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タマムシ大附属学校

ポケモンのオリトレ小説、学園パラレル企画掲示板。
要するに、オリトレ達のドタバタ学園コメディ(待て)。
物語がどう突き進むかは全く不明ですが、何はともあれ楽しみましょう。

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[471] 破壊(その1)
だいす けん - 2008年06月11日 (水) 00時03分








      何もかも、全部ぶっ壊れちまえ










 人間とは不便なものである。
 いきなりなんだと思われるかもしれないが、なんとなく理解してもらえるものと思う。

 まず、人間は食べなければならない。
 牛、鳥、豚といった家畜を飼育するのは動物由来の栄養源を摂取するためであるし、米、小麦といった穀物類や人参、大根、玉葱といった野菜類を生産するのは植物由来の栄養源を摂取するためだ。
 その他にも水、鉱物由来の生体必須金属といった非生命由来(食というものの性質上、生物から摂取する事が多いのだが)の栄養素も定期的に摂取しなければ、人間としての体を維持する事すら叶わなくなる。
 人間は寝なければならない。
 一部例外は存在するが、基本的に人間は太陽が昇る朝から活動を始め、太陽が沈んだ後に訪れる夜に睡眠を取る。
 日々の生活を維持するために、あえて睡眠に割く時間を削る者もいるが、そういった習慣の行く末が大概悲惨な結果となるのは自明の理だ。人間は寝なければ生きられないのである。
 人間は種を残さねばならない。
 程よく肉体が成長し、ある時期を迎えると人は異性の存在を強く求める。
 家族とも友人とも違うそれは、まず恋愛というきっかけから始まり、徐々にその絆を深め、やがて生涯を共に歩む運命共同体(パートナー)を得るための活動原動力となる。
 人間全てが持つ三大欲求と称されるこれらは、皆本能の賜物。

 世界に数多存在する他の動物も例外なく保有する、己が生を維持し、種族を存続させんとする意思無き意志。
 この意志という一つの概念においては、一般的な動物は実に単純である。
 食べる事に迷いはなく、寝る事に怖れを抱かない。その時期を迎えれば、遠慮なく繁殖の行為に及ぶ。
 植物はというと、多少これらの概念が他の生命とは異なってはいるがそれでも単純だといえるだろう。

 しかし、人間は。
 人間だけは、違う。
 食一つを取ってみても、人間は大いに苦悩する。
 一日の食い扶持をどうやって稼ぐか、偏った食事になっていないか、そもそもこれは食べてもいいものだろうか…など、例を挙げるときりがない。
 睡眠もまた同様だ。
 食ほど込み入った話になる事は少ないが、人によっては睡眠に強い恐怖を抱く場合がある。
 その恐怖の要因は様々だが、本来睡眠が持つ役割である体と心の休息及び回復という概念が抜け落ちている点が共通しているだろう。
 そして、種を残す事。
 これがある意味、もっとも人間を苦しめるものと断言してもいい。
 春になり、盛りを迎えた雌猫の嬌声に呼び寄せられた雄猫が己の取る行動を迷う事はまずない(雌猫に拒絶される可能性はないともいえないが)。
 だが、人間はそうはいかない。生殖行為というもっとも重大な最終段階へ到るまでの過程が、あまりにも長く、複雑なのだ。
 ある人間にとっては、さほど苦にならないかもしれない。
 しかしある人間にとっては、それこそ食や睡眠にも影響しかねない程深刻な事態になる事も珍しくないのだ。
 何故人間だけがこうなのか?
 その理由は、たった一言で片付いてしまう。

 『人間だから』

 一見余りにも稚拙な極論に過ぎないが、これは『人』として考えうる者全てに共通する限界点、終点なのである。
 人として生を受け、日々を過ごし、最後を迎えるという流れから脱する事が出来ない以上、これら他の動物にしてみれば無用の長物でしかない苦悩から完全に逃れる事は不可能なのだ。
 そしてそれこそが、人が『人』であるという証明の一つにもなる。
 上三つの欲求に関連した悩み、苦しみを一つも持たぬ者がどこにいようか。
 いたとしたら、その者は本当に『人』として生を謳歌しているのだろうか。
 その者は、己を『人』として認識しているのだろうか。

「しるか、んな事。『人間』じゃねぇ俺には、何の関係もねぇし興味もねぇよ」

 ……もし、もしもの話だ。人外の存在が現実にいたとしよう。
 その存在は人と同じように言葉を話し、解し、知識を持つ。みてくれも人のそれと同じであり、人のような固有の名前も持つ。
 しかし、それは人間ではない。
 人ではない在り方を常とする存在が人間を客観的立場から見た時、果たしてどのように解釈するのか?

「解釈だと……? なんだそれは? 必要なものか、あぁん?」

 人の基準で測れない存在が、人を見た時。
 それは、人が人以外の基準を持って測られる時。
 測る者と測られる者は逆転する。いとも容易く。

「俺は俺だ。俺を『人間』の基準で測りたきゃ、勝手にしろ。…だがな、俺がそれをよしとするかどうかは別問題だ。何せ――」

 考えても分かるはずがない。
 相手は、『人ではない』のだから。
 人の価値観を、思慕を、情念を持たず、求めず。位相の異なる世界からただ傍観している存在なのだから。

「俺は、人間って存在(やつ)が大嫌いなんだよ」

 眉よりも細く、透き通るような光を放つ二日月の下で、人外の者は嘲う。
 それはか弱き命ならばそれのみで絶命させられるほどに、世にも恐ろしい笑みだった。
















学園短編『フラグブレイカー』続編

『恋愛――患者を結婚させるか、あるいはこの病気を招いた環境から引き移すことによって治すことができる一時的精神異常』











#1 ”暗夜行路”





