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[1154] For the New World
すばる - 2012年08月28日 (火) 07時47分

 渋山警察署に事件の第一報が届いたのは、一月十三日午前三時十五分のことであった。
「昼ヶ丘公園に、死体を捨てたよ」
 それは機械を通した声であり、不審に思った警察官が実際に昼ヶ丘公園のゴミ箱の中から若い女性の頭部とおもわれるものを発見したのはそのおよそ一時間後、午前四時十九分であった。これが、かつてない『災害』の始まりとなることを、その時はまだ誰も知らない。


 府藤由里には秘密がある。それは二人だけの秘密で、それ以外には誰も知らない。少なくとも由里は、そのようにふるまっていた。すなわち、誰にもその秘密を暴かれまいと、細心の注意を払っていた。親、兄、クラスメイト達、誰にもそのことを悟られまいとしてきた。
ところで、秘密を抱えるからといって、それが彼女の社会生活には何ら影響を及ぼしはしない。なぜならば、秘密の一つや二つ、あるいは十や二十は、人間ならば誰しもが有しているものであり、その深刻さに関わらず、それを持つこと自体に社会的意味はない。少なくともそれが秘密である内は。
彼女が通っているのは、私立丘上高校、県内有数の進学校で、知的な、少なくとも本人は知的だと考えている青年の集まるところであり、粗野な振る舞いというのは概ね敬遠されている。しかしその中で、由里は時折、飼いならされた野生というものを見るのである。それは目線の動きであり、立ち居であり、さらには、形容しがたい第六感とでもいうべき感覚の中にである。それは暴力的で野蛮。理性という檻に閉じ込められてはいるものの、そこから抜け出し、打ち破り、野に放たれるときを虎視眈々とうかがっている。そのため、わずかでも警戒を怠れば、目の前の『人間』は『獣』となり、自身の喉笛を噛み切るのではないかと、由里は日ごろから注意と観察を怠らなかった。そこに男女の差異はない。男の方が膂力に勝る分より注意が必要であったが、そのために女に対し油断することをより恐れた。臆病であることが、自分の身を守るのだと知っていた。
 益体もない授業が終わった帰りのホームルームで、担任の教諭が昼ヶ丘公園で見つかった若い女性の遺体について述べた。昼ヶ丘公園はこの近郊で一番広い公園で、丘上高校からも歩いて五分とかからない。高地にある校舎の南向きの窓からならば、どこからでもその全貌を眺めることができた。
由里は今朝がた、公園のあたりが妙に騒がしかった理由を知るとともに、ひとりの女子生徒のことを思い浮かべた。その生徒の名前は坂下舞。クラスは違うが同学年の生徒で、五日前の金曜日から家に帰っておらず、捜索願が出されたはずである。彼女の両親は、坂下のことを手のかからない素直ないい子だと評していて、だから家出なんてするはずないと考えているようだ。実際、彼女の素行は決して悪くない。もっとも、それは坂下舞が親や学校に見せている顔でしかない。彼女は、いわゆる売春をやっている。これは生徒の中でも一部しか知らないらしいことであるが、校外での彼女は、ブランド物で身を固めているのが常だという。大概の生徒は、それを親が金持ちだからだと解釈しているようだ。実際、彼女の父親は某一流企業の重役であり、そういった妬みの声は数度耳にしたことがある。とはいえ由里はそれらのことを、行方をくらます前も後もだれにも教えていない。身を売ろうがそれは個人の自由だと考えていたし、そもそも彼女との私的な関わりなどない。ならばなぜ、由里が坂下の秘密を知っているかというと、それは偶然の産物と呼ぶしかあるまい。
三か月ほど前、ある目的で駅へ向かって歩いていると、坂下が見知らぬ男と歩いているのを目撃した。昨年は同じクラスであったため、顔は知っていた。上背のため目立ったというのもある。その時感じたのは、些細な違和感だった。先天的にか、人の感情を感じるということに由里は長けていた。それは遠目、恋人同士が寄り添って歩いているように見えたのだが、二人に近寄り、後方三メートルのところまで接近したところで、違和感の正体に気付いた。それは、嫌悪と警戒である。同時に、欹てた耳から二人の会話が聞こえてきた。
その男は彼女の売春の親であり、二人は取り分のことで言いあっていたようだ。そのような経緯であったため、由里が坂下の秘密を知っていることを、坂下は知らない。この出来事は由里の内部に毛色の違う日常として蓄積され、坂下の失踪によって再度意識の表面に昇ってきた。
さて、おそらくは捜索を続けているであろう警察は、このことを知っているのだろうか。坂下が『こちらの世界』の誰にも話していないとしたら、ごく少数ではなく、由里一人だけがその事実を知っているとも考え得る。売春の事実なしにあたる人間からあちら側を知ることができないのならば、的外れの捜査がなされるだけかもしれない。もっとも、それはあくまでも可能性の低い仮定である。なぜならこれは、警察が売春行為の可能性を微塵も感じずに行動するという前提の上に成り立っているからであり、実際には彼女の部屋に存在する多数のブランド物が、売春ないしそれに近しい状況――たとえば金づるの彼氏などを示唆している。警察も失踪人の部屋は捜索するだろう。家人がそれを強く拒絶すれば別かもしれないが、それはあるまい。そしてそうすれば、彼女の裏面は広く知られることとなるだろう。今はまだその気配はないが、いずれはそうなる。ともすればそれは遠くない将来のことであり、故人に不名誉を与える結末を迎えるかもしれない。公園で見つかった死体の身元については言及されていなかったが、それが坂下ならば学校側としても生徒に伝えないわけにはいかないだろうし、そうでなくとも身元がわかれば広く報道される。女子高生の首切り死体、なんてキャッチ―な見出しだろう。テレビや新聞や雑誌が、こぞってかわいそうとうたい、その実彼らは喜ぶのだ。
 最終的には教諭から注意喚起がなされ、解散となった。部活動があるものはそちらに向かい、それ以外の生徒は順次帰宅を始める。何人かの生徒が歓談する中、由里は帰路についた。
 昼ヶ丘公園を通り抜けた方が近道となるのだけれど、今日は警察とマスコミと野次馬でごった返していてむしろ時間がかかるだろう。興味がないわけではないけれど、行ってみたところで何が見えるわけでもなし、迂回しようとした。ところが優樹菜がどうしてもよりたいと言い出し、仕方なしに公園に足を向けた。外からでも、普段はありえないほどの賑わいをみせているのがわかる。ところが、この選択は失敗であったらしい。テレビか何かのレポーターらしき女性に、マイクを向けられる。乗り気はしない、だけれど、無視しようにも逃げ場は見つけられず、仕方ないので通り一遍の問答をする。「本当に怖いです。こんなことをする人が近くにいると思うと、夜も眠れません」「殺された女性の方のことは本当に気の毒だと思います。絶対に犯人を許しません」
満足したのか、レポーターは去っていく。今度は優樹菜を何とか丸め込み、公園には踏み込むことなく迂回した。

 事件の特捜本部は、一月十三日午前十時に、渋山警察署内部に設けられた。県警の捜査一課第三係が担当となり、昼ヶ丘公園内での捜索と付近の地取り捜査が行われている。いまだ頭部以外は発見されておらず、身元も特定されていない。死体を捨てたという電話は、昼ヶ丘公園前駅から二駅先の、新原駅構内の公衆電話からであった。取っ手などから指紋は検出されていない。この周囲でも聞き込みが行われているが、すでに終電が過ぎ閑散としていた構内では、あまり芳しい成果は見込めないと思われていた。ところが事態は急転する。問題の公衆電話の傍には監視カメラが設置されており、該当時刻に一人の若い男らしい人影が公衆電話を利用するのが確認された。顔は隠れてよく見えず、また電話の影で通話の様子も確認できないが、その男が警察署に電話をかけてきたということに疑いの余地はなかった。また身元が不明であった被害者女性に関しても、もしかしたらと失踪人の家族などが確認に訪れ、それから現場近辺の女子高に通う高校生であると判明した。彼女が失踪したとされるのは先日、捜索願が提出され、彼女の日常生活にも特に問題は見られず、財布や携帯電話が自宅に置かれたままであったことなどから家出の線も薄いとされ、捜索がなされていた。


 午後七時のNHKのニュースで、昼ヶ丘公園の遺体の身元が判明したと報道される。被害者は現場付近の女子高に通う高校生、瀬戸内明子。坂下ではなかった。学校名は出ていないが、このあたりで女子高といったら、桜橋女子しかない。幼稚園からエスカレーター方式で大学まで続くお嬢様学校である。
「怖いわねえ。ほんと、あんたも気をつけなさいよ」
 対面に座っていた母が、忠告のように言った。「私なら大丈夫」そう答えようとして、やめた。そんなことを言ったところで、「そういって油断して、いつ危ない目に遭うかなんて、わからないじゃないの」とかそんなことを言われるに決まっている。だけど、この女子高生が攫われて殺されたのは、きっと頭が空っぽだったからだ。世間のことなんて何も知らないで、大切に育てられてきた箱入り娘。エスカレーター方式で幼稚園から上がってきたのだったら、勉強だってろくにしていないはず。幼稚園受験で重要なのは、当人よりも親の地位と技量だ。そんな世間知らずの娘と一緒にされてはたまったものじゃないと、浅羽優樹菜は文句を言ってやりたくなった。もちろん実際には言わない。彼女はそれほど馬鹿ではない。だけど実際、ちゃんとしていれば、男に連れ去られるなんて間抜けなことにはならないはず。失踪した坂下舞についても、そもそも親しくもなんともない優樹菜にはわからないが、頭が軽かったのか、そうでなくとも何かしら問題があったに違いない。不良と付き合っていたとか、さもなければもっと危ないこと。
そのとき、携帯が鳴った。食卓を立ち、隣の部屋に移動する。ドアを閉めてから電話に出た。
「もしもし、和弥?」
「ああ、あのさ、明後日金曜日、いつものクラブでイベントがあるんだけど、一緒に行かない?」
「行く。もちろん」
「わかった。じゃあ六時にいつものところで」
「うん」
 戻ってくると、まだ昼ヶ丘公園のニュースをやっている。大丈夫、クラブに行くのは何も一人じゃないし、帰りは和弥に送ってもらえばいい。ちゃんと気を付けてさえいれば、危ない目に遭うことなんてない。優樹菜は食事を終え、自室に戻ると金曜日に何を着ていくか見分を始めた。

 結婚していることは、両者の間に愛や絆があることには必ずしもつながらない。赤城孝の家庭はその一例であった。女には愛人がいた。週に一度はその若者に会いに行き、その日は必ず上機嫌になった。その日だけ上機嫌になった。男は女の秘密を知っていた。知っていて黙っていた。黙認していたのである。なによりも世間体を気にする男は、妻の不祥事が知られることをより恐れたのである。しかし男は、その証拠を握っていた。いざという時の保険としてである。他方、女が、男の児童買春の性癖を知っていることを、男は知らない。
 そのような家であるから、家庭環境も冷めたものである。子への親の感情は、一言に無関心であった。しかしその中で、孝は、自分が損をしないための立ち回りを知った。すなわち、優等生であることである。特に男は、世間体を気にするがゆえに、孝にいくらかのものを買い与えた。愛を金で代替したのである。孝はそれを、快く受け取った。孝にとって親は軽蔑の対象であったので、利用することのみを考えていた。また女も、孝を兄へのあてつけにした。大学を中退し、いまだ働き口もなく、それを探そうともしない忠志は、赤城家が抱える問題の一つであるが、女はそれを、ストレスのはけ口としてあてがった。内向的で気の強くない忠は、おそらくは成り行きと惰性で素行の良くない連中とつるんでいるが、自分の家庭内での位置には負い目を感じているようで、家の中では縮こまっている。家にいるのが嫌だから、そのような行動に逃げているのかもしれない。午後九時現在も忠は家にいない。出るときに、一万円札を受け取っていた。忠が『仲間』にたかられているのなどわかりきっているのに、文句を言いながらも結局金を出すのは、それをやめるのが面倒だからなのだと、孝は考えている。
彼は今、パソコンに向かっている。孝の、子供部屋としては少々広すぎる部屋は、ベッドや机を置いてもまだ十二分に余裕がある。ほかには、テレビやデジタルカメラ、CDプレイヤーなど。それらも、すべて、買い与えられたものである。また、携帯電話やアイパッドなども然り。
孝はインターネットにアクセスし、今朝の事件について、板を見ていた。現実に起こった事件について意見を募るという方式のこのホームページには、すでに雑多な投稿が多数寄せられている。自分を犯人だと名乗るものも、ちらほら。
孝が犯罪というものに興味を持ち始めたのは、三年前、中学二年のときであった。当時友人であった岡村という男子生徒が、万引きで捕まった。初犯ということもあり、あまり大きな騒ぎにはならなかったのだが、孝はそこに、ある種の衝撃を覚えた。そのとき岡村が盗んだのは、消しゴムである。それこそ何の変哲もない、文房具の消しゴム。値段も、百円に満たない。よくドラマなどで見るのは、CD、DVD、ゲームなどのソフトウェアや、または化粧品など、ある程度高価なものである。岡村の家は、決して貧しいわけではなかった。百円の消耗品に困窮する理由など、なにもない。どうせ百円程度なのだし、別にたいしたことはないだろう、などという思考もありうるけれど、孝にはその回路がわからなかった。百円やそこら得をすることよりも、ばれた時のリスクを考える。それは利益に対してあまりに大きいものだ。岡村は、決して頭の悪い男ではなかった。成績も孝より上だった。ばれるはずがないなんて考えるはずがない。
しかし岡村は万引きを実行した。それはなぜか、孝には理解ができなかった。しかし調べてみると、過失や衝動的なもの以外にも、どう見ても合理的でない犯罪というのは確かに存在している。その理由が、孝には理解できなかった。そこに、昼ヶ丘の事件は舞い込んできた。合理性とは対極にある事件。明らかに過失ではなく、普通に考えて衝動的ではない、故意の事件。犯人は、わざわざ警察に死体のことを通報したという。それは、考えられないほど馬鹿なことである。殺人を犯したとして、(遺産や保険金目当ては別として)死体が見つからないほうがいいに決まっている。もし見つかるにしても、発覚は遅い方がいい。そのほうが証拠や証言が見つかりにくいからだ。ところが犯人は、警察に通報している。こんなのは、愚の骨頂だ。目立ちたがりの馬鹿というのが一番しっくりとくるが、そもそもそのような思考が理解できない孝にとっては、これに関し何かしらの分析をすることはもとより不可能なのであった。なぜならば、いくら解釈を並べても、本人がそれに納得できないのだから。それでも孝は、ディスプレイから目を離さない。なぜか。問題が解けないならば、固執せず先へ進んだ方がいい。そっちの方が高い点数を取ることができる。しかし、設定された問題が一つしかなかったら? 後にも先にもそれ一つだけ。ほかの問題は、見えない。ならば、諦めるか、臨むしかない。諦めたところで、テストが終わるまでは動けない。だったら、挑んだ方が合理的である。
しかしこういう時に限って、横やりが入る。リビングから、電話の呼び出し音が鳴った。男はいない。本当かはわからないが、残業があるという。女もいない。本当のはずがないが、昔の同級生と飲みに行くという。そのどちらかからの可能性が高い。あまり受けたくない。だが今この家には孝ひとりだけ。出ないわけにはいかない。


*


書きかけですが、今後の参考にしたいのでぜひコメントをお願いします。



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