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タマムシ大附属学校

ポケモンのオリトレ小説、学園パラレル企画掲示板。
要するに、オリトレ達のドタバタ学園コメディ(待て)。
物語がどう突き進むかは全く不明ですが、何はともあれ楽しみましょう。

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[472] 破壊(その2)
だいす けん - 2008年06月11日 (水) 00時10分

#3 ”BGM『U.N.オーエンは何者なのか?』”








 先に仕掛けたのはデイサゲだった。突進の速度を最大限に活かした後ろ回し蹴りが、ダイスケの顔面向かって放たれる。
 それをダイスケは刃を立てなんなく受け止め、すかさず弾き斬り返す。
 しかしデイサゲもさるもの、蹴りの反動を利用し宙へと跳躍、前転から踵落としを繰り出した。
 落下と回転による遠心力が加えられた必殺の鉄槌があわやダイスケの頭蓋を砕くかと思われたが、瞬間ダイスケの姿が消え失せた。
 と、ほぼ同時にデイサゲが背後に向かっていきなり放った裏拳とダイスケの斬撃が衝突、互いに威力を相殺し弾き飛ばした。
 再び両者の間に開く距離。無論どちらともこの機会を己の隙に変えるつもりなどない。
 今度はダイスケが先手を取り、目にも映らぬ速度でデイサゲに接近、その体を一刀両断すべく横一文字に木刀を薙ぐ。
 受けるデイサゲはにやりと笑い、足元の大岩を思い切り空へと蹴り上げた。
 たちまち大岩は無数に砕け、その仮初の障壁はダイスケの攻めをほんの僅か鈍らせる。
 それだけで十分、瞬歩でダイスケの背後を取ったデイサゲは左手の刀を斜に構え、眼前の背中目掛けて突き出した。
 だがその刺突は虚しく空を切り、しかし動じず素早く視線を上にずらしたデイサゲは花弁を撒き散らし宙を舞う紺色の物体を認識、ほくそ笑む。

「馬鹿が、それで避けたつもりか!」

 刃を返し、滞空している相手の足元目掛けて斬り上げる。
 滞空迎撃用草脚、『鉄線花(てっせんか)』。初見の者ではまず見切れず、防げない技だ。
 …しかし、今回はその対象が悪すぎた。
 絶対の自信と威力を持って繰り出されたその斬撃は、先程の刺突同様に空を切った。つまりは空振りだ。
 これには流石に驚いたのか、僅かに動揺したデイサゲの背後から一言。

「……『この程度の事で、いちいち隙を見せるんじゃない』。あなたの口癖でしょうに」

 身を翻し反撃しようとするも時既に遅し、ずん、と右の肩口から斬り下げられ、デイサゲは体勢を崩した。
 だがそのままで終わらないのがデイサゲ、痛みなど構わず右足で蹴り上げる。
 咄嗟の反撃にも慌てず騒がず、ダイスケは縮地法を使い後方へと移動、大きく間合いを取った。
 今回は両者ともすぐには仕掛けず、体勢を立て直し相手を見据える。そして同時ににやりと笑い合う。
 挑発や侮辱などではない、純粋な愉悦の意思表示。

「成程、『縮地法』に『瞬歩』、『瞬動術』に『虚空瞬動』まで使いこなすか。素で限りなく光速に近い速度で移動できるってのに、よくやるもんだ」

「…それらどころか、『浮遊術』まで扱えるあなたには言われなくありませんよ。第一素の速度というなら、あなただって相当速いでしょうに」

「はっ、それこそ皮肉だな。天解した時点でお前の速度は最高レベルだ。ただ『視える』だけの俺を引き合いに出すんじゃねぇよ」

「それこそ買いかぶりですよ。速度でいくら勝っていても、一撃の重さではあなたの方が圧倒的に上だ。同じだけのダメージを与えるのに、こっちがどれだけ苦労すると思ってるんですか」

「知るか、そんな事」

「…でしょうね。あなたならそういうと思いましたよ」

「息抜きは終わりだ。さぁて、第二幕と行こうか!」

「第二幕でなく、終幕であってほしいですね!」

 言葉の応酬はそこで終わり、再び両者は激突した。














 デイサゲの固有結界は、己と選んだ対象を世界から切り離す高等魔術だ。
 その概要は己の心象風景を投影、実現可能にする世界を作り出す『異界創造法』。
 何故デイサゲがそんなものを使えるのか、などという疑問は野暮である。
 誰も詳しくは知らない(ダイスケは勿論例外)し、デイサゲ本人もよく分かっていない節があるからだ。
 ともかく、固有結界によって創り出された世界は、デイサゲの望みどおりに機能し、デイサゲの思うがままのものになると解釈してもらいたい。
 そしてその世界がデイサゲ以外の存在に対し持つ条件は、彼の気性と拘りが強く反映される。

 まず第一に、この世界の中でデイサゲが行う全ての事に関して他の存在は直接的な干渉を許されない。
 要するに『余計な茶々入れんじゃねぇ』というやつである。
 第二に、他の存在がこの世界へ勝手に入り込んだり、また抜け出したりする事を許さない。
 これも『周りでうろちょろされると目障りなんだよ』という彼の意思表示だ。
 そして第三。
 この世界そのものに対して、中に居る者は勿論外に居る他のいかなる存在も直接的な干渉は出来ない。
 これは『俺が作り出したものに手出しさせるか』という意思表示で、一番強力な条件でもある。
 散々他のものを壊してきた奴の言い分とは思えないが、世の中とはそんなものだ。

 だが、これはあくまで『直接的な干渉』に限った話だ。
 世界を壊したり変化させるような攻撃、術などは条件の対象となるが、ただ触れたり見たりする程度なら問題ないのである。
 あれこれ回りくどくなったが、要するにデイサゲが発動した固有結界の世界…『題名――そして誰がいなくなるか?――』は、外部から中の様子を見る事が出来るのだ。

 そして今。
 世界の外……つまり現実の世界で、数名の人間が内部の様子を閲覧していた。
 もっとも、今の内部の状況からいうと『観戦していた』というのが正しいのかもしれないが。