『詮ずる所。誰も彼も、全てを見失ってしまうのだ。
 其を厭わば、初めから瞼を下ろし、何も見ぬが良かろう。――― 夜雀』

 人は、いつか何も見えなくなる。
 視力が落ちるとか、ピントが合わなくなるとかそんな話ではない。
 人は、灯りを灯す。
 それをしなければ見えないからだ。
 光無くして、物を見る事が出来ないからだ。
 故に、人は怖れる。
 灯りが消え、真正の闇に包まれる事を。
 そのような闇が存在し、己を脅かす事を。
 だからこの夜雀はこう言ったのだ。

『見失う事が怖いのは、初めから見えているからだ。
 闇を怖れるのは、初めから光を知っているからだ。
 ならば最初から見なければよい。闇の中に身を置けばよい』

 狼に育てられた少女が狼を怖れるか。
 猫と共に飼われた鼠が猫を怖れるか。

 それを己が世界の一部としたなら、そこに恐怖など生じない。
 恐怖とは未知なる対象と遭遇したその時に生まれるのだから。










―――…あぁ、そうか………今……何も見えないのは、そのせいなのか―――










 明り取りの窓一つ無い、三乗程度の小さな部屋。
 外界を照らす日光と完全に切り離されたこの粗末な薄暗い監獄の隅で、少年は膝を抱え座り込んでいた。
 元々健康そうには見えなかった両頬は落ち窪み、双眸の下は赤く晴れあがり直視するのが痛々しい。
 一刻、また一刻と時が流れていくが、その姿勢は崩れず不変のまま。
 唯一見受けられる動作といえば、聞き耳を立てねばしている事に気付かぬほど小さな呼吸、眼球の乾きを防ぐためだけに行われる瞬き、そして……口唇のみ。

 その口から漏れているのは言葉であり言葉に非ず。最早その本来の意味を持っていなかった。

「………ぁ――……ぅ――……」

 少年は何もしていない。

 少年は何も出来ない。

 少年は何も分からない。

 少年は―――

「………もう………嫌だ…………」

 宣告よりもさらに深く、より強く。両の膝を抱え込み、その谷間へ顔を埋める。再び少年の動作は停止した。
 しかし、停まったのは肉体の物理的動作のみ。目に見えぬ、彼の内での動作は、延々と続いている。

 それは、外の世界では存在を否定された永久機関。
 一度動き始めたなら、半永久的に持続する運動現象。
 
 『思考』という名の無限円環に、少年の心は完全に組み込まれ、呑み込まれていたのだ。

「―――……」

 壁に掛けられた時計の長針が、この日二度目の短針との再会を果たした。




















 ラグナは不良だ。
 ここまできっぱり言い切れるのもどうかと思うが、事実そうなのだから仕方がない。

 彼の言動には棘があり、彼の立ち振る舞いは周囲にある種の畏怖を植えつけるものがある。
 加えて、彼の性格と行動は非常に捻くれている。
 教師は勿論のこと、知人の言う事にも素直に耳を貸さないし、そもそも人を気遣うといった行為を進んで行った事がない。
 無論このように語っている段階で、まだ知られていない彼の側面や個人の事情があるというなら話は別なのだが。
 ちなみにココロという名のよくいえば純真無垢、悪くいえば無知童心な不思議少女には非常に弱く甘い一面を見せるという話だが、ここでは割愛する。

 そんな彼が、学園屈指のPC愛好者であり情報通でもある容姿はまあまあの少女、ユウナと共に夜道を歩いていたのは、別段深い理由があったわけではない。
 なんとなく寝付けず、なんとなく外の空気が吸いたくなり、なんとなく空に浮かぶ月を眺めながらブラブラしていただけなのだ。
 彼女と鉢合わせたその時にどこからともなくみょん(誤字ではない)な仮面と服装をしたタイチが『俺の本領は空中戦なんだよ!』とかなんとか叫びながら飛び掛ってきたのだが、ユウナの『初の舞、月白』であっさりと返り討ちだったのはこの際どうでもいいのでこれまた割愛する。

 特にこれといった会話も無く、やけに重苦しい空気を纏ったまま二人は歩く。
 別に気まずいわけでもなく、やましい事をしているわけでもないのに、何故か進んで会話する気が起きないのだ。
 まったく自分らしくも無ぇな、と剣山のように棘々しい頭に手をやり、ボリボリと掻くがそれも気を紛らわす為のもの。
 ユウナはユウナでそっぽを向いて何やら考え込んでいるが、その内容を表情から読み取る事は出来ない。
 ちっ、とラグナは舌を鳴らして頭上を見上げた。煌々と幾多の星が輝き、その中にある二日月はまるで漕ぎ手のいない流れ筏を思わせる。

「ったく。めんどくせぇな」

 その一言が指しているのはこの状況か、それとも自分自身か。それは本人にすら分からなかった。









 ――不意に、その存在は現れた。








 楽しい会話中に、雰囲気を壊す発言が飛び出し場の空気が瞬く間に重くなった事は、多かれ少なかれ誰にでもある経験だろう。
 しかし、『いきなり非現実的な世界へと叩き込まれる』といった経験は、それこそ小説や漫画の主人公でもない限りありえない話である。
 当然それは、この場にいた二人……ラグナとユウナにも当てはまる。
 彼らは多少変わった言動こそあれ、唯の一般人に過ぎない。
 間違っても神の候補者に選ばれ空白の才を得る為に戦う能力者ではないし、異世界の王と契約し永久の命と猛き炎を与えられる討滅者でもなければ念能力が使える超人的技能を持つ狩人でもない。
 だが、今極々普通の高校生二人の前に立つその存在は、明らかに違った。

 ボサボサに逆立った短い深緑の髪と、雨無き荒野の地のような褐色の肌。
 黒と緑の帯を織り成した服装に、腰に下げられた一振りの日本刀。
 両の手を穿き物の横に突っ込み、二人を見るその瞳は赤く、狂気に満ちていて――

「…どっちだ?」

「――――っ!」

 たった一言、取るに足らない、何気ない質問をされただけ。
 それだけ、それだけだというのに、何故息が詰まるのだ。
 何故両膝は笑い、脂汗が浮かび、体は硬直しているのだ。
 
「フラグが多いのは、どっちかって聞いてんだよ」

 ―――ぞくり。
 まるで背中に氷柱を叩き込まれたような感覚。
 それが彫像と化していた二人の肉体に、身震いという現象を生じさせ、僅かな活動時間を与えた。

「ラグナ、さっさとにげ――!」













 どしゅっ……!













