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巨大遺跡へ行こう2 bbs

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外海
とんび [ Home ] [ Mail ]
昨年11月に外海の大野教会、出津教会行きました。まだはっきり覚えていますが、瓦の十字架までは気づきませんでした。潜伏キリシタンの世界遺産は12ヶ所から構成されてますが、このあと五島や平戸(1ヶ所は入島禁止あんなので見ただけ)の構成遺産を回り、12月には島原天草も回り、12ヶ所全部に行きました。
No.141 2021年09月19日 (日) 02時35分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
大野教会の瓦の十字架のことは、教会の中に置いてあったパンフレットに書かれていました。とんびさんの旅行記を拝見しましたが、見学には予約が必要で、内部は見られなかったのですね。
自分が行った時は、まだそのような観光ルールが決められる前だったのか、教会の扉は開かれており、中に入ることができました(記憶が定かではないのですが、礼拝堂の入口のところまでだったような)。中に入ってすぐのところに、パンフレットとか記念品(絵葉書だったかカードだったか?)が置かれていて、パンフレットは当たり前ですが持ち帰ることができ、記念品は横に置いてある箱にお金を入れて購入するという形になっていました。
出津教会も予約なしで見られました。
No.142 2021年09月09日 (木) 09時44分

 

トルコ編終了
とんび [ Home ] [ Mail ]
体調崩されて大変でしたね。いたんだ食べ物や細菌でまみれたものなど食べなくても、水や油が普段とは違っているだけで下痢を起こしますね。自分の場合は、2000〜05年ごろ、メキシコやミャンマーで経験しました。

その後、水や怪しい食べ物には気をつけて腹痛はおこってないんですが、昨年2月のインドで熱中症にやられました。下痢とすりなどには気をつけていたんですが、熱中食対策まではできませんでした。夜行寝台バスでついて、荷物あづけて、すぐに炎天下の遺跡巡りしたのが原因でした。

一昨年、トルコにいったとき、海峡の中の島へ行く船に乗ろうかと思いましたが、乗ればほかのところへは行けなくなるのでやめました。乗った場合はやはり一番遠くの島まで行くつもりでした。大橋の下の宮殿行きましたが、撮影禁止でした。

あのときハムシをおすすめになったんで、アジア側の港のそばで食べたことを思い出しましたが。オフさんはこのときはハムシは食べなかったようですね。サバサンドとあわせてまた食べに行きたいです。
No.139 2021年09月12日 (日) 07時53分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん、こんにちは。

たぶん、疲れていて抵抗力が低下しているなか、何か悪いものを食べたため食中毒になったのだと思われます。

食中毒症状がなくなった後は、体がだるくて観光意欲が湧かず、ただ何となく時間をつぶしたという感じです。

ビュユック島も、体力を消耗せずに時間つぶしができるという理由で行ったように思います。

ハムシは、シーズンではないので(寒い時期が旬の魚)あまり提供されていなかったのか、単に別の物をと思ったのかは、昔のことなので忘れてしまいました。
No.140 2021年09月12日 (日) 11時30分

 

ネムルート
とんび [ Home ] [ Mail ]
ネムルート、自分はマラテヤからの朝、夕両方をみるツアーで行きました。写真拝見して、行ったときのこと思い出しました。
No.137 2021年08月24日 (火) 16時07分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん、こんにちは。
とんびさんのhpの旅行記、見直してみましたが、2003年にネムルートにいらしたのですね。夏でも夜明けは寒いのですね。
No.138 2021年08月24日 (火) 20時34分

 

イラン・トルコ国境こえ
とんび [ Home ] [ Mail ]
イランはビザのために送迎頼まれましたが、夜中の到着なので、その点では頼んでよかったですね。インドなどでは夜中に到着して声をかけられてだまされる話とかよく聞きますし。知らないところでの夜中到着だったことを考えると送迎はよかったと思います。

自力で行けそうなところのガイド付き車を押し売りみたいにして取らされてしまう経験自分もあります。自力よりも楽なうえ短時間で行けるし、その程度の額なら頼もうかってなるんですよね。スリランカのことでした。しかも、自力で行くよりも印象がうすくなるのも同感。

