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♪エリック・クラプトンの名のもと!ここに集まりましょ〜う♪

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こんなの出ましたが  投稿者:オールド  投稿日:2020年09月22日 (火) 14時57分  No.7819
 
先日発売されましたが、
内容は評価する?しない?
私は手元にあるけど、まだ未聴。
個人的にはdisc2のおまけ「インサイドレイラ」が気になるんです

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月23日 (水) 04時20分  No.7821
←以前、テレビで録画しました。60年代の方は見て消しました。内容は覚えてないですね。

こんなのも出ますけどぉ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月24日 (木) 00時24分  No.7823
『クロスローズ・ギター・フェスティバル2019』CD/LP/DVD/BD

出るのか出ないのかはっきりしなかったが、まずはメデタシめでたし。
このところいいニュースがなかったからねえ、なおさら。

http://www.whereseric.com/eric-clapton-news/303-crossroads-guitar-festival-2019-available-november-20-cd-lp-dvd-and-blu-ray

CGF 2019からBadgeのライヴ映像公開  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月22日 (木) 21時04分  No.7859
http://amass.jp/140495/

こんなギター弾いてたのね。
素朴な疑問  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月20日 (火) 20時29分  No.7851
 
話題がないので適当なネタで場繋ぎ。

3大ロック・ギター=テレキャスター、ストラトキャスター、レス・ポールということで異論はないと思う。なかでも、そのうちの2本、ストラトとレスポは両横綱としてロック界に君臨してきた。

昔から今に至るまで、有名無名のプレイヤーたちが手にしてきたこの2機種を観察してみると、その扱い方には対照的と言っていい大きな隔りがあることに気づかされる。概して言うと、レスポは丁寧に、なるべくキズを付けないように、言ってみれば楽器相応の取扱いをされているのに対し、ストラトはその逆、ぞんざいに扱ってナンボ、みたいなところがある。長年酷使されてきたブラッキーはその典型だが、極端な例になると、ロリー・ギャラガーの愛器みたいに、塗装は剥がれ放題キズは付き放題、何か野武士か落武者のような荒んだ、凄みのある風情を漂わせる物もあったりする。

ギター・クラッシュにしても、ピート・タウンゼンドはよく知らないが、ジミ・ヘンドリックスもリッチー・ブラックモアもステージで叩き壊すのはいつも決まってストラト(笑)。ジミは曲に応じてレスポやフライングVを弾いたりもしたが、これらがぶっ壊されたという話は聞いたことがない。

製造年代の古い、ヴィンテージと呼ばれる製品は骨董品と同じで今や一般人にはおいそれと手が出ない値段が付いているが、作られてからまだそんなに年月が経っていない60年代末には、それらの楽器もリーズナブルな価格で中古市場に出回っていた。そもそも、エレキギターに対して「ヴィンテージ」という考えそのものがまだなかった。そんな時代でも、ジミの例に見るように、ストラト、レスポの扱われ方は今とそんなに違ってはいなかったような印象がある。

「ギブソンは楽器屋、フェンダーは電気屋」という例えがあるが、レスポの状態のよさ、虎目の鮮やかさを愛でる一方で、ストラトは汚れや傷が勲章みたいになっている、この違いはいったいどこから来ているのだろうか。自説・他説問わず、どなたかその辺の事情を説明してくださればありがたい。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年10月21日 (水) 08時37分  No.7852
ブルー爺様、皆さま、
お早うございます。

レスポールなどのギブソン系は、
セットネック(ネックをボディに接着)
ストラトなどのフェンダー系は、
ボルトオンネック(ネックをボディにネジ止め)

なので、強度の関係で、
フェンダー系は、壊しやすくw再生がしやすい。
だと、思いますよ。

レスポは楽器、ストラトは道具?  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月21日 (水) 12時34分  No.7853
レスどうもです。
あとで折れたネックを付け替えて、みたいなことやってたんですかね(笑)。

クラッシュはひとまず置いといて、それ以前の扱い方の差はどこから来てるんですかね。

  投稿者:COLD TOP  投稿日:2020年10月21日 (水) 17時50分  No.7854
重さ?

  投稿者:COLD TOP  投稿日:2020年10月21日 (水) 17時53分  No.7855
うまく言えませんが、あの重量感の差というか…。それが少なからず影響してんじゃないかと思います。

  投稿者:COLD TOP  投稿日:2020年10月21日 (水) 18時39分  No.7856
char氏も言ってますが、投げても壊れないのがストラトやムスタング。レスポールはぶん投げたら壊れるのが明白。だから無下に扱う輩もいるのでは、、、

確率の違いですかね  投稿者:wired  投稿日:2020年10月21日 (水) 20時26分  No.7857
フェンダーのビンテージについては楽器としては全く鳴らないものもあると聞いたことがあります。まさに電気屋が作ったギターで、当時としてはかなり効率的な設計で量産できて比較的安いが出来のいいものばかりとはいかず、プロの楽器としては簡単に替えがきかなかったので傷だらけになってしまった。もちろん素晴らしい出来のものもたくさんあったのは間違いありません。
一方ギブソンは昔からマンドリンやバンジョーを作ってきた老舗ですので確率よくいい楽器を作っていたがなにせ大量に生産できるものではないので、そう簡単に入手できず自然と大切に扱われた。最も有名な58年から60年のレスポールは1500本ほどしか生産されてませんし、68年まで再生産されませんでしたから壊しようがなかったかもしれません。
なんて仮説はいかがでしょう。もちろん私はどちらのビンテージも弾いたことはありません。ただの想像です。
ジミはフェンダーの工場から出荷される前のギターをロットごと試奏して気に入ったものをピックアップしたなんて逸話も残っていますし、クラプトンはフレディー・キングのようなゴールドトップでシングルコイルのレスポールを入手したかったが、結局見つからなかったなんて話もあったんじゃなかったかな。

レスポは工芸品、ストラトは実用品?  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月21日 (水) 20時57分  No.7858
お二方、更にレスどうもです。
ストラト=安くて丈夫、故に扱いもついぞんざいになりがちってことでOK? それがいつしかダメージそのものが一種の「箔」と捉えられるようにもなったと。

今ではそうでもないが、その昔、ジーンズは色褪せたり穴が空いたり綻びがあったりするのをよしとした風潮と似ている気がしないでもない。
Back to RAH  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月07日 (水) 00時00分  No.7833
 
ワオ! 久々のいいニュース!
5/14・17・18

http://www.whereseric.com/eric-clapton-news/303-eric-clapton-announces-2021-performances-royal-albert-hall

クラプトン、反ロックダウンに賛同  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月08日 (木) 13時22分  No.7841
先日来、ヴァン・モリスンが「ライヴ・ミュージックを救え」を謳ってロックダウンに反意を表明し、反ロックダウン・ソングを3曲連続発表したり(今現在1曲が配信済み)、ライヴを率先して実施したりして物議を醸していたが、クラプトンがこれに賛意を表明した。

ファンがどういう見方に立つのかはまた別の話。

https://stiriinternationale.ro/eric-clapton-backs-van-morrisons-call-to-save-live-music/

油断は禁物  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月08日 (木) 14時33分  No.7842
一方でこんなニュースも入ってきている。

https://www.bbc.com/japanese/54444333

正直、RAH開催の報にも喜んでばかりはいられない気がしてきた。
ある海外のロック系掲示板での反応 ―
「このショウが開催されるとはどうにも想像できない」
「同意。一応チケットは買うつもりだが、チャンスは多く見て1対3というところだろう。良席が入手できたら2022年のリスケまでキープしておくつもり」
「RAHがなくなるとなれば、直後の、延期されたヨーロッパも望み薄だよね」

始めにリンクしたWE!の記事にも「イベント中止に際してはチケットは換金される」と明記されている。

演る気だけでも嬉しい(*^^*)  投稿者:LIZ  投稿日:2020年10月09日 (金) 07時49分  No.7843
お久し振りです。
ウドーさんとこで、グッズのプレゼント企画を始めて、9月の第4弾にエリックのスマホケースが登場しました。その時に念のため覗いたECオフィシャルで、2021春の公演を知ったところです。
グッズの申し込み終わりに、よくある御意見御感想の枠が有りましたので、ECがツアーを再開する様子なので日本にも是非招聘して欲しい旨、書き込んでいます。
ただ、もし、実現したら(しても)参加するか否かは…
当にその時(日付)の状態による、と思います。

チケットは、キープする、かな。

とりあえず、演る気だけでも、嬉しかったですね(^^)v

ポチってしまった(笑)  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月10日 (土) 13時49分  No.7844
しばらくはチケットを買わず、様子見のつもりだった。金曜日のチケット発売時刻、英時間午前10時=日本時間午後6時を半時間ほど過ぎた頃、RAHのチケット販売ウェブページをチェック。表示された待ち人数は24人。前は500人とか、そんな感じだった。この状況だからなあ、無事開催されるかどうかも分からないしなあ。みんないろいろ考えあぐねてんだろうなあ。ファンの過半数は今や60歳以上、コロナのハイリスク直撃層だもんなあ。

チケット代は見たところ前回と同じ。アリーナ前半分と、3層あるボックス席の1階と2階が200ポンド(手数料込み216.50ポンド)。アリーナ後ろ半分と、もっとも人気のあるスタンド1階に当たるストール席、そして3階ボックス席が175ポンド(手数料込み189.30ポンド)。3階ボックス席の上、サークル席のうち、ステージから離れてはいるが死角のない後方2/3、そしてステージ真後ろと斜め後ろのクワイア席が125ポンド(手数料込み135.88ポンド)。残るサークル席のステージに近い前方1/3、座席表にR(=restricted view)と表示されている見切れ席が85ポンド(手数料込み92.88ポンド)。サークル席のさらに上、ギャラリー=天井桟敷の立見エリアは今のところ売りに出されていない。

以上4カテゴリーを現在のレート、1ポンド=135〜8円に置き換えると、上から順番に、手数料込みで約\30,000/\26,000/\19,000/\13,000となる。・・・高いorz
これがVIP席とかになると、手数料込みで下から上へ、430ポンド、1,840ポンド、3,920ポンド。日本円に直して、約\60,000/\250,000/\540,000という高額。後ろふたつはそれぞれ4人、8人まとめての個室の値段とはいえ、いったい誰が買うのやら。21世紀はロックだ! なわけない。何かが間違ってる。

発売開始から7〜8時間後、販売状況を再度チェック。売出し直後は座席を選べなかったが、状況が落ち着いたので座席表から希望のポジションを選べるようになっていた。チケット販売会社のいいように牛耳られて殿様商売がのさばる日本よりもいいところ。初日、5/14は金曜日だけあって大半の席が売れていたが、17(月)と18(火)の安いほうの席はまだかなり売れ残っている。とくに見切れ席はほとんど買われた形跡がない。見ているうちに気持ちがムラムラ(笑)。ネットに上がっているRAHのエリアごとのビュー、ステージの見え方が分かる写真を参考にしながら、見切れ席でもなるべく視界を広く確保できそうなポジションを選んで1枚づつ押さえた。17日はステージ向かって左、18日はその反対側。若干の郵送料を足して187.76ポンド、日本円でおよそ26,000円。2日分でこれならリーズナブルというべきだろう。

すべては終わった・・・のだろうか(笑)。

(写真=チケット購入直後の5/18販売状況スクリーンショット。この時点で216.50ポンドの席はすでに完売していたので表示がない)

チケットの詳細  投稿者:LIZ  投稿日:2020年10月11日 (日) 19時41分  No.7845
ポチッ
ってしまいましたか…
裏山…

RAHのサイトとにらめっこする事…
数時間×数回 (^o^;)

色付きの🟣やら🟠やらチョイスしてはキャンセル…
懐事情で「ポチッ」っとさえ出来ません(>_<)

開催の際には、レポをお待ちします〜

チョイスの詳細をありがとうございました(*^^*)

問題山積み  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月11日 (日) 21時22分  No.7846
そもそも開催できるのか、来年5月にはそれが許される状況になっているのか、というのがまずありますな。

ファンには高齢者が多いだけに、コンサートに行くのも文字どおり命がけということにもなりかねない。強行して、万一クラスターでも発生したらどうするのか。エリック本人がヴァン・モリスンの姿勢(彼は英政府のコロナウィルスへの対応を「疑似科学的」「全体主義的ないじめ」とまで呼んでいる)に共鳴して反ロックダウンを支持しているだけに、そうなったら相応の批判を覚悟しなければならないだろう。場合によっては非難轟々、アーティスト生命にも関わってくるのではないか。
外国からの渡航者は入国・帰国に際しての自主隔離期間も考慮に入れなければならないかもしれない。渡英したからといって、そのまま会場に直行できる保証はない。

状況しだいでは、私もチケットを捨てる覚悟で購入に及びました。最安値のカテにした理由はそれもあります。

I pray …  投稿者:LIZ  投稿日:2020年10月13日 (火) 22時48分  No.7848
ヨーロッパが厳しくなってきましたね…

半年先、見えるような、見えないような

エリックさんの公演が無事に開催される事
ブルー爺さんの渡英、観演、帰国が普通に出来る事

祈ってマス(*^^*)

もうひとつの、ありえるシナリオ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月13日 (火) 23時30分  No.7850
見通しとしては、ワクチンが開発されるのが来年後半、それが多くの人に行き渡るのが再来年春というのが一般的によく聞く話だが、仮にRAHとヨーロッパ・ツアーが2022年に延期(正確に言えばヨーロッパは「再延期」)されるとしたら、それに先立って日本公演が予定に組まれるのもありえない話じゃない。

日本=2022年4月
RAH=2022年5月
ヨーロッパ=2022年5〜6月

つまり2019年と同じパターンを踏むことになる。日本がライヴへの復帰の場ということに。
ウドーさんがそれまでなんとか持ち堪えてくれるように祈りたい。
エディ・ヴァン・ヘイレン逝去  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月07日 (水) 06時12分  No.7834
 
享年65。死因は咽喉癌とのこと。ご冥福をお祈りします。

彼は言わば、3大ギタリストその他の威光が薄らいだ時代の”遅れてきたギター・ヒーロー”だった。ヘンドリックス、クラプトン、ベック、ペイジ、ブラックモアetcよりも、エディにまず憧れたという人も少なくないはず。

まさにギターヒーロー  投稿者:wired  投稿日:2020年10月07日 (水) 19時02分  No.7838
エレキギターを弾いてみたいと思って、その名を聞いたことのない人がいるんだろうかというくらいのギターヒーローでした。
音色は歪みたっぷりに聞こえるのに意外にクリーンサウンドで、影響を受けたギタリストとしてクラプトンの名を挙げながら、全くというほどそれを感じさせないくらいにオリジナルのスタイルを確立した稀有なギタリスト。
後でわかったことでしたが、彼のギターを最初に聞いたのは「Beat It」のソロでした。
R.I.P.

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年10月07日 (水) 20時55分  No.7839
改めて、
クリームのクラプトン師匠から
多大な影響を受けたと公言していたエディが
ギターソロで、クラプトン師匠に感謝を示した
When it's loveを・・

https://youtu.be/OZGXRCI-JzQ

R.I.P  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年10月07日 (水) 22時34分  No.7840
けっこう好きでしたけど、見たのは80年代に東京ドームで1回のみになってしまいました。野球でなくそのコンサートがドーム初体験だったんです。もう1度ライブ行きたかったな、残念です。病気の事は聞いて知っていたのにかなりショックです。クラプトン、ベック、ペイジには彼の分まで長生きして欲しいものです。

エディについての個人的な覚書き  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月13日 (火) 14時56分  No.7847
3大ギタリストを崇めた世代のひとりとしては、テクニカルなギター・プレイの行き着く果てを極めたようなエディにはどこか馴染めないものを感じて、凄いなあと思いながらも最初は敬遠していた。似たような理由でリッチー・ブラックモアも私は苦手だったが(彼を観たのはレインボー初来日の京都公演1回きり)、エディは更にそのはるか先を行っているように感じられた。勝手にピロピロやってろ、みたいなところがあった(故人には失礼つかまつる)。が、曲単位では惹かれた曲もあるにはあった。Ain’t Talkin’ ‘bout Love、Panama、Why Can’t This Be Love辺り。われながらベタ(笑)。
1回ぐらいはライヴを観とくか、と思って、95年10月、大阪城ホールに行った。クラプトンのNBTBツアー直後。これが思った以上に楽しめた。2時間のエンタメとしてよくできていたし、エディのプレイもテクの見せびらかし大会とかじゃなく、長年やってきて彼なりに培った味わいを感じさせる何かがあった。3年後の10月、城ホールにまた足を運んだ。ヴォーカルがサミー・ヘイガーから元エクストリームのゲイリー・シェローンに変わっていた。一部で不評を買ったラインナップだが、元々思い入れがそんなにない身にはこれといった不満はなく、95年同様に楽しめた。

自分が観たのはその2回だが、日本公演は、78・79・89・95・98そして2013と行われている。計6回。もっと来ているのかと思っていたが、意外に少ない。初代の名物ヴォーカリスト、デイヴ・リー・ロスが再加入しての最後の来日での東京ドーム公演は公式ライヴ・アルバムになってリリースされている。調べてみて更に意外だったのが、イギリスで彼らが最後に公演したのが、1995年、ボン・ジョヴィのスタジアム・ツアーでのサポートだったこと。トリで周ったのは93年、アリーナで3回やったのが最後だった。日本での人気がイギリスを上回っていたのが分かる。

好き嫌いは別にして、ギターによる芸というものが頭打ちになっていた70年代後半、エディがイノヴェイター、革新者の役割を担って、ロック界に新風を吹き込んだのは間違いない。彼の代名詞となったタッピング=ライトハンド奏法にあざとさを感じる旧世代のロック・ファンからは「クラプトンはアーティストだが、エディ・ヴァン・ヘイレンはそうではない」という声を聞いたりもしたが。ネットで見た追悼の書込みに「ディープ・スペース(深宇宙)からのギター」というのがあった。SFチックでカッコいいよね。これでキマリって感じ。

個人的、とことわってダラダラ書いてきたが、締め括りも個人的な感想ってことで。日本にヴァン・ヘイレンが紹介された当初、ブリティッシュ・ロック風という触込みでラジオでよくかかったAin’t Talkin’ ‘bout Love、ジューダス・プリーストが後年に出したSome Heads Are Gonna Rollと作風が被ってる気がしてしょうがない。プリーストがパクったとまでは言わないが。

(写真=1976年、アレックスとエディの兄弟がまだ乾いていないコンクリートに名前を刻んだパサデナの歩道。ファンの聖地になっている)

イタズラ兄弟の遺したもの  投稿者:LIZ  投稿日:2020年10月13日 (火) 23時06分  No.7849
↑📷️ありがとうございます(^^)

幾つも有ってはNGだけど
貴重なsigneですね

縁石の打ったコンクリート、日本ではほとんど有り得ないかなぁ。

安らかに、エディ(._.)
GOD&GREEN GOD  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年07月30日 (木) 11時38分  No.7680
 
追悼もあって最近ピーターグリーンのプレイリストをspotifyで作成して、毎日聴いています。的確なピッキングのうえにアグレッシブでエモいニュアンスをのせるもんだから、非の打ち所のないプレイ、ゲイリーやカークがフォロアー?。ほんとに冗談はよしこちゃん笑笑。ゲイリーは百歩譲ってアリだとしても、ハメットさんに至ってはただのリズム悪いワンパターン指の運動ギタリストですやんか。トリビュートのグリーン・マナリシでは怒りすら覚えた。

本題ですがこのBBSの主役とグリーンのジャムは66年から70年あたりまで、究極のデータ本ストレンジブルーを読んでいても度々実現していたようなのですが、我々が聴けるのはライブインボストンに収録された1970/2/7のフリートウッドマックのティーパーティーでのステージに、前座のジェイムスギャングのジョーウォルシュと、エリックが飛び入りしたとされる13分ほど(現存するのが、です。実際はもっと長く続いたと思われます)のジャム。
もう一つは翌日の同会場でのデラニーアンドボニーのステージにピーターが飛び入りしたジャム。これも16分ほど二つのソースを繋いだものを聞くことが出来ます(同上です)。

で、この7日はクラプトンはニューヨークのフィルモアイーストでデラニーアンドボニーのステージに出演していました。車で移動すれば3時間ほどの距離ですが、わじわざ移動して参加したとは考えにくいのと、おそらくクラプトンぽい序盤に聞かれるソロはオープニングのリフから続いてジョーウォルシュのプレイだとおもいます。このジャムで聞かれる全てのクラプトンらしいプレイはおそらくジョー・ウォルシュのプレイだとおもいます。彼はこの時期イギリス勢のプレイヤーに心底惹かれていたと思われます。同時期の彼のプレイはペイジとバックを足してクラプトンで割った、みたいなプレイです。クロスロードとジェフズブギーとアイキャンクイットユーベイビーをコピーしまくった痕跡が彼のプレイからは聴かれます笑。
おそらくクレジットの誤りで、これは参加していない。と、とりあえず断定できる結果に至りました。

翌日の8日は間違いなくエリックです。おそらくブラウニーのサウンド。ピーターグリーンとエリック、そしておそらくデラニーも参加してると思われます。基本は2人の絡みが堪能できますが、少し音量大きめのデラニーのギターがやや邪魔します笑。
そしてもちろんドラムとベースはジムゴードンとカールレイドル。最高のジャム。若い時聞いたときは退屈でしたが、今の耳で聞くとなかなか2人のコミュニケーションを肌で感じられる音源で、その場に居合わせたかったと思える音源です。

この日の写真とか、出回ってないんですかね〜。見てみたい〜。

エリック、ピーター、デュエイン  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月30日 (木) 13時05分  No.7681
スレを変えて続く追悼。SANDYさんがここまでグリーンに入れ込んでいるとは知らなんだ。

すでにお気づきでしょうが、件のボストン公演は1969年ではなくて70年。2/7、マックのステージへのクラプトン参加の有無については、おっしゃるとおりガセでしょうね。ニューヨークのデラボニ終演後だと、車はおろか飛行機で駆けつけても間に合いませんわ。

出所は覚えてませんが、クラプトンの発言で、ベックとペイジはロカビリーがルーツにある、自分と音楽的にいちばん共通していると感じるのはピーター・グリーンだ、というのがありました。

ドラッグが原因でマックを抜けたあと、グリーンはハートウッド・エッジのクラプトン邸に数週間居候していたそうです。同病愛哀れむというやつなのか。クラプトンと違って完全復帰ならなかったのは返す返すも残念で、その後のロック界にとっては大きな損失でした。

グリーンの誕生日、1946年10月29日で何かアタマん中がモヤモヤしていたんですが、10月29日というと1971年にデュエイン・オールマンがオートバイ事故で亡くなった日ですね。で、そのデュエインの誕生日が1946年11月20日。つまりふたりはわずか3週間違いの同年齢だったということ。ピーターがずっと年上のようなイメージがあるんですが、いかに彼が早熟の天才だったかがこれからも分かりますね。

ピッキングミス、、、  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年07月30日 (木) 15時27分  No.7682
ブルー爺さま
完全に間違いました!編集しておきました!ありがとうございます。
ハートウッドエッジに居候してたんですね、、、
それは知らなかったです。
エリックがカムバックできて、グリーンが出来なかったのは
まさにエリックの選ばれた人感を強く感じるエピソードすね。
かたやグリーンのような天才はやはり一回だけの光が強烈故に持続は不可能、てよくある感じのやつかなとおもいます。デュアン然り、ジミヘン然り。デビッドボウイとマークボランなんかもこの対比に似てる感じしますね。

元天才という人生  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月30日 (木) 18時56分  No.7683
てえことは、編集パスワードをあらかじめ入力されておいたんですね。ええことです(笑)。皆さんにもそうされるようおすすめします。

いや、カムバックはしたんですよ。したんですが、全盛期の才覚はついに戻らなかった。復帰以後にリリースしたどの作品を聴いても、憑きものが落ちたかのように無難で平凡なプレイに終始してますもんね。つくづくエリックは運に恵まれていたんだな、と。

こんなのあり?  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月30日 (日) 12時54分  No.7739
70/3/18、当時の西ドイツ、ハノーバーでの撮影とされる写真。
フェンダー・ベースVI弾いてますやんか! クリーム初期にジャック・ブルースも弾いてたやつ。バリトン・ギターっていうの、これ?

