投稿日:2015年03月19日 (木) 05時07分
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誇張表現
切なる思いを表現するとき誇張した語句を使うことがある。「非常に」「極めて」「まったく」「全然」など程度強調の副詞はごく普通である。一工夫した表現は心に残るし、相手の心も揺さぶるだろう。 尾崎紅葉『金色夜叉』の有名な文句を引用しよう。
「吁《ああ》、宮《みい》さんかうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言ふのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処《どこ》でこの月を見るのだか! 再来年《さらいねん》の今月今夜……十年後《のち》の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」(青空文庫)
「来年の今月今夜」「再来年の今月今夜」「十年後の今月今夜」「一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ!」
「絶対忘れない」といっても概念は伝わる。しかし、間貫一の「今月今夜を忘れない」という切なる思いを伝える表現としては弱い。このような文学的表現は日常生活ではなかなかお目にかからない。 こんな記事があった。
大阪市を特別区に分割し、大阪府との間で役所機能を再編する大阪都構想の協定書議案が市議会に提案され、橋下徹市長(大阪維新の会代表)と野党が論戦した。共産市議が都構想を「百害あって一利なし」と切り捨てると、橋下氏もムッとした様子で「今の大阪府・市のほうが『一万害あって一利なし』だ」。 http://www.sankei.com/west/news/150228/wst1502280015-n1.html,2015.2.28 11:00
この中で橋下市長が使った「一万害あって一利なし」というのは、もちろん「百害あって一利なし」をもじったものである。橋下徹氏はこういった誇張表現を時折使う。2012年11月2日の報道で、大阪府知事選挙への出馬の可能性を問われたとき「2万パーセントありません」と答えた。これは結果的にウソであった。タレントの真鍋かおり氏が参院選への出馬の可能性を問われて、「2億パーセントありません」と答えたという。(2013年2月24日の報道) 橋下談話を踏まえたものと考えられるが、2万が一気に1万倍の2億に跳ね上がった。このような誇張表現にはどんな効果があるのだろう。あるいは、どれほどの効果があるのだろう。「200パーセント」とか「120パーセント」といった、従来も使われていた表現でも十分である。 テレビドラマ『半沢直樹』で、「百倍返し」が決めぜりふであった。冠婚葬祭のときのお返しには相場が決まってないために、半返し、倍返し、三倍返しなど、どれを採用したらよいのか、毎回、悩むことになる。 1万とか2億は誇大表現である。誇張表現には誇大表現のほかに、極小表現を使うこともある。「びた一文」「一銭たりとも」「ねずみ一匹」など。 ドラマ『ロングバケーション』の中に次のような表現がある。
「あと、安心して。私、年下には1ミリも興味ないから。あなた襲うなんてこと、ないないない」 「ぼくも、年上には1ミクロンも興味ないですから」(第1回 葉山南と瀬名秀俊の会話)
「百倍返し」や「1ミリも」「1ミクロンも」など、テレビドラマで使われた言葉は流行することがある。工夫した誇張表現も人口に膾炙するくらいに受け入れられるなら面白いが、事あるごとに誇張表現をすると、「またか」といった印象を持ってしまう。 (2015年3月19日) |
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