 その数名の中に、中に閉じ込められたダイスケの親友の姿があった。
 真剣な表情で、食い入るように目の前の映像を見つめている。

「なあ、今更だけどよ、これって今本当に起きてる事なのか?」

「………」

「な、なんだよシグレ」

「……別に。あなたが目の前で起きているのに、それを現実として認識できないほど間が抜けていたという事実に呆れたりなどしていませんよ」

「悪かったな!」

 場の空気を全く読めていないイクムの発言に対するシグレの冷めた指摘(ツッコミではない)。
 ある意味微笑ましい光景ではあるが、事態が事態なだけに今回は場違いな感じが否めない。

「でも、大丈夫かなぁ……。今のところはダイスケ君が押してるみたいだけど、相手にはまだまだ余裕があるみたいだし……」

 心配そうに呟いたのは、たまたま今日ヒカルと行動を共にしていたツッコミヘタレ仲間のシクー。
 その体が若干震えを帯びているのは、今見ている現実離れした戦闘に恐怖を感じているのだろう。

「大丈夫だよ」

 やけにはっきりとした、確信に満ちた声にその場に居た全員が振り返った。
 その声の主、ヒカルは先ほどと同じ表情のまま、さらに続ける。

「シクー君がいう事も一理あると思う。でも、今のダイスケ君だったら大丈夫だよ。根拠とか理屈とかはないけどね。でも理解(わか)るんだ」

 上手く言えないけどね、とヒカルは振り向き、はにかんで見せた。
 そんな彼を周りはぽかんと眺めている。

「……あれ、僕、何か変な事言ったかな?」

 ぽりぽりと顎をかくヒカル。まさかこんな反応を返されるとは思わなかったらしい。

「あー…いや、なんというか、意外だなぁ…と思って」

 おずおずと口を開いたのはシクー同様ヒカルとはツッコミのソウルブラザー同盟を結んでいる少年、コウ。

「意外って、何が?」

「だって、今回の騒動の発端はよくも悪くもダイスケ君でしょ? それにヒカリちゃんが巻き込まれているのもある意味ダイスケ君に責任があるし……。いくら親友だからって、流石に今回は怒ってるんじゃないかなー…って思ってたんだけど」

 コウの言葉に、他の者達も頷き同意を示した。
 確かにコウの言うとおり、今回の騒動のそもそもの原因はダイスケにある。
 学園に壊滅的な被害をもたらした災いの星たるデイサゲの目的が、ダイスケとの死合(誤字ではない)にある事は映像を見ていた彼らにも把握出来たし、そのとばっちりをヒカリ達が受けたのも紛れのない事実。
 口にこそ出していないものの、この場にはダイスケに対し強い憤りを感じている者も少なくないのだ。

 しかし、そんなコウの言葉を受けたヒカルの反応は、コウ達の予想をさらに上回るものだった。

「うん、怒ってるよ、僕」

「………へ?」

 全く想定外というほかがないヒカルの答えに、コウ達は唖然とする。
 今の僕達には理解できないといった表情の面々を見て、ヒカルは苦笑しながら言葉を続ける。

「当たり前じゃないか。これだけの騒ぎになって、しかもかけがえのない大切な双子の妹まで巻き込まれて、怒らない方がどうかしてるよ。正直さっきまでは、僕の頭にはダイスケ君をぶん殴る事しかなかったぐらいだしね」

 そこで言葉を切り、再びヒカルは視線を映像に戻す。
 ちょうどダイスケが、デイサゲの右足を草脚『蓬』で切り裂いた場面だった。

「…でもね、今はもう、そんな事どうでもよくなっちゃったんだ。不満を感じていないわけじゃないけど。それ以上に嬉しいって感じてるんだよね、僕は」

 目を細め、穏やかな口調でヒカルは続ける。

「ここ数日のダイスケ君は、見ているだけで心が締め付けられるほど、苦しみが表れてた。誰が悪いわけでもない。ただ、色々な不運が重なって、同時に起きてしまった。しかもそれはダイスケ君一人ではどうしようも出来ない事で、親友の僕や周りの先生達にすら手を出せない事だったんだ。僕も、ヒカリも、ホナミちゃんも…いや、ダイスケ君に関わった全ての人は悩んだよ。でも、一番辛かったのは、一番苦しかったのは他でもない、ダイスケ君なんだ。その心中は察するに余りあるよ」

 また言葉を切り、ヒカルは目を伏せる。
 一呼吸置いてから再び目を開き、なおも語る。

「ダイスケ君を見ていると、ある人は汚れる事を嫌う完璧主義者だって感じるかもしれない。勿論それはある意味では間違ってないし、否定するつもりも無い。でもね、やっぱりそれは違うんだ。ダイスケ君は完璧主義者なんかじゃない。ただ『不器用』なんだ。自分には出来ない事がたくさんある事を知っている。誰かに助けてもらわなければ生きていけない事を知ってる。でもどうすればいいのかが分からない。自分が何をすべきなのか、何に困っているのか、それが分からない。誰にどうやって助けを求めればいいのかも分からないし、どんな風に助けてもらうのかも分からない。分からないから必死に考える。分からないと分かっているのに、考えてしまう。それが自分を追い詰めるだけだと分かっていても、それをどうやってやめればいいのかが分からない。僕が知る限り、この世の誰よりも不器用な人間。それがダイスケ君なんだよ」

 デイサゲの体を蹴り飛ばし、すかさず追い討ちの斬撃を叩き込むダイスケの姿が映った。

「だけど、それでもダイスケ君は前を見てる。不器用だと自覚しながらも、必死になってもがいてる。自分が周りと大きく違っている事に戸惑いながらも、自分を保とうと頑張ってる。…それは、僕には真似出来ない事なんだ。どこまでも不器用で、人間関係に疎くて、自信がなくて、落ち込みだしたら止まらなくて、そのくせ草花に誰よりも愛着を抱いてて、剣術が凄くて、ここぞという時には絶対曲げない信念があって」

 コウ達は、ヒカルの表情が綻ぶのを見た。
 それはとても深い優しさと、尊敬の念に溢れていて。

「そんなダイスケ君が、僕は好きなんだ」

 小難しい理屈や事情、根拠を全て排した至高の笑顔。
 それはヒカルという一人の人間がダイスケという一人の人間に対して抱く、究極の信頼の具現。
 この場にいた全ての者が心を打たれても、誰が責められようか。いや、そんな権利は誰にも無い。