同じ日からもう1枚  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月30日 (日) 12時57分  No.7740
レスポのイメージが強いブレイカーズ〜マック在籍時のグリーンだが、ストラトを抱えたクリーム時代のクラプトン同様、これはこれでまた絵になる。

fender Y  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月31日 (月) 07時57分  No.7741
ブルー爺さまおはようございます。

70年初頭から脱退までの時期、fenderYをグリーンが使用するのはデフォルトで、ヘヴィメタルの元祖と呼ばれるグリーンマナリシをパフォーマンスする際、その時期のアレンジではグリーンのベースによるソロがインクルードされていました。最初はギターソロからスタートするのですが、演奏が最高潮になったあたりでグリーンだけがレスポールからフェンダーYに持ち替えてドラムと共にデュオでパフォーマンスしてそのまま終わっていくのがこの時期の特徴なんです。やっぱりグリーンはこの時期から色々常軌を良い意味でも悪い意味でも逸していったみたいです苦笑

こんな感じ  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月31日 (月) 08時05分  No.7742
https://m.youtube.com/watch?v=8y0JVMXavvY

多分1970/1/30ニューオリンズだと思います。
5分台前半のところで持ち変えております。

先を行きすぎたアーティスト  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月31日 (月) 12時49分  No.7744
The Green Manalishi、ご紹介いただいたものを始め、YouTubeに上がっている演奏をいくつかチェックしてみました。なるほど、あそこでベースVIをプレイしているのですね。ワウワウもふんだんに用いて、浮遊感たっぷり、ぶっとんでますね。これが延々と続いて、最後まで主題に戻ることなく、オーディエンスを半ば置き去りにしたまま、フッと彼方に消えてフェイドアウト。グリーンの人となり、そしてその時点での心のあり方がまんま音になって出ている感じ。70年暮れに出た初ソロ作、The End Of The Gameに通じる何かがすでにここにありますね。あれ、買って聴いてはみたものの、スンナリ入っていけず、その後何十年も聴かずじまい。わりと最近、誰ががネットでこのアルバムとクラウトロック(”Krautrock”=ジャーマン・ロックのスカした呼び方)との類似性に触れていて、自分の中でハタと合点が行くものがありました。言われてみれば、アモン・デュールなんかを思い起こさせる部分もあって、ブリティッシュ・ブルースとクラウトロックの出会いというのがピッタリ来ます。そしてピーター・グリーンとは、クラプトンとシド・バレットを足して2で割ったアーティストなのではないか、と。

ベースVIに持ち替える前に、ブルージーな、オーソドックスなソロが聴けますよね。上手いなあ、と聴き入ってたんですが、これグリーンなんですかね。ダニー・カーワンてことはありませんか。

だいたいマックはギタリストが多すぎる。3人も要らんでしょ。せめてふたりにしときなさいな。と今さら言ったところで50年遅いんですが(笑)、グリーン在籍時のマックが、クリーム、ジミ・ヘンドリックスに比して、イメージ的にイマイチ弱いと感じるのはそれがあるのかもと思ったりもします。

ジミー・ペイジのグリー兄愛  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月31日 (月) 14時36分  No.7745
アッー。・・・ちゃうか(笑)。
グリー兄、たってジミーの2歳以上歳下やし。・・・関係ないか(笑)。

SANDYさんがリンクしてくださったYouTube画像へのコメントを演奏聴きながら目を通していたら、「出だしから5分後辺りでツェッペリン『永遠の歌』アルバムを思い出させる部分があった。バンドが"花のサンフランシスコ"に入る直前の繰り返し部分」というのにぶつかり、本日2度目のハタ!去来(笑)。そこ、なるほど確かに、72〜3年の「幻惑されて」でボウ・ソロに入る前、スピードアップしていくセクションと被る印象がある。ま、それを頭に入れて聴いてみてチョーダイ。

再結成のニュースが伝えられるブラック・クロウズ、ジミー・ペイジと共演ツアーに出てライヴ・アルバムをリリースしたこともあるサザン・ロック・バンドだが、ギタリスト、リッチ・ロビンソンは『ローリング・ストーン』誌上で「ジミーは何度もピーター・グリーンの話をわれわれにしてくれた。彼がピーターの才能にぞっこんなのは明らかだった」と語っている。

話題にされることはまずないが、グリーン在籍時フリートウッド・マックのツェッペリンへの影響は一般に思われている以上に大きいのかもしれない。

GREEN/PAGE  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月31日 (月) 17時42分  No.7746
ブルー爺さま、残暑お見舞い申し上げます。

流石ブルー爺さまの考察、いつもへんな音楽雑誌より100倍面白く読ませていただいてます笑。

まずソロは間違いなくグリーンです。理由は
1.マックはブルースバンドであり、ブルースバンドの流儀でプレイされています。3人のギタリストは自分の歌う曲ではどの曲も全てリードギターを担当します。遍く全てのブルースマン、シンガーはソロも歌もどちらも自分をフィーチャーします。これが白人のロックバンドとの大きな違いですよね。
2.プレイが完全にグリーンのプレイです。youtube4:47秒でソロを弾き終わったら、ギターが一本になります。グリーンが取り替えてる時にはカーワンしかギターを弾いていません。おそらく、この時ジェレミーは楽屋かマラカスです笑。3人揃ってギターをプレイするのは数曲です。だいたいはジェレミーは自分の歌う出番以外はピアノやパーカッションをたたいていたり、下手したら楽屋にいます笑。アルバトロスのように最初からギター3本でのアレンジの時か、最後のロックンロールメドレーの時以外は演奏から離れていること多し、です。

グリーンは69年のアルバムthen play onでもジャーマンロックというか、ミニマルなハンマービートを使ってインストを収録したりしていますので、おそらくCANやクラフトワーク、またはアシュラテンペルあたりは手に入れて聴いていたのではないでしょうか。僕もグリーンのバックにそういったフィーリング、感じておりました。

グリーンがペイジに与えた影響、多いにあると思います。
まずはなんといってもブラックマジックウーマン、黒魔術大好きなペイジの耳に留まったことは想像に難しくないと思いますし、oh.wellは69年にリリースされていますが、一部二部と二部構成になっており、この構成はそのまま永遠の詩/レインソングを彷彿させます。またロックンロールメドレーといえばZEPの70-73あたりのライブのハイライトですが、macのライブも最後はジェレミーを中心とした怒涛のロックンロール大会です。メドレーではありませんけどね。音楽性もギターオーケストレーション、なんなら使用ギターすらよく考えたら一緒ですね笑。物凄く影響受けてそうですね笑



なんかダモ鈴木みたい  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月31日 (月) 21時42分  No.7747
SANDY MARYさん、レスありがとうございます

あのソロもグリーニーの手になる技でしたか。それにしても上手いなあ。聴いていて耳を魅きつけられますわ。あれができるからこそ、フリーキーなプレイにも説得力が生まれるんでしょうね。

やっぱりギタリスト3人も要らんわ(笑)。

クラウトロックと言えば、グリーンがLSDか何かのバッドトリップでおかしくなって、その後の逸脱のそもそものきっかけとなったのが、70年3月、誘われて顔を出したミュンヘンのヒッピーコミューンでの出来事でしたね。その辺、何か繋がりがあるのかも。

なんなんコレ(笑)  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月01日 (火) 09時23分  No.7748
大阪万博の年、昭和45年(1970年)に国内発売されたシングル。「マイコさん」(笑)。
A面がこれでB面が「がらがらへび」。ぶわっはっは・・・ピーター・グリーン作の名曲とされるRattlesnake Shakeの邦題ですぜ。がらがらへ〜びがやってくるぅ♪ってか?
当時の日本のレコード会社に勤務する洋楽担当者の悪ノリぶり(A面)そしてセンスのなさ(B面)がよく分かろうってもんです。
なんでこんな邦題が付いたかって? いちいち説明するのは面倒なんで、他所様のHPを下にリンクさせていただきます。他力本願許してちょ。

https://blog.goo.ne.jp/rockbit_jp/e/10481d08385e49a77ac41c76c918654c

Oh Well🤷  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月01日 (火) 09時26分  No.7749
・・・ったく、あんな邦題を頂戴したひには、掌を上に向け両腕を左右に広げて「お〜、うぇ〜る・・・」とボヤきたくなるのも無理はない。

天才に負けて嫉妬する2流ギタリストのファンw  投稿者:worst and best  投稿日:2020年10月06日 (火) 19時59分  No.7831
まあ各自の知性、感性のレベルに沿った評価しかできないからね。

エリックはシグネイチャー使用以降はジミヘンを超えてるし、むしろジミヘンレベルだから大半のギタリストはその先に行けない。

いつまでもフレーズ合戦。最高レベルの本質的なテクニックと創造性で成り立つフレーズを「手癖」と片付け、幼稚な「反手癖」でジャズギタリスト並みに創造性も連続性もないフレーズをひたすら乱発してご満悦。

エリックのようにソロで物語を組み立てていけるギタリストは皆無。

まあ近い将来社会に現れる天才が事実を突きつけるだろう。実力以下の評価をされてきた天才を評価すれば
凡人の低評価は吹き飛ぶ。

文は人なり  投稿者:凡才バカボン  投稿日:2020年10月06日 (火) 23時05分  No.7832
>まあ各自の知性、感性のレベルに沿った評価しかできないからね

ホントにねーw

分かりやすすぎw  投稿者:誰かさん  投稿日:2020年10月07日 (水) 07時39分  No.7836
コピペ乙

http://blog.livedoor.jp/larry4/lite/archives/8420552/comments/2465749/

あらら  投稿者:誰かさん  投稿日:2020年10月07日 (水) 08時39分  No.7837
No.7835に上がっていたコピペ、あっという間に消えちゃったw
スティング、ECとコラボ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月02日 (金) 01時19分  No.7830
 
https://nme-jp.com/news/93716/

Clapton’s Door女子一同はこういうニュースにももはやトキメかなくなったのだろうか・・・
Layla 50th Anniversary Edition  投稿者:Ojisan  投稿日:2020年09月30日 (水) 19時09分  No.7828
 
これは買いですか?

11/13発売  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年10月01日 (木) 19時27分  No.7829
そもそもまだ出てないし。
昨今のアナログ・レコード人気再燃に乗じた企画なんだろうね。たぶん、しばらく様子見という人が多いのでは。
自分は20周年盤は買ったが、40周年盤には手を出さず。そんな具合なので今回も買う予定なし。
下の記事によれば、付属の本の内容も40周年盤と同じ。

https://www.musiclifeclub.com/news/20200923_01.html
Flying with the King  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月28日 (月) 07時58分  No.7826
 
たまの息抜きってことで。「和服にルシール」

元ソースには70年とあるが、B.B.の初来日は71年3月なので、たぶんそのときのものだろう。

キョードー東京主催ロック・カーニバル#3  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月28日 (月) 08時00分  No.7827
アンプは日本で調達したエーストーンだったとか。
イベント名といい、時代だねえ。
関西ではラジオ大阪でオンエアされていた深夜1時からの「オールナイト・ニッポン」で、DJ故・糸居五郎氏が独特の鼻にかかった喋り方で来日公演の模様を伝えていた。

「ビービーキング、ゴーゴーゴー、ゴーズ・オン!」
ジミヘン没して50年  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月18日 (金) 09時44分  No.7800
 
1970年9月18日、金曜日の早朝。ロンドン北西部、ランズダウン・クレセントの一画、サマルカンド・ホテルにて(映画のタイトルにもなったノッティング・ヒルのすぐ近く)。ガールフレンドのひとり、ドイツ人のモニカ・ダンネマンが賃貸していた部屋での出来事。

当時中学生だった私が記憶している、この日にいちばん近い出来事は、13日の日曜日、大阪万博最終日の会場にいたこと。その夜お祭り広場で催された閉会式で、煌びやかな照明が洪水のように辺りを覆うなか、音楽が流れ、司会を務めた浜村淳がセレモニーの最後に「みなさん、広場に下りて踊ってください」とマイクで呼びかけ、大勢の人がスタンドからグラウンドになだれ込んだ。一般客に混じって、パビリオンのホステスたちもその中にいた。ジミの死を振り返るとき、なんとはなしにその光景がオーバーラップしたりする。彼にはあれから1週間にも満たない時間しか残されていなかったんだな、と思う。

享年27。今で言うところの「27クラブ」のひとりだが、亡くなった当時は誰もがジミのことを1945年11月27日生まれの24歳だと思い込んでいた。66年暮れ、エクスペリエンスとして英国デビューするに際し、公式バイオに誕生日がそう記載されていたからだが、想像するに、アイドル(!)として売り出すには年が少々行きすぎているというマネージメントかレコード会社側の思惑があったのだろう。生前の活動期間中は3歳若い年齢詐称があったわけだ。まあ、よくある話だが。

多くの日本人が彼の本当の年齢を知ったのは、おそらく、1975年、クリス・ウェルチ著『ジミ・ヘンドリックスの伝説』が晶文社から翻訳出版されたときだろう(原著は72年の出版)。読んだときは「えっ、そうだったの?」と結構驚いたものだ。

(写真=サマルカンド・ホテルにて、亡くなる前日、9月17日撮影)

ここでんがな  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月21日 (月) 10時10分  No.7810
2年前、ロンドンにライヴを観に出向いた折り、空き時間を利用してジミ所縁の地巡りをやった。写真は中央ロンドン工芸学校(Polytechnic of Central London)。ジミがロンドンに到着して1週間後の66/10/1、クリームのショウに飛び入りしてKilling Floorをプレイ、エリックをたじろがせたという伝説誕生の地。

受付のおじさんにその件を話してみたが、「へー、そうなの?」というヌルい反応しか返ってこなかった。そういうものだ。

この時代、写真なんてネットで検索すればなんぼでも上がってくるが、自分の足で出向いてカメラに納めたというのがミソ(笑)。

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月21日 (月) 13時00分  No.7811
自分が載せたインタビューと日時が同じですね♪

★1966/10/1 インタビュー日時★

エリック・クラプトンのギターを聴いた時には、さすがにすごいと思った。おい、ちょっと待て、「すげえ!」って。クラプトンと会って話すことになっている、音楽の事さ。

↑ジミヘンのインタビューによると、ジミヘンがクラプトンのギターの腕前にビビったようですが・・・

その伝説の模様は、数年前に「ジミヘン映画」でありましたね。


※※※※※※※※※※※※※※
今、ジミヘン・インタビュー本を再び確認したら、インタビュー日は「1967年の一月はじめ」となっていました。

私のジミヘン初体験  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年09月21日 (月) 18時26分  No.7812
文章;ヘルタースケルターをジミヘンもぶっ飛ばすハードロックとビートルズの紹介文で読み、ジミヘンの存在を知った記憶あり。映像;テレビ東京で流れた映像確か紫の煙を見て、逆焼きで放送していると思いこんでいた自分。(笑)マッカトニー以外にサウスポーのギター弾きがいるとは、まだ知らなくて。 音源;年上でロック好きのいとこ(特にジミヘン)にもらったエッセンシャルという2枚組レコード。同時にZepのPhisical Graphittiももらいました。気前のいいいとこです。Zepは3面から聞いてしまい、In The Light のイントロを聞きながら心配になって「この調子でずっと続いていくの?」と高校生の私は心配して尋ねたものです。

キャシー曰く  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月22日 (火) 06時37分  No.7813
映画『JIMI:栄光への軌跡』に描かれた、クリームのステージへの飛び入り場面。ロンドン時代、ジミの彼女だったキャシー・エッチンガムは「デタラメな内容」と作品をこき下ろしているが、飛び入りシーンには一瞬胸がときめいたと言いつつ、続けてこんなコメントをしている。

「エリック・クラプトンはあの程度の演奏に怯むようなミュージシャンじゃない。彼に対する侮辱だ」

嬉しいこと言ってくれるじゃないの。その一方で、かつてはこんなことも言っていた。

「エリックとジェフとでは、ジミは間違いなくジェフのほうを高く評価していた」

ジミと別れたあと、キャシーは2度結婚して、現在はオーストラリアのメルボルンに居住している。

https://www.youtube.com/watch?v=e6MAONon64M

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月22日 (火) 08時37分  No.7814
「エリックとジェフとでは、ジミは間違いなくジェフのほうを高く評価していた」

↑これはエリック・クラプトンのファンとしては、見たくなかったです
涙.....(´;Д;`)

ジェフ・ベックも好きですけど。



ブルー爺の妄想、記憶違い( ;∀;)

ジミの勝手でしょ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月22日 (火) 09時53分  No.7815
別にええやん。人がどう思おうと。キミも強く生きてゆけ(笑)。

出所は15〜20年ぐらい前の英『Q』誌だったと思う。ソースがそこだったかどうかはともかく、この発言はかなり強く印象に残っている。

それはそうと、創刊から34年になる音楽雑誌『Q』、今年の9月号(7/28発売)をもって休刊してしまった。理由はコロナ禍で営業成績が悪化したため。ったくもう。

https://www.campaignlive.co.uk/article/q-magazine-closes-34-years/1689910

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年09月22日 (火) 11時24分  No.7816
皆さま、お早うございます。

トリッキー → ジェフベック
アーミング → ジミヘン
ブルージィ → クラプトン
リフの極鬼 → ジミーペイジ
などなどなど

以上、全部、凄いので、コピーしたら・・
80年代ギターリストに沢山のクローンを生んだ
エディ・バンヘイレン が産まれたのですよねー、笑

ギターでコピーした事がある方なら
判ると思いますけど・・
以上のギターリスト、マジで、全部、凄い!!

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月22日 (火) 13時11分  No.7817
それぞれ時期により少し異なりますが・・・

トリッキー → ジェフベック
前衛的、カオス → ジミヘン
ブルー爺 → クラプトン
元セッションマンなのでアンサンブル等を大事に → ジミーペイジ

ジミヘンの弟が音楽活動しているのは知っているんですかね?・・・

よくスティーヴィー・レイ・ヴォーンがジミヘンの後継者扱いされたりしますけど、スティーヴ・ヴァイの方がジミヘン後継者だと思っています。

物まね的な意味ではレイヴォーンの方がジミヘンっぽいですけど、スティーヴ・ヴァイの方が、ギターメーカーに依頼して誕生した7弦ギターを使ったり、新しいエフェクターを積極的に取り入れたり・・・

ギターを中心としない曲も作ったり↓(聞こえてくる音、すべて自分で作曲するタイプ)、子供の頃からオーケストラの作曲をしている♪
https://www.youtube.com/watch?v=L-Sv5bAKS4s

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年09月22日 (火) 14時29分  No.7818
スティーヴ・ヴァイと言えば、
80年代にアルカトラスで初来日?を見ましたよ。
凄く上手くって、目が点に成りましたよ。笑

確か、80年代のインタビュー記事で、
スティーヴ・ヴァイが、
ブルースブレイカーのあの名盤を聞いた事が無いので、
インタビューの時に聞かせたら、
「クラプトンって、こんなに凄かったの!!」
と、スティーヴ・ヴァイが感動する・・内容でしたね。

  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年09月23日 (水) 04時16分  No.7820
イングヴェイの代わりに抜擢されたやつですね♪自分はまだこの世に登場していません(๑→ܫ←)

ヴァイはインタビューでクラプトンはあまり聞いていないと言っていました。マーティー・フリードマンも・・・

エディ・ヴァン・ヘイレンやスティーヴ・ルカサーはクラプトンからの影響を公言しているのですが(涙)・・・

神からの贈りモノ  投稿者:NIKE  投稿日:2020年09月24日 (木) 00時21分  No.7822
YGか何かの記事で、ヴァイがクロスロードフェス出演で同じホテルに泊まっていたクラプトンからスニーカーをプレゼントされて、会う人会う人に「あのエリッククラプトンから貰った!!」って嬉しそうに話していた、という記事を読んだ記憶があります。サイズ、事前に調べたんでしょうね笑

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月24日 (木) 04時26分  No.7824
スニーカーの件は知りませんでした。自分の中ではクラプトンとヴァイには共通点を感じているんです。どちらもギタリストとして名を売り、他のミュージシャンの曲?って感じるようなバラエティに富んだ楽曲群を保持しているところ。場違いなヴァイ話をしてすいません♪

この掲示板に頻繁に書き込んでいるのは10人もいないけど、ROM(書き込まずに見ている人)は、どれくらいいるのかな?自分は2002年から最近まで、ほとんど書き込みはしていませんでした。(書き込む度に名前が変わっていたり)


「piさんの話」(2000年代中盤から後半までこの掲示板に住み着いていた存在感のある人。ある時から失踪・・・キャラクターとしては、ひねくれていて言葉遣いがやや乱暴だが本質を突くみたいな・・・)

当時はメインの掲示板は「ブルー爺」が中心で、質問箱の方は「piさん」が中心といった感じで・・・現在はブルー爺の一強体制ですが・・・

piさんの最後の方の発言を思い返すと、このようなものがありました。

クラプトンが自伝を出すことが決まった時、
「ロックミュージシャンが自伝(笑)」みたいな・・・

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年09月24日 (木) 08時51分  No.7825
イングヴェイと言えば、
去年に出したカバーアルバムで、
クラプトン師匠のForever Manをカバーしてますね。
意外な選曲で驚きましたよ。笑
岸部シローとクリーム  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月17日 (木) 10時44分  No.7797
 
先日亡くなられた岸部四郎氏。加橋かつみの失踪から岸部氏のタイガース加入に至る一連の経緯は当時マスコミで逐一報道されていたので、子どもだった私もよく覚えている。

タイガース加入前、68年7月から翌年3月まで、岸部氏はLAに滞在し、現地の音楽情報を日本に送る仕事に就いていた。当時クリームのライヴを実際に体験した数少ない日本人のひとりである。

この時期のクリームLA公演というと、68/10/18〜19のLAフォーラムしかない。氏が前にどこかで、エリックがステージで「シャラップ」と言って客席がどよめいた、と回想していたのを覚えている。公式発売された19日にはそんな模様は収められていないので、氏が観たのはおそらく初日だったのだろう。まあ19日の出来事だったとしても、編集でカットされたのかもしれないが(笑)。

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月17日 (木) 13時12分  No.7798
クリームのライヴを見たという話は、噂では聞いていました・・・

借金を返すために、クリームのブートレグなどを売却したという話も・・・

この写真は、シローさんの自宅?
三人とも笑顔無し
シローさんとクラプトンの服装のギャップ

http://gree.jp/kishibeshiro/photo/entry/44985912

海を渡って  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年09月17日 (木) 15時27分  No.7799
クリームを見た日本人というのはあまりいないのでしょうねえ。                    同様にジミヘンもあまりいなそうです。当時見た方の証言というか感想を聞きたいものですね。私はたまたまですが、85年の3月にアメリカ旅行中、デンバーでThe Firmを見ました。それが私のジミーペイジ初体験、ポールロジャース初体験です。チケットをゲットした後に慌ててカセットテープで1stアルバムを購入、正に1夜づけで曲を聞いてコンサートに向かいました。あのグループは来日しなかったので、見た日本人はクリーム程ではないでしょうけど少ないと思います。

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月18日 (金) 09時52分  No.7801
内田裕也さんはジミヘンのライヴ見てないんですかね?

