[5355]まあちゃのページと思考能力回復の道 投稿者:みう
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らべさん、こんにちは。 脳梗塞を発症して体の麻痺で不自由なことだけでなく思考回路も狂ってしまってるのでとても仕事への復帰は難しいと感じました。 私、仕事しか能のない人間。死んだも同然と失意のどん底でした。 退院してから何か復活のヒントなる物がないかと夢中でネットで探しました。 そして「まあちゃのページ」に出会いました。 ご主人ゆきおさんの回復へのひたむきな努力に打たれました。 そしてまあちゃにメール出したり掲示板に書き込みしてる内、私を受け入れてくれてるのをすごく感じました。 当時は、文章能力もガタガタになっててとても仕事で通用する物でありませんでした。実感してました。それが悔しくて悔しくて。 今もまだまだですがその頃より手前みそではありますが少しはましになったかと思います。 そこを回復しないことには、本職の機械設計業務なんて程遠いです。 慌てず一つづつ回復しようと思い先ずはがむしゃらに文章を書きました。 まあちゃが私に好きなように掲示板を使わせてくれていっぱい書きました。 「メイン掲示板」にあることないことたくさん書きました。挙句の果てちょっとした詩、物語まで。 そうこうしてる内、「漢字のささやき」を設けられました。 ここもいっぱい書きました。 迷惑をお掛けしたことも多々あると思います。当初私も皆さんのように「まあちゃさん」とお呼びさせて頂いてたんですがある日まあちゃから「まあちゃ」と読んでねと言われたんです。 流石に年上の方に向かってハンドルネームを呼び捨てには、躊躇しましたが私にとって 「まあちゃ」は次男の呼び名と似ていて親しみのある愛称。お言葉に甘え「まあちゃ」と呼びました。 そして、まあちゃと呼ばせて貰ってる内どんどん近づきを感じるようになりました。 今では、私、「まあちゃさん」とお呼びすると随分他人行儀になってしまったようでお呼びしづらいんです。 まあちゃは、私を立ち直らせてくれた素敵なお姉さんです。 しかし私の呼び方で不快に感じておられる方おられると思います。 らべさん、すみませんがこの場をお借りして皆さんにお詫びします。 また、仕事に直結する専門的なことでは、主要の取引先の担当者が厳しい納期を求めなくてもよい案件、設計自体あまり難しくない案件を選んで入院中から与えてくれました。 病院休業日は、入院しとれないので、外泊許可を取ってオフィスへ持ち帰って自分の能力を復活させることも視野におきつつ仕事しました。 こうしてお世話して頂いた仕事でも従来のようにきちんとこなせば報酬は頂けました。自営業の立場上、病気発症してから収入が途絶えました。何とか家内に心配負担掛けないことが一縷の望みでしたので助かりました。 まあちゃのご親切、取引先のご好意を得て正式退院してから普段通りの仕事に復活できました。 とはいえ仕事は黙って待ってて入ってくるほど甘くありません。一つの仕事に目処がついてきたらすぐに次の仕事の確保しなければいけません。 私が培ってきた会社等には、すべてお願いしまくりました。 それでも物足りない時は、同業者にも相談したりネット等使い探しまくりました。アポが取れて打ち合わせに伺うことになったら家内に車で送迎して貰いました。 勿論、私のその時点での技量の範囲では、あります。 間違った仕事したり納期遅れをしては、全てダメになるどころか信用を完全に無くします。すべてが振り出しに戻ります。 こうしてただがむしゃらじゃなく慎重の上にも慎重に事を運びました。 そうして先ず復活出来た訳ですが、それからリーマンショックあり東南アジアの大洪水ありで日本の機械業界全体が落ち込みました。末端の一設計会社ではすぐに仕事なしへと飲み込まれました。 私は、自身の繋がり等でたまに「仕事を得ることは出来ました。しかし、業界全体の器が小さくなってしまった現在、維持することはままならなくなってます。 今は、本職に拘らず多角経営とも言いましょうか私の能力で何か仕事として確保出来る物がないかと模索中であり勉強中です。 また、片麻痺での動きの回復は、病院でのリハビリがすでに打ち切られていますので 訪問看護ステーションを使って訪問して貰ってのリハビリを週2回ペースで受けています。 優秀な二人の先生で順調に回復の道歩んでますが、思いもよらぬ転倒をしたりして振り出しに戻り行ったり来たりしてます。
投稿日:2017年08月14日 (月) 18時03分
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