 くだらねぇ。
 忌々しげにそう呟き、唾をぺっと吐き捨てる。
 わざわざこんな回りくどい真似をしたにも関わらず、何の収穫も得られなかったというのが一番腹立たしい。

 そもそも、したくもない加減をしなければならない事が理不尽極まりないと心の中で毒づく。

 俺が道端を歩くだけで、世界の気は乱れ狂う。
 俺が軽く触れただけで、貧弱な命は砕け散る。

 そこそこの昂ぶりを感じ取り、足を運んでみたらそこにいたのは乳臭い餓鬼が二人。しかも片方は女。
 元々悪かった機嫌がさらに悪くなった。むしろ最悪といってもいい。
 目障りだったので地面に樹術をかけ、鋭く太い大樹の根を召喚し女の腹にぶち当てた。
 どてっぱらに風穴が空いたようだが、そんな事はどうでもいい。
 女という存在の脆弱さは嫌というほど知っている。いちいち気にするのも馬鹿らしい。

 女は女で気に食わないが、別の意味で気に食わなかったのはもう一人の糞餓鬼の方。
 穴あき女が倒れるやいなや、棒切れを握り締めて我武者羅に飛び掛ってきた。
 正直、一番腹が立ったのがこの瞬間だ。
 明らかな実力差があり、それを自覚しているにも関わらず特攻するなど愚行の極み。
 そうしなければならない時があるとしても、今はそうではない。そもそもそんな理屈分かりたくもない。
 食らったところでどうもしなかっただろうが、あんなのろのろした一撃をいちいち受けるのも癪だった。
 だから、ゆっくりとそいつの背後にまわって、裏拳で軽く頭を小突いた。
 たったそれだけ。それだけでその餓鬼は派手に吹っ飛んで壁にめり込み、動かなくなった。
 分かりきってはいるものの、やはりこうして目の当たりにすると改めてうんざりせざるを得ない。

 人間は弱い。人間は脆い。人間は儚い。

 ましてや餓鬼なら尚更だ。物の道理もろくに知らないくせにやたらと威勢だけはよく、馬鹿な真似ばかりする。
 たいした力もないくせに、やたらと欲しがり主張する。さもそれが当然であるように。
 ……まったく、冗談ではない。

 目を瞑り、意識を町全域へと向ける。
 あちこちで強い力の衝突を感じたが、どうも結果は思わしくないようだ。
 だが、まあいい。どうせ奴らはただの撒き餌、小物が寄ってきたところでありがたくもなんとも無い。
 『仕込み』は既に終わった。後は、時を待つだけだ。
 自然と口角が持ち上がり、どう見ても正気を感じ取れない不気味な笑みが浮かび上がる。

「――お前が壊れるか、俺が壊すかは知らねぇが、愉しみだぜ。せいぜい戯れさせてくれよ?」

 笑みを絶やさず崩さず書き換えず。人外の者は歩を進める。
 その頭上に置かれた看板には、発光塗料でこう記されていた。





” この先、タマムシ大学付属高校 距離600M ”

 

 













#2 ” 『題名――そして誰がいなくなるか?――』 ”





 タマムシ大学付属高校は守りが堅い事に定評がある…というのは、割と有名な話だ。
 一見するとただの学園施設、しかしその実はあらゆる不測の事象や緊急事態に対する万全な対策が常に敷かれる不落の城である。
 何しろ在籍している生徒が生徒だ、建造物の破壊や崩落などは日常茶飯事だし加えて教師も常軌を逸した存在ばかりでほとんど当てにならない。
 さらにその事を起こす連中が揃いも揃って慇懃無礼厚顔無恥天上天下唯我独尊を地で往く良くいえば豪胆、悪くいえば傲慢な気質の持ち主という時点で色々と終わっている気がしないでもない。
 あれこれと書き連ねたが、要するにこの学園は他の学園施設はおろか秘密組織のアジトや軍の要塞にも匹敵するレベルの防御力・耐久力を備えていると解釈してもらえばよい。

 そしてそれ故に、この高校に通うほぼ全ての生徒と教師は日々起きる少々度が過ぎた喧騒の中で慌て呆れつつも、それほど深刻に危惧せず生活していた。
 当事者達にしてみれば自分達がやっている事はいわゆる子供の悪戯やじゃれ合いに区分される日常行為、部外者達にしてみれば深く関与しない限り極端な被害に遭う事はない程度の騒ぎでしかなかったのである。
 もっともこれは、この学園の完全無比とまではいかなくとも一国の軍事レベル並みである防御機構の存在に裏打ちされた一種の『信頼』なのだが。

 だから、仕方がないのだ。

 今、この場で起きている事態に対し、見る者全てが戦慄するのは。
 一体誰が予想出来ただろうか。



 ――たった一人の男に、学園の全てが壊されるなどとは。



 それは、あまりにもあっけなかった。
 男が軽く触れただけで、鉄壁の守備力を誇る学園施設はまるで子供の作った砂の城のようにあっさりと崩壊した。
 守衛の警備システムによる警告、威嚇攻撃など意にも介さず相手にせず、男は悠然と歩を進めていく。
 男は避けない。
 障害物に出くわした瞬間即破壊。後に残るのは瓦礫の山と粉塵のみ。
 男は止まらない。
 足元に像が落下し砕けようと、ガラスの雨が降り注ごうと、小規模な爆炎に出くわそうと気にしない。
 むしろそれら全てを愉しんでいるかのようにさえ見える。
 ころころと転がってきた濃硫酸の瓶を踏み砕き、男はようやく足を止めた。
 そして周りを見回し一言、