「なんだか、それだけを聞くとヒカリよりもダイスケの方が大切だって言ってるようにも聞こえるな」

 シクーの親友ソウトが茶化した。勿論深い意味は無い。
 それに対し、ヒカルはくすりと笑い、答えた。

「前提がそもそも間違ってるよ。ヒカリとダイスケ君の『大切』は、同じ秤にかけられるようなものじゃないんだから、ね」















 丁々発止。今のダイスケとデイサゲの状況を言い表すなら、これがもっとも相応しい。
 かなりの時間に渡り、二人は幾度も衝突し刃を交えている。あちこちに亀裂が走り、岩が砕け、窪みが出来ている大地の様相が、どれだけ激しいものだったかを物語っている。
 今のところどちらにも疲労の色は見えないが、若干ダイスケの方が優勢である。何しろ攻撃の命中頻度が違いすぎるのだ。
 デイサゲが遅いというわけではないのだが、花散草和の身体能力向上と潜在能力全覚醒によって爆発的に強化されたダイスケの最大速度には遠く及ばない。
 いくら一発の強さで勝っていても、圧倒的スピートでひらりひらりと回避されては意味がない。
 逆にそれほど強くない一撃でも、立て続けに食らえば小さなダメージが蓄積され、馬鹿に出来ないものになるのだ。
 もっとも『ある事情』から、どれだけ攻撃を食らってもデイサゲにとっては些事でしかないのであるが。

「はははは! いいぞ! 最高だ! なぁ、お前もそうだろう、ダイスケ!」

 人間だったら確実に失血死、もしくはショック死してもおかしくないほどの満身創痍だというのに、まるで停止という概念を葬り去った暴走マシンの如くデイサゲは縦横無尽に駆け巡る。
 そしてその隣にダイスケがぴったりと張り付く。

「この状況で、そんな余裕を口に出来るのはあなたぐらいですよ。一緒にしないでください」

 皮肉と呆れの感情を込めた一言でダイスケは返す。
 油断は無いが、余裕もない。そんな感じだ。

「ククッ、言うじゃねぇか。なら、もっと面白くしてやるぜ!」

 突如デイサゲは進路を変え、長距離瞬動で距離をとった。
 何をする気かとダイスケは立ち止まり、身構える。
 するとデイサゲは先刻斬り飛ばされた右腕を強引に右肩へと叩きつけ、なんと元のようにくっつけた。
 さらにそのまま右手を虚空に突き出し、周囲の光を吸収し始めた。
 集められた光子の粒は右手の掌に収束し、どんどん密度を高めていく。

「―――! まさか―――」

 今のデイサゲの構えに、ダイスケは見覚えがあった。
 記憶の底から手繰り寄せたその既視感の正体に、ダイスケは怖気だった。
 この技は拙い。
 しかも、その狙いは自分ではなく―――

「…っ!」

 そこまでの考えに到った瞬間に、ダイスケの体は動いていた。
 デイサゲが狙っているであろう場所に向かい、全力で移動する。
 そして、ダイスケがその場所にたどり着くと同時に、

「サービスだ、食らっとけ!」








「『太陽の閃光(グラン・レイ・ソル)』っ!!」







 その言葉を合図とし、デイサゲの右掌に限界まで収束された光が解き放たれた。
 極太の巨大な光槍が空を裂き、目標へと直進する。

 光線の先にあるのは、草の牢屋。







 牢屋の中の少女達は、迫り来る破壊の脅威を前にうろたえる事しか出来なかった。
 …ただ二人、ヒカリとホナミを除いては。

 二人はしっかりと見据えていた。牢屋の前に立つ少年の背中を。その全身から溢れる決意と覚悟を。

「…………」

 無慈悲な光槍が迫ってくる。圧倒的な絶望を生み出す力の接近。
 だが二人の少女が見つめる少年は、まったく怖れず、動じない。
 ただ静かに、しかし渾身の力を込めて。少年は木刀を、真上から振り下ろした。

 刹那、光槍は跡形も無く掻き消えた。

 何、と、デイサゲが口にするよりも早く、ダイスケはデイサゲの背後に移動し、

「…ええ、あなたがね」

 軽く木刀を振りぬいた。その狙いはデイサゲに非ず。
 刃が通過した空間がピッと裂け――

「この野郎――!」

 そこから消え失せたはずの光槍が出現し、デイサゲに直撃。そのままデイサゲの体を宙に吹き飛ばし、爆発した。
 その余波を受け再び大地は揺れ動き、空気は震え音を伝える。

 最後まで見届けてから、ダイスケは一言ぽつりと告げた。

「『慣れないことはするもんじゃない』。…これも、あなたが言っていた事でしょうに」













「うお、すっげぇ! なぁなぁ、今ダイスケは何をやったんだ?」

 まるで特撮戦隊物を見る子供のように目を輝かせたイクムが訪ねる。
 いつもならここでシグレの冷淡な指摘が入るのだが、今回はシグレにも分からない事なのでイクムの揚げ足を取る事は出来ない――

「……はぁ。その反応、まるで子供ですね」

「うぐっ」

 そうでもなかったらしい。流石は猿回しならぬ、『イクム回し』に定評のあるシグレといったところか。

「あれはダイスケ君ならではの技術だよ。相手の飛び道具を威力そのままで相手に返したんだ」

「いや、それは分かるから一体どうやったのかを教えてよ」

 コウのもっともなツッコミに、ごめんごめんとヒカルは苦笑した。

「そうだね、この際だから詳しく説明しちゃおうかな。今のダイスケ君は、驚異的な身体能力と回復能力の他にもう一つ、特別な能力が使えるんだ」

「特別な能力??」

 その言葉にうんと答え、ヒカルはさらに説明する。

「その能力の名前は、『絶対斬撃』。ダイスケ君が斬るべき対象であるなら、いかなる物理的・特殊・限定条件・概念であろうと斬撃によって断ち切れる絶対能力なんだ。今ダイスケ君が斬ったのは、僕達が存在しているこの位相空間だね。一時的に断ち切ることで空間の切れ目を生み出し、そこに相手の攻撃を吸収させてからすかさず相手のそばで出口の切れ目を作ったんだと思うよ」

 ヒカルの極めて分かりやすい説明を受け、場にいたほとんどの者は「はー」と頷き、理解の意を示した。

「あー……悪ぃ、いまいちよく分からなかったから、もう一度説明してくれ」

 ばつが悪そうに頭をかきながらイクムが言う。
 どうやら彼の頭脳にとって、今の説明はあまりにも高尚すぎたらしい。

「…はぁ。いいですかイクム。車が道路を走っていた時、目の前に山が現れました。その山はまだトンネル工事が終了しておらず、入り口が塞がれています。この時車はどうしますか?」

