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(721) Princess of the Darkness――新たな地で 投稿者:きしょる


 掃除をしないとここには住めないな。僕は初めて入った新居の中をうろう
ろしている。大学への通学のために、僕は安いこのアパートに住むことなっ
た。だけど安さに釣られて1回も部屋を見ないで入室を決めたので、かなり
汚いここで暮らさなければならない。ぶつぶつ言っても仕方ないので、一応
用意していた掃除用具を取り出し、小1時間掛けて台所と居間だけはなんと
か使える程度にはなった。それでもお世辞にも綺麗な状態とは言えなかった。
初使用となるここの台所を使って、僕は好物である紅茶を飲んでいる。

「“住めば都”……か。まぁ家賃の割には広いかな」 部屋を見回して、僕
はこの部屋を選んだことを良かったと思った。それでも飾り気の無い部屋に
加え、私物がほとんど置いていないので、あまりにも殺風景だ。最低限の生
活用品しかここにはないから、すぐにでも色々と買いに行こうかなとも考え
たが、掃除を終えた今の僕にそんな気力は無かった。

 時刻は夕方。特にすることもないので、僕は鞄から適当に本を取り出した。
鞄の中には“心理学”や“臨床心理学”といった小難しい本以外に自宅から
持ってきたものはなかったが、ここへ来る途中で購入した文庫本が一冊だけ
ある。しかし2、3行目で追ったところで、僕は本を落とした。そして静か
に眠りに入っていった。



「如月さん……如月さーん? 居ますかぁ、如月さーん」
ドアを叩く音と女性の呼び声で、僕は目を覚ました。すでに窓の外は闇一色
だった。この時間になっても電気1つ点いていないことを管理人さんが心配
してくれたのだろう。僕は急いでドアを開けた。

「す、すいません。ちょっとうたた寝してしまって……」
このアパートに越して来る前に、部屋の鍵は送ってもらってあった。だから
確認の為、入室後に管理人さんへ確認の連絡をする約束だったのだが、迂闊
にも眠ってしまった。こちらが完全に悪いのにも関わらず、管理人さんは、
よかった、心配したんですよ、と笑いながら言ってくれた。

「じゃあ確認をしますね。と言っても大したことしないですけどね。えっと
如月裕也さんですね。確か大学への通学のためにここへ来たんでしたね」
如月裕也とは僕の名前だ。ここへ越して来る理由も、前に電話で話した時に
伝えてあった。声で想像していたよりも若い管理人さんで、年齢は僕よりも
2、3下といったところか。

「ええ、ここから大学までは歩いてでも行ける距離ですからね。――えっと
管理人さんの名前は確か一条……」
「あっ、そうですね、お電話では苗字しかお伝えしておりませんでしたね。
私は一条京香といいます。ちなみにここの正管理人は私の母なんですけど、
ほとんどのことを私がやっている状況なんです。ではそろそろ。夜も遅いこ
とですから」
「……あの、今何時ですか?」
「えっ!?」

 僕の部屋にはいま時計がない。携帯はあるのだが、ここへ来る途中で電池
が切れてしまい、いまだに充電をしていない。よって、僕には素早く時間を
知る術がないのだ。京香は僕の言葉を聞いて一瞬驚いていたが、にっこりと
笑って、いまは8時過ぎですよ、と言った。そして彼女が言い終わったのと
ほぼ同時に、僕の腹の音が2人の間に響いた。

 僕は、ここに着いてから何も食べてないもので、と腹をさすりながら言っ
た。しかも部屋には食料がないので出かけなければならない。
「ふぅ……じゃあご飯でも買ってこようかな。ここらにコンビニとかありま
すか?」
「あの、如月さん?良かったら私の部屋で夕食ご一緒にどうですか?私たち
もこれからですし。それにコンビニのお弁当よりは美味しい物を出せると思
いますよ」
「えっ、いや、でもそれは」
「大丈夫ですよ、2人分も3人分も変わりませんから」

京香の言葉のいくつかを怪訝に思ったが、僕もいまから店へ出向くのも面倒
ではあったので、お言葉に甘えることにした。部屋に鍵を掛け、京香の後に
付いて階段を降りた。その時に気付いたのだが、2階にも1階にも電気が点
いている部屋がいくつもあった。挨拶するのも忘れてた、と今更ながら寝て
しまったことを深く後悔した。

「はい、どうぞ」
京香が開けた部屋は1階の端のドア。そして中には1人の少年が居た。歳は
京香と同じ位だろうか。長めの髪を持つ少年のそれは鮮やかな金色をしてい
た。
「ん? 誰ですか、あなたは?」
僕を怪訝な顔で見るその少年は、どこか人間とは違う雰囲気を漂わせていた。
少年の凛とした目から伸びる曲線が、そう感じることを強めた。

「この人が今日引っ越してきた人よ」
京香が後ろからすっと出てきた。彼女は少年の方を見て、この人がさっき言
った如月さん、そして……とここで彼女は僕の方に顔を向け直して、彼は私
の友達のファンレス君です、と先ほどと同じような笑顔を浮かべて言った。

 京香は僕に座るよう促すと、台所の方へ向かった。間取りの方は僕の部屋
とそう変わらないようだ。僕が座った目の前には、京香の友人であるという
ファンレス君も同様に座っている。彼は普通の人とは違うような気がする。
確かに彼は日本人ではない。それは彼の名前や相貌の点から考えれば判る。
でも単なる国籍の違いとは思えなかった。外国人を見るのだって初めてじゃ
ない。それでも彼には、どこか人と特異に思える点があった。

「あの、何か?」
ファンレス君が怪訝な表情で僕に言った。どうやら僕は知らず知らずの内に
彼の事をじろじろ見ていたようだ。
「あ、いや、その」
僕が、しまった、という表情になったことに気付いたのか、彼は若干の笑み
を浮かべて口を開いた。
「あなたは気付いているのかもしれませんね。俺は人間ではないんですよ」


2005年02月15日 (火) 01時05分


(722) Princess of the Darkness――かりそめの安息 投稿者:きしょる

 ――人間ではない。ファンレス君の突然の発言。いきなりそう言われて理
解出来るほど、僕は利口な人間ではなかった。
「どういう意味?」
確かにファンレス君には、どこか不思議な雰囲気を感じた。だからといって
人とは違う生き物だとは、まったく思わなかった。
「……言葉の通りですよ。あなた達よりも強い肉体を持ち、あなた達よりも
優れた能力を持つ。ただそれだけの存在。それ以外に人と違う点はありませ
んよ。ですから如月さん、別に俺の事を警戒しなくても良いですよ」
「ん……」