「五月蝿ぇぞ、餓鬼共」

 まったくオブラードに包まれない純粋な殺意が込められたその一言は、精一杯の野次馬根性と好奇心から集まっていた人間全ての時を奪った。
 ざわつきが消えた事を確認すると、男はふんと鼻を鳴らし、再び歩き始めた。
 その行く手に見えるのは、一つの道場。













 地獄絵図と化した外とは異なり、道場の中は実に平穏だった。
 かび臭さと汗臭さ、畳の匂いなどが混ざり合った独特の空気を味わいつつ、男はゆっくりと歩を進める。
 道場の中心地点まで進むと、男は立ち止まりその場で胡坐をかいて座り込んだ。
 どうやら、ここで『待ち』に徹する腹積もりらしい。
 しばらくの間、男は目を閉じ微動だにしなかったが、周囲に多数の気配を感じ取り目を開けた。
 今男が置かれている状況を分かりやすく説明すると、取り囲まれたというのが正しいだろう。
 男を中心に、円陣を組む形で何かしらの得物を携えた人間達がずらりと並んでいる。
 その誰もが鬼気迫った表情で男を睨みつけており、男に対し警戒心を抱いているのが丸分かりだ。
 しかし、男はまったく動じない。
 眉間にしわを寄せ、奥歯を鳴らす。これは人間でいう気分が害された時のサインだが、今回はこの男にも当てはまるらしい。
 きっと男は今こう思っている事だろう。『まだ餓鬼か』と。
 そう、彼を取り囲んでいるのは皆年端の行かない子供ばかりだった。
 じろりと男は周りを見渡し、ちっと舌打ちする。
 どうやら今ここにいる連中の中には、目当ての存在が居なかったようだ。

「おいお前、随分とご活躍のようだが、少し調子に乗りすぎじゃないか?」

 最初に口火を切ったのは竹刀を正眼に構えた少年、隆岡 幸也(タカオカ ユキヤ)。

「この神聖な道場に土足で上がりこみ、許されると思っているのか」

 次に口を開いたのはどこか中性的な雰囲気を纏う少女、宮 黒恵(サトミヤ クロエ)。

「何もせず、このままお引取りいただけませんか? それならこちらも余計な真似は致しませんので」

 にこにこと胡散臭い笑みを浮かべる少年は天雲 風斗(アマグモ カザト)。

「……………」

 怪しげな日本刀を構え、既に戦闘態勢に入っている少女はビリジアン=ブラッドストーン。

「さぁ、どうするよ。 外の連中ならともかく、俺達は簡単にはいかないぜ?」

 何故か自信満々な態度で二本の木刀を構える少年は水靭 海里(ミズシナ カイリ)。
 彼の言葉を最後に、その他約20名ほどいる古流剣術部員全てが、それぞれの得物を構えた。
 要するに、『数の暴力』を背景とした『脅し』である。
 
 しばしの静寂の後、男は無言のままゆっくりと立ち上がった。
 そしてにやりと口元を歪ませ、ただ一言、

「……あぁん? なんか言ったか、餓鬼共」

 その言葉に含まれているのは、明らかな挑発の意思。
 少なくともこの場にいた人間達はそう捉えた。

 それこそが、まったくの誤認であるともしらずに。

「隙だらけだっ!」

 部内でも不意打ちにそこそこ定評のある海原 静真(ウナバラ シズマ)。
 男の背後に一瞬で飛び込み、その手に握った短刀を突き立て―――













 どうっ………!












 ―――空気が、揺れた。



















 ダイスケは勘が鋭い方ではない。
 不明瞭・不明確なものをすんなりと受け入れられないという気質も関係しているせいか、ここ一番の選択ではいつも失敗ばかりしている。
 霊感がないので心霊スポットなどに行っても平然としているし、ジンクスや占いの類もほとんど当てにしない。
 とはいえ、そんな彼にも予感というものはある。
 ただ悲しいかな、その予感は決まって悪い方面にしか働かない。
 そしてどうやら今回も、その多分に漏れなかったようだ。







 変わり果てた学園を前に、ダイスケは呆然と立ち尽くしていた。
 周りに人の姿は無く、気配もない。それがますます不安を掻き立てる。
 大地震の被災地にも似たこの惨状の中を、ダイスケは覚束ない足取りで進む。
 時折崩れてきた瓦礫に危うく押しつぶされそうになったり、足元の窪みに躓き転倒しかけたが、それでも進んでいく。
 そして、その足は古流剣術部道場の前で止まった。
 …いや、正確には、それがあった場所というべきか。
 
「な…んで……こんな……?」

 ようやく搾り出した声は、震えを帯びていた。
 先ほどから感じていたあの嫌な予感が、少しずつ変化し始めたのだ。
 ありえない、あってはならない、あるはずがないと必死に否定する理性と裏腹に、心が冷静に判断し、それを裏打ちしていく。
 曖昧な予感が、明確な答えへと変わっていく。
 ……そして、

「…よぉ」

「――――っ!」

 背後から聞こえた声に、ダイスケは戦慄した。
 この世界の誰も知らない、だが彼だけが知っている声。
 けして忘れるはずのない声。
 ダイスケの中の予感が、確信へと変わっていく。





「…おい。一体、どこ向いてやがる」

 そんなはずはない、という一縷の望みを抱き、ゆっくり振り返る。
 確認する必要がない、と理解していながらも、ゆっくり視線を動かす。

「……―――! あ…あ……!」

「久し振りだな、あぁ?」

 ――この場所に、けして居てはならない存在が、目の前に居た。







「ダイスケ……ジュカイ……フォレスト……!」

 そう呼ばれた男はふんと鼻を鳴らし、不機嫌そうな顔つきでこちらを見下ろしている。
 ダイスケは、よく知っていた。
 自分が今相対している相手が、どんな奴か。今どんな気分でこの場に立ち、何を考えているか。
 …そして、こいつが次に取るであろう行動を。
 