「は? そりゃ横に迂回するに決まってるだろ?」

「流石にそのくらいは分かるのですね。そこはかとなく安心しました」

「っておい! 今俺のこと遠まわしに馬鹿にしただろ!」

「では次です。再びその車がその山まで行くと、工事が終了しトンネルが開通していました。さて、車はどうしますか?」

「無視かよっ! ……そりゃ、トンネルが出来たならそこを通るに決まってるだろ。わざわざ遠回りする必要もないんだし」

「そうですね、そのとおりです。要するに、それと同じ事なのですよ」

「あー…。なんとなく分かったような、分からないような…」

「………」

「な、なんだよ、そんな哀れむような目で俺を見るなーっ!」

 最早お決まりともいえるミニコント(夫婦漫才ともいう)を眺めるヒカル達は、苦笑するほかなかった。
















 爆発の余韻は消えつつあったが、いまだデイサゲがいるであろう空の場所は黒煙に包まれ、見通す事が出来ない。
 それをじっと睨みつけ、ダイスケはしっかりと構えなおす。
 この程度で参るような相手ではない事は、誰よりもダイスケが理解している。

 やがて黒煙は薄く霧散し始め、隠されていた空の箇所が少しずつ見え始めた。
 その中に浮かぶ直立不動の人影(正確には人ではないため、この表現は正しくないのだが)が、やや前傾に動いた。
 来るか、と警戒を強めたダイスケだったが、その人影の背中が見えた途端、驚愕した。



 ――羽が、生えていたのだ。



 それは、一般的にイメージされる天使の白翼とは、大きく異なっていた。
 黒。まったく明かりの存在しない闇のように深く、濃厚な漆黒の羽根の集合体。
 不吉の象徴とされる烏を連想したのは、感じ取ったからだ。その羽の意味を。
 ダイスケの頬をつー…と汗が伝い、流れ落ちる。

 かつてない緊張と危機感に固まるダイスケを他所に、人影はゆっくりと両手を体の横に上げる。
 その姿は、十字架。かつてメシアと呼ばれた存在が括りつけられた墓標。
 やがて閉じられていた黒翼が左右に広がり始め、完全に開いた。





 ――堕天使光臨の瞬間だった。






 突然、目の前が真っ暗になった。
 それが視界を相手の手が遮ったからだと認識した瞬間、ダイスケは殴り飛ばされた。
 ひゅうと風を切る音が響いたかと思うと、ダイスケの体は岩に叩きつけられ、崩れ落ちた小岩の中にその身を埋めた。

「くっ!」

 立ち上がり、迎撃体勢を取ろうとしたダイスケだったが、

「シャアァァッ!!!」

 この堕天使がそれを許可するはずがない。
 先程の数倍の力が込められた拳の一撃を顔面に食らい、埋もれていたダイスケの体は勢いよく宙へ放り出される。

「ぐぅっ……!」

 激痛に歯を食いしばり、片目を開けたダイスケの視界に飛び込んできたのは、眼前に迫る堕天使の姿。

「な――!」

 思考、防御、回避、反撃。これら全てを行う時間など与えない。
 まるでそう宣告されたようにダイスケが感じたのは、果たして錯覚か。

「ガアァァッッ!!!」

 いきなり堕天使はダイスケの顔を右手で鷲掴みにしたかと思うと、とてつもない速度で急降下、そのまま大地に叩きつけた。
 そして掴んだ手を放さず超速度で移動を開始、ガガガと大地を削りながらしばらく進んだかと思うと急停止し、力一杯それを大地へ叩き込んだ。
 途端に大地は揺れ、ダイスケが叩き込まれた場所を中心に巨大な亀裂が幾筋も走る。
 それでもまだ堕天使の攻撃は終わらない。
 埋もれた相手を無理やり引きずりだし、容赦の無い重く、速い攻撃を立て続けにぶち込む。

「が、ぐ、が、ぐぁっ、が、がはぁっ!!」

 既にダイスケの全身は血みどろにまみれ、見るも無残な姿になりつつあったが、堕天使の攻撃は留まるところを知らない。
 ひたすらに、がむしゃらに、どこまでも果てしなく、限りなく、容赦なく。無慈悲な断罪は繰り返される。
 ひとしきり攻撃を加えると、堕天使は再びダイスケの頭を鷲掴みにし放り投げ自身は空高く舞い上がった。
 そして投げ飛ばしたモノの行き先など気にもかけず、堕天使は空に向かい大きく咆哮する。

 それは、身に滾る衝動と本能の叫び。
 耳にした者全てを畏怖足らしめる、夜の王の声。











 足りない。今の自分では、あいつは斬れない。
 斬るための力が足りない。足り無すぎる。
 ならどうする。諦める? 問題外。やけになる? ありえない。
 可能性はほとんど零に近い。だが零ではない。
 たった一つ、唯一残された最後の手段。
 うまくいく保証は無い。リスクは極めて大きい。だがそれがどうした。
 それしかないというのなら、何を迷う事がある。
 ダイスケは静かに目を閉じ、己の能力を発動した。
 絶対斬撃。ダイスケが斬るべき対象を斬撃によって断ち切る絶対能力。
 しかしその対象は物ではない。敵でもない。
 斬るのは、自分自身。本能と理性を繋ぐ一筋の糸。
 内なる世界で、ダイスケは静かに刀を持ち上げ、振りぬいた。





「――心、封、塞」





 ぷつり。
 糸は、断ち切られた。













 


 突然、堕天使の体が朱に染まった。新たに生じた体の傷から鮮血が噴出し、虚空に小さな雫となって飛び散っていく。
 堕天使がそれを手で押さえた瞬間、どすりと鈍い音が響き腹に漆黒の刃が突き刺さった。

「ガ……!」

 直後強烈な蹴りを顔面に食らい、堕天使の体は斜め下へ向かって急降下を開始する。
 そして間髪いれず、腹に突き刺さった刀の柄頭に叩き込まれた飛び蹴りにより加速度的に降下速度は上昇、そのまま隕石よろしく地面に衝突した。
 