 どうやら警戒しているように見られたらしい。確かにそうかもしれない。
人は自分と違う存在を少なからず偏見の目で見てしまうものだ。

「なんで僕にそんなことを話してくれたんだい?」
「……さぁ、自分でもよく判りません。でも何故か、あなたには話したい気
分になったんです。それに如月さんも、俺のことを不思議だと思ったんでし
ょう? それに理由はありましたか?」
「いや、僕もなんとなく、そう感じただけだったよ」

 そう、理由がないのは僕も同じなんだ。ファンレス君に感じた人とは違っ
た雰囲気。これは他の人でも感じるものなのだろうか。それなら京香との関
係はどうなる。本当にただの友達なのだろうか。

 「ファンレス君はこの部屋に住んでいるの?」
実際、この部屋には生活している跡が幾つかあった。
「ええ、数ヶ月前からここに住んでいます。といっても家賃は払ってないん
ですけど。色々と訳があって……、今は京香のお陰でここに1人で住んでい
る状況なんです」

 色々な訳か。何なのかは気になるが、そこまでプライバシーに侵入したく
はなかった。程なくすると、台所から良い香りがしてきた。どうやらこれは
鍋物のようだ。香りだけでも美味しいだろう、と想像することが出来た。
「はいっ、出来上がりましたよ!お鍋は大人数で食べた方が美味しいですか
らね」

京香の手に握られた鍋から上がる湯気が、いっそう美味しそうに感じる。ど
うやら寄せ鍋のようだ。確かにこれはコンビニの弁当よりは美味しそうだ。
「おっ! 俺の好物の鮭もある」
ファンレス君が素早く箸を伸ばし、鮭を口に入れた。
「熱ッ!! はふはふ……」
「ふふ。慌てなくても鮭は多めに入ってるから大丈夫よ」

 この2人。やはりただの友達ではなさそうだ。何か、もっと深いつながり
がありそうだ。仲が良い、というか、信じ合っている、というか。どちらに
しろとても良い仲なのだろう。

「ほら、如月さんも。たくさん食べて下さいね」
京香は肉を口に運んでいる。僕の腹も、早く食べ物を入れろ、と言わんばか
りに音を鳴らした。
「では、いただきます」

 食事の最中、京香はこの町のことを色々教えてくれた。都市と自然がある
美しい町。ここの人はみな自然が好きなのだという。僕もここに来るまでに
道路に植えられた植物を見た。どれも人々に愛され、立派に育っていた。
「京香さんもファンレス君も高校生なんですか?」
「俺は違いますよ。毎日ここで鍛えていますよ」
「鍛える?」
「ええ、そうでもしなけりゃこの戦い――」
「ファンレスっ」

京香がファンレス君の言葉を制した。その言葉にはっとして、ファンレスは
口を閉じた。僕もそれ以上、そのことを聞こうとはしなかった。

「ふぅ、ごちそうさま。美味しかったですよ」
「そうですか? こんなもので良かったら、いつでもご馳走しますよ」
京香は片付けをしながら笑顔で答えてくれた。するとファンレス君はすっと
立ち上がり、外に出て行った。手には縄跳びの道具を持っていた気がする。
あれがさっき言っていた 鍛える ことなのだろうか。

「彼は毎日ああやっているんですか?」
「うーん、多分そうだと思いますよ。私も毎日来ている訳じゃないから判り
ませんけど」

 夜ももう遅い。部屋の時計は午後10時を指していた。もう帰るか。そう
思って椅子から立ち上がった刹那、玄関が勢いよく開いた。そこにいるのは
ファンレス君だったが、何やら様子がおかしかった。
「京香っ、ここに向かって魔物が来ている。かなりの速さだ。しかも数は3
体……」
すると、京香が台所から焦ってファンレスの前に現れた。手に泡を付けてお
り、かなり急いでいることが判った。
「なんでそんなに多くの魔物が一斉に!?」
「判らん。だが急いで準備をしろ。すぐ来るぞっ」
「――うん」

僕には京香たちの会話の意味がよく分からなかった。しかし、すぐに僕はそ
の会話の意味を嫌でも味わうことになるのだった。

――集まる者たち。彼らが狙っているのが僕であることなど、ここにいる誰
もが想像できなかった。


2005年02月15日 (火) 01時11分


(737) Princess of the Darkness――対峙する戦士 投稿者:きしょる

 ――知っていること。どんなに賢才な人の知識でさえ、それは世界の僅か
なことでしかない。知らないこと、それは理解できる物もあれば、できない
物もあるだろう。信じられない事実を嘘言と思うなら人は、未知の世界へ踏
み入れることを、一生できないのかもしれない……   如月 裕也



 京香は気忙しい様子で、奥の部屋へ入っていった。どうしたんだろうか。
気になっているところに、彼女はすぐに戻ってきてファンレス君と一緒に外
へ出て行こうとした。
「あ、あのっ、どこへ行くんですか?」
「……如月さん、しばらくここに居て下さいね」
京香はそう言うと、ファンレス君と一緒に外へ出て行った。外はもう真っ暗
だ。それなのに、一体なんで外なんかに。どう見ても遊びに行くようには感
じられなかった。緊張で満ちていたのだ。笑顔を絶やさなかったあの京香も
それは同じだった。あの目は真剣そのものだった。

そういえば、なぜ京香はわざわざ着替えたのだろうか。運動用の服のようだ
った気がする。それに右手にはおかしな本を持っていたな。青い色をしたあ
の本も何か関係があるのだろうか。

 今の僕には何もできることはないだろう。僕はこの部屋で京香たちが戻っ
て来るまで居ることにした。――ここに居て下さいね、といわれた以上、何
が起こっているか知らない僕が勝手な行動を取る訳にはいかなかった。だけ
どその考えはすぐに壊れた。外で何かが起きて、アパート全体が揺れたのだ。

その揺れは一瞬だった。一体何が起こったのか。僕は気になって、玄関を僅
かに開けて外の様子をうかがった。暗闇の中、僕の目には幾つかの輝きが映
った。それは自然な輝きではなかった。闇夜を舞う青と赤の光。その光に照
らされて、時々何かが見えるのだが、閃電の如く激突するので、僕の目では
その一瞬の間に認識することはできなかった。それでも聴覚があったので良
かった。2つの光が接触する度、金属同士が起こす摩擦音を聞き取れた。

