[195] (小説)「伝説のオウガバトル 第五巻」 -プロローグ- |
- Hiro - 2006年10月23日 (月) 23時55分
プロローグ
王宮中央のエントランスホールでは、四歳のゼノビア長子、ジャンの入場を待つ人々で犇いていた。そこから奥には階段状のホールがあるのだが、主要な儀式や接客御用達はこのエントランスで行われる事がほとんどだ。ホールと言っても、片側は上から下へ徐々に太くなるカストラート式の縦に括れを持った石柱が立ち並んで、吹き抜けになっている。そこから外は段が高くなっているので、その外から内を見ることはできないのだが。吹き抜けもありエントランスは日の光を取り入れて明るかった。そして壁際に臨時の玉座が設けられて、ゼノビア国の紋章が金の刺繍で入ったえんじ色のストールで飾られていた。戴冠式でジャン・ゼノビアに冠を与えるのは、ロシュフォルの教えを長くに受けた、かの女性、大神官のフォーリス・クヌーデル。ゼノビア王家との親交は深くはないが、黒真珠海を隔てた聖地のあるアヴァロン島から、その依頼を受けて城塞都市ゼノビアまで赴いた。大神官はその比類の無い契約術をもって、ロシュフォル皇子に仕えた身であって、この大陸にフォーリスと同じ召喚術の秘術を用いられるものはいない。大神官といえば、その秘術が代名詞のように言われるが、ロシュフォルの教義布教の立役者としても知られ、悪人のみぞその人格を疑う。大神官は参列者の最前列の者と楽しそうに少し話した後、礼服を正して壇上に上がった。エントランスには二千人以上の参列者が臨席していた。ジャンの入場はまだなので、式場はざわついていたが、フォーリスの姿は注目を集めていた。
ここは、ゼテギネア大陸の南東に位置するゼノビア王国の王都ゼノビア。北西側は黒真珠海に面している。水の都とも呼ばれ城塞都市の内部も水運が発達しており、数々の橋がある。城壁に囲まれた広大な敷地の中の街の作りは、石造りの民家と商店が混在し独特の商業都市を形成して活気があり、また水路の流れも美しい。水運での商業は、ロシュフォル皇子が王都建国後に盛んになり、グラン・ゼノビア王がさらに発展させた。 聖杯、とは繁栄を支える礎となる器でこれを持つ者に、絶え間ない繁栄をもたらし国を支える中核ともなりうるというものである。グラン・ゼノビアは聖杯をもって統治を進めたとも言われる。グラン・ゼノビア王曰く、「聖杯とはあるものでなく、作られるもの。」であるらしい。その製法が啓示を通じて統治すべき人に与えられ、製法を与えられたものは自らの覚悟をもってそれを作るということだ。聖杯は持つもの持つものによって、代々その効果だけを永遠とし、形は生き物のように変わり身を繰り返す。この聖杯は儀式の際フローラン王妃の身に着けている聖なる腕輪と並び、三神器といわれるが、やはり聖杯は神器の中でも一番輝かしい器だ。
壇上に聖杯が運ばれた。グラン・ゼノビア王とフローラン王妃の入場が間もなくということだ。壇に向かって右の吹き抜けの方の廊下から、グラン王とフローラン王妃が姿を現した。入場する入り口の近くに、大陸五勇者の一人、大賢者カール・フリードリヒ・ラシュディが特別席の円卓の席に座っていた。賢者ラシュディは、体を少し傾け背もたれにもたれ足を組んでいた。賢者らしいクリーム色の法衣で、体に良く密着する動きのとり易い賢者独特の戦闘服でもあった。ズボンの脹脛の部分はよく締まっていて、足運びも軽い。剣士グランの補佐をして戦う、ワイズマンの衣装だった。円卓はそんなに大きくはないが、その卓には賢者ラシュディが一人だけ着いていた。ラシュディは、グランロイを見てはにかんだ様に組んでいた右手を軽く挙げた。グラン王はにわかに起こった拍手の中、フローラン王妃と共に玉座に腰掛けた。王妃は前列の親しい者に視線を送って、微笑んでいる。グラン王はあまり身動きせずに肘掛に両腕を落ち着かせて正面を見据えていた。