ウィキペディアに

1967年、春頃から3か月ほどヨーロッパに渡る。オーストリア、ドイツ、イタリア、スペイン、ロンドン、フランスを放浪し、クリーム、ジミ・ヘンドリックス、ピンク・フロイド、ジャニス・ジョプリンなどの新しいロックを体験する。

と記載があるのですが・・・

シローさんとは関係ないのですが、ジミヘンとクラプトンてどの程度の親交があったんでしょうかね・・・個人的には一番の親友だと思っているのですが・・・ジミが亡くなる日は、クラプトンとコンサートに行く約束をしていたらしいです。

エリックとジミ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月18日 (金) 23時11分  No.7803
ジミが死んだ日、ライシアムで行われたスライ&ザ・ファミリー・ストーンのコンサートにエリックは赴き、そこで彼と落ち合ってストラトを進呈するつもりにしていたが、ジミは姿を現わさなかった ― という話をよく本や雑誌で読んだりするが、これの最初の出所はどこなんだろうね。件のスライのショウは半券がネットに上がっていて、日付を見ると9月16日、ジミの死の2日前。ここからしてもう、何やら都市伝説臭い感じがしてくるんだが。事情があって日程変更されたのでもないかぎり。

エリックとジミが友人だったのは事実だが、「親友」と呼べるほどの仲だったのかどうかは何とも言えない。一緒の写真も数えるほどしか出回っていないし。

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月19日 (土) 05時18分  No.7804
ジミ・ヘンドリックスかく語りき 1966-1970 インタビュー集

1970/4/15 インタビュー日時

アルヴィン・リー、あいつは映画に出たほうがいい。奴のサウンドは、ジーン・ヴィンセントの1970年代版って感じだ。レッド・ツェッペリンにはあまり思い入れはない。だってメンバーにも関心ないし。ジミー・ペイジはいいギタリストだけど。クラプトンはなんでデラニー&ボニーとつるんでるんだろう。グループじゃなくて、ソロで自分の個性を作り上げればいいのに。

インタビュー後

すでに決まっている日本公演とのスケージュールがパッティングしない限り、ワイト島フェスティバルに出演するつもりだと語った。

※画像はジャック・ブルースとダウンタウン浜ちゃんの息子♪

ジミ曰く  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月19日 (土) 11時24分  No.7805
まあジミに限らないが、インタビューなんてその時々で言うことが結構変わるからねえ(笑)。
エリックはまさにこのとき初ソロ作の録音を終えて仕上げに掛かっていたわけだが、あれを聴いてジミがどう思ったのか、その感想が聞きたかったねえ。デラボニに対しての言葉があれだから、結構辛辣な見方だったんじゃないかとも想像するが。

ジミの日本公演の話は実際にあった。70年8月15日から22日まで、静岡県の伊豆富士見ランドで開催されるはずだった幻のロック・フェス「富士オデッセイ」がそれ。と言っても、当時の日本では到底実現する見込みのない企画だったので、立ち消えになったのも無理はない。検索するといろいろ出てくる。

ジャック・ブルースとの2ショットなら自分もやってる。写ルンですで撮ったヤツ。カオ塗りつぶそうがUPするつもりはない(笑)。

  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年09月19日 (土) 17時15分  No.7806
ジミ・ヘンドリックスかく語りき 1966-1970 インタビュー集

筆者が選ぶ過程でボツにした記事がいくつかある。1967年にロンドンのクラブ、スピークイージーで、エリック・クラプトンを交えたインタビューを載せる予定だった。この夢の顔合わせは、一見すると歴史的事件のように思えたが、よくよく考えた結果、これはただの雑談にすぎないと判断したからだ。その上、一緒にいた連中のだれもがいささかハメをはずしすぎていたようにも思えた。


1966/10/1 インタビュー日時

エリック・クラプトンのギターを聴いた時には、さすがにすごいと思った。おい、ちょっと待て、「すげえ!」って。クラプトンと会って話すことになっている、音楽の事さ。


1968/1/31 インタビュー日時

質問:ギタリストとして誰を尊敬していますか?

ブルースの世界に限って言えば、アルバート・キングやエリック・クラプトンのテクニックはとてもすばらしい。

質問:あなたはよくエリック・クラプトンと比較されますね?

それが気に入らないんだよ。


1968/3/2 インタビュー日時

トリオ編成のバンドが目指すべきなのは、ありきたりなものではなく、いかしたコードを使ったバッキングだ。(リズム感の良い)エリック・クラプトンとジャムったことがある。エリックは、けっこういけるギタリストだ。でもおれは、あいつの斬新なコードが聴きたいんだ。(単音ソロばかりでなく)

1968 インタビュー日時

自分にないものを持っているアーティストに興味があるね。クリームにもいいところがあるし・・・

1969 インタビュー日時

ブラインド・フェイスについて。

名前を聞けばあいつらのやりたいことが分かるね。



地味で変なギタリストのクラプトン関連発言!

(;´Д`)ハァハァ

このひとつ前  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年09月19日 (土) 17時24分  No.7807
内田裕也 (本人)さんありがとうございます。このインタビューは初見でした。ジミがZepに言及しているのは、ボンゾの右足(バスドラ)について「カスタネットが2つあるようだ。」や「ウサギみたいだ。」という程度だったので。初めて読んだ頃は、Zepの伝記本では褒め言葉的に扱っている印象がありましたけど、本意はどうかなと今では思います。ボンゾってジミの好みのドラムじゃない気がして。あとペイジへの評価も少し意外な気がしますがZepファンとしてはうれしいです。

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月20日 (日) 04時25分  No.7808
ジミー・ペイジは飲み屋で一度だけジミヘンを目撃したことがあるみたいですね。ただその時のジミヘンは泥酔していたとか・・・

↑に自分があげたサンタナとクラプトンの写真、クラプトンの黒目の位置が地味に変( ;∀;)

「スティーヴ・ヴァイ ヤングギター誌インタビュー」

クラプトン主催のクロスロード・フェスティバルに参加した経緯

エリックから電話を貰ったんだ。理由は、彼が僕の作品を持っていたからというシンプルなものさ(笑) でも、あのエリック・クラプトンが僕のプレイに興味があるなんて、想像もしなかった。話が来たときは驚いたよ。僕のプレイはエリックのそれとはかなり違うけど、彼はあらゆるスタイルのギタープレイが好きらしくてね。僕を招待する事によって、フェスティバルをカラフルなものにしたかったという事だった。

とにかく、あの催しは本当に素晴らしい経験だった。第一、エリック・クラプトンに招待されるって、どれだけ光栄な事か想像付く?僕にとっては、それだけでも凄い事だよ!

(;´Д`)ハァハァ

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年09月20日 (日) 05時37分  No.7809
↑↑
大社長から頂いたヤク!?で
クラプトン師匠のお目目がロンパってますなー、笑
EC is オペ前テリー伊藤w
#クラプトンの好きなパフォーマンスを10曲あげるとその人の世界がわかる  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年09月09日 (水) 00時04分  No.7773
 
ならば私から!

1.wee wee hours(HAIL! HAIL! ROCK'N ROLL)
クラプトンのテンション高いのがはっきりわかるこの日の演奏。憧れのチャックの前で、しかも記録されているという状態。リハになく、いきなり振られる三回し目までは完璧す。三回し目は断った方が良かったかも笑。

2.I'm So Glad (goodbye)
このテイク以外にも挙げたいテイクはありますよ、そりゃvol.2のsteppen' outとか、sunshineとか。でもこのペラペラファイヤーバードの、しかも多分なんかトラブってたんでしょう、いつもよりペラペラ笑。でも高校の時に初めて聞いて、ジャックブルースのベースと共にやられてしまった体験を削除することはできませんでした笑。ペラペラ故にいつもより手を抜いてないクラプトンが楽しめますよ。、だってウカウカしてたらサステインないので音が消えてしまうんですから笑笑。


3.STORMY MONDAY(1977 HAMMERSMITH)
1曲は3連のスローブルースを、、、ということでFIVE LONG YEARS(from the cradle)と悩んで悩んでこちらにしました。地味ながらこれぞエリッククラプトンというべき完璧なプレイ。ミストーンはバンド含め一音も無し。タルサバンドとの最終地点はこれ。これ聴いたら74年のライブアルバムのオープニング飾ったHave You Ever...とか、、、笑っちゃいますよ。

4.I Shot The Sheriff(CROSSROADS2 1975 Nassau)
このテイクか、安息のアウトテイクでCROSSROADS BOXで日の目を見たI FOUND A LOVEか迷ったんですよ。ジェイミーのドラムも凄すぎるし恋悲の発展形ながら完成にいたらなかった悲運なこの曲と。それを退かせてのセレクト。理由はこのテンション。まさに絶頂期。最近出たブートのジョーカーのボーナスのこの曲のラフミックス聞いてからオフィシャル聴くと全く印象変わると思います。ギターのテンションが凄い。このオフィシャルのイイ子ちゃんミックスでは伝わりにくいですけど。この日のクラプトンはとにかくとんでもないっす。

5.YER BLUES(ROLLING STONES ROCK'N ROLL CIRCUS)
やっぱクラプトンはゲストの時に本領発揮する、サイドマンとしてのクラプトンが好きです。それを代表するかの如きテイク。335のリアの喰いつくようなトーン、ソロ勿論素敵ですがなによりルックスがいかす笑。
ビートルズとの、、ということならWhile My Guitar...の方を選ぶ人が多いとは思うけど、あの演奏はフランジング処理がしてあり、折角のクラプトンのビブラートが楽しめないという負の側面もある。作品としてはあれで正解と思いますが、ね笑。


6.Pigmy (on tour 4CD 12/7/1969)
ドミノスとの演奏も、、、と思い、恋悲以外にと、、、秋の似合う切ないインストSnake Lake Bluesと悩んだんですが僅差でこっちを。地味ながらドミノス時代に聴けないクリーム然としつつも起承転結短めのソロで決めるインストで。使用してるギターはおそらくコゾフから手に入れたカスタムでしょうトーン的に。

7.SMILE(DEC.1974HAMMERSMITH)
これたしか4日の方で、5日のテイクはもっと遅いんです。もうロングビーチのテイクの半分の遅さか、というテイクで笑、スライドとかもはや素面では弾けないテイクなんで好きなんですが、オフィシャルがえらんだのは程よい遅さの初日のテイクすね。それでもやはりこのアレンジ、好きです。


8.BETTER MAKE IT THROUGH TODAY(Theres in everycrowd)
この曲は、この曲だけは、やはり外せないですね。レズリー通したクラプトンのソロは個人的にはこれこそがエモーショナルなソロ、といって差し支えない、クラプトンキャリア史上屈指のパーフェクトな間奏だとおもっています。勿論曲もクラプトンキャリア史上5本指に入るとおもいますが、いかんせん地味笑。

9.DOUBLE TROUBLE (CROSSROADS2 HANLEY1978)
78年のフォーピース大好きなんで何か一曲とおもったらやっぱこの演奏ですね。鳥肌もんです。テンションだけでいったらクラプトンが残した録音の中で一番かもですよ。キレてるだけなら74年とか、演奏以外もキレてるの8mmとかでお見かけしますが笑演奏としてもパーフェクト。ある意味クラプトンらしくないキレっぷり。後半のジャジィなワンコードジャムもスリリングすぎるし。理屈抜きに好きなんです。余談ですが、クラプトンのマイナースロー曲として一番好きなのは Old LOVEですかね笑。24NIGHTSのテイクとか神がかってるな、とおもってます。

10.CROSSROADS (WHEELS OF FIRE)
やっぱ近年のクラプトンも一曲くらいいれねば!と隠れた名演、未聴の方は335と思われるトーンで絶妙なソロが楽しめるので是非!のHERE IN THE DARK (TAJI MAHAL /PHANTOM BLUES)を最後にチョイスしてたのですが、もはやギターソロを作曲したと言っても差し支えない、ギターソロの「Yesterday」といってもなんら過言ではないこのテイクを、、、やはり、セレクトしないわけにはいけませんでした、、、涙(何故 ?笑笑)。
未だにファイヤーバードじゃないか?、編集されてるよな?、みたいなこと言ってくる時代遅れの阿保は知り合いにも著名人にも数多くいますが、これぞペイントSGで長髪ノットアフロのメチャビジュアルもイカシていたクラプトンの早すぎた辞世の句嘘。正真正銘インプロビゼイジョン。よくぞこのソロを編集なしで弾けたな、、、と別の日の演奏など聴きながらため息つくばかり。多分タマタマ、肩の力抜けてた、みたいな感じなんでしょうね笑笑。

私が好きなクラプトンのライヴ・パフォーマンス、残りの5曲  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月09日 (水) 09時22分  No.7776
SANDY MARYさん、またまたリキの入った書込み、どうもありがとうございます。デトロイト公演へのデュエイン不参加の件でプチ動転しておりました(笑)。たとえ現場にいた、目撃したと自称する人であっても、その発言や回想は100%信が置けるものではないという思いを新たにしました。何につけても裏を取るのは大事ってことですね。

今回のSANDYさんによるセレクションですが、1・3・6、私は未聴なんですよ。もともとクラプトンがレコーディングして形に残したものをコンプリートしてやろうという完全主義者には程遠かったのですが、21世紀、とくに2010年代辺りからその傾向が強まってます。デラックス・エディションとかボックスセットとかリリース◯◯周年記念盤とかいうのにもそれほど食指が動きませんね。買っても棚の肥やしになりそうだし。近年はライヴを観るというのが私のクラプトンへの関心の中で大きな比重を占めています。遠からず彼がステージ活動から完全に身を引く日が来たとき、何が私の興味を繋ぎとめてくれるのだろうか、そこが気になるところです。

SANDYさんが挙げられたなかで私もピックアップしたいのは、9. Double Trouble (from ‘Crossroads 2’)ですね。おっしゃるとおり、後半のジャジーな展開がたまらんとです。純生タルサ・トップスがバックアップする4ピースでの日本公演がなかったのはチト痛いかも。

最初に書き込んだ10選中ライヴがすでに5曲を占めるので、ここでは残りの4曲を挙げることにします。

1. Sweet Wine (from ‘Live Cream’)
2. Rollin’ And Tumblin’ (from ‘Live Cream’)
3. Have You Ever Loved A Woman (from ‘E.C. Was Here’)
4. After Midnight (from ‘Just One Night’)

SANDYさんが「笑っちゃう」というHave You〜ですが、”呑んだくれてもクラプトン“という、崖っぷちでの才の迸りが図らずも出てしまっているところに私はどうしようもなく魅かれます。

やはりCREAM寄り  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年09月10日 (木) 11時36分  No.7777
ブルー爺さま、おはようございます。
やっぱりクリーム寄りの選曲ですね笑。
しかもlive cream1からの二曲は渋すぎつつ、クリームてグループの本質そのものすよね。sweet wineの誰かをフィーチャーするというよりがっぷり三つ巴、似たアプローチの曲にspoonful.i'w so gladなどがありますけどこのテイクはその極北ですね。特にクライマックスがあるわけではないですが淡々と80%くらいのテンションで続いていく演奏が堪らんです。

74のhave you ever、、、は77ハマースミスの STORMYがあまりに神がかった演奏なので、対極にあるテンション異様に高めだけどつんのめる同曲を引き合いに出しただけで僕も好きなテイクです。

こういうお題、ぼくも大好きなんでまた何かよろしくお願いします

補足  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月11日 (金) 00時09分  No.7778
未聴だと思っていた77年ハマースミスのStormy Monday、あとでチェック入れたら、Crossroads 2に収録されてましたね(笑)。当然こちらで聴いてるはず。自分は持ってないSlowhandデラックス・エディションのほうしか最初は頭にありませんでした。
Rollin’ And Tumblin’ (from ‘Live Cream’)ですが、ジャックのハモニカを後ろから煽るようなドライヴ感満点のリズム・ギターの妙が味わえるのがエントリー入りの理由です。

画像 (;´Д`)ハァハァ  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年09月18日 (金) 13時24分  No.7802
クロスロードコンサートのOld Loveは名園だと思うのですが・・・誰も挙げませんね。

あとLittle Wingも・・・

24nightsのWhite Room、ジョニーキャッシュショーのドミノスでのIt's too late♪

バングラディッシュコンサートのジョージとのWhile my guitar gently weeps♪

クリーム解散コンサートでのSunshine of your love♪

88年のプリンストラストでのLayla♪

これらは全て映像込みで好きな楽曲群です♪
#クラプトンの好きな曲を10曲あげるとその人の世界がわかる  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月06日 (日) 14時55分  No.7756
 
穴埋めにでもと思いつきました。「#ZEPの好きな曲を10曲あげるとその人の世界がわかる」という人気ツイッター企画がありまして、多くの人の書込みで賑わっているのですが、そのパクリ。念のためですが、このヘッダーのツイッターは存在しないのでググっても出てきません。だったらわざわざハッシュタグ「#」なんか付けんなやってか(笑)。
自分のはリリース順、断りがないもの以外、最初に出たスタジオ・バージョン。

White Room
Crossroads (from ‘Wheels Of Fire’)
Spoonful (from ‘Wheels Of Fire’)
Badge
N.S.U. (from ‘Live Cream’)
Easy Now
Why Does Love Got To Be So Sad (from ‘In Concert’)
Presence Of The Lord (from ‘In Concert’)
Let It Grow
Third Degree
番外:While My Guitar Gently Weeps (from ‘The Beatles’)

おヒマな方はご自身のセレクトを気軽に書き込んでくださいな。順番もご自分のお好きなようにどうぞ。ちったあ掲示板が賑やかになればいいんだが。

しかしこれじゃクリーム信者と言われても仕方ないよな。本音とは得てしてそーゆーものだ。

#ZEPの好きな曲を10曲あげるとその人の世界がわかる  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月06日 (日) 14時57分  No.7757
ついでなんで、発想の元になったツイッターにも敬意を表して、こちらも自分の10選。上同様リリース順、最初のスタジオ・バージョン。

Babe I’m Gonna Leave You
You Shook Me
Dazed And Confused
Communication Breakdown
Whole Lotta Love
Tangerine
That’s The Way
The Song Remains The Same
D’yer Mak’er
The Rover

1st、2ndと『聖なる館』がいっちゃん好きというのはヘンタイかも(笑)。

クラプトンと違って、こちらは検索するといろんな人のがワンサカ上がってくる。
                  ↓
https://twitter.com/hashtag/ZEPの好きな曲を10曲あげるとその人の世界がわかる?src=hashtag_click

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月06日 (日) 15時31分  No.7758
Sunshine of Your Love (from ‘Farewell Concert’)
Easy Now
I Looked Away
Bell Bottom Blues
The Sky Is Crying
Wonderful Tonight
All Our Past Times (from ‘Just One Night’)
It's in the Way That You Use It
Before You Accuse Me
Old Love (from ‘Crossroads Concert’)

自分の好きなミュージシャンはクラプトンと、スティーヴ・ヴァイ(ソロ活動)です♪

これって珍しい気がしますが・・・

ワンダホー  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月06日 (日) 19時47分  No.7759
Wonderful Tonightと堂々と書くキミはエライ!

