[1096] キラキラ。(お題『鏡』) |
- 御伽アリス - 2012年07月18日 (水) 01時56分
女が言った。 「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番醜い女はだあれ?」 女の前にある姿見は、女の姿を映し出した。 「ああ、また私なのね……」 女は悲しそうに呟いて、姿見をハンマーで叩き割るのだった。今までもいろんな鏡に同じ質問を重ねてきて、そして彼女の姿を映し出した鏡たちをその手で叩き割ってきた。つまり彼女に出会った鏡はすべてが例外なく叩き割られるのだった。彼女の部屋には割れた鏡の破片が散らばっている。散らばっていると言うよりは、むしろ破片の山になっている、と言った方が良いかもしれない。やばい女だ。 女は鏡を割ってしまうと、次の鏡を買ってきてまた同じ質問を繰り返すのだが、しかし今回はもうそれが嫌になっていた。何度繰り返しても、いつもいつも自分の姿が映し出される。つまりいつまでたっても世界で一番醜い女のままなのだ。 「もう鏡に映る私など見たくない。私を映す鏡なんていらない!」 女はそう言って泣いた。女はとうとう、新しい鏡を買いには行かなかった。
さて、ある鏡が言った。 「ああ、どうしてみんな俺に映る自分の姿ばかりを見るんだ。どうして俺のことは見てくれないんだ」 その鏡はとてもきれいで、輝いていて、彼に映るものはどんなものでも美しく見えたので、人々はしょっちゅう彼の前に立ち、彼をのぞき込んだ。しかし、人々が見ているのは彼に映る自分の姿であり、鏡である彼のことは少しも見てくれなかった。彼にとってはそれが何とも悲しいことだった。 「もう俺のことを見てくれない人間は嫌いだ。もう誰のことも映してやるもんか!」 鏡はそう言って怒った。それからというもの、彼は誰が彼の前に立っても、その人の姿を自分の鏡面に映すことはなかった。そのせいで彼をのぞき込む者はいなくなってしまった。
哀れな一人の女と、一枚の鏡。しかし天はこの二人を見捨てない。きっとこれから、神の救いがもたらされるだろう。
ある日、女のもとに大きな荷物が配達された。差出人に心当たりはなかった。女は配達員に尋ねた。 「あの、なんですか、これ?」 配達員は答えた。 「えっと、鏡ですね」 女は顔をしかめた。 「鏡なんて届けられても困ります。頼んだ覚えもありません。私は鏡なんていらないんです。配達先を間違えたのでは?」 配達員は言った。 「いえ、このお宅で間違いありません。とにかく、お届けしましたよ。それでは失礼します」 配達員はそう言ってすばやく去っていった。 「ちょっと、待ちなさいよ……」 女のもとには、ただ段ボールに入った大きな荷物が残った。
女は仕方なく、段ボールを開けて、鏡を取り出した。大きく立派な鏡だった。先に言っておくと、この鏡はさっき登場した、何も映さなくなったあの鏡だったのだ。まだそうとは知らないで鏡にかぶっていた布を取り払った女は、驚いた。 「映って、ないわ……」 そう、その鏡には、女の姿は映っていなかった。鏡の方が誰のことも映さないと決めていたからだ。女はためしにあの質問を鏡に投げかけた。 「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番醜い女はだあれ?」 鏡に女の姿はやはり映らなかった。 「やったわ! これって、少なくとも私が世界で一番醜い女ではないということね!」 女は嬉しくなって鏡に抱きついた。 「ありがとう、鏡さん。あなたは私の恩人よ。一生大事にするわ」 そう言われて、鏡は自分のことをこの女は見てくれている、大切に思ってくれている、と感じた。なにも映さなくなった彼に対しては誰もが冷たい態度をとったが、彼女だけは違った。彼女だけは、彼を、彼自身をちゃんと見てくれた。そして彼を愛してくれた。鏡は、嬉しくなって女に向かってこう言った。 「ああ、俺のことを見てくれてありがとう。君だけは俺のことを見てくれた。君は俺の恩人だ。そうだ、これからは君だけを俺の身に映してあげるよ。とびきり可愛く映してやる。君だけのために俺は生きるよ。だから自分の姿だけじゃなく、俺のことも見続けてほしい。そして、一緒に暮らしてほしい」 鏡は、きらり、と輝いた。そして、愛すべき女の姿だけを、自分の身に映し出して見せた。 「まあ……」 女はしばらく、声も出せないほどだった。そして。 「なによこの鏡、やっぱり私のこと映すじゃないの! ええい、一度は良い夢を見させておいて! こうしてくれるわ!」 女はハンマーで鏡を叩き割った。
がっしゃーん! うわー、台無しだ〜。 粉々になって飛び散る鏡は、キラキラと光って、それはそれは綺麗だった。
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