つい先日、利尻礼文行ってきました。徒歩と数少ない路線バスで回ったのですが印象良く残りました。14年前には観光バスで雨の中回ったのですが、全然印象が残らなかったのと対照的でした。サロベツも長距離歩きましたが、バスで来て原生花園だけみてたんじゃ何の印象も残らなかっただろうなと感じているところでした。(海外行けない今は、国内で時間がかりそうで、避けてしまいがちな離島などを回っています。
No.135 2021年07月21日 (水) 08時03分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん、こんにちは。
96年は、ガイドブックというものがない状態で出かけました(正確にいうと、団体ツアーきゃく向けの主要観光地の簡単な説明があるだけのもので、行き方などの記述のない薄っぺらい物は持っていましたが)。
イランは、ペルセポリスとイスファハンのイマームの広場だけでも見られればいいかなと思っていましたが、ガイドをつけた結果、短い日程でかなり効率的に回ることはできました。
ちなみにツアーという形にはなりましたが、ガイドというか旅の世話人みたいな人が、移動のたびにチケット確保、タクシーをひろって運賃交渉、ホテルも行った先でさがすという、およそツアーとはよべない、かなり変わった旅でした。
ところで、とんびさんの北海道旅行、ブログで拝見しました。自分は札幌生まれ札幌育ちではあるものの、利尻礼文などの島は未到です。礼文から利尻富士を眺めたいとはずっと思っているのですが。
No.136 2021年07月21日 (水) 22時34分

 

トルコ編終了
とんび [ Home ] [ Mail ]
終了ごくろうさまでした。今回はツアー添乗員?としてイスタンの有名観光地を回るって感じで、いつものオフさんの遺跡巡りとはちょっと違っているなと思いました。ほとんどのところは、一昨年行ったところなので、思い出しながら拝見しました。

未訪問遺跡っていあったので、どこかなと思っていたら、最初にいらっしゃたパタラなどのことだったのですね。パタラでお泊りだったので、余裕があったよいうに思いました。自分はフェティエで泊まって日帰りでしたので、予想外に最後のパタラが大きく、海岸までは行けませんでした。
No.133 2021年04月29日 (木) 10時49分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん、コメントありがとうございます。
今回の旅行記の表題、何にしようかと迷いつつ未訪問の遺跡をメインとするものにしました。
しかし、イスタンブールでのツアコンの真似事が当初の予定より長くなり、表題とあわなくなってしまいました。
パタラは広いですね。海岸を優先したので遺跡はほとんど見られませんでした。
No.134 2021年04月29日 (木) 16時47分

 

トルコ編楽しみです
とんび [ Home ] [ Mail ]
トルコ編はじまりましたね。2013というオフさんにしては少し遅めの印象でした。JALのパリ行き深夜便、2、3回乗りましたが、廃止されましたね。

3ヶ所とも一昨年行ったばかりなので、よく覚えています。ほとんどの写真は見覚えがあります。レトゥーンの大劇場の中の池は、水がなくなっていますたが、泥地だったので歩けませんでした。

自分の場合はアンタルヤからフェティエに入り、翌日丸1日かけて3ヶ所回りました。レトゥーンは入口から30分ほど歩いたし、クサントスも下の村から30分ほど坂道歩いたし、よく歩いたと思います。
No.131 2021年03月25日 (木) 08時30分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん、コメントありがとうございます。

とんびさんの旅行記、ブログで拝見していました。
クサントスのあたりは交通が不便なので、公共の交通機関だけで1日で回ろうとすると、かなり無理をしなければなりませんね。

トンビさんが訪れた時、レトゥーン遺跡の劇場には水がたまっていなかったのですね。
自分が行ったのは春の初めというか冬の終わりという時期で、雨の多い時期だったため、水が残っていたのかもしれません。行った当日は好天に恵まれましたが。
No.132 2021年03月25日 (木) 21時23分

 

チュニジア
とんび [ Home ] [ Mail ]
チュニジア編終わりましたね。前半は自分の行ってないところでしたが、後半は行ったところばかりで思いだしながら見ました。チュニジア滞在の日数はオフさんと同じくらいですが、自分の場合はチュニスからドゥッガ、ブラレジアに行ったのと、シティブサイドとカルタゴ合わせて1日かけたあたりで、全体では同じくらいの日数になったようです。

鉄道ではなくルアージュにのっていらっしゃることとか、有名ホテルでもトイレ共同だとか時代を感じさせますね。自分が行ったのは2009年ですが、かなり楽に旅できたのですが、オフさんのときは大変そうです。あとバルドー博物館ですが、行った数年後(今から数年前)テロがあって、日本人が襲撃されたことをよく覚えています。今は博物館の印象もうすれてきていますが、テロのころは建物をまだよく覚えていてショックでしたね。
No.129 2021年01月19日 (火) 21時51分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん、コメントありがとうございます。
ルアージュは速いので、けっこう好んで利用してました。
ただ、ものすごくスピードを出すのでちょっと怖い面もあるのですが。
チュニスの共同トイレのホテルですが、古いホテルでどちらかといえば安宿の部類に入るホテルでした。
バルドー博物館での事件は自分もよく覚えています。
5度目のチュニジア訪問も考えていたのですが、アラブの春以降の不安定な状態が安定してきたなか、バルドー博物館での事件が起き、それでチュニジア行きは遠のいてしまいました。
No.130 2021年01月19日 (火) 23時01分

