[58]hitode
チッ、チッ、チッ・・・。 静寂の中の時計の音。 私、アユミはテーブルの前にひとりきり。 すごく静かですわ。 子供たちも、今日は人形のまま。 なんとなく、(いつもよりは)非日常的な時間を過ごしているのにはわけがあるんですけど・・・。
ご主人様はひとり、机に向かってお勉強中。 なんでも、近いうちに試験があるそうなんです。 私たちはご主人様を邪魔するわけにはいけませんから、静かに待機。 でも。 なんだか無力ですわ。 お茶もお出ししましたし、エアコンの温度も調整済み。 道で遊んでいる近所のお子様にすごみを効かせて一喝・・・いえ、静かにするようお願いして。 でも、他にすることが無いんですよね。 なにか、もっとお役に立てるようなこと、ないかしら。 ・・・・・・。 お茶を一口。 思い悩んでいて、ふと、いいことを思いつきました。 私もご主人様と一緒にお勉強してみてはどうでしょうか。
テーブルにに対向に座った私と、ご主人様。 書き損じを消そうと消しゴムに手を伸ばすと、同じく消しゴムを取ろうとしたご主人様の手が触れ合って・・・。 あ・・・、ご、ごめん・・・。 いえ・・・、ご主人様の手・・・暖かいのですのね・・・。 顔を赤くして黙り込む二人。 静かに、そしてときめきながらも黙々と勉強はすすんで。 そして試験当日。 もちろん、頑張った私たちは、二人して試験に合格。 将来は同じ会社まで進んで、私はオフィスのご主人様のためにお茶を入れて差し上げて・・・。 ああっ! 幸せすぎですわぁ! 一緒に勉強することを吟味するついでに、未来予想図まで立ててしまった私は、さっそく『あくまでご主人様のため!』に行動に移ることにしました。
「あの・・・、ご主人様?」 「ん・・・?ああ、アユミ。どうかしたの?」 テーブルに向かったご主人様が私の声に振り向いた。 「私も勉強をしようかと思いまして・・・、ご一緒してもよろしいですか?」 「え?あ、ああ、いいよ。」 ご主人様は不思議そうな顔をしていましたが、私は軽く会釈をしてテーブルの向かいに座りました。 「アユミも勉強するの・・・」 「ふふっ、あまり勉強するところは見せたことありませんものね」 「天使にも勉強ってあるんだ。・・・どんな勉強するの?」 「主に、天使学ですわ」 「天使学?」 「そうですわね・・・。こちらの世界で言う人間愛情学に、生きとし生けるものから命無き事物までが愛の対象になる要素の加わった崇高な学問ですわ」 「へ、へぇ・・・、大変だね・・・」 ご主人様はそういって笑顔(実は苦笑い)をつくりました。 私も笑顔でお返事。 これでしばらくご主人様と二人っきりのお勉強・・・。 ドキドキですわ・・・。 うずうず・・・。 いえ、そんなことより、お勉強をしませんと。 私はご主人様の本棚からお借りした教科書を開いてみました。 手始めに、「基礎微分積分学」から始めてみましょう。 ぱらぱら・・・。 目に止まったページの一文は、 『定理(1)x=ξでf(x)が微分可能ならば、fはその点で連続である。』 えっ・・・と。 何でしょうか、このミミズがのた打ち回っているような記号は・・・。 しかも、この文章の威圧的かつ一方的な押し付けがましさ。 せめて、「〜だよ」とか「〜かな」くらい、ご主人様のような優柔不・・・いえ、優しげにして頂かないと。 ぱたん。 私は本を閉じて、もう少し心の優しそうな参考書を手に取った。 ぱらぱら・・・。 ・・・・・・。 そ、それにしてもこちらのお勉強って難しいのですね・・・。 私は目に飛び込んでくる、ラグランジュやら、ラプラスやらド・プロイの名前に辟易して問題が一問も解けないまま落ち込んでいく。 みかねたご主人様は、 「あ、アユミ・・・、その教科書、僕にもほとんど分からないんだけど・・・」 え・・・。 おもいっきり暗くなっていた顔をあげる。 「は、はは・・・、いや、そう言うの僕も苦手で・・・。そうだね、まずはこれから一緒にしようか」 と、ご主人様が持ってきた本は、高校・基礎解析。 そのぐらい・・・と言いかけた私に、 「いや、実は僕もこのくらいの数学でさえ忘れかけていたんだ。はは、ちょうどいい機会だし、一緒にやろうよ。・・・え、えっと、会社とか・・・その、試験のSPIにもこのくらいの問題しか出ないそうだし・・・」 無理やり言葉をひねり出そうとご主人様。 そのくらいの数学なら、私にも分かりますわ・・・。 でも・・・。 「仕方ありませんわ。私もちょうど忘れかけそうでしたし、ご主人様と一緒なら・・・勉強したいですわ」 今回は、なんだか可愛かったご主人様の態度に免じて、もう一度頑張ってみることにしました。 にこっ。 「ア、アユミ・・・」 「さて。じゃあ、勉強も仕切り直しですし、ちょっとお茶を入れてきますわね」 「いや、アユミは座ってていいよ。僕が持ってくるから・・・」 と、立ち上がった瞬間! ずっと座っていたご主人様の足がよじれて・・・! 「うわっ!」 「きゃっ!」 どたどたん!! バランスを失ったご主人様と、押さえられた私は折り重なるように畳の上に倒れこんだ。 「いたた・・・」 ・・・ふに。 「ふぇ・・・?」 ご主人様の立ち上がろうとするモーションとともに、私の胸元にもぞもぞとしたくすぐったさが・・・! 「き・・・」 「わ・・・」 もう一度。 ・・・ふに。 「きゃああああああっっっ!!!!」
「どうしたのっ?!」 私の悲鳴に、瞬時に人形から戻る一同。 と、そこには!! ・・・私に乗り掛かったまま石のように固まってしまったご主人様と、ご主人様に胸を触られたまま顔を真っ赤にした私がそこにいた。 「「「あ。」」」 「「「ゆ!」」」 「「「み?!」」」 「「っっ!!」」 私は、 「いっ、いやああああああああああああっ!」 「ぷばろっ?!」 ご主人様を跳ね飛ばして表に駆け出してしまった。
・ ・ ・。
「ふふっ。災難だったね・・・」 「はぁ、死ぬかとおもったよ」 ご主人様はアカネちゃんに包帯を巻かれながら苦笑して答えた。 「ご、ごめんなさい・・・」 私はすっかりちぢこまって、心から反省。 「あはは、いいよいいよ気にしなくて。ギャグSSじゃなきゃ死んでいたところだけど」 と、ご主人様。 「でも、アユミがあんなに勉強好きだったなんて知らなかったなぁ」 ツバサちゃんがそう言います。 「僕も初めて知ったよ。今度また、一緒に勉強しようね」 ご主人様の言葉に、思わず赤くなってしまう私でした。 そんな様子を横目に、アカネちゃんは、 「ところでご主人様。何の勉強していたの?」 「え?ああ、自動車学校」 私は思わず、 「おおっと、ミステイク!」 自分の頭に、ぽかっ。
ξあとがきξ はい。 ひなまつりですね。 関係無いですね。 はい。
2003年03月04日 (火) 00時30分
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