第一章〜垣間見える脅威〜
浩二は最近平穏すぎる日常に飽き飽きしていた。
何か刺激がほしくて、イタリアに留学、というよりも遊びにきた。だが、イタリアでも紳士ぶっているキザな気取り屋がたくさんいるだけで、日本となんら変わりはなかった。
「あ〜あ、なんかおもしろいことでもおきね〜かなぁ」
浩二がつぶやきながらイタリアの路地を歩いていた。
その時、ふと暗い裏路地からなにかの“気”を感じた。
ぞっとして浩二が裏路地に目をやると、そこには緑の服を着た6才くらいの少年がいる。
「な〜んだ、ただのガキか」
少年にそっぽを向けて、浩二はすたすたとそこを立ち去ろうとした。
しかし、さっきの“ガキ”が光二の前に立ちはだかり、若葉色の、謎の文字が書いてある本を光二に突き出して、こう言う。
「これ読めますか?」
この少年から、魔界の王を決める戦いの話を聞いて浩二はとても興奮した。
「へ〜、すっごいな」
「そうですか? 僕にとっちゃ、戦いなんてね……」
その少年は苦い顔をして声を止めた。
「戦いなんてなんだ?」
デレカシーのない浩二は少年の気持ちも考えずに聞いた。
「……それよりも、一度僕の仲間に会いますか?」
「えっ、お前仲間なんかいるのか?王になれるのは一人じゃないのか?」
「そうなんですけど、その人たちと僕は昔からの友達でしてね。僕たちのグループだけが残ったら誰が王になってもいいってことで手を組んでいるんですよ」
「ふ〜ん。そうだ、お前の名前聞いてなかったな。ちなみに俺は『北島 光二』ってんだ」
「僕の名前は、レイン。レイン・クロベイルです」
「レイン、戻ったか」
「あぁ、本の持ち主も……光二さんだよ」
「レ、レイン?」
浩二が驚いてレインに喋りかけた。
「はい?」
「おまえ、本当は敬語じゃないんだな」
「そりゃあ、いつまでも敬語なんて使ってられませんよ。昔からの友達に」
「まあ、それもそうだな」
浩二はあっさりとなっとくする。
「君がレインの本の持ち主?」
「あぁ、そうだよ」
さきほどレインに喋っていたほうの魔物の子供が浩二に喋りかけた。
「俺の本の持ち主ももう少しでくるよ」
「で、そいつの名前はなんてんだよ」
「『シェイン・シャース』ていうんだ。ちなみに俺はレンていうんだ」
「レンか、よろしく」
「あっ、もう一人の魔物もきましたよ」
木造のおおきな扉を開いて、またもや六歳ほどの男の子と、女の子が入ってきた。
「あ、あ、あなたがレインの本の持ち主さんですかぁ?」
女の子が言った。
「そ、そうだけど」
なんであついつはあんなにおどおどしているのかと浩二がレインに聞くと、微笑してこう答えた。
「まあ、人見知りですから」
「そうか……で、君たち、名前は? 俺は浩二」
男の子の方は、ウェン、という中国人風の名前で、女の子の方はルルというらしい。
しばらくその2人といろいろ話した。そして、扉が突然ギギーと音を立ててあいた。
ルルは安心したように扉から入ってきた15歳ほどの女の子にとびついた。
「真奈美さん、おそい〜!」
「ごめんね…君は?」
真奈美と呼ばれる女はいった。
「俺はレインの本の持ち主だ。あんたがルルの本の持ち主か」
「そうよ。よろしくね」
真奈美は浩二に手を差し伸べてきた。浩二は頭をぽりぽりとかいて、赤面しつつもしかたなく握手をした。
「それで、ウェンの本の持ち主は?」
「もうそろそろ来るとおも…っと、噂をすれば」
開きっぱなしの扉から50歳くらいの頭のよさそうな男性が部屋に音もたてずに入ってきた。
「おぉ、君がレインの本の持ち主かね!」
「そ、そうですけど……」
「そりゃぁ良かった。この中で唯一の攻撃できるレインが、術が使えなくて、困っていたところだったからな」
「…本当か?」
浩二が小声でレインに聞くとレインはこくりと頷いた。
「私の名前はフォル・フォーラという。君は?」
何度も何度も答えるのは面倒くさくなっていたが、浩二です、と一言だけ答えた。
「で、いくつ術は使えるんだね? ……あぁ、ごめんね。1つだろうね。本を持って一時間もたっていないんだから。ちなみに私は2つだ。真奈美君も2つだったね?」
「はい、そうで〜す」
真奈美が明るい声を出して返答した。
「まあ、術はあるていどたてば増える。もちろん戦わなければいけないがね」
「はぁ……」
「頑張りたまえ」
「はい」
「じゃあ、私は――」