 轟音、そして爆発。
 積み重なった岩の破片から突き出た刀が乱暴に引き抜かれ、それに乗じて襤褸切れ状態の堕天使の姿が現れる。
 堕天使が顔を持ち上げるより早く頭突きが炸裂、再び大地に叩き込まれた堕天使を斬撃の嵐が襲う。
 ひたすらに斬り裂き斬り捨て斬り飛ばし、両手両脚も加わった残酷なまでの攻撃にさらされ堕天使は悲鳴すらあげる事も許されず、一切の抵抗を放棄させられた。
 
 攻撃者は無言だった。その表情は、笑顔。
 しかしそれは人間味をまったく感じられない、邪悪な狂喜の笑み。
 獲物を切り刻み、嬲る事を愉しむ『狂戦士』の笑みだった。

 その表情の前に突き出された手から魔力が放出され、弾けた。
 衝撃で思わず手を放した狂戦士を思い切り蹴り飛ばし、堕天使はようやく攻撃の雨から脱出した。
 だが堕天使の表情に安堵はない。表れていたのは狂戦士のそれと同質の笑み。

「コ、ワ、ス」

 抑揚の無い口調でたった一言呟き、堕天使は狂戦士目掛けて突進を慣行した。
 それを受ける側もまた笑みを絶やさず、黒く染まった右手の木刀を振りかざし迎撃する。

 












 自分達は今、何を見ているのか。
 牢屋の中の少女達全員がまったく同じ感想を抱いたのは、ある意味奇跡といってもいい。
 目の前で繰り広げられている、あらゆる道理と理屈を無視した死闘は、本当に現実なのか。
 そう感じてしまうのも無理の無い話だ。以前見た、ダイスケ対ナシェンなどの比ではない。
 獰猛な獣が、一方的に獲物の弱者を痛めつけているようにしか見えない戦いを、こんな現実離れした戦いを目の当たりにして、怖れを抱かぬ人間がいるだろうか。
 ましてや、戦う者の身を案じぬ人間がいるだろうか。答えは否だ。

「ダイスケ……さん……? あれは……本当に……ダイスケさん……なの……?」

 真っ先に不安を口にしたのは、いまだヒカリの背中にしがみ付いている美少女レイン。
 それを聞いた他の少女達も顔を曇らせる。やはり皆、思うところは同じだったらしい。

「私達……こんな所に閉じ込められて……ただ見ている事しか出来なくて……。無力ですね……今の……私達は……」

 苦しそうに言葉を続けるのは、盲目の少女シトリン。
 『見る』事が出来ない彼女らしからぬ言だが、あながち間違った表現でもない。

「な、何なのよあれ……。さっきから次々と、何がどうなってるのよ! 何で私達がこんな事に巻き込まれなくちゃいけないわけ?! 冗談じゃないわ!」

 悲憤慷慨気味の発言をしているのはケイコ。自己中心的に見えるが、これでも内心はダイスケの事を心配しているのだ。きっと。
 やがてその矛先は、じっと眼下の成り行きを見つめる二人の少女へと向けられる。

「ちょっとそこの二人、何黙って突っ立ってるのよ! 何か言い――」

 つかつかと歩み寄り、少女の一人……ヒカリの肩を掴んで引き寄せたケイコは息を呑んだ。

 ヒカリの唇の端から、血が垂れていたのだ。

「あん、た、もしか、して、舌を……」

「……………」

 ケイコの問いには答えず、ヒカリは視線を元の位置に戻した。
 狂戦士(バーサーカー)と化したダイスケと、堕天使に成り果てたデイサゲの拳が互いの顔にめり込んだ瞬間が瞳に写る。
 それを見て、苦悶の表情を浮かべ、それでもヒカリとホナミは何も言わない。何を言うべきなのか、まったく思いつかないのだ。

 それは、無意識の自覚。
 ただ見守る事しか出来ない自分達が無力な存在でしかないという、余りにも辛い事実。
 先程のデイサゲの言葉が二人の頭をよぎる。

『てめぇらに一切の権利はねぇ』

 まさにそのとおりだった。
 今の自分達には、自分で選ぶ権利も、選択肢も存在しない。
 出来る事はただ待つ事のみ。この場所でひたすら待ち続け、見守る事のみ。
 そしてそれすらも、この状況から与えられた行動に過ぎないのだ。

 だが、それでも。それでもなお、二人は見つめる。
 この世の誰よりも強く想う、少年の背中を。








 





 狂気と狂喜の宴は、最高潮を迎えつつあった。
 互いを排除すべき敵と認識し、必殺の一撃を繰り出し続ける二つの影。
 その様は最早戦いというより、ダンスだった。

 堕天使は狂戦士に爪で問う。『U.N.オーエンは何者か?』と。
 狂戦士は堕天使に刀で返す。『U.N.オーエンはここにいる』と。

 堕天使は笑い、さらに問う。『ならば一体どこにいる?』と。
 狂戦士は笑い、問いかける。『U.N.オーエンは誰なのか?』と。

 繰り返されるやりとりは世界を歪め、世界を引き裂き、世界を砕く。
 それすらもリフレインとして利用し、なおも二つの影は踊り狂う。

 それは永遠にも似た一時。泡沫の夢。しかし永遠に非ず。
 始まりは必ず終わりを伴う。これもまた然り。

 二つの影は互いに離れ、対峙した。

 堕天使の黒翼から無数の羽根が散り、手元で集まり剣を成す。
 触れし理、存在全てを破壊する闇炎の具現、魔剣レーヴァテイン。

 狂戦士の体を護る無数の花弁が乱れ、手元で集まり刀を成す。
 花散草和の力より生まれし唯一無二の長剣、神刀『楼欄燈』。

 交錯する視線。交わる剣気。
 それら全てを踏み越えて、二つの影は同時に爆ぜる。
 思う全てをこの一撃に、願う全てを己の得物に。二つの心にあるは一念のみ。

 相手を、『斬る』。

 黒の鉄槌一坤と、黒桃二色の斬撃十字が虚空で出遭い―――









 ―――悲鳴にも似た旋律を奏で、虚構の世界が引き裂かれた。






 







#4 ”『“Q”uod “E”rat “D”emonstrandum.(存在証明終了)』”