 突然ダイスケの体が宙を飛び、瓦礫に叩きつけられた。

「がはっ!」

 ダイスケは腹を押さえて蹲る。
 どうやら水月にかなり重い一発を食らってしまったらしい。
 そんな彼を眺め、攻撃者はふんと鼻を鳴らした。

「…その名前で俺を呼ぶんじゃねぇよ。今の俺の名は、『デイサゲ』だ」

 不機嫌そうに言い放つと、デイサゲと名乗った男は出した右手を再び穿き物の横に入れ、ぺっと唾を吐き捨てた。
 いつの間に右手を出したのか、そして攻撃したのか。それを把握できる者はこの場には一人もいない。

「どう、して、あなたが、こん、な、とこ、ろにっ……!」

 痛む腹を押さえ、なんとか立ち上がったダイスケが問う。
 その途端、デイサゲの表情がいっそう険しくなった。

「……どうして、だと?」

 どすの利いた、重く、冷たく、暗い声。
 ダイスケの問いを受けて、男の瞳の中で、何かが変わった。
 場に立ち込めていた威圧感が、敵意が、憎悪が。さらに大きく膨れ上がっていく。

「…言わなきゃ分からないのか、あぁ?」

 デイサゲの右足がダイスケの視界から消え、その直後、ダイスケの顔面に強烈な衝撃が走った。

「……! が、っ!?」

 再び宙を舞ったダイスケの体は地を擦り、壁に激突、停止する。
 何とか立ち上がろうとするものの、ぐらりとよろめいてしまう。恐らく今の蹴りの威力で脳が揺らされたのだろう。
 他の人間だったら確実に失神、悪ければ顔面がくしゃりと潰れ二目と見れない状態になっていたかもしれない。

「ちっ、まさかとは思ってたが、これほどとはな…。何まともに食らってやがる! あの程度の蹴り、お前ならあっさりとかわせるレベルだろうが! さっきもそうだ! 俺がどう動くか分かってやがったくせに食らいやがって!」

「ぅ…………」

 デイサゲの強い感情が込められた怒号に対し、ダイスケは何も言い返さない。いや、何も言い返せなかった。
 相手の言っている事は、紛れもない事実だからだ。

 詳細は省くが、ダイスケはデイサゲの本当の実力を知る唯一の人間である。
 どんな思考で行動し、どのような戦い方をするか。そしてどんな技を多用し、どんなくせがあるのかを世界中のどんな人間よりも理解していると断言できるほどだ。
 ただ『知っている』だけではない。実際に矛を交えた者にしか分からない事まで把握しているのだ。
 故に普段の彼ならば、先程の挨拶程度の攻撃はまず問題なく防げる、もしくは回避できるはずなのである。
 しかし、今はそれが出来なかった。
 これは初見の敵からどんな攻撃が来るのか分からず、不意打ちを食らうのとは訳が違う。
 予め来ると分かっていたのにも関わらず、防げなかったのだ。
 この事が指し示す事実は、ただ一つ。
 それはダイスケにとって、あまりにも絶望的な事実。

「一流の使い手ってのは、まず初見で相手の大まかな力量を見抜く。そして軽く流し、心身の状態を確認する。…だが」

 一旦言葉を止め、デイサゲはぎりっと歯を鳴らし、その眼光をさらに鋭くする。そして、

「なんだその様は。いつからお前は、そんな腑抜け面しか出来なくなった!」

 いきなり上から拳で殴りつけた。

「いつからお前は、まず考えありきみてぇな在り方をよしとするようになった!」

 間を空けず下からのアッパーで顎を打ち抜き、すかさず首元を掴み投げ飛ばした。
 投げられたダイスケは再び瓦礫と激突し、めり込んだ後に崩れ落ちる。

「いつからお前は、頭で『斬る』ような莫迦野郎になったんだ! あぁ!?」

 地に伏したダイスケの横腹に蹴りが入る。
 先程のそれを遥かに超える威力にダイスケの肺腑は傷つき、吐血する。

「げふぁ…っ…! う……ごほ、ごほごほ、ごほっ! げふっ、ごふごふっ!」

 ダイスケは激しく咳き込んだ。どうやら喘息の発作を起こしてしまったらしい。
 そんな彼をデイサゲは冷めた目つきで見下ろし、舌打ちする。

「ちっ、ただでさえ、したくもねぇ加減する羽目になってストレスが溜まってるってのによ。……まあいい。それも、ここどまりだ」

「―――――」



 今の言葉の端に、不穏なものを感じた。だが、それが何だというのだ。
 今の自分には、何も無い。どうする事も出来ない。
 手元には、万が一に備え持ってきた深緑樹海刀がある。だが、それがどうしたというのだ。
 今の自分では、抜く事は出来ても斬る事は出来ない。
 刀に誤魔化しは利かない。嘘もつけない。
 迷いは太刀筋に現れ、太刀筋の迷いは死を招く。それが剣士の摂理。剣に生き、剣に死ぬ者の常。
 だから、斬れない。
 こんな時ですら、思考の無限循環から抜け出せない、こんな自分には。




―――彼の者は常に独り、緑の森で勝利に酔う―――




 ぴくり。
 かすかに聞こえたデイサゲの声が、ダイスケの沈みゆく意識を揺り動かした。




―――故に、生涯に意味は無く―――




 この、詠唱は、まさか。
 拙い。そう思っても体が動かない。起き上がれない――




―――その体は、きっと混沌で出来ていた―――





 全身を蝕む痛みを無視し、ダイスケは詠唱を止めようと腕を伸ばした。最早無意味な行為であったが。

「…面倒だ、後は詠唱破棄するか」

 いきなりデイサゲは自分の右手の親指を噛み切ったかと思うと、滴る血で大地に素早く陣を描いた。
 そして、彼が印を結び終えた時、それは起こった。



 パキィィィン……!