 その光を追う内に、僕の目もだんだんこの闇に慣れてきた。ドアをそっと
閉め、闇を舞う光に少しずつ近づいた。その時、いままで気付かなかった別
の光を見つけた。僕とそれの距離はそれほどない。お陰で光の周囲もよく見
えた。光のすぐ側にあるのは見覚えのある顔――京香だ。彼女はこの光を持
っているのか。

「京香っ、そこに居るとあぶない。もっと離れろ。声が聞こえている程度の
距離なら――」
「ファンレス……大丈夫。大丈夫だから」
暗闇から聞こえたファンレス君の声を、京香は制した。でもなぜだろう。近
くに居たからなのか。僕は京香の声が震えていたように思えた。

 いままでにないくらいの激突音が響いた。そして一瞬で、2つの光の間合
いが開いた。青の光は京香の側に、赤の光はもう1つ存在していた光の側に
それぞれ位置していた。京香の側に来たのはファンレス君だった。彼の手に
は青色の光を宿した剣が握られている。

 赤の光と、その隣に居る光の相貌も少しは見えた。僕の背丈ほどある棍を
を持っている少年。その棍の先は赤く光っていた。少年の後ろには僕よりも
少し年上な感じの若い男が立っていた。この男、京香が持っている光と似た
物を持っている。
「貴様、魔物のようだな。それもなかなかの強さだ。剣術だけでなく、肉弾
戦の方も鍛えているようだな。本来ならお前たちのような奴と戦うことが俺
の目的でもある訳なのだが、今はそういう訳にいかないんだ」

男が一歩、また一歩とファンレス君に近寄って来た。睨み合う2人。僕は闇
に身を潜めている。ファンレス君は怪訝な表情をしていた。
「どういうこと……なんです?」
「お前らには用はないんだよ!」
棍を持った少年も近くに来ていた。いつの間に……。

「用がない……なぜ?あなたは王になろうとは思わないのか?」
「!!――ちっ、黙れ」
少年の顔が急に不機嫌なものになった。あれは、昔に何かあった人が出す表
情だ。以前、やり切れない感情を抱えている人間は、そのことを言われると
あのような顔になる、とある人が僕に教えてくれた。随分昔のことだ。その
時に説明してもらった表情の特徴と、少年に浮かび出たそれはほとんど一致
していた。少年はいまにもファンレス君に掴みかかろうとしている。

 その様子に気付いたのか。男が口を開いた。
「とにかくだ。いま貴様らに費やす時間は持ち合わせてはいない。そうだろ、
ツァオロン」
最後の言葉の時だけ、男の視線は少年の方に向いていた。
「ふん、分かっている、玄宗。それで例の人間の名前は?」
「確か……如月って奴だ。探すのはあのビョンコとかいう魔物の仕事だろ」

如月……、確かにあの男はそう言った。やはりそれは僕のことなのか?その
時、僕の背後で蛙の鳴き声がした。でも、本物とは思えなかった。
「……いっしょに来てもらうゲロよ」


2005年02月19日 (土) 22時37分


(774) Princess of the Darkness――闇夜の閃光 投稿者:きしょる


 突然、僕は後ろから声を掛けられた。その声に反応して、後ろを振り向い
た僕の目には、カエルのような子供のような、少なくとも人間ではない者が
居た。しかもその背後には鳥の怪物、とでも言えばいいのだろうか。普通の
鳥なんかよりも遥かに大きい翼竜のような鳥も居た。いったいこいつら何な
んだ?こんな生き物は見たことがない。僕が蛙たちの姿をうかがっているの
と同じような感じで、それらも僕の姿を見ていた。

 少ししてその蛙は合図のようなものを出した。すると、後ろの鳥がずいっ
と身を出して僕の方に近づいて来た。そして、鋭い爪を生やした強靭な前足
で僕の身を掴み、そのまま地面に叩きつけた。その力は恐ろしいほど強く―
―爪は食い込まなかったので助かった――僕のあばら骨辺りが悲鳴を上げて
いた。

「ひゃはははは、やったゲロ、やったゲロ!また1人捕まえたゲロ。これで
またロードからご褒美をもらえる……ゲロロロロっ」
目の前にいる蛙は、嬉しそうな様子で意味が良く分からないことを呟き、不
気味な笑い声を発している。こっちにとって不愉快極まりない。
「何者なんだ、お前は?」
僕の声に反応した蛙は、一瞬だけ僕の方にぎょろっとした目を向けた。だが
それだけだった。蛙はにやっと笑うと、視線をファンレス君たちのいる方向
へ固定し、僕の質問には答えなかった。この野郎。そういう態度に出るなら
僕にも考えがある。

 幸い、僕は右腕だけは自由に動かせる。ちょくちょく僕の視界に入ってく
るあの蛙の長い舌。あれを……そうだな、引っこ抜いてやろうか。僕は鳥に
体を押さえつけられているので、あまり自由な行動はできない。でも舌を引
っ張るくらいならできる。僕は、おいっ、こっちを向け! と蛙に叫んだの
と同時に、その舌を掴んで僕の方に向けて引っ張った。すると蛙は、痛い、
な、何するゲロ、と言ったのだろうけど、僕が舌を引っ張っているので、正
確には何を言ったのか判らないけど、僕の攻撃はけっこう効いているようだ。

「き、如月さん、何やっているんですか? ……それにあなた達は?」
京香が僕達に気付いたようだ。蛙のうめき声はここ一帯に響いていた。そし
て京香の口調は穏やかでない。おそらく約束、というか言いつけを守らなか
った僕に対して怒っているのだろう。多分、京香は危険な状況になることを
判っていたのだろう。それで僕をそれに巻き込まないように配慮してくれた
のに、僕は……。

 ファンレス君も僕の存在に気付いたようだ。そして、僕を捕らえている蛙
や鳥の存在にも気付いたと思う。でも、僕とは違い、彼はこの不気味な蛙や
巨大な鳥を見ても驚かなかった。そして納得したような顔をして、2体目と
3体目か、とつぶやいていた。