 突如眺めていた映像がぐにゃりと歪み、ぴしりと亀裂が走った瞬間見物客と化していたヒカル達は脱兎の如くその場から脱出した。
 そして場にいた全員が安全圏と思われるであろう位置まで退避を完了したと同時に、今まで映像を映し出していた固有結界の境目は粉々に砕け散った。
 途端に猛烈な爆風が発生し、一種の弾幕となった岩やら瓦礫やらガラスの破片やらがヒカル達目掛けて次々と飛来してきたが、咄嗟に近くの窪みへ飛び込んだためなんとか全員事なきを得た。

 全てが収まった事を確認してから、恐る恐る窪みから顔を出したヒカル達の目に飛び込んできたのは、先程まで固有結界が存在していた場所に立つ二つの人影。
 目を凝らさずとも、その二人が先程まで死闘を繰り広げていたダイスケとデイサゲであるという事はヒカル達は勿論イクムでも理解できた。

 固唾を呑んで見守るヒカル達にはまったく気付いていないのか、無言のまま見つめあう二人。

 先に変化が現れたのはデイサゲの体だった。

 ピッと短い音がしたかと思うと、デイサゲの背中に生えていた黒翼の付け根に筋が走り、ばさりと音を立てて地に落ちた。
 落ちた翼は無数の羽根に分かれ、黒い霧となって虚空へと立ち上り消えていく。
 そして完全にそれが消えた瞬間、直立不動の姿勢を保っていたダイスケの体がぐらりと揺れ、そのまま前方へと倒れかけた…が、デイサゲがそれを受け止めた。
 腕の中の存在が意識を手放している事を確認すると、デイサゲはにやりと口元を歪める。

「五分四十七秒…か。ふふん、もっと長引くかと思ったが、存外早く片付いたな。…ま、最後の最後で踏ん張りきれなかったみてぇだが、お互い様って事にしといてやるよ」

 そう呟くと、デイサゲは地を蹴り姿を消した。








 ヒカル達が隠れた窪みから少し離れた場所で立ち尽くしていたヒカリ達の前に、突然デイサゲが現れた。
 思わず硬直する少女達を一瞥し、デイサゲはふんと鼻を鳴らし、不機嫌そうに告げた。

「おら、何呆けてやがる。さっさと治せ。てめぇの領分だろうが」

「………え」

 一瞬、それが自分に対しての発言だという事が分からなかったヒカリだが、どさりと無造作に放り出されたダイスケを見た瞬間『医者モード』に切り替わり、治療を始めた。
 その様子を眺め、デイサゲはまた不満げに鼻を鳴らす。こういう時ぐだぐだのろのろされるのがデイサゲは大嫌いなのだ。
 これだから女って奴はと心の中で愚痴ってから、デイサゲは待ちぼうけを食らわされている残りの少女達の方へと向き直った。

「…ふん。運がよかったな、餓鬼共。ダイスケが俺を止めやがったんだ、取り合えずはてめぇらの生存を認めてやる。だが忘れるな。俺にとっちゃ、てめぇらなんざ路傍の小石同然だ。次また同じような事になったら、その時は容赦なく俺はてめぇらを切り刻むぜ」

 完全に気圧され黙りこくる少女達を横目に、デイサゲは空間を人差し指で突いた。
 するとそこを起点に、ギギギとガラスを引っかくような音を立てながら空間が横方向に避けた。
 その裂け目に移動しデイサゲはさらに続ける。

「いいか、てめぇらに一切の権利はない。俺に刃向かう権利も、俺のお気に入りの枷になる権利も、自決する権利も無ぇ。恨みたきゃ力のないてめぇを恨め。俺に出遭ってしまった不運を嘆け。せいぜい必死に足掻いてもがくんだな。ひゃーっはっはっはっは!」

 声高々に笑いながら、デイサゲは少女達に背を向け、裂け目の中へと姿を消した。
 そして裂け目が完全に閉じるのを見計らったかのように、少女達の何名かがばたりと倒れる。どうやら緊張の糸が切れてしまったらしい。
 辛うじて意識を保っている残りの少女も、気を落ち着かせるので手一杯のようだった。

 そんな中、ただ一人ホナミだけが、複雑そうな表情を浮かべ立ちすくんでいた。
 その表情に隠された感情を伺い知る者は、この場には誰も存在しない。

















 学園全体を襲った思いも寄らぬ大惨事から、一週間が経った。
 見るも無残な廃墟と化していた学園施設は瞬く間に復興され、今ではもう以前とほぼ変わらない学園生活が送られている。

 その復興された学園の一角、人気の無い場所に、三人の生徒の姿があった。
 いわずと知れたダイスケ、ヒカリ、ホナミである。
 三者は互いに等しく距離を置き、三角の配置に並び立っていた。
 三人とも表情は真剣そのもので、この場の空気が極めて緊張している事を示している。

 しばしの間、重苦しい沈黙が場を支配していたが、ダイスケがそれを破った。

「……まずは、こんな所に呼び出したことを謝らせてください。……こうでもしないと、落ち着いて話が出来そうになかったので」

 すみませんでした、と頭を下げるダイスケ。丁寧な言い回しだが胡散臭くはないのがダイスケらしいところである。

「いいよぉ、そんなの。ダイスケ君がわざわざ謝るような事じゃないんだから、ね?」

 わざとらしく明るい口調で返すホナミだが、無理をしているのが誰の目から見ても明らかである。
 ホナミに同意を求められ、頷いたヒカリもまた同様だ。こういうところはこの二人の極めてよく似ている面だといえる。

「あの…もう…体の方は…大丈夫…なの…?」

 ヒカリの言葉に、ダイスケは『大丈夫です』と笑って返した。

 あの騒ぎでダイスケが負った傷は深く、また体力と精神力も極端に削られていたためか回復にはかなりの時間を要した。
 今ここにこうしてダイスケが立っていられるのは、ヒカリが三日三晩つきっきりで治療・看護した成果だ。
 ちなみにイーブイ含むその他の人物が手助けしようとしたのだが、ヒカリの鬼気迫る様相に気圧され、まったく手出しできなかったというのは余談である。

 なおも心配そうな表情のヒカリに再び『大丈夫です』と念を押してから、ダイスケは表情を引き締めた。
 それに対し、ヒカリとホナミは不安と恐れと決意を秘めた眼差しで見つめる。