 ガラス細工が落ちて砕けるような音が響き、世界が、満ちた。











 人は、誰もが至高の存在として君臨できる世界に憧れ、追い求める。しかしそれは現実の世界には存在しない。
 現実はどこまで突き詰めても現実でしかなく、その有限領域に置いて人という存在が所有しうるキャパシティは定められているからだ。
 己の限界にたどり着き、それを理解する事は人が生きるうえで必要な条件であると同時にもっとも難しい事でもある。

 子供の頃に心ときめかせた幻想は、やがて儚き一抹の夢となり消え失せる。
 ひたすら夢を追いもとめた子供は、確実な目標の達成を目指す大人になる。

 子供は知らない。自分達が全てを可能とする世界を持っている事を。
 大人は忘却する。自分達が全てを可能とする世界を持っていた事を。

 それは、人の心が作り出すあまりにも小さくて、お粗末な箱庭。
 だがそこは、一つの意味で完全な、完成された世界。
 空想の中で人は戯れ、狂い、楽を得る。
 平穏を乱す敵は無く、平静を壊す恐怖も無い。

 その世界を統べるのは、心の持ち主。保つも壊すも持ち主次第。
 それは楽しむ為にあればいい。不要なものは放り出せばいい。
 好きなものだけを集めればいい。気に入らなかったら壊せばいい。

 故に、この世界に真の意味で入り浸れるのは、子供だけ。
 限りなく素直で、無邪気で、無垢で、無知な子供だからこそ、心は滑らかに動き、空想は膨らみ、内なる世界はより輝きを増す。
 現実を知り、その中に生きている事を自覚し、それを受け入れた大人には出来ないのだ。

 だが、これはあくまでも対象を『人』にのみ限定した場合の話。
 人の中にも例外はいるかもしれない。だがそれは結局『例外』でしかない。
 少なくともこの男には、デイサゲには、それは当てはまらなかった。

「…固有結界、『題名――そして誰がいなくなるか?――』」

 デイサゲは、宙に浮いていた。
 比喩表現でなければ夢幻でもない。まさしく言葉の通りである。
 彼の佇む虚空はグラスに注がれた赤ワインのように濃厚な赤に染まり、禍々しく渦巻いている。
 その混沌の流れに浮かび流れ往くは巨大な泡。大小様々なそれは時に弾け時にぶつかり、常に同じ様を留めない。

「『烏賊創造法』…だったか? 適当にやったが、まあまあの出来じゃねぇか」

 クククと愉快そうに笑うデイサゲ。今までで一番機嫌がいい表情かもしれない。
 ちなみに正しくは『異界創造法』である。間違っても足が十本ある海洋軟体生物を創り出す魔術ではない。
 そんな間違いに気付くこともなく(気付いたとしても彼の性格上わざわざ訂正はしないだろうが)、デイサゲはいまだ地に這い蹲っているダイスケを見やった。
 見られた方はといえば、完全に硬直していた。止められなかった事による失意とこれから起こる事に対する恐怖で、どうするべきなのか分からなくなっているのだろう。

「さて、お前はさっき『どうして俺がここにいるか』、と聞いたな。……まさかとは思うが、まだ分からないとか抜かすんじゃねぇだろうな」

 語気鋭いその問いに対する返答は無い。

「…そうかよ。だが……」

 両手を胸の前で合わせ、手印を切る。先程の印とは異なるものだ。
 そして印を結び終えたデイサゲは「喝っ!」と叫んだ。
 するとどうしたことか、周囲に浮いていた泡が一斉に集まり始めたではないか。

 全てが集合し、一つの巨大な形を取った泡はその形態を変化させ始めた。
 規模は縮小し、泡を構成していた膜は無数の葉がついた草の蔓に置き換わり、その形は丸みのある球体から角のある立方体へと変化していく。
 完成したそれを見れば、恐らく誰もが同じ印象を抱くだろう。
 まさに牢屋だと。

、だが、見物客と成り果てたダイスケを驚愕せしめたのはこの奇妙奇天烈な超常変化ではない。
 その牢の中にいる存在を目で捉えた瞬間、ダイスケは大きく目を見開いた。

 …今目の当たりにしている現実が、現実であると確認する為に。

「そ……ん、な―――?」

 愕然とするダイスケを満足そうに眺め、デイサゲは先程言いかけた言葉の続きを紡いだ。

「これなら、嫌でも分かるだろ、なぁ?」











 少女達は戸惑いを隠せなかった。
 いきなり不気味な場所に飛ばされたばかりか、こんな牢屋の中に放り込まれたのだから無理も無い。
 しかし正直な所、少女達はそんな事を気にしてはいなかった。
 ここに連れてこられた直後に、少女達の視界に飛び込んできた光景。
 それは自分達の身に起きた不可思議な出来事ですら、些事と感じてしまう程の衝撃だった。
 その光景とは――



 ――少女達が想い慕う少年が、傷ついた姿。



 少女の一人が膝をつく。
 少女の一人が口元を抑える。
 少女の一人が一歩下がる。
 少女の一人が悲鳴を上げる。
 少女の一人が―――――



「五月蝿ぇぞ、小娘共!」

 多分の苛立ちを含んだデイサゲの一声。
 その勢いに圧倒されたのか、少女達の動きはぴたりと止まった。

「ったく、ぴぃぴぃぎゃあぎゃあと**(確認後掲載)しいんだよ、小娘共が」

 大人しく縮こまってろ、と言い捨て、デイサゲはダイスケの近くに降り立った。
 いきなりその襟元を掴み、そのままぐいと持ち上げた。
 170cm以上の身長を誇るダイスケの体を持ち上げるなど、デイサゲにとっては造作も無い。

 一方持ち上げられたダイスケは、緊張で一瞬身を堅くする。またさっきと同じやりとりになるのか。
 だが、次にデイサゲの口から出た言葉は、色々な意味で予想外のものだった。

「おい、俺は何だ?」

「………。え」

 それは余りにも漠然とした問い。勿論意味など分かるはずもない。
 しかしそんな事はお構いなしといった様子でデイサゲは言葉を続ける。

「答えは簡単だ。俺は俺だ。他の誰でもない、俺という存在だ。俺の他に俺はいねぇし、いるわけがねぇ。分かるか?」

「え……ええ?」

 言っている事は確かに分かる。だが、何故今、このような状況で言うのか。それが分からない。
 なおデイサゲの言葉は続く。

「だがな、俺は俺でなくなる。俺自身が望もうと望むまいと関係なく、俺が俺でなくなる時が来る。俺はあらゆる理から逸脱した存在、『理を破る者』だ。俺が俺であり続けるという理も例外じゃねぇ。…これくらいいちいち言わなくても分かってるだろうがな」

