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名前 |
田中洌
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題名 |
才能 |
内容 |
昨日は久しぶりにゆっくり休んだ。 朝早く、橋下で暮らしている大貫さんが魔法瓶を持ってやってきた。お湯とコーヒーとホッカロンとバンドエイドがテントに置いてあったのでてっきり私が差し入れしたと思ってお礼をいいに来たのだ。 一昨年の暮れ、クリスマス特集の短編を書こうとして頓挫した作品がある。読みかえしてみると悪くない。女性主人公の顔も年齢もはっきりしないまま何度か手を入れているうちに、少しずつ形になってきた。 無理なこじつけをならしていくには、懸命に突っこむに限る。突っこむと、溶けていく。感覚が反発する部分は、力業でねじ伏せている部分だ。 大貫さんに二つ折りを手伝って貰いながら、印刷するかたわら、近況を聞いているうちに、場面をやはり、このあたりの、つまり、東京から遠い、河川敷に持ってきてはどうかと考えた。しかし、そうすれば、書きたい実際を大きく省かなくてはならず、いろいろ不都合がある。 ぺらぺらの黄色いテントで暮らしても、彼はまるで風邪を引かない。最近は、Jマートのパートの小母さんが、夜、十時頃に賞味期限切れの弁当とかお総菜を持ってきてくれるようになったので、一日二百円で十分やっていけるようになったという。65歳以上なら無料で入浴できる市民湯が、クリーンセンターにあるので週に二度、そこへ行くそうだ。余裕があれば、ちょっと遠いが、250円の銭湯まで出掛けるらしい。 彼は春を待ちわびている。 春になれば、上流まで行ってうぐいをとりたいという。 そんなことを耳にしていると、やはり、ここに「場所」を設定したほうがいいのかもしれないと思い直した。 峠の向こうを湖に水没した部落として、部落の人たちは、湖畔の工場で働く。 子供のとき捨てられて、部落に住んでいた女主人公も、工場の女工宿舎に住み込む。 今は、明日のない六十四歳だ。それとも七十二歳か? 女主人公は、捨て子を拾う。 拾っても、育てていくには、ひとりの力では及ばない。 生活保護か? いや……待てよ。 そんなこんなを十日ほどでもう一度、設定し直して、それから遠野に行って、もう一度「場所」を構想してみよう。 百枚足らずの作品に二年も掛けて、まだ完成しない。 才能のないということは、ほんとうに辛いことだ。
誤字訂正 「何としても、炭は受けず」→「何としても、炭は売れず」 |
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[166] 2006/02/09/(Thu) 11:36:36 |
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