 これからダイスケの口から出る言葉が、自分達の関係を変える。

 逃げる事は出来ない。許されない。そんな選択肢は最初から存在しない。
 それはここに来る前から分かりきっている事。そして覚悟している事。
 静かに、しかし内心はけして穏やかではなく、二人はダイスケの言葉を待つ。
 言葉を捜しているのか、しばらく口をもごもごさせていたダイスケだったが、やがて決心したらしく口を開いた。

「―――ありがとうございます」

「「え?」」

 唐突な感謝の言葉。
 その意味を推し量れず、少女二人はきょとんとする。
 そんな二人を見て苦笑を浮かべ、ダイスケは言葉を続ける。

「どうしていきなり『ありがとう』なのか、疑問をもたれているでしょうね。……これは、今の僕があなた達に対してはっきりと感じている感謝の気持ち、それを端的に表したものなんです」

 ちょっとシンプルすぎますけど、と苦笑を深め、ダイスケはさらに続ける。

「僕は変わり者です。対人コミュニケーションが苦手で本番に弱くて、喘息持ちで左耳が聴こえなくて、周りに合わせることがなかなか出来ない不器用な人間です。……自分をただ貶すつもりはありません。でも、自分と周りの違いぐらいは把握しているつもりですから」

 そこまで言うと、ダイスケは物憂げな表情を見せた。
 それはとても深い実感と重みが含まれた、真実味のある表情。

「……でも、そんな僕を、ホナミさんは好きだと言ってくれた。ヒカリさんは好きだと想ってくれた。……自惚れているわけじゃありませんけど、本当に嬉しかったんです。だから、まずは言わせてください。『ありがとう』と」

 そう言い、屈託のない笑顔をダイスケは見せた。
 ダイスケからお礼を言われる事には慣れている二人だが、こうして面と向かって感謝されると流石に恥ずかしい。
 ほんのりと顔を赤らめ、ヒカリとホナミは少しだけ俯いた。
 そんな二人に、『でも』とダイスケは付け加える。

「今の僕にあるのは、それだけなんです。それ以上の気持ちは、どこを探しても見つからないんです。……ヒカリさん達に好意を持っていないわけではありません。でも…そこから先がない。少なくとも、今の僕には分からない。あったとしても、分からないんです」

 だから、『答え』を求めた。縋りつく『答え』を探し求め、結果思考の迷宮に迷い込んだ。
 それは二人の真摯な『気持ち』に対し、『答え』で返す行為。もっとも愚かで卑劣な選択。
 英語の問題に数学の解答を書き込むような的外れの行動だ。
 それがデイサゲの逆鱗に触れた。
 彼は自分のお気に入りが、そんな明らかな間違いを犯す事を許さなかった。
 そのせいでダイスケが、ダイスケ自身を否定してしまう事を放っておけなかったのだ。

 あの死闘で、ダイスケはそれに気がついた。いや、気付かされた。
 そしてそれは、デイサゲにしか出来なかった事。
 だが、デイサゲは答えを提示したわけではない。彼がダイスケにした事は、あくまでも手助け。
 己の足で立ち、己の腕で掴み、己の眼で見極め、己の心で決めるためのきっかけを与えてくれたのだ。

 だから、言おう。
 初めから自分の中にあった、たった一つの気持ちを。
 今こそ告げよう。
 伝えるべき人達に。

「……だから、お願いします。僕が、ヒカリさん達に対して抱いている本当の『気持ち』を見つけるための、手助けをしてください。きっと、この『気持ち』は僕だけでは見つけられない。だからこそ、僕は見つけたい。あなた達と一緒に、ヒカリさん達の力を借りて、一緒に見つけ出したい。……これが、今の僕があなた達に伝えられる、一つの『気持ち』です」

 そう言い切ったダイスケの顔は、輝いていた。
 ひたすらに己を見つめ、人を見つめ。心をさらけ出した一人の人間の姿。

 知らず知らずのうちに、二人の少女は涙をこぼしていた。
 本当の意味では、満足のいく答えではなかった。本当の意味では、求めていた答えではなかった。
 でも、理解った。はっきりと伝わった。見る事が出来た。
 自分達が想いを寄せる少年の、本当の気持ちが。手を伸ばしても届かないと思っていた、彼の心が。

「……うん」

 たった一言。それで事足りた。全ては、それで十分だった。











 今の一部始終を、校舎の屋上から眺めていた教師、カナは大きく嘆息した。
 その表情はどこか憂げで、不満がありありと表れている。

「どうやら、結論が出たみたいだね」

 声がした方を振り向くと、そこにはカナの見知った人物がいた。
 その言葉には答えず、カナは再び視線を戻す。
 二人の少女に抱きつかれ、困惑するダイスケの顔が見えた。

「なーにが結論よ。早い話、問題の先送りじゃない。『宿題をやる気はあるので、提出期限を延ばしてください』って言ってるようなものだわ」

「ははは、カナらしい解釈だね」

 軽く受け流しつつ、その人物…教師ケンはカナの隣に並んだ。
 カナはというと、相変わらずの不満顔である。どうやらよほど気に食わなかったらしい。

「そこまでムキにならなくてもいいじゃないか。僕達としては、今回ダイスケ君がたどり着いた結論は間違っていないと思うよ」

「それはケンが男だからよ。女の子の私には当てはまらないわ」

「あれ、意外だね。いつからカナはツンデレ属性持ちになったんだい?」

「なっ、だ、誰がツンデレよっ!」

「だってそうじゃないか。本当はカナも納得してるんでしょ? この結末に」

「………」

 ぷいとそっぽを向き、黙り込んだカナを見て、素直じゃないなぁとケンは心の中で苦笑する。
 もっとも、カナのこういう一面も悪くは無いと思っているのだが。

「確かに、今回ははっきりとした形の結論は出なかった。でも、それは裏を返せば、本当に自分の心を知っているからこその判断でもある。安易に結論を急いでも、いい結果にはならない。早計とも言うしね」
(だな。例えはっきりとした結論を出したとしても、必ず誰かが傷つき苦しむ事になる。もし安易に出した結論でそうなってしまったら本末転倒だ。だったらいっそ、一緒に悩み、苦しむ方がいい。これも相当な覚悟がいる選択だ)

 ダイスケがその決断を出来たのは、よくも悪くも今回の騒動のおかげ。
 そう思うと複雑な気持ちになるが、それでもいいと思う気持ちも確かにある。

「……ってるわよ、そんな事」

 ぼそっとカナが呟く。

「わかってるから、なおさら気に食わないのよ! 今回私は何も出来なかった。ただ傍観者としている事しか出来なかったのよ!? しかもどこぞの少年漫画じみた熱血展開で勝手に進行して解決しちゃって、女の子は完全に引き立て役じゃない! まったく冗談じゃないわ!」

