした。

「1.パソコンが故障した。……これは絶対違う」
 パソコンは関係ないのは既に分かっている。戻りたいと思うだけで帰れるワールドなのだ。パソコンは前にも故障した事があるけどその時はちゃんと帰れた。
 すぐさまその案を没にして、他の案を考えて口に出す。

「2.出入り口そのものが故障した。うん、こっちの方がまだありえる」
 一瞬昔に起きたあの事件と似たような事件のせいで帰れなくなったのかと思ったが、世界を揺るがす大事件が起きているなら目で見て、明らかにやばい状態になっている筈だ。
 だからyunaは最初に浮かんだ考えをすぐに取り消して、出入り口に異変が起きたと考えたのだ。
 だがしかし、それはあくまでも己の中の仮説でしかない。自分の考えが合っているかどうか、他の人に会わないとそれはただの推測でしかないのだ。
 そう考えると思わずため息がついてしまう。

「どっかにいないかねぇ。元人間」
 そう呟きながら周りを見渡すと、ショーウィンドウを眺めている……というよりもショーウィンドウに映った自分の姿を見ている色違いのシャワーズが目に入った。
「へ〜。私、シャワーズになってるんだ。しかも色違い」
 ショーウィンドウに映った己の姿をマジマジと眺めながら呟くその姿は、元人間とすぐに分かるものであった。
 思ったより呆気なく見つかったな、と思いながらもyunaはポケモン達を横切りながら小走りでシャワーズに近づき話しかける。
「ちょいと失礼しまっせー」
「はい?」
「単刀直入に聞いちゃうけど、元人間?」
「あっ、はい。今日、来たばかりです。もしかしてあなたも?」
 yunaの質問に対し、シャワーズは頷きながら答えると再び尋ねる。それを聞いてyunaは答えると自己紹介する。
「うちも元人間だよ。名前はyuna、ところであんたの名前は?」
「私の名は……メイル、です。ところで何の用ですか?」
 首をかしげて尋ねるシャワーズことメイル。メイルの問いに対してyunaは彼女に質問した。
「うーん、来たばっかで悪いけど……現実世界に帰れる?」
「え? 帰れないんですか?」
「うちはね。メイルさんだっけ? 君はどうよ?」
「いや……まだしてないから分かりませんけど。ちょっとやってみます」


 メイルはそう答えると「帰りたい」と思い始める。この世界では「帰りたい」と思えば現実世界に帰れると、聞いている。
 だがしかし、特に変わった様子は無かった。要するに帰れなかったということだ。帰れなかった事にメイルは混乱してしまう。

「……何で帰れないの?」
「……他の奴も帰れなくなっている可能性があるな」
「そうなんですか?」
「確率は高い」
 驚きながらも尋ねてくるメイルに、yunaは頷いて答える。メイルは驚きながらも、すぐに冷静さを取り戻してyunaに話しかける。
「どうしてそうなったか、分かります?」
「知らん。だから調べに行くんだよ」
「……どうやって?」
「……他の人を探すけど、一緒に行く?」
「はい。一応目的も果たしたし、これから特にするも……」
「? んじゃ、行こうか」

 yunaはそう言って歩き出す。メイルは歩き出したyunaについて行く。他の元人間を探す為に。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 森を抜けると、そこは草原になっていた。その向こうに、町があるのもかろうじて判別できる。
 黒琉は、一旦そこで立ち止まった。
「(うーん、どうしようかな……)」
 辺りを見渡そうと、ぐるりと一周する。尻尾の扱いにもだいぶ慣れて、ふらつかないようにもなってきた――。

   ガツッ!

「きゃっ!」
「はい?」
 突然、尻尾が硬いものにぶつかった。
 恐る恐るそちらを向くと、目の前には何とアブソルの姿が。
 このアブソルは、……そう、銀月クラヴィスである。草原の向こうから黒琉の姿を認め、話をしようとこちらに寄ってきたのだ。
 それに気づかなかった黒琉が振り回した尻尾が、ぶつかってしまった。
 クラヴィスは、ワンテンポ遅れて飛びずさる。
「(もっ、もしかしたら敵!? というか、敵って何を以って敵とすればいいの!?)」
 頭の中でそんなことをぐるぐる考えながら、クラヴィスは黒琉と対峙した。
 一方の黒琉は、別の意味で混乱していた。
「(ど、どうしよう! 僕、なんかまずいことしちゃった!? というか僕、技が[スケッチ]しかないんだけど!  これじゃ戦えないじゃないかっ!!)」
 ふと顔を上げると、クラヴィスが首を傾げてこっちを見ていた。
 黒琉が悶々としているのが表情に出ていたのだろう、彼女の瞳には少しだけ気遣うような色が見える。いつの間にか戦闘態勢は解かれていた。
「あの、えっと……」
「えーとドーブルさん、大丈夫?」
「あ、うん……」
 黒琉の様子に、敵ではないと判断したのだろう。クラヴィスは彼の側へ歩いてきた。
「ごめんなさい、尻尾ぶつけちゃって……」
「ああ、平気。こっちこそ、勝手に警戒なんかしてごめんなさい」
「いえいえ……」
 それから、二人はお互いに自己紹介をした。
「私は銀月クラヴィスっていうの」
「僕は黒琉です」
「えっと、黒琉さんは……何ていうのかな、元からポケモン? って言ったら変かな」
「いえ、僕は……人間、です。じゃ、もしかしてクラヴィスさんも?」
 クラヴィスはこっくりとうなずいた。
 仲間を見つけた安心感からか、二人とも笑顔になる。しかし、黒琉の方のそれはすぐに曇ってしまった。
「? どうしたの、黒琉さん?」
「……あれ……もしかして、気づいてないんですか?」
「だから、何に?」
 黒琉は、言いにくそうに続ける。
「だから、その……僕、戻れなくなってしまったんです……。多分、クラヴィスさんもそうなんじゃないかと……」
「えぇっ!?」
 クラヴィスは目を丸くして、それから自分の身体を見下ろす。
 まさか、そんなことが……?

 だが、その5秒後に、クラヴィスは黒琉の言葉が真実であるのを知った。
「そんな……」
「どうしたらいいのか、僕も分かんなくて……」
 二人は、しばらくその場に立ち尽くした。だが、やがてクラヴィスが踵を返して町のほうへ歩き出した。
「クラヴィスさんっ?」
 黒琉が慌てて、彼女の後を追う。
「……取り敢えず、町へ行こう。まずは行動、情報収集よ」
 必要最低限の説明をして、クラヴィスはすたすたと歩いていく。
 彼女より歩幅の狭い黒琉は、置いてかれまいと必死になって追いかけた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「もっと強く!♪ ……しっかし、何も見えないな……」
 いつの間にか歌っていた歌も変わり、終わった。しかし見えてくるのは草原ばかりだ。
「疲れた……ん? んん? んんん!?」
 へなへなと座り込んだセイラの目に、黒い集団が飛びこんできた。
「アレは……。グラエナとポチエナの群れ?」
 先頭にいたグラエナがセイラに気付き、真っ直ぐ走ってきた。
 と言うよりも、グラエナたちが通ろうとしていたところにセイラが座り込んでいたので来るほか無かったのである。
 ボーっとしているセイラに不信感を感じたグラエナがセイラに話しかけた。
「おい」
 しかしセイラは反応しない。すると見る見るうちにセイラの顔が歓喜の表情に変わった。
「スゲェ! 生グラエナだぁっ! モノホンだぁーっ!」
 ピョンピョン飛びはねながら喜ぶセイラに、グラエナはもう一回声をかけた。
「オイ!」
 その声に驚いたのかセイラは喜ぶのを止め、グラエナの顔を見た。
「す、スイマセン。通り道でしたか。」
 しおしおと謝るセイラにセイラにグラエナは首を横にふった。
「良いって事よ。それでお前、もしかして道に迷ったか?」
 図星を突かれ2,3歩後退するセイラ。
「図星だな。乗せていこうか?」
 グラエナがやっぱり。という風に言った。
「あ、大丈夫です!ちょっと休んだらまた歩きますから。それに……」
 うつむくセイラ。
「それに?」
 グラエナが先を促す。セイラはちょっと小さめの声で言った。
「速くて揺れる乗り物って、酔っちゃうタイプなんで……」
 グラエナはなるほど。と言う風にうなずく。
「そうか、頑張れよ」
「はい! 有り難う御座います! 親切なグラエナさん!」
 走り出すグラエナと手を振るセイラ。
 セイラは群の最後の方にグラエナの上に乗ったフシギダネとゼニガメが居るのに気がついた。
 向こうの2人もこっちを見て、一瞬だけ目があった。だが、次見たときにはもう群は走り出していた。

 セイラは大きく伸びをすると、まだ見ぬ町を目指して歩いていくのであった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……そうですか。スミマセン、ありがとうございます。……ではでは」
 美しい街並み。
 道を行くラクライに声をかけ、話を聞いていたイーブイ――PQR。
 会話を終えると、PQRは街並みの向こうに見えるひときわ大きな建物を、眺めるように見た。
 公営情報局支部、と大きく書かれている建物である。
「……ああいう公営のって大概面倒くさいけど……ま、行ってみるとするか」
 誰に言うでもなく、一人そう呟いてPQRは歩き出――

 ――そうと思ったその瞬間、PQRの視界になにやら気になるポケモン…サンドが映った。
 気になる…と言うのも、あからさまに挙動が不審だからだ。なにやらフラフラ歩きながら、ぶつぶつ呟いている。
「……どうやって戻るんだよ、バイトだぞバイト……冗談だろ……ったく……」
 普段のPQRは『君子危うきに近寄らず』という言葉を実践するかのように、こういった不審な人物に近寄らないようにしている。……だが。
「(…あのサンド、もしかして……)」
 今は普段とは違う。元の世界に帰れず、出来るだけ情報がほしいこの状況ではそれは愚策だろう……と、PQRは自問自答する。
 それに、あのサンドの呟きから漏れ聞こえた『戻る』と言う単語が引っ掛かるのだ。