壇から向かって右奥側の者が、廊下の赤じゅうたんの先を覗き込んでいる。ジャンの控え室の扉が開いた様だ。警護のゴエティック(魔道士)が白いロシュフォル教の司祭法衣を着て扉から出てきた。その後にプリーストを両脇にして小さなジャン・ゼノビアが歩いて出てきた。楽団の指揮者が首だけ後ろに振り返っている。手のひらを大きく翳して、演奏し始めるタイミングを計っているのだ。その手が背を伸ばして大きく挙げられたかと思うと、一気に柔らかく下ろされた。木管が小さく鳴り出した。先導者二名が赤じゅうたんの上をその曲のリズムに合わせて左右に体を振りながらゆっくりと歩を進めた。大きな輪の飾りのついた杖を先導者は両手で持っていた。プリーストはジャンと反対側の手に同じく木製の杖を持っていた。
拍手がすでに起こっていた。ジャンの後ろに同じ年程の、男の子と女の子が一人ずつ、赤く長いマントの先を持って付いている。ジャンはいつものいたずら少年の顔を見せずに、生真面目そうな表情をして真っ直ぐ先を見ていた。徐々に手すりの珊の脇を歩いてきている。拍手は続いた。行進のための音楽は続く。
ジャンは壇の手前まで来ると、少し目線が定まらないようになっていた。参列の婦人が高い声を上げて、ジャンのかわいらしい姿を喜んでいた。壇の手前をジャンは先導者の後に歩く、マント役の少年少女が止まっているので、ジャンは重いマントの為進めなくなった。フォーリスは壇の一番前で微笑んで手招き。笑いが起こった。
そして低めの壇の下、中央に着くと両脇に先導者、後ろ斜め横にプリースト2名、真後ろに少年少女という形となった。戴冠が始まる。
先導者のゴエティックが、儀の開始をフォーリスに向かって述べると、会場はその言葉を聞こうと静かになった。ジャン王子とグラン王の讃えた紹介が述べられる。フローラン王妃の事にも触れられた。長いその言葉を受けて、今度はフォーリスが紙を広げて辞を述べる。 そしてフォーリスは王、王妃に振り返り大きく礼をした後、傍らの段に置いてある王冠を取った。再び音楽が奏でられる。 ジャンが膝を折ってかがんだ。その頭上に冠が載せられた。音楽は最高潮を迎える。賢者ラシュディ、賢者のいる場所から会場の反対側にいるダルカスも立ち上がって拍手をした。会場は拍手に包まれた。
ジャンは、式場の参列者のほうを振り返る。拍手は鳴り止まない。王、王妃共に立ち上がった。先導者が同じリズムで床を杖で突いて叩く。杖の飾りが独特な音を出しそのまままた、入場の時と同じ形で退場を始めた。この後ジャンは王の間に入り、玉座で来賓の挨拶を迎える。
グラン王は王妃と共に立ち上がって、フォーリスの方へ歩いた。そして大神官との握手を交わした後、グラン王は大きな声で、フォーリスの来都と戴冠の役に感謝を述べ、参列者に拍手を求めた。フォーリスは腕を真横に組んで頭を下げた。神官の礼の仕方だ。
壇から下がった王は会場の戦友や各地城塞都市の領主などと、話をしていた。王妃はそのまま会釈をした後、入場の時の吹き抜けから下がった。グラン王は嬉しそうだ。