実は自分もBlue Eyes Blueを入れたかったが、Third Degreeとどっちにするか迷った末に落とした。その辺まだスカした気分が抜け切っとらんのかもしれん。

近年寄り  投稿者:ファン  投稿日:2020年09月07日 (月) 20時51分  No.7764
Running on Faith
Bell Bottom Blues
Reconsider Baby*1
Everyday I Have the Blues*1
Before you Accuse Me*1
Reconsider Baby*1
Crossroads*
My Father’s Eye
River of Tears
I Shot the Sheriff*2

*1はNothing But the Bluesツアー日本公演
*2はクラプトンのボーカルで始まるバージョン

全部スティーブ・ガッドのドラムが想定です。





2020年=毎日がブルース  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月07日 (月) 22時53分  No.7766
近年って、NBTBツアーでの来日は1995年だよ(笑)。

Everyday I Have The Blues、NBTBツアーでは気迫漲る演奏で疑いもなくショウのハイライトでしたが、97年来日公演のアンコールでやったときにはガッターンとテンション低下していましたね。全般的に不評の声が多かった97年でしたが、それも一役買っていた気がします。

しかしブルース・ツアーからもう25年か。時は流れる。

ZEPの好きな、、以下略  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年09月08日 (火) 00時12分  No.7768
1.Bron yr aur
2.walter's walk
3.rain song
4.custard pie
5.wanton song
6.since i've been lovin' you[live1973]
7.achilles
8.for your life
9.rover
10.poor tom


すかねぇ〜。

#クラプトンの好きな、、、以下略  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年09月08日 (火) 02時06分  No.7769
1.alberta(live hammersmith1977)
2.why does love got to be so sad(in concert)
3.smile(live in longbeach)
4.sitting on top the world(goodbye liveLA)
5.let it grow
6.bellbottom blues
7.better make it through today
8.pretty blue eyes
9.opposites
10.tears in heaven

苦渋の決断!!

ブロン・アル・アウル? いや〜・・・  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月08日 (火) 06時35分  No.7770
SANDY MARYさんは後期ZEP派なんですかね。それにしてもニッチなセレクションですなあ。ZEPファン多しと言えども、Bron-Yr-Aurを好きな曲のいの一番に挙げる人は世界中にひとりでしょうね(笑)。

数年前、ウェールズの音楽フェスに参加した帰途、バスと電車の乗継ぎの合間を縫って、その名で呼ばれる件の屋敷 ― 別曲の邦題にある「スノウドニアの小屋」― に寄ってみようと思い立ちました。最寄りの町、マキンリス(Machynlleth)でバスを降り、観光案内所がないので公民館でおおよその道を尋ねたのち、タクシーを呼んで周辺道路をさまよっているうちに電車の時刻が近づいてしまい、目的達成寸前で断念しなければなりませんでした。That’s the way it ought to be...ah, ah, ah, ah...♪

公民館で「ウェールズでは”Bron-Yr-Aur”ってどう発音するんですか?」と尋ねたら、「ぶろん。ある。あうる」と一語ずつ区切って教えてくれました。だからといって人にこれを強要するつもりはありません。邦題どおり「ブロン・イ・アー」で行ってください(笑)。

”Bron-Y-Aur Stomp”と“Bron-Yr-Aur”、タイトルが似通うこの2曲で綴りが微妙に違うのはご存じかと思いますが、前者は当時のバンド側の表記ミスです。本来は”Bron-Yr-Aur Stomp”と綴られるべきものが、確認作業を怠ったか、校正段階でチェックが漏れてしまったんでしょうね。誤記がそのまま定着してしまいました。

クラプトンの好きな曲10選のほうですが、SANDYさんも「恋は悲しきもの(『イン・コンサート』バージョン)」支持者なんですね。あれはいいですよねえ。そして『安息』愛が感じられます(笑)。

映画でイチコロ  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年09月08日 (火) 11時58分  No.7771
ブルー爺さまおはようございます。
ブロンイアー(ストンプじゃない方ね)、最初まだフィジカルグラフィティ聴いてない時に映画「永遠の詩」で使用されていて最初にノックアウトされたZEPの曲がこれなんです笑。今でも大好きです。ジミーペイジぽさも全開。勿論ハートブレイカーとか移民も大好きですが10曲にはギリ入らない苦笑。20曲なら入ります笑。

クラプトンは勿論クロスロードなんかも入れたいんですが、メロウなレイドバック路線こそが作曲家クラプトンである、と自分の認識以上に自分は思ってるんだろうな、と思いなおした10曲になりました。ほんとはクレイドルや色々入れたい曲(プレイ)あるんですが、そちらはおそらくこのあと募られるであろう#クラプトンの好きなパフォーマンスを10曲あげるとその人の世界がわかる、に、おいときましょう笑笑。

恋悲はやはりインコンサート、あのドラムインからワンコードのだんだん上がっていってのハモンドイントロ、、、サイコーすね。ギターソロも神がかってると言わざる得ません。それいうならクロスロードの奇跡のライブテイクもいれなあかんけど、、、笑ジミのロイヤルアルバートのリトルウィングとクロスロードはギターの教科書があれば文部省推薦されて然るレベルのお手本テイクすよね。

ブルー爺さんの選曲はバランスいいですね。ぼくもeasy now、悩んでlet it growにしました。でもブルー爺さんにとってクラプトンとは、一言であえて言うならクリームてことなんですね。そうなってくると次のお題、#クラプトンの好きなライブパフォーマンス、、、楽しみだなぁ笑笑

ミーハー歓迎、ニワカ上等  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月08日 (火) 20時26分  No.7772
#クラプトンの好きなライブパフォーマンス? ・・・いや、正直そこまでは考えていませんでした。現にもうすでに私も含めて皆さん、スタジオ録音もライヴも両方上げられていますし。括りがあるとすれば一応オフィシャル、公式発売されている中から、ということになりますかね。ブートまで手を広げると収拾が付かなくなりますからねえ。

掲示板を賑やかにしたいというのが狙いなので、書き込もうかなあ、どうしようかなあ、と迷っておられる方は、どうかお気軽にどうぞ。

  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月11日 (金) 21時08分  No.7779
・・・そしてマニアだけが残った、って感じなのかね。

Bron-Yr-Aur  投稿者:wired  投稿日:2020年09月14日 (月) 20時49分  No.7784
Bron-Yr-Aurですか。私、結婚披露宴のオープニングに使いましたよ。招待客は誰もこの曲を知らないので私のオリジナル曲だと思ったらしいです。

ナイス・アイディア  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月14日 (月) 21時42分  No.7785
披露宴のオープニングというのは、シチュエーション的にピッタリなんじゃないでしょうか。センスいいですね。

あの曲、ジェフ・ベックのTruthで聴けるGreensleevesとどこかか被るものを感じるんですよ。箸休め的な位置付けながら、あれがあるのとないのとではアルバム全体の印象も微妙に変わるんじゃないでしょうか。

me too  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年09月15日 (火) 02時51分  No.7786
実は私もその曲を披露宴のオープニングで使いました。おまけに2人の入場のBGMはWonderful Tonight (24nights)でしたし。wierdさんやブルー爺さんに馴染みがありそうなのはベックのDiamond Dusutをお客のお見送りで使いましたよ。当時他の曲も式の流れ通りにテープに録音して車で流しておりました。

ブロンイアー  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年09月15日 (火) 10時21分  No.7787
ブロンイアー、好きな方他にもおられて嬉しいです笑。
結婚式で意表を突かれてあの曲で登場されたら、本気の声と拍手でおめでとっ!!!て叫んでしまうかも笑。ジミーの曲にしては珍しくストレートに暗い転調などない小曲ですもんね。down by the seasideとかみたいにほのぼの陽気がいきなり土砂降りみたい感じだと困りますよね笑。

僕は本当にニッチ=隙間みたいな意味で選んではないんですよ、
もちろん最初は移民とかコミュニケィションとかの方が好きなんですけど、何十回と聞いていくと飽きちゃうんです。で、選んだ曲は本当に何回聞いても飽きがこないんです。不思議なもんです。スルメ曲というか。

そうはいってもプアトムは最初からノックアウト、です。何か一曲、となったらこの曲にするかもしれません笑。

聖なるおバカ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月16日 (水) 10時03分  No.7790
カオ塗りつぶしてヒプノシス風を狙ってみました(嘘)。

ZEP所縁の地巡りその2。北アイルランド北東部海岸、ジャイアント・コーズウェイにて。『聖なる館』カバー・アート撮影地。ご丁寧にもCDブックレット持参(笑)。

翌朝、ベルファスト市内のカフェで朝食を摂っていたら、多くの犠牲者を出したロンドンの高層住宅、グレンフェル・タワーの火災がTVで報じられ、居合わせた他のお客さんと一緒に現場の模様を呆然と眺めた。

アルスター・ホール  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月16日 (水) 14時59分  No.7794
ZEP所縁の地巡りその3。ベルファスト市内に建つ由緒あるホール。
71/3/5、俗に言う<バック・トゥ・ザ・クラブズ・ツアー>のスタート地。北アイルランド紛争が猖獗を極める最中での公演だった。
どの曲か忘れたが、ゲイリー・ムーアが、67/3/1、クリームをここで観たことを歌にしていたと思う。

ロビー  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月16日 (水) 15時02分  No.7795
会場に出演した名の通ったミュージシャンが壁のパネルに連ねてあって、訪問者の感嘆を誘う。クラシックの偉人・名人がほとんどだが、ポピュラー系も少数混じっている。そのひとつがツェッペリン。そりゃそうだ、大名曲「天国への階段」がライヴ初披露されたのがこの場所とあっては外すわけにはいかない。ただ、添えられた写真なのだが・・・

節子、それ1971年やない、75年や(笑)。

正面玄関  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月17日 (木) 10時13分  No.7796
ロリー・ギャラガーのメモリアルが目を引く。ベルファスト市議会によって2006年12月29日に掲げられた。

“RORY GALLAGHER 1948-1995 Legendary musician and songwriter played here”
異次元リフ&異次元リプ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月13日 (日) 08時17分  No.7783
 
某氏のツイッターに、YouTubeに上がったオールマンズの曲、Rivivalの、71/9/3、モントリオールでのライヴ音源が紹介されていた。冒頭でLaylaのリフを数回リピートしているのが耳を引く。

https://www.youtube.com/watch?v=tQZvhPr5ckc&feature=youtu.be

で、某氏曰くに、70/8/26、デュエインとエリックが初対面した日の1週間後に早やそのフレーズがライヴでプレイされているとあるのだが、モントリオールのライヴはその翌年、1年と1週間後。ドミノズはすでに解散していた。

単なるケアレスミス、思い違いをされたのだと思うが、2日経っても誰もその件でリプを寄こしていないようなので、私から異次元リプさせていただく。

タリラリラリラ〜ン♪

(写真=70/12/1、ドミノズ、タンパ公演のデュエイン)

異次元伝言  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月16日 (水) 10時38分  No.7791
上の書込みから3日経ったが、Derek & The Dominosが大好きなツイッター主の方はどうもまだ気づかれていらっしゃらない様子である。私はツイッター未登録なので、どなたか氏に知らせてあげていただけないだろうか。件のツイッターは9月11日付。

タリラリラリ〜ン♪...な朝

リプは異次元で  投稿者:mars  投稿日:2020年09月16日 (水) 12時35分  No.7792
ご指摘、ありがとうございました。

詳細は異次元で(笑)

異次元レスどうもです  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月16日 (水) 13時08分  No.7793
先日書き込んだドミノズのデトロイト公演へのデュエイン不参加の件にも目を通していただければ幸いです。

(写真=タンパ公演。ステージの高いこと)
私がナマ体験した印象に残るクラプトンのパフォーマンス15選  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月12日 (土) 10時59分  No.7780
 
SANDY MARYさんのご要望にお応えして新カテゴリーを捻り出しました。
見てのとおりの内容。条件は自分がライヴの現場にいてクラプトンとバンドが紡ぎ出す音を直に体験したこと。音だけならブートで聴いた、なんてのは外しました。実体験したというのが要。

最初は10選にする予定だったのが、挙げていくうちにそれでは収まらなくなり、最終的になんとか15選に絞り込んだ。ということで、これから書き込むつもりの方は任意の数、たとえば5選でも20選でも結構です。

1. Badge(74/11/6 大阪厚生年金会館大ホール)
2. Little Wing(75/10/22 大阪フェスティバルホール)
3. As The Years Go Passing By(75/10/23 大阪フェスティバルホール)
4. Double Trouble(77/10/1 大阪フェスティバルホール)
5. Rambling On My Mind〜Mean Old World〜Have You Ever Loved A Woman〜Rambling On My Mind(79/12/1 大阪府立体育館)
6. Cocaine(79/12/1 大阪府立体育館)
7. Groaning The Blues(93/10/19 大阪城ホール)
8. Everyday I Have The Blues(95/10/8 大阪城ホール)
9. She’s Gone(99/11/17 大阪城ホール)
10. Have You Ever Loved A Woman(99/11/27 東京 日本武道館)
11. Five Long Years(01/11/22 大阪城ホール)
12. Little Queen Of Spades(06/12/8 東京 日本武道館)
13. I Shot The Sheriff(14/2/25 名古屋 愛知県体育館)
14. The Core(18/7/8 ロンドン ハイドパーク)
15. I Feel Free(20/2/17 ロンドン イヴェンティム・アポロ)

SANDYさんにならって曲ごとにコメントを付けようと最初は思ったが、そんだけの気力がない。たまたま同じ場に居合わせた人はそのときのことを思い出して、そうでない人はブート音源を聴いて(笑)あれこれ想像してください。2014年名古屋の「シェリフ」だけはオフィシャルDVD/BD、Planes, Trains And Ericで観れる(なぜか横浜の演奏となっているが)。武道館最終日の同曲の演奏は当時大きな話題になったが、リリースされた作品にあれが選ばれたのには、やっぱりそれだけの何かがあったからだろうと思っている。ただ、映像に記録されたものからはあの凄さの半分も伝わってこない。ライヴはその場にいて体験しないことには真価が分からないというひとつの例。

濃い、、、  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年09月12日 (土) 14時31分  No.7781
ブルー爺さま、
すごいやつ、ほおりこんできましたね笑
まさにブルー爺さんが仰るとおり、生で見ないとライブで何が起こっていたかはわからない、体感できないものではあります。
しかしその逆も然りで、生ですごいと思った演奏も後で録音でディテールをしっかり確認すると、そうでもない演奏もあり、これは演奏以外のもので、そのライブが特別だったことを示しています。

故に今回のブルー爺さんの選曲、70年代のやつはなんらかの形で家に音源ありそうなので聴いてみますねー。楽しみです。
それにしてもこれだけ当時のクラプトンのコンサートを観ているというのは羨ましいの一言です。

そうそう、ミュージックライフ75年12月号、カラーモノクログラビア白黒記事とクラプトン大フィーチヤーされてましたが、件の写真は掲載されていませんでした。笑笑。

ライヴ≠ライヴ盤  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月13日 (日) 01時27分  No.7782
現場体験では、凄い、もう最高だ、と感じた演奏が、あとでブート等に記録されたものを聴くと、意外とショボいので拍子抜けした、というのはよくあることです。

ライヴとは演奏を「聴く」だけでなく、五感を総動員してのトータルな体験です。まあ、この場合、味覚は普通入らないと思いますし(いや、ライブハウスやラウンジでの飲み食い等は数に含めてもいいかも)、お客さんの中には、たとえば視覚障害者の方もいらっしゃるかもしれませんが。さらに言うと、そのときどきの心身のコンディションや身辺事情、いろんな思いがライヴの印象を少なからず左右するのは、コンサートによく行かれる方ならご承知のことと思います。
これに対して、ブートを含むライヴ盤を聴くとき、それが私たちの感覚に作用を及ぼすのは、ほぼ聴覚を通してのみとなります。あるひとつのライヴ・パフォーマンスに接する際に、その場にいるのと、記録メディアを介するのとでは、その印象や受けとめ方が同じになるはずがありません。

よく引用されるエリック・ドルフィーの名言「音楽は演奏されると空中に消えてしまう。誰もそれを取り戻すことはできない」というのは、その辺のところを語っているのではないでしょうか。

話変わって、件の「ファイアバードを弾くディック ・シムズ」の写真、MLにも載っていなかったとのこと。申し訳ありません。いま頭を抱えています。見たとしたら、その音専かMLの2誌以外にありえないはずなんですが・・・非常に小さいサイズの写真だったんですけどね。

ブルー爺さんの思い出を追体験  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年09月15日 (火) 11時28分  No.7788
ブルー爺さんの選曲70年代のものは77/10/1を除いて所有していましたので追体験。ていうか77/10/1の大阪、ちゃんとした音源で聴くことはできないんですかね、、、ブートには数曲程度しかなってない気がします。

74大阪のリトルウィング、この時期特有のスローな曲はトコトンスローにやってやろう、というアレンジ。僕が12月のスマイルが好きなのも同じ理由からです。とにかく途中で聞いてる側の意識が遠のくくらいスロー。よう演奏できますねこんな風に苦笑。
あえていうならめちゃくちゃスローで最後のクラプトンのソロまでバンドの力量で繋いでくるのですが、、、意外とクラプトンはあっさり、、、もはや疲れてるのかな、、、笑そこまでの演奏で。それくらい神がかったスローアレンジ。ソロが最後キレキレならばなおよし!て感じですね。

75のバッジは最後にノルウェーの森のリフが飛び出すほどご機嫌のエリックが堪能できますね。このセレクションも合点がいく素晴らしいライブテイクです。
75のpassing byもレア曲であるに加え演奏も冴えてますね。
イントロのリフ聞いてたらやっぱレイラ誕生のインスパイア元にこの曲あり、なんでしょうね。

79の二曲。これは今回のブルー爺さんの選曲でちゃんとはじめてきいたかも。特にブルースメドレーのすごさ、、、!これは音源聴いていてもおもわずイエィ!!!!と拍手を送ってしまいました。キレキレ。バンドのシャッフルはやや危ういですが笑まぁ77年のタルサバンド究極のアンサンブルとそこを比べるのは野暮すね笑。その分エリックのテンションは尋常じゃないすね。バッジのほうがバンドの演奏は向いているというか、問題ないというか。

とにかくブルー爺さんの記憶力に脱帽です。
ですが例の写真はくまなく探しましたがどちらの雑誌にもまったく載ってはいませんです笑笑

マイ・ジャスト・ワン・ナイト  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月15日 (火) 14時21分  No.7789
79/12/1、大阪府体は、私がこれまでに観た100回を超えるクラプトンのライヴ中、ダントツのNo.1です。というか、かつて体験したすべてのライヴを振り返ってみても、これがいちばんよかったと言っていいぐらい。そんな実感があるので、タルサ・トップスに比べて何かと軽く見られがちなオール・ブリティッシュ・バンドですが、自分はそういう見方に組する気持ちにはなれないんですよ。

Have You〜を歌っている最中にカミソリのような切っ先鋭いオブリを入れて会場をどっと湧かせた場面なんか忘れようったって忘れられません。
その後に続くCocaine、まずタバコに火を点けて一服、そのままおもむろにカウント、バンドに先に演奏に入らせ、4回リフを繰り返させた辺りでヘッドにタバコを立てるおなじみのしぐさ、そこからフレーズを絡ませながらリフを繰り返させることさらに4回、ようやく歌に入るという、もう余裕というか、見ていて惚れ惚れするような格好よさでした。そんなの音源からは何も分からないでしょ。ライヴは聴くだけではないというのはそういうことなんですよ。

この日はほかにも、イントロのあと、いつもならカウントそしてジャン!で始まるBlues Powerが、その部分抜きにいきなりヴォーカルに入ったり、それが終わってひと呼吸置いただけで勢いに任せてカウントなしにDouble Troubleに一斉になだれ込んだりと、まるでエリック以下バンド全員がテレパシーで繋がっているかのような、まさに神がかったとしかいいようのない一夜でした。私にとってはこれこそが”Just One Night”です。

このときの来日では、本篇ラストのLaylaに最後まで付き合わず、ソロを弾き終わったらギターをローディー(この年から一行に加わったリー・ディクソン)に手渡して舞台袖に消えるというパターンだったのですが、この夜、ブラッキーをエリックから受け取ったディクソンがお客さんに向けて「最高だったぜ!」と言いたげにギターを大きく前後に揺さぶり、ここで会場がまた大きく湧きました。Laylaの終了寸前でオーディエンスがどよめいている様子が音源に捉えられているとしたら、そういうわけなのです。
デュエイン3度目の共演ありやなしや  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年03月21日 (土) 09時35分  No.7417
 
先日来ネットに出回っているこの写真。70/12/3、デトロイト、イースタウン・シアターでのドミノズのショウだが、この日のライヴ、1日のタンパ、2日のシラキュースに続き、デュエイン・オールマンが一緒にステージに立って演奏したと不確実ながら以前から言われていて、今後の成行きが注目されている。当日の写真が巷に出回ったのは私の知るかぎりこれが初めてだが、本当にデュエインが一緒の演奏写真が発掘されたら大騒ぎになるだろう。なお、デュエインがドミノズのメンバーとしてライヴでプレイしたという話は上記以外にはない。

このアングルにイラッと来るわな(笑)。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年03月21日 (土) 19時58分  No.7418
ドミノズのステージにマーシャルアンプがぁー!?
誰が使ったのか?謎な写真ですねー
ドミノズのクラプトンはフェンダーアンプのイメージですよね。笑

サウンドボードで  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年03月22日 (日) 01時08分  No.7419
とまでは言わないでも音の良い、分離の良い、オーディエンスで聴いてみたい音源ベストスリーに入るこのメンツでのステージ。
ウィットロックがピアノでマイクから離れていることから想像するにスローブルースあたりですかねえ、、、ハァキイテミタイ。

loosebank.comさま
ドミノス時代のメインはアメリカツアーはサウンドシティの謎アンプですよ、写真中央に映ってるのがそれです。
このアンプも一度弾いてみたいアンプ。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年03月22日 (日) 18時14分  No.7420
SANDY MARYさま
サウンドシティの謎アンプですか。笑
同アンプ2台重ねてあるので、1台は予備かな?
となると、マーシャルは予備の予備。笑
やはり、もう1人ギターリストが居たのかな?ですね。

マーシャル  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年03月23日 (月) 00時34分  No.7421
loosebank.comさま

こんばんは。
位置的に見るとカールレイドルのアンプか、ボビーのハモンドのモニター用あたりの方が可能性は高そうですね。

謎のアンプ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年03月24日 (火) 07時55分  No.7422
下記掲示板によると、ドミノズの時期はステージによっていろんなアンプとセッティングを試していて、いちがいにこれだと特定しにくいとのこと。謎のアンプ=Sunn Coliseum Leadだそうです。

この時期はライヴで用いたギターも多岐にわたる印象がありますが、上のこととも関連しているのかもしれません。

https://www.thegearpage.net/board/index.php?threads/derek-and-the-dominos-live-at-the-fillmore.1234602/

https://www.thegearpage.net/board/index.php?threads/derek-the-dominos-live-at-the-filmore.1247768/

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年03月24日 (火) 16時48分  No.7423
ブルー爺さま、こんにちは、

この時期はクラプトンもメインアンプ選びに
苦労してたのかな?ですね。
クリームで愛用したマーシャルをメインにすると、
ストラト+マーシャル→ジミヘン、笑
その後、
74年の隠居復活と同時期にミュージックマンアンプで
CBSフェンダーから離脱したレオフェンダーがリストラ復活w
70年代中期以降のクラプトンのメインアンプが
しっかり歪むミュージックマンアンプに確定な流れですよね。

Another photo  投稿者:S.daddy  投稿日:2020年03月24日 (火) 20時05分  No.7425
皆さんも既にご覧になってるかもしれませんが、同じ日の写真のようです

Every picture tells a story  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年03月25日 (水) 03時22分  No.7427
2番目の写真で、いちばん右側でカメラを構えている人物が、最初に上げた写真の撮影者、ケヴィン・ロース氏です。
少なくともふたりは撮影者がいたのだから、もっと写真が出てきてもよさそうもんですが・・・
なおロース氏は先週の月曜日(16日)に67歳で肺炎で亡くなられたとのこと。ご冥福をお祈りいたします。

  投稿者:gocci  投稿日:2020年03月25日 (水) 22時36分  No.7429
ブルー爺さま
皆様こんばんは

ステージモニターの話が出て思い出しましたが、ジム・ゴードンのモニター代わりにジョージから貰ったシルバーフェイスのツインリバーブを使っていた、なんて話もありましたね。
ゲットバックセッションから使いだしたアレでしょうか?