「こんにちは〜。スミマセン、ちょっとお時間いただけますか?」
「え?」
 ……なので、PQRは意を決して声をかけてみる事にした。
 声に反応して、サンドがPQRの方を見る。……だが。
「……時間無いから、アンケートとかなら結構です」
「大丈夫です、お時間は本当に取らせませんから……って、いやいやそういうのじゃなくて! ちょっとお聞きしたい事があって!」
 思いっきり勘違いされた。…よくよく考えれば、さっきの声のかけ方は駅前などでよく見られる街頭アンケートそのまんまである。
 PQRはごほん、と咳払いを一つ入れ、改めて切り出した。

「えーと、違ってたらスイマセン。あなた人間、ですか?」
 PQRの質問にサンドは驚いたように彼を見て、掴みかからんばかりの勢いで彼に詰め寄る。
「わかるのか!? そうなんだよ、携帯いじってる内に寝ちゃって起きたらこうなってたんだ! オレ戻れるのか? なぁ!?」
「ありゃりゃ、落ち着いて落ち着いて! その辺お聞きしたかったんで、声かけたんです!」
 ……詰め寄るサンドを何とか落ち着かせ、PQRは話し始める。
「えーと、申し遅れました。……自分、PQRって言います」
「……ぺーくる? 変な名前ですな」
「ええ、まぁハンドルネームみたいなものですから。P、Q、Rって書いて、ぺーくると読んでくださいね〜。……あ、いやいやそれはともかく」
 話が脱線しちゃったな……と呟き、PQRは右手でポリポリと頬の辺りをかく。
「……もしかして、アンタも人間なのですかな?」
 サンドの方からの質問に、PQRは頷いて言う。
「ええ、そうです。俺はこの世界に初めてやってきてから、しばらくになりますけど……えーと、あなたは――」
「……あ、オレの名前はあきおです」
「あきおさん、ですね。……えーと。さっきの様子からすると、あきおさんがこの世界に来たのはついさっきですか?」
 PQRの質問にサンド――あきおはゆっくり頷く。
「だとするとちょっとわからないかな……。普段なら『帰ろう』と『思う』だけでこの世界からは戻れるものなんですけど」
「……オレ、さっきから帰ろうと思ってるですが、一向に帰れませんが?」
 あきおが不満そうに返してくる。
「ですね……自分も同じで、しばらく前から何度やっても帰れない。…おかしいと思って、さっきみたいに聞いて回ってたんですよ」
「?!……って事は、他の人間も同じように帰れなくなってるんでしょうか!?」
 あきおの問いに、PQRは首を横に振る。
「あ、いやいや。実は聞き込み始めてから、初めに会った『人間』があきおさんだったんで。まあ、その辺実はまだよくわからなかったりします」
 申し訳ない、と言った風でPQRは体型的に前足じゃ届かないので後足で後頭部をポリポリとかく。
「ん〜 ……そんな訳で中々人間の方も見つからないんで、これからあっちの建物に調べ物をしに行く所だったんですよ。よければ、一緒に行きませんか?」
「ええ、出来れば早く帰りたいものですな……バイトあるし」
「原因がわからないと対処のしようもないモンです。その為の調べ物。…俺だって早く帰らないと、親が色々うるさいんですよ。 ではでは、行きましょうか!」

 PQRとあきお、2人連れ立って公営情報局支部の建物を目指すのだった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

[551] 小説 《Dream Maker U》 第一章 (3)
あきはばら博士 - 2008年05月24日 (土) 23時25分

   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「も・し・も〜し! すみませーん!! ここはどこですかぁ――!!!」
「う、うわっ! なんだ一体!?」
「ああ、あのチコリータのことかい? なんでも迷いポケモンみたいで、いろいろ人に道を尋ねてあそこに立っているんだよ」
 チコリータの若菜はあれから考えた末、『とにかくこの草原の道を通りがかるポケモンの全てに片っ端から道を尋ねる』という行動を取っていた。
 賢い選択とはいえないが、運がよければ自分と同じ元人間のポケモンがこの道を通るかもしれない……。
 迷ったときにはじっとしていろ。若菜は下手に動くより留まるほうが安全と考えたのだ。
「あ! すみませーん!! このあたりに大きな町とかあったら教えてもらえませんかぁ――!!!」
「いきましょう……あの道は通らないほうがいいわ」
「……関わらないほうがよさそうだね」
 しかし、若菜のその行動は相手にとっては迷惑極まりないものだった……。
 やがて他のポケモン達は違う方向を通り、若菜はまた草原に1人だけとなってしまった。
「ふぅ……」
 若菜もさすがにあれからずっと大声をあげつづけて疲れたのか、草原に横たわり、そのまま[こうごうせい]をおこなって休憩をとる事にした
「(まいったなぁ……私、なにか悪いことしたのかなぁ〜……)」
 してたよ!思いっきり!!
 ……という突っ込みが飛んできそうな遠くのポケモン達をよそに、若菜は身体を休めつつ、終始ある事を考えていた

「(そういえば、輝はどうしたんだろう? いつも私といっしょにここに来てもおかしくないのに……違う場所にいるのかな?
 心配だなぁ……あいつ、1人じゃ殆ど戦えない子だったから……
 そうだとしたら、誰かあの子を護ってくれる人がいれば……いいん……だ、け……ど……)」
「スースー……」
 よほど疲れていたのか、若菜はやがて静かな寝息を立てながら草むらの中で軽い睡眠をとり浅い眠りにつき始めた……。

  *  *  *  *  *

「……おい! ……おい! ……おーい!」
「ハッ!」
 若菜が目を覚ますと、そこにはなんだか親切そうな顔のオニドリルが立っていた
「あ、あなたは……そ、そうだ!!」
 若菜が口を開こうとした時、
「おっと、その先は言わなくてもいい! お嬢さん、街にいきたいんだって? この辺りのポケモン達から話は聞いたよ」
「え……なんでそんな事?」
 若菜は眠そうな目を[つるのムチ]でぬぐいながらオニドリルを見上げる。オニドリルは気さくに笑って言った。
「あれだけ大騒ぎしてたら誰だってわかるさ、どうだいお嬢さん? よければ俺が近くの街まで運んであげるけど」
 それを聞いて若菜は一瞬とびあがった。
「! ……い、いいんですかぁ!? そんなことしてもらっちゃって!」
「いいのいいの! 俺は元々運送業やってるし、これぐらいはおまかせさ!」
「そ……それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな!」
 やっと苦労が報われた……若菜はそんな嬉しそうな表情でオニドリルの背中に飛び乗った!
「飛ばすぜ? しっかりつかまってろよ?」
「あ……はい!」
   ぎゅん!!
 オニドリルが大きく羽ばたくと、そのまま猛スピードで若菜を連れて飛び立っていった!!

  *  *  *  *  *

「はやい……もう着いたんだ!」
 到着した若菜の目の前には街、というほど大きくはないが、小さな広場がある村のような場所がぽつんと見えていた
「でもさぁ、運んでもらって申し訳ないんだけど……言ってた場所と違うっぽくない?どう見たって小さな村だよ……あそこ」
「…………」
「ね、ねぇ!」
 若菜が背中に乗りながらオニドリルに問いかけた時
「ふん!」
「キャッ!」
 突然大きく振り落とされてしまった。
「な……なによ!」
「フフフ……お嬢さん」
 先程まで親切そうなだったオニドリルの表情がだんだん悪人面に変わっていく……。
「お嬢さん、俺の世話になったよなぁ……それなら運賃として持っているものを全部もらおうか!」
「えぇ!?」
 若菜は仰天した!
 先程まで「運んであげるよ」と言っていたオニドリルが運び終わると「持っているものを出せ」だからたまったものではない。
「あ、あなた! いや……そうだったのね!!」
 若菜が察したとおり、このオニドリルは俗に言う「ぼったくり」というやつである
 親切な顔をして相手から金目のものを巻き上げるというやり方でこの若菜に近づいてきたのだ。
「残念だけど私、お金も何も持ってないわよ! **(確認後掲載)できたんだもん!!」
「な……何!? ふざけるな!!」
 オニドリルは血相を変えて[ドリルくちばし]でチコリータの若菜を狙った、が。
「ふざけてるのはどっちよ!! あなたのような悪党ポケモンは!」
 若菜は[ドリルくちばし]がジャストミートする寸前に[リフレクター]をはって見事にブロックしていたのである。
 さらに……。
「えぇいっ!!」
「ぎゃあぁっ!!」
 若菜の[げんしのちから]が悪漢オニドリルを叩き落した。
「まさか草タイプ相手だからって勝てると思った? ねぇ? ふざけんじゃないわよ!!」
「く……ちくしょお!」
「あまいっ!!」
 若菜はオニドリルの[つばめがえし]をも[まもる]で難なくガードすると、そのまま[やどりぎのタネ]をオニドリルに植え付けた。
「う……うぎゃあぁぁぁ!!」
「相手が悪かったわねぇ! いつも輝を護る為にバトルには慣れてるんだから!!」
 若菜は墜落したオニドリルの頭を踏みつけながら。
「さあ、教えなさい! ここはどこなの? 私以外にも元人間はいるの?」
「うう……たすけてくれぇ!!」
「やかましいっ!!」

   バシィッ!!

 若菜の葉っぱで[つるのムチ]が容赦なくオニドリルをひっぱたいた!!
「お……俺をこんなにしてただで済むと思うなよ!」
「こいつ! まだそんな減らず口を!!」
 しかし、その時!

   ザシュッ!!

