「まったく、親父の奴は何でこんな時に出張なんだよ・・・」
ここは、新幹線の車内。本を読みながら、中学生ぐらいの少年がつぶやいた。彼は窓側に座っていて、横の席には人がいない。そして、彼の足元にはなにやら多くの荷物が入っていそうなかばんがある。
「フゥ・・・」
少年はため息をつくと、読んでいた本を閉じてかばんに戻す。彼の趣味は読書で、今回も五冊ほどの本を持っているのだが楽しみのために読むのをやめた。
「しかし、一体どんなところなんだ?湖山村って・・・」
どうやら、彼が行くのは「湖山村」と言うところらしい。その時、駅が近くなったことを示す放送が入る。
「まもなく、広島、広島・・・」
その放送を聴いて、少年はかばんを持って立ち上がる。そして、彼はドアへと向かっていった。
新幹線がホームに止まり、ドアが開くと乗客が降りてくる。今は夏休みとはいえ、お盆のわけでもなく普通の平日なので客はほとんどがスーツ姿だ。その中で数少なく半そで半ズボンで新幹線を降りた少年は、在来線へと乗り換えるために階段を下りていく。
「えっと、次はこっちでその次はあっち。親父の実家は、相変わらず辺鄙な所だ。」
少年が地図とにらめっこをしている。その地図は、中国地方を走る電車の路線図だった。行く場所が分かった少年は、歩き出した。しかし、突然懐から音が鳴る。
「電話か・・・」
少年はポケットから携帯電話を取り出すと、話し出す。
「もしもし?」
気のない適当な返事で答えると、電話の向こうから男性の声が聞こえた。
「ずいぶんとのんきそうだな、清人(せいと)。」
「親父か。フン、疲れてるんだよ。そもそも、あんたがアメリカへの長期出張なんてことにならなければ問題はなかった。」
少年の名前は清人というらしい。どうやら、彼の電話の相手は父親のようだ。
「そう怒るな。俺だって、好きでなったわけではない。それに、これもお前のためもあるんだぞ。だからこそ、お前をお袋のところにな・・・」
清人の父は話し続けているが、清人は全然話を聞かずにこういった。
「チッ・・・もういい。これ以上はなしていると、電車が出発する。じゃあな」
清人は電話を切って、携帯を右ポケットに戻す。
「まもなく、湖山、湖山・・・」
アレから一時間後、清人は電車に乗っていた。といっても、二両編成のローカル線だが。でも、そのこともあってか車内には人が少なく、座るのは容易なことだった。
「そろそろおりるのか。」
清人はかばんを持ってドアの前に行く。その間にも、電車は小さな無人駅に停車した。ちなみに、ここの駅で降りるのは清人だけだ。
「無人駅なのに改札があるのか。・・・変わったところだ。」
そういいながら切符を改札に入れて、清人は駅舎を出た。
「おーい、清人〜!」
突然清人は名前を呼ばれる。声のしたほうこうを見ると、老婆がいた。
「あんたは確か・・・」
「忘れたのかい?藤山富江(ふじやまとみえ)。あんたの祖母だよ。」
「ああ。家が分からないから、迎えに来るとか親父が言ってたな。」
しかし、清人には富江のことなど全然覚えていなかった。それもそのはず、彼がここに来たのは、2歳ぐらいの時だ。
『だが、わずかに覚えている。あの時は親父もお袋もいて、二人とも俺とよく話してくれた・・・』
富江に連れられ家に向かう途中、清人はふとこんなことを考えた。一方富江は、何かつぶやいている。小声だが、それは聞き取れるくらいの大きさだった。
「まったく、あの女は何で利彦(としひこ)と清人を置いて何処かへ行くんだろうねえ・・・」
あの女・・・そのことを聞いて、清人は少し嫌な感じになる。富江の言った「あの女」と言うのは、清人の母藤山飛子(ふじやまひこ)で、今は清人が13歳なので・・・十年前、つまり三歳の時に何処かへと行方をくらましたという。事件に巻き込まれたという説が有力だが、いまだに彼女は見つかっていない。
それからしばらくして、二人は家に着いた。
「さ、ここだよ。」
富江に言われ、清人は家へと入る。この家は一階建てだが、とても広くなっている。靴を脱いで玄関に上がると、富江に案内されてある部屋に入った。
「ここがあなたの部屋。普段は何もないところだけど、ちゃんと掃除はしてあるから大丈夫だとは思うよ。」
「ああ」
清人は適当に返事をすると、かばんを置いて部屋を物色する。確かに富江の言うとおり、部屋は掃除されているようできれいだ。すると、富江が言った。
「じゃあ、私は買い物に行って来るからね。」
そういって富江は外に行こうとするが、清人が
「待ってくれ。それなら、俺が行く。」
「でも、道も知らないだろうし・・・」
「いや、少し気になることがあるんでな。そのついでだ。」
富江は「ついで」というのが気になったが、金とメモを清人に渡して居間に戻っていった。
「しかし、俺が昔に見たアレは一体・・・」
そうつぶやき、清人は靴を履いて外へと出た。
続く