 

とんび [ Home ] [ Mail ]
昨年シチリアに行きました。アグリジェントは何も変わってないようです。保存されているから当然ですが。行ったコースも自分と同じで、街から歩いていき、写真はなかったですがたぶん博物館行って、野原の中歩いてコンコルディアに出て、いったんヘラに行ってから、あとは端から端まで行ってテラモーネで終わりですね。自分は出口を出たのが15時30分と記録しているので、かなり早く歩かれたのかな。

トラーパニも行ったことは行ったのですが、パレルモからエリチェ日帰りで、乗換え場所としてトラーパニに立ち寄っただけでした。
No.127 2020年12月19日 (土) 06時58分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
トンビさんも街から遺跡まで歩かれたのですね。
自分はこの時は博物館をパスしたと思います。
たぶん明るいうちにパレルモに移動したかったのだと思います。
実はアグリジェントには、その後再訪しました(旅行記はまだ作成していません)。
その時は博物館にも行ったと思います。
ちなみに再訪したときには遺跡のあちこちに98年にはなかった大きな彫刻が作られていました(とんびさんの旅行記の写真にもありますね)。
そのうち、その時の旅行記も作成したいと思ってます。
No.128 2021年12月14日 (火) 09時44分

 

とんび [ Home ] [ Mail ]
1995年にチュニジアにいらった記録、拝見しました。自分がいったのはかなりあとで2009年でした。ブラレジアも行きました。地下室には入りましたが、地下都市とは大袈裟ですね。このあとドゥッガに行きました。チュニスに連泊して日帰りでいろいろ行きましたが、砂漠方面までは行きませんでした。オフさんは軽いフットワークでいろいろ周遊されたのですね。スースは乗り換えをされただけのようですが、よかったですよ。ここも日帰りでした。カルタゴでは同じところに行ってますが、とくにカルタ―ジュ・ハンニバル駅の写真は、自分もとっていて似ているなぁと思いました。
No.125 2020年07月14日 (火) 17時20分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん、こんにちは。
とんびさんのホームページのチュニジア旅行記見ました(前にも見ていたと思います)。主要な所は押さえていらっしゃいますね。

95年は南部の砂漠方面が主要な目的地でした。
ブラ・レジアはその次くらいの目的地でしたが、『歩き方フロンティア』の記述にだまされたという感じでした(その後『歩き方』のチュニジア編が発行され、「地下住居」という記述になってました)。

実はチュニジアには4回行っていて、その後、スースも再訪しました。ただ、その時も中継点的感じになってしまい、きちんと見ていません。そのうちまた、と思っているうちに年月を経てしまいました。

4回のチュニジア旅行のうち2005年の旅は以前のホームページに旅行記を載せていたのですが、写真のサイズの変更など作り替えを考えて削除して以来、放ったらかしになっています。

しばらく海外へは行けない状況のなか、写真のスキャンなど過去の旅の振り返りを行っているので、チュニジアの旅行記も順次アップしていくつもりです。
No.126 2020年07月14日 (火) 21時49分

 

とんび [ Home ] [ Mail ]
1994年トルコ完結ですね。ドゥバヤズットのあと、カルスかワンかって思たっら、エルズルムにお戻りだったことや、カッパドキアからアンカラに行かずにシリフケ、アダナによってからアンカラだとか、行き当たりばったり感があって面白かったです。東はなかなか行きにくいのですが、トラブゾン、エルズルム、カッパドキアなどはまた行ってみたいですし、まだいったことがないアンカラも、早い時期にいってみたいです。
No.123 2020年05月27日 (水) 09時55分
オフ(管理人) [ Home ] [ Mail ]
とんびさん。
ドゥバヤズィットの後、さらに東トルコを回りたいところですが、本文にも書いた通り、当時、東トルコでクルド過激派のテロが続発しており、それでこの旅の大きな目的地であるイサク・パシャ・パレスを見られたので、すぐに東トルコを離れようとしたのだと思います(記憶は曖昧ですが)。
ちなみに、カルスは2012年に、ワンは2003年に訪れました。
No.124 2020年05月27日 (水) 21時10分

 




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