 次々と飛び出すカナの本音を前にしても、ケンは動じない。
 普段とは真逆の光景に違和感を覚えるが、たまにはこんな日もあるだろう。

「いいじゃないか。いつも同じ事の繰り返しじゃ、すぐに飽きが来て楽しめなくなる。たまにどんでん返しがあるくらいの方が面白いものだよ」

 にやにやしながらケンが言う。
 ちなみにこれは、普段のカナが主張している事だったりする。

「よかないわよっ。ああもう! これじゃこれから私が何をしても完全に後手じゃない……。恋は常に先手必勝なのよ…受けに回ったら一生そのままなのよ…カウンターはトリプルクロスカウンターまでいかないと意味がないのよ…」

 何やら意味不明の言葉をぶつぶつと呟き始めたカナは放置して、ケンは視線を空に向けた。
 西の空には真っ赤に燃える太陽がゆらゆらと浮かんでいる。きっと明日は晴れだろう。

「…壊れたものは、二度と元には戻らない。でも、新しく創っていく事は出来る。
(はてさて、彼らはこれから一体、何を創り出していくだろうな)
 それはこれからのお楽しみだよ」

 二人のケンの呟きは、夕凪の涼風の中へと溶け、消えていった。














「……そうか。それが、ヒカリの答えなんだな」

 数日後、ヒカリは自分に告白した同級生、コトキと対面していた。
 その表情からは、どこか力強いものを感じ取れる。
 それがヒカリの覚悟と決意の表れだという事を、コトキはすぐに見抜き、理解した。

「ごめん…なさい…。でも…やっぱり……私の中の……特別な意味での一番は……一番好きな人は……ダイスケ君しかいないから……だから……その……」

「いいって。それ以上聞くと、こっちが悪く思えてくるから。俺は自分の気持ちに従い行動した。ヒカリもそうした。だったらそれでいいさ。…それ以上は野暮だ」

「あ………」

 何かを言いかけたヒカリを、コトキは手で制した。

「だけど、これで諦めたわけじゃない。ヒカリの気持ちはずっと変わらないかもしれないし、そうでないかもしれない。……それまで、俺は待つよ。俺の気持ちが変わらない限り」

 それだけ言うと、コトキはヒカリに背を向けた。

「あり……がとう……。コトキ…君……」


















「…ふう。見事に振られたなぁ」

 帰り道の途中で、コトキは誰という事も無く呟いた。
 悔しい気持ちがないわけではない。だが、思っていたほど深刻に落ち込んではいなかった。
 もしかすると、こうなる事が予め分かっていたのかもしれない。

「それでも、一応行動はしたんだが、な」

 美しい月に見とれ、それを手に入れようと手を伸ばした。
 そして手に入れたと思ったら、それは水月。水面に浮かぶ幻想の月。
 流水は月を捉えられなかった。

「……完敗、だな」

 最後の発言が誰に向けたものなのか。それはコトキにしか分からない。




 それら全てを常として、世界は廻る。
 この世界はあまりにも残酷で、あまりにも優しいのだから。





To be continued?






後書き


やあ、バーボンハウスへようこそ。このテキーラはサービスだから、まずは落ち着いて飲んでほしい。
…冗談です。
フラグブレイカー続編、いかがでしたか?
今回は今まで試験的に行ってきた書き方の変更を大幅に実行、なおかつ描写の強化に力をいれました。
個人的に気に入っているのは吹っ切れたダイスケとデイサゲのバトルシーン、そしてイクムとシグレの夫婦漫才です(ぇ)
それから今回は執筆の際にBGMを聞きながら作業しました。
なので場面場面で推奨BGMみたいのがあったりします。
具体的には、天解直後のダイスケのバトルシーンは『meaning of birth』(アビスのあの曲ですね)、後半の発狂バトル(ぇ)が『U.N.オーエンは何者なのか?』(東方の有名曲です。ニコニコやようつべで探せばきっと見つかるでしょう)になっています。
後今回はガチシリアスの予定でしたが、流石に息が続きませんでした(ぁ)
ところどころにある小ネタはその名残です。
さて、これからが楽しみですね(何)

by だいす けん

[473]
ガルダ - 2008年06月11日 (水) 19時21分

ギル「何が起きたかと思えば……ガチで殺し合いをやっていたか。珍しい事もあるもんだな。」

確かにな。学園内でこの様な事態が起きるとは誰も予測していなかっただろう。…が、収穫もある。

???「実に面白い戦いだった。たまには外に出てみるものだな。」

ギル「薬屋!?」

???「…戦いにおいては理性など必要ない、人間の本能は元々戦う為にあるのだからな。」

今回の戦闘は、それを実証してくれたと言うことだ。
更に………

???「力なき者は、力のある者によって破壊され、蹂躙される。そこに相手の『反抗する』という権利は一切無い。ただ一方的に殺され、引き裂かれ、無残な死骸に成り果てるだけだ。」

ギル「成程、今回の件はそれも証明したか。…もっとも、戦場じゃそんなのは当然だがな。」

問題だったのはここが戦場じゃなくて学園だったてところだ。要するに訪問者次第でどこでも戦場になりうるという事だな。

???「我にとって今回の事態は良い収穫だった。……ギル、我は薬の材料となりうる物を回収出来た、今日は撤退させてもらうぞ。」

ギル「薬屋の勝手にしとけよ。俺は知らん。」









ギル「さて、と。作者、今回の事態はどう思う?」

そうだな。一応此方の者に被害は無い、それなら俺は関知することではない。
むしろ、他の者達が気がかりと言えよう。

ギル「確かにそうだな。」

さて、これが答えという事ならば…………果たしてこの後の状況がどうなるか。それを楽しみにしようではないか。

ギル「へっ、それは言えてるな。」

[474]
アット - 2008年06月11日 (水) 21時54分

ストライガ「残念だ、ダイスケ。貴様の進化は、俺の目論見には届かなかった」

シクー「いきなりボイスネタな上に、学園編で出たことのないキャラじゃないか!?」

 そこは、まぁ……ノリです(オイ)。
 何気に更なる続きがあるかもよ(謎)。



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