デレクはストラトのみにて弾くにあらず  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年03月26日 (木) 08時38分  No.7431
アンプやモニターの突っ込んだ話になると正直私には何が何やらですね。補足できることがあるとすれば、よくあることですが、サポート、前座の器材がしばしばステージに置きっ放しだったりするので、それと混同しないよう注意したほうがいいかもしれません(笑)。

このところ漠然と思うのは、『レイラ』裏ジャケの写真からドミノズ時代=ストラト(ブラウニー)のイメージがありますが、近年多くのステージ写真が発掘されるにつれ、実際はそんな単純なものではなく、試行錯誤的に多くのギターを取っ替え引っ替えしていた印象を受けます。ライヴ最後期のタンパですら、レス・ポールを弾く写真が残されているぐらいですからね。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年03月27日 (金) 11時00分  No.7432
皆さん、こんにちは、

ロックにはアンプ選びは重要かと・・
子供の時に聞いていた
成毛滋さんのラジオでのギター講座で、
ギターの音の80%はアンプで決まりますって
100万回くらいは言ってましたw

60年代末以降、歪まない、ロックに使えないw
シルバーフェイスのアンプに路線変更したフェンダー!!
その時期と、歪み系エフェクターを使わない主義な
クラプトンのアンプ選びの暗中模索期がリンク?ですね。笑

あの音はもう帰らない  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年03月27日 (金) 12時54分  No.7433
日本人として実際にナマを体験できた74年カムバック以降で私がもっとも好きな音作りは、その最初の頃、タルサ・トップスとオール・ブリティッシュ・バンドを率いていた時期ですね。つまりブラッキー+ミュージックマン。前者のオーバードライブ・サウンド、後者のノン・ディストーション、どちらもそれぞれに最高でした。なかでも印象に残っているのが81年来日時、音のよさでは定評のあった大阪旧フェスティバルホールでの公演。ビロードのような艶やかなギターの音色に陶然となったものです。

長距離異次元レス  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年03月31日 (火) 00時48分  No.7444
ECファンの某氏がツイッターでデトロイトでのデュエイン参加の有無に触れていて、翌12月4日にオールマン・ブラザーズがサウスカロライナ(コロンビア)で公演しているが、移動距離を考えるとちとキビシそう、飛行機を使うしかない、とのコメントを寄せられている。もちろん飛行機を使ったのだろう。デュエイン参加が本当にあったとすれば。

12/1タンパ→2シラキュース(約1,800キロ)
12/2シラキュース→3デトロイト(約600キロ)
12/3デトロイト→4コロンビア(約950キロ)

以上ご覧のとおり、デトロイト〜コロンビア間はタンパ〜シラキュース間の約半分の距離であることからすると、オフなしの移動と公演は可能。シラキュースについても、デュエインがドミノズと一緒の舞台裏写真が発掘されるまでは、タンパからの距離がありすぎるとして共演を疑問視する声が上がっていたものだ。
オフなしの長距離移動というのは昔は珍しくなかった。一例だが、クリームの68年USツアーで、3/29ニューヨーク→30ダラス(約2,200キロ)と連チャンで公演している。ジンジャー・ベイカーの回想に、ダラスに向かう際、もうこんなのはやめにしたいとエリックが漏らした、あれが最初の解散のサインだったというのがある。エリックにしてみれば、誕生日だというのにもうウンザリだ、という気分だったのだろう。

デトロイト・ロック・シティ伝説  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年03月31日 (火) 09時07分  No.7445
https://www.duaneallman.info/note143.htm

YouTubeへのコメントからの引用ということだが、当時の会場勤務者がハッキリした物言いでデュエイン参加を断言している。キャパ750の会場はソールドアウトだったが、当日は猛吹雪で80人ほどしかやってこなかったとも。事実だとすれば、居合わせた人はまさに歴史の証人。
[ある資料によると、かつて映画館だった時代はキャパ約2,500、67年閉館後、69年にロック会場として再開したときのキャパは1,727だったとのこと。こちらが正しそう。https://localwiki.org/detroit/Eastown_Theatre]

https://www.duaneallman.info/note164.htm

12/2シラキュースの当時のレビュー。公演を観たブログ運営者の補足コメントによると、デュエインは2曲目から加わったとある。ということは、タンパと違ってLaylaでは始まらなかったのかもしれない。デトロイトだってデュエインが始めからステージにいたとはかぎらない。

ドミノズ評価今昔  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月04日 (土) 20時44分  No.7453
当スレもそろそろ終了ということで。

70/6/14 ライヴ・デビュー(ロンドン、ライシアム)
70/8/1〜22 UKツアー1stレグ
70/9/20〜10/11 UKツアー2ndレグ
70/10/15〜12/6 USツアー

70/7/25(?) アルバム『エリック・クラプトン 』米国リリース
70/8/16 アルバム『エリック・クラプトン 』英国リリース
70/11/9 アルバム『レイラ』米国リリース
70/12/4 アルバム『レイラ』英国リリース

上のスケジュールから推察すると、リアルタイムでは、時が経って名盤の評価が定まることになるアルバム『レイラ』を生みだした偉大なバンドという現在の認識はまるでなく、クラプトンのソロ・デビュー作をツアーでプロモートするためのバックバンド程度にしか見られていなかったんではあるまいか。USツアーでは多くの会場で空席が目立ち、日によってはキャパの半分も埋まっていなかったという話も伝えられている。
「エリックのレインボーもハマースミスのショウも観たよ。本人にも会ったんだけど、明らかにデレク&ザ・ドミノズの不人気がこたえている様子だったな。彼にとってはクリームと同じぐらい重要なグループだったのに、世間はそう受けとってはくれなかったんだからね」(ジミー・ペイジ=1975年、『ローリング・ストーン』誌インタビューより)

[写真=デュエイン・オールマンが初めて演奏参加したタンパ、カーティス・ヒクソン・ホール。キャパ7千のところ、3千人程度しか入っていなかったという目撃者の回想をネットで読んだ覚えがある。建物は1993年に取り壊されて、今は駐車場になっている]

Derek is Eric  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年04月05日 (日) 21時17分  No.7454
ブルー爺さま

ドミノスはエリックソロのバックバンドという認識すらなかったのかもしれませんね(何処の馬の骨かわからなかった)。
たしかにアルバムジャケットにもどこにもエリックの名前も入っていないし、当の本人が自分のクリーム時代のイメージの演奏を求められることをブラインドフェイス時代と同様嫌っていたようですし。今みたいにネットがあるわけでもなく、知る人ぞ知る、て感じだったんでしょうかね。ゆえにあんなバッジまで最終的には作られたのかもしれませんね苦笑。

僕はドミノスwithデュアン@カーティスヒクソンでのライブはあまり評価していません。なぜなら肝心のデュアンがラリってるから笑笑。別の日の演奏が発掘され、それが凄い日である事に期待しつつ、、、苦笑

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年04月07日 (火) 09時32分  No.7455
デュエインとの共演も気になりますが
話を変えてすみません・・

クリームのクラプトンに影響されたと認めている
エディ・ヴァンヘイレン
80年代にエディに影響されたクラプトンの孫ギターリストを
世界中に沢山、生み出しましたが・・
70年代ギターリストに多大な影響を与えたクラプトン師匠
80年代ギターリストに多大な影響を与えたエディバンヘイレン
この2人って、共演した事って、有るんでしょうか??

因みに、エディはクラプトンに対して感謝を込めて、
1988年のシングル「ホエン・イッツ・ラヴ 」のギターソロで
エディとは思えない、笑
当時のクラプトンと瓜二つな音とフレーズを披露していますね。
https://youtu.be/OZGXRCI-JzQ

エリックとエディ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月07日 (火) 10時48分  No.7456
自分の知っている範囲では、このふたりの共演が実現したことはありませんね。私から見たヴァン・ヘイレンのイメージをひとことで表わすと「元祖ピロピロ系」になるんですが、<クロスローズ・ギター・フェスティバル>に一度もエディが招かれていないところから想像すると、クラプトンはああいうスタイルのプレイが好みではないんじゃないでしょうか。歴代の出演者の顔ぶれを見ても、いわゆる「ピロピロ系」は皆無と言っていいほど見当たりません。エディ自身は影響を受けたギタリストにクラプトンをいの一番に挙げているんですが。
[下は78年に録られたエディのインタビュー。ブラックモア、ベックよりクラプトンから影響されたと語っている]

https://metalheadzone.com/eddie-van-halen-reveals-what-he-really-thinks-about-eric-clapton/

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年04月07日 (火) 11時55分  No.7457
ブルー爺さま、こんにちは、
やはり、エディとの共演は無しですか・・

クリームとバンヘイレンをコピーして理解したのですが
エディのピロピロのギターフレーズのスピードを落とすと
クリームのライブでの
クラプトン師匠のギターフレーズ満載です。笑

  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年04月08日 (水) 04時58分  No.7460
クロスロード・フェスでピロピロ系といえば、スティーヴヴァイ・・・

80年代中盤に、TOTOのギタリストのスティーヴ・ルカサーとエディの二人でクラプトンのライブを見に行ったらしい(ルカサーの自伝)

ピロピロはピロピロでも  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月08日 (水) 06時26分  No.7462
スティーヴ・ヴァイってフランク・ザッパの門下生でしょ。LAメタルなんかに多い他のピロピロ勢とは一緒にできん気がするのよ。2004年クロスローズ・フェスに呼ばれたのはその辺のこともあったんじゃないかと想像する。ワッカルかな〜。
ヴァン・ヘイレン繋がりで言えば、ヴァイってVH脱退後のデイヴ・リー・ロスのバンドで弾いてたよね。88年のソロ初来日を観たけど、細かいところまでよく考えられたエンタテインメントで楽しかったな。デイヴって見た目いかにも大味アメリカンって感じだが、実は頭のいい奴だなって思ったよ。

[注:写真は本文とは関係アリマセン]

(涙)  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年04月08日 (水) 08時10分  No.7463
スティーヴ・ヴァイは他のピロピロ勢とは違うと言っても、ブルー爺に欠ける印象なのでクロスロード・フェスへの参加は意外ですね。


※TOTOのスティーヴ・ルカサー氏はクラプトンに嫌われたようです。

ルカサー氏の自伝より・・・


「フォーエヴァー・マン」のレコーディングにギタリストとして参加している。

「俺が自分からセッションに加えてくれって頼んだのは、あの時だけだ。どうしてもエリックに会って一緒にプレイしたかった。」「知人がエリックに頼んでくれて、OKをもらった。」

レコーディング・スタジオに到着すると、エリックが出迎えてくれた。手を見せてくれと頼まれて、じっくり観察された。TOTOの「ロザーナ」のエンディングのギターソロが好きだとエリックに言われ天にも昇る心地になった。


ある晩、ベイクド・ポテトでプレイしていると、ネイザン・イーストがエリックを連れてきた。店内は満員なので、セキュリティの奴がエリックの入店を断った。ネイザンにエリックに謝っておいてくれと頼む。嫌われてないか・・・

後日、エディ・ヴァン・ヘイレンとエリックのコンサートに行くことに・・・バックステージに行ったのだが、会うことが許されたのはエディだけだった・・・

ルカサーいわく、「気に入らない野郎リスト」に加えられたようです・・・

あれ以来、エリックとは一度もあっていない・・・

節子それルカサーやない、ロバート・プラントや  投稿者:ブルー爺(証人)  投稿日:2020年04月08日 (水) 10時28分  No.7464
冒頭の変換ミスはさておき(笑)。

The Summit=揮発曲を集めた1980年1月リリースのコンピレーション・アルバム。趣旨はユニセフが制定した1979年国際児童年のための寄付金集め。クラプトンはLet It Growを提供している。

ついでながら、前列中央の人物は故志村けんではない。ポール・ロジャースである。

https://hercsktelalbums.blogspot.com/2017/05/the-summit-uk-january-1980.html

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年04月08日 (水) 16時00分  No.7466
志村けんにソックリ・・・

遠隔問答も何なので  投稿者:Sato  投稿日:2020年04月10日 (金) 01時53分  No.7468
デュアンのデトロイト公演参加、会場勤務者が見たというなら本当なんでしょうね。
シラキュースの証拠写真が出てくるまでも当事者の証言しかなく、公演を見た人がデュアンがshow upするのを見たとか言ってましたか。show upって変な言い方だなjoinじゃないのかと思いましたが、仮に途中から出てきたのならshow upって言い方はむしろしっくりきますかね。

移動の件も当時のロックの人たちは強行日程や1日2公演とかよくあるので、タンパからシラキュース移動ができたなら普通に出来ますね。若いし。

でも青爺さん、1つ質問すると10個くらい答えが返って来そうで、すごいというか、そのエネルギーはどこから湧いてくるのか...
こんなご時世なのでご自愛ください。

時間差異次元レスどうもありがとうございます  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月10日 (金) 09時53分  No.7469
デトロイトでのデュエイン客演ですが、写真・音源・当時のレビュー等の物証が出てくるまでは結論は保留したいと思います。でも客入りが80人では望み薄かも。

が。下記のフェイスブックでこのショウが話題にされていて(3/18付の項)、コメント欄には計5名もの方がその場にいたと名乗りを上げています。誰ひとりデュエイン参加には触れていませんが。私はフェイスブックをやっていないんですが、どなたかその辺のことを尋ねてやろうという方はいませんかね。

https://www.facebook.com/groups/56160843006/?ref=direct

ところでshow up云々の件ですが、11/27セントルイス公演に”Duane showed up”との記述がネットに上がっていて、ファンを色めき立たせたものの、出回っている音源にデュエインが参加していないことから、”showed up”=「顔を見せた」ぐらいの意味なんだろうという結論に落ちついたと記憶しています。数日後に実現する共演はその場で話が出たのかもしれません。

1質問されて10答える・・・この非常時に何やってんだか。ねえ(笑)。

出た出た出た出たデタ〜ッ!!!!  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月13日 (月) 12時52分  No.7472
シラキュースのステージ写真!

  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月13日 (月) 12時59分  No.7474
シラキュースのエリックとデュエイン!!

  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月13日 (月) 13時02分  No.7475
シラキュースのカールとデェエイン!!!

シラキューズ  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年04月13日 (月) 21時16分  No.7476
こんばんは、シラキューズの写真でも同じ場所にマーシャルあるんでやはりボビーのアンプかと思われますね、

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年04月14日 (火) 00時43分  No.7477
ブルー爺さま、皆さま、こんばんは、
シラキュースのエリックとデュエイン!!

向かい合って、クラプトン師匠が
12Fの1.2弦の辺りのを弾いているので、
レイラのイントロの予感ですねー笑

シラキュース  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年04月14日 (火) 01時02分  No.7478
loosebank.comさま

この写真レイラのイントロではないと思いますよ。レイラのイントロなら1人はハイフレットでしょうけど、もう1人は4弦5弦の1度5度でしょうからもっとローフレットを弾いてなければ辻褄が合いません。

あるとするなら、、、
恋は悲しきもののエンディングのAメジャー7thとDのパートで2人ともリードを弾いてる時ならこの感じ、ありえると思います。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年04月14日 (火) 02時22分  No.7479
SANDY MARYさま

レイラのイントロは
1人はローポジションは十二分に理解していますよ。
2人でハイポジションを弾いたら楽しい妄想をしてみました。笑
確かに、D辺りでソロバトルの様な感じだと思いますね。

シラキュース追加  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月14日 (火) 08時04分  No.7480
アンプとモニターがわりとよく写り込んでいる。

シラキュースのデュエイン!!!!  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年04月14日 (火) 08時06分  No.7481
オールマンお好きな方々がここ見てくれているといいのだが。

デュエイン・オールマンは来なかった  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月09日 (水) 00時31分  No.7774
長〜いスレをまたぞろ引っぱり上げて皆さんさぞかしウンザリされているかと思いますが、ひとつ報告させていただきたいことがあります。

タンパ、シラキュースに続いてデトロイトでデュエインがドミノズと共演したか否かの件。最近になって、客として現場にいたという人が某SNSページでそれを肯定するコメントを寄せた。一方でボビー・ウィットロックはフェイスブックで、デュエイン参加は2回だけ、デトロイトには出演しなかったと発信。先の人にあらためて質問が行ったところ、デュエインはいなかったと掌返し。悪びれた様子はミジンもなし。いったい何やねん(笑)。

そうなると、上で引用した会場勤務者の回想は何だったのかという疑問が出てくる。自身の発言を撤回した人物のほうは、猛吹雪があったとは記憶にない、フロアーは満杯だったと言っていて、会場勤務者とは話が食い違っている。写真に写り込んでいる客は12月だというのにみな薄着、ほとんどTシャツ姿、中にはタンクトップを着ている者もいて、吹雪を押して会場に出向いたようにはとても見えない。ここから、会場勤務者の記憶が間違っていて、たとえば別の日の誰かのライヴと取り違えていた可能性が膨らんでくる。

情報を吟味すると、結局デトロイトでのドミノズとデュエインの共演はなかったという結論に落ち着いてしまう。

ドーモー、オツカレサマデシター(笑)。

探偵ナイトスクープ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月09日 (水) 09時21分  No.7775
記録に当たってみると、ドミノズのライヴがあった日=70/12/3に近い時期、71/2/26・27の両日、オールマンズはイースタウン・シアターに出演している。会場勤務者はこれが記憶の中でゴッチャになっているのではないか。

https://www.pf-db.com/index.php?list=tours&choice=2323
  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年09月07日 (月) 00時38分  No.7760
 
I Am Yours Bell Bottom Blues Why Does Love Got To Be So Sad (from ‘In Concert’) Let It Grow White Room Sunshine of Your Love (from ‘Live Vol2’) Wonderful Tonight(from '24nights7) River of Tears(from 'One more Car One More Rider') She's Gone(from 'One more Car..) Bad Love すみません、読みづらくて。どこが行の最後か今だにわからなくて。もっとクレイドルから選びたかったんですけど、比較的ポップな曲が多くなってしまいました。ZEPの10曲はクラプトン以上に難しいですが、死にかけて、アキレス、レヴィーブレイクは必須です、私的には。

ギターは歌い、泣き、そして舞う  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月07日 (月) 12時01分  No.7762
おっと、「返信」クリックし忘れたようで。こんなときのために編集パスワードを入力しておきましょう。あとからなんぼでも編集訂正削除ができます。

「恋は悲しきもの」、スタジオ版にも増してライヴを好まれる方が多いみたいですね。それも後年出た15分バージョンじゃなく、最初に出た『イン・コンサート』収録の10分弱のほう。ステージ上でギターの音が華麗に舞い踊る様が視覚化して目に浮かぶような、そんなイメージ喚起力のあるソロ。絶頂期のエリックの真骨頂ですね。

「死にかけて」「アキレス」「堤防決壊」・・・コレどれも、ライヴがスタジオ版を超えられない点で共通してますね。「レイラ」と同じ(笑)。

  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年09月07日 (月) 22時04分  No.7765
ブルー爺さん 重ね重ね失礼致しました。 実は編集パスワードを入力していたのに使い方がわからず、この始末です。苦笑             「恋は悲しきもの」については、あのテイクを上回るのはないんじゃないでしょうか。 武道館でたしかドイルとの来日公演時に生で聞けた時は感激したものです。                恥さらしついでという訳ではありませんが、Zep残りの7曲を上げさせて頂きます。

             You Shook Me                                             Heartbreaker                Since I've been Loving You Black Dog The Song Remainds The Same (from soundtrack)
TranpledT Under Foot
Tea For One
失敗だらけの人間の世界がわかると思います。

編集・削除のやり方  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月07日 (月) 22時55分  No.7767
編集パスワードを入力した上での使い方ですが、画面をズズズズズ〜ッと一番下までスクロールしてみてください。そこに”Number”(編集または削除したい自分の書込みのエントリー番号を入力する)と”Pass”(編集パスワードを入力)の2つの欄とクリックボタンが設置されています(これに気づかない人はたぶん多い)。

試しに一度やってみてください。先の書込みのレイアウト、段落変えをしてみるとか(笑)。
エリックとは関係ない・・・こともない(?)  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月02日 (水) 21時04分  No.7751
 
https://www.arukikata.co.jp/guidebook/series/books/books824917

某ツイッターで取り上げられてて知ったんだが、地球の歩き方シリーズが創刊40周年を記念して、シリーズ初となる国内版『地球の歩き方J01「東京」2021-22年版』を発刊したそうな。
洋行の際には私もさんざんお世話になった同シリーズだが、「外国旅行のためのガイドブック」というイメージが抜き難く焼き付いているので、知ったときには意表を突かれて結構驚いた。コロナのせいで海外への渡航がやりにくくなっている昨今、それなりの需要は見込めるのだろうか。