「キャアァッ!!」
 若菜は突然背後から[トライアタック]の直撃を受けてしまった……。
「だ、誰!?」
 若菜の背後にいたのは……なんと、もう2匹のオニドリルだった!
「な……。仲間がいたの?」
 若菜はそのまま倒れこんでしまった……。
「よう……ずいぶんこっぴどくやられたじゃねぇか!」
 若菜に叩かれていたオニドリルに仲間の2匹のオニドリルが話しかける
「へへ、こんなの大したことねぇよ、[はねやすめ]でもしときゃなおらぁ」
 そして合計3匹のオニドリルは倒れている若菜を囲み、話をはじめた
「どうする、こいつ? 見た限りじゃ金目のものは持ってねーみたいだぜ」
「ケッ……しけてやがる、おいお前! もっと金持ちをさらって来いって言ったじゃねえか!!」
「ま、まぁ、そう慌てるなよ……よく見たらこいつ、けっこうな上玉だぜ」
 オニドリル達は若菜を見下ろすとニヤニヤ笑い出した……。
「そう見ればそうだな……へへへ」
「売ったらいくらぐらいするかな……」
 オニドリルの一匹が倒れている若菜をくちばしで拾い上げようとした。
「ふん!!」
「うおぉっ!!」
 若菜は[じたばた]で抵抗した。
「ふ……ふざけんじゃないわよ!! やれるものならやってみなさい!! あんたの○○を噛み切ってやる!!」
「こ、こえぇ」
 2匹のオニドリルは強気な若菜におじけづいてしまったが。
「おい! お前らビクつくな! 所詮相手は草タイプじゃねーか」
「そ……そうだな」
 オニドリル達の[ダメおし]が若菜をねじふせる。
「は……はなせ! はなせー!!」
 オニドリル3匹は抵抗する若菜を再び押さえつけるとそのまま連れ去ろうとした。

 若菜はこのまま連れ去られて人買い、もといポケモン買いへ売られてしまうのだろうか……? この世界に迷い込んでしまったばっかりに……。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「アレが町だ」
 グラエナが、隣に居るアルズと刃に言う。
 ここまできたらもう迷わない、と言って、先程二人ともグラエナの背から降りたのである。
「……あの、今まで運んで下さって有難う御座いました。……一人じゃ、きっとここまで来られませんでした」
「お蔭ですんごい助かりました! 私、あそこで見付けて貰えなかったら、今頃半べそかいてたかも」
 刃とアルズが礼を言う。
「礼など要らない、俺が好きでした事だ」
「なんで、こんなにも優しいのですか?」
「いや、……元人間に俺と同じグラエナがいて、そんな縁からなんだか他人とは思えな……いやいや! まあ、困った者は助けてやるのが仁義というものだ、礼に及ばない」
 グラエナは強がっているが、照れていることがミエミエである。
 思わずアルズが笑いを零すと、グラエナがアルズに向かって軽く吠えた。
「……まぁ、良い。そう言えば、ここのところ物騒な噂が立ってるからな、気を付けろよ」
「ぅ……き、気を付けます…!」
 少し怯えた様に、刃が返す。
 そんな刃を一瞬心配そうな瞳で見てから、グラエナは踵を返した。群に戻っていくのだ。
「じゃあな」
「はい、お元気で!」
「また何処かで!」
 今まで、このグラエナを待っていた群のポチエナ、グラエナが立ち上がる。
 彼らは互いに目で合図すると、何処へ向かうかも知れず走りだした。
「さようなら!」
「さよーならーぁっ!」
 腕が千切れんばかりの勢いで、アルズが群に向かって手を振る。
 走り去るグラエナ達の群が見えなくなった頃、やっと、アルズが手を振るのを止めた。
 そして町の方へ向き直り、叫んでからこう言う。
「よっしゃー! 刃さん、町までダッシュですよ!」
「ええっ!? ここから結構距離ありそうですよ!?」

  *  *  *  *  *

 道中、何だかんだありつつも、アルズも刃も無事に町へと足を踏み入れる事が出来た。
 此の際科学技術の差は置いておくとして人間の町並みと然程大差は無いが、周りを見渡せばポケモンばかり。この光景に、アルズは瞳を更に輝かせる。
「はぁぁぁ……ポケモンの町だぁ……ポケダンみてぇ、凄ぇ……」
 うっとりと、世界に酔いしれる様に、アルズは呟く。また、隣に居る刃も、アルズほどではないがやはりこの光景に目を奪われているようだ。

 どのくらい経っただろうか。
  ――― ドゴォォンッ
 ……と、言うのは大袈裟だが、星形のような何かが空から町に落ちて行くたのを見た(この時、アルズの瞳が好奇心で一際輝いたのを、刃は見た気がした)ところで、不意にアルズが歩き出した。
 早く町を見て回りたくてウズウズしているらしく、体を少し揺らしている。
 釣られる様に刃も一歩踏み出していた。

  *  *  *  *  *

「ふぉぉおっ! 向こうには色違いのオタチか! 良いなぁ、私も色違いになりたかったです」
 あ、でも、色違いで許せるのはフシギソウまでかなー、とか、刃に話しかけているのか、独り言なのか分からない事を言いながら、アルズは刃の隣を歩いている。
 相槌を打つにも打てず、苦笑いを浮かべて、刃はアルズの言葉を聞いていた。
 やがて、どんな脈絡でそうなったのか分からないが、この世界の話になり、少しだけ御互いの話をした。
 自分の好きなものや苦手なもの……そして、どうしてこの世界にやって来たのか。
「へぇ、自分を変える為に。ですか」
 カッコイイ、と、アルズは言う。
 そう言えば、名前を教えた時もそう言われたな。と、刃は思った。
「それじゃあ、アルズさんはどうなんですか?」
 刃の質問に、アルズは怪しげな笑い声で答える。
「フッフッフ……良くぞ聞いて下さいました!」
「は、はぁ」

「何を隠そう、私はここに恋人探しに来たのです!」
「えぇっ!?」
 恋人!? ポケモンの世界にきて、態々?

 刃は混乱した。あまりにもアルズが堂々としているので、とても嘘に聞えない。
 暫くあわあわしながら考え込んでいると、隣でアルズが笑う声が聞えてきた。
しかも、大爆笑だ。
「な、何で笑うんですか…?」
「すっ、すみませっ…はははっ ひー! あははは!!!」
 一度「スミマセン」と言いかけたきり、暫く彼女は笑い続けていた。
 やがて、やっと落ちついたのか何度か深呼吸をして、刃に言う。
 冗談ですよ、と。
 なんだと安心する刃に向かって、再びアルズが言う。
「んじゃ、このままデートしましょうか」
「はぃいっ!?」
 思わず裏返った声で返事をした刃を、再びアルズが笑う。彼女は然も愉快そうに、刃の事をこう言った。
「名前はカッコイイのに、可愛い人ですね」
 今度は、返す言葉が見付からない刃であった。
 ああ、このままでは弄られ続ける。
 その時ある事に、そして彼女から離れる絶好の事実に気が付いた。
「あ、あのぅ……それじゃあ、僕はもう行きますから」
「えぇっ!? 何ゆえ!?」
 そして、やっとアルズもはたと気付く。
 そうだ、別に二人とも、共に行動する義理も義務も無いのだ。
 ただ、草原で同じく迷子になって、ここに着くまで一緒に居ただけの事。
 それじゃあ、と言って、刃はその場を離れようとする。
 しかし、アルズの様子が可笑しい事に気が付いた。

 俯いて、困った様に。
 如何して良いか解らない様に慌てて。
 静かに、黙っている。

 ふっと、息を吐いてから、彼女は刃の目を見た。同じ位の高さの視線が重なった。
「……もしかして、私、ウザイですか? もしかして、嫌いになられましたか?」
 あんまりからかうから……と、とても不安そうにアルズが言う。
「スミマセン、ゴメンナサイ」
 だから、嫌いにはならないで。
 その呟きはポツリポツリと零れる様に、アルズの口から出ては消える。
 先程の姿からは想像できないほど、しおらしい姿だった。
 今にも泣き出しそうな目を見ていると、何だかこちらが悪い事をしたような気がしてくる。
 刃は居ても立ってもいられず、すぐに前言を撤回してしまった。
「……スミマセン、分かりました……一緒に、行きましょうか」
 途端にアルズの表情が明るくなり、刃は少しほっとした。
 やっほーい!と言う、雄叫びのような歓喜の声が上がる。
 そして、再び刃を見て二言。
「有難う御座います! 大好きです!」
 えへえへ笑いながら、アルズが先を促した。
 さぁ、行きましょう!と、今度は先程のしおらしさが嘘の様な姿だ、切り替えが早過ぎる。
 ボーっとしていたら置いて行かれそうな位の歩調になんとか追いつきながら、やはりアルズのその隣で、
「(あぁ……)」
 刃は密かに思うのだった。
「(人は……すぐには、変われないんだな……)」


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「すー……すー……
 さっきの戦闘で疲れてぐっすり寝たっきりのレニー。
 すでに傷は治り、体力もだいぶ回復している。それも1時間近くは寝ている。
「う……何や、寝てしもうたか」
 ぱちりと目が覚めた。しかし辺り一面何もない。ただ南に不思議な影があるだけだ。
「よし、もっかい行くで!」
 南に向かって走り始めた。
 途中に見えるのはいろんなポケモンの群れ。なんとも平和そうだ。
「……お!」
 しばらく走っていくうちに何かが見えてきた。
「あれは……町?」

  *  *  *  *  *

 町に辿り着いた。とても賑やかだ。当然のことではあるが、しかも全ての住人がポケモンなのだ。
「す、すげー……こんなにポケモンがワイワイと」
 迷わず入り込んでいった。しかし初めていくところであって地理がつかめず、そのまま迷ってしまった。
「これはいっぺん町の外れに出てみんとあかんな」

 ひとまず町の外に出た。すると、
   グゥゥゥ〜〜……
「腹減ったなぁ〜……」
 まあ、ポケモンになっても腹は減るのは同じだった。
「なんか、木の実とかはないんかなぁ〜……」
 そして辺りに視界を泳がせるレニー。すると、
「お、あれは……『モモンの実』?」
 木の実が成っている木を見つけた。他のポケモンが木に乗っているため下手に[体当たり]で木は揺らせない、が。
   ポトン
「あら? 勝手に落ちてきた」
「ああ、すまない。その実を投げてくれないか?」
 あれはオオスバメだ。レニーは尻尾で器用に放り投げた。オオスバメは[ついばむ]でキャッチした。
「ありがとよ。お前も食うか? ちょっと待ってろ」
 飲み込んだ後、[つばめ返し]で木の実を落としてくれた。
「ありがとうございます!」
「なぁに。礼には及ばねぇよ」
「(……ホンマに甘い、おいしいやん!)」
 これで無事に食料が見つかり、飢え死にせずに済んだのだった。
 そこで、ふと思った。自分以外に、この世界に迷い込んだ元人間のポケモンがいるのではないかということだ。
「(どこかで会えるものやろうかな……?)」