 ファンレスの剣先が棍を持つ少年に向けられた。
「あんたらは仲間なのか? そして如月さん……彼は人質としたのか?」
「さっきも言ったが、用があるのはお前じゃない。あの如月裕也という男だ。
お前に会ったのもただの偶然だし、戦うつもりもない。だが、ブランクを埋
めるにちょうど良いかもしれんな。俺らがビョンコに付いてきたのも適当な
山とかで訓練しようと思っていたからだからな。俺らは他の奴らと多少違う
からな」

 少年の持つ棍の先も、ファンレス君の方に向けられた。そして、少年の隣
にいる男が口を開いた。
「俺はこいつが持っている術を知らない。他の奴らなら自分の意志で術の発
動を行うからパートナーが術の力を知らなくても支障は無い。だが俺は元々
戦うのが好きな性分でな。本来なら戦ってもいいんだが、今は忙しいんだ」

 意味が全く判らなかった。あの少年たち、それにこの蛙や鳥は仲間。そし
て彼らは僕の事を狙っている。人質とかではない。それに、僕が一番恐怖を
感じたのは、少年の口から僕の名が出たことだ。無差別にやっているのでは
ない。そのことが、いま僕が危険な状況にいる事をより現実的にしていた。

 突然、蛙の舌の引きが強くなった。しまった。隙を突かれた。
「ふー、やっと楽になったゲロよ。本当なら最大呪文のギガノ・ゲロストを
撃ってやりたいところだゲロが……まぁ良いゲロ。さぁ、さっさと帰るゲロ
よ」
「そんなことさせない。ファンレスっ」
「うん、良くは判らないが、如月さんを連れて行かれるわけにはいかない!」
「第1の術、ニアス!!」

 京香の持つ本の輝きが強くなった。その刹那、ファンレス君の持つ剣の光
り方が強くなった。そしてかなりのスピードで僕の方に向かってきた。標的
は蛙か鳥だろう。他人にこれほど助けてほしいと思ったことは今までなかっ
たと思う。
 ファンレス君は実際かなり疾かったはずだ。僕なんかとはまるで違う。や
はり人間ではないのだろうか、ともふと思った。でも、疾いのは彼だけでは
なかった。迫っていた剣を止める影がふっと前に出て来た。棍を構える少年
はファンレス君を見て笑っていた。
「遅い。もう少しできると思ったが」
「――エルド!」

一瞬の内に少年の棍はファンレス君を捉えた。そして僕は見た。闇夜に浮ん
だファンレス君の姿を。彼の胸元から伸びる柄は長く伸びており、彼を貫い
たそれの片方は、背中を貫通していた。棍の先端と月とが被り、金色に映え
るそこに別の色が混ざった。それは嫌なほどに紅い色をしていた。


2005年03月02日 (水) 00時10分


(808) Princess of the Darkness――救う王 投稿者:きしょる

 うっ、とファンレス君が声を漏らしたのと同時に、彼の口から一筋の赤い
液体が漏れた。少年は棍を持つ腕を大きく振り、その遠心力でファンレス君
を吹っ飛ばした。その後、ファンレス君の肉体を貫いていた棍は、いつの間
にか元の大きさに戻っていた。その棍を持つ少年と、彼の相棒と思われる中
国人の風貌をした男がゆっくりとこっちに近づいて来た。

「結構あっけなかったな、あいつら。結局、2つしか呪文を使えなかったぞ」
「そう言うな、玄宗。あいつもなかなか強かったぜ。あの剣を受け止めた瞬
間、少しだが、手に痛みを感じた。力だけなら俺よりも上だろう」
「ふっ“力だけ”か。所詮それだけの――」
「それはどうかな」

 少年と男が後ろを向いた。僕も同じように、声のした方に視線を向けた。
そこには京香に体を支えられたファンレス君がいた。右手に剣を握り締めて
はいたが、満足に戦えるような状態には見えなかった。それでもファンレス
君は京香の腕を払って、再び戦う構えを取った。
「一応毎日鍛えているんでね、力ぐらいは嫌でもつきますよ。でも俺が鍛え
ているのは、力だけではない!」

 言い終えたのと同時にファンレス君が飛びかかった。やはり彼は疾い。彼
の直線的な動きでさえ、目で追うことは僕にとって難しいだった。そしてフ
ァンレス君の後方から、彼を追う形で京香が走ってきた。
「ファンレス、行くよっ。第1の術、ニアス!」
ファンレス君の持つ剣に強烈な光が宿った。その剣には不思議な力が満ちて
いた。神々しい光を携えたそれと、少年の持つ棍とが再び激突した。

ファンレス君の攻撃を少年が受け止めている。少年に反撃できる余力がある
ようには見えなかった。歯を食いしばり、棍を両腕で持ってファンレス君の
攻撃を必死で耐えている。剣を弾き返そうとしても、それは不可能のようだ。
でも、少年の相棒――あくまで予測だが、もう確定的だろう。恐らく京香と
ファンレス君の関係に近い――である中国人の男は悠然とその様子を見てい
た。相変らずあの本は輝いてはいたが、京香のそれと比べると、明らかに劣
っていた。

「あの剣士、急に強くなった気がする。さっき奴が言ったことはただの強が
りだと思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。ツァオロンも押されている
ようだし、力を出すか――ゴウ・エルド!!」

 僕だってすでに気付いていた。これでもこれから大学生になる男ですから。
不思議な力を持つ彼ら。それはファンレス君や棍を持つ少年だけではない。
京香や中国人の男も同等の力があるのだろう。彼らが発する言葉によって、
ファンレス君や少年が戦士の力を発揮できる、そんなところか。それに、発
する言葉にもいくつか種類があるようだった。さっき男が唱えたゴウ・エル
ドという言葉によって、あの少年が持つ棍に、ファンレス君の剣と似たよう
な光が宿った。闇を照らすその光りは赤色だった。

 にやっ。少年は笑っていた。ファンレス君はそれを見て怪訝な顔になって
いたが、それで少年に隙を見せるということはしなかったはずだ。だが、形
勢は変わった。赤色の光を宿した棍は、その力でファンレス君の剣を弾き返
した。ファンレス君はそれに素早く反応し、後方へのステップの連続で少年
との距離を開こうとした。だが少年からは逃げられなかった。棍は完全にフ
ァンレス君を捉えていた。そしてそのまま突きを放ったが、ファンレス君は
それを紙一重でかわした。彼は素早く構えを取って斬りかかったが、あの少
年は棍を巧みに回転させることで、即席の盾を作ってその攻撃を防いだ。普
通に回したのでは隙間から剣が通ってしまうのだろうけど、少年が棍を回す
それの速さは異常に疾かった。