「…………」

 沈黙を肯定と捉え、デイサゲはにやりと口元を歪ませる。
 しかしすぐに表情を引き締め、ダイスケを睨み言葉を続ける。

「俺は俺の在り方に満足してる。ぐだぐだ文句をいう必要はねぇし、言う理由がねぇからな。俺は人外だ。人間特有の『哀れ』だの『同情』だの『共感』だのといった感情は持てないし持ちたいとも思わん。むしろくそくらえだ。そんな余計なもん持っている人間って奴が大嫌いだ。見てると反吐が出そうになるぜ。『自分は自分である事が素晴らしい』? はっ、自分で在るが故に縛られ、苦しみ、ごちゃごちゃ溜め込む生き方しか出来ねぇ事のどこが素晴らしいってんだ、あぁ?」

「…………」

 人の立場で考えるなら、けしてありえない辛らつでご無体な発言の連発。それは人ではないデイサゲだからこそいえる事。
 何かを言うべきだが、何も言葉が浮かばない。やり場の無いもどかしさにダイスケは唇を噛み締める。
 そんな彼を前に、デイサゲは「だが」と付け加える。

「お前は特別だ。それこそ腐るほど見てきた人間どもの中で、お前だけは違った。人間でありながら人間らしからぬ考え方を持ち、それすらもてめぇの成長の肥やしにする。群に合わせようとするのは建前で、実際は個を何よりも贔屓する。それが俺の見てきたお前という存在だ。お前が自覚していたはずのお前の姿だ。でもって、今のお前が否定しようとしているお前なんだよ」

「…………」

 ダイスケは俯いた。そう、そうなのだ。
 わざわざ言われるまでも無く、そんな事は分かりきっていた。
 だが、それでも。それでも割り切れない。心が、それを許さない。許してくれない。
 それを自分にどうしろというのだ。
 そんなダイスケを一瞥し、デイサゲはふんと鼻を鳴らす。そして次の瞬間、強烈なボディーブローを叩き込んだ。

「が…はぁ…っ!」

「…俺は御免だぜ? 他の人間が何を考え、どうなろうと知ったこっちゃねぇが、そのせいで俺のお気に入りが腑抜けになり、結果俺の気分を害されるのは耐えられねぇ」

 そこまで言うとデイサゲは掴み持ち上げていた手を放した。
 今回は想定外だったらしい腹への一撃が相当堪えたらしくダイスケは動かない。それを尻目にデイサゲは、再びにやりと笑みを浮かべる。

「お前はしばらくそこで悶えてろ。お前がてめぇ自身でどうにもできないってんなら仕方ねぇ。俺が片付けるまでだ。だが俺は微温くて回りくどいやり方なんざ御免だ。目の前に邪魔なものがあるなら――」

 そこで一度言葉を切り、デイサゲはその桁外れな殺意と殺気の込められた視線をある方向へと向ける。
 その視線の先にあるのは、宙に浮かぶ牢屋。
 この行動が意味するところに気付いた瞬間、ダイスケは自分の表情が凍りついた事を自覚した。
 拙い。とてつもなく拙い。何という事を考えついたのだ。

「や……め………!」

 駄目だ。それだけは、どんな理由があっても駄目だ。絶対に駄目だ。
 そう思う心とは裏腹に、体は動かず、声もろくに出ない。
 今のダイスケは、虚しくなるほどに無力だった。

 そして、それに対するデイサゲの返答は、たった一言。

「知るか」

 天晴れなまでに全ての希望を、願いを斬り捨て、デイサゲは力強く大地を蹴った。
 瞬間大砲を撃ったかのような轟音が響き、デイサゲの姿はダイスケの視界から消え失せた。











 いきなり目の前に現れたデイサゲに対する少女達の反応は、さまざまだった。

「あ…ぅ……」

 盲目の少女シトリンは剥き出しの殺意の前に竦み、

「うぅ…」

 薄幸と波乱の運命に翻弄される美少女レインはすぐそばのヒカリの背中にしがみつき、

「くっ!」

 天衣無縫、傍若無人の少女ケイコは無駄と悟りつつも身構え、

「「…………」」

 遥か彼方で地に伏している少年が錯乱する一番の理由を作った二人の少女、ヒカリとホナミは無言のまま立ち尽くしていた。
 互いに何を思い考えているのかは分からない。ただ、二人の視線は目の前に立ちはだかるデイサゲではなく、もっと別の存在を捉えていた。
 他にも何名かがガチガチと震えたり、怯えたり逃げ出そうとしていたが、

「動くな」

 少女達の前に居る男は、それすらも許容しなかった。
 ぞっとするほど冷たく、殺意の込められた口調でデイサゲはさらに言葉を紡ぐ。

「喋るな。喚くな。刃向かうな。てめぇらに一切の権利はねぇ。ただ『覚悟』しろ」

 ゆっくりと、デイサゲは腰に下げていた刀を抜き始めた。
 通常のそれよりも若干長い、鈍く輝く刀身が姿を現し、それに乗じてデイサゲの殺気がさらに増していく。
 その恐ろしさは、この場にいるというだけで地獄と感じるほどだった。

「今から俺に、斬り殺される『覚悟』をな」

「っふざけ……」

 ふざけるんじゃないわよ、と叫ぼうとしたケイコだったが、デイサゲの視線に射抜かれた瞬間金縛りにあったかのように体が麻痺し、最後まで続ける事が出来ない。
 そうだ。それでいい。小娘の言う事なんざいちいち聞いてられるか。デイサゲの態度がまさしくそう告げていた。

「回りくどい言い回しは抜きだ。**(確認後掲載)」

 言葉が終わるよりも、さらに早く。
 片手に握られた白銀の刃が、いっそ清清しいほど無情に、勢いよく振り下ろされ―――

 