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


若菜が連れ去られてポケモン買いへ売られてしまう。そう思った……その時!
「まつのだ!」
「だ……誰?」
若菜が振り返ったそこには――何者かがオニドリル達の前に立ちはだかる姿があった。
「あーん?」
「なんだこのガキは?」
「そのお姉ちゃんを放すのだ! 弱いものいじめはいけないのだ!!」
立ちはだかったのはもの凄く小さなイーブイの女の子だった。
「うるせーよ! 俺らはこれからこのお嬢さんを使って大人の話をするとこなんだ」
「ガキは帰って母ちゃんのおっぱいでもしゃぶってな!」
「ううん、どかないのだ!」
小さな♀のイーブイはそのまま「ててて……」と早足でオニドリル達の行く手をさえぎっていく。
「それにさっきの見てたのだ!喧嘩はよくないのだ! ……痛いだけなのだ!」
「な、何言ってやがる このガキ!」
邪魔をし続けるイーブイに次第にオニドリル達も次第に苛立ちの感情を抑えきれなくなる。
「このガキどこかで見たことがあるような……」
その中のオニドリルの1匹はイーブイに見覚えがあるのか少し考えていた。
「とっとと失せやがれ!!」
「キャアァッ!!」
2匹のオニドリルの[ドリルくちばし]が♀イーブイの小さな身体を直撃する
「うう……いたいのだ〜……」
イーブイは涙目になりながら……しかしそれでも行く手を遮り、オニドリル達が若菜を連れ去ろうとすることをよしとしない。
「だ……誰だか知らないけど、ダメだよ、早く逃げて!」
若菜が小さなイーブイに対して言葉をかけるが、
「ううん、お姉ちゃんを助けるまでどかないのだ!」
このイーブイ……ここ一番の頑固さというべきか、意志の固さがまさにここ一番。
「このガキャ――!! チビだから加減してたがもう容赦しねぇ!!」
2匹のオニドリルが[トライアタック]の構えをとった!!
若菜を倒したあの[トライアタック]だ!!
……しかし、その瞬間考え事をしていた一匹のオニドリルがハッとしゃべりだした!
「お……思い出した。……お前は」
「どうした、何かあったのか!?」
一匹のオニドリルの顔色が変わっていく……
「お……お前はブイズのブースター、『モエる朱色』のアカリンの一人娘じゃねぇか……!?」
「な……」
その言葉を聞いた瞬間、全員の表情が真っ青になった
「あ、あの……!? じょ、冗談じゃねぇ!! こんな事が知られたらあの女ブースターにただじゃすまされないぞ!」
「俺まだ死にたくねーよぉー!!」
「逃げろ―――!!!」
3匹のオニドリルは[そらをとぶ]でいちもくさんに、蜘蛛の子を散らすように、逃げ去って行った……。

  *  *  *  *  *

「ふう……」
「あ……ありがとうね!えっと……」
若菜が立ち上がり、小さなイーブイにお礼を言おうとしたが、
「お姉ちゃん、私の名前はね ……【メスフィ】っていうのだ♪」
「そっか、それじゃあメスフィちゃん、ありがとうね!」
若菜は改めて小さな女の子イーブイの【メスフィ】に対してお礼を言った
「ううん! 喧嘩するより仲よくするほうが楽しいからいいのだ♪」
「そっかー……なんだか、変わった子だね」
「いつもみんなに言われるのだ……でも気にしないのだ♪」
「そう?フフフ……いてて」
若菜はちょっとうずくまってしまった……。
「? ……お姉ちゃん怪我してるのだ?大丈夫なのだ?」
「へ、平気よ、このぐらい……」
強がりの若菜は平気に振舞うが、草タイプが飛行タイプの攻撃を連続して受けたのだ。平気なはずがないだろう。
「ううん、ダメなのだ! とりあえず怪我をなおすために、エルジアのおうちへ行こーなのだ!」
「エルジア……?」
「そうなのだ!メスフィのお友達なのだ♪ ご飯を食べながら手当てしてもおーなのだ♪」
「…………」
若菜は少し考えていたが、ひょっとするとそのエルジアが自分の探していた元人間のポケモンの可能性もあるかもしれない……それに何か情報がわかるかもしれない、
「……わかったよ! もう少しお世話になるけど、よろしくね! メスフィちゃん」
若菜は大きな葉っぱを前にメスフィに握手を求めると、
「うん! こちらこそ、よろしくお願いします! ……なのだ♪」
若菜も前足でお互いに握手をし、そしてちょっと大きな広場の中へと進んでいった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「たっく、所詮は御役所。役立たねー」
「……反省の色、無いですね。はぁ……」
 ぼやくあきおに、溜息を付くPQR。2人は草むらを掻き分け歩いていた。目指すは、隣町。
 あきおとPQRは一応、町の公営情報支局へ行ったのだが……たいした情報は得られなかった。それどころか、まだ混乱が尾を引いていたあきおが係員のラッキーの胸倉を引っ掴み。
「こんの役立たずの馬鹿役人が! 貴様等、オレが払ってきた税金を何だと思っとるんぢゃ、ゴルァ!!」
とか何とか叫んで振り回したりしたせいで、半ば放り出される様に情報支局を後にしたのだった。
勿論、情報支局の人達にPQRが平謝りしまくったのは言うまでもない。因みに今現在、どうにかあきおも現実を受け止め、混乱状態は完全に回復していた。
「しっかしさ……隣町なら有力な情報、あんのかな?」
「さぁ……? 行ってみるまでは何とも言えないからね」
 隣町に行った所で、問題が解決するどころか、ヒントが見付かるかどうかすら怪しい。だが他に情報が無いので、選択肢は無かった。
「あの『がちゃん』って音、やっぱアレが原因なのかなぁ……」
「さぁな。だが、何かのヒント位にはなるかも」
 どうでもいい会話をしつつ、2人は更に進んで行く。

  *  *  *  *  *

「ここらで休憩すっか」
「そうですね」
 太陽がちょうど真上に来た頃、PQR達の進む先に川が見えた。情報通り、割と新しくしっかりした橋が掛けられている。 情報によるとこの橋があると言うことは……町までそう遠くない(ハズだ)。
「さ、メシにしよう!」
 あきおは近くの適当な岩に座ると、道中採取して来たモモンの実を取り出し、噛り付く。PQRもあきお同様、モモンの実を口に運ぶ。
「ん、美味い!」
「適度な熟し加減ですね〜」
 PQRはともかく、あきおにとっては初めての「こちらの世界」での食事。どうやら、中々お気に召した様子だ。こうして、2人は心行くまでこの自然の恵みを味わうのだった。

  *  *  *  *  *

「さて、腹も膨らんだし、早く隣町とやらに行こうぜ」
「そうですか……」
 食後の休憩は入れないのか、せっかちだなぁ……とか思いつつも、PQRはあきおに続いて歩き出した。
「そういえば…あきおさん」
 歩き出すこと数分、PQRは今まで思っていた事を聞いてみる事にした。
「ん、何か用?」
「あきおさんは[技]を出したことあります?」
 PQRの言葉に、あきおは気まずそうに視線を宙に漂わせ…
「そ、そういえば……無い」
 と、かなり小声で呟いた。
「一応、練習はしておくべきだと思いますよ」
「んー……そうかな?」
「そうですって!」
 適当な返事をするあきおに、PQRはやや語調を強めて言った。
「面倒……けどま、いっか。やってみるかな」
 あきおとてポケモンファン、そしてサンド好き。サンドが使えそうな技くらい、幾つか思い当たる。
「んじゃ早速……[スピードスターァァ]!」
 あきおが手の先に力を集中すると……宙にいくつかのエネルギー体が浮かび、星型の光線となって前方に発射された。
「やった、出来た♪ 意外に簡単じゃん」
「やりましたね!」
 だが喜ぶのもつかの間、[スピードスター]はそのまま真っ直ぐ飛んで行き……
「痛っ!」
「ぐぇ!」
「みぎゅ!」
 誰か(複数)の、声がした。
「マッズイ……誰かいたか?」
「そうみたいですね……」
 まだ見えぬ相手から沸き上がる殺気、当たり前だが、いきなり攻撃されて怒らないヤツ等そうはいない。PQRはまた平謝りを覚悟していたが……。
「貴様かゴルァ、いきなり[スピードスター]をぶちかましやがったのは!」
 草むらから飛び出して来たのは、いかにもヤンキー然としたポッポが3匹。話し合いでの解決は、やるだけ無駄な感じだ。PQRはガックリと肩を落とす。
「おまえかぁ……これをやりやがったのは!?」
 ずいっと前に出て来た、3匹の中ではリーダー格らしいポッポは、髪を逆立て、尚且つ赤く染めている。
「いやぁ、あの……」
 あきおは相手の剣幕、と言うより、鶏みたいな髪形に笑いが込み上げ、微妙な表情で言葉を詰まらせる。
 やっぱコイツ等が情報局で聞いた、ストームグライダーとかいう暴走族なのかな?
 あきおのやり取りを尻目に、PQRは冷静に先程の事……情報支局で得た情報を思い出す。しかし確か、ストームグライダーとやらは3匹という少数ではなく、かなりの数だった筈なのだが……疑問に思ったPQRは聞いてみる事にする。
「ところで……何で貴方達は3匹しかいないんですか?」
 だがその質問に、ポッポ達の反応は、
「ぅぐっ……てめぇ、言ってはならねーことを!」
「ぶっ殺し決定だゴルァ!」
「そうじゃボケェ!」
 大失敗。どうやらPQRは地雷を踏んでしまったみたいだ。彼には知る由も無いが……只今「暴風滑空団」ことストームグライダーは、この辺りでは目を付けられ過ぎて活動をするのが厳しくなり、拠点を移したのだが……この3匹は、仲間から逸れてしまっていたのである。
「喰らえや!」
 待った無し、リーダー格のポッポがあきおに[風起こし]で攻撃を仕掛ける!
「くっ!」
 あきおは横っ飛びで、その一撃を辛うじてかわした。だがポケモンに成り立ての彼はまだ上手く動けず、バトルは不利と言えよう。そう、攻撃をかわし続けるのは……難しい。
「あきおさん!?」
 PQRはあきおの援護に入ろうとするが、
「させるかっつーの!」
「お前の相手は俺達だゴルァ!」
 残った2匹のポッポは、PQRを囲む様に攻めて来る!
 あきおとPQRは、完全に分断されてしまった……。