真奈美が台所にすたすたと走っていき昼食を作り始めた。
「レウォケル」
獣の姿をした魔物、『ハイツ』が重力の波動を敵に向かって、口から放出した。
弱りきった敵は重力の波動でとどめを刺さればたりと地面に倒れた。
人間のほうは10分も前に魔本を捨ててどこかに逃げていった。
ハイツの、本の持ち主はライターでエメラルド色の魔本を燃やす、無表情で。
「今回の自然使いはあまり強くなかったな」
本の持ち主はハイツにぽつりとつぶやく。ハイツはこくりとうなずいた。
「エリートのお前がパートナーでよかったよ。こいつみたいな“ザコ”がパートナーなら俺はすぐさま自分から本を燃やしただろうな」
「ありがとう。僕も君みたいな頭脳明晰で心の力も強い人間にあえて幸福だよ」
ハイツは微笑しながら持ち主に答えた。
魔物の力の根源が“心”だと今の時点で気付いている者は数少ない。
今回の魔物は気付いていない魔物。すなわち彼等から見れば、バカでザコ…というものに分類される。
エメラルドの魔本が燃え尽きたところで、2人はそこを立ち去っていった。
「はぁ、だれが自然属性の驚異、『ジュディオダム』を覚えているんだろう……」
第二章〜昔の仲間〜
真奈美の昼食はなかなか豪華なものだった。鳥のスモーク焼き、チキンのサラダ和え、フィレステーキ―など、浩二はそれを満足の行くまで堪能した。
「浩二君は、くいしんぼうね♪」
「ははは、またおいしいもん作ってよ真奈美さん」
にこりと笑って浩二が言った。
「そうだ」
フォーラが光二にふと話し掛けた。
「街に行かないか? 買物をしたいんだ」
「え? い、いいですよ。俺も何か買おうかな?」
「私は、服を買お〜う」
「浩二君」
「はい?」
ふと気付いたようにフォーラが浩二のほうを向いた。少しなからず真剣なフォーラの顔に浩二は驚いた。
「敵と遭遇したら、人気のないところに急いで行くこと。いいかね」
(なんだ、そういうことか)
「はい、分かりました」
フォーラの考えは分かった。自分もそれを考えていた。“人を傷つけない”、それが一番大切なのだ。レインたちの王……それは、『傷つけない王』。心も体も、なにも傷つけない王。
それがレインたちの王なのだという。浩二には良く分からないのだが。
日もだいぶ暮れかかり、家にそろそろ帰ることになった。
帰路の途中に大きな公園があり、そこには子供の好きそうな遊具があった。
「フォ〜ラ〜、あれ乗りたい!」
ウェンがフォーラに駄々をこね出した。フォーラはため息をついてしかたなく付き合うことになった。
「浩二君たちはかえっていてもいいよ」
「いえ、待ってますよ。真奈美さんはどうする?」
「私は夜食の用意があるから、帰っておくわ。じゃあまた後でね」
真奈美は手を振ってスキップで帰っていった。
ウェンと……レインも無邪気に遊んでいる。やっぱりまだ子供なんだな、と浩二は思う。
「フォーラさんはいつから戦っているんですか?」
浩二が膝に頬杖をついて夕焼けを眺めながらつぶやいた。
「二ヶ月前くらいからかな。出会ったばかりのころはたいへんだったね、毎日毎日 ウェンとルルを狙ってくる魔物が現れてね…」
「えっ?なんでですか?」
「ウェンとルルは魔界では落ちこぼれだったらしいんだ。まあ、毎日とは言わなかったけど、一週間に一回くらいは襲われたね。今まではなんとか逃げてきたけど……」
浩二は、へ〜、といってなにか考え事をしていた。その瞬間横から稲妻が飛んできた。
「ザケル!」
「えっ…!?」
そこにいたのは、日本にいた時に同級生だった「高峰 清麿」だった。
「お前は……浩二? なんでお前がフォーラといっしょにいるんだ!?」
「説明している時間はない! ……浩二君、いくぞ!」
フォーラの持っている赤紫色の魔本が輝きだした。周りには人っ子一人いない。
「グ・リアルク」
叫ぶとウェンの体が消えた。
「続けて……ゴウ・ソドルク!!」
目に見えないウェンの体に大剣が装備された。装備された剣が宙に浮いているように見える。
「攻撃だ、ウェン!」
ウェンがガッシュのほうに走っていった。
「清麿、私たちも攻撃だ!」
「おう! ……ジケルド!」
雷がウェンのほうへ飛んでいっていた。
「かわせ!」
ウェンは間一髪でジケルドをかわし、ガッシュを大剣できりつけた。
「ぐっ……清麿、やばいのだ。ここはひとまず撤退を……」
「だめだ!忘れたのか、あの事を!」
(あのこと?)