再び激突した剣と棍は力比べの状態になった。だが今度はファンレス君の方
が押されている。ファンレス君の顔は必死であった。
「なんてパワーだ……。さっきの術の能力か?」
ファンレス君の口調も僕と話した時とは少し違っていた。必死だからなのか
それともこれが彼の本当の姿なのだろうか。押し合いを続ける2人の姿はと
ても対照的であった。全力で力を込めるファンレス君と、彼の力と同等の力
を出しているにも関わらず、顔に浮んでいる感情は余裕のただ1つである少
年。もはや力の差は歴然であった。この状況を切り抜ける手段はもう1つし
かない。そもそも彼らには関係がないはずなんだ。

 僕は大声で、僕を連れて行けっ、と叫んだ。ここにいる皆が僕の方に視線
を向けた。
「もういいから僕を連れて行ってくれ。ファンレス君たちは関係ないのだろ
う?それならもう戦いは止めてくれ。僕を早く連れて――」
「そんなこと言わないで下さいよ!」

僕の言葉を制したのは京香だった。
「戦いに関係ない……普通の人が魔物の戦いに巻き込まれるのはもう嫌なん
です。この戦いに巻き込まれれば、如月さん、貴方は不幸になります。そし
て残された人も……。だから私たちは貴方を護ります」
京香の眸からは真珠のような大粒の涙が漏れていた。彼女には過去に何かあ
ったのかもしれない。僕を助けることで、彼女は……。

 僕が何も言えないでいると、隣にいた蛙が口を開いた。
「無駄ゲロ。お前らは我々に逆らうことはできないゲロ。さっさと諦めるゲ
ロよ。ゲロゲロゲロ〜」
諦める……か。僕は助かることをすでに諦めていた。というよりも僕の為に
京香やファンレス君が傷つくのは見たくなかった。それならもう連れて行か
れても、僕は別に良いと思った。だけど、京香だけでなく、ファンレス君も
それを拒否した。

「俺が目指す王は救う王。悲しみに陥っている者を1人でも多く救いたい。
それなのに俺の目の前で、心の悲しみからやっと抜け出せた京香が、また悲
しみの世界へ落ちそうになっている。そうさせない為に俺ができること、そ
れは如月さんを連れて行かせないことなんだっ」

 ファンレス君は剣を持つ腕に力を込め、少年の棍を弾き飛ばした。少年は
なかなかやるな、と苦しそうに言葉を漏らし、ファンレス君との距離を置い
た。少年の相棒の男も前に出て行った。そして男は、俺も戦うか、と言うと
上着を脱ぎ捨てた。彼の身体にある筋肉は普通の人間のそれよりも異常に発
達しており、まるで鋼のようだった。

「楽しませてくれよぉ!」


2005年03月08日 (火) 23時38分


(837) Princess of the Darkness――デルタシチュエーション 投稿者:きしょる


 男は戦う構えを取っている。彼はその拳をファンレス君の方へ向けた。
「俺の名は玄宗。最強の強さを求める者よォ! そしてコイツは――」
玄宗と名乗る男が少年の方へ目を向けた。名を言え、という合図なのだと思
う。少年は玄宗と同じ様に棍をファンレス君の方に突き出した。
「……俺の名前はツァオロンだ」
「強い相手には名を名乗る。俺はいつもそうしている。……ある程度強い奴
なら、倒された相手の名を知りたがるだろうからな」

それを聞いたファンレス君は鼻で笑った。そして剣を構え、口を開いた。
「俺が負ける……とでも?」
「それはすぐに判る事。さぁ、いくぞっ。ツァオロン!――エルドォ!!」

 ツァオロンという少年の持つ棍が、再び背を伸ばし、ファンレス君を襲っ
た。ファンレス君はそれを剣で受け流し、ツァオロン君との距離を縮めよう
と足を踏み出した。だけど、彼に疾風の如く迫る影があった。僕はその正体
をすぐに判断することができなかった。拳を構えていた玄宗が、ファンレス
君のすぐ側に迫っていた。迫る拳をファンレス君は避けることができなかっ
た。そして、玄宗の拳はファンレス君の体を宙に浮かせた。ファンレス君は
顔を歪めはしたが、玄宗の2撃目の攻撃は自身の剣で受け止めれた。しかし
玄宗の拳はその剣を打ち砕いた。スピードを緩めない拳が、ファンレス君の
頬に命中した。

「くっ……なんてヤツだ。これが人間の動きだというのか!?」
「言ったろ。俺は最強の強さを求める男だと。俺はすでに人間相手では満足
できないほどの強さを手にしたんだ」
宙から落下したファンレス君は、受身を取って落下衝撃を最低限に抑え、素
早く戦う構えを取り直した。彼をサポートするために、京香も玄宗と同じ様
に本を開いて呪文を唱えた。その時言ったのは、ニアスという言葉だった。

すると、さっき玄宗に折られた剣が修復し、ファンレス君の手に握られた。
「勝負はこれからよ――ニアス」
再び京香があの言葉を唱えると、再び剣にあの神々しい光が宿った。ファン
レス君はそれで攻撃を繰り出したが、玄宗はそれを苦も無く避け、さらに左
手に握っていた本を開いた。別方向からはツァオロン君が迫って来た。

「行くぜっ。ガンズ・エルドッ!」
玄宗が唱えた呪文の力なのだろうか? ツァオロン君は棍を使い、突きの連
続攻撃をファンレス君に向けて放った。その動きは自分の技能というより、
機械的な動きだった。だけど、その攻撃が致命傷を与えることはなかった。
ファンレス君は棍の動きを正確に見切っていて、すべての突きをかわしてい
た。これなら勝てる。突きの連射はファンレス君に一切当たっていない、そ
れに彼が持つ剣の輝きは、さらに増していった。それでも、ファンレス君は
優位に立ってはいなかった。敵は2人。しかも両者ともかなりの強さを持っ
ているのだ。

 棍による連続攻撃が終わったと同時に、玄宗がファンレス君に飛び掛った。
ファンレス君は玄宗が迫って来た方向へ剣を構えた。しかし、その刹那、玄
宗の姿がそこから消えた。正確に言えば僕の目では、彼の姿を把握できなか
った。多分ファンレス君も同じだったと思う。玄宗の姿が消えた時の彼の視
線は標的を見失っていた。