  *  *  *  *  *

「戦いは……不慣れって訳じゃ無いですよ!」
 そう言い放ち、PQRは二匹に向けて強く咆哮をする。放った技は……[なきごえ]!
「はぁっ? そんなの痛くも痒くもねーぞゴルァ!」
 だがポッポは、攻撃力低下の事なんぞ大して気にせず……[体当たり]してくる!
「喰らえやボケェ!」
「なんの!」
 PQRはジャンプで[体当たり]をかわし、更に落下しながら[尻尾を振る]をお見舞いした!
「……そんなんじゃ俺達は倒せんぞゴルァ!」
「そうじゃボケェ!」
 やはりこのポッポ達はお馬鹿さんだった。今、2匹の攻撃・防御のステータスは一段階ずつ下がっているのに。
 2匹は、またもや[体当たり]して来る!どうやらレベルが低いのか、この程度の技しか使えない様だ。
『喰らえや!』
「特攻じゃないんだから……単調だな、もう!」
 PQRはギリギリまで相手を引き付け、サイドステップで攻撃をあっさりかわすと、次は[砂掛け]をお見舞いする。
「うわっぷ!」
「め、目が、目がぁっ!」
 ポッポ達は、砂に目をやられ、大きな隙を見せてしまう。PQRにそれを見逃す義理など……無い
「さて…トドメだ!」
 PQRの、必殺[とっておき]が……
「ぐがぁっ!」
「ひでぶっ!」
 見事直撃。ポッポ2匹は錐揉み回転しながら空へ舞い上がり…そのまま町とは反対方向の、何処かへ飛んで行った。
「バトルはね……ココも大事なんですよ」
 PQRは前足で自分の頭を差し、そう言った。今回のバトルの運びは、彼の予定調和と言えよう。だが遥か彼方のポッポには、その台詞は届かなかっただろう…

  *  *  *  *  *

「へっ どうした砂鼠、反撃してみろよ?」
「くっ……!」
 リーダー格のポッポは空から[風起こし]で攻撃してくる。だがあきおは、反撃が出来ない!まだ不慣れな[スピードスター]は集中に時間が掛かるので、ポッポの攻撃をかわしながら放つ事は不可能なのである。
「痛っ!」
 避け損ねた[風起こし]が、あきおの肘に浅い傷を作る。
「そら、避けねぇと死んじまうぞ?」
 対したダメージは無かったが、あきおを動揺させるには充分だった。そして動揺は、決定的なミスを生む。
「うわっ!」
 回避行動を取ろうとしたあきおは、足を滑らせ……転倒! それはポッポにとっては、絶好の攻撃チャンスとなる!
「オラァ!」
 ポッポの[風起こし]はまともにあきおへ……
「や、やられてたまるか!」
 間一髪、あきおは[丸くなる]でダメージを軽減させる。だがその行動は、ポッポの頭に血を上らせる結果に……
「コイツ……生意気な! ならこれで、確実にトドメを刺してやるぜ!」
 ポッポは空高く飛び立つと、大きく翼を広げ、あきお目掛けて急降下、この技は――[翼で打つ]だ!
「死んじまえや!」
「っ!」
 あきおは突っ込んで来るポッポに恐怖し、迫る風の唸り音から死を感じた。だが…… だがである。長い間、合気道で鍛練を積んできたという「経験」が、彼の身体を動かした。
 あきおは足元に転がっていた、自分の身長の半分程の木の枝を拾うと。迫るポッポを半身捻る、という最小限の動作で回避した!
「っ!?」
 しかも、ただ単にかわしただけではない。身体を捻る勢いに同調させ……
「はっ!」
 呼気と共に、右手に握った木の枝でポッポの首筋を、打つ。狙いは、首筋の頚動脈!
「ぐぇっ……」
 受けた衝撃は血液から、心臓へ伝わる。ポッポは口から泡を吹き、昏倒した。
「はぁはぁ……ったく、余裕だったぜ……」
 まだ息さえ整わないあきおだったが、精一杯強がり……そう呟いた。

 こうしてPQRは「特攻体当たリーズ 前に進むのみが漢なのだ」ポッポを、あきおは「鶏ヘッド 3歩あるけば棒に当たる」ポッポに、勝利する事が出来たのだった……。

  *  *  *  *  *

「あきおさん、そっちは片付きました?」
「あぁ………何とかな………」
 あきおは台詞の後半は、PQRには聞こえないくらいの音量だった。
 無傷のPQR、擦り傷だらけのあきお。これだけでバトルの内容がどうだったかは一目瞭然だが……あきおはこの期に及んで、弱味を見せまいとしていた。だがPQRも、そんなあきおの気持ちを察し、敢えて何も聞かない。だが……
「あきおさん。……オレンの実です、どうぞ」
 と、オレンの実を渡す。
「……スマン」
 あきおは、意外にも素直にPQRの好意を受け取った。あきおはオレンの実をぼんやりと眺めた後、一口噛る。微妙な味で、あまり美味しくはなかった。だが……
「ん、美味い」
 と、呟いた。

 あと少し、あと少しで草むらを抜けられる。そうすれば隣町……ノモセシティは、目の前だ。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「技の練習でもしてみませんか?」
 町を観光していると刃が唐突にアルズに話しかける
「え……? もちろん、いいですけど、何でそんなこと急に?」
「せっかくポケモンになれたわけですし、なにより自分の身くらい守れるようになりたいですから」
 そう言いつつ落ちていた『誘拐犯に要注意』とかかれたチラシを見せる
「ああ、結構物騒みたいですね〜」
「……なんでそんなに楽しそうなのですか? それじゃ町の外に行きましょうか、街中で暴れるわけにも行きませんし」
 そんな会話をして町の外を目指す二人。

  *  *  *  *  *

「ここにしますか」
 町から少し離れていて木が1本立っている場所を見つけそう言う
「結構大きい木ですね、実もなってますね」
 刃がそう言いつつ木に近づき見上げる。
 すると、突然木から黒い物体が落ちてきた。
「おいこらっ、そこどけ!」
 黒い物体……ニューラがそう言うが、いきなりのことで避けられるはずもなく踏み潰される。
「ギャー! ゼニガメが踏みつけられて、中身が飛び出してハダカゼニガメに?!」
 アルズが叫びつつやってくる
「いやっ! そんな訳ないでしょうっ! 僕は某配管工のカメなんかじゃないです! ……そっちのニューラさんはどうですか?」
「へーきへーき、この程度たいしたことねーよ」
 手を振りつつニューラは答える。
「いきなり人の上に落ちてこないでください!」
 怪我もなさそうなので抗議をする刃。
「俺に言われても昼寝中だったし、まぁ一応謝っとく、ところで何でお前らわざわざこんなとこまで来てんだ?」
「ちょっとこれから二人でちょっといろいろとやるにあたって、さすがに街中でやるわけにもいかないので、周りに迷惑かけないところを探してたらここに着きました」
「なんだか誤解を招きそうな説明は止めてください、アルズさん。僕たち……この世界に来たばかりなので、技の練習をしようと思いまして」
 答える二人
「練習ねぇ…… 俺でよかったら見てやるけど、どうだ?」
「え……? いいんですか?」
「お詫びも兼ねてるしな、文句ないならさっさと始めるぞ」
 強引な展開に首を傾ける二人だが特に問題はない
「先に言っとくが俺は厳しいぞ」
 残念、あったようだ

  *  *  *  *  *

 少しして何とか自分のみを守れるくらいにはなった二人
 アルズは[つるのムチ]と[眠り粉]。
 刃は[アクアジェット]と[からにこもる]を使えるようになった
「なぜ水鉄砲じゃなくてアクアジェットなんですか?」
 刃がニューラに尋ねる
「俺が飛び道具嫌いだからだ、文句あっか? なんてことは置いといて、お前ら短い間でこれだけやれりゃ上出来だな」
「どうもありがとうございました」
「別にいいって、これも何かの縁だろーし、んじゃそろそろ俺は行く」
 そういって歩き出すニューラだが不意に振り返る。
「あ、言い忘れてたけど、この木になってるのはオレンの実だ、腹へってたら食ってけ」
 そう言われこっちに来てから何も食べていないことを思い出す二人、もう一度お礼を言おうとしたがもう遠くに行ってしまっていた。
「なんだか僕たちいい人によく会いますね」
「そうですね」
 そんな会話をしていると、
   ぐぅ〜
 気の抜ける音が響く。
「……食べますか」
「へ? 誰をですか?」
「…………。オレンの実を、です」


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「まずは一旦休んだ方が良さそうですね。あきおさん、結構キツそうですし」
 あらくれポッポトリオとのバトルを経て、ノモセシティに辿り着いたPQRとあきお。
 ポケモンになって初めてのバトルで傷だらけのあきおを気遣って、到着してすぐさまPQRはそう切り出した。
「……いやいや、俺は大丈夫。それより早いとこ、手がかりになりそうな情報を探して――」
「焦ってもいい事無いですよ。むしろそんな状態じゃ何かあったときにマズイってモンです」
 と、フラフラの状態のあきおに釘を刺すPQR。
 確かにあきおはオレンの実を食べたとはいえ、アレは応急処置に過ぎない。
「それに、休める時に休んでおく方が大事ってモンです。『体は資本』とか言いますし」
「……ハイ」
 返す言葉もない様子で、うなだれる様に返事をするあきお。
 それに対してPQRは上機嫌に「ん〜、素直が一番」などと口走る。
「……けど、休むったってどこで休むんだ?」
 その辺の道端で寝転がるわけでもないだろう、とばかりにあきおが疑問を口にする。
「そりゃもちろん。休むって言ったらあそこですよ」
 PQRが向こうの建物を指し示す。
 その建物には、赤白のボールにでっかいPの文字が貼り付けられた看板が、これでもかと言わんばかりに存在を主張していた。