浩二にはその言葉が引っかかった。なにか清麿にあるのか。
「浩二君!君も戦ってくれないか……早く!!」
「は、はい……」
と、そのときレインが、先端に緑の翼がついた杖を背中から取り出した。
「これが、僕の術の媒体です」
「わ、分かった……第一の術、ウィス!」
レインの杖から風の衝撃波が放たれた。
「ら……ラシルド!」
風は、清麿たちの前に出現した壁に跳ね返されてレインを襲った。
「ぐっ……!」
「だ、だいじょうぶか?!」
浩二が叫ぶと、はい、とレインが返事をしてきた。
「浩二君……」
「な、なんですか……」
「作戦があるんだ。まずは、こうやって――」
フォーラが浩二に説明しだした。
「ガッシュ、ぼやぼやしているひまはないぞ! ……ザケルガ!」
「くそっ……ウェン!かわせ!」
飛んでくる電撃を、間一髪でウェンがかわした。
「浩二君、やるぞ!」
「は、はい! レイン……ウィス!」
レインが木の葉の山に風の衝撃波を放ち、それを清麿とガッシュのほうに飛ばした。
「ぐっ……あれ?」
清麿が目をあけると、浩二達の姿がなかった。
「くそっ、逃げたのか!? ……いや、逃げていないはずだ……どこだ!」
清麿の後ろから、風がぶわっとふいてきた。ばっと清麿がふりむくと、風の塊が飛んできていた。
清麿の体に風の塊が直撃し、三メートル程吹き飛ばされて、地面に倒れた。
「き、清麿、大丈夫か!?」
「ガッシュ! ウェンは姿が見えないんだ! 気をつけろ!」
「ウヌ、わかった!」
ガッシュがさっと清麿に近づいていった。
「くそっ、とどめをさせなかったか……。しかし、目的は果たした。浩二君、作戦通り動いてくれ」
「はい……」
浩二は、さっと静かに立ち上がると、早足で草むらを出て行った。
「がんばれよ、浩二君……」
清麿の前に浩二とレインが現れた。
「……ウェンとフォーラはどうした」
「そんなの答えてられるか! ウィス!」
風の衝撃波が現れる。清麿と、ガッシュはそれを楽に横っ飛びでかわした。
「そんな術で俺たちを倒せるものか! ザケルガ!」
レインの足元に稲妻が放たれた。地面がえぐられ、大量の石が飛び散った。浩二とレインは視界を奪われた。再び目をあけると、前方に清麿たちはいなかった。
「ザケル!」
後ろに回りこんでいた。浩二の背中に命中して、前方に思いっきり吹っ飛ばされた。
「がぁっ!」
地面に叩きつけられて、浩二は口から血を流す。
「大丈夫ですか!?」
レインが心配して、近づく。
「あぁ……」
浩二はぐらつく体を起こして、清麿をにらむ。
「……レイン、作戦開始だ……」
「はい」
レインがそれをきいて、はじけるように動き出した。右に左に、目にも止まらぬ速さで動いていく。そして、ガッシュに突っ込んでいった。
「ガッシュ、 レインの足を見ろ。体制を崩すんだ! ザケルガ!」
ガッシュのすぐ二メートル先にいたレインの足元の石が砕かれて、飛び散った。
「同じ手は、二度とくらいませんよ」
レインがいつのまにか、清麿たちの背後に回り込んでいた。
「なにっ!?」
「ウィス!」
レインの杖から、風の衝撃波が発生した。それが命中し、清麿が吹っ飛んだ。が、落ちる寸前でガッシュが体を受け止めて、たいしたダメージにならなかった。
「攻撃の手をぬるめるな、レイン、杖をもう一度!」
レインは、杖をガッシュに向ける。
「ウィス!」
衝撃波が再び飛ぶ。これでは、清麿にも当たってしまう。