 止まった。

「何っ……!」

「あ………」

 それが人の手によって『止められた』と認識するのに、時間はかからなかった。

 ぽたりぽたりと、止められた刃の峰を伝い赤い雫が地に落ちる。
 その源泉は、刃の先を握り締める左手。
 そしてその左手の主は――

「ダイ…スケ…君…」

 そう、今ヒカリ達の目の前でデイサゲの斬撃を止め、刃を強く握り締めているのは、ダイスケ=キシ=サンタウン。
 先程まで己の無力さに打ちひしがれ、絶望し、地に伏していたあのダイスケだった。

「………た」

 若干俯き加減の姿勢のまま、ダイスケが何やらぼそりと呟いた。

「…あぁ? 何か言った――っっ!」

 デイサゲが言葉を中断したのは、怯んだからではない。
 ゆっくりと持ち上がったダイスケの顔が、先程までのそれとまったく違っていたからだ。

 …いや、それよりどうしてこいつは、あれだけ離れていた距離を一瞬で移動した?
 そういえば、こいつの右手に握られている刀に違和感が――

「もう、やめた」

 強い意志と感情が込められた、重みのある一言。
 そしてダイスケは、何の躊躇いも無く、右手の刀を、下から一気に振りぬいた。






 ざしゅうっ……!






 斬られた。右切り上げに、思い切り。…で、それがどうした。
 ほんの僅か、それこそ数秒もなかったであろう少しの隙を突かれた。…で、それがどうした。
 痛みはある。傷もついた。血も出ている。…で、それがどうした。
 そんなもんどうだっていい。いや、気にもならない。
 …あぁそうだ、俺が待っていたのは、まさにこの時だ!!

「はは、はははは、はははははははは!!! いいぞ! よく斬った!」

 瞬歩で一瞬にして移動し、大地に着地する。
 足がめり込もうが着地の衝撃で傷が裂けようが知った事か!

「そうだ、その顔だ! 俺が見たかったのはその顔で刀を振るうお前の姿だ! さぁ、もっと見せろ! まさかこれで終わりなわけねぇよなぁ?!」

 俺の中で狂喜と狂気が入り混じり、発する言葉の中にさえ溢れ出す。
 眠たくなるような詰まらない前座は終わった。ここからが本番だ!







 そんなデイサゲを、ダイスケは静観していた。
 その表情は引き締まり、少しの揺らぎも存在しない。眼光は鋭く、ただ一人の存在を見据えるのみ。

 背後にいる少女達の視線すらもさらりと流し、表情はけして崩さず、ダイスケはゆっくりと右手の刀を逆手に持ち替えた。
 そしてそれを足元に突き刺し、両手を胸の前で合わせ、静かに瞳を閉じる。

 これは儀式。
 己の魂ともいうべき刀に秘められた力の封印を解く為の通過儀礼。
 心に最早迷いは無い。怖れも無い。
 あるのはただ一念のみ。
 それは不器用で、一途な想いの成れの果て。
 それは不器用な、たった一つの誓い。

 これら全てを心に乗せ、ダイスケは静かに言葉を紡ぐ。








―――花散り去りて 風に舞え―――








 背後から視線を、下方から殺気を感じる。だからどうした。
 そよ風は木の葉を揺らせど、大樹の幹を倒すに到らず。








―――草茎尖く 宙を衝け―――









「―――天、解」







 地に刺さった刀が引き抜かれた瞬間、保たれていた静の均衡は崩れ去り、騒が生まれた。
 巨大な風船の破裂音にも似た轟音が響き、それでもまだ収まらぬ力の余波は岩を砕き、大地を揺らし、桃色の花弁となって溢れ返る。

 その波はデイサゲの立つ場所にまで押し寄せ、全てを呑み込もうとその猛威を振るう。
 当然彼が素直に呑まれるはずはない。右腕一振りであっさりと断ち切り、笑みを浮かべようとしたその時。
 振りぬいた右腕が宙を舞った。

「―――ッ―――!」

 己の体から切り離され、宙を舞う右腕の様をまるでスロー再生のビデオのように見えたのは、けして錯覚ではない。
 先程彼が断ち切った花びらが、螺旋を描き宙を舞っている。
 一人の剣士が、その中心に立っていた。
 身に纏うは紺の道着。手に握るは一振りの木刀。双眸が映すは眼前の敵。

「……天解。『花散草和』」

 その言葉は、どこまでも静かで。穏やかで。しかしどこかに厳しさを含んでいて。
 そして限りなく純粋な、剣気が込められていた。

 デイサゲの表情が歪んだのは、屈辱によるものではない。
 ずっと待ち望んでいた瞬間が訪れた事に対する慶びが、自然と彼の表情を笑顔という形へと変えたのだ。
 だがそれはけして、幼き子供が見せる他意無き笑顔ではない。
 刀剣に生き、刀剣と歩み、あらゆる戦いに愉悦を見出した者だけが作りえる、狂気の笑み。

 その笑みを絶やさず崩さず、いまだ宙を舞っていた己の右腕を左手でがっしと掴み、デイサゲは声高々に笑う。

「はは、はーっはっはっはっはっはっは!! それだ! それこそがお前の力! お前がお前である証明! 遊びはここまでだ。さぁ、楽しく遣り合おうじゃねぇか!!」

 デイサゲが踏み込もうとしたその刹那、彼の目の前にダイスケの姿が現れた。

「…一文字訂正です」

 その言葉が終わるが早いか、ダイスケの姿は再び掻き消え、デイサゲの首筋から血が迸る。

「『遣り合う』ではなく、『殺り合う』の間違いでしょう?」

 10mほど離れた場所からダイスケは、片手で切先を突き出ししれっと告げた。
 対するデイサゲの表情は先ほどと同じく喜色満面。

「あぁ…確かに、そのとおりだなあっ!」

 直後、二人の剣士は同時に地を蹴り、姿を消した。




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