  *  *  *  *  *

「またのご利用をお待ちしております! ラッキ〜」
 と、お決まりの文句とともに、カウンターのラッキーが丸い体で器用にお辞儀をする。
「疲れとか痛みとかは取れたが……なんか妙な感じだな」
 肩をぐるぐると回すように動かしながら、あきおが感想を述べる。
「…まぁ、そこは慣れかな。自分もはじめは変な感じでしたけど、何回かやってる内に慣れますよ」
 PQRも苦笑する。大掛かりな機械であっという間に疲れやら何やらが無くなるのは、便利だがやはり妙なもののようだ。
「ついでにカウンターのお姉さんに話も聞いてみましたが……今のところ心当たりは無いようで」
「む〜……って事は、地道に調べてみるしかなさそうって事か」
 などとやり取りしながら、2人はポケモンセンターを出る。

  *  *  *  *  *

「……にしたって、この街何かこうジメジメしてて……あ〜、何かイライラする」
 建物を出た途端、あきおがそんな事を言う。
「この辺湿地帯ですからね〜 ……あきおさんサンドですし」
 ノモセシティは湿地帯にある。近くに大きな湿原もあるし、しょっちゅう雨が降るため基本的に湿度が高い。
 ゲームでは砂漠地帯にも生息をしていた、地面タイプのサンドであるあきおが、気分が優れなくても無理の無い環境だ。
「オマケにさっきから、あっちこっちからガン付けられてる気がしてるんだが……」
 辺りをキョロキョロと見回すあきお。その視界にはあちらこちらに、同じようなポケモンが何匹も飛び込んでくる。
「気にしすぎると逆に向こうに失礼ですよ。それに見た目と違って、いい人達ばっかりですし」
 と、座り込んでこちらを見ているグレッグルに寄って行くPQR。仕方なくあきおも付いていく。

  *  *  *  *  *

「すみませ〜ん」
「……あ?」
 PQRに声をかけられたグレッグルがジロリとこちらを見る。
 ……それだけで慣れていない人は萎縮しそうだが(あきおも例外ではなく)何ともない様子でPQRは続ける。
「どうも。自分、PQRって言います。ちょいとお聞きしたいんですが……最近、扉が閉まる様な変な音を聞いたりしてませんか?」
「……知らん」
 ぶっきらぼうに答えを返すグレッグル。
「そうですか。……ん〜、では最近そんな事を言ってたりとか、変わったポケモン見たりしましたか?」
 PQRの問いに少し間をおいてから……グレッグルはスッと、PQRとその横のあきおを指差して言う。
「……アンタ」
「ありゃ……いや、まあ確かに、自分も変わってるっちゃ変わってるかもしれませんが……」
 あはは……と力なく苦笑しながら、PQRはポリポリと頬をかく。

「……人探しか?」
 今度はグレッグルの方から尋ねて来た。
「…ええ。ちょっと色々あって『人間』の方を探してるんです。ご存知ありません?」
「……知らん。だが……」
 言葉をそこで一旦止めて、グレッグルはある方角を指し示す。
「……向こうに、『サイサリス』と言う変わった店があるらしい。……そこの主人なら、多分分かる」
 と、言われてPQRとあきおは彼の示した方角を見る。

 ……見る限り、そちらに建物は見当たらない。まばらな雑木林が見えるが、林の中に建物があるようにも見えない。
「えぇと……向きは間違ってないんすか?」
「……まちがっとらん、向こうだ」
 あきおの問いに、グレッグルははっきりと答える。
「ずっと向こう、ですか?……どのくらいの距離か、わかります?」
 恐る恐る、尋ねるPQR。
「……知らん。……行った事は無い」
「……行った事無いのに知ってるんすか?」
 あきおが何かを堪えながら問いかける。
「……悪いか?」
「…………」
「あきおさーん、こらえてこらえて。尋ねてる側が怒っちゃ駄目ですって」
 何だか今にも爆発しそうなあきおを抑えるようにPQRが割ってはいる。
「とにかく、向こうですね。行ってみるとします。……ありがとうございました、ではでは」
 挨拶もそこそこに、あきおを押し出すようにPQRは立ち去る。

  *  *  *  *  *

「『サイサリス』かぁ…… ん〜、聞いたことがあるような無いような……」
 ノモセシティを後にした二人。
 雑木林を歩きながらPQRが呟く。
「どっちにしても、何かの手がかりになりそうならさっさと行ってみるに限る!」
 一分一秒を争うかのように、あきおはスタスタと先走りがちに前を行く。
「だからあんまり焦っても……あ、そういえば言い忘れてました」
「ん、何だ?」
 前を行くあきおにPQRが声をかける。歩きながら振り向きがちにあきおが聞き返す。
「この辺りジメジメしてて水はけ悪いですから、足元に気をつけて歩かないと――」
 と、PQRが言い始めたその途端に『ずぼっ』というくぐもった音。
「――ぬかるみにはまって中々抜けなかったりしますから気を付けて下さいね」
「…………そういう事はもう少し早く言ってくれ」

 ……前途多難であった。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ニューラからの指導を終えた後、二人はオレンの実の生る木の下で、腹を満たしていた。アルズが最後の一口を口の中に放り込む。
 自分はまだ半分しか食べてないのに、と、刃が思っていると、早々にオレンを飲み込んだアルズが喋り出した。
「そう言えば。あの町に『公営情報支局』とか言う建物がありましたっけ」
 唐突に話しかけられ、少し驚いたのか、刃はアルズの方にチラと視線を寄越す。彼女は、その建物をぼーっと眺めている様だった。
 そう言えば先刻町に居る時、アルズが他のポケモンに何か聞いていた事を、刃は思い出した。
 情報局か、もしかしたら、彼女も何か知りたい事があるのかもしれない。じゃあ、一度町に戻りませんか、と刃が切り出そうとした途端。
 なんと、アルズがその場に倒れ込んだ!
「アルズさん!? 如何したんですか、大丈夫ですか!?」
 アルズからの返答は無い。
 まさか何かの病気では?と、疑ったのも束の間、聞えてきたのは小さな寝息だった。
「…………ぐぅ……」
「ね、寝てる……」
 ガクーッと、刃は脱力する。
 そして、今までの彼女の事を思い出して、突然眠ってしまった事について納得した。
 あの高い……いや、高過ぎるテンションを保つには、相当体力が要るのだろう。
 溜息を吐けば幸せが逃げると言うが、堪え切れずに刃は溜息を吐く。アルズが寝ているので、動くに動けない。
 更に、暖かく降り注ぐ日光が睡魔に追い討ちをかけ、次第に刃も夢の世界へとまどろんでいった。

  *  *  *  *  *

 突然隣の草がガサガサッと揺れる。
刃もアルズも驚いて飛び起きた。
「あかん。あんまりええ天気やったさかい、思わず寝てもうた」
 草陰から現れたのは、何故か関西弁のイーブイだった。
 可愛らしく頭をプルプルと振って、頭についた葉っぱを落としている。危険は無さそうなので、刃はホッと胸を撫で下ろす。
「んー、いま何時やろ…… あ、すいません、今何時か分かりますか?」
「え? えーっと……スミマセン、僕達、時計とか持ってないんです」
 申し訳無さそうに、刃が返す。
「……でも、太陽が傾いてるわけでもないから夕方ってわけでもないですね。あ、イワシ雲ですよ、刃さん!」
 綺麗ですねーと、アルズが言う。
「今はそういう話ではないかと……」
「ハッ す、スミマセン! 取り敢えず、もうお昼過ぎってことは確かですね」
 慌ててアルズは話題を戻す。
成る程、と、納得した様にイーブイが頷く。
「それで2人は何処に?」
「んー……町に戻りますか? 刃さん」
「そうですね、アルズさんの言っていた『情報局』も気になりますし、戻りましょうか」
 二人の行き先は決定した。
それを聞いていたイーブイが、こう言う。
「じゃあ、俺も一緒に行ってええか?」
 思っても見ない問いかけに二人は少し驚いたが、その直ぐ後に、技の指導をしてくれたニューラの言葉を思い出す。
 『これも何かの縁』 ……ならば、これだって。
 二人は笑顔で答えた。
「勿論構わないですよ!」
「自己紹介が遅れました、僕、霧崎刃と言います。で、こちらがアルズさんです」
 最後に、そのイーブイが名乗る。
「俺はレニー。よろしく!」
 互いに自己紹介して、三人は町に向かって歩き出した。しかし、先程の会話で何かを感じたのか、刃がレニーに問う。
「あのぅ、レニーさん。間違っていたらすみませんが、……もしかして、レニーさんって、人間ですか?」
「あ、なんで分かったん?」
「なんだか、暇を持て余していたのと、……あとは、勘ですね」
「わぁっ! 人間仲間が増えましたね! 実は私たちもそうなんですよ! ナーカマ、ナカマ♪」
 アルズがはしゃいで笑った。