 玄宗はファンレス君の後方に素早く回りこんでいた。そのスピードはかな
り疾かったのだと思う。ファンレス君は僕よりも早く玄宗が後方へ移動した
のに気付いていた。僕は、後方に移動していた玄宗にファンレス君が気付き
そして反応した、という一連の動作を見て、初めて戦いの状態が判った。玄
宗が放った拳は、ファンレス君のわき腹辺りに命中した。ファンレス君が玄
宗の後方への接近に早く気付いたことで、結果的に背中ではなくわき腹だっ
た。そのお陰で、バランスをあまり崩すことなく、ファンレス君は素早く反
撃の一振りを放つことができた。しかし、その一振りでさえ、玄宗をかすめ
もしなかった。

「――ふん、終わりだ。少しは楽しめたぜ。ゴウ・エルド」
ツァオロン君の持つ棍に光が宿った。それが描いた光跡は、なんの躊躇も無
くファンレス君の体を貫いていた。棍は背中から打たれたので、ファンレス
君は前のめりの体勢になり、そして倒れた。京香はファンレス君の名前を叫
びながら彼の元に駆け寄った。その双眸は僅かに輝いていた。

「ファンレス……」
「……」
京香は無言のままの彼の手をやさしく包み、温もりを与えるように、身体を
抱きかかえた。その様子を見た玄宗はそこから離れた。もう攻撃の必要は無
いと判断したのだろうか? それが情けなのかどうかを知る術はない。

向かって来る玄宗を蛙が笑みを浮かべて出迎えた。
「ゲロゲロ〜。良くやったゲロ。――で、止めは刺さないのかゲロ?」
「必要無い……奴はしばらくは動けないだろうからな」
しばらくは……か。安心して良いのだろうか。傷の程度は判らないけど、ファ
ンレス君なら大丈夫だろう。彼は普通の人ではない――

――って、僕は何を考えているんだ。そもそもファンレス君は傷つくべき人
ですらなかった。それなのにあんな重傷を負った彼に対して僕は……。彼が
人間であってもなくても、負った傷そのものは誰でも同じなのに。やはり僕
の責任なのだろうか……。

 止めを刺さない玄宗に対して、ツァオロン君は不機嫌そうだった。
「おい、玄宗。まだ唱えていない術があっただろ? それ、やってみろよ」
玄宗は怪訝な顔をし、間を開けて答えた。
「あのザオウって術か? その術はどんな力なんだ?」
「使ってみればいいだろ。なかなか良い術だぜ」
「あいつらにか? どっか適当な場所でやるのじゃ駄目なのか?」
「そんな甘い術ではない。他の術とは桁違いの威力だ。それ故に標的無しの
温い心構えで発動できる術ではない」

玄宗は何も言わなかった。だが、その手に握られている本は、だんだんと光
を帯びていった。


2005年03月14日 (月) 01時08分


(852) Princess of the Darkness――目醒めし闇 投稿者:きしょる

――どうするか……。力を求める者として、大いなる力はやはり見てみたい。
だが、これ以上は無駄な攻撃になる。それでも……

 
 一帯は静穏に包まれた。今やここに存在している光は、玄宗の持つ本が帯
びている僅かなその光しかない。さっき彼が言っていたザオウとは何なのだ
ろうか? ツァオロン君は、破壊力が高い術である、のような意味合いの言
葉を言っていたけど……。これ以上攻撃をされればファンレス君があぶない。
彼は僕を護る為に戦ってくれたんだ。彼をこれ以上傷つかせることは、僕が
阻止する。たとえこの身を犠牲にしても僕はそうするべきなのだ、という自
責の念に駆られた。

「さぁ、もう良いだろう? 僕を連れて行けばいい。僕はすでに抵抗する気
は無い」
「如月さん……」
京香はすまなそうな顔で僕の方を見た。なぜ彼女がそんな表情をする必要が
あるだろうか? 僕は彼女への感謝を表す為に、少しだけ顔に笑みを作り、
本当に感謝しているよ、ありがとう、と京香に言った。これは多分、彼女へ
の別れの言葉になるんだろう。僕は自然にそう思った。

 とりあえず区切りがついたのだろうと思っていると、がちゃんと部屋のド
アが開く音が二箇所から聞こえた。それらに一斉に視線が集中した。そこに
は外の騒音に気付いた住人が2人いた。この場に緊張が走った。玄宗たちは
自分達のことを他の人間に見られたから。そして僕や京香は、そのためにあ
の人たちが危険に晒されるのではないかという危機感から緊張を覚えた。

「ちっ、見られたかゲロ。ほっといても支障は無いとは思うゲロが……」
ビョンコは彼らへの処置について決めかねていた。このまま彼らには何もし
ないでほしいと切に願った。しかし、そこでツァオロン君がチャンスとばか
りに、ザオウであのアパートごと破壊するのが一番良い方法だと思うがな、
と玄宗に呟いていた。

「良い方法? どういうことだ?」
玄宗はザオウの使用について、あまり乗り気ではないようだ。彼を煽るよう
に、ツァオロン君は口を開いた。
「他の奴にも俺らのことを見られている可能性はある。それならあのアパー
トごと破壊しちまえばいい。力での支配は確実な方法だ。……あいつみたい
にな」
「……」
玄宗は行動を起こさなかったけど、ツァオロン君の言葉を聞いたビョンコは
それを良い手段と判断したようで、ザオウを唱えるゲロ、と玄宗に命令した。
玄宗は、ふぅ、とため息をつくと、手に持っている本のページを開き始めた。

「わかった、わかった。唱えてやるよっ」
そう言うと、玄宗の持つ本に膨大な量の光が宿り始めた。
「行くぞっ! ザオウ・ギルエルド」

 ツァオロン君は棍を掲げていた。そして、呪文発動と共に彼の頭上へと気
が集まり始めた。瞬く間に収束された気は、だんだんと何かの形を形成して
いった。魚のような物だと思ったけど、最終的にそれは鮫の形を成した。し
かも、その鮫の目が捉えていたのはアパートでは無く、ファンレス君だった。

そのことに気付いた玄宗がツァオロン君に向かって疑問を投げ掛けた。
「ツァオロン、どういうつもりだ!? 標的はあのアパートじゃなかったの
か?」
「ふんっ。アパートなんか壊すよりも、アイツに止めをさした方が良いんだ」
「ツァオロンっ!」