そのあと、休憩と軽食を挟んでジャン・ゼノビアの来賓への挨拶が始まった。フローラン王妃はずっとジャンの横に付いている。グラン王は少しだけ王の間に顔を見せただけで、またエントランスホールを横切り、吹き抜けの方から、自分の部屋へ戻ろうとした。そのまま廊下を王は歩く。ふいに廊下の警護剣士の者が、動いた。しかしグラン王が、それを止めた。 「グラン!」 黒髪の小柄な女性だ。20代だろうか。後ろから早足で歩み寄って王に気軽に声をかけた。 「おう、シリー。」 王は軽く答えた。 「立派な式だったね。」 「お前が見えないから、来てないかと思ったよ。」 「ジャン君、立派だったよ。」 「そうか、スプレッドはどうしてる?」 「おばあちゃんに家に来て貰ってるの。もう寝てるかもしれない。」 「一人で来たのか。」 「うん。」 シリーと呼ばれた女性は後ろ手を組んで、王を見上げた。 「奥まで行こう。」 「ありがとう、ここでいいよ。」 警護の剣士が身を正した。 「カール!」 エントランスの方からラシュディが歩いてきた。 「ああ、賢者様。」 ラシュディは二人を見比べた。 「よお。」 低い声だ。会釈をするラシュディにグランが口を開かないのでシリーが先に応えた。 「私はシリーと申します。」 「初めてだったか。」 グランが合わせる。 「ラシュディです。宜しく。」 「私はここで失礼致します。」 シリーは微笑んでお辞儀をして、去っていった。
「あの娘かい。商店の娘は。」 「ああ、知ってたか。」 「街中で並んで歩いてたんじゃ、な。」 「フロラは知らんよ。」 「そうか。」 ラシュディは軽く笑った。
「あっち、行かないか。」 ラシュディは親指でエントランスを指した。 「ギゾルフィが差し入れでくれた酒がある。」 「さっき会った。」 「お疲れかい。」 「少し部屋に行くよ。」 グラン王は少し脱力しているようだった。 「実はここにもある。」 ラシュディが腰から銀色の酒瓶を取り出すと、グランは大きく笑った。グランに差し出された。 「ありがとう。」 「天空製さ。」 二人は笑った。 「ゆっくりな。」 「ああ。」 グラン王は廊下の先に歩いた。賢者はそれを見送って、エントランスに引き返した。
エントランスの先の戴冠式会場席となっていた場所には今は人はほとんど居らず、壁際に数人が固まっているのが見られるだけである。会場席の中心には通り抜けられるように道が開けられていて、ラシュディはそこを真っ直ぐに歩いて行った。席がなくなった奥の壁際に広いスペースがあるのだが、そこに飲食するスペースが設けられていて、数名が集まっているようだった。ダルカスが向こう側からラシュディを見つけたようだ。 「おっ。おぅい!グランは?」 その席には、フォーリス夫妻と魔獣王ダルカス、賢者ギゾルフィがいた。卓上には酒瓶とグラス、軽食が置かれていた。ジャンの挨拶の間、ここで歓談して過ごせるようになっている。 「すこし休んでる。」 「差し上げられましたかな?」 フォーリスの夫がラシュディに訊いた。 「はい。」 「奴は寝てても呑む性質だから、いい土産さ。」 ダルカスが笑うと、みなも笑う。しかし、大神官はなにか顔を曇らせていた。 「先ほどの話、グラン王が息子さんをあなたに弟子入りさせるという話。ウィザードの法を学ばせるのですか?」 フォーリスがラシュディに尋ねた。 「私が教えられるのはそれくらいです。」 「わしは法力は好かんよー。」 ダルカスがそういうと賢者ギゾルフィがグラスを置いた。 「ドラゴンテイマーは大方、魔力は好まないな。」 「あたりまえ。剣でいい剣で。」 「泣かされてきたもんな。」 ラシュディもそう言って元のグラスに手を付けた。 「王も呑んでくれてるかな。」 とギゾルフィ。 「鬼のいぬまに別のことを楽しんでいるかもしれん。」 ダルカスは笑った。 「別のことって?」 きょとんとした表情を見せたフォーリスはしかし汗を多くかいていた。何か怯えているようだった。 「剣のお稽古だよ、お稽古。」 「いや。」 このラシュディの言葉には含みがあるのだろうか。訴えかけるようでもあった。 「グランは飲むよ。王は分かっているから。」 ラシュディの切れ目の中の瞳が、フォーリスと合った。大神官は夫の袖を軽く引っ張っていた。ラシュディはギゾルフィと目を合わせた。 「賢者ギゾルフィのお祝いだと伝えておきましたから。」 「ありがとう。」 もう一度改めて乾杯がされたが、フォーリスが夫と共にその席をいったん離れて、壁際のベンチに腰掛けた。