  *  *  *  *  *

 ちらちらと目に入る、「誘拐犯に要注意」のチラシ。
 『情報局』を探しているのだが、どこにあるのか分からずに今だ三人はさ迷っていた。「人間世界に帰る」と、言う選択肢が出て来ないのは、らしいと言えばらしい。気がつけば郊外に出ていた。
「(まさかポケモン世界に来て、こんな難問にぶち当たるとは……俺ってタイミング最悪)」
 露骨にテンションの下がっているアルズを心配してか、刃が時々声を掛けてくれる。
 力ない笑顔でそれに応じつつ、アルズは何度目かの深呼吸をした。
 落ち込んだ時には、これに限る。そして、今まで黙っていたレニーが突然二人に問い掛けた。
「……二人共。何やら聞えて来えへんか?」
 え?と、アルズと刃は耳を澄ませる。
 確かに何か、話し声が聞こえてくる、直ぐそこの曲がり角からだ。
『三匹だぜ、こっちが不利じゃないか?』
『何言ってんのよ、相手は子供じゃない。大丈夫、勝てるわよ』
 まさかと思った瞬間、既に相手は三人の目の前に現れて居た。
 サマヨールとゲンガーだ!
 先程の会話から察するに、チラシの誘拐犯に違い無い。
「大人しく捕まりなさい!」
 と、ゲンガー。
「なぁに、暴れなければ、俺達だって痛い目にだけは遭わせねぇよ」
 妖しく笑って、サマヨールが言う。
「あの……僕達を攫って如何するんですか?」
 と、刃が問うた。
「そりゃあ決まってるじゃない」
「親から身代金を盗る。他にも色々盗る。そうすりゃ俺達は、働かなくても金持ちになれるって訳だ!」
 成る程、悪い人間と同じような考えのポケモンも居たものだと、ある意味三人は感心してしまった。まぁ、こちらは更に考えが単純化されているが。
 さて、ここで問題になるのが、逃げるか否か。刃は迷っているようだが、レニーは戦う気満々、アルズは逃げ出す気満々である。
「(僕らって、さ  ……纏まりないなぁ)」
 刃は、げんなりしそうになるのをぐっと堪えた。
「二人共、いくで!」
「いやいやいやいや、三対二じゃ卑怯ですよ。レニーさん、刃さんとタッグバトルでどうぞ」
「えぇっ!? 僕ですか!?」
「はい! 私は影ながら応援をするので、存分に戦ってください」
 そのごたごたの中、先手を打ったのは相手のゲンガーだった!
「ちゃんとこっちを気にしなきゃ……[さいみんじゅつ]!」
「わぁあっ!?」
 睡魔を誘う怪しい感覚が三人を襲う。
 刃は薄れる意識の中、催眠術をものともしないアルズとレニーを見た。ぐっすりたっぷり眠り込んだ二人は、なんと催眠術でも全く眠たくならなかったのだ!
 倒れた、正しくは眠り状態に陥った刃を見て、アルズが呟く。
「……え? 何ですか、この展開。私達でタッグバトル決定ですか? マジですか?」
 往生際の悪いアルズの言葉とは裏腹に、レニーは既に戦闘モードだ。
 シッポを力強く振り、ゲンガーとサマヨールに向かって吼える。
「かかってきぃや!」
「ぎゃぁぁ――!!  来ないで下さーい!!!」
 アルズ、本日二度目の絶叫。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「クラウド、もっとゆっくり歩いてくれ」
「あ……はい」
 輝はなかなかクラウドに追いつけず、一定の距離をとりながら移動していた
 クラウドは素早さの基礎能力が高いタイプのブラッキーなので、ちょっと考え事をしてペースが合わないとどんどん輝を引き離してしまう。そんな移動が続いていた
「……今はまだ怪しい連中とかはいないみたいですね」
「うん、そうだな……」

 輝は嬉しかった。
 この世界から出られなくなり、自分1人の力ではどうしようもなかったからなのだ
「(俺は若菜のように強くはないんだ……)」
 そんな状況で不安で仕方がなかった輝が同じ元人間のクラウドと出会えたことが何よりの心の支えになったのだった。
 輝達はまずはきのみ名人の家をあたるべく歩き回っていた。いくらはじめて歩く土地ではあっても何度かこの世界に来ていた輝は、いくつか聞いた話もある。ここはトバリの近く、確かこの近くに仲の良い夫婦が営むきのみ名人の家があるそうだ。

「輝さんが話してくれた場所だとこの辺りなんですけどね……」
「クラウド、ひょっとしてあれは……」
 輝が目をやる方向の先には、たくさんのきのみを実らせた木々が生い茂っている光景があった。
 オレン、モモン、オボン、ヒメリ、ロメ、他にもいっぱい、たくさんの木々が美味しそうなきのみが実っている。
「やったぁ! 早速いただきましょう!」
「お……おい! クラウド」
 クラウドは[でんこうせっか]のスピードで木になっているオレンのみを2つとると、早速口の中に放り込む
「うん! これはおいしい! ほら、輝さんも1つ食べてみてください!」
「あ……ああ」
 輝もクラウドからオレンのみを受け取った……その時
「ド……ドロボーッ!!」
「え……?」
 輝とクラウドの前には一匹のニドリーノ、しかも物凄い剣幕で[にらみつける]を放ちながらこっちにやってくる。
「お前達、人が丹精込めて作ったきのみをよくも台無しにしてくれたなぁ!!」
「ちょ、ちょっと待って! 俺達は!!」
 きのみ泥棒を退治すべく、ニドリーノの[みだれづき]が輝へ狙いを定める。
「うわぁぁっ!!」
「輝さん、危ない!!」
 ニドリーノの攻撃を受ける寸前の輝にクラウドがすかさず[バトンタッチ]を使うことによって入れ替わり、輝の身をかばった!
「ううっ!!」
 ニドリーノの[みだれづき]が全発クラウドにヒットする!
 しかしさすがはブラッキー。これだけの攻撃でもビクともしない打たれ強さを持っていた。
「(僕、本当にブラッキーになったんだ……)」
「このーっ!!」
「うわっ!」
 ブラッキーとしての自分の能力に驚くクラウドに間髪いれずニドリーノが[にどげり]を放つが……クラウドはかろうじてその攻撃を[かげぶんしん]で回避した。
「チッ、[かげぶんしん]を使うか……厄介だな」
「ちょ、僕の話を聞いてください!僕は決して泥棒な……んかじゃ……」
 着地したクラウドが、がくっとひざをつく
「(な……なんだこの感覚は)」
「かかったな!」
 ニドリーノがヨシッ!と拳を握る。
「クラウド!」
 輝がすぐそばから叫び駆け寄ってくるが……
「だ、ダメだ、輝さん!こっちに来ちゃいけない!」
「で……でも」
 そのクラウドからはどんどん生気が失せ、じわじわと体力が削られているような状態に陥っている……そう、ポケモンの「毒状態」のそれなのだ!
「こんなこともあろうと、あらかじめ[どくびし]をまいていたんだ!」
 ニドリーノはあの時……クラウドが輝と[バトンタッチ]した一瞬を狙って辺り一面に[どくびし]を撒いていた。
 [どくびし]は入れ替わったポケモンを「毒状態」にする技……ひどい場合は「猛毒状態」にすることもありえる技なのだ。
「う……うう……」
 クラウドは[シンクロ]を使って毒状態を必死にニドリーノにうつそうとするが、ニドリーノは毒タイプ――毒状態にはならない。
「そうら! お前にはみっちり灸をすえてやる!」
 動けなくなったクラウドに対してニドリーノの[つのドリル]が容赦なくえぐりにかかる!!
「う、うわぁぁ!!」
「クラウド――ッ!!」

  ……その時!!

「あーた! 一体、何やってたのよ!!」
   バチイィンッ!!
「ギャッ……お。お前!」
 ニドリーノは[おいうち]で軽く吹っ飛ばされた
「い……一体何が……」
 クラウドと輝がそこに目をやるとニドリーノを圧倒するニドリーナの姿があった。
「あんた、また通行人に喧嘩ふっかけたね! いつも言ってるじゃないか! ここのきのみは困った人にわけてあげるんだよって!」
「そ……そんな事いったって、お前」
「何よ! あたしにさからう気かい!?」
「ぎゃあぁぁっ!!」
 ニドリーナがニドリーノを袋叩きにボコボコにする。
 ……本来の[ふくろだたき]とは使い方が違うかもしれないが、これはまさしくあれば袋叩きだ
「あ、あなた達は?」
 クラウドがかろうじて立ち上がり、輝がその元に駆け寄ると、そのニドリーナにたずねた。
「ああ、申し訳ないねぇ……うちの旦那が失礼なことをして…… ブラッキーさんにラルトスさん、私達がきのみ名人なんだ」
 ボコボコにのされたニドリーノもようやく状況を把握できたのか立ち上がると
「す……すまなかったな、勝手に誤解しちまって」
 クラウドと輝に謝り、頭を下げた。
「特にブラッキーさんには怪我までさせちまって……お詫びにうちにはいってくれないか? 何もないが、おもてなしするよ」
 ニドリーノとニドリーナは空腹の輝とクラウドを自分達の家に連れて、中へと案内していった。

  *  *  *  *  *

「……とよし、これで大丈夫!ほら!もう立てるだろ?」
「ええ、ありがとうございます」
 ニドリーナは毒状態のクラウドに[モモンのみ]を与え、[キズぐすり]で治療をおこなっていた
「……ごちそうさま」
「もういいのか?きのみはもっとあるんだぞ」
 輝はニドリーノからきのみをごちそうになっていた
「それじゃあ、この家はいろんな人に?」
 輝がニドリーナに問いかける
「ああそうだよ。この家はね、道に迷った人や旅に疲れた人を迎え入れる休憩所としておじいちゃんの頃から受け継いだ場所なんだ」
 聞いた話ではこの「きのみハウス」はそもそもはニドリーナの祖父の代からの休憩所として親しまれていたところであったが、その祖父も亡くなり、今では若いニドリーナとニドリーノが後を引き継ぎ、営んでいるのだそうだ……。
「だけど、何から何までお世話になって……」
「何言ってんだい! 男なら人の好意は素直に受けるもんだよ!!」
 そう言うとニドリーナは、傷の癒えたクラウドの背中をバンッと強く叩いた!
「げふっ! ……は、はい」
「(す……すごい奥さんだな)」
「(はは……わかる?)」
 その光景を見ていた輝とニドリーノは小さな声で話していた。