「エリック・クラプトンお気に入りのレストラン」とか裏原宿のトンカツ店が紹介されてたりして(笑)。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年09月03日 (木) 08時04分  No.7752
皆さま、お早うございます。

店員に、クラプトンは来ましたか?
と、来日時に質問しますが・・
さらっと、
「それには、答えられないです」
と、毎回、言われてしまいます。笑

ふ◯よ◯  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月03日 (木) 11時57分  No.7755
あのお店、来店した有名人、芸能人のサインをこれ見よがしに壁に並べたりしないし、たまたまエリックが居合わせたとしても、近づくそぶりを見せたり、サインをねだったりしようものなら、他の客から、プライベートの邪魔をすな、空気読め、と睨まれそうな雰囲気がありますね。

だが、そこがいい。

(写真は旧店舗)

独り言  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年09月07日 (月) 04時22分  No.7761
安倍首相の夫人が高校生時代にCharのファンだったらしい♪

70年代後半、親に頼んでCharに会わせてもらったようです。

ボソッと呟いてみる  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月07日 (月) 12時09分  No.7763
Charと言えば、管理人さんが前にとっておきのエピソードを提供してくださったのを覚えているが。目下掲示板とは"社会的距離"実践中(笑)。
嗚呼、、、  投稿者:オールド  投稿日:2020年07月17日 (金) 08時45分  No.7640
 
タルサのジェイミーが亡くなりました。
ご冥福をお祈りいたします。
好きなドラマーでした。

Jamie・・・  投稿者:マジュヌン  投稿日:2020年07月17日 (金) 10時55分  No.7641
哀しい・・・。

安らかに眠って♪😢

さよならタルサ・トップス  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月17日 (金) 11時37分  No.7642
http://amass.jp/136884/

https://www.kjrh.com/news/local-news/legendary-drummer-tulsa-native-jamie-oldaker-dies-at-68

ご冥福をお祈りします。

タイトなドラミングがいつも印象的だった。クラプトンのバックを務めたベスト・ドラマーのひとり。

カール、ディック に続いて、タルサ・トップスの3人までもが逝ってしまった。ジョージ・テリー、イヴォンヌ・エリマン、マーシー・レヴィは厳密に言うとサークル外の出身なので、タルサ・トップスの核はこれで消滅してしまったことになる。

ドミノズ以前と違って、来日メンバーとしてナマを体験できただけに喪失感は深い。

追悼トリビア:二鼓物語  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月18日 (土) 12時31分  No.7646
ジェイミー・オールデイカーはクラプトン初来日のメンバーだったが、それも含めて彼がクラプトンのバンドで日本公演を行なったのは74年・75年・77年・85年の計4回。77年までがいわゆる“タルサ・トップス”と呼ばれる顔ぶれだった。いつのまにかあまり使われなくなってしまったが、当時よく目にした”Eric Clapton & His Band”という名称、今だって理屈から言えばそうなのだろうが、私みたいなオールドタイマーには、ヒズ・バンド=タルサ・トップスというイメージが強い。

さて、タルサ・トップス最後の来日となった77年、ジェイミーが2バスを叩いていたことがあるのはあまり話題にされない。この年、私は大阪2回と京都、そして東京2回、計5回の公演に通った。左は福井章彦氏撮影の初日、9/26大阪フェスティバルホールの写真。前座のプリズムの出番が終わって休憩に入り、ロビーから自分の席に戻ったら、物々しい2バスのドラムスが目の前にデンと構えていて、おおっ、と思った記憶がある。

二鼓物語(続き)  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月18日 (土) 12時33分  No.7647
27日の岡山を挟んだ9/29京都会館第1ホールも、福井氏の2枚目の写真のとおり、やはり2バスだった。が、30日名古屋を経て10/1、大阪に帰ってきたときには、かつてと同じ1バスに戻っていて、“JAMIE OLDAKER”のロゴのバスドラだけが用いられた。正直、ジンジャー・ベイカーのように2バスならではの叩き方をこなしていたようには感じられなかったので、ビジュアル以外の付加価値はあまりなかったのかもしれない。その後の札幌を経て、最後の武道館でも1バスのままだった。2バスの件がファンの口に上らないのはそのせいだろう。タルサ・トップス時代の多くの写真を見ても、ジェイミーが2バスを叩いているのは他に見当たらず、77年日本公演前半の3〜4回だけと推定され、西日本のファンは珍しいものを見れたと言える。名古屋はどうだったのか、ショウをご覧になった方はいらっしゃいませんか?

二鼓物語(蛇足)  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月18日 (土) 12時35分  No.7648
ツェッペリンでの活動期間を1バスで通した故ジョン・ボーナムだが、69年7月末から8月前半までのごく短期間、2バスでの演奏を試した時期がある。7/30ソルトレイク・シティ、8/2アルバカーキ、8/8サンバーナディーノ、8/9アナハイム等が記録に残っている。ジェイミー同様すぐに1バスに戻したが、ボンゾの場合、1バスであのドラミングをこなしたというのが伝説化している理由でもあるのだろう。

二鼓物語(蛇足)2  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年07月18日 (土) 23時30分  No.7649
こちらのスレでジェイミー・オールデイカーの訃報を知りました。見たことは、ないけど残念と思っていましたが、Foever Manが聞きたくてECを初めて見た85年のバンドのドラムが彼とは...。ご冥福をお祈りします。                 ボンゾの2バスは、実は映像も残っています。コミュニケーションブレイクダウンのプロモ?のような白黒映像が。なぜ、短期で終わったか?といえば、他のメンバーに反対されたからだそうです。個人的にはジミーが反対したのでは、と思ってます。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年07月19日 (日) 07時03分  No.7650
85年と言えば・・
最近UPされたリハーサルが良いですね。
https://youtu.be/RalObOdehMA
ステージでは、寡黙なクラプトン師匠が
リハーサルだと、めっちゃお喋りですね。笑

1985(ってポールの曲がありましてな)  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月19日 (日) 11時18分  No.7651
ボンゾの2バス・・・さぞうるさかったでしょうなあ。
他の3人「おまえ、それもうやめとけ」(笑)

彼はジンジャー・ベイカーのウォナビーでもあったので、いっぺんやってみたかったというのもあるんでしょうね。

85年、リアルタイムで観たときはすげーよかったと感じたんですが、時が経って振り返ってみると、リズム隊なんかタメのない直線的なノリで、いかにも80年代って感じですね。ジェイミーとドナルド・ダック・ダンを擁しながら、どうしてなんですかね。80年代の音楽が総じてブルース的なものから遠ざかる方向にあったので、意識していたか否かは別にして、ECバンドの音もそういう時代精神を反映していたんでしょうか。Behind The Sunも次のAugustもいかにも80年代のサウンドでしたもんね。Forever Manを日本で聴けたのはこのときだけなので、ご覧になった方はラッキーでした。

そんなことを考えると、この年ただ一度の来日を果たしたスティーヴィー・レイ・ヴォーンの個性は抜きん出ていましたね。

Foever Man  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年07月19日 (日) 15時10分  No.7652
85年に初めて私がECのライブを体験した契機の曲なのですが、私が見た武道館公演ではやってくれなかったんですよ。他の日は演ったんでしょうか(泣)代わりにやってくれて嬉しかったのは’White Room'でした。MCで’Nineteen Sixtyeight'と言った瞬間にあのイントロが流れて感動した憶えがあります。既にそれくらいしか記憶がないのが、お恥ずかしい限りです。P.S.2バスのボンゾの音を体験したくなり、探して8/8の音源を発見して聞いてみました。久々にすっごい音質で驚きました。プラントの歌が聞こえない!ひたすら歪まくったジミーのギターだけが聞こえてくる、という音質!ドラムの音は判別出来ませんでしたとさ。(笑)



No reason to cry  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月19日 (日) 15時48分  No.7653
85年東京公演の会場は武道館じゃなしに代々木オリンピックプールですよ。Forever Manは全公演のアンコールでやりました。White Roomを1967年云々(発表年=1968年ではなく曲ができた年で紹介したはず)と前置きして演奏に入ったのは85年特有なので、ryuyomoさんは間違いなくForever Manをナマ体験されたはずです。泣くことはありません(笑)。

しかし、そんだけ聴きたかった曲なのに覚えていないというのがどうも(爆)。

これこれ!  投稿者:オールド  投稿日:2020年07月19日 (日) 17時19分  No.7654
loosebank.comさん、ありがとうございます!
長年探していた映像がこのリハ映像です。
これ、レイラのギターソロ前にブラッキーの4弦を切ってしまうというレアな映像なんです。
しかも、そのままソロを引き続けるっていうね♫
確かこれはオーストラリアの番組用に撮影されたものと記憶しています。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年07月19日 (日) 19時25分  No.7655
オールドさん、
85年のリハーサル映像って、レアなんですね。
私も、この動画を見つけて歓喜しましたよ。笑

85年って、最後のブラッキー、久々のマーシャル、
パティに隠れて、コナーの子作りwなどなど・・
私も代々木で二回観ました。
今となると、Tangled In Loveも、レアですかねー

実は  投稿者:オールド  投稿日:2020年07月20日 (月) 01時42分  No.7656
loosebank.comさん
私は同じツアーでもこのワンカメのリハ映像しか所有しておりません。
これにはマーシーの「Love Sign」が収録されておりますが。
紹介いただいた映像はかなり貴重だと思います。

“なかにはそんな人もいる”  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月20日 (月) 01時51分  No.7657
追悼ついでに、なかなか興味深い話題なので、前にも書き込んだネタをまた引っぱり出す。
英『Record Collector』誌2014年1月号掲載、『安息の地を求めて』についてのジェイミーのコメント。
「こないだエリックとあのアルバムについてまた電話で話したんだけど、あれはあんまりいい出来じゃないってことで意見が一致したよ」
「彼と作ったレコードでいちばん気に入らないのがあれ。どうして『461』みたいにうまく行かなかったのかは分からないけど、えらくヌルい仕上りになった」

今回名前は出さないが、いつだったか、『安息の地』をクラプトン最高傑作と持ち上げた日本の音楽ライターがいた。それが妥当かどうかは別にして、作った本人たちはそう思ってないのは確か(笑)。

『461』の2大ポイントだった「レイドバック」「レゲエ」をさらに突き詰めてしまったのが敗因だったと私は思う。呑んべえ丸出しの酒焼けヴォーカルがまた、リラックスというよりだらしなく聴こえてしまう。シングル向けのキャッチーで勢いのある曲が見当たらないのも物足りない点。チンタラ「揺れるチャリオット」がシングルカットされたが全然ヒットしなかった。

ここで私なりの改良案。Better Make It Through TodayをA面2曲目に持ってきて、その替わりにThe Sky Is CryingをB面2曲目に移す。こうすることで、I Shot The Sheriffの続編を意図して書いたというDon’t Blame MeがSheriffと同じA面5曲目、最後に来るのでトラック位置的にも前作との対応が成立する。アルバム全体の印象もちょっとは変わるのでは。

安息の地  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年07月20日 (月) 03時09分  No.7658
こんばんは。

僕はクラプトンのソロ、に限定するなら安息の地が最も好きです。
朝起きがけにかけてもゆっくり広がっていくオープニングに
どの曲にも気怠いムードが付き纏い、ゆったりした時間を楽しめる。そして名曲にして名演のベター・メイク...が収録されており、ラストのメドレーはアビーロードの如し、、、と。非の打ち所がないアルバムだとおもってます。

ですが一番好きではあるが、最高傑作とは思いません(キッパリ)。
最高傑作はいろんな意味でunpluggedなんじゃないですか?笑。
70年代バンドに特化したとしても、安息の地にはならないな、、、スローハンドかな、、、そんなに好きでもないけど。

クラプトンのキャリアを語る上で誰にでも勧められる作品ではないですが好きな人はたまらなく好き、、、そんなアルバムだとおもっております。

おやすみなさい笑笑

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年07月20日 (月) 07時30分  No.7659
皆さま、お早うございます。

安息の地は、私も、大好きです。
しかし、オンタイムで聞いた方の評価はイマイチ、
因みに、ポールマッカートニーのラムも大好きなんですが、
オンタイムで聞いた方の評価はイマイチ、笑
個人的には、オンタイムで、
アルバム全体を何度も通して聞いたアルバムは、
マネー・アンド・シガレッツなのです。

異論は認める(笑)  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月20日 (月) 13時04分  No.7660
「気怠いムード」に付き合えるかどうかであのアルバムの評価が変わってくるでしょうね。
私なんか朝起きがけに聴いたら2日酔いの気分を引きずってしまいそうで(笑)。

Unplugged最高傑作説? これまた異論があっちこっちから出てきそうですなァ・・・。

私はやっぱり『461』を推しますね。ベタですが。

unplugged  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年07月20日 (月) 22時45分  No.7662
こんばんは〜。

書き忘れましたが私、全くunplugged好きではありませんが、
クラプトンが60年代からやってきた事が彼のギタープレイ同様
実際の実力以上に評価されて、世の中に影響を与えた、という意味ではぶっちぎりではあると思います。ライブアルバムというより、
1発録りのスタジオ録音とも言えると思いますし。

異論は全く認めます笑笑

461も僕も大好きなアルバムですが、最高傑作と言われるものかと言われると、大きい意味でいうと安息の地とまぁ同じ部類のアルバムかな、、、とおもったりします。

イーグルスの最高傑作はホテルカリフォルニア、的な?そういう視点です。総合的な。大衆音楽としての。
レイダウンサリー、ワンダフルトゥナイト、コカインを有しつつも、レイドバックしたサウンドメイクもある意味あの時代のバンドの終着点と呼べるかなと思うんですがね。

これも異論はバンバン認めます笑

追記  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月31日 (月) 08時28分  No.7743
今なんとなく読み返していて自分の一つ前の書き込み↑の最後は イーグルス、、、の文章の前に、

unpluggedではなく.70年代の作品に限って絞るならslowhandかな、、、という文章が抜けておりミステリアスな文章になっていたので追記しておきます、、、

邦題「ブルースを唄って」  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月02日 (水) 14時01分  No.7750
↑ひょんなことからスレ再浮上したので、新ネタが上がるまでの繋ぎということで。

上で『安息の地』にはシングル向けの曲がないと書いたが、Singin’ The Bluesならなんとか行けそうな気がする。大ヒットとまでは行かないだろうが、前年のSheriff全米No.1の勢いに乗じて中ヒットぐらいは狙えたんじゃあるまいか。邦題はまあ・・・いいんじゃないか(笑)。

それで思い出したんだが、75年日本公演直前に録られたインタビュー(SANDYさんにうっかり買わせてしまった『音専』に翻訳掲載されていたはず 笑)で、Sheriffの次はMotherless Childrenをシングルで出すべきだった、そうしなかったのは最悪の間違いだ、てな発言をしていた。『461』からシングル第2段としてカットされたWillie And The Hand Jiveは『ビルボード』チャート26位止まりだった。

Singin’ The Blues、初来日では未発表曲として全日演奏された。私がいた最終日では、オープニングのアコギ・セットからエクスプローラに持ち替えて始めたのがこれなので、自分にとっては初めてナマ体験するエリックのエレキギター演奏曲ということになる。翌年の再来日では京都でしかやらなかった。ヤマハSG-175でプレイされた2曲の一番手(もう1曲はSheriff)。左がその写真だが、4年以上前にここにアップしてくださったオムスビーさんのコメントによれば「昨年暮れ近くに表に出てきてます」とのこと。つまり2015年暮れということになるが、どこに公表されたのかそれ以来気になってしょうがない。オムスビーさん、ここ見てたら教えてくださるわけにはいきませんでしょうか(^_^;)

再来日で演奏された『安息』からの曲は上記以外では東京最終日のLittle Rachelのみ。同じ年の3月に出たばかりだったが、この時点でもう当作への懐疑が芽生えていたのかもしれない。

1975 ヤマハSGの写真♪  投稿者:オムスビー  投稿日:2020年09月03日 (木) 11時34分  No.7753
ブルー爺さん

その張本人のわたすが写真をアップした事すら忘れてたんだから、何処に開示されてたか?を直ぐに思い出す事は難しいダロー!!笑
先程から何とか思い出そうとして頭を捻ってましたが、若干の心当たりが過ったりしてきますた。自部屋の◯◯◯ー◯山◯の中を掘り返してみますので、数週間の猶予を下さいませ〜♪m(_ _)m

しかしブルー爺さんの記憶力、今更ながら恐るべし。
わたすと同じ歳とは、到底思えん!!笑

おっはー! 営業挨拶終了!  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年09月03日 (木) 11時54分  No.7754
4年前の書込み、45年前のクラプトンのインタビューは覚えていても、おとといの晩何を食べたかは思い出せない。

そんなわたすはボケ老人ダロー。
ケイティ、じゃなくてKT  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月29日 (土) 14時30分  No.7737
 
うひゃー、エリックの奥方、メライアが発起推進する、薬物中毒からの復帰を促すキャンペーン、Turn Up For RecoveryにKT・タンストールが登場。大昔ここに書き込んだことがあるが、ファンなんですわ。ライヴも数えてみたらなにげに10回観てる。2008年と2011年は大阪だけじゃなく名古屋まで遠征した。本人とも会ったが、お好み焼き(彼女は”Osaka pancake”と呼ぶ)が大好物で、公演で大阪を訪れるときの楽しみはコレ、と話す気さくでオモロい姐ちゃん。ゴルフの発祥地、スコットランドのセント・アンドリュース育ち。映画『プラダを着た悪魔』の主題歌に採用されたSuddenly I Seeがなんと言っても有名だが、一聴自分が彼女に惹かれるきっかけになったOther Side Of The World(1stアルバムの1曲目)は、メロディが払底して耳に残る曲が生まれにくくなったこの時代に稀な、21世紀ピカイチの名曲だと思う。歌もギターも上手いよ。

YouTubeの放映開始時間だが・・・日本時間で8月30日、日曜日の朝、夜中の3時。ハハハ・・・(^_^;) でも、たぶん後から遡及できると思う。

http://www.whereseric.com/eric-clapton-news/303-tufr-featured-artist-kt-tunstall

KTいい感じ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月30日 (日) 05時58分  No.7738
3曲を現在住んでるLAの自宅から弾き語り。やっぱいい声してるわ。パフォーマンスはYouTubeで再生できる。

https://www.youtube.com/watch?v=OckdSiIe9SA
エリック・クラプトン&ペドリート・マルテイネス  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月22日 (土) 23時14分  No.7721
 
コラボ新曲「My Father's Eyes」公開
ま、これ聴いてアタマ冷やしてちょーだい。

http://amass.jp/138261/

こんな映像もありました  投稿者:kenken  投稿日:2020年08月27日 (木) 20時23分  No.7736
https://www.youtube.com/watch?v=V6JLqZJV5co

最初聞いたときは既存の音源のリミックス的なものかと思ってましたが
新たに録音したものなんですね。
KEY TO THE HIGHWAY   投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月22日 (土) 03時02分  No.7717
 
皆さまこんばんは。
またもブートですごいやつ出ましたね。
MID VALLEY 「NEW JOKER」、
要はミラードのLAマスター、少し前にスプリングフィールド公演がアップグレードしたって事で久々のリイシューて事なんでしょうけどMVに限らず(ダウンロードなんだから当たり前だけど)個人的にはLAとか、今回のやつより以前から出回ってるソースの方が鮮度高いうちにデジタル化されてるので広がりあるとおもってるんですが、、、
今回リリースされたボーナスディスクがもの凄い、です。75年ナッソー。これはオフィシャルよりクラプトンのギターがかなりデカく入ってるラフミックス、おそらくCROSSROADS2を制作するためにミックスされた、ラフミックスと思われるミックスなんですが、はっきりいってこっちの方が望んでいた音像の音源だと思われます笑。鬼のように生々しいです。オフィシャルでリリースされてるシェリフとか聴き比べたら一聴瞭然です。

で、一つ今更ながら気が付いたんですが、KEY TO THE HIGHWAY、実はこの曲ディック・シムズがギター弾いてるんですね。このミックス聞くまで気がつかなかったのですが、最初3本ギターがいることに気がついた時、イボンヌ?ギターうまいなあ、とかおもってたんですが、キーボードがなってないんですよ。プレイもコードワークだけじゃなくソロも弾いておられる。この日だけのスペシャル?とかおもいきや、75年アメリカツアーの我が家にある音源、同曲はおそらく全てギター三本、おそらくレズリー通してる方のギターがディックだと思われます。あのファイヤーバード1がセッティングされてた理由はこれだったのかもですね。で、気になって他の日も同曲を聴いてみましたらどの日もこの曲はギター弾いてました笑笑。今まで写真も見た事なかったし、実際写真とか残されてないんですかね?