「清麿、少しどいておくのだ!」
といって、ガッシュは清麿を横に投げた。清麿は、大木で背中を打って、うめきながらも、立ち上がった。ガッシュは、衝撃波をうけて、噴水に落ちていた。
「ガッシュ、大丈夫か!?」
「うぬぅ! 大丈夫なのだ」
ガッシュがぬっと立ち上がった。
「よし、それじゃあ、ラウザル……」
と、いきなり魔本が宙に浮いて、フォーラのほうに飛んでいった。
「ひっかかったな!」
浩二がガッツポーズをした。
「ま、まさか……」
「そう、ウェンの姿は消えていた。俺とレインは、おれたちとの戦闘に集中させるために、人間の方に攻撃したり、二人を分裂させたりした。清麿が戦闘に集中しはじめたら、後ろから近づいて、ウェンが魔本を奪う! 少し手荒だったが、まあ成功したから、よしとしよう」
「く……くそ」
その時、フォーラが思いもかけない言葉を発した。
「本当に、私たちの仲間になる気はないのかね?」
「な、なにをいってるんですか!?」
「……後にしてくれ、浩二君。さあ、どうするんだ?」
「清麿、いつまでも意地をはっているのだ。たまには素直になろうぞ……」
「ガッシュ……分かった。フォーラ、また仲間になろう」
「また?」
「実はね、清麿と私たちは、昔は仲間だったんだ」
「でも、何で今は敵だったんですか?」
「それはだね……」
「フォーラさん、それはいわないでくれ。お願いだ……」
「……清麿がこういっているが」
「じゃあいいです」
「そうか、ありがとう」
レインが久々に口をあけた。
「浩二さん、フォーラさん、清麿、帰りましょう」
「おぉ、そういえばレイン、ひさしぶりだのう」
「ガッシュも、久しぶり。やっぱりその言葉づかい、かわってないな〜」
「お、お主こそ――」
レインとガッシュの口げんかが始まった。
「おい、喧嘩はやめろ」
清麿が怒鳴ってガッシュを持ち上げると、それじゃあ俺は、と言って、自分の家に帰っていった。
「おい、清麿。お前、日本にすんでるんじゃないのか?」
「いや、今は親父のところに来ていたんだ。親父は、イタリアの学校の教授だからな」
「そうなんだ、へー」
「それじゃあ、帰国するときにでもよるよ、じゃあな」
「うん、バイバイ」
「それじゃあ、私たちも帰ろうか」
「はい」
レインを抱きかかえて、浩二は駆け出した。
「は、はなしてください! 恥ずかしいじゃないですか!」
レインが真っ赤になって、浩二に訴えた。
「いいじゃん、レインちっちゃいから、軽いぜ?」
「そういう問題じゃないんですよ、やめて〜!」
ウェンがレインに向かってけらけらと笑うと、ギロリとレインが睨み返す。
そんな状況を見て、浩二もフォーラもふきだしてしまった。
「な、なんでわらうんですか!」
情けない声を出すレインに、浩二は、別に、と一言言っただけで、再び駆け出した。
「あら!? そんなことがあったの?」
「ホント、ホント! 真奈美さんがいなかったけど、二対一だったからね、楽勝!」
「また清麿君が仲間になったんだ。あんなことがあったのに……」
「そのことは、清麿言ってほしくないんだってさ。だから俺知らないんだ」
「そうなの、なら言わないでおくわ」
「浩二さん! 次はもう僕をだっこして走るのはやめてくださいよ!!」
まだ根に持っているようだ。浩二は、はいはい、と答えておいた。
「それじゃあ、お夕食の準備できてるから、食べましょ」
「うん、俺持ってくるよ」