「ところでもう1回聞くけど、何か知っていることとかありませんか?」
「ああ、悪いけど役に立てるような情報はないねぇ……。人間なら今まで何人か来たことはあったけど、帰れなくなったとかそういう話は聞いた覚えはないね」
「ごめんな」
「そうですか……」
 輝とクラウドは少しうつむく……。
「まあ、くよくよしなさんな! ここにあるきのみなら好きなだけ持って行っていいからさ!」
「は……はい、助かります」
 いよいよ本格的な旅支度が整う。
 クラウドと輝はポケダンでいう[どうぐばこ]程の小さなカバンの中にオレンのみやモモンのみをありったけ収納していた。
 そして輝とクラウドはすっくと立ち上がった。
「いくのかい?」
「ああ、おじさん、おばさん、本当に世話になった」
「ところで、これからどこに行くのか決めているのかな?」
「それは……」
 輝の顔が曇る。
「じゃあ、ソノオのサイサリスに行ってみると良い。うちのお得意先の一つなんだが、確か元人間が経営している店だ」
 ニドリーノはにっこりわらうと、
「ほら、餞別だ! とっときな!」
 若菜とクラウドにそれぞれきのみをさらに1個ずつ手渡した!
「これは……」
「ラルトスのお前さんが持っているものは[カシブのみ]。ゴーストタイプが弱点の場合威を半減してくれるきのみだ」
「そしてブラッキーのお前さんが持ったのは[リュガのみ]。ピンチになると防御力があがる貴重なきのみだよ」
「……おばさん!」
「道中気をつけるんだよ!」
「はい!」
 輝とクラウドは食料と貴重な木の実を手に入れると勇み足でトバリシティのきのみ名人の家を後にした!
「(待っていてくれ……若菜!)」

 目指すはまだまだ遠いソノオシティだ。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 情報収集、と意気込んで町に到着したはいいものの、2人ともこの世界は初めてなので何か伝手(つて)があるわけではない。
 クラヴィスと黒琉は、少し歩いたところで、どちらからともなく立ち止まってしまった。
 2人の間に沈黙が下りる。クラヴィスは焦った風もないが、黒琉は何とか会話の糸口を見つけようと周囲を見渡した。
 ――そして、いかにも人の良さそうなプクリンとその娘らしいププリンを発見する。
「(彼女達に訊いてみよう、きっと知らない人に声を掛けられても気を悪くしないだろうし、何か分かるかもしれない!)」
「あっ、あのっ、クラヴィスさん!」
「ん?」
「僕、ちょっとあの人達に何か知らないか聞いてきます!!」
 その場の気まずい(と思っているのは恐らく黒琉だけだが)空気を吹き飛ばすようにわざと明るくそう言うと、クラヴィスの返事も待たずに彼はプクリン達の元へと走っていった。

  *  *  *  *  *

 黒琉とプクリンが、なにやら話し込んでいるのが聞こえるが、会話の内容までは届いてこない。
 クラヴィスは大きく息を吐くと、彼らから視線を反らした。どうも、自分はああいった外交に向いてない、と思ってしまう。
 ……実は、黒琉は黒琉で、話がほとんど要領を得ておらず、プクリンをかなり困らせているという事情があるのだが、会話が聞こえないクラヴィスがそれを知ろう筈もない。
 人を寄せ付けづらいクラヴィスに、口下手な黒琉。要するに、2人はどちらも社交的でなく外交には向いていないのである。
 と、クラヴィスの視界の端に、ちらりと映るものがあった。クラヴィスは、空を見上げる。
 そこにいたのは――3匹のオニドリル、だ。 傷を負っているのかどうかはここからでは判別できないが、3匹の飛び方はお世辞にも元気とは言い難かった。
「……?」
 クラヴィスは首を傾げる。もし傷を負っているのだったら、ポケモンセンターにでも行けばいいのに……?

 しかし、オニドリル達は特に大怪我をしているわけでもないので、ポケモンセンターに行くことにはほとんど意味がなかった。
 もっとも、クラヴィスは知らないが、彼らは今公共施設に行けばあっという間にお縄である。
 何せ、彼らは……若菜を暴行して誘拐しようとした罪で現在指名手配中の、オニドリル達その人なのだから。
「ったく……まさかあのガキがアカリンの一人娘だったとは……失敗したな」
「お陰で生意気なチコリータは逃がしちまうし、散々だぜ」
「おい、見ろよ」
 1匹の声で、他の2匹は下を見る。
「あそこに可愛いププリンちゃんがいるじゃねぇか。憂さ晴らしだ、チコリータの代わりにあいつを売っちまおうぜ」
「おっ、その向こうにまた別嬪さんがいるなぁ。ああいう神秘的な雰囲気は嫌いじゃねぇ」
 舌なめずりをしながら、もう1匹が言った。ちなみに、この「別嬪さん」とは……クラヴィスの事である。
「じゃあ、下界の奴らをぱぱっとぶちのめして、あいつら頂いていくとするか!」
 最後の1匹の声に、反論する者は誰もいなかった。

  *  *  *  *  *

「っ!!?」
 突然寒気を感じ、クラヴィスは視線を上へ戻した。
 理屈ではなく、本能で。ここは危険だと、そう思った。
 果たして、彼女の視線の先には、こちらへ向かって急降下してくるさっきのオニドリル達が。
 そのうち1匹の矛先は、明らかに自分に向いている!
「ちょっ、ちょっとっ、嘘でしょっ!?」
 バトル経験のないクラヴィスは焦るが、その間にもオニドリルはどんどん距離をつめてくる。
「うわぁぁぁぁっ!!」
 クラヴィスは咄嗟に、頭の横についた刃を振りかざし――

 ガキン!!

「っ……?」
 オニドリルの嘴を、刃で受け止めていた。
「クラヴィスさん!?」
 彼女の叫び声に、黒琉が彼女のほうを向く。
 その真上に、残り2匹のオニドリルがいるのに、気づかないまま。
「ば、馬鹿っ、上見なさい、上!!」
「へ? うえって…… うわぁぁ!!!」
 黒琉とプクリン達は、間一髪でその攻撃をかわす。
 もう1匹のオニドリルもクラヴィスから離れ、3匹は一所に集まってクラヴィス達を見た。
「へっへっへ……悪いことは言わないぜ、アブソルのお嬢ちゃん。俺達と一緒においで」
「そこのププリンも一緒にな!」
「お、お断りよっ!!」
 間髪いれず断言するクラヴィス。そして、彼女自身が気が付いたときにはもう、攻撃に移っていた。
 強力なフットワークで飛び上がり、オニドリル達よりやや高い目線に立つ。
「なっ……!?」
 ここまで来てしまったんだ、もう戦うしかない。
 クラヴィスは、先ほどは振りかざした刃を、今度は下に振り下ろした!
「[きりさく]!!」
「ぎゃぁぁ!!」
 避け切れなかったオニドリルのうち1匹が、羽を散らして地面に落ちる。
「やった……!?」
 しかし、彼女が着地すると同時、オニドリル2匹の[ドリルくちばし]が彼女を直撃した。
「きゃぁぁぁ!」
 何せ不慣れなバトルだ。まともに受身を取ることもできず、クラヴィスは道の向こうにあった店先の棚に突撃してしまう。品物が舞い、あちこちから悲鳴が上がった。
「ふん、焦らせやがって。さぁ、あと一撃で気絶させてとっとと連れてくぞ」
 オニドリルは、立ち上がろうとしているクラヴィスに[トライアタック]を放ち――。
「うわぁっ!!!」
 その前に立ちふさがった黒琉が、まともにその攻撃を受けた。尻尾から絵の具を散らして、彼は倒れこむ。
「ちょっと、何やってるの……! あんた、まともな戦力にならないんだから下がって……」
 言いかけて、クラヴィスはそのまま止まってしまった。
 尻尾を器用に使って立ち上がると、黒琉はこわばった笑いを見せる。
「(確かに怖いけど……でも、僕だって戦えないわけじゃない。クラヴィスさんにまかせっきりにするわけにはいかない……)」
「そう、僕のたった一つの技、それは……」
 相手が直前に出した技をそっくりコピーし、自分のものにする『スケッチ』。それが、彼が使える唯一の技。
 さっき尻尾から散った絵の具は、その技を使った証拠だったのだ。
「[トライアタック]!!」
「ぎゃぁぁぁ!!」
 オニドリル達は吹っ飛ばされたが、空中で何とか体勢を整えた。
 しかし、そのうち1匹は今の攻撃で『まひ』状態になってしまったのだろう、高度が徐々に下がってゆく。
「ちっ……」
 残された1匹は、忌々しげに舌打ちをした。
 クラヴィスは立ち上がり、黒琉と共に彼をにらみつける。
「形勢逆転ね!!」


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 グラエナたちと別れた後、しばらくセイラは草原をあてもなくさまよっていた。
「このコアって、うちが喋ると光るんだよね・・・。」
 絶望感からそんなどうでもいい事を言い始めたセイラは、これまだどうでもいい事をやり始めた。
「は!もう3分経ってしまった!M78星雲へ帰らなければ!シュワッチ!」
 アニメでのヒトデマンの鳴き声はある作品の主人公と同じような声であることを思い出して、その主人公になりきって ピョン! と目をつぶってジャンプするセイラ。本来ならここで落ちるはずだが、今は違っていた。
「おっかしーなぁ。もしかして本当にウルトラ○ンみたいに飛んでるとか……。ギョエェェェェェ!」
 恐る恐る目を開けたセイラの目の前に広がっていたのは……

 小さくなった地上だった。

「何でうち飛んでるのォ!?」
 足をみるとなんとすごい勢いで水が噴射している。このせいで飛んでしまったらしい。
「え!? ちょと待て待て! ストップ! ストーップ!」
 セイラが叫ぶと水はピタッと止まる。そして勢いを失ったセイラは……。
 夜空のヒトデマン座となって永遠に輝き続ける――
「わけあるかー!」
 ――ことは無かった。しかし、いわゆる動力源を失ったセイラは、文字通り流れ星となって街の一角に墜落していくのであった……。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



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