で、気になって唯一日本公演で演奏された同曲、大阪のテイクもなんとというかやはりギター弾いてました。こうなってくると遡って74年アメリカツアーは、、、ハモンドでした。しかし、74年日本公演、ハマースミス2日目の同曲の演奏は前半ギター、クライマックスでハモンドを弾いてました!!。今までおれはなにを聞いていたのか、、、笑笑。
逆に77年は、というとハマースミスではやはりギター弾いてますやんか。それもソロまで笑。

というわけで写真一枚くらい残ってないのか!ていう投稿でした。笑笑。

ディック・シムズのギター演奏  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月22日 (土) 10時06分  No.7718
記憶では、『音楽専科』誌1975年12月号巻頭グラビアページに、大阪フェスティバルホール初日(10/22)の写真が上がっていて、2階左手からステージを俯瞰したショットに、キーボードの椅子に腰かけたままファイアバードを膝上に抱えてプレイ中の姿が小さく捉えられていた覚えがあります。この日と京都(10/24)のKey To The Highwayで赤いファイアバードを弾いていたのは私もハッキリ覚えています。ドラムスの傍に立てかけてあったサンバーストのファイアバード=クラプトンのスペア用とは別物でした。74年となると、私が観た大阪2日目(11/6、来日最終日)でも、客席からのリクエストに応えて(!)Key To The Highwayはやりましたが、シムズが何をプレイしていたかは全然ノーマーク、何も覚えていません。音源に当たれば、少なくともギターかキーボードかぐらいは判明するでしょうね。77年は関西3公演全部でKey To The Highwayをやりましたが、シムズがギターを弾いていたという記憶はありません。覚えているかぎりではすべてキーボードによる演奏だったと思います。この年の武道館は私も観ましたが、Key To The Highwayは両日ともやりませんでした。

(写真=カール・レイドルのプレシジョン・ベースを抱えるシムズ)

KEY TO THE HIGHWAY 74-77  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月23日 (日) 03時21分  No.7722
ブルー爺さま。
74年の来日大阪11/6の同曲ではディックシムズはギターをレズリーに通して弾いています。そして77年は京都公演以外は全てギターをプレイしており、なぜだか京都公演のみ、キーボードを全編で弾いています。

多分ですがキーボードのところで座って弾いている、というのが肝で、盛り上がるところなどではギター背負ったままキーボードも弾いている、といった感じが正解でしょうね。

しかしこの曲以外のブルース曲は基本ハモンドなのですがなぜこの曲のみギターなんだ、、、しかも何年にも渡って、
わざわざ海を越えてギターを持ってきて、、、。疑問はつきません。

あとは弾いていたのは本当に赤いファイヤーバードだったのか、
ブルー爺さんの恐ろしい記憶力から考えると真実なような気もしますが、サブのように立てかけてあったあのファイヤーバードがディックシムズのものであったらある意味しっくりはくるのですが、

でも75年以外もギター弾いてるんで、謎は謎のままですね、、、笑笑

Key To The Highway ‘77  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月23日 (日) 08時17分  No.7723
77年の大阪、Key To The Highwayはどちらの日もアンコールでした。ギター弾いてました? いま手元にないんですが、当時入手した初日の音源で、中間のソロ回しでハモンドが聴けたような漠然とした記憶があるんですが・・・いま一度確認お願いします(笑)。

2日目はBottle Of Red Wineから曲間なしで続けられたんですが、この日のオーディエンス、出だしから全体に反応が鈍く、そんな空気を反映してか、アンコールだというのに地を這うような超スローテンポの演奏でした。中間のソロはギター・ソロなし、マーシーのハモニカをフィーチャーした1コーラスのみ。締めの「せーの」でやる一斉ソロがありましたが、そんなことを思い起こすと、こちらはキーボードかギターかの確認はしにくそうな気がしないでもありません。

それにしても、77年にシムズがギターを弾いていた姿はまったく記憶になく、弾いていたとして、それがいったい何だったのか、確認し漏れたのは不覚の極みです。またひとつディテールが歴史の闇に消えてしまった・・・

75年の赤いファイアバードは100%間違いなしです。新品に近い鮮やかな色目が記憶に焼き付いています。左の雑誌に演奏中の写真が載っていたと思うのですが・・・どなたかお持ちの方いらっしゃいません?(表紙は11月に来日するはずだったポール→ビザが発行されず中止→歴史は繰り返す 笑)

KTH1977  投稿者: SANDY MARY  投稿日:2020年08月23日 (日) 16時00分  No.7724
ブルー爺さまこんにちはー。
流石の記憶力、頭が下がります。
大阪2日目のスローテンポ、遅すぎてテープのピッチくるってるの
かな?とおもいきや、ピッチ正常、めちゃくちゃスロースタートの演奏で他の日と、一線を画します。
で、自分大阪初日のみ音源持っていませんでした。
で、自分のわかる範囲で書きますと
9/29 京都 これはソロも含め、確実にハモンドオルガンをプレイしています。
9/30 名古屋 この日はサウンドボードが存在しますので、聞き取りは他の日に比べると明瞭。明らかにギターです。レズリーを通してるので部分的にAの開放弦などを弾いていると一聴ハモンドオルガンに聞こえる人は楽器をやってない人です。明らかにフレージング、チョーキングなどでギターと判別できます。

10/1 大阪 この日はソロもなく、なかなか判別が難しいのですが、僕はギターに一票。確率で言うと85%てとこかな、、、苦笑

10/4 札幌 この日も分かりにくいですが90%ギターで間違いないかと思います。

この流れでいくと初日の大阪はブルー爺さんの記憶も総合するとハ
モンドオルガンだった可能性の方が高いですね。
この曲の演奏尺は気まぐれで日によっては全員ソロを回したり、10/1のようにソロほとんどなしで終わったり、色々過ぎるのがわかりました。あと77年以降はマーシーのハープがフィーチャーされるので、75年までに比べ判別がごちゃごちゃして難しいと言うことも今回勉強になりました笑。

ホワワンホワワン♪  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月24日 (月) 04時50分  No.7726
SANDY MARYさん、検証ありがとうございます。

レズリーに繋いでギターを弾いたってのは、いかにもオルガン弾きのやりそうなことですね。
やっぱり77年も日によってはギターを弾いてたのか。何を弾いてたのかモーレツに気になってきた。今さら言っても後の祭り。

公房も記憶誤る  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月27日 (木) 11時56分  No.7734
ブルー爺さま、音楽専科、安価であったので購入してみました。
残念ながらそのショットは別雑誌のようです。ご参照ください。

Oops..!  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月27日 (木) 12時37分  No.7735
すす、すみません。お金を無駄にさせてしまったようで・・・。
とすると『ミュージック・ライフ』だったのかなあ。同年同月号。

でも写真を見て一瞬であの頃の自分に引き戻されてしまいました。「よみがえったプレイすることへの情熱」・・・初来日、再来日と続けてライヴを観た人、皆の気持ちを代弁してくれていたと思います。

サンバーストのファイアバードと黒のストラトが待機しているのが写ってますね。あれ、ブラッキーだったのかなあ・・・。

本文記事にポリドールの担当者が書かれたレポが載っていたように記憶しています。滞在中、日本の恵まれない子どもたちにあげたいと言って、キディランドでおもちゃを30万円ほど買ったとか、羽田から離日する際、ロビーで朝から待っていた女性ファンが対面を果たしてサインをもらい、感激の余り泣き出してしまったとか。この方、今でもファンでいてくれているんだろうか。

音専の記者が書いたレポ、セトリが間違ってましたね。「プレゼンス・オブ・ザ・ロード」なんてやってないぞ。

これだけ覚えてて写真は記憶違いか(笑)。
この際なんで『ML』も買ってやろうという気はありません?(爆)
「クラプトンはやっぱりクリームが最高!」  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月24日 (月) 05時32分  No.7727
 
・・・なのか?

それはともかく、クリームとレイドバックは真逆と思うが(笑)。

http://amass.jp/138161/

それでいて  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月24日 (月) 08時55分  No.7728
表紙のギターがポールリードスミス、、、
もはやどこで納得していいかわからない、、、笑笑

  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年08月24日 (月) 23時11分  No.7729
ブルー爺さん ここのところテレワークで外出してないもので、ギターマガジンがこういう事になっていたとは知りませんでした。(笑)SANDY MARYさんに続いてと思ったのですが、もはやどこをどう突っ込んでいいものやら。この表紙で買う人とはどういう購買層なのでしょうか?逆に興味が湧きますね。

この表紙で誰が買うってか?  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月25日 (火) 11時34分  No.7730
Vol.1 表紙アーティスト:のん(能年玲奈)

編集担当によれば「このたび、新しいギター誌を出すことになりました。ギター・マガジンをもう卒業してしまった大人ギタリストのための本です。平たく言えば、親父ギタリストのためのギター・マガジンですね」という趣旨だそうです。

最新号、レイドバックをウリにするなら「クリームをウクレレで弾こう!」とでも表紙に謳っとけば納得もできたんだが(笑)。

Vol.2  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月25日 (火) 11時37分  No.7731
表紙アーティスト:それいゆ

知らんなあ・・・女の子で親父が吊れるのか?
「パープル対ツェッペリン」というのは紛うかたなき70年代育ち親父ロック・ファン狙いだが。

Vol.3  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月25日 (火) 11時39分  No.7732
表紙アーティスト:市川紗椰

ロック・マニアでギターが弾けて、鉄道ファンでアニメやSFにも詳しい読書家、しかもモデルという、オタクには眩しい存在。評価する(爆)。

レイドバックの真実  投稿者:ryuyomor  投稿日:2020年08月26日 (水) 00時45分  No.7733
ブルー爺さん 連続投稿ありがとうございます。私は勘違いしていました。Laid Baackというのは新しい雑誌名の一部だったんですね。てっきりギターマガジンのレイドバック特集号かと(笑)でもこの表紙はやっぱり微妙だなあ、特集もおっとは思うのですが、何回も見てきた気がしますよねえ、この手の特集は。(苦笑)
Amazing line up...  投稿者:S.Daddy  投稿日:2020年08月14日 (金) 21時23分  No.7707
 
これすごいラインナップですね

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年08月15日 (土) 04時23分  No.7708
凄すぎ( ;∀;)

地味変もいたら・・・

これでどうだ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月15日 (土) 11時19分  No.7709
英国初のロック・フェスティバルとも言われる『バーベキュー67』。金属製の大きな倉庫に満杯の6000人を集めて行われ、好天の日だったせいで蒸し暑かったそうだ。クリームとヘンドリックスが同じイベントに出演したのはこれだけのはずである。

https://en.wikipedia.org/wiki/Barbeque_67

悩、、、  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月15日 (土) 13時04分  No.7710
うーん!とはいえマックとスモールフェイセスもみれるウィンザー67にいきます!タイムマシンでどちらかといわれれば!!

ウホッ!  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年08月15日 (土) 15時39分  No.7711
ブルー爺 キタ―――(゚∀゚)―――― !!

←Char?

アッー!  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月15日 (土) 21時00分  No.7712
いつでも来とるがなw

←ウィンザー67のクラプトン

ハッテン場かw  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月15日 (土) 22時26分  No.7714
←ウィンザー67のステージに登るところ

  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年08月16日 (日) 04時41分  No.7715
キタ―――(゚∀゚)―――― !!

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年08月18日 (火) 15時43分  No.7716

  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年08月22日 (土) 13時35分  No.7719
ディック

  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年08月22日 (土) 13時40分  No.7720
( ;∀;)

http://leopard.air-nifty.com/offending_instruments/2011/12/post-c101.html
テレワークだよクラプトン!  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年05月29日 (金) 01時06分  No.7586
 
https://www.youtube.com/watch?v=aUSjYuLvAQA

https://www.facebook.com/maro.mus/

http://www.bluenote.co.jp/jp/sp/artists/alfredo-rodriguez/

どうやってコンタクトを取ったのか知らないが、マロという女性歌手の在宅パフォーマンスにエリックが協力してTears In Heavenをデュエットしている。プロフィールを見ると、ポルトガル出身で2017年バークリー音楽大学卒、現在ボストン在住とある。さらに調べてみたら、延期になったがアルフレッド・ロドリゲス・トリオのゲストメンバーとして6月8〜10日の日程で東京ブルーノートに出演することになっていた。有名ではなさそうだが、ダメ元でトライしたら本人が応じてくれた、みたいなことなんだろうか。だとすれば、彼らしい人間味を感じさせる話だ。

キーが違うのかエリックやりにくそう(笑)。

暑い♪  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年08月12日 (水) 04時11分  No.7694
←ビートルズやマイケルジャクソンは、ライブアルバムをヒットさせてるイメージはないからね・・・

( ;∀;)  投稿者:内田裕也 (本人)  投稿日:2020年08月12日 (水) 04時33分  No.7695
イギリスのソロミュージシャンのアメリカでの売り上げ

1位 エルトン・ジョン
2位 エリック・クラプトン

もしかしてクラプトンファン?  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年08月12日 (水) 04時49分  No.7696
本田圭佑の公式有料メルマガ「本田圭佑CHANGE THE WORLD by KSK」

ユーヤ写真館  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月12日 (水) 07時37分  No.7697
2枚めの写真だが、74/7/13、MSGでのアンコール、Little Queenieにトッド・ラングレンと、写ってはいないがディッキー・ベッツが飛入りした際のショットだね。ECレス・ポールを弾いているでねえの。同年のUSツアーでストラト以外のギターを弾く写真はごくまれ。共演を捉えた別写真ではストラト(ブラッキーでもブラウニーでもない。何色なんだろう)を弾いているので、途中で弦切れでも起こして持ち替えたんだろうか。

ところで、珍しい写真を引っぱってきてくれるのはありがたいのだが、スレタイと何の関係もない写真をトートツにアップする癖はなんとかならんのか。芸風なのかもしれんが(笑)。

  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年08月12日 (水) 13時22分  No.7700
爺さまに指摘されるまでレスポールだと気づきませんでした・・・細かい所まで見ていますね♪

たまには逆粘着  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月12日 (水) 15時55分  No.7701
皆様こんにちは。
トッドラングレンとの共演写真、レスポールかな??
なんかネックがメイプルで、ラインのようなものが入ってるし、ボディの形も大きさもレスポールとは少し違和感ありますね、、、

と思って写真探してたら、、あららストラト弾いてるじゃないの笑笑
弦でも切れたんでしょうけど、だれか詳しい人いませんか?笑笑

・・・と思ったが  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月12日 (水) 16時09分  No.7702
レス・ポールにしてはなんだか小さすぎるような気もしてきた。
コレ、ツアーに同行していた“レッグズ”・ラリー・スミス(元ボンゾ・ドッグ・ドゥー・ダー・バンドのドラマー)の持ち物だったミニ・ギター(数種あった)かなんかじゃないか。

http://www.angel.dk/clapton/Pages/ClaptonB_18.html

http://www.angel.dk/clapton/Pages/ClaptonB_22.html

https://www.alamy.com/stock-photo-eric-clapton-and-legs-larry-smith-19528857.html

時間差リプ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月12日 (水) 16時13分  No.7703
書いてるあいだに先越されてた(笑)。

あつさのせい〜  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月13日 (木) 02時17分  No.7704
ぼくはぼくでブルー爺さんがストラトの写真あげてるの気付かなかったす笑笑。あつさのせい〜♫(by大瀧詠一)すね!

  投稿者:内田裕也 (本人)   投稿日:2020年08月13日 (木) 04時38分  No.7706
ミスタービーンっぽい・・・
Social Distance Live  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月12日 (水) 08時52分  No.7698
 
https://www.nme.com/news/music/fans-react-as-sam-fender-opens-uks-first-socially-distanced-outdoor-venue-2725676

日本ではサマソニのオリンピック年代替イベント、スーパーソニック延期の報が伝えられたばかりだが、8月11日、ニューカッスルにて、英国音楽史上初の「社会的距離野外ライヴ」が行われた。出演者=サム・フェンダー。
会場のヴァージン・マネー・ユニティ・アリーナは、この一連のイベントのために郊外に設けられた特設野外会場。通常なら40,000入る敷地に2,500人の客を一定の間隔を空けて配置する。9月13日まで断続的に予定が組まれている。

https://virginmoneyunityarena.com

俺のロックじゃない、ってか(笑)。

コロナ時代のライヴ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月12日 (水) 09時36分  No.7699
https://www.facebook.com/VirginMoneyUnityArena/videos/we-are-ready-are-you-vmunityarena-/332421701261830/

そんな時代もありました・・・と将来思い返せるようになればいいのだが。
お宝めっけ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月02日 (日) 01時06分  No.7686
 
https://digital.library.unt.edu/ark:/67531/metadc1692051/m1/

北テキサス大学のデジタル・ライブラリー、電子図書館に、主に60年代後半に収録された150近いポピュラー系ミュージシャンへのインタビューがアーカイブされている。そのうちのひとつがクリーム。

収録日時と場所は、68/2/23、サンタモニカ、シビック・オーディトリアム。4月中旬に11日のブレイクを挟んで6/16まで続いたクリーム最大のツアー初日。出番前の楽屋で行われたようで、途中一部、前座と思しき演奏がステージから漏れ聞こえてくるのが現場感を伝える。左の告知によると、この日の出演者はエレクトリック・プルーンズ、ステッペン・ウルフ、ペニー・ニコルズ。ブルージーなサウンドだが、それらのうちの誰だろう。

20分ほどのインタビューに続いて、なんと手持ちのテレコで録音されたSteppin’ Out、9分の完全演奏が聴ける。ギター弾きまくり、ドラム共々お客を煽りまくりで、聴き惚れてしまう。でかしたインタビュアー(笑)。

初日の凄み。確認しました。  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年08月02日 (日) 02時48分  No.7687
ブルー爺さま、凄まじいお宝発掘!凄い!
ストレンジブルーにもインタビューのことは書いてないと思う(英語まともに読めない)
このテンション感、慣れないアレンジ、まさに初日感バリバリす!
この演奏は鳥肌立つなぁ、、、ゴッドといわれるのも伊達じゃない。
よくコピーできるって皆言うけどこのテンポで途切れることなく手癖弾けるって凄いことですよ。ぼくはむりだわ、、、

いいもの聞かせてもらいました!ありがとうございます!

ビジュアルもどうぞ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月02日 (日) 10時16分  No.7688
サンタモニカのステージより。帽子がお洒落。この出立ちであのロング・ソロをキメる姿を想像してくだされ。

紹介した音源、Steppin’ Out終了と同時にジャックのハモニカでTrain Timeがスタートしている。フェアウェル・ツアーの前までは、Steppin’ Out→Train Time→Toadと、ほとんど曲間を入れず続け、各人のソロをフィーチャーして本篇終了というのが毎度のパターンだった。Wheels Of Fireに収録されているTrain Timeが拍手を背にフェイドインで入ってくるのはそのせいである。

ええ音ですやん  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年08月03日 (月) 01時03分  No.7689
ブルー爺さん、またまた情報共有ありがとうございます。思ったよりずっといい音ですし、演奏中のノイズも少なくて68年のAUD音源としては上等の部類ですね。演奏内容は個人的にCreamVOL2のVerより好きです。少々荒っぽいですが、カッコイイですよね。全曲聞きたいものですね。初めてVOL.2で聞いた時’ハイダウェイ’という曲はなんてカッコイイんだ、と思った事を思い出します。その後に’ビーノアルバム’聞いてショックを受けたのもいい思い出です。

ブートじゃないので(笑)  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月03日 (月) 04時07分  No.7690
AUDといっても隠し録りではなく、バンド側の承諾を得て録音したのだと思います。インタビュアー=マスコミの人ですからね。

Live Vol.2の同曲はこのおよそ2週間後、3/9、ウィンターランドでの収録ですが、13分を超えています。が、こちらのほうが短い分タイトで、流している部分が見当たらなくていい感じですね。

Hideawayってのは単純なミスクレジットですよ。フレディ・キングに印税を回すためとかなんとか、まことしやかな話が流れていましたが(笑)。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年08月03日 (月) 19時31分  No.7691
皆さま、こんばんは、

2:45〜 クラプトン師匠のカッチ良いリフ!
8:30〜 フィールドバックとパワーコード!

厳選された大当たりなマーシャル音ですねー
素晴らしいので、ICレコーダーで録音しました。笑
ブルー爺さま、お宝、有難うございます。

♪おらは死んじまっただ〜  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月04日 (火) 07時34分  No.7692
昭和43年2月22日付オリコン週間シングルチャート

https://www.oricon.co.jp/news/12787/full/

同時代の日本人がどんな音楽を聴いていたのかが見て取れる。フォークル「帰ってきたヨッパライ」1位。「君だけに愛を」でタイガースは人気絶頂。ビートルズ「ハロー・グッドバイ」日本盤と「君だけに愛を」の発売日が同じ1/5だったのが分かる。「ケメ子の歌(唄)」ザ・ダーツとザ・ジャイアンツの競作シングル同時発売というのも話題になっていた。『ウルトラセブン』に夢中だった小学生の私は、クリームのク、クラプトンのクの字も知らなかった。

世相に目を向けると、クリームがサンタモニカで公演していたまさにそのとき、金嬉老事件の成行きを日本中が注視していた。差別というものを私に考えさせた出来事だった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/金嬉老事件

ミスクレジット  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年08月04日 (火) 23時23分  No.7693
>単純なミスクレジットですよ。 ええっそうなんですか。(苦笑)当初はミスかと思ったのですが、フレデイキングへの恩返し説を読んでからは、すっかり信じておりましたよ。恥を晒してばかりの上教えて頂く事ばかりで、ほんとに勉強になります。ありがとうございます。
訃報:ピーター・グリーン  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月26日 (日) 10時17分  No.7673
 
https://www.bbc.co.uk/news/uk-53539989

https://www.nme.com/news/music/fleetwood-mac-co-founder-peter-green-died-2715066

25日、睡眠中に安らかに亡くなったとのこと。享年73。

60年代ブリティッシュ・ブルースのギタリストということでは、クラプトンと双璧を成すほど大きな存在だった。ご冥福をお祈りします。

Me and Mr. Green  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月26日 (日) 12時02分  No.7674
ロックを本格的に聴き出した頃、サンタナ「ブラック・マジック・ウーマン」のオリジナルがピーター・グリーン作、フリートウッド・マックの曲だというのは、耳学問で知っていた。が、彼に俄然興味が沸いたきっかけは、1974年、NHKのラジオ番組『若いこだま』で渋谷陽一氏がブルース・ブレイカーズのインスト曲、The Supernatural(邦題「神秘なる世界」)を流したこと。グリーンのギター・プレイがカルロス・サンタナに多大なる影響を与えているのが一聴するなり察知できた。そしてこれが1966年に録音されたというのが信じられなかった。何年も時代の先を行っているように感じられた。今でもグリーンというと、私にはThe Supernaturalで聴ける、あの幽玄としか形容しようのない、リバーブのかかった、どこまでも伸びるサステインの響きがまっ先に頭に浮かんでくる。

https://www.youtube.com/watch?v=QeOKj5XdVAE

グリーン在籍時のフリートウッド・マックはそんなに熱心に聴き込んだとは言えないが、彼らがバックに付いて録音したオーティス・スパンのThe Biggest Thing Since Colossus (1969)はブルージーに振り切ったグリーンのプレイが堪能できる1枚。

https://en.wikipedia.org/wiki/The_Biggest_Thing_Since_Colossus

ライヴ覚書き  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月26日 (日) 15時13分  No.7675
ピーター・グリーンのライヴは都合3回観ている。

1996/12/22、ロンドン、シェファーズ・ブッシュ・エンパイア。シーンから何年も身を退いていたグリーンが再始動するとのニュースが入ってきた矢先に、自分の渡英日程中にたまたま公演が重なっていると知って小躍りした。来日なんてするまいと思っていただけに尚更。観た感想はというと、プレイの出来よりも実物を見て感激したというのが大きかった。その辺クラプトン初来日の受けとめ方に近いものがあった。コージー・パウエルが1バスのシンプルなセットで黙々と叩いていたのが印象に残っている。彼を観たのはレインボー初来日以来ちょうど20年ぶりだったが、それから1年余りのち、交通事故で他界してしまった。

1999/4/16、大阪、バナナホール。来日すると聞いたときは、えー、ウッソー、という気持ちだった。この日は椅子テーブルありの仕様で、入りは200人台か。前観たときから2年以上経って多少は往年の冴えを取り戻したかと望みを託したが、あまり大きな進歩は見られなかった。本人が先頭に立つというより、もうひとりのギタリスト、ナイジェル・ワトスン他、バックの面々に支えられてステージをこなしている印象。ワトスンは日本滞在経験があるらしく、流暢な日本語でMCしていた。「ロバート・ジョンソンのぉ、ソングブックからやります」とか、カタカナ発音も日本人流。ひとつだけ、ロンドンではやらなかったThe Supernaturalを披露してくれたのには感激。フィニッシュ時、思わずスタンディング・オベイションしてしまった。同じ思いの人は他にもいたようで、同様に反応した人は何人かいた。
終演後、大した当てもなく他数名と外で出待ちしていたら、しばらくして本人さんのっそり登場。チケットにサインしてもらいがてら話を振ってみる。何を訊いたのか今となっては覚えていないが、心ここにあらずといった様子。目は宙を泳いでいて、答えは要領を得ない。音楽活動は辛うじて再開したものの、シド・バレットにも似て、60年代カウンター・カルチャーを生き、ドラッグ摂取の果てに半ば燃え尽きた精神のありようを窺わせた。

2002/5/19、大阪城野外音楽堂。第17回ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル(=ブルカニ)、トリはバディ・ガイ、他の外国勢はジミー・ヴォーン。悲しいかな、前2回にも増して閃きの感じられないパフォーマンスだったという以外に述べることはあまりない。このときを最後にグリーンが日本の地を踏むことはなかった。

[99年大阪公演の演奏曲目がsetlist.fmに上がっている。会場がビッグキャットとなっているのは間違い。https://www.setlist.fm/setlist/peter-green-splinter-group/1999/bigcat-osaka-japan-38745ff.html ]

  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年07月26日 (日) 22時43分  No.7676
ブルー爺さん、情報とカキコミありがとうございます。まずは、ピーターのご冥福お祈りします。紹介してもらった音源を聞いて確かにサンタナが意識したであろうロングトーンを堪能しました。発表が66年というのも改めて知り驚きました。Fウッドマックといえば「噂」のイメージでしたし、Pグリーンも伝説の人ということで、Gムーアの師匠格とか、いくつかのエピソードは知っているという具合でした。ですが、訃報を知ってなぜか思ったよりショックを受けています。他の音源もチェックして個人的に追悼しようと思います。

緑神偉大なるかな  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月27日 (月) 14時14分  No.7677
The Supernatural、録音は66年10〜11月ですが、収録アルバム、A Hard Roadが発表されたのは翌67年2月です。こまけぇこたぁいいんだよ、ってかw

録音したとき、グリーン(1946/10/29生まれ)は20歳になるかならないかという若さでした。

ジミー・ペイジはインタビュー等で折りに触れてグリーンを称賛しています。自ら公言していますが、Black Dogの曲作りはマックのOh Wellからアイデアを頂いたとのこと。ヴォーカルとインストのコール&レスポンス、自分も以前から共通性を感じていて、発言を聞いたときは、ああやっぱりな、と思いました。

https://www.youtube.com/watch?v=0yq-Fw7C26Y&feature=youtu.be

ジョン・レノン曰く、ビートルズのSun Kingの下敷にしたというAlbatross、ジューダス・プリーストがカバーしてライヴのハイライトに欠かさずプレイされるThe Green Manalishi(元祖ヘヴィ・メタルの声あり)等、グリーン在籍時のマックの影響力は並々ならぬものがあります。

そーなんですよ、明智君ならぬブルー爺さん  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年07月27日 (月) 18時22分  No.7678
こんばんは、とうとう旅立ってしまいましたね。
おそらく今年初めのトリビュートコンサートも、もう長くはないことがわかっての開催だったんだろうな、といまとなっては思います。本人参加がなかったのもそういった経緯があったんでしょうね。。。

ギタープレイヤーとして、そして最もサンバーストレスポールを強烈に美しいトーンで鳴らしたプレイヤーとしてピーターグリーンはレジェンドに君臨していますが、作曲家、コンポーザーとしても素晴らしい功績を残したと言っていいでしょう。

ブルー爺さんが書いておられるようにブラックドックのインスパイア元となった、オー、ウェル、そしてサンキングの元ネタとなったアルバトロス、さらには68年に、まだクラプトンはクリームをやってる頃にアイニードユアラブソーバッド、おそらくイギリス人で最も早くレイドバックしたブルースを現代的に解釈したのはこの曲あたりでしょうし、グリーンマナリシがなかったらヘヴィメタルの登場はもっと遅かったかもしれない。そしてオーティスラッシュのオールマイラブをベースに作曲されたブラックマジックウーマンなど、作曲家としても見過ごすわけにはいけません。

そしてジミーながら私のハンドルネームもグリーン作曲のロックンロールから名付けました。

安らかに眠ってください。

不覚にも言われるまで気づかなんだ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月27日 (月) 22時13分  No.7679
>そしてジミーながら私のハンドルネームもグリーン作曲のロックンロールから名付けました。

Live In Bostonだったっけか・・・一応正規を謳ってながらどこかしらブート臭がつきまとうリリースだけど、このアルバムもグリーン時代のマックのファンには評価高いね。

80s  投稿者:ojisan  投稿日:2020年08月01日 (土) 12時16分  No.7684
Fleetwood Mac 時代のグリーンさんがすばらしいのはもちろんですが、70年代後期に最初のカムバックして、出したソロアルバムはどれも歌・ギターとも渋く、バックも強者でかため良い作品が多いです。当時の売り文句が「俺に汗をかかせたのはピーターグリーンだけだ」by BB King というものだった。

緑神の「人間宣言」  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年08月02日 (日) 00時18分  No.7685
出た当時は評判パッとしなかった印象のある最初のカムバック作、In The Skies(邦題『虚空のギター』)とか、それでも結構好きという人は少なくないみたいですね。スノーイー・ホワイトに多くのリード・ギターを任せているところが、74年、シーンに復帰したときジョージ・テリー頼みだったクラプトンを思わせたりもします。
この人だーれ?  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月21日 (火) 10時39分  No.7664
 
ジェイミー追悼スレから85年の話題が派生したのでその関連。Behind The Sunの録音に参加し、84年末のオーストラリア/香港ツアー、来日を含む85年ワールド・ツアーでもコーラス隊を務めたショーン・マーフィーの若かりし頃の姿。1969年5月30〜31日、デトロイト・ロックン・ロール・リバイバルという屋外フェスに、ウィルスン・モウアー・パスゥートのメンバーとして出演したときのもの。21歳になったばかりだった。豪快なジャンプは彼女の得意技だったらしい。なんでもその頃のニックネームが“Stoney”で、「ストーニー=ハッパでトンでる」というスラングが由来だったのかどうかは知らん。そっちのほうでも跳んでたんかいな(笑)。

その16年後  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月21日 (火) 10時43分  No.7665
ショーンは73年からしばらくのあいだ、マーシー・レヴィ、そして85年EC来日でのコーラス隊の相方、ローラ・クリーマーと伴に、ボブ・シーガーのバックで歌っていた。3人がECバンドに参加したのもそのつてらしい。85年来日に通った人なら、ショーンとローラのフィーチャー・タイムで、サム&デイヴの威勢のいいカバー曲、You Got Me Hummin’をノリノリでデュエットしていたのを覚えておられるのではないかと思う。

その後リトル・フィートのシンガーを長く務め、その役割でも、99、2000年と2度来日した。

皆さんに謝罪  投稿者:ryuyomo  投稿日:2020年07月22日 (水) 23時43分  No.7666
ええと、まずはブルー爺さんに、続いて皆さんに謝罪します。ジェイミーが亡くなったというので’幻惑された’訳ではないのですが、私がクラプトンを初体験したのは85年でなく、87年でした。ブルー爺さんが会場に言及してくれたので改めて調べている内に前座がロバートクレイというのも思い出し、85年ではなくジェイミーも見ていないことがはっきりしました。勘違いとは言え大変失礼いたしました。カキコミする際は、今まで以上に注意します。ちなみにあの日のチケットは’男は黙って当日券’のつもりで武道館に向かってる最中に声をかけられたダフ屋から、定価でゲットしたものでした。あと前座に日本人のギタリスト(名前は失念)がいたような気がします。すべて87年の出来事でした。

No Forever Man  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月23日 (木) 00時56分  No.7667
ああなるほど、そういうことでしたか。いや、単なる思い違い、記憶違いで、誰にでもよくあることですから、謝罪までしていただくには及びません。この程度で頭を下げなければならないとしたら、私なんか頭がいくつあっても足りません(笑)。
ついでに私からも「謝罪」しておくと、87年の武道館は3日とも私も観ましたが、あらためて思い返してみると、全日言ったかどうかは確信が持てませんが、White Roomを「1968年の曲」と紹介していたような気もしてきました。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年07月23日 (木) 05時35分  No.7668
皆さま、お早うございます。
次は、90年で、お願いします。笑

と言うのは、武道館で見たクラプトン師匠、
白のアルマーニのスーツ、ゆっくり始まったクロスロード、
余りのカッコよさで、目眩がして、未だに忘れられない瞬間でしたね。
あっ!88年の東京ドームは、記憶が・・・エルトンと・・・

ジャーニーマン・ツアー  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月23日 (木) 11時00分  No.7669
90年ね。ロンゲにイタリアン・デザイナー・スーツの組合せがイヤミなぐらいキマってましたね。私にはアルマーニとヴェルサーチの違いも碌に分かりませんが(笑)。6〜70年代のヒッピー然とした風体とはまた違う、バブルの時代を背景にした“金持ちロッカー”のイメージをあそこで確立した気がします。

名古屋と大阪を観ましたが、2時間20分という長さもあって堪能させてくれました。その後のパターンになった、静から動に持っていくSheriffのソロ展開を取り入れたこと、テッサ&ケイティの黄金コンビが日本に初お目見えしたこと等、いろんな点でファンには印象深い公演だったと思います。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年07月23日 (木) 16時41分  No.7670
ブルー爺さま、こんにちは、
因みに、93年なんですが・・

アンプラグド効果で、以降、2〜3回だった武道館が、
7〜8回に増えて、客層も変わり、
私的には、秘密基地wを皆んなに知られた〜感が有りました。笑
アンプラグドのバブル、皆さまはどうですかね?

ちょちょ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月24日 (金) 09時43分  No.7671
90年からいきなり跳んじゃいますか。   
前回ジョージ・ハリスン公演がもたらしたコア層以外への露出+Unpluggedによるグラミー大量受賞のおかげで新規のファンがこぞって参入してきた93年。公演数が一気に増えて、<クラプトン・バブル>の始まり始まり〜。「あら、エリックってギターも上手いのね」という伝説的コメントまで生み落としました(笑)。
それはひとまず置いといて、この93年、私がもっとも好きな来日公演のひとつであります。ディープなブルース・ロッカーにして人気ポップ・スターという彼の2面性をこれほど顕にしたステージはないのでは。

  投稿者:loosebank.com  投稿日:2020年07月24日 (金) 10時31分  No.7672
あっ!91年のジョージハリスンも横浜行きました。
大好きなLove Comes to Everyoneで感動しました。

93年は、確か、渋いアコギ数曲で始まって
後半は、定番曲で盛り上がった記憶が有ります。
そして、95年は、全編が渋いアコギ・・・
アンプラグド一見さんドン引き!?笑

実は、80年代、学校の音楽好きと、
クラプトン師匠のメロウやアコギ曲を、
カセットテープwに録音して、
アンプラグドな選曲で、盛り上がっていたので、
アンプラグドバブルは、
秘密基地wが見つかった〜感が有り有りでしたね。笑
KOSSOFF/CLAPTON BLACK BEAUTY  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年01月14日 (火) 14時21分  No.7190
 
スレ長くなったので別に立てました。

クラプトンのブラックビューティーは二本あって、

1、クリーム67年アメリカにて写真に残されてるブラックビューティー(添付した写真は67年5月23日マーキーかな?。アトランティックスタジオレコーディングから一週間後)

2、ポールコゾフとクリーム68年ツアーで幾たびか使用されているダークバーストと呼ばれた58年製のサンバーストとブラインドフェイスのアメリカツアー中にフリーのポールコゾフと交換したブラックビューティー。

で、ぼくの疑問はデラニーボニーとのツアーから使われて、その後もプラスティックオノバンドや初期のドミノスで使用されたブラックビューティーはどちらのギターなのか?てことなんですが、
普通に考えれば2のコゾフと取り替えたブラックビューティーのほうがコゾフ使用時からピックガードも取り外されていたので、さらになんらかの理由(歪にくかった?)でピックアップカバーも外されて使用されたと考える方が妥当かと思うのですが、意外とこのギターに関する記述はすくないんですよね。。。

で、アルバートリーがのちにクラプトンからもらったブラックビューティーはピックアップカバーもピックガードも付いてるんで、これはクリームの頃から持っていたほう(1)と考えたら綺麗にまとまるなぁ、と思ってる新年です。

何か知ってる方いましたらご教授くださいませ。

写真  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年01月14日 (火) 14時26分  No.7191
です。Free本より

写真2  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年01月14日 (火) 14時29分  No.7192
フリー本にはこのギターがコゾフのそれだと断定されて書かれています(何故か写真が横になる、、、苦笑)

ブラック・ビューティーの謎  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年01月14日 (火) 23時37分  No.7193
>で、ぼくの疑問はデラニーボニーとのツアーから使われて、その後もプラスティックオノバンドや初期のドミノスで使用されたブラックビューティーはどちらのギターなのか?てことなんですが、

多くの方が同じ事で頭を悩ませているみたいですね(笑)。別スレでリンクしたECギター歴サイトの執筆者もそのひとり。いまだ決め手となる証拠は提出されていないようです。

第3の、、、  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年01月23日 (木) 16時15分  No.7228
あれからいろんな本を読んだりしてまして、一つブルー爺さんに教えていただいたECギア研究者の方はぼくが上に貼ったコゾフが3ピックアップのカスタムの写真を見たことがなかったことが判明。
というわけで仮説ではやはりECギアにおけるブラックビューティーは2本あったのではないでしょうか。

67年5月23日のマーキー(かな?)でのライブ写真や、
アトランティックスタジオのレコーディングにおけるフォトセッションで使用してるブラックビューティー(ちなみにこの23日って、不思議な日ですよね。mid valleyからtrintyというタイトルでブート化されてるあの日です。セカンドアルバムからの新曲のオンパレード。まるでお披露目会の如くのレアセット)

69年のブラインドフェイスツアーでコゾフと取り替えっこしたブラックビューティー。コゾフの使用してる時からピックガードは外されてることから可能性は少しばかり高くなるかなと。

と、そんなことおもいきやネットぶらりをしていましたら、本文とはあまり関係ないですが第3のブラックビューティー登場。55ー57あたりの仕様にスタンダードのピックカバーをつけたBBをどうやらこれはマレーザKショウの時ですかね?
ただマレーの時は機材はフーのものを使い回したとどこかで読みましたが、ジンジャーのドラムはジンジャーの機材でした。

このあたり誰かスッキリさせてくれないかなぁ、、、笑。

双子は実はひとりだった?  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月12日 (日) 08時25分  No.7637
相変わらず書込み少ないので自家発電、おっと、自分で話題をほじくり出すほかない。コロナ時代の寂しきファン活動。半年前のスレを引っぱり上げるよん。

SANDY MARYさんが書かれているとおり、クラプトンが所有した2本の3ピックアップのレス・ポール・カスタム、いわゆる“ブラック・ビューティー”の由来とその行方については、多くのマニアが長年頭を悩ませてきた。ここに来て新たな仮説浮上。

ポール・コゾフとサイモン・カークがフリーの前に在籍していたバンド、ブラック・キャット・ボーンズは、クリーム同様ロバート・スティグウッドによってマネージメントされていた。事務所が同じ双方のバンドは顔見知りで、クラプトンはコゾフのレス・ポール・カスタムを一時期(=67年春頃)借用していたのではないか。その後しばらくクラプトンがこのギターを手にすることはなかったが、ブラインド・フェイス69年USツアーでフリーが前座を務めた際に自身のダークバースト・レス・ポールとトレードすることで手打ちされた。

つまり従来は2本あったとされるレス・ポール・カスタムは実は同一の個体だったというのである! なるほど、ひと頃よく写真に写っていたのがその後フッツリ姿を消し、2年以上も経ったディレイニー&ボニー期にまた頻繁に目撃されるようになったというのがこれだときれいに説明できる。まさにコペルニクス的発想の転換。

ピックアップ・カバーは付けたり外したり。
ピックガードは付けたり外したり付け替えたりってことで(笑)。

おまけ  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月14日 (火) 13時07分  No.7639
67/4/22、ハウンズロウ(ロンドン西部、ヒースロー空港の近く)、リッキー・ティック・クラブ。“ブラック・ビューティー”がサブ用に待機しているのを確認できる。

ラスト・ナンバー、I’m So Gladの締めでSGをフィードバックさせるクラプトン。アンプにギターを向けて時計の振子のように左右に揺らしているのだろうか?

フェアウェル・ツアー前までは、I’m So Gladは本篇ラストまたはアンコールで演奏されることが多く、ショウの仕上げに派手なフィードバックを客にお見舞いしてジ・エンドというパターンがよくあった。オフィシャルにもなった67/3/7ストックホルム、非公式音源では67/9/4LAでそれが確認できる。上記ハウンズロウもブートが出回っているが、I’m So Gladは未収録。音源は浮上していないが、67/10/29、ロンドン、サヴィル・シアターの当時のレビューに、天井から垂れた鎖にギターをぶら下げて大きく揺らし、アンプに近づいたり遠のいたりさせてフィードバックを発生させたままステージを去ったという強烈なのがある。ギミックやハッタリ臭いプレイはあまりしないクラプトンだが、この頃はヘンドリックスのパフォーマンスに影響でもされていたのだろうか。

BBは一本説。  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年07月17日 (金) 14時40分  No.7643
ブルー爺さまこんにちは〜。

流石の考察!。僕はフリーが同じ事務所に属してたかとも知らなかったくらい事情通ではないので、情報と情報の合わせ技、とても信憑性のある考察だと思います。

それを裏付けるかのようにこの二本と言われるカスタムは両方ともピックガードが取り外してあるという共通点が先ずあります。
そしてピックアップカバーに関しても、クラプトンはパーツを取り外すことがよくあります。BEANOしかり、アンディサマーズのレスポールしかり(これに関してはスイッチ周りのプレートまで)、
67年の借りてる間はなんらかの理由で外さなかったんでしょうね、、

自分はブルー爺さんに1票!

コロンブスの卵  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月17日 (金) 23時08分  No.7644
いや、この新説を提唱したのは私ではなく、外国の方です。ブラック・キャット・ボーンズ(フリーにあらず)がクリームと同じスティグウッド事務所に所属していたというのは私も知りませんでした。ここに着目したのが発想の要。
SANDY MARYさんも納得されているとおり、強力な説得力がありますね。どうしてそれに誰も思い当たらなかったんだろう。まさにコロンブスの卵。

(写真=1969/12/10、コペンハーゲン、ファルコナー・シアター。ピックガード、ピックアップカバーとも外されている)

参考写真  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月17日 (金) 23時10分  No.7645
コゾフ/クラプトンのものではないが、ピックガード、ピックアップカバーが付いた元々の状態がよく分かる。
1979までのエリックは  投稿者:NSU  投稿日:2020年07月01日 (水) 00時26分  No.7627
 
ドミノズは残念ながらアフレコだけど超貴重。
4:42では酔っ払いらしい荒業も。
まさかラリーコリエルやFキングとのセッションが「観れる」とは。
39:08ではブラッキーを床にコンコン。
79年のタルサトップスとアルバートリーも貴重。
https://www.youtube.com/watch?v=cJ-30ox22_c

カッコイイ  投稿者:NSU  投稿日:2020年07月01日 (水) 00時36分  No.7628
追加情報
「グレイホイッスル」でも出て来る1980年のオークションに出品された1975年製サンバーストストラトもスライドで登場

そして  投稿者:NSU  投稿日:2020年07月01日 (水) 00時45分  No.7629
リーディクスンが雇われる前のギターテック、アルフィーの姿も懐かしい

さらに  投稿者:NSU  投稿日:2020年07月01日 (水) 00時53分  No.7630
Pタウンゼントは例の右腕振り回しで視認

画像は劣悪だけど、とにかく見所満載

70年代チラ見  投稿者:ブルー爺  投稿日:2020年07月07日 (火) 08時17分  No.7631
ここんとこメンタル的に燃料切れ、ガス欠気味で、遅ればせのレス。

この画像をアップしたSlowhand Archive Projectというのは、国を跨いだECファン有志によるビジュアル保存活動の名称。先にここで紹介のあったジンジャー・ベイカー追悼公演の見事な記録も彼らによるもの。

今回のは70年代の8ミリ映像の編集。画質はお世辞にもよいとは言えないが、ナマナマしさに満ちている。自分もリアルタイマーとしてこの時代のライヴを経験したので、当時の来日公演を思いだしたりした。

74年ナッソー・コロシアムと75年LAフォーラムそれぞれのLayla演奏場面を見たら、なぜ初来日より翌年の再来日のほうが圧倒的な好評で迎えられたのかが一発でわかる。

75年  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年07月07日 (火) 23時29分  No.7635
75年のオーストラリアだかのプロショットが撮影されて断片的にドキュメンタリーに使われたのは僕自身で確認済みなのだが、あれは発掘されないのだろうか。。。あれの最低でも1時間バージョンとか、みたいな、、、

ていうか  投稿者:SANDY MARY  投稿日:2020年07月12日 (日) 22時52分  No.7638
ドミノス以外も全部アフレコならアテレコですね。
楽しめますが。


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