「どうした?凄い汗。」 夫は妻の汗をぬぐった。 「私、あの方苦手。」 「ラシュディ様かい?」 大神官は肩をすくめて自分で抱えた。小刻みにくる震えを自分で抑えるようだった。夫は肩を抱いた。 「確かに、賢者のような法力の強い者が傍にいると召喚ができないとは言ってたね。」 「そうじゃない。それだけじゃないの。」 夫は言葉なくただ妻を傍らで見つめるだけだった。
王家護衛の騎士が、鎧の音をたててジャンの居る王の間の方に歩いてきた。騎士は青銅の胸当てをあてた、網目の刺繍の入ったマントの騎士に歩み寄った。 「パーシバル隊長。」 鉄鎧の騎士は声をかけた。 「どうかしたか?」 「グランロイがお呼びです。」 「どのような事で?」 「分かりません。」 パーシバルは考えたような表情になった。 「すぐ行こう。」 パーシバルは体の向きを変えた。 「君はここで共に護っていよ。」 「はい。」 パーシバルは赤絨毯の廊下を歩いて行った。
グラン王は、自分の休憩室で王の赤い衣装を脱いで軽装になっていた。細く開けられた窓からはちょうど月が見え、部屋の中にもその明かりが差し込んでいた。グラン王は部屋の明りを付けない。月の光を楽しんでいるようでもあった。卓には聖杯らしき器が2つ。グランは椅子に深く腰掛けていた。戴冠式の賑やかさと対照的な静かな時間がしばらく流れた。扉をノックする音。 「グランロイ、お呼びですか?パーシバルです。」 「入ってきなさい。」 扉が開いて廊下の明りが入り、騎士パーシバルが部屋に入ってきた。 「明りをお付けいたしましょうか。」 パーシバルはドアを閉めた。 「うん。そこだけでいい。」 グラ王がそう言うと、パーシバルは横の台の上の三又ランプを付けた。部屋が少し明るくなった。 「今日でございますね。命を下された日は。」 パーシバルは卓に近づいた。 「御用立ちを。私はまだ行き先を知りません。」 グラン王は椅子から騎士パーシバルに目をやった。 「パーシバル。この2つ。どちらが聖杯であると思う。」 パーシバルは卓上に目をやった。 「触れてよろしいですか?」 グラン王は頷いた。パーシバルは、指先でまず一つの杯を叩いた。鈍い音がする。もう一つを叩くと伸びのある音が出た。 「こちらでございます。」 グラン王は微笑んだ。 「本当の聖杯は、そこにある。」 グラン王は部屋の端を指差した。そこにはただ作業台があるだけだった。 「机しかありません。」 「それが聖杯だ。その机と道具だ。ものを生む所。」 パーシバルはその机の表面に触れた。 「これは持って運べません。」 「君が運ぶのはさっきのこれだ。」 グラン王は2つの金色の器、両方にワインを注いだ。先に選ばれた方をパーシバルに差し出した。 「乾杯をしよう。」 「聖杯でいただけるなんて、恐れ多いです。」 パーシバルは杯を受け取った。そして杯同士を合わせて乾杯して飲んだ。 「君は、南の門からそれを持って出よ。城壁沿いに西に進み角の所に船を用意してある。」 グランは命じた。 「南の門から出て、西ですね。分かりました。」 グラン王は、パーシバルの肩に軽く手を乗せた。 「それは聖杯の末娘だ。」 グランが微笑むとパーシバルも表情が和らいだ。 「わかりました。」 「そこに末娘を産む人も乗る。待っているといい。」 「わかりました。客人の御名は?」 「大神官殿。」 パーシバルは驚いた。 「まさか…」 「待って居よ。」 「分かりました。」
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