 玄宗の言葉も無視して、ツァオロン君は棍を振り下ろした。それと同時に
上空に現れた鮫も、ファンレス君に襲い掛かった。その鮫は地球の鮫なんか
とは比べ物にならないくらい巨大だった。もし、僕がこの状況で自由に身動
きができたら、僕はファンレス君を救おうと行動できただろうか? あの鮫
に掛かれば僕なんて一溜りもないだろう。それでも僕は、ファンレス君を護
ろうと動けたのかな……。

 鮫は地を泳ぐ。土煙を上げながら、それは一直線の軌道をかなりの疾さで
迫っていた。もはや自然に停止することなどありえなかった。でも、それは
止まった。正確に言えば止められていたのだ。鮫の先端に手を押し当ててい
る人影があった。暗闇のせいか、その影の正体をすぐに判断することができ
なかった。その影は身体全体に瘴気を纏っている。その瘴気が、鮫を受け止
めている腕を伝って、ザオウ全体を包み始めた。すると徐々に鮫は力を失い
最終的には姿を消失してしまった。この事態を目の前にし、ツァオロン君や
ビョンコは平常心を失っていた。

「ば、馬鹿な?! ざ、ザオウが負けた? そ、そんなことは……」
「落ち着けっ、ツァオロン」
玄宗の声を聞いても、ツァオロンはまだ信じられないといった表情をしてい
た。

 皆の視線の先にある瘴気が、紫色の怪しい閃光を発した。その時見たのは
見覚えのある顔。――僕を護ろうとしてくれたファンレス君だった。しかし
彼の様子は豹変していた。漂わせている雰囲気は殺気のただ1つだった。
「儂の墓石を壊させはせん……」
その口から洩れる言葉からは、怪訝さを感じるよりも、何故か恐怖を感じた。
僕を押さえつけている鳥も同じだった。身体の震えが伝わってくる。これが
脱出できる唯一のチャンスだったかもしれない。でも僕は行動することがで
きなかった。僕の身体も恐怖に震え、動かすことが……いや、それどころか
身体を動かそうとする意志すらも持つことが出来なかった。


2005年03月18日 (金) 00時46分


(883) Princess of the Darkness――唸る星空 投稿者:きしょる


 凍りついた空気の中、誰1人として言葉を発することができないでいた。
その間、僕は唯一使える目で京香を捜した。豹変したファンレス君の最も近
くに居たのが彼女だからだ。しかし、ファンレス君の周辺には、紫色の瘴気
が漂っている。そのせいで京香の姿を確認することができなかった。それで
も、彼女は瘴気の中にいるはずだ。僕はそうであること願った。

「――ザオウ・キルエルドっ」
沈黙を破ったのは玄宗だった。そして、ツァオロン君の頭上に鮫が再臨した。
敵意を剥き出しにする2人と1体の鮫。彼らに対するファンレス君の態度は
素っ気なく、ここから早々に立ち去れ、と低い口調で言った。しかし、彼ら
がそれを受け入れるはずもなく、召喚された鮫が逆襲に出た。接近する鮫に
対しての態度ですら、ファンレス君は素っ気なく、ゆっくりと鮫に向けて手
をかざした。

「愚かな。そなたらの術など通用せん」
相変らず低い口調であった。かざしている手に瘴気が満ちてくると、彼は鮫
を撃ち払うように手を動かした。ファンレス君とサメの距離は結構開いてい
た。当然、動かした手は鮫には触れてもいない。それにも関わらず、鮫は失
速して、空中で完全停止した。それを見た玄宗は、ちっ、と短い舌打ちをし
た。一方、ファンレス君はもう片方の腕を前に出した。

 暗闇の空に雲はなかった。地上での出来事を知っているのかいないのか。
空にはいつもと同じように黄金の月が君臨している。その雲のない空から、
唸るような音が聞こえた。雷雲が揺れるようなその音。天に現れた閃光と同
時に、それが一気に轟いた。この一帯全てを押し潰すかのように、紫の光が
落下した。その刹那、僕の身体に痺れるような感覚が走った。光の中、僕は
ゆっくりと目を開けた。一面紫の瘴気の空間がそこには拡がっていた。霧の
ように拡がっているそれのせいで、周囲の状況がまったく判らなかった。そ
んな中で、僕の身体の痺れがだんだんと取れてきた。

そのことに同調するように、遠くから誰かの声が聞こえてきた。これは……
叫び声? 聴覚を最大限に働かせて声を聴き入った。結果、その声は玄宗の
だと判った。弱々しく悲鳴を上げるのではなく、何かに耐えるために吼えて
いるようだと感じた。


「ま、まずいゲロ」 「おいっ、玄宗。どうしたんだ!?」
ビョンコやツァオロン君の声も聞こえた。すると突然、僕の体が宙に浮いた。
正確に言えば、僕を掴んでいた鳥が飛び立ったのだ。どんどん上昇して行き
しばらくして、やっとこの瘴気の中から脱出した。鳥の背中からは話し声が
聞こえる。声から判断して、そこにはツァオロン君と蛙のビョンコがいるの
だろう。顔を見上げてみたけど、鳥に掴まれている状態では、何も判らなか
った。京香たちのことも同様であった。瘴気が僕の視界を遮っていたので彼
女たちの安否を知ることはできなかった……


 結局、僕はこの人たちに誘拐される結果になった。この人たちがどういう
人か、どういう理由で僕を連れて行くのかは判らない。けど、今はそれより
もファンレス君たちの方が気になる。僕を必死で護ろうとしてくれた。でも
最後に見せた彼の豹変ぶり。そして彼といっしょにいるはずの京香。彼らは
どうなったのだろう? あの瘴気のせいで、彼らの様子はまったく判らなか
った。こうなったのは僕の責任なのだろうか。僕が大人しく身を差し出して
いれば……。今どうこう思っても仕方がないことは判ってる。それでも、あ
の時こうしていれば、と考えてしまう。

 暗黒の空から見える景色は綺麗だった。僕の左側には山が広がっていて、
右側に見える街の明かりがとても幻想的だった。そういえば京香も『都市と
自然がある美しい町』と言っていた。こんな状況でそれを眺めることができ
たとは……何とも皮肉な結果だ。

これから僕がどうなるかは判らない。けど、僕は心から願おう。僕をあそこ
まで護ってくれた彼らがもうこれ以上傷つかないことを。



 僕が連れて行かれてからしばらくして、あの一帯の瘴気が徐々に薄らいで
いた。

「あの人間、この瘴気の中でそれほど苦しんでいなかったようだが?――!!
まさかあの小僧は……。ふっ、だとしたら面白くなりそうだ。我が封印を解
く者となっ……しい……」
瘴気が完全に消えたのと同時に、声が途絶えた。ファンレスは揺らぎ、その
場に力なく倒れた。京香も彼と同じように、本を大切にもったまま横たわっ
ていた。
 あの独白は、誰の耳にも入ることはなかった。


2005年03月22日 (火) 23時44分


(961) Princess of the Darkness――己との違い 投稿者:きしょる

叔父さんは、僕の憧れの人だ。年を取っても耄碌などまったくせず、大学
の教授として多くの人から尊敬されている。僕もその中の1人。あの大学へ
の入学を目指したのも叔父さんがいるからだった。頭が良く、常にクールで
機転が利くあの叔父は、いつも僕を支えてくれた。だから、問題に突き当た
った時、僕はいつもこう考える。こんなとき、叔父さんならどうするのだろ
うか……、と。 如月 裕也
                             


冷えきった朝の空気が、僕を片時の眠りから呼び覚ました。春とはいって
も、朝や晩はまだ微妙に寒かった。ここまではいつもの朝とだいたい同じだ。
僕の視界に映っているは愛着ある自分の部屋の床でも、昨日越してきた新居
の部屋の床でもなく、広大な渓谷と、その近辺に生い茂っている緑であった。
僕はそれをはるか上空から眺めている。朝、目覚めて初っ端からこんな景色
を見る機会なんてそう無いだろう。
くだらないことを考えている内に、僕のぼやけた脳が徐々に覚醒してきた。
僕を掴んでいるこの鳥の一味に拉致されてから、どれほどの時間が過ぎたの
だろうか。空には太陽が顔を出そうとしている。おそらく5時間は経った。
その間、ビョンコたちと話すことなどなかったが、わずかな情報を盗み聞き
できた。
彼らは、僕と同じような立場の人間がたくさんいるような事を言っていた。
拉致されてその後にどうなるかは判らないけど、手厚い待遇は期待できない
のだろうな。

さて、これからどうしようか。脱出を試みるとしても、状況を可能な限り
把握し、そして判断しなければ、それは成功しない。今、彼らは完全に落ち
着いている訳じゃなかった。玄宗があの混乱の中で意識を失い、彼はまだ目
覚めていないからだ。僕は彼が人間だと思う。明確な証拠は無いけど、如月
裕也という人間が客観的に見てそう判断した。

“違いを知り、そしてそれを認めることで、未知の世界へ足を踏み入れる事
ができる。だけどな、違いを知って判ることは他にもあるんだ。それはな――”

自分との違いを知ることで、自分のことを知ることをできる……か。彼らと
会ったことで、僕は、僕のことを知ることができるんですか?叔父さん?
……知りたいことなんて無いんですけどね、いまの僕には。


今は何時なんだろう……もう夕景が広がってしまった。掴まれているだけ
であったが、これほどの長時間その状態で、しかも、ほとんど身動きができ
なかったとあって、僕はすっかり気力を失くしてしまった。一方、僕を掴ん
でいる鳥は一向に疲労の色を見せなかった。長時間の飛行ならもしかして、
と思ったけど無駄だった。途方に暮れている中、僕の腹がぐぅ〜と悲鳴を上
げた。腹の音……。そういえば京香と初めて会った時も鳴った気がする。そ
れで、その時は僕が――!! もしかしたら……。僕は急いで、唯一自由に
動かすことのできる両腕で、上着のポケットを弄った。

僕の指先がこんっと硬い物に当たった。それを掴み、地上に落とさないよ
うに、ゆっくりとポケットから取り出した。バッテリーが切れた携帯電話。
これがきっかけで、京香たちと親しくなった。そして、これがあるお陰で、
僕はまだ希望を持つことができるのだ。


2005年04月14日 (木) 23時55分


(1000) Princess of the Darkness――折れる鍵 投稿者:きしょる

深い闇は僕の姿を覆い隠してくれる。今宵、月の明かりだけが僕の視界を
照らしている。
首を動かして、視線を上に向けた。鋭い爪を生やした翼竜の前脚が僕の目
に映る。強じんなそれの、ある一箇所にだけ、枷を外すための鍵穴があった。

僕が拉致されたあの時、ファンレス君が最後に見せた攻撃で傷ついたのは
玄宗だけじゃなかった。僕を掴んでいる鳥の脚には、僅かな外傷があった。
約5、6cm、深めの切り傷が斜めに刻まれている。確信は無かったけど、
それがあの時にできた傷なら、まだ痛みがあっても不思議じゃない。

傷は、僕が精一杯腕を伸ばしてやっと届くくらいの位置だ。そして、いま持
っている携帯を使えば、傷口に直接的な攻撃をすることができる。
ただ――
問題は携帯の形だった。携帯はほとんどそうなのだが、形は丸みを帯びてい
る。これは危険を回避するための工夫だと思うけど……この丸みがいけない。
これで鳥の傷口を叩いても、成功するかどうかは微妙な所だ。
失敗が許されない以上、より確実なやり方を考えなければいけない。

まず僕が考えたのはアンテナを利用することだ。面積が小さい分、加える
圧力は高くなる。僕の携帯は折りたたみ式で、アンテナで傷口に攻撃を与え
るには、いったん折りたたむ必要があるけど、その時の長さでも十分傷口に
届く。
これが命中すれば、脱出することも可能だけれど、それが微妙だった。
掴まれている今の状況では、体を起こすことはできず、動かせるのは腕と首
だけだ。攻撃の時には、脚の切り傷を確実に沿ってダメージを与える必要が
ある。
僅かほどに突起したアンテナで、脚の傷口を沿わせるのはかなり難しいこと
だった。たとえアンテナが傷口を沿うことができても、せいぜい1〜2cm
ほどだろう。小さいアンテナでは、力を上手く調整できず、すぐに傷口から
外れてしまうだろう。

傷口を沿わせるためには、やはり携帯の横の幅程度の大きさが必要なのだ。


2005年05月03日 (火) 16時45分




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