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[1130]JerryFish様、情報あり  投稿者:鐵太郎@急にスランプ?

投稿日:2015年02月27日 (金) 21時38分

 ここで、前に「大峰」について突っ込みを入れていました。5年以上前です。忘れてたよ。(笑)
   ↓
  http://homepage2.nifty.com/Tetsutaro/Writer/T/T019.html#T019-027

 そうそう、「サイパン邀撃戦(上)」で突っ込みを入れてから、前にこのフネについて書いたっけなと思い出したのです。これもすっかり忘れてました。

 年年歳歳ボケてます。ε=(´。` )
[1131]投稿者:JerryFish
投稿日:2015年02月28日 (土) 00時24分
鐵太郎様

今晩は(^^)。情報提供、誠にありがとうございます!
確かに、31cm砲三連装装備ならアラスカ級
(基準排水量29779t)に匹敵する大きさのフネ
(超甲巡ですか。)でないと無理ですね。
それって、最早、
最上級巡洋艦とは言い難いのでは(^^;)?

いささか後知恵論的な部分もありますが、
『W.W.Uイラストレイテッド艦船名鑑
1939〜45』(望月隆一編 KOEI)で
アラスカ級を評して曰く、
「・・・このためにさほどの活躍もないままに
終戦を迎えたが、
実際の運用に当たっては巡洋艦と行動をともにする
には大型すぎ、
戦艦とペアを組むには防御力が脆弱であったため
無駄な建造であった感が強い。」とのことです。

40cm砲搭載の疑問はたとえ3万トン級であっても
変わりはありませんが
(アラスカ級の最大幅27.76m、
戦艦陸奥は34.6m)。

が、今度は後部の後部甲板(アングルド・デッキ、
エレベーター2基、主砲発砲時には全機格納)
が疑問の俎上に載ってきます。

正確な「大峰」のスペックが不明なので、アラスカ級を
ベースに突っ込みを入れます。まず、艦載機の着艦は、
WW2全般を通して制動用のアレスティング・ワイヤー
で問題は無いかと。ですが、発艦時には?後期の艦載機
になるほど、大型化・重量増(彗星なら爆弾含め)に
なる傾向があるので、巡洋艦(?)の速度の合成風力で
長くとも120〜130m(表紙から判断)の飛行甲板
滑走で飛び立てるのか?

これで蒸気カタパルトまで装備していたら・・・
う〜ん(^^;)。
それは「火葬」戦記の領分にまで広がるかも。

もちろん、発艦時には待機中の機体が並ぶはず
(まあ、これはアングルド・デッキで出来た
甲板スペースに)。

でも、3万トン級の後半部分だけで何機が発艦待機
できるか?即ち有力な航空戦力となりうるのか?

前回のメールで「谷甲州氏のアプローチに
違和感を感じた」と書いた所以ですね。

つい最近の鐵太郎様の航空戦艦となった伊勢・日向
について、ネタバレは避けつつも、それなりの存在
意義があったというような解説文を読んだ事があるので
これ以上の突っ込みはしませんが(^^;)。

あと、鐵太郎様の「十分な火器管制装置を付けて
ありったけ並べた方が効果的ではないか。」との
コメントに、

ネットの某所でのnmuras様のコメント、

「高度で複雑な射撃指揮装置が必要です。
日本海軍でそれなりの性能をもった高角射撃用の
射撃指揮装置は、91式高射装置と94式高射装置
のみです。

どちらも89式高角砲に利用可能ですが、
非常に複雑で精密な装置であり、
当時の日本では量産の難しいものでした。
したがって、これらの射撃指揮装置を付けられたのは、
巡洋艦以上の大型艦と、防空駆逐艦の秋月のみです。
戦艦や空母のような主力艦ですら、
最新の94式はなかなか回って来なかったくらいでした。
89式高角砲を装備した松型駆逐艦も、
低級な4式高射装置しか使えなかったため、
その対空射撃効率は非常に低いものでした。」
とのこと。

が、相互に補完しあい、リンクしてる一対のコメントと
思えます。

私の脳内では非常に納得の行く
御両者の回答揃い踏みでしたね(^^)。

閑話休題。

『バルバロッサ作戦』(上巻)P183の蒸し返しに
なりますが、
グデーリアン将軍とヒトラーの直談判の場面。

『「・・・司令部に電話するだけでよいのです。
モスクワへ進ませてください。
かならず占領いたします」
 プロイセン、ドイツ陸軍史上、
将軍とその上級者の間でこれほど
ドラマチックな話がかわされたことはなかった。』

私も非常にドラマチックな感傷に浸り、
鐵太郎様による解説文を読みながら、
デジャブを感じていたのです。

今日になって何故、
それを感じたのか思い当たりました。

『コンスタンティノープルの陥落』
(塩野七生、新潮文庫)、P70にて
こんな一節があります。
『・・・それ以来、マホメッドは、
父の死後文字通りの専制君主になってからも、
公式の席以外ではカリルを、
ラーラ(先生の意)と呼ぶのをやめなかった。
(中略)
若者(マホメッド)は、言った「あなたの持つ富は、
わたしにはもう必要ではない。いや、あなたの持って
いるよりもずっと多い富を、贈ることもできるのです。
わたしがあなたから欲しいと思うものは、
ただひとつ。あの街(コンスタンティノープル)
をください」』

・・・。まあ、塩野女史の硬質な文章にも、
魅せられますが、こんなドラマチックな場面も
描かれてるのですね。
そこでグデーリアン将軍の直談判がデジャブで、
尚の事、ドラマチックに読めたのでしょうね(^^)。

ま、パウル・カレル氏が記したのは1963年(?)、
塩野女史が記したのは1984年(?)。

カレル氏が塩野女史の前掲書を参考にする筈もなく、
塩野女史の興味はイタリアを中心に持たれてるので、
両者は期せずして同じような実録と(おそらく)舞台
を書かれたのだと思います。

う〜ん。歴史の流れの中で(多分)、こういった
やり取りが古今東西、限りなくあったかと思うと、
それだけで(浅薄ですが)歴史のロマンというやつを
感じますね(^^;)。

情報のご提供に感謝いたします!
また、(多分、これは長文の書き込み自己記録?)
ということで長文失礼しました(土下座)。

それでは失礼します(^^)。

JerryFish



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