[1144] お題「れい」 |
- すばる - 2012年08月18日 (土) 20時51分
「どうしてこういうことをしたんだ」 いつもは馬鹿みたいに甘い教員が、醜悪な顔でにらみつけてくる。 「別に、いつも通りやっただけです」 「そんな嘘が通じるとでも思っているのか。ふざけるな」 もちろんやったのは態とだ。そもそもこんなこと、故意にやるのだって結構難しい。教員だって当然知っている。だけどやはりこれが理解できるのは、結局そこまででしかないらしい。目的など、ほとんど自明なのに。 「こんなことをして、成績だって下がる。将来がどうなってもいいのか」 別に成績が下がったところで、落ちるのは教員からの評判とこれの校内での地位。別にそんなもの、いらない。推薦狙いでもないし、大学受験には、高校の通知表は加味されない。要するに、どうだっていいのだ。
学年トップの私が全教科零点をとったというニュースは、クラス内に、あるいは学年内にも広まった。『いったいどうしたの?』と心配そうな声をかけてくる生徒がいた。クラス委員の柳。二年生までは生徒会にもいたらしい。あんたなんかに心配されてもどうとも思わないんだけど。私は知っている。そもそも柳は、積極的にうわさを広めたひとり。私が転校してくるまで首席だったこの女は、おかしくてたまらないはずだ。今や三十位以内がやっとになったことまで、私のせいだと思っている。あからさまに揶揄する連中と同じく低能。どこもかしこも、馬鹿ばかり。 「甘えてんじゃねえよ」 ふと、声が降ってきた。見上げる。怒ったような顔をして私を見下ろしていたのは、井瀬。すでに国公立は諦めて、二流大学を受験するらしい頭の悪い男。 「甘えてる? 私が?」 「だってそうだろ。主席の柿沼が零点とかありえないし、ていうか、俺でもそんな点数取らないし。態ととしか思えない」 真顔で、たいしたことのない推理を披露する。 「ええ、そうよ。態とやったの」 「で、その理由は、要するに嫌だったんだろ? 周りに期待されるのが。重圧だった。反抗したかった。だろ」 「ええ、そうよ」 その通りだ。成績がいい私には優しい教師、勉強さえできれば後はどうでもいいって顔の親、すごいすごいって囃し立てながら裏でねたんでいるクラスメイト達、成績優秀なんて、もはやレッテルだ。これは、私の、それらに対する抵抗運動。まさかこんなのに理解されるとは思っていなかったけど。 「やっぱり甘えじゃねえか」 「え?」 「お前のやってるのって、反抗じゃないだろ。アピールだ。自分のことを理解してほしい、自分のことを助けてほしいっていう、アピール。お前は、自分ならこの程度ならどうにでもなると考えている。どうせこんなのは一回きり、やばくない範囲内でちょっといじけてみただけ。だってそうじゃねえか。さっきの授業も、まじめに取り組んでいた。今さっきまでも勉強していた。本気で反抗しようなんて、どう考えてもあり得ない。単なる甘えだ」 聞きたくない言葉だった。否定しようとした。罵ってやろうとした。お前は低能な馬鹿だと。だけど、できなかった。どうやって否定すればいいのかわからなかった。なぜなら、心のどこかでそれが真実だと知っていたから。はじめから、受験で転ぶつもりなど微塵もなかった。今ならまだ、その声を無理やり押しつぶすことはできる。だけどしないことにした。この期に及んでそんな悪あがきをするのは、それこそ間抜けのすることだから。私はそんな無能じゃない。 だけど井瀬には、何か言葉を返さなければいけないと思った。ヒステリックになったり文句を言ったりするのはスマートなやり方じゃない。お礼を言うのも変な感じがする。本当は理解していたなんて、台詞みたいな言葉を吐くのはもっといやだ。ところが、うつむいていた顔をあげてみると、彼はすでに、そこにはいなかった。本当に、むかつくよ。伝えたいことは伝えさせないくせに、余計